ナザリックのアトリエ! 〜プロローグ〜   作:水風浪漫

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登場人物:
    モモンガさん、ヘロヘロさん、ヒカねぇ
    マーレ・ベロ・フィオーレ
    シャルティア・ブラッドフォールン
    シズ・デルタ
    デミウルゴス

前書き:書きたい欲の赴くままに書いたら文字数が通常の三倍になってしまいました。意識せずとも台詞、地の文のバランスが取れるようになりたいです。
 また、デミウルゴスの深読み描写がありますが今の私にはこれが限界です。ご容赦下さい。


9.夜空の下でお夕飯!(後編)

 

 幕壁の上の通路には大人が頭まで隠れる事のできる高さの小さな壁と、腰ほどの高さの低い壁の繰り返しが構築されていた。*1

 背の低いマーレでは低い壁でも高すぎて顔が出せなかったのだろう、スカートを風にはためかせながら直接壁に立って遠くを見つめていた。

 

「ふー……よしっ」

「突然だけどマーレはもう晩ご飯食べた? もしまだなら一緒にどう?」

「ひゃあ!?」

 

 絨毯で隣に滑り込みながら声を掛けると、お手本みたいな驚き方を見せてくれた。胸元に杖を抱き抱えながら「ひ、ヒカねぇ様?」と困惑する姿は、違うと分かっていてもとても男の子には見えない。

 マーレは狭い足場の上で器用にちょこちょこ動きながら慌てふためいていたが、翼を出して宙に躍り出たシャルティアが「落ち着きなんし」と指でマーレの額を小突いた。

 

「至高の御身が問うているのだから早く答えなさいな」

「……マーレ様はずっと地上に居たから、何も食べていないはず」

「えっ、あれ、シャルティアさんにシズさん? お、お夕飯のお誘い……ですか?」

「そうそう、ごめんね急に。いや〜、ちょっと昼寝?夕寝? してたら食べ損ねちゃって。これから遅めの晩ご飯にしようと思ってるんだけど、良ければマーレも一緒にどうかなと思って」

「え、えっと……ご一緒したいのは山々なんですけど、その……」

 

 ちらちら、とマーレが視線を送る先には月明かりに照らされた草原が広がっている。

 ……そう言えばナザリックを隠すようにモモンガさんがマーレに仕事を頼んでいた覚えがあるが、一見した限りでは何も変わった様子は見受けられない。その事について聞いてみると、マーレはこくりと頷いてから言葉を続けた。

 

「えっと、はい。丁度その作業をこれから始めようと思っていた所でして……。夜中なら人間や亜人は夜目も効かないし、殆ど寝静まっているはずなので多少大掛かりな事をしても見つかりにくいかと」

「これから……? モモンガ様から命令が下ったのは一昨日でありんすぇ? マーレ、あなた今まで何をしていたのでありんすか」

 

 目を細め、冷やかな視線を向けるシャルティアの問い詰めるような声にマーレは「ち、違います!」と高い声で反論した。……私の方を向いて。

 

「いや別に疑ってないけど───」

「さ、サボっていた訳ではないんです! 今日までずっとダミー地形との兼ね合いも考えて、可能な限り自然な形でナザリックを隠せる形を検討したり、その為の目印を付けたりしていたんです!」

「あら、そうでありんしたか。でもそんな時間をかけている内に万が一見つかったりでもしたら、本末転倒ではありんせんかぇ?」

「た、対策で一応、既に高位の幻影系魔法で隠してはいるんですよ? でもこれだとかなりの魔力をずっと消費するし、看破されちゃうと意味がないですから……」

「ふぅん……」

「……シャルティア様、マーレ様はちゃんと仕事をしている……です」

「わ、分かっているでありんす。疑うような事を言って悪かったでありんすね、マーレ」

「い、いえ。分かってもらえたなら大丈夫です」

 

 ぷいっ、と少しバツが悪そうにそっぽを向いたシャルティアの姿を見ていると、容姿が幼いのもあってどことなく微笑ましいものを覚える。そんなシャルティアに対して、別に悪いことをしていない側のマーレがあわあわと取り乱しているのも、傍から見ている分には只々可愛らしい……。訳知り顔で頷いているシズが何を考えているのかはよく分からないが、見ていて心がほんわかする光景である。

 

 しかし、そういう事情なら無理強いは出来ない。ナザリックの隠蔽が非常に重要な仕事であることは流石の私でも理解している。万が一にでも早々に発見されてしまったら、想像もできない数多くのトラブルに巻き込まれることになるだろう。

 私ではナザリックの有効な隠蔽方法なんて思いつかないが、それは別にしても今更ながらマーレ一人に大役を任せていた事に思う所が無い訳でもない。変異の後から今に至るまで短いながら紆余曲折あったものの、私はかなり気楽に過ごさせてもらって来ているのだ。たぶん他NPCと同様に命令を受けてからは不眠不休、かつたった一人で大仕事に取り組んでいた子供の姿を見て、良心の呵責を感じない大人がが居るだろうか?

 

 きゅう……っと心が軽く締め付けられるような(やま)しさを感じながら、それを誤魔化すではないが私はマーレを優しく撫でた。手櫛を通すとシルクのような手触りの濃い金糸の髪が、滑らかに指の隙間をすり抜けていく。マーレは手が触れた瞬間だけ僅かに体を震わせたが、その後は心地良さそうに笑みを浮かべて、時折くすぐったそうにしながら目を閉じていた。

 

「それじゃあ、ちょっとした物だけど小腹が空いたときに食べて」

 

 アイテムボックスから取り出したのは、昼に第六階層にある私の錬金術工房(アトリエ)で試作したベイクドチーズケーキの残りだ。転移後初めて作ったにしては、思いのほか上手に出来たと思っているが……シズと二人で分けたのに一切れしか残っていないのは、お愛嬌ということで一つ。

 

