天使狂信者のいるナザリック地下大墳墓   作:セフィム

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 後半のエルゼルの話を修正しました


第4話 NPCと検証

 目の前に広がる光景にナザリックのNPC、第四階層領域守護者のガブリエルは己の創造主であるエルゼル・セフィロトスから与えられた命令を完遂できるか不安で仕方がなかった。

 

 今回ガブリエルに与えられた命令は、簡単に要約すると以下の四つ。

 

 ①ナザリックの外の周辺調査。異変があり、知的生命体がいれば穏便に交渉して情報を貰うこと。

 ②困惑しているモモンガたちを落ち着かせるために紅茶やお菓子を振る舞う。その際、モモンガたちに人化のアイテムを渡すこと。

 ③落ち着きを取り戻したモモンガたちにエルゼルから預かっている手紙を読み上げること。

 ④最後に階層守護者とギルドメンバーを会わせること。

 

 注意事項としてエルゼルの命令にない不測の事態が起きた時、モモンガたちに必ず報告・連絡・相談―――報連相をして指示を貰う。また些細なことでも情報は全てあますことなく伝えること。

 

 愛しき創造主からの命令に失敗は許されない、全身全霊をもって遂行する。のだが……

 

「旨いなこの料理!」

 

「こんな酒、リアルじゃ飲めねぇぞ!!」

 

「わたしここに永住します~! リアルなんて糞くらえです~」

 

「ちょ、ヘロヘロさん! 飲み過ぎですよ! ってたっちさんとウルベルトさん! ウォッカで飲み勝負しないで!」

 

 ナザリック第九階層にある食堂。基本的には四十二人のメイドたちが主に使用している場所なのだが、現在は人化した十一人の至高の御方たちが大量の食べ物や酒を飲みお祭り状態。

 ヘロヘロがソリュシャンに抱きつきながら酒を飲み、たっち・みーとウルベルトがウォッカ勝負をしだして、それを止めるモモンガ。ぶくぶく茶釜とやまいこは酒こそ飲んでいないが女子トークでしばらく帰ってこない。タブラやペロロンチーノ、建御雷と弐式炎雷も酒を飲み呂律が回っていない。

 

 メイドや料理人たちは忙しく働いているが、全員の顔が生き生きとしており、至高の御方に奉仕できることがよっぽど嬉しいのだろう。

 

 しかし、ガブリエル的には良くない。

 何せエルゼルからの命令、③と④が実行できないからだ。酒を飲んだ状態で手紙を読み上げても明日には絶対に覚えてないだろうし、アルベドに頼んで第六階層に階層守護者達を集めてもらっているが、この状態のギルメンたちを会わせることはできない。

 一体どうすればいいか悩んでいると、セバスから〈伝言(メッセージ)〉が入る。

 

「セバス様、外の状況はどうでしたか?」

 

『はい。外は毒の沼地ではなく草原、空には星空があります。人影はありませんがミカエル様たちが上空で周辺を確認した所、南西に十キロほど離れた森の先に小さな村があるとのことです』

 

「なるほど。エルゼル様の予見された通りですね」

 

『ッ! なんと! エルゼル様はここが何処かご存知なのでしょうか?』

 

「それはわかりません。深くは教えていただけませんでしたから……これ以上のことはモモンガ様たちに指示を仰ぎましょう。セバス様はそのまま第六階層の闘技場に行ってください、ミカエルたちには、第四階層の領域守護に戻るように伝えてください」

 

『わかりました』

 

 〈伝言〉を切るとガブリエルは、アイテムボックスから時計を取り出して時間を確認するともうすぐ階層守護者たちが集まる時間だ。

 酒を飲み楽しむ至高の御方たちを一瞥すると、近くにいたプレアデスの長女ユリに話かける。

 

「ユリ様。申し訳ありませんが私は一度第六階層まで行って階層守護者様たちに予定の変更を伝えに席を一度離れます。何かあれば〈伝言〉ですぐに知らせていただけますか?」

 

「わかりました、セバス様は?」

 

「セバス様には外の調査報告を階層守護者様たちに話してもらうので、もう少しお貸ください」

 

「わかりました。ではぼく……私はやまいこ様のお世話をしに行ってきますので」

 

 一礼した後、己の創造主やまいこの下へ早歩きで向かうユリの姿に微笑んだガブリエルは今回のためにエルゼルから貸し与えられた指輪を使って第六階層の闘技場へと向かった。

 食堂から一変何層にもなる客席が中央の空間を取り囲む場所、円形闘技場へと変わる。

 

 そして、その中央には既に七人の階層守護者が談笑していた。

 

「ごめんなさい。皆さん急にお呼びして、お待たせしてしまいましたかね?」

 

「いや、大丈夫だよ。それで階層守護者たちを、宝物殿のパンドラズ・アクターまでも呼び出して一体どうしたんだい? モモンガ様またはエルゼル様から許可は頂いているんだろうね」

 

 そう言って一歩前に出たのは、ストライプが入った赤色のスーツに丸眼鏡をかけたやり手の弁護士またはビジネスマンを思わせる高身長の男、炎獄の造物主デミウルゴス。ナザリック地下大墳墓第七階層の守護者である。

 

「? アルベド様、もしかして話していないのですか?」

 

「えぇ、私が行って話すよりも全員が集まってから説明した方が手間が省けるでしょう」

 

「確かに一理ありますね。では皆様、今回私はモモンガ様とエルゼル様より今回の緊急事態に指揮を命じられております」

 

「緊急事態でありんすか? 妾の階層では何も起きてありんせんでありんしたよ」

 

 銀髪と白磁の肌を持ち、赤と紫を基調としたボールガウンとヘッドドレスを身に着けた美少女、第一から第三階層守護者のシャルティア・ブラッドフォールンが異議を唱える。

 その異議に他の階層守護者たちも頷き、ガブリエルを見る。

 

