最強になれる能力を手に入れたけど平穏に暮らしたい 作:なーお
俺は死んだらしい。
学校帰りに普通に青信号を確認し渡っていると信号無視した車にドカン……というわけだ。
今思い出してもイライラしてきた……。
あの車、絶対許さねえ……、めっちゃ痛かったし。
まあ死んだ今となってはどうにもできないわけだが。
しかし、死後でも意識があることには驚いた。
てっきり死後は無の世界でも待っているのかと思ってた。
しかも目の前には死後の魂を導くとかいう、それはもう大変美しい女神様がいると来た。光沢ある金色の髪も、小さな白い肌に包まれた顔も、凹凸のはっきりとした完璧なプロポーションも、まさに女性の頂点に立つ風格を感じさせる。
ちなみに俺がいる場所は真っ白などこか神秘さを感じさせる世界だ。
こんなアニメやラノベではすっかりと馴染みになった光景を目にするとは……。
あまりにテンプレな光景を前に、俺は内心期待に胸を膨らませていた。
このシチュエーション……ここからの流れは決まっているよな?
そんな俺の期待に答えるかのように女神様が、慈愛を感じさせる笑顔を浮かべてこちらを見つめてくる。
「不幸な事故で死んでしまったあなたには、剣と魔法が存在する異世界に転生する権利を与えましょう。そこであなたは世界を救うのです」
「おっしゃー、待ってました!!」
女神様の言葉に俺は、思わずガッツポーズを決め込んで叫んだ。
傍から見たら興奮し切った俺は相当気持ち悪かっただろうが、女神様はそんな俺にもにこにことした笑顔を浮かべ優しく見つめてくれる。
もしかしたらこんな俺の反応も慣れてるのかもしれない。近い年齢の奴の男でアニメ好きの奴は似たよう反応するだろうしな。
「それで女神様、聞きたいのですが……」
「なんでしょう?」
剣と魔法の異世界に転生できることは当然喜ばしいことだが、異世界転生と言えば外せない要素がもう一つある。
そう、チート能力だ。
他者の追随を許さない圧倒的な力。
魔法、剣術、知能、武器……、なんでもいい。
これまでの俺自身は平々凡々。
勉強も運動神経も見た目も全てが並み。
負けず嫌いな性格があるものの基本的にびびりであり、人前に出ることも無い。
そんな俺が注目を浴びる機会があるわけなく、まさにいてもいなくてもいい存在だった。
しかしチート能力はそんなつまらない生活から脱却させてくれるのだ。
俺が見てきた主人公がそうだったように。
「ええ、あなたには特典として特別な力を授けましょう。この能力を使えばあなたはどんな者にも勝る最強の力を手に入れるでしょう」
「まじですか!?」
そして女神様からこのお言葉である。
なんだこれ?
すべてがうまくいきすぎて怖いくらいだ。
最強の力……これもう異世界で無双確定だろう。
敵を圧倒的力で滅ぼし、世界を救い、可愛い子達とのハーレム生活……。
見える、俺には見えるぞ! 輝かしい俺の未来が!!
もう暗い過去の俺とはおさらばだ!
文字通り俺は生まれ変わるのだ!
さらば、今の俺……。
「ただし、一分間だけですが」
「…………ん?」
突如、女神様が付け加えた言葉で全てがひっくり返る。
……いま、なんて?
一分?
何が?
「あの、……何が一分間なのでしょう?」
俺の恐る恐るとした質問に対し、やはり女神様は笑顔を崩さずに答える。
なんか女神様の笑顔が怖く見えてきたのは気のせいだろうか?
「最強になれる能力の発動時間がです。一日に一分間のみ発動可能です」
「……ちなみに異世界では一日は何時間あるんですか?」
「地球と同じ二十四時間ですよ」
「…………二十四時間中、一分間だけ?」
「ええ、そうですよ」
嘘……だろ?
一分て……。
某宇宙のヒーローより活動時間短いじゃん……。
俺の輝かしい未来は急に先の見えない真っ暗闇の茨道になってしまった。
「ちなみにその能力以外に特別な力は?」
「ないですよ? 普通です」
きっぱりとそう言い切られてしまった。
そこで俺は膝から崩れ落ちてしまう。
詰んだ。
一分間だけ最強になれる能力でどうしろと?
ちなみにやっぱりというか女神様はとても良い笑顔だ。
これは確信犯だ。
「……女神様、性格悪いって言われません?」
「……はて? 初めて言われましたね」
これまでの礼儀正しい態度から打って変わって、女神様はわざとらしく首を傾げて可愛らしくそんなことを言ってくる。
あ、これ完全に遊ばれてるわ。
この女神様……いや女神、絶対腹黒い性格してるわ。この仕草も自分が可愛いと自覚してのものだ。
クラスの八方美人な女子生徒に似たような態度をとられたことがあるから分かる。
急に目の前の女神に苛立ちを覚える中、女神はそろそろ飽きてきたのか話を切り上げてくる。
「さて、ではあなたを異世界へ転生させて頂きます。次の人生ではもう少しましな人生を送れるといいですね。あまり期待していませんが、世界を救えることを祈っております。一応見守っておいてあげますよ」
「うるせえっ!」
最後に本性をモロにあらわしてきた女神に思い切り叫んだ直後、魂だけになった俺の体が光に包まれ、どんどんと意識が遠のいていく。
女神のどこか馬鹿にしたような笑顔で手をふりふりと振ってくる光景を最後に、俺の意識は完全に途絶えた。
目の前にいた少年の魂が消えたことを確認し、私はふうと息を吐く。
上手く演技できていたかと心配するが、恐らく少年の反応を見るに大丈夫だっただろう。
異世界に転生できて、かつ神からの特別な力を付与できる人間なんて滅多に現れない。
精々、数百年に一人の割合だろうか。
彼こそ異世界――エスタを救うことのできる希望の光。
付与した能力は癖があるものの使い時を選べば絶大な力になる。
あれだけ煽ったのだ、多少は努力するかもしれないが、彼の慎重な性格から恐らく与えた能力だけでは、積極的に世界を救おうとはしないだろう。
……だからこそきっかけを与えてあげる必要があります。
あまり神が干渉するのはよくありませんが、もう余裕がありません。
いざとなれば……。
……ん、朝か。
覚醒していく意識の中、薄目を開けるとカーテンから漏れ出た光が飛び込んでくる。
反射的に目を閉じるが、しばらくしてのそのそと起き上がる。
見慣れた一人用の部屋をぼうっと見渡す。
必要最低限の家具以外には、壁に片手剣が立てかけられ、その近くに剣を手入れする道具、木製の机の上にはランプと魔導書の数々などがある程度の質素な部屋になっている。
ゆっくりとした動作で立ち上がり、カーテンを開けて換気の為窓を開ける。
朝だからか、やや冷え込んだ風が吹き込んでくる。
しかし、天気自体はいいいもので雲一つない青空がどこまでも続いている。
ここから見える景色は好きだ。
ここアマの町の外れにあるこのボロイ一軒家だが、外れにあるおかげで景色はよく、窓からはこのようにどこまでも続く平原が見える。今日のように天気がいいと遥か地平線の向こうに、東西に連なる巨大な山脈を見ることができる。
……懐かしい夢を見たな。
窓から見える景色をぼうっと見ながら今日見た夢のことを思い出す。
あの腹黒い女神と出会った時のことを。
転生してからもう十五年か……。
しみじみとそんなことを考えながら、今日は朝一でクエストを受ける為、ギルドに行かなくてはいけないことを思い出す。
とりあえず顔洗うかと、やはりどこかやる気の無い足取りで洗面所に向かった。