登場人物:ヒカねぇ、モモンガさん
配膳係 エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ
同じく シズ・デルタ
給仕係 ナーベラル・ガンマ
同じく ユリ・アルファ
その他 一般メイド多数
一言:書くのは大変でしたが、大事な回なので頑張りました。下調べ込みで普段の五倍くらい時間かかりました。そして19世紀の貴族、王族のテーブルマナーや食事内容に詳しくなりました。
あと、前話に一つだけ忘れていた前振りを追加しました。
ナーベラルはルプスレギナ、ソリュシャンを除くプレアデスの面々、そして十数人の一般メイドを引き連れて戻って来た。
プレアデスの指示と一般メイド達の働きによって、執務机を除いて何もなかったモモンガさんの部屋はあっという間に上品な食事の場へと姿を変えた。
床には色彩豊かな模様が織り込まれた絨毯が広げられ、どこから調達してきたのか飾り彫刻が施された白亜のラウンドテーブルまで運び込まれた。テーブルに敷かれた純白のテーブルクロスは、その上から上品なレースの飾り付けが施された白いリネンで覆われている。テーブルの上には陶磁器の食器セットが備えられ、光沢のある銀のカトラリーと白銀のリングに収められたナプキンが整然と並べられた。
恐るべき手際で調えられていく様子を二人して呆然と眺めていた私たちは、壁際にずらりと並んだメイドたちの視線を気にしながらも二人で話し合う。
「これは不味いですよ……。明らかに洋食、しかもナイフとフォークを使い分ける必要がある食事が運ばれて来そうです。モモンガさん、ナイフとフォークだけで食べた経験ありますか?」
「あまり無いです。それもテーブルマナーなんて気にしない普通のお店だったので、正しい使い方なんて殆ど分かりません」
「私もです。私なんて店員に割り箸貰ってたくらいなんで、サラダとか出されたら綺麗に食べられる自信全くありません」
前世ではそれなりに経験があるものの、長いブランクが空いているので当てには出来るかは不安が残る所だ。
「サラダじゃなくても無理ですよ。ステーキなら何とかなりそうですけど……料理を零してぐちゃぐちゃにしながら食べたりしたら、NPCに見限られるかも……あっ、私は食べないから大丈夫か……」
「う、裏切るんですか!?」
「いや、だって食べられないし……もし私の分もあっても匂いだけ楽しむ、みたいな?」
「……ずるい」
「えぇ……」
コソコソと小声でそんなことを言い合っている内にも、着々と朝食会場は調えられていく。そして有用なアイデアが一つも出せないまま、食事の用意を待つ間を繋ぐ飲み物として提供されたオレンジジュースで唇を湿らせていると、遂にサービングカート*1を押したメイドが入室して来た。
「あ、これもうどうしようもないわ」
「どうにか頑張ってくださいとしか言えません。気休めですけど───〈
「ありがとです……」
どんな幸運が引き寄せられるというのか甚だ疑問だが、とにかく出来る手は打った私たちはナーベラルとユリの導きに従って席に着いた。引かれた椅子に腰を下ろすとユリとナーベラルはそれぞれ私たちの左後方に控える。
……落ち着かない。何でよりにもよって手元を完全に覗ける位置に立つのか。私が無知なだけでそう言うものなのだろうか……?
背後からユリの視線が感じられるような気がする……。そう内心震えながらじっと次の展開を待っていると、エントマとシズがサービングカートの料理を配膳し始める。
「……失礼いたします」
戦闘用ではなく給仕用のメイド服に身を包んだシズが、私の目の前にパンの入ったカゴを置いた。……どうでも良いけど、戦闘時じゃなくても迷彩柄のマフラーは外さないんだね。トレードマークなのだろうか。
パンの他には数種類のジャム、スライスされたチーズが並べられる。パンはクロワッサン、バゲット、それとロールパンだ。チーズはカマンベールチーズ、青カビチーズと謎のチーズが一つ。ジャムに至っては瓶に何のジャムか書かれていないので何も分からない。……これは、このまま食べて良いのだろうか? それとも、次の料理が運ばれてくるのを待って、それと一緒に食べる……? いかん、早速正解が分からない。
一人オロオロしている内に配膳を終えたエントマが説明を始めた。今思うことじゃないけど、エントマの声がとっても可愛い。……源次郎さんの趣味かな。
「本日のパンは三種類。クロワッサン、テーブルロール、バゲットをご用意させて頂きました。付け合わせには、カマンベール、ゴーダ、ゴルゴンゾーラの三種類のチーズ。ジャムはストロベリー、ブルーベリー、アプリコット、ピーチをそれぞれご用意させて頂きました」
「あ、ありがとう」
「ふむ……」
「お飲み物にはワインをご用意いたしますが、味の希望等はございますか?」
「えーっと、それじゃあ甘口のがあれば……」
「甘口ですと〈エルフィリアン・デューン〉は
「じ、じゃあ、それでお願い」
「私にもヒカねぇさんと同じ物を」