「あ、ありがとうございます!」

「お昼に作ったやつだから悪くなってはないはずだし、我ながら結構美味しくできたと思うよ」

「ヒカねぇ様のお手製でありんすか!?」

「そ、そんな凄い物をいただいてしまって良いんでしょうか?」

「良いに決まってるでしょ……」

 

 そう伝えると、マーレの顔がぱあぁとほころびる。邪気の欠片も感じないあどけない笑顔。流石、茶釜ちゃんがこだわって生み出しただけのことはある。

 シャルティアがペロロンチーノさんの理想の体現なら、彼とは別方面に百戦錬磨な茶釜ちゃんの理想を体現したのがアウラとマーレだ。茶釜ちゃんの可愛いかわいい理想の弟にして男の娘。

 時折ぴくっと動く垂れエルフ耳を、特に理由もなく揉ませてもらう。ファンタジーと言われて私が最初に思い浮かべるのはこの先のとがったエルフ耳だ。マーレの耳はこりこりとした軟骨を確かに感じられると同時に、柔軟性に富んでいてすべすべしていた。

 

「じゃあもし食べたら今度、味の感想聞かせてね」

「はい!」

 

 こんな深夜に見た目完全に子供のマーレに働かせることを申し訳なく思いながら、私はせめて邪魔にならないようにと、離れた場所に移動して調理の準備に取り掛かった。

 

 まず、焚火跡が残らないように煉瓦を適当に床に並べてから〈水晶の焚火〉を設置する。これは文字通り薪の代わりに水晶の棒が焚べられた魔法の焚火で、焚べる水晶棒の本数で火力を調節できる便利グッズである。強風で炎が煽られたので風除けに陣幕を張り、三脚を立てて鍋を吊るしたら、これだけで簡易的な錬金釜の完成だ。

 夕飯に誘っておいて、今から料理を作るのはどうなんだと我ながら疑問に思ったが、シズとシャルティアには了承を得られたので問題はない……はず!

 それに折角一緒に食べるのだからアイテムボックスにしまい込まれて、いつ作ったかも分からない物ではあまりにも情緒がないと思ったのだ。特にシャルティアとは初めて食卓を囲むのだから大切にしたかった。

 

 何を作ろうかな〜とレシピ本をめくっていたら『サーモンとうに(・・)のクリームシチュー』なる、肌寒い夜にピッタリの料理を見つけた。材料は鮭、うに、キノコ、人参、玉ねぎ、鶏肉、ミルク、小麦粉、バター、そして水……偶然にも昼間にアトリエ倉庫から色々と持ち出していたおかげで、全て手元に揃っていた。

 

 エプロンを取り出して腰紐を結んでいると、不意にくいっ後ろへと引っ張られる。振り返れば指先で服の裾を摘んでいるシズと、何やらやる気に満ちた様子のシャルティアの姿が。

 

「……私達もお手伝い、します」

「わらわ達にもご協力できることはありんせんかぇ?」

「あ〜気持ちは嬉しいんだけど、殆ど材料を(はか)って鍋にいれるだけだからなぁ……」

 

 普通の料理も作れるのだが、まともな調理器具がない屋外で調理するなら錬金術を使う方が作りやすいのだ。

 錬金術を使った料理は魔法アイテムの制作時と変わらず「処理済みの適切な量の素材が入った錬金釜を、適切な温度と時間でかき混ぜるという」言葉にすると極めて単純な工程になる。一度試して『かき混ぜる』作業には技術と緻密さが求められることが判明したものの、何となく体感で出来てしまうっぽい私には大した労力もかからない。

 ……ただ、せっかくの二人の申し出を無下に断るのも勿体ないし、一緒に作るのも楽しそうだなと思い直して、混ぜる前までの作業をやってもらうことにした。

 

 シャルティアにレシピ本を手渡すと、シズと二人で左右から挟むように持って読み始める。料理どころか食材を切ることすら未経験なはずの二人なので、ちゃんと包丁を扱えるのだろうかなんて心配をしつつ見守っていると、本から顔を上げたシャルティアが迷い無く包丁と人参を手に取った。

 

 そしてまな板の上に人参を置き、包丁を添えたタイミングで案の定「待った」を掛けることになった。

 

「指を切っちゃうかもだから、切る時は左手はこう丸めて、猫の手の形ね」

「なるほど、猫の手でありんすね! 覚えんした!」

「包丁もあまり力を込めなくて大丈夫だからね。普通の食材だから、シャルティアの力なら簡単に切れるはずだから」

「力は抜く、でありんすね」

「それで後はすっ、と刃を手前に引きながら切れば……」

 

 スパッと言う擬音が聞こえてきそうなくらい軽々と人参は両断された。

 

「上手いじゃん! 流石シャルティア! そんな感じで全部輪切りにしちゃってね」

「了解でありんす! ところで、どの程度の厚さで切ればよろしいのでありんしょうか?」

「んー……一応煮込み料理だし、煮崩れしないくらいの厚さは必要だから……これくらいかな」

 

 見本に一枚切って見せるとまじまじと観察し始める。

 

「五ミリくらいでありんしょうか? いえもう少し厚い……?」

「そんな精密にやらないでも、大体で大丈夫だからね?」

 

 時々レシピ本を確認しつつ黙々と食材を切り始めたシャルティアは大丈夫だろうと、シズの方へ視線を移動させると、そこには軽量カップや測りを使わず小麦粉を入れたボウルを持ち上げて静止するシズがいた。

 

「……何してるの?」

「……計量中です」

「えっ、自力で?」

 

 「はい」と首肯するシズの横には、私が常用しているそれなりに値が張る魔法の(はかり)も置いてある。

 本人曰く、一度試したが自力の方がより正確に計れると思ったとのこと。その後シズは一摘み分だけ小麦粉をつぎ足すと、続いてミルクの計量に取り掛かり始めた。

 