「いいえ、起きています。シャルティア様、それに皆様は、おかしいと思いませんか? 私たちは至高の御方に作り出されてからつい先ほどまで自らの意思で喋ることも動くことも出来なかった。それが今ではこうやって集まり、喋ることが出来ている」

 

『ッ!!?』

 

 ガブリエルの言葉にようやくことの重大さを理解したのか、場の空気が一変する。

 特に高い知能を持つデミウルゴスとアルベド、宝物殿を守護する軍服を身に纏ったドッペルゲンガーのパンドラズ・アクターは何か深く考えている。

 

「ことの重大性を理解しましたね」

 

「……この事についてエルゼル様とモモンガ様は?」

 

「焦らないでください、デミウルゴス様。順を追ってお話します、それに……」

 

 デミウルゴスから視線を外して、闘技場の入り口に目をやると外の偵察に行っていたセバスがやって来る。

 ガブリエルたちのもとに走ってきたセバスは、各階層守護者たちに頭を下げる。

 

「遅くなり申し訳ございません」

 

「いえ、大丈夫ですよ。では、改めて私が今回指揮を取らせていただきます。一応これが指揮を任されている証です」

 

『なっ!!』

 

 ガブリエルが左手の薬指に付けている指輪のアイテムに階層守護者たちは、先ほどよりも大きく驚いてしまう。何せ彼女が身に着けているのは至高の御方にしか身につけることが許されない指輪だからだ。

 

「……リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン!」

 

「なるほど、それをお渡しになるほどモモンガ様とエルゼル様は君を信頼しているということだね」

 

「えぇ、そしてエルゼル様はこの緊急事態について予見されていました」

 

「何ト!? コノ事態ヲカ!」

 

 皆の心を代弁するように驚くのは、カマキリとアリを融合させた様な、直立歩行するライトブルーの巨大な昆虫を思わせる異形種、コキュートスだ。

 デミウルゴスやシャルティアは「さすが至高の御方にして……」と長々とエルゼルの素晴らしさを褒めたたえている。

 

 己の創造主が褒められていることに気を良くするガブリエルは、手を叩き皆を自分に集中させてゆっくりと口を開いた。

 

「エルゼル様から与えられた緊急事態について対策の前に、皆様に朗報があります」

 

「朗報? 緊急事態だと言うのに?」

 

「そうです。先ほど至高の御方のたっち・みー様。ウルベルト・アレイン・オードル様。タブラ・スマラグディナ様。武人建御雷様。弐式炎雷様。ペロロンチーノ様。ぶくぶく茶釜様。ぷにっと萌え様。ヘロヘロ様。やまいこ様がナザリックへご帰還されました」

 

 

◆◇◆

 

 

 情報収集及び新聞の普及、冒険者達からの信頼獲得のためにエルゼルはいくつかの冒険者依頼を纏めて受け、アベリオン丘陵に赴いていた。

 

 今回受けた依頼はアベリオン丘陵近くで活発に活動している亜人ゴブリンやオーガなどの討伐。

 信頼獲得はもちろんエルゼルは自分の力の腕試し込みで複数の依頼を受けたのだが、ベテランの冒険者なら半日から一日かけて終わらせる仕事をレベル100のプレイヤーがスキルや魔法などを使って行えば数秒かけずに討伐できてしまう。

 

 特に何の手ごたえも得ることが出来なかったエルゼルは、単独(ソロ)でありながらもあまりにも早すぎる依頼達成は周りから怪しまれると考え、暇つぶし兼情報収集のためにアベリオン丘陵の山岳地帯に赴き地形や辺りに生えている植物などの調査をすることにした。

 

「しかし、山岳地帯だというのに草木はそこまで生えていないな。土は肥えているが雨量の問題か? 見る限り栗色土(カスタノーゼム)だと思うが……ん?」

 

 土を手に現実世界の資料を読み漁り手に入れた知識とギルドメンバーで自然を誰よりもこよなく愛するブルー・プラネットとの会話から土の種類を考察していると、エルゼルが持つ戦士系スキルの一つ索敵が反応する。

 

 索敵スキルは、練度や職業選択によって効果が色々と変わるスキルでザ・ニンジャの異名を持つ弐式炎雷の索敵は暗闇や〈完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)〉といった魔法やアイテムを使っている敵を見破ることができる。

 純戦士系プレイヤーであるたっち・みーや武人建御雷などは、広い範囲で敵の数を把握するのに使われている。

 

 そして魔法戦士であるエルゼルは、たっち・みー達と同じで主に敵の数の確認用に使用される。

 

「数は一と、複数……追われているのか?」

 

 エルゼルは、アイテムボックスを開いて中から巻物(スクロール)が入っている無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴアサック)という袋を出すと、中から八本の探知妨害の巻物を取り出す。

 

 エルゼルは巻物を見つめて一瞬思案するもすぐに巻物を開いてに込められている魔法の名を唱えながら中へと投げる。

 熱を感じない炎を発した巻物、封じられていた魔法を開放させて燃え尽きていく。

 探知の引っかかった場所に最低限の対探知妨害の対策をしてから水晶の画面(クリスタル・モニター)で索敵の反応があった場所を確認する。

 原作を知っているが故にそこまで驚きはしなかったが、やはり探知対策は一切されていない。

 

「人間、負傷した野伏(レンジャー)と複数の亜人、見る限り山羊人(バフォルク)の割合が多いか? しかし……」

 

 

 可哀想だ……

 

 

 無意識にエルゼルは憐憫な言葉を呟いてしまう。

 

 そしてそんな言葉が出てきた自分にエルゼルは驚いてしまった。

 原作のモモンガのように人間が負傷し、殺されようとも何も思わない冷徹な異形種になったかと思えば負傷する人間を見て憐れみを抱いてしまう。

 

