登場人物:モモンガさん
ヘロヘロさん
ヒカねぇ
※後書きにキャラの口調について簡単な説明を書いてあります。参考までに目を通して頂けると読みやすくなるかもしれません。
視界を覆う光の粒子が晴れてゆくと、円卓の間では先に着いていたモモンガさんが膝に手を当てて深く息を吐いていた。肩を上下させて深呼吸を繰り返す姿から相当疲弊したのだということが察せられ、それを気遣っているのだろうヘロヘロさんが粘体の体を伸ばして骨張った背中を
二人より一足遅れて現れた私に気がつくと、モモンガさんは顔を上げて「とりあえず一休みしましょう」と言いながら近くの適当な座席に腰を下ろした。私も適当な席に座ってようやく肩の力が抜けてくると、自然と大きなため息が漏れた。同じようにヘロヘロさんも息を吐いていた。
……とにかく疲れた。ゲームキャラのNPCが突然自由に動いて言葉を発し、あまつさえ意思疎通出来るレベルで喋りだした。それだけでも理解の範疇を飛び越えているのに、それに留まらずどうしてか皆揃って大泣きしているのだ。もう訳が分からない。
さっきは「泣いてる子がいるから慰めないと!」とユリを泣き止ませるために条件反射で動けていたが、触覚を含む体の感覚が「厚布を一枚挟んだようなぼやけた感覚」でなく、現実と遜色ないそれに変わっている事に気がついてからは最早それどころではなかった。
数分前のことなのに余りにも情報が多すぎてニ、三十分経っているようにさえ思えてくる。
「ほんと何が起こってるんだ。いや、予想はつくんだけどさ……」
突っ伏していた体を起こして他の二人の様子を伺うが、未だ二人とも体を椅子と机に預けたまま頭を抱えている。
背もたれに寄り掛かって脱力しているモモンガさんは分かりやすく疲れているのでまだ良いのだが、気になるのはヘロヘロさんだ。肘を机に載せた体勢のまま、ひたすら何もない空中をタップし続けているのだ。
間違いなくコンソールを呼び出そうとしている。しかし何度繰り返してもコンソールが現れている様子はない。釣られて数回試してみたが、普段ならすぐに現れる筈の半透明の操作パネルは一向に現れる気配がなかった。
暫くヘロヘロさんを観察していると、諦めたように腕を下げて
「お二人ともお疲れ様でした。ひとまずあの場から上手く逃げ出せたということで喜ばしい限りですけど……あー、何から話します?」
頬を掻きながら問いかけるモモンガさんに、べしゃっと背もたれに寄りかかったヘロヘロさんが暗めの声色で答える。
「そりゃあ、ただのキャラクターが動いて会話できるようになってしまっている事についてしかないでしょう。……ただ何はともあれ、あそこから離れられて良かった。モモンガさん、助けてくれて本当にありがとうございました」
「私からも本当ありがとうございました。モモンガさんが先陣切って動いてくれていなかったら、たぶん未だにあの部屋にいたと思うよ」
「いえいえいえ。とにかく私もどうにかして避難したい一心でしたから」
「自分でも何言ってるのか分かんないまま我武者羅にやってただけなんで!」と恥ずかし気に謙遜するモモンガさんらしい姿を見て、少し調子が戻ってきたのかヘロヘロさんが「またまたー」と笑いかけた。
「凄かったですよ。てきぱき指示出して、あっという間にメイドと執事を部屋から出しちゃったんですから。もう私には何が何やら」
「あはは……未だにどうしてあんな冷静に振る舞えたのか、自分でも不思議なくらいでして」
「うんうん。私も偉い人の振る舞いとかよく分かんないけど、あの状況で全然違和感ない"これぞ偉い人!"って感じの動きだったよ!」
「ですよね? しかもNPCの名前も全部言えてましたし。俺なんてソリュシャンとナーベラルしか名前覚えて無かったんですけど」
「あぁ、それは前に覚えようとしたことがありまして。NPC名前当てゲームってやつを───」
やはり、こんな状況に陥ってしまうと誰でも現実逃避をしてしまうのだろうか。明らかな緊急事態にも関わらず、次第に話題が主要NPCの名前や設定についてに逸れていく。
玉座の間の最終防衛ラインという設定を持つ戦闘メイド"プレアデス"のユリ・アルファや
しかし、ナザリックには色々と凝った名付けをされているNPCが多いのでパッとは覚えられない名前も結構多い。中でも鬼門なのが四十二体もいる一般メイド達だ。
名前にはそれぞれ由来があるらしいのだが、とにかく数が多いのと馴染みのないワードが並んでいるせいで名前と顔を一致させるのが大変で、一度マスターしたことはある私も今となっては半分も言える自信がない。