 つまらない嘘を言うような子じゃないよねと思いつつも、半信半疑で小麦粉の入ったボウルを秤に載せてみると、キッチリ小数点以下の誤差もない数値が表示された。自動人形(オートマトン)ってすごい……。

 その後も玉ねぎのみじん切りをシャルティアが号泣しながらもやり遂げたり、早々に計量を終えたシズが鶏肉を切っていたら、それに気が付いたシャルティアに「私の仕事!」と猛抗議されたりしながらも、無事に全ての材料が鍋におさめられた。

 残る私の仕事は魔力を混ぜ込みながら、じっくりことことかき混ぜるだけ。中身が輝きを放ち始めたら蓋をして、後はしばらく待てば完成だ。

 

 錬金術料理のお手軽感に慣れると元に戻れなくなりそうな気がするので注意が必要だが、普通の料理とは違って「テキトーな思いつきレシピ」では作れないのは大きなマイナスポイントだろう。……某ピンク髪の錬金術士は出来ていたから、単に私の実力不足なのかもしれないけど。

 何はともあれ、飲み物で喉を潤しつつお喋りに花を咲かせて完成を待つ。シャルティアは吸血鬼だから血の代わりにトマトジュースなら気に入るかな、シズはココアが好きそうだなと新たな飲み物を準備していると───

 

 

 

 ───不意にマグカップの中のココアが波打った。同時に地面がほんのわずかに揺れたかのような感覚が体を駆け抜ける。 

 

「うん?」

 

 辺りを見回すも、シズとシャルティアは揺れ自体に気がついていない様子で、何事もなく飲み物に口をつけている。

 勘違いか? と気を取り直した瞬間、地響きが鳴り始め、同時に地面が激しく揺れだした。反射的に割れ物をアイテムボックスに放り込んで、轟音が聞こえてくる方へ目を向けると───そこに広がる光景に私は言葉を失い、凍りついた。

 

「な、ななな……!」

 

 なんだあれ、たったその一言さえ言葉にできない。

 

 遠方の暗闇の中で大地がうねるように捲れ上がり、破裂(・・)しながら巨大な土の波を形成し、恐ろしい勢いでこちらへ迫って来ていた。

 目の前に広がる非現実的な光景に、私の心は一瞬で恐怖に支配された。大地がうねり、地鳴りを伴った揺れが足元に迫って来るのを感じながら、私は自分の置かれている状況をようやく飲み込み始めていた。

 暗闇の中から迫り来る破滅的な土石流。刻一刻と迫り来るそれをコマ送りを見るような感覚で捉えていた。

 

「や、ヤバいヤバいヤバい……!」

 

 このまま此処にいては、間違いなく土石流に呑み込まれる。心臓が激しく鼓動し、息が詰まるほどの恐怖が全身を覆う。絶望的な自然災害を前にして溢れる無力感を必死で我慢しながら、生き残るための手立てを探す。

 しかし魔法の絨毯は片付けてしまったし、この狭い幕壁の上に逃げ場は無い。少しでも生存率を上げる方法は───壁の裏に身を隠そうとして、未だ危機感の欠片もなくのんびり構えているシズとシャルティアが目に入る。

 

「───!!」

 

 恐怖のあまり声も出ないというのはこの事を言うのか。二人の腕を掴んで力ずくで壁の影に引きずり込んだ。背が縮んでしまった私以上に小さな二人を胸に抱え込む。

 せめてもの抵抗で体を丸めたが、この行動にどれだけの意味があるだろう。私はこれから襲い来る衝撃に歯を食いしばり、体を強張らせていたが……壁越しに大きな衝撃が体を突き抜けはしたものの、土石流が私達を呑み込むことはなかった。

 

 ゆっくりと目を開け壁から顔を出すと、遥か遠くで地面が(うごめ)いているのが見えるだけだった。城壁は中程まで土で覆われていたが、土の津波はこの高さまでは届かなかったようだ。一気に安堵が込み上げてきて、膝の力が抜ける。

 

「助かったぁ……」

「……大丈夫、ですか?」

「へ? あぁ……シズこそ大丈夫だった?」

「……? はい、何ともありません」

 

 腕の中のシズは何事もなかったかのように私を見上げていた。シャルティアは何も言わずぎゅっと抱きつきながら私のお腹に顔を埋めたままだ。

 

「凄い土石流だったね……死ぬかと思った」

「流石マーレ様、です」

「……マーレ?」

「直接伝えてあげたら、喜ぶと思います」

 

 そう告げるシズの視線の先を追うと、遠くに両手杖を前方に突き出して構えているマーレの姿があった。

 

「……あ、あぁっ! そっか……マーレの、魔法だったんだ」

 

 じゃあ始めっから何の危険もなかったのか。怖がり損のくたびれもうけ……二人が平気そうにしてたのもそういう理由だった訳だ。うわぁ……一人だけ分かってなくて怖がってたの、めちゃくちゃ恥ずかしい……。

 

「うわぁー……」

「……ヒカねぇ様、もしかして攻撃だと思った? ……ですか?」

「うぐっ! ……うん、勘違いしてた」

「……そういうこともある、と思います」

「うん」

「……ドンマイ」*2

「!? えっと、その言葉はどこで教わったのかな?」

「むかし、死獣天朱雀様から教えてもらいました」

「そっかそっか、ありがとねぇ」

 

 わしゃわしゃわしゃ〜っとシズの珊瑚色(コーラルピンク)の髪の毛を撫で回す。されるがままになってくれるのをいい事に気の済むまで頭を撫でていると、興奮気味だった気分が徐々に落ち着いてきた。

 丁度いい位置にあったのでついでにシャルティアの頭も撫で回してみたら、ぎゅう……っと抱きしめる力が強くなった。ついでに「ふーっ、ふーっ」と荒い息づかいも聞こえてきた。

 「顔(うず)めてたら息苦しいでしょ、もう大丈夫だよ」と、膝立ちで私の腰に手を回しているシャルティアを抱き起こしてあげると、爛々と光る潤んだ瞳と目があった。

 