 可哀想だ、負傷する人間が。可哀想だ、ただ己の力に溺れる亜人が。あの場に生きている全ての生命体が可哀想でならない。早く助けてあげ、私の手で…………

 

「ッ!? 可哀想だと! 人間だけでなく亜人も含めたあの場に生きる全ての生命体がだと!? ……精神が天使に侵食されているのか?」

 

 原作モモンガのように自分もアンデッドになった鈴木悟から段々と自分のことを鈴木悟だと思い込んでいるアンデッドへとなったように精神が肉体に引っ張られているのだろうか。

 

 普通、精神がアバターに引っ張られると知れば少なくとも恐怖するだろう。

 

 だが、エルゼル(天使狂信者)は違う。

 

 肉体が天使になっただけで涙が出るほど感動したのに、精神までも天使になる。この事について空のファンタジーに登場する変態堕天司の言葉を借りるならば、昇天するほど気持ちいいことだとエルゼルは言うだろう。

 堕天使状態ではどうなり、どう感じ何を思うのか。カルマ値はどのように影響してくるのか己の異常性に色々と調べたい。

 

 しかし、今はその思いを無理矢理押しとどめて、あの可哀想な負傷した人間を助けに向かうべく目的地へと疾走する。

 

 レベル100のプレイヤーの脚力と意外と近場であったため、数分もかからずに目的地へ辿り着いたエルゼルは、まだ生きている負傷者を確認すると刀を抜いて目の前に居る亜人に斬りかかった。

 

「なん……ギャアァァァァ!?」

 

「な、人間……ガァ!」

 

「ッ! こ、殺せ!?」

 

「は、速いぞ、あの人間!?」

 

 突然のエルゼルの登場に混乱する亜人たちを次々と斬殺していく。

 

 牛の頭に成人男性の背をも超す巨体を持ったミノタウロスの分厚い体を簡単に斬り裂き、鋼の様な体毛を持つ鼠の亜人の鉄鼠人(ラットマン)たち複数を同時に斬り捨て一気に数を減らす。

 長い毛が剣に絡みつき鋭さを鈍らせることで有名な山羊の様な外見をした山羊人を斬っても切れ味を落とさない刀に、確実に敵を葬る剣技に亜人たちは恐怖を覚え次々と逃げ出していく。

 

 逃げる亜人を追いかけ次々と死体の山を築き、大地を血の海で潤すその光景は正に地獄だ。

 

「数匹取り逃したが……まぁ、いいか」

 

 魔法を使わず剣技だけで戦っていたため、何匹かは山岳の奥の方へと逃げ切られてしまう。やろうと思えば追いかけ殺害することもできるが、エルゼルの目的は亜人の殺戮ではない。

 亜人が逃げって行った山岳の方向を一瞥すると、刀に付着した血を振り払い納刀して負傷した人間の元まで歩み寄る。

 

「襲われているのが見えてな、助太刀したが大丈夫か?」

 

「あ、あぁ!! 助かっ―――痛ッ!」

 

 目つきの鋭い男は礼を言おうとするが、亜人種たちによって受けた傷と痛みによって言葉を詰まらせてしまう。

 もがき苦しむ男にエルゼルは、冷静に様態を確認していく。

 

「……重症だな。肩に刺さった矢を無理やり抜いたのか? いや、それよりも腹部を矢と剣で深々と刺されたのか。内蔵の損傷に大量出血……その傷でよく亜人どもから逃げれたな」

 

 元々冷静に物事を考えられるエルゼルなのだが、精神がエルゼル(アバター)に引っ張られているせいかフレーバーテキストの記載と天使の種族がより冷酷で冷静に物事を俯瞰して考えることに拍車をかけているのだろう。

 自分の傷を分析するエルゼルに男は自嘲しながら答える。

 

「あぁ、貴殿が来てくれなかったら、今頃亜人どもに八つ裂きにされていただろう」

 

 呼吸が段々とゆっくりとなり、脱力していく男はもう自分がもう助からないと悟ったのか意識があるうちに自分が掴んだ情報を伝えようと口を開くよりも先にエルゼルが動いた。

 

「悪いが貴様を死なせる気はない」

 

「なにを……ポーションや治癒魔法では、もう私の傷は治らない」

 

 既に諦め切っている男にエルゼルは見えないように細心の注意を払いながらアイテムボックスを開くと中から聖王国の薬品店で売った低級ポーションではなくその上の上級ポーションを取り出す。

 エルゼルが出した見たことのない赤い液体の入った瓶に男は思わず驚きの声を上げる。

 

「そ、それは?」

 

「ポーションだ。使え……飲めばその傷も一瞬で完治する」

 

「ポ、ポーション……!? それが!」

 

「いいから、早く飲め。信仰系魔法をメインに組んでいるため真なる蘇生(トゥルー・リザレクション)は一応使えるがポーションで治るのに使用するなどMPの無駄だ。早くしろ、でなければ無理矢理口に突っ込むぞ」

 

 上級治癒薬(ハイ・ヒーリング・ポ-ション)に見とれていたためエルゼルの話を殆ど聞いていなかった男だが、苛立ちは感じ取っていたため無理矢理飲まされる口に含んだ。

 赤い液体を飲み干した瞬間、効果はすぐに表れた。

 肩の矢痕や一番の深傷だったお腹の傷は最初からなかったかのように綺麗に完治した。

 

 重く炎にあぶられたかのような深く鋭い痛みが無くなり、混濁しだしていた意識が明瞭となる。男は思わず立ち上がると傷を受けた場所の服をめくって傷痕一つ残ってない腹部を触り、完治していることを確認する。

 大量出血で貧血だったと言うのに、失った血も一瞬で増やしたのか気持ち悪さもない。正しく奇跡だ。

 

