最強になれる能力を手に入れたけど平穏に暮らしたい 作:なーお
顔を洗った後、昨日買っておいた味気の無い黒パンを水で流し込む。
朝食をまともに作っていた時期もあったが、面倒なので最近はずっとこの朝食スタイルだ。
腹も膨れたところで、色褪せ始めたシャツを着てその上から、これまた使いこまれた魔物の皮でできたそれなりに丈夫な鎧を着こむ。鉄製の鎧は頑丈だが重く、俊敏性が落ちるのであまり好まない。
最後に壁に立てかけていた片手剣を腰に携えると準備は万端だ。
まだ眠気が抜けず、やや思い足取りで家を出る。
「おや、カイラじゃないか。早いね~。クエストかい?」
「……あ、おはようございます。ええ、ちょいとゴーレム退治のクエストに」
朝から元気よく声をかけてきた脂の乗った女性は、隣の家に住んでいるバーラさんだ。
どうも家の前を掃除していたようだ。
朝から掃除とか本当に尊敬する。
バーラさんのところは、物静かな夫と元気な娘と息子に囲まれた一般的な家族構成だ。
とても良い人たちで俺もたまに夕食のおすそ分けなんかをもらうこともあるし、時たま子供たちの相手をして遊んであげることもある。
あまり人付き合いが得意でない俺にも分け隔てなく接してくれるのでありがたい存在だ。
なんとかいいご近所さん付き合いができていると思う。
「あらあら大変だね。何か困ったことがあったら何でも相談しておくれ!」
「ありがとうございます。それならまたクリームシチューのおすそ分けがほしいですね」
「そうだろう、あれ美味しかっただろう? 分かった、また今度作ってあげるよ」
バーラさんと別れた後、ギルドに向けて足を進めていく。
途中、顔見知りと会っては適度に会話や挨拶をしながら進んでいく。
十五分程歩いた頃、ようやくギルドにたどり着いた俺は、慣れた足取りでギルド内部に繋がるドアを開け入っていく。
朝早いということもあり、内部にまだ人はあまりおらず従業員の人の数と冒険者の数が同じくらいといった感じだ。
ギルドの受付に来た俺は、受付にいた少し年上のやや体のラインを意識させるような事務服に身を包んだポニーテールが良く似合うお姉さんに声をかける。
「すみません、イーアさん。予約していたゴーレム退治のクエストを受けたいのですが」
「……あら、カイラさんじゃないですか。今日は朝早いですね。……えーと、ゴーレム退治ですね。……はい、確認しました。ではこちらが支給用のアイテムになります」
そういって渡された最低限の回復アイテムやら魔物の素材を収容するための袋なんかを受け取り、革袋に詰めていく。
今回のクエストは割が良いから頑張って早起きして朝から受けに来たのだ。昼間に行くと間違いなく他の人にとられるからな。
……昼間には帰ってきて、ごろごろしてやる。
そんなことを考えているとイーアさんが、「ちょっと」なんて声をかけてくる。
これは事務員としてではなく、一人の年上のお姉さんとしてしゃべりかけてくる時の前振りだ。
イーアさんはかなり面倒見がよくいろんな人にお節介を焼いている。
それでよく男の人が勘違いするというところまでがよく見る流れだ。
俺? 俺が勘違いするわけないだろう、ばーか。
……。
「噂なんだけど、ここ最近また魔王軍の動きが活発になってきているじゃない? その影響かと思うんだけど、今日のゴーレム退治をする東の森の近くにも凶悪な魔物が出てきているから気を付けてね。……まあ、そっちはそっちで討伐クエストが出ているからすぐに解決すると思うけどね」
「……あー、何かそうらしいですね。平穏な日常が壊れそうで嫌なんですよね」
「ふふ、カイラ君は現状維持が一番のスタイルだもんね。もっと頑張ればBランク冒険者くらいにはなれそうなのに。受けているクエストを見ると、どれもかなり安全を見たものって感じだし」
「……危ない橋を渡るのは性分じゃないんで」
「でもその割にはいつも一人だよね? 安全を見るなら仲間と一緒にクエストを受けたほうがいいんじゃないの?」
「……あー、俺あまり人と関わるのが得意じゃないので」
「ふーん、そっかあ。……あ、そうだ! さっき言った討伐クエストなんだけどね? なんと凄い人が参加するのよ? たまたまアマの町に立ち寄ったらしいんだけどね……」
そこまで喋っていたところに後ろから別の冒険者が来た為、そこで打ち切りとなった。
おしゃべり好きなイーアさんは残念そうにしながら「じゃあ、頑張ってね」と、笑顔で見送ってくれた。
この笑顔だけで今日のクエストは絶対成功させてやろうと思えるから不思議だ。
……なんであれでイーアさん彼氏さんいないんだろうな?