「ひ、ヒカねぇ様ぁ」

「ごめんね、急に引っ張ったからびっくりしたよね」

「ヒカねぇ様は生者でありんすけれど……私、ヒカねぇ様ならバッチコイでありんす……」

「……なんの話かな?」

「……不敬」

「なっ、何をするでありんすか! 離すでありんす! わらわはこれからヒカねぇ様と熱い夜を過ごすのでありんすぇ!?」

「過ごさないが」

 

 シズに背後から羽交い締めにされて引き離されるシャルティアを、私は何とも言えない気持ちで見送った。

 

 ……そういえば、そろそろ鍋も良い頃合いではなかろうか。蓋を開けてみるとクリーム色で美味しそうな匂いが鼻をくすぐった。

 言い争いを続けている二人を横目に私は〈天幕創造(クリエイト・テント)〉を使い、付近を大型サイズのテント内に覆った。マーレの〈大地の大波(アース・サージ)〉で否が応にも大量の土埃が降ってくるので、少々大掛かりだがこうでもしないと落ち着いて食事が出来ない。

 二人に手伝ってもらいながら、深めの皿にシチューをよそっていく。付け合わせに昼に試作したバゲットを切り分けて机に並べ終えたとき、不意に視界の端で光が散った。魔法での転移が禁じられているナザリックにおいて、これはRoAOG*3を用いた転移の証だった。

 見慣れた白くて細い体に続いてぬっ、と現れたのは黒くて粘ついた不定形の体。我らがギルマス・モモンガさんとついに長い眠りから覚めたブラックサラリーマン・ヘロヘロさんだ。

 

「ヒカねぇさんお疲れ様です」

「おはよーございまーす」

「お、やっと起きたんですねヘロヘロさん」

「いやあ、布団の寝心地が良くって」

「分かる〜目覚ましも無いから起きれないよね」

「目覚めた瞬間、遅刻どころか無断欠勤を確信してリストラ……からの走馬灯が見えますよね」

「いや、流石に見えなかったけど……」

 

 たしかに仕事クビになって除染フィルター代払えなくなって死、はよく聞く話ではあるけど、寝起き一番にそれを思ってしまうほど追い詰められた経験はない。何だかんだ中卒資格のおかげで、アーコロジー外では比較的高給取りな方だったから……。

 

「ところで、ヒカねぇさんはこんな夜更けに何を? この美味しそうな匂いのスープは一体」

「サーモンとうに(・・)のクリームシチューです。遅めの夕飯です」

「雲丹……テレビで見たことあります。かつて海で取れたトゲトゲの海産物で「海のミルク」の異名を持っていたとか。さしずめこれはシーフードシチュー」

「いえ、これに使ってるのは木から取れる方のうにですね。モンブランとかに使うやつ」

「……それは栗では?」

「そういう説もあります。……ですが、これはうに! うになんです!」

「はぁ」

 

 モモンガさんが気の抜けた返事をする。なんとなく呆れられている気配を感じるが、まぁいいだろう。

 

「美味しそう〜」

「ヘロヘロさんも食べますか?」

「あ、いえ。ついさっき朝飯というか夜食をがっつり食べてきたばかりなんで。気にせず食べてもらって大丈夫ですよ」

「モモンガさんは……」

「私も大丈夫です。実は物置を漁っていたらこんな物を見つけましてね」

 

 そう言ってモモンガさんが見せてくれたのは、水色の粒が詰まった片手サイズの瓶。モモンガさんはコルク蓋を外すと「一粒どうぞ」と分けてくれた。

 ビー玉くらいの大きさの固い玉。ツヤツヤした表面は塗料でコーティングしたような鮮やかな水色をしている。

 

「ガムです。シュワッと爽やかサイダー味」

「ユグドラシルにガムなんてあったんですか?」

「あー、ガムは化学系の生産アイテムなんですよ。これも何時かガーネットさんから貰ったやつです。ちなみに使うと移動速度にバフが乗ります」

 

 「これが中々骸骨でもイケるんです」そう言いながら、モモンガさんはガムを口に入れた。奥歯にセットしたのだろうか、装着されたフェイスベール*4が僅かに揺れている。ヘロヘロさんにはお茶を出しておいて、私はシズとシャルティアを呼びに行った。

 やや離れた所で跪いていた二人の手を引いて席につかせる。三人を想定していたから五人だと少し手狭だったが、衣装がデカくて邪魔になっていたモモンガさんが旧装備に着替えてくれたおかげでどうにか五人で卓を囲んだ。

 

「それじゃあ、いただきます!」

「……いただきます」

「いただきますでありんす」

 

 一口運ぶとうに(・・)特有の……栗のまろやかな風味と甘みがふわっと口に広がった。人参はスプーンで簡単に切れるくらいに柔らかく、舌の上でほろほろと崩れてルゥと混ざり溶けていく。ホクホクのジャガイモは存在感があり、あるのとないのとでは満足感に大きく差が出るだろう。

 食べ始めると隠れていた空腹が顔を出して来てしまって、私は四人の会話に時々相づちを打ちながら黙々とシチューを食べ進めた。シャルティアもシズも絶賛しながら食べてくれるので作った甲斐があると言うものだ。

 気がつけば多めに用意したはずのバゲットもシチュー鍋も空っぽ。食後の茶をしばきつつ、ナザリックの設備の素晴らしさについてヘロヘロさんの熱弁に耳を傾けていたら、「失礼いたします」という低い声の後に誰かがテントに入ってきた。

 日差し布(キャノピー)を捲って、現れたのは化け物だった。膨らんだ赤い目をギョロつかせる蛙頭を目の当たりにして、背筋に粟立つものを感じ息を呑む。

 そんな私を余所にモモンガさんが蛙頭に声をかけた。

 

「顔を上げろデミウルゴス。……ふむ、お前も地上にいたのか」

 