「畏まりました」
とく、とく……とグラスに注がれるワインを横目に目の前に並ぶパン達に意識を向ける。
ど、どれから手を付けたら良い? 前世ではバゲットをチーズと組み合わせて食べた記憶があるのでそこは間違いないだろう。クロワッサンはたっぷりバターが練り込まれているはず。ジャムを塗ったことがないけど、単体で食べるのは正しい食べ方なのだろうか。
ロールパンもといテーブルロールはジャムを付けて食べれば良いが、これは次の料理が来るまで残しておくべきなのか? 残ったスープ等をパンで綺麗にして食べていたが、あれをするのはマナー違反かもしれない……。
……まずい、思考がまとまらない。いい加減手を付けないと怪しまれるかもしれない。……と、とりあえずバゲットで時間を稼ごう。
ゆっくりとバゲットを手に取り、バターを塗ってその上にゴーダチーズを乗せた。焼き立てのパンは暖かく、程よく溶けたバターはパンの隙間から全体へと染み込んでいく。チーズはスーパーで見かける厚紙程度の薄い物とはまるで違って、薄切りだが確かな「厚み」を感じさせる絶妙な厚さにスライスされていた。
口元に近づけるとそれだけで芳醇なバターの香りが鼻腔を刺激して、口の中で涎が溢れてくるようだ。この世に生を受けて二十余年、夢を叶えるまでは不要と食費を切り詰めていた私にとって、天然食材───それも恐らくは最高品質、最高級───を使って、現ナザリックでは最高の腕前を持つ料理長が作ったであろう料理が如何ほどの
自分は未だ手を付けずに私を見守っているモモンガさんと目が合う。「行け」と促すように頷いたモモンガさんに頷きを返して、バゲットを口に運んだ。
「……!!!」
「うわっ、すっごい美味しそうな反応」
「……ッ!! ……めっっっちゃ美味しいですよコレぇ!! ヤバい、超ヤバいです!!」
美味しい……とんでもなく美味しい! 本当にこれはパンとバターとチーズを組み合わせただけなのか。たった今口にした、私の噛み跡が残っているそれが本当に見た目通りの食材なのかと疑いたくなる程の衝撃的な体験だ。
「どんな味なんです?」
「そうですね……まず食べ始める前からです。バターの染み込んだバゲットにゴーダチーズを載せた瞬間、魅惑的な香りが広がった気がしました。バゲットの外側は軽くカリッと焼き上げられていますが、指先で触れると焼き立て直後の温かさと、その奥に隠れるふんわりとした柔らかさを感じることが出来ました。
口に運ぶと、まず舌の上に広がるのはバゲットから溢れ出るバターの濃厚な風味です。バゲットの柔らかさとバターのコクが絶妙に調和して、口の中に贅沢で幸福な味が広がります。
そして次に、ゴーダチーズの存在感が顔を出します。チーズはバゲットの温かさで少し溶けていて、軽く噛むだけでスッと歯が通る滑らかな食感ですが、同時にしっかりとした風味も放っています。それをしっかり噛みしめると、バゲットの歯応えとゴーダチーズが見事に溶け合い、香ばしい小麦の香りとチーズ特有のナチュラルで芳醇な味わいが滲み出て来たバターの風味と絶妙に絡み合い、口の中で衝撃的かつそれでいてクリーミーな相乗効果を生み出すんです。……まさに絶品、犯罪的な美食と言うほかありません」
「…………えっ、もしかして普段から食レポとかやってました?」
「やってませんよ!?」
「嘘だぁ〜」
「いや本当に!」
「ははは、またまたご冗談を」「アニメの制作進行にそんな業務ありませんよ!」「そ、それじゃあ趣味で独り言食レポを……!?」「ないよ! そんな趣味!」とそんな和やかな言い争いをしながらも、私は次々にパンを手に取り、トッピングを組み合わせて口に運びまくった。
カマンベールチーズの癖のある味。ゴルゴンゾーラの頭を揺らすような重みのある独特な匂い。ストロベリーの王道な幸せの味と、まろやかな酸味と甘みが溶け合ったアプリコットの美味しさ。中でも一番気に入ったのは、ブルーベリージャムとゴーダチーズの組み合わせだった。
……結局、当初の悩みなんて全て放り捨てて、私の前から全てのパンとチーズが姿を消した。
「食べるの早っ」
「いやーまだまだ全然、いくらでも食べれそうですよ!」
「御代わりなさいますか?」
「いや、次のもあるだろうから大丈夫!」
「左様でございますか。───エントマ、シズ」
「……はい。では、次の料理をお持ちいたします」
私のパン屑が散らばった空の器が下げられ、モモンガさんの前からもバターが塗られ、それぞれのチーズが載せられた一口もつけてないパンが下げられる。
「…………」
「うーん、なんとも良い香り……ん? どうかしました?」
「あ、いえ……」
「そうですか?」
モモンガさんは手に持ったワイングラスを傾けたり、軽く揺らしたりしながらその香りを楽しんでいる。さっきまでもスプーンでジャムを掬って匂いを嗅いだりして驚いていたので、モモンガさんなりにこの時間を楽しんではいるのだろう。
でも、しかし……私としては……もっとこう……。