滅茶苦茶告白されているとは聞くけど男を作ったという噂は聞いたことが無い。
そんな疑問を感じながら俺はギルドを後にした。
アマの町を出て東の森にのんびりと向かいながら、俺はあることを考えていた。
「……魔王か」
今日のイーアさんとの会話を振り返り、改めてその存在を口にする。
この世を覆う闇であり、人々に地獄を見せる存在。
そしてたまたま今日見た、転生したときの夢。
『世界を救う』そんな一人の人間には大きすぎる使命を背負わされて俺はこの世に生を受けた。
世界を救うというのが魔王の手から人々を救うという意味である事はすぐに分かった。
俺が子供の時から魔王の存在は人々に重くのしかかっていたからな。
俺は孤児として転生することになった。
しばらくは孤児院で生活することを強いられた俺だったが、俺はそこで魔法と剣術の修練に力を入れた。
世界を救うため……勿論そんな訳はない。
すべては俺の安寧な生活の為だ。
神に与えられた一分間だけ最強になれる能力。
そんなものを調子に乗って使っていたら周り……特に魔王からどう映るだろうか?
自分たちを脅かす存在がいるのだ。
当然排除しようとするだろう。
しかも排除は容易ときたものだ。なにせ一分間を耐えれば後はただの平凡な人間なのだ。
そんな状況になることが容易に想像できる為、俺は能力を封印することにした。
転生してから一度たりとも使ったことは無い。
一度くらい使ってみたいと思わなくもなかったが、大抵馬鹿は、その一度で周囲にばれてしまうのがオチというものだろう。
この能力は俺の命が危なくなったときだけ使うくらいの保険程度にとらえておくことにした。
しかし俺はこの世に『世界を救う』という使命を背負って生を受けているため、何もしなければそれはそれで神罰でも下るかもしれないと考えた。
そこで俺は、まだ幼少の時の頭でこう結論付けた。
ある程度の実力をつけて、適当に魔王軍と戦い、後は誰かが魔王を倒してくれるのを待つというもの。
幸いにもこの世界には、勇者がいるらしい。
勇者とは魔王を滅ぼす存在であることは周知の事実だろう。
勇者がいるなら俺は何もしなくてもいい。
ある程度、魔王軍討伐に貢献しつつ時が過ぎるのを待てばいい。
そうすれば、俺もある意味世界を救うことに貢献したことになり、女神の言っていた使命を守ったことになるだろう。
ついでに俺を馬鹿にした、あの腹黒女神の思惑とは違う行動をとるという復讐にも繋がるおまけ付きだ。
この完璧すぎる作戦を実行するべく、俺は着々と実力を身に付けてきた。
おかげで俺は同世代でもまあまあの実力を持つCランク冒険者にまでなり、ボロいが家も持つことができた。
転生するときは主人公みたいに活躍したいなんて夢を見ていたが、案外自分一人だけの力で異世界の地でのんびと生活するのも悪くない。
絶対このまま、平穏に暮らし続けてやる。
そんな確固たる意志を胸に、俺は東の森に向かっていった。