 デミウルゴス? ……ああっ、デミウルゴスの悪魔形態か! NPCの別形態とか見る機会ないから忘れてた。確かこの姿じゃないと空が飛べないんだっけ? それにしても……正体が分かっても、生々しい爬虫類はやっぱり少し苦手だ……。

 

「はい。警備配置の確認と情報網の構築をしておりまして、つい先程、作業が一段落ついたところです。検証を重ねてより完璧なものにしていく予定ですが、ひとまずは現状で最大の防備を敷けたかと」

「……そうか、我々を代表して礼を言う。感謝するぞ、デミウルゴス」

「なんの、至高の皆様方に比べれば私の働きなど些末な物でございます」

「そう謙遜するな。しかし……その労をねぎらいたいところではあるが、あいにく大した持ち合わせが無くてな。また後日、何か褒美を考えるとしよう」

「! ……身に余る光栄です。しかし、このデミウルゴス、モモンガ様からのお言葉をいただけたで既に十分な褒美を賜っておりますゆえ」

「そ、そうなのか?」

「はい」

「そうか……いや、やはり働きには相応の報奨があって(しか)るべきだ。……二人もそう思いますよね?」

「働いた分の報酬は絶対必要だと思いますよ、俺は」

「あっ、私も同意です」

「ですよね? それが労働のあるべき姿ですよ。なのに現実はサービス残業、給料遅延、休日出勤、強制飲み会……ふふ、ふふふふ……」

「ちょっ、急な闇落ち止めてよ!」

「……俺たちのナザリックは、絶対にホワイト企業にしましょうね」

「ええ、必ず」

 

 大きく頷きながらヘロヘロさんがモモンガさんと固い握手を交わしていた。

 

「……と、言う訳だ。いいな? デミウルゴス」

「畏まりました。全ては至高の皆様の御心のままに」

「うむ、今後の忠勤にも期待しているぞ」

「ご期待に沿えるよう、努力して参ります」

 

 モモンガさんの華麗な支配者ムーブが落ち着いた所で、私は「そう言えば」と声をかけた。テント内に直接転移してきた二人は、もしかしてまだこの世界の景色や夜空を見ていないのではという事に今更思い至ったのだ。

 案の定「見ていない」と答える二人。真っ先に合流を選んでくれたのは嬉しいが、あの汚染されていない緑に溢れた大草原と透き通った満点の星空をまだ見ていないなんてあまりに勿体ない。私は手早くアイテムを片付けと二人をテントの外へ連れ出した。

 

 

 

 外に出て空を見上げるや否や〈飛行(フライ)〉の魔法で飛び立ったモモンガさんを、ヘロヘロさんとシズを載せて魔法の絨毯で後を追う。シャルティアとデミウルゴスは背から生えた翼を使っていた。純白の鳥の翼と、悪魔らしい異形の翼だ。

 どこまで昇っていくのか、空高くもっと高く、ナザリックが指先でつまめる程の小ささになるまで。ユグドラシルにも一応の高度制限があったので、これほどの高さにまで飛んだ経験はなかった。地平線の彼方まで見通せると昼間とは一味違う感動がある。ゲームではなく現実で、見渡す限り人工物が一切存在しない光景なんて、前世まで含めても未体験の領域だった。

 ちらりと横を見ると、ヘロヘロさんが体をべちゃっと潰して絨毯にへばり付いている。たぶん、自力では飛べない身だからこの高さが怖いのだろう。それを見たシズは何を思ったか同じ様に腹這いになっていた。……シズは飛べるのだから真似する必要ないと思うよ。

 

「なんて綺麗な……これが本当の星空なんですね……ブルー・プラネットさん……」

 

 ようやく追いついたとき、モモンガさんは呆然とした様子で独り言を呟いていた。

 その言葉に何も言わず、心の中で同意する。ナザリックの第六階層にはブルー・プラネットさんが(こだわ)って、拘り抜いて莫大な時間と熱意、そして課金を注ぎ込んで創り上げた空がある。両者の差異が説明出来る訳ではないが……本物を見た時の感動には筆舌に尽くしがたいものがあるのだ。

 ヘロヘロさんに〈飛行〉を可能にする首飾りを渡して軽く使い方を教えていたら、モモンガさんが再度口を開いた。

 

「キラキラと輝いて、まるで宝石箱みたいだ……」

「ロマンチストですねぇ、モモンガさん」

「! ……き、聞いてたんですか?」

「いやいや、分かりますよその気持ち。俺も今まさに猛烈に心が震えてますもん」 

 

 ふわり、と空に浮かんだ粘体(スライム)がモモンガさんの横に並びながら言う。

 

「"失われた自然"って言葉では知ってたけど、この光景がほんの百年前にはまだ存在していたんですよね……。今なら前よりもブルプラさんの想いが理解出来ます」

「そうですね……この光景を見れただけでも、この世界に来れて良かったって思えてきます」

「……ですね。……俺たちも、元々はこれを持ってたはずなんですよねー……俺が生まれた頃には既に無くなってましたけど」

 

 惜しいことしてるなぁ人類、とヘロヘロさんが独りごちると、その言葉を聞き逃さなかったのだろう、ここまで黙って付き従っていたデミウルゴスが口を開いた。

 

「───お望みとあらばシモベの総力を上げて、この世界を献上いたしましょう」

 

 聞くものが聞けば不敵ととられても不思議でない発言に、皆の視線が集中する。

 

「はぁ? せ、世界を献上?」

「フッ、この世界にまだどんな強者がいるやも分からない状況でか?」

「いかなる困難が待ち受けようとも、お望みとあらば必ず」

 

 疑問符を浮かべるヘロヘロさんとは対象的に、モモンガさんは淀みなくデミウルゴスの会話に乗っかっていく。

 ……この場面は印象的だったから私の記憶にも何となく残っていた。おかげで話の展開が理解できるが、夜空を眺めて「きれい〜」と話していたのに突然話題が切り替わったら面食らうのは当然である。しかも内容が子供向け番組の悪者の台詞そのもので、如何せん現実味がない……デミウルゴス自身は大真面目なんだろうけど。