 もう空になった上級治癒薬をまじまじと見つめる男だが、視線に気が付いたのか急いでエルゼルに体を向けると深く頭を下げた。

 

「あ、ありがとう! 本当にありがとう!! 貴殿の助けとポーションが無ければ私は死んでいた」

 

「気にするな」

 

「それでも、本当にありがとう!」

 

 何度も頭を下げる男をエルゼルは、注意深く観察した。

 冒険者であることを示すプレートを身につけてはいないが、男が纏っている野伏(レンジャー)の装備は上級冒険者よりも上のかなり上等な装備を身に纏っていることから男は聖王国の軍人、恐らく階級もかなり上の者。

 さらに亜人たちが闊歩するアベリオン丘陵を単独で行動できる実力と男の特徴的な睨まれていると感じてしまうほどの目つきの悪さからエルゼルは男の正体が掴めた。

 

「それで、凶眼の射手の異名を持つパベル・バラハが何故ここに?」

 

「……貴殿は一体? いや、命を救ってくれた恩人だ。何でも話そう、実は最近亜人たちが徒党を組もうとしているのを噂で聞いて真偽を確かめに来たんだが、恥ずかしい話しくじってしまってな」

 

 服の上からのもう完治している腹部を撫でながら自傷気味に笑う男ことパベルにエルゼルは思考を巡らせ自分が作り出した悲惨な地獄を見渡す。

 

「(徒党を組もうとしている? 亜人は基本自分たちが最強だと疑わない。他を出し抜き蹴落とすために勢力争いを繰り返す、原作で徒党を組んだのは自分たちより強いデミウルゴスに屈したからだ。だが、パベルを襲った亜人がミノタウロスや鉄鼠人、山羊人と一緒に居た所を見るに徒党の話は恐らく本当だろうが……)」

 

 仮面によって表情を窺えず、黙り込むエルゼルにパベルは疑問を抱くも何やら話しかけてはいけない雰囲気に様子を見守る。

 肝心なエルゼルは、徒党を組んでいる亜人たちと異物である自分の存在によって流れがおかしくなっているのではないかと考える。

 

「(まさかナザリックが原作よりも早く転移して、勘違い世界征服が既に始まったのか? いや、それだとデミウルゴスが未だに俺と接触しないのはおかしい。アイツであれば亜人どもにシャドーデーモンなどを付け情報収集をするはず、先ほどの戦闘で逃げた亜人から俺の情報を手に入れて何らかのアクションをしてくるはずだが……この場にもう十分ほどとどまっている。なのに何もないということは――――)」

 

「その、すまないが貴殿の名は? 命の恩人の名を知らないというのは……」

 

「ん? あぁ、そういえばまだ名乗っていなかったな」

 

 パベルの言葉に思考の海から意識を急浮上させたエルゼルは、ハイネックで隠された首の縫合部分をそっと撫でた。

 

「俺の名前はエルゼル。エルゼル・セフィロトスだ、よろしくパベル・バラハ」

 

「ッ!」

 

 仮面をしたままでは失礼だと思いフードと仮面を外して素顔を見せるエルゼルにパベルは、そのあまりの美しさに思わず喉を鳴らして見惚れてしまう。

 仕事や地位の関係上、ローブルの至宝と呼ばれるほど美しい容姿の聖王女カルカ・ベサーレスと顔を合わせる機会が多いパベルだが、エルゼルの美しさは己の君主以上だ。まるで精神支配の魔法の一つ〈魅了(チャーム)〉に掛かってしまったかのように体に力が入らず、エルゼルから目が離せないでしまう。

 

 パベルの状態に気が付いたエルゼルは、薄く笑うと仮面を着け直してフードを深く被る。

 素顔が隠されたことでようやく体が動くようになったパベルは、乾いた笑みを浮かべながら何故彼が仮面を被っていたのか理解した。

 

「……なるほど、その美しさは危険だな」

 

「自覚はある。名前は好きに呼べ」

 

「ではセフィロトス殿と。……しかし、セフィロトス殿の名前は聞いたことがない。先程の戦闘から冒険者でいうミスリル、いやそれ以上の実力はある。私はそれなりに高い地位に居るが我が国や周辺国家に貴殿のような人物のことは一切耳にしていない」

 

「それはそうだろう。俺はつい先週冒険者になったばかりの銅級(ルーキー)だからな」

 

銅級(カッパー)だと……!!?」

 

 首に下げている冒険者プレートを見せると、パベルは信じられないかのように銅級のプレートを凝視する。そして段々と目つきを鋭くしたパベルは、次に亜人たちの死体の山へと視線を向けた。

 

 冒険者以外にも強い人物は存在する。聖王国ではパベルと同じ九色の一つを与えられ最近名を馳せている聖騎士団団長候補のレメディオス・カストディオやオルランド・カンパーノ。他国では、先月にリ・エスティーゼ王国で行われた大会で見事な戦いを見せ王国軍に入ったガゼフ・ストロノーフ。彼と互角の戦いを繰り広げたブレイン・アングラウスなど多く存在する。

 しかし、彼らと目の前のエルゼルを比べればパベルはエルゼルが強いと発言するだろう。それ程までに目の前で行った殺戮はすさまじかったのだ。

 

 さらにパベルは、エルゼルが本当の実力を出していないのではないかと考える。

 あの地獄を生み出した殺戮。いくら亜人達の不意をついたとは言えども彼らは決して弱くは無いし、圧倒的な数の有利があった。それら全てを無に帰す力と技術にパベルは冷や汗を流す。

 

 今度はパベルが思考の海に沈んでいると、エルゼルの索敵スキルが反応した。体ごと向きを変えて反応があった方向、亜人たちが逃げて行った山岳方面を警戒する。

 剣呑な雰囲気になったエルゼル気づいたパベルは、己の獲物を手に小さな声で問いかけた。

 