「肉料理は二皿からお選び頂けます。一皿目は、ヘルヘイムのシャドウホーンのローストビーフ シャンパンゼリーを添えて。二皿目はデーモンブルのフィレ肉のステーキを赤ワインソースでご用意いたしました」*2
エントマの声にはっと我に返る。
目の前には言葉通り、美しい赤い断面を晒すローストビーフと未だジュウジュウと熱を放つステーキが並べられていた。どちらもそれほど大きくはなく、今の私ならペロリと平らげられるサイズ。
「私はステーキにしよう」
「……ごくり」
「……ヒカねぇ様、どちらになさいますか?」
「へっ? あっ……その、どっちもは駄目……?」
「……勿論、大丈夫です」
「やったぜぇ!」
「えっ? ……え、エントマ! やはり私も両方にして良いか?」
「畏まりました、モモンガ様」
料理に被せられていた丸い銀のドームカバーが下げられ、ナイフとフォークが1セット追加された。そうだそうだ、確かカトラリーは外側から使っていくんだった。
モモンガさんとアイコンタクトを取って、ナイフとフォークを手に取り、まずはステーキから取り掛かる。
フォークで抑えた時点で肉の柔らかさを感じ取れたが、ナイフを滑らせると殆ど抵抗なくステーキが刃を受け入れた。まるで力を込めていないにも拘わらず、たった一度の往復で綺麗にカットされた切り口からは肉汁が滴り落ち、鉄板に当たって香り高い蒸気が立ち昇った。
恐る恐る、一切れを口へ運ぶ。
「……どうですか?」
「……一口食べると口の中に豊かな肉の旨みが広がります。フィレ肉らしく脂肪が少ないおかげで、肉本来の味わいが際立って感じられます。一口噛むごとに、柔らかい肉質が口の中でほどけて、コクのある肉汁の上品な甘みが舌を刺激するんです。赤ワインソースの仄かな酸味と僅かですが上質な脂が溶け合って口いっぱいに広がるそれは、まさに至福の味わい……。私たち庶民が想像する『贅沢なステーキ』そのもの……いえ、それを遥かに超える一品です」
「さっきより抑え気味だけど、やっぱりやってますよね?」
話し終えるや否やモモンガさんがそんなことを
「だからやってないってば!」
「でも、にしてはレポートが上手すぎますよ。それ一本で食っていけそうなレベルじゃないですか」
「それは言い過ぎですって……」
「いや本当に! 意識しないでやってるなら凄い才能ですよ」
「え……マジで言ってます? 食レポの才能とか、ピンポイント過ぎて喜んでいいか微妙〜……」
「いやあ、いつかグルメ本とか書いてみても良いと思いますよ。結構売れそうな気がします」
「何の根拠があってそんなことを……」
「営業一筋、十年以上の私の勘です」
「なるほど〜……それは、信頼っ、できるっ……くっ、ふふ、あっはっは!」
むんっ、と堂々と胸を張るモモンガさんを見ていると、何だか妙に笑いが込み上げてきた。急に笑い出した私を見て思う所があったのか、モモンガさんが身を乗り出して抗議の声を上げた。
「あっ、信じてませんね!」
「あはは! いやいや、信じてます信じてます!」
「本当ですか〜? なら、いつか本当にグルメ本書いてもらいますからね!」
「ふふ、良いですよ! そんなに言うなら書きましょうとも! そしたらモモンガさんは私の本の売り込みをお願いしますよ?」
「えっ……」
「言い出しっぺの法則です」
「ぐっ……いいでしょう! その時は私が全国行脚して営業してあげますよ!」
「よっし、言質はもらいましたからね!」
そんな勢い任せのバカ話で盛り上がっているのが、もう二十代も後半の二人というのだから何とも呆れてしまう。だけれど、こんな風にしている時が一番楽しいのは間違いないのだ。どれだけ歳を重ねても、こういう子供っぽい部分は誰にだって残っているものだろう。
その後、ローストビーフのレポートを端的に切り上げてモモンガさんからブーイングを貰った私は、ムズムズと暴れる羞恥心を思い切って「えいや!」とかなぐり捨て、次から次へ運ばれてくる料理に対して心の赴くままに食レポを披露した。
NPCに変な姿は見せられない、と震えていた当初の不安は何処へ行ったのか。私たちは───というか私は食事の作法を気に掛けることもなく、食べては雑談に花を咲かせ、飲んでは良い気分になって料理を褒め称えた。ソースが余ったからとパンのおかわりを貰い、「他のワインとの違いが気になる」と言い出したモモンガさんが追加で五種類もワインを並べていた。
結局、最終的に私はパンとチーズの盛り合わせ、ローストビーフ、牛フィレステーキ、鮪のカルパッチョ、白身魚のムニエル、苺のショートケーキ、栗のタルト、柚子シャーベット、バニラアイスクリームの計九品と七杯のグラスワイン、食後にコーヒーの一杯を平らげて大満足で朝食を終えたのだった。
そして一つ、この食事を通して私は大きな目標を決めた。
それは───いつか必ず、モモンガさんも
……あ、これじゃあ二つだ。まぁいっか! この二つを目標に私はこの異世界での新たな生活を存分に満喫してやるのだ!!