 

 ……たしか、ここで生じたデミウルゴスの勘違いのせいで、原作ナザリックの最終目標が世界征服になってしまったんだったか。これが無ければ、一般人が一国の王様役なんてやる必要は無くて原作モモンガさんの苦労も減った筈なのだから、私もおかしな失言には気をつけないといけない。

 まぁ、今ここにいるモモンガさんとは状況が違うし、そんな中二病的発言はしないだろうけどね……。

 

 ───なんて思った矢先、隣に立つモモンガさんがハッキリと問題の単語を口にした。

 

「しかし……世界征服、なんてのも面白いかもしれないな……」

「なっ───!?*5

「……さてと、長居すると体も冷えますし、そろそろナザリックに戻りましょうか」

「そうですね〜。俺も飛ぶのが慣れないんで、早めに降りたい所です」

「あ、どうです? 自分で飛んでみた感想は」

「思ってた以上に難しいですね。気を抜くと見てる方に進んじゃいそうになりますし、何より高度が高すぎるのがちょっと怖くて……」

「あー……すみません、ヘロヘロさん陸戦メインだから、ユグドラシルでもあんまり───」

「───ち、ちょっと待ったぁ!!」

 

 次の話題に流される前に、私は慌ててモモンガさんの喋りに割り込んだ(インターセプト)。もし万が一、デミウルゴスが私の記憶と同じ様に勝手な思い込みをしていたら、今この場で勘違いを解かないと大変なことになると私の直感が訴えている!

 急に大声を上げた私を皆が怪訝そうに見ているが、そんなことは気にせず私は絨毯の上で立ち上がった。

 

「ヒカねぇさん!? 危ないですよ!!」

「そう簡単に転ばないので大丈夫です! それより、問題はデミウルゴス! 貴方です!」

 

 ビシィッと擬音を幻視できそうな勢いで振り返りつつ、私は蛙頭の悪魔に指を突きつける。一同の視線が三度、デミウルゴスに集まった。

 指をつきつけられたデミウルゴスの表情は読み取れないが、蛙の額から一筋の汗が肌を伝っていた。……真正面から相対すると、やっぱり鳥肌が立ってしまう。私はギョロリと飛び出た赤い眼球から思わず目を逸らしそうになる衝動をどうにか抑え込んでいた。

 

「……」

「……ッ」

「……ごくり」

「……」

「……ヒカねぇ様?」

「……あの、ヒカねぇさん? 何か言いたいことがあるんじゃ……」

 

 ……はっ! 我慢するのに集中してて口動かしてなかった!

 

「で、デミウルゴス!」

「はっ……」

「えーっと、あの、その……そうだ! 私が何を言いたいか分かりますか!?」

「……えぇ〜」

「何言ってんですかヒカねぇさん? 大丈夫?」

 

 えぇい! 外野は黙っとれぇ!

 モモンガさんとヘロヘロさんの呆れ声を振り払って、私はデミウルゴスとの会話を続ける。今この場にて、二人にもデミウルゴスのヤバさを知っておいて貰うことが最優先事項なんだ。

 

「さぁ! 私が今、何を思ってこんなことをしているのか当ててみなさい! あと、楽にしていいから。空中で跪くとか器用だね」

「は、はぁ……」

「お二人も、どうか今だけ私に任せてください」

「何か理由があるんですね?」

「そう言うことなら」

 

 叱責される訳ではないようだ、と気がついたのだろう。デミウルゴスは立ち上がるとどこからか取り出したハンカチで汗を拭き取り、口元に手を当てて考え始めた。流石に意味不明だろうからすぐに答えは出ないだろうと、ついでにシズとシャルティアにも考えさせてみる。

 ……さて、三人が考えているうちに私も正解を考えて置かないと。正直な答えとしては「"デミウルゴスの思い込みが激しい"ということをモモンガさん達に明らかにすること」なのだが、今までまともにデミウルゴスと交流していない私が急にそんな事を言い出したら違和感が半端ないだろう。何かしら良い感じの答えを考えておかないと……。

 ……あ、いや。ここで嘘ついたら本末転倒か。単純にちょっと理由付けするだけでいいな。

 

「うーん……全っ然分からないでありんす」

「……私は一応、思いつきました」

「本当でありんすか? ちょちょいと、少し聞かせてくりんせんかぇ?」

「……ダメです」

「……けち!」

「挑発にはのらない」

 

 何だか最初と比べて随分打ち解けているシャルティアとシズのじゃれ合いを眺めていると、急にデミウルゴスがはっと顔を上げた。そして眉間に皺を寄せ、拳を震える程強く握りしめている。

 

「それじゃあ答えを聞かせてもらおうか。デミウルゴスは最後のトリで、シズ、シャルティアの順番で」

「はい。……デミウルゴス様がモモンガ様の言葉を冗談ではなく、本気で受け取っているのに気付かれたので声を上げた……だと思います」

 

 ───まさかの大正解、だと……!?