私ですらそのレベルなのだから、覚えようと試みたことすらないヘロヘロさんでは分からなくても不思議ではない。結局、最後の最後までアルベドやプレアデスを動かしたことなんてなかったしね。
「そうそう、そしたら突然ペロロンチーノさんが───っと、すみません。ついつい話が楽しくなってしまって。今は動き出したNPCについて話す場でしたね」
うおっほん、と咳払いを挟んでモモンガさんが脱線を修正する。
「くっ、現実逃避させてよ〜」
「うーん……やっぱりアレはどう考えてもAIの範疇を超えてるとしか思えないんですよね」
「まぁ、NPCだけじゃなくて、私達もおかしくなってるよね。体の感覚とかも現実と遜色ないし、心なしか目に見える物のディティールも上がってる気がする。さっきも言ったけど、肌のきめ細かさや通ってる血管まで透けて見えるなんて、流石にグラフィックの向上で済ませるには異常すぎると思います」
「私は骨なんで具体的に言葉には出来ないんですけど、凄く現実感がありますよね。〈ユグドラシル〉を遊んでいる時は仮想世界にいるって普通に分かってたんですけど、今はその感覚がないというか」
実際の所〈ユグドラシル〉を含め、現代のゲームグラフィックの質はもはや現実と見分けがつかないレベルに達している。それ故、現実と入れ変わっても然程大きな変化は感じないはず。もしかするとモモンガさんが言っているのは細かな髪や服の動きについてだろうか。
高度に発達した物理エンジンが搭載されていても、体の動きに付随する揺れ等の影響が完璧に表現されている訳ではなかった。遊んでいる途中では気にならない程度の違和感が解消されて「ゲーム感」がなくなったのかな? 分からないけど。
「見た目よりも注目すべきはNPCの言動ですよ。ヒカねぇさんやモモンガさんの言葉に反応して自然な会話を行うなんて……というか音声データはどこから来てるんですか? 泣く行動含めて私の組んだプログラムにそんな機能はありませんし」
「そっか、ヘロヘロさんはAI担当ですもんね。そのヘロヘロさんが分からないとなると、いよいよ謎が深まるばかり……」
「電脳誘拐も考えたけど、こんな監禁紛いの犯罪を運営会社がするメリットが分からない。もし何らかの
「……あのう!」
早々に話し合いが行き詰まって微妙な沈黙が広がり始めそうになった時、私は意を決して声を張り上げた。
正直に言うと私は今回のこの事象について十中八九、原作通りの異世界転移だと思っている。ヘロヘロさん合流前にモモンガさんには与太話として伝えているが、状況が今ここに至っては改めて二人に話しておくべきだと思うのだ。
二対の視線が私に集中する。まかり間違って前世がどうこうとか電波なことを言ってしまわないようにと心掛けながら「モモンガさん、さっき私が話したこと覚えてますか?」と問いかけた。
「んん?」と首をかしげるモモンガさんだったが「私の妄想の」と補足すると「ああ!」と思い出してくれた。
「妄想?」
「えっとヘロヘロさんには話してなかったんだけど、私の妄想というか願望というかの話で───」
モモンガさんにしたものと同じ話を改めてヘロヘロさんに伝えると、ヘロヘロさんは予想していたよりもかなり真剣、というか神妙な様子で話を聞いてくれた。
「───という事なんだけど」
「んー、なるほど」
「荒唐無稽だし願望混じりの考えってのは自覚してるんだけど、私の中ではこれが最有力候補になってる」
「ゲームが現実に……まさに夢みたいな話なんですけど、その可能性を否定したくない自分もいるんですよね」
「ほ、本当?」
「私だってその手の妄想をしたことがない訳じゃありません。もしそれが正解なら全てに簡単に説明がつきますし、それに……」
「それに?」
「今の生活環境からおさらばしてもっと気楽に暮らせるっていうなら、これ程嬉しいことはありませんからね!」
「あ、そっかぁ……」
本当にそうなら一日五時間睡眠とかしてみたいです! と濁った目で(全身濁っているが)言ってのけるヘロヘロさんには流石に同情を禁じ得ない。
確かに現実の世界の環境は地獄もかくやとばかりに終わっているが全員が全員、ヘロヘロさんの如く体がズタボロになるまで労働に勤しまないと生きていけないなんてことは勿論ない。
同じワーカーホリックな私にだって休日はあったのに……。体内時計の崩壊か記憶喪失かは分からないが、二年間を数ヶ月と誤認するほど追い詰められていたヘロヘロさんは、最低限度の休息を取る暇すら与えられていなかったと言うのか……?