to be continued...
ヒカねぇ:ご飯の美味しさにハートを撃ち抜かれ、心配も不安もどこへやら。一日分の空腹と種族〈人造人間〉であることも相まって、驚くべき健啖振りを発揮し、ついでに食レポという謎の才能が発覚した。パンをアホみたいにおかわりしまくって腹を満たし……そして、この世界で生きる目標が決まった!
モモンガさん:食欲を全く感じないながらも、食べられないことを少しだけ残念に思っていたが、ヒカねぇの実食レポのおかげで予想以上に「自分も食べた気分」を味わえて非常に満足できた。酔っ払いと化したヒカねぇさんが居るなら多少の粗相は見逃されるでしょ、と楽しさ優先で途中から自分もテーブルマナーを気にするのをやめた。ワインやチーズといった、香りを楽しむ物への興味が湧いてきた。
エントマ:今回最も沢山台詞があるプレアデス。ただ業務中なので、普段の可愛らしい舌足らずな感じの喋り方は封印中。シズとのジャンケンに勝利して料理の説明役を勝ち取った。酔っ払ったヒカねぇにつられて場酔いして気分が良くなったモモンガさんから、ワインに関して幾つも質問されたので、お互いに少し距離が縮まった。
シズ:台詞の前に「……」がついているのが台詞を見分ける特徴。いつも特製ドリンクを飲んでいるので料理の味はよく分からないが、モモンガさんとヒカねぇが食事を楽しんでいる姿見て自分も楽しくなっていた。
ユリ:ヒカねぇのグラスに頻繁にワインを注いでいた。創造主の関係でマーレ達同様、ヒカねぇへの親密度が高いので、モモンガさんとヒカねぇのどちらの給仕をするかと言う話になった際、迷わずヒカねぇを選んだ。食事中、酔っ払ったヒカねぇに絡まれて、ヒカねぇが気に入った組み合わせのパンをいくつか食べさせられた。
ナーベラル:登場人物だが台詞がない。この二日間を通してモモンガさんとの親密度が上がっていた為、ユリとは反対に迷わずモモンガさんの給仕役を選んだ。エントマ同様、ワインについて質問されたが彼女はあまり答えられず、この後、副料理長を質問攻めにした。
オリジナルの料理アイテム:
〈エルフィリアン・デューン〉"砂の秘宝"とも呼ばれる甘口ワイン。エルフがムスペルヘイムにある砂漠の秘境で栽培している稀少な花の蜜を使用して作られる。砂漠の風を思わせる風味と、優雅な花の香りが特徴。
〈ヘルヘイムのシャドウホーンのローストビーフ シャンパンゼリーを添えて〉闇のオーラを漂わせ、黒い毛皮と鋭い角が特徴的な牛系モンスターのローストビーフ。ゲーム時には存在しなかった料理アイテムであり、物理攻撃と魔法攻撃にバフが乗る。
〈デーモンブルのフィレステーキ 赤ワインソース〉悪魔系の牛型モンスターのステーキ。上記同様、ゲーム時には存在しなかった。実は牛型なだけで牛系モンスターではないため、ビーフステーキではないという後付け設定を思いついた。……なので牛肉かぶりはしていないということで。
【グランドクエスト!】
モモンガさんとご飯を食べよう!
自分だけのグルメ本を作ろう!
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