 動揺で引きつりそうになる口元をふふふ、と意味深な笑顔で誤魔化して私は次のシャルティアの答えを促した。シャルティアは申し訳無さそうに眉を落としながらおずおずと口を開く。

 

「正直、ヒカねぇ様にご満足いただけそうな答えは思いつけなかったでありんすけれど……何かしら私達が気が付かない内にデミウルゴスが無礼を働いたので、それを叱責されようとしたのではありんせんでしょうか?」

「なるほどね。……それじゃあ、デミウルゴス。シャルティアとシズに貴方の答えを聞かせてあげて下さい」

「畏まりました」

 

 余裕を感じさせる微笑みを浮かべながら、デミウルゴスは私、そしてモモンガさんとヘロヘロさんに向かって深々と一礼した後に「僭越ながら、ご説明させていただきます」と続けた。

 

「───ヒカねぇ様は恐らく、私共をお試しになられたのでしょう」

「試す、でありんすか?」

「ああ。ヒカねぇ様が声を上げられる直前の会話を思い出してみましょう。モモンガ様とヘロヘロ様はどのような会話をされていたかな?」

「えぇっと……たしかヘロヘロ様は陸戦が主なので、あまり空を飛んだ経験をお持ちでないとか……」

「その通りだ。更に言うとヘロヘロ様は『高度が高いことに恐怖心がある』と仰っていたし、モモンガ様は『長時間、上空にいると体が冷える』とも仰っていた。さて、この二つの発言に関して共通していることはなんだと思う?」

 

 デミウルゴスの問いにシャルティアが即答する。

 

「分からないでありんす!」

「……もう少し、自ら考えてみてほしいのだがね。まぁ、今はいいだろう。シズは分かるかね?」

「……矛盾がある……ます」

「ほう、その矛盾とは?」

「……モモンガ様はアンデッドなので寒さを感じることはありません。ヘロヘロ様は粘体なのでどれ程の高さから落ちても落下ダメージは受けません。なので高さに恐怖心がある、というのは奇妙」

「素晴らしい! では何故モモンガ様とヘロヘロ様がその様なことを仰り、そしてヒカねぇ様が声を上げられたのかという問題だが……原因は我々全員にある」

 

 一段声の高さ(トーン)を下げたデミウルゴスの発言に、シズとシャルティアの表情が険しくなった。……いや、シズの表情変化はよく分からないんだけどね? 何となく雰囲気が明らかに重くなったというか……。

 

「なっ……私達もでありんすか!?」

「……早急な説明を求める」

「焦らないでくれ、気がついてみれば答えは非常に単純なんだ。謎を解く最後の欠片(ピース)はヒカねぇ様が立ち上がったときのヘロヘロ様の発言だ」

「……『危ないですよ』と仰っていた」

「そうだ。これらの情報を踏まえて考えれば、自ずと答えは導き出せる。……先に述べたモモンガ様とヘロヘロ様の発言は両方、ヒカねぇ様を気遣ったものだったいうことがね」

「……!」

「……?」

「……つまり、だ。モモンガ様とヘロヘロ様が仰ったことは、本来であれば我々が初めから気が付き、対策を講じているべき事なんだ。

 〈真祖(トゥルーヴァンパイア)〉、〈自動人形(オートマトン)〉、〈最上位悪魔(アーチデヴィル)〉の我々は全員が飛行能力を有しており、通常の気温変化程度であれば影響は受けない。しかし〈星が創りし生命体(ステラノイド)〉に到達されているとは言え、ヒカねぇ様の耐性は基本的に人間と変わらない」

「風が冷たければ凍えるし、これ程の高さから落下したら……」

「それ以上は言わなくていいでありんす……っ」

 

 デミウルゴスの言わんとするところを理解したシャルティアは、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ力なく項垂れていた。

 

「……理解してもらえたようだね。ヒカねぇ様は我々がいつ、その事実に気がつくのかということをギリギリまで待ってくれていたんだ。しかし、悔恨の極みだが……我々の誰も気が付けなかったので、御方自ら声を上げられたのだろう」

「……それなのに、今こうしてもう一度考える時間をいただけている」

「ああ……口籠っていらっしゃったのも、恐らくはそれが理由でしょう。我々に再度、最後の慈悲を与えるかどうかを悩んでおられたのでしょう」

「……もしデミウルゴスが気がついてくれていなければ、私はヒカねぇ様の最後のお慈悲まで裏切っていたことに……!」

「……感謝いたします。デミウルゴス様」

「いや、この段階で漸く気がついたような私ごときに礼など不要さ。我々が感謝を述べるべきなのは……分かるだろう?」

 

 デミウルゴスの言葉の後、三人が寸分違わず同時に跪き、私に向かって仰々しい感謝の言葉を述べた。それでもデミウルゴスとシズは落ち着いていたが、シャルティアは半分嗚咽が混じっているような声で……。何もかもデミウルゴスの深読みのせいなのに、何だか私がシャルティアを泣かせているような気分だった。

 くっ、沈まれ私の両腕……! シャルティアを撫でくり回して慰めるには、まだ早いんだ……!

 

「───以上が私の答えとなります。ヒカねぇ様、如何がだったでしょうか」

 

 デミウルゴスは苦しげに、審判を待つ罪人のような面持ちでそう告げた。一方、モモンガさんとヘロヘロさんの顔を窺ってみると、二人とも明らかに困惑というか……うん、正直に言おう。ドン引きしていた。そんな二人に私は大きく頷きを返し「後は任せて下さい」と胸を叩いて示した。

 

「ありがとうね、デミウルゴス。とっても分かりやすい説明だったよ」

「ありがとうございます」

「けれど、私は貴方に残念なことを告げないといけない」

「……如何様な罰も受け入れます」

「わらわも覚悟は出来ております……」

「……私も、です 」 

「……いや、あのね。違うからね? 怖いこと言わないでくれない? あれだから、ただ単純にデミウルゴスの答えが間違ってたってだけだから」

「───ッ! もっ……申し訳ございません……ッ!! ヒカねぇ様の最後の慈悲すら無下にしたこの愚、どう償えばよいか……!」

 

 目を限界まで見開きデミウルゴス。今にも死んでしまいそうな様子へ変貌するシャルティア。全身を震わせ硬直してしまったシズ。

 三者三様の絶望感が押し寄せる姿に私は慌てて同じ絨毯の上にいるシズの肩に手をかけながら声を張り上げた。

 

「いやいやいやいや! ばっ、罰とかないから! と言うかね、そんな大それた話じゃないんだよ!? シズの、シズの答えがね、正解なの! あれが大正解なの!」

「……私、ですか?」

「なっ、シズの答えが……!?」

「私はただ、デミウルゴスがモモンガさんの世界征服発言を真に受けてるかもって思っただけなの!」

「世界征服は冗談……?」

「そうだよ!? ですよね!? モモンガさん!」

「あ、はい。そうです」

 