「と言うか、たぶん今も不思議なこと起こりすぎて眠気が引いてるだけで、本当ならもうぶっ倒れてもおかしくないくらい眠いはずなんですよ……」
「そ、そうなんだ」
「三徹目なんです。実際さっき写真撮ってたときもかなり眠かったのに、思い返すと眠たくなくなったのも日付を跨いだ辺りからだった気がするんですよね。スライムの体になったから眠気が消えたって考えると余計にヒカねぇさんの説に信憑性を感じていて」
「……あ、もし本当にそうならヘロヘロさんの装備に〈睡眠無効〉効果のあるアイテムが交じってるから眠くならない、とか有り得ませんかね?」
モモンガさんの言葉に内心「あるかもしれない」と思った。もう大分薄れた記憶でも、モモンガさん(原作)が疲労や睡眠を必要としなくなっている描写があった。
もしゲーム内アイテムの効果が発揮されて、現実の肉体由来の生理現象である睡眠欲が無くなっているのだとしたら、異世界転移説のかなり強い根拠になるのでは? ……いや肉体由来なら別の体になっても眠気が残ってること自体おかしいのか? 眠気が残ってるなら現実の肉体と繋がりが切れてないって事になる? いや、そもそもスライムとか骸骨が動いて声出せてる時点でファンタジーだしなぁ。
「……どう?」
「えーっと、確か睡眠・麻痺・石化無効付きがあった気が。ちょっと外してみます」
そう言うとヘロヘロさんは腕を体に突っ込んで装備を体外に引きずり出す。ガントレットや鎧、足甲といった大きめの装備を引きずり出しても特に変わった様子はなかったが、緑色の宝石の首飾りを取り出した時、急に体勢を崩し、べシャっと体ごと床に叩きつけられた。
「ヘロヘロさん!?」
「わっ! 大丈夫!?」
「っああ……大丈夫です。急に凄い睡魔に襲われて目眩がしただけなので……」
「そんな、まさか本当に?」
これは現実の肉体との繋がりが残っているってことなのだろうか、それとも疲労感とかそう言うの込みで異世界転移してるんだろうか。……それ言うなら、脳みそを現実に残したままなのに記憶保持してる時点でおかしいな! よし、考えるの止めよう!
とにかく今は「ゲーム内アイテムの効果」が「今まで影響しなかった生理現象にまで効果を発揮している」ことが分かったという事実だけで十分だ。
「このネックレスに睡眠無効効果があったってことかな。えっと効果確認……」
鑑定魔法を発動しようとして、いつもなら視界の端に観える魔法用アイコンが消えてしまったことを思い出した。クリックするだけで使えていたものを、それ無しでどう使えば……。
どうしたものか、そう思いつつ取り敢えず、何となく手のひらをアイテムに向けてみる。アニメや漫画で鑑定スキルを使うときは大体こんな感じだったから、これで使えちゃったりしないかなぁという浅い思い付きだ。
しかし存外馬鹿に出来ないもので「鑑定魔法を使いたい」と考えると、ごく自然に頭の中に様々な情報が湧き上がって来たのだ。魔法の効果、効果範囲がどの程度か、再度発動までのリキャストタイム、どの程度の魔力を消費するのか……とても奇妙な感覚だった。
ゲーム内でシステム的に使えていただけの"魔法"が、本当に"自分の力"の一部として感じられる充足感。私はふわふわとした高揚感に包まれながら、ある種の確信を持ってそれを口にした。
「
結果を伝えると二人とも少し納得した様子で小さく頷いた。そしてヘロヘロさんは外した装備を再び体内に戻していく。ペンダントを戻すときは暫く悩んでいたようだったけど、戻してしまうと再びスッキリした様子で立ち上がった。
「今さらですけど、俺めっちゃ普通に体に手を突っ込んでましたよね……感触も凄いリアルだったし、取り出した鎧の鉄の
「匂いまで? じゃあ本当に仮想現実が現実に……なってしまったんですね……」
モモンガさんとヘロヘロさんは話し合った訳でもないのに示し合わせた様に天を仰ぎ、そしてこれまでで一番大きく、深いため息をついたのだった。
……うん、何はともあれ信じてもらえて良かった良かった!
to be continued...
モモンガさん:基本的に常に敬語。このメンバー時だと一人称は「私」>「俺」。キャラ書き分けの為にも「俺」が使われることは滅多にないかもしれない。骨なせいか言われるまで触覚の変化に気が付かなかった。
ヘロヘロさん:モモンガさんよりも緩〜い敬語。一人称は「俺」。睡眠不足は隠れていただけで解消されてはいなかった……!
ヒカねぇ:口調としては一番緩い。ヘロヘロさんには完全にタメ口だが、モモンガさんに対してはですます調が混ざる。敬語期間が長くて慣れと癖が残っているのだ。
「原作通り」の期待を深め、すでに少しずつ危機感を失い始めている……が、それで何か悪いことが起きたりはしない。だって彼女らにとってナザリックは超々安全地帯なのだから!