「どうかしたのか?」

 

「山岳方面からかなりの数の集団がこちらに向かって来ている」

 

「何!?」

 

 その言葉に神経を集中させると、微かだが確かに亜人たちが逃げて行った山岳方面からドタドタと足音が聞こえる。しかも段々とこちらにかなりのスピードで近づいている。これでは今から逃げても必ず追いつかれる。

 パベルの頭の中に逃走の二文字は消え、矢をセットして迎え撃つ準備をする。

 

 そして二人の目の前に逃げ出したはずの山羊人が姿を現す。

 

「ッ! こいつです! バザー様! こいつが同胞を殺したやつです!」

 

「バザーだと!?」

 

 エルゼルを指差し叫ぶ山羊人に、パベルは叫ぶ山羊人の言葉の中にあった名前に驚き警戒レベルを最大にする。

 

「ほぉ、こいつが……確かに事実見てぇだな」

 

 叫ぶ山羊人の後ろから他の個体よりも一回りも二回りも大きく立派な体躯をした山羊人が大勢の部下を引き連れて現れる。

 一目見ただけで他の個体とは違う圧倒的な雰囲気に、マジックアイテムと思われる武器防具などを多数身につけている。

 

 バザーは、エルゼルが築き上げた地獄の様な光景を見て逃げ出してきた同胞の言葉に嘘はないとわかると、三日月の様に大きく口端を吊り上げて腰に下げていた剣。マジックアイテムである砂の射手(サンドシューター)を抜刀する。

 

「貴様、よくもまぁ派手に暴れてくれたな。せっかく人間共の国を滅ぼす前の余興を楽しんで……ん?」

 

 ここでバザーはエルゼルの隣にいる男に気が付いた。

 野伏(レンジャー)の装備に凶悪な目つきから長年自分たち山羊人の邪魔をしてきた忌々しい九色の一人であるパベル・バラハだと気がつくと高らかに笑い出す。

 

「フハハハハッ!! これはいい! まさか九色の一人が居るとはな! 他の奴らと徒党を組んで聖王国を滅ぼそうと画策していたが、九色の一人を打ち取ったとなれば我ら山羊人こそ最も強く優れた種族である確たる証明になる!!」

 

 狙いをエルゼルからパベルへと変えたバザーは、剣と盾を構え腰を低くしていつでも飛びかかれるように準備する。他の山羊人たちも自分たちの王に倣い各々の得物を構える。

 その様子にエルゼルは面倒なことになったと思いながら一歩前に出る。

 

「貴様のくだらん計画に興味はない。パベル、お前は逃げろ」

 

「な、何を言うのだ! セフィロトス殿!?」

 

 バザーから視線を外さずパベルに逃げるように言うエルゼルはシャリン……! と涼やかな金属音を鳴らし刀を抜刀する。

 

「殿なら私がします! アイツらの狙いは私です! 私がなんとか時間を稼ぎますので、その間にセフィロトス殿は急いで国に戻り亜人種たちが徒党を組み攻め込もうとしていることを伝えて下されば!」

 

「却下だ」

 

「な、なぜ!?」

 

「確かにアイツらの狙いはお前だ。だが、あの数をお前が一人で抑えられるとは到底思えん」

 

 弓に矢をつがえるパベルはエルゼルの言葉に何も言えなかった。

 おおよそ二十は居る山羊人の数をしっかり足止めできるとは思えない。だが、命を救ってくれた恩人のためならばパベルに迷いはない。

 だが、話はまだ終わってないようでエルゼルはそれに、と言葉を続けた。

 

「俺は最近聖王国に来て冒険者になった銅級(ルーキー)だ。そんな俺が国の住人や軍に亜人襲撃の話した所で殆ど信用などされんだろう。しかしパベル、お前は違う。九色の一人であり任務でここで訪れていたお前の言葉なら直ぐに対策されるだろう」

 

 正論だった。

 聖王国内で最上位のミスリルや白金級(プラチナ)で名を轟かせているベテラン冒険者の言葉であれば万が一に備えて準備はするだろうが、最近冒険者になったばかり新人の言葉を鵜吞みにする訳にはいかない。それが事実かどうか国は聖騎士または冒険者組合の冒険者に依頼して真偽を確かめるだろう。

 そうなれば対策に遅れがでて聖王国は混乱して大変になるだろう。例えなんとか凌いだとしても亜人襲撃と度重なる徴兵制度による民衆の不満が爆発し、そこに便乗して南部貴族が牙をむけるだろう。

 

 報告するのがエルゼルではなくパベルが報告すればそんな悲劇は起こらない。九色の称号はそれだけ国に信用信頼されているものなのだ。

 頭では理解できるが、心は納得できない。だからまだ声をかけてしまう。

 

「ッ! 相手はあの十傑、豪王バザーなのだぞ!? しかもあいつは我が国の有名な冒険者を多く葬った―――」

 

「くどい。貴様の本来の目的は何だ? 何のためにこの場に赴いた? ここで二人纏めて死ぬより一人は必ず情報を持ち帰ったほうがいい。まぁ、死ぬ気はないが」

 

「……わかりました。セフィロトス殿、生きて必ずもう一度お会いしましょう! また会えたなら旨い料理をご馳走します!」

 

「期待しておく」

 

 下唇を噛みパベルは踵を返すと己の使命を果たすべく全速力で本国の方へと駆けだした。逃げるパベルを追いかけようとバザーを含め後ろに控えていた山羊人たちが動き出そうとするが、それよりも先にエルゼルが刃を振るった。

 

 ドゴォォォォォォンッッ!!

 

 辺り一帯を襲う轟音と衝撃、視界を覆いつくす土煙にバザーたちは思わず足を止めてしまう。

 

「な……!?」

 

 徐々に土煙が収まり鮮明になる視界で何が起こったのか状況確認をした瞬間、バザーは目の前に広がる光景に思わず間抜けな声を出した。周りに居る山羊人たちもバザーと同じく目の前の光景が信じられないのか驚きの声を出したり、口を大きく開けて呆然としているものなど様々だ。

 

 呆然と固まる彼らが見つめる先には、まるで境界線のように線引きされた横十五メートル、深さ五メートル弱はある谷のように深い横一文字の大きな溝ができていた。

 

「き、貴様ぁ! 何者だ!?」

 

「ただの新人冒険者だ」

 

「な!? 銅級だと!?」

 

 首にかけている冒険者プレートを見せるエルゼルにバザーは、目の前で起きた事と冒険者の階級が釣り合っていないと戦慄する。

 早く仮面野郎を殺してパベル・バラハを追おうと考えていたが、直ぐに考えを変更する。

 

「我が同胞たちよ! パベル・バラハは後回しだ! 先にこいつを殺すのだ!」

 

 呆然としている部下たちを鼓舞させ、我に返った山羊人たちは己の得物を構い直す。

 一方でエルゼルは、バザーたちを自分に釘付けするために膂力に頼り切った力任せの斬撃が成功したことに胸をなで下ろしつつ、自分は本当に人間ではなくなったのだと改めて実感した。

 

「……これは色々と検証する必要があるか。それよりも貴様、ヤルダバオトまたはデミウルゴスという名に聞き覚えはあるか?」

 

「ヤルデ何だ? そんな変な名前の奴なんて知らねぇよ」

 

「そうか……」

 

 バザーの返答にデミウルゴスやナザリックが先に転移して来た線は消えた。では、どうして亜人たちは徒党を組んでいるのか。やはりエルゼルという異物によって流れが大きく変わってしまったのか疑問は残るが、今は目の前の被検体に集中するべく疑問を全て頭の隅に追いやる。

 

「まぁいい。それよりも貴様らには性能の検証に付き合って貰うぞ」

 

「何をごちゃごちゃ言って言やがる!!」

 

「さっさと死ねや!」

 

 バザーの鼓舞により自尊心を取り戻した二匹の山羊人が己の身体能力を活かして突撃、溝を飛び越えて己の得物を振るい落とす。何もしないエルゼルに勝ちを確信し、白いコートが紅く染まると疑わなかった二匹の亜人……だが、結果は違った。

 襲い掛かる剣や斧は、エルゼルの前に見えない壁でもあるかのように寸前で弾かれてしまう。

 

「? あぁ、常時発動型(パッシブ)特殊技術(スキル)の上位物理無効化Ⅳのスキルが発動したのか……」

 

 データ量の少ない武器や低位のモンスターの攻撃による負傷を完全に無効化するスキル、高レベルのプレイヤーならばレベルの差異はあれど誰しもが持つ当たり前のもの。

 そしてエルゼルが発動させた物理無効化はモモンガ所有するものよりもワンランク上のスキル、レベル80までの攻撃を無効化できる。

 

「ほらスキルは切った、もう一度攻撃してこい」

 

「ッ! 舐めるぁ!」

 

「死ねぇ!」

 

 亜人を迎い入れるかのように両手を広げるエルゼルに、再び剣を振り下ろす。今度こそふざけたことを言う人間の血が見れると思ったが、やはり結末は違った。

 

「は……?」

 

「な、んで?」

 

 パキンッ! と小気味好いを立てながら亜人たちが手にしていた武器が砕ける。その光景に様子見をしていたバザーですら驚いてしまう。

 

 コートに傷は一つなく持ち主は、「相手の装備よりも俺の装備の強度が上だから砕けたのか」と小さく呟き一人納得すると刀を振るって呆然と突っ立ている亜人の首を撥ねた。

 まるで噴水のように首から勢いよく大量の血を噴出する亜人は己の血でできた池に倒れ、打ち上げられた魚のごとく数度痙攣した後完全動かなくなる。

 

「防げるとわかってはいたが逆に武器を砕くとはな……」

 

「ハァァァァァ!」

 

「死ねぇぇぇ!」

 

「煩い」

 

 エルゼルを狙い溝を飛び越えて襲撃する二匹とさらに二匹が背後に回り込んで奇襲する。

 四体の山羊人、彼らは同胞が殺されたのを見ても怯むことなく行動をした。それだけでもかなりの勇気がある。

 また四匹の襲撃以外にもバザーの背後にて山羊人には珍しい魔法が使える四匹が第二階位の攻撃魔法を放っている。

 

 人間種よりもステータスが高く、才能がある者しか使えない魔法の攻撃。例え聖王国最強聖騎士と呼び名が高いレメディオス・カストディオやベテラン冒険者たちでさえ装備を整えていたとしても勝つことは不可能に近い。

 それだけ亜人種とは脅威であり、それに合わせて強力な魔法と数の暴力。普通なら敗北は必定。

 

 しかし、相手はそこらに居る冒険者や聖騎士とは比較にならない正真正銘の化け物。

 

 白き化け物は、刀を左手に逆手で持ち替えると右に回転しながら溝を飛び越え空中にいる二匹の胴体を横一文字で薙ぎ払い絶命させる。

 後ろに体を向けると、こちらに得物向けて突然してくる二匹の山羊人。横に一方ずれ一匹の攻撃を躱し、突きの状態で横を通り過ぎようとする間抜けの腹を容赦なく蹴り上げる。骨が砕ける音と共に胃液、血を吐いて上空に打ちあがる。続けて襲ってくる二匹の攻撃を刀で受け止めると空いている右手で山羊人の首を掴み小枝を折るような単純さで首の骨を折る。

 そのまま死体を持ち上げたままバザーの方へと向き直り、一拍遅れて襲ってくる攻撃魔法を死体を盾に使って防ぐ。

 

 攻撃魔法が止むと地面に転がり落ち胴体を切り離された二匹の山羊人の近くに肉盾を投げ捨てる。そしてその近くに打ち上げられた汚物が頭から地面に激突して汚い花火を咲かせて地獄の様な空間をより彩る。

 

「使えんな、残ったものに期待するしかないか……次は魔法とカルマ値の変動、堕天状態での戦闘確認だな」

 

 不満を零し転がる死体を一瞥することなく次の検証に移ろうと残った被検体の方へ足を進めようとした瞬間、バザーが駆けた。

 

「剛腕剛撃ぃ!!」

 

 余裕のある白い化け物に、一泡吹かせるため溝を飛び越えて豪王は己の得物を振るう。

 亜人種の身体能力をフル活用し、常人ではまず捉えることのできない速度で一気に距離を詰めたバザーは、疾走の勢いと武技による強化をした攻撃を白き化け物に叩き込む。

 現状バザーが放てる最速最強の一撃。

 

「遅い」

 

 しかし、レベル100のプレイヤーからすれば止まって見える速度。

 エルゼルは逆手に持っていた刀を持ち直しながら二本目の刀を抜刀、バザーの一撃を二本の刀をクロスさせて受け止める。

 

 だが、バザーだって攻撃が入らないのは最初から承知していた(・・・・・・・・・・)。何せ自分が相手をしているのは化け物なのだから。

 そのまま鍔迫り合いを続行せず力技で無理矢理距離を取ったバザー、すると彼の後ろから次々と魔法が放たれる。

 

 しかし、魔法行使に優れた天使の種族的特殊能力によって獲得した第八位階までの魔法を無効化できる上位魔法無効化Ⅳによってダメージ及び能力低下を無効化される。

 

 その光景を睨むように見つめながらバザーは作戦を考える。

 そう作戦だ。一人で勝つことができないのなら仲間の力を借りる。弱肉強食、己のことしか考えない亜人種からすれば驚きの思考だ。

 

 最初はただの気の迷いだった。何度も自分たち剣を向け、横やりを入れてくる人間共を毎回相手しても向こう側の方が数が多いためいつか負けてしまうかもしれない。そんな一抹の不安が今回の徒党を組む話に繋がったのだ。

 徒党の話は聖王国を滅ぼすまでの一時的なものだ。滅ぼしたあとは、また勢力争いを繰り広げればいい。

 

 だから、目の前の白い化け物も部下……仲間と力を合わせて戦えば勝てる。

 前衛をバザー一人が請け負い、珍しく第三階位までの魔法が使える魔法詠唱者(マジックキャスター)の同胞十人が支援、牽制、攻撃をする。

 

 バザーに頼りきったあまりにも不安定で不細工な陣形。冒険者達がその構成を聞けば馬鹿にするだろう。

 これを人間ではなく、亜人種であるバザーたちが行っているのなら話は別だ。

 ただ一匹の前衛バザーは多くの強者を葬り、九色の一つを与えられたオルランド・カンパーノを簡単にあしらった実力者だ。

 

 だが、その陣形はやはり形をしているだけで基本のきの字も無ければ、知識もない。彼らは常に弱い人間を相手してきた、自分たちより強い存在はほぼ出てこない。だからこそ、彼らは無意識の内に強者の慢心をしていた。

 戦術とは『弱者』が『強者』に勝つために編み出されたものだ。相手が弱者や強者ならば知識がほぼ無い形だけの戦術であろうと何とかなるだろう。だが、相手が『化け物』であるのなら全ては無意味、砂の城の様に簡単に崩れ蹂躙される。

 

 前衛部隊が殺されたのを目の当たりにしても自分たちの王を信じ、勝利を疑わない山羊人たちは、己のMPが切れるまで魔法を詠唱し始めた。

 

人間種魅了(チャームパーソン)〉、〈恐怖(フィア―)〉、〈呪詛(ワード・オブ・カース)〉、〈傷開き(オープン・ウーンズ)〉、〈束縛(ホールド)〉、〈炎の雨(ファイヤーレイン)〉、〈衝撃波(ショック・ウェーブ)〉、〈雷撃(ライトニング)〉、〈魔法の矢(マジック・アロー)〉、〈酸の矢(アシッドアロー)〉、〈電撃球(エレクトロ・スフィア)〉、〈加速(ヘイスト)〉、〈下級筋力増大(レッサー・ストレングス)〉、〈下級敏捷力増大(レッサー・デクスタリティ)〉……

 

 デバフ魔法と攻撃魔法でエルゼルを弱らせ、我らが王バザーにはバフ魔法をかけてゆく。

 

 降り注ぐ魔法の雨だが、やはり上位魔法無効化Ⅳによって無効化される。

 それでもなお魔法を放つ山羊人たちを可哀想に思いながら、エルゼルは刀一本を納刀すると右手をバザーたちに向けて呪文を唱えた。

 

「〈神炎(ウリエル)〉」

 

 瞬間、天の炎が死体が転がる死屍累々の地獄を万物を灰燼とかす煉獄へと塗り替えた。

 

 神炎は、カルマ値がプラス最大値であれば規定値通りのダメージが出せるのだが、そこから少しでも下がるとダメージが減ってしまうデメリットがある。エルゼルの現在のカルマ値は310とそこそこな威力がある。

 

 さらに、ここでエルゼルが持つスキルとアイテムが反応する。

 

 まず発動したのが、ワールド・ディザスターを習得したことで手に入れた常時発動型のスキル、災厄を齎す者だ。これは上位物理・魔法無効化のようにオンオフができず魔法を発動するたびにMPをかなり消費するが魔法の威力を増大させてくれる。

 続いて発動したのがエルゼルが今手に持っている刀、熾天の祝福だ。刀の姿をしているが、それは見た目だけで中身は魔法詠唱者向けのデータクリスタルの五つ魔法最強化(マキシマイズマジック)魔法位階上昇化(ブーステッドマジック)魔法三重化(トリプレットマジック)魔法効果範囲拡大化(ワイデンマジック)魔法抵抗難度強化(ペネトレートマジック)が神炎を強化される。

 元々第九位階の魔法だった神炎は位階を一段階上へと引き上げられ威力がさらに増す。本来一つしか展開されない魔法は三つ同時に展開と攻撃範囲の拡大、抵抗を許さない。

 

 まるで神話に語られるような規格外な魔法に後衛部隊の山羊人たちは悟り諦めてしまった。あの炎で自分たちは死ぬ。避けることも、防ぐこともできない。 

 生きることを諦めてただ死を受け入れる山羊人たちだが、まだ一人諦めていない者がいた。

 

 十傑の一角、豪王バザーだ。

 自分たちを飲み込もうとする業火に向かってバザーは必死に走った。その先に唯一神炎を避けることができる場所があるからだ。

 近くにいるだけで体毛を、肌を焦がされながらもバザーはスライディングをしてエルゼルが作った巨大な溝の中へと逃げ込んだ。

 

 次の瞬間、バザーの頭上を炎が蹂躙した。

 

 肌を焼く熱と熱風から丸くなり身を守ってから数秒、いや数分たったかもしれない。ようやく熱を感じなくなり魔法が終わったのだと悟ったバザーは深い溝から這い上がって辺りを見渡した。

 

「……ッ!」

 

 そこに仲間の姿は無かった。否、仲間だけではない。地獄を彩っていた大量の死体と大きな血だまり、血しぶきを浴びた植物や土に至るまで全てが灰すら残さず焼き尽くされた。

 あるのは焦土のみ。

 

 あまりにも非現実的な光景にバザーは脳内処理が追いつかずただ呆然と立ち尽くしてしまう。

 

 そんなバザーにエルゼルは、ゆったりとした足取りで歩みよりながらスキルやアイテムの効果を発動させて己にバフをかけていく。

 それと同時にエルゼルの頭の中に数字が浮かび上がってくる。

 

 300 283 241 182 113 95 80 45 10 0 -20 -65 -75 -120 -180 -227 -271 -312──

 

 数字の桁が段々と下がっていくに連れて可哀想に思えてならなかったバザーのことが次第にどうでもよくなって行き、マイナスの値に入るとどうやって殺そうか残酷な思考になっていく。

 そして数字が-300を下回った瞬間、エルゼルが重宝している戦士系のスキル換装が発動して身に纏っていた装備をガラリと換える。

 

「急激な思考の変化と脳内に浮かぶ数値は、俺のカルマ値か。でなければ換装が発動しないか」

 

 〈換装〉。戦士職系の中でも上位に入るレアスキルでプレイヤーが設定した条件を満たした時に自動的に発動し、セットしていた装備と身に着けている装備を瞬時入れ替える効果がある。

 入手するには超絶面倒で難易度が高いクエストと戦士系職業のレベルを三つ以上最大にすることによって手に入るが、このスキルはそれだけの価値があった。

 それは同じクエストを行えばスキルを重複して獲得できること。それぞれ別の設定を施すことができ、これによってエルゼルの無茶な変態プレイを可能にすることができるのだ。

 

 発動条件はそれぞれカルマ値が+300を上回った時に魔法詠唱者の装備に、-300を下回った時は戦士の装備となる。今回は魔法に強力なバフをかける代わりにデメリットとしてカルマ値をマイナスにするアイテムとスキルによって後者の換装が発動したのだ。

 

「おい、早く構えろ」

 

「ッ! な、なんなんだよお前はぁ!!」

 

「喚くな、まだ検証は終わっていない。十傑の一角なら多少は要求に応えてみろ」

 

 バザーは悲鳴のような叫び声を一蹴したエルゼルは、手に持つ大剣をの剣先を向ける、

 

 白のロングコートから替わった装備は、あまりにも禍々しくいびつな鎧だった。

 胸当てはなく代わりに背中を覆う鎧から呪いのように、植物の蔓のように身体にはりつく黒鉄の物質。足と腕に纏っている鎧は触れることを拒み拒絶するようなとげとげしいデザインとなっており、腰には血の様に真っ赤な腰巻。

 手には刀ではなく黄昏を思わせる暗い黄金の剣とエルゼルを中心に浮かぶ四本の紅い大剣。

 

 仲間が一瞬で死に、敵の装備が急に変わったことなどもう一杯一杯なのに、白き化け物は「この装備である以上は仮面は外しておくか」とマイペースに自分のことを進める。

 そんな舐める行動をするエルゼルに、バザーは自分の中で何かが切れる。

 

「ふざけんじゃねぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 天の業火に焼かれた仲間たちが掛けてくれたバフに、亜人種の身体能力をフル活用してエルゼルに挑む。

 一瞬にして距離を詰めたバザーは剣を振るう。剣を振るう。剣を振るう。剣を、振るう。

 まるで小さな子供がチャンバラをして遊ぶようにただがむしゃらに、型や構えなどありはしない。ただこの怒りを晴らすためだけに剣を振るう。

 

 この光景をバザーを知る者が見ればきっと絶句するだろう。

 バザーの戦闘スタイルは相手の武器を破壊して無防備にさせることだ。武器の破壊を可能とする武技を多く習得し、それを主軸として戦ってきたが故にバザーは豪王、破壊王と呼ばれたのだ。

 しかし、今の戦い方にその影は見えない。

 

 エルゼルはバザーの攻撃を簡単に躱し、軌道を逸らすまたは防ぐ。まるで子ども扱いするような戦いかたがバザーの怒りの炎をより燃やす。