 あっけらかんと答えたモモンガさんの言葉に、デミウルゴスがもう何度目になるか分からない驚きの声を上げる。

 

「なっ───! わ、私は何という勘違いを」

「だから……デミウルゴスの考えてた私が皆を試してるとか、慈悲で質問したとか、そんなこと全然ないからね? 流石の私も何の対策もなしにこんな高い所まで来ないし、そもそも……そんなくだらないことで貴方達をどうこうするとか、そんな酷いことしないから!」

「……はい。ヒカねぇ様のご慈悲に感謝いたします」

 

 デミウルゴスはようやく落ち着きを取り戻した。私は最後に一つ、今ならしっかり伝えられるのではないかと思う事を伝えるため、絨毯から飛び降りてデミウルゴスの側に寄る。

 そして聞き逃しが起きないように、その蛙の頭を両手ではさみながら言い聞かせた。ひぃ、何かぶにっとするう……。

 

「デミウルゴスはたぶん、いや間違いなく私達三人の誰よりも頭がいいし、色々な事を知っていて物事を深く考えることができるんだと思う」

「いえ、御方々に比べれば私程度の頭脳など───」

「いいから聞いて。……デミウルゴスが一の情報から十を読み取れるのだとしたら、たぶん私達は───少なくとも私は一の情報からは一だけか良くて三くらいしか得られない。そんなんだから、言葉の裏に隠れた意味を潜ませるなんてことも出来やしない。……ここまでいいね?」

「はい」

「だからデミウルゴスも私と話す時は、あんまり言葉の裏を読もうとはしないで。私の意図が不明瞭な時があったら、躊躇わず聞いて確認してほしい」

「……畏まりました」

 

 むぎゅ、と挟まれたままの顔を上下させたのを確認して私はデミウルゴスを開放した。

 

 これだけハッキリと説明しておけば、ちょっとやそっとじゃ私に対するデミウルゴスの勘違いが起こることもないだろう。世界征服が目標設定されることもなくなったから、モモンガさんが国王ロールを強いられることもなくなった筈だ。

 

 ───あぁ、疲れたあ……。

 

 精神的な疲労を感じつつも、大きな仕事をやり遂げた満足感が私の体に満ち満ちていた。

 さて、あと残るは……

 

「……煽動者デミウルゴス」

「ひぇ」

 

 二人に植え付けられてしまった不安を払拭しないとね……。

 

 

to be continued...

*1
イメージが掴みにくい時は「狭間つき胸壁」で検索するとそれらしい画像がヒットします。原作では不明ですが、本作では壁上に通路があるものとします。

*2
22世紀では死語を越えて古語

*3
RoAOG:リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン

*4
顔の下半分を覆い隠すヒラヒラした布。

*5
息を呑むデミウルゴス君に稲妻が迸る音




次回、カルネ村。

ヒカねぇ:何だかんだできるだけ弱い所は見せないようにしよう、とか思ってたりもしたが、マーレの魔法で半狂乱になっていたであろう姿を見られてしまったこともあり「もういいや」となった。おかげでデミウルゴスに言いたいことを言えた。
モモンガさん:ガムを噛むと歯からはみ出て丸見えになるので、エチケットで口元を隠している。ヒカねぇやヘロヘロさんの食事シーンに影響されて、倉庫の食事アイテムを片っ端から漁った末にガムを見つけた。
ヘロヘロさん:ほぼ丸々二日間の眠りから覚めた社畜戦士。目が覚めたら目と鼻の先にソリュシャンの顔があったが、遅刻の走馬灯を見ていたヘロヘロは幻覚と判断して出社の準備を始めて……部屋が違うと気がついた。

シズ:今日一日でヒカねぇと接するときの緊張感がだいぶ軽くなったらしい。今現在、至高の存在と一番長く交流しているので、部屋に戻ったら根掘り葉掘り話を聞かれるだろう。
シャルティア:ヒカねぇの胸に抱きしめられ、下腹部に顔を押し付ける至上の経験をして、下の薄布をびしゃびしゃに濡らしていたかもしれない。シズが急速ヒーターで問答無用に乾かした。
マーレ:仕事スタート時点でヒカねぇが傍にいるのが分かっているので一層気合を入れていた。たぶんこの後、原作通りモモンガさんがRoAOGを下賜しているし、アルベドにも指輪が渡っている。
デミウルゴス:転移直後の現在は常に最悪の状況(至高の存在が隠れる)を想定して動いている。ヒカねぇの意味不明な問いに対しても「ここで失敗したら失望されてナザリックから去られてしまうかも」と不安が重くのしかかっていたので答えを決めるまで長い時間がかかった。最後のヒカねぇの言葉も「そうは言っても謙遜が多分に含まれているのだろう」と思っている……が、それはそれとして至高の存在は絶対なので、今後はヒカねぇ=凡人、という「条件」を考慮して活動するだろう。

オリジナルのスキル、アイテム、用語:
天幕創造(クリエイト・テント)〉サバイバル系職業で取れる魔法スキル。ゲームでは数種類のテントを選択する仕様だったが、転移後は自由に融通が効くようになった。冷気の地形ダメージ遮断効果があり、主に極寒系ダンジョンで一息ついたり体制を整えるときに使われていた。
〈水晶の焚火〉性能はただの焚き火と変わらないが、ゲームでも簡単に火力調節ができた。見た目が綺麗なので生産職以外でもインテリアとして暖炉内に設置するプレイヤーが少なくなかった。
星が創りし生命体(ステラノイド)〉人造人間系の最上位種族のうちの一つ。魔力や作成したアイテムにバフが乗る。イメージの大元はFateのエクスカリバーと円谷プロのテラノイド。

後書き:書いてるうちにシズとシャルティアがどんどん可愛く思えてきました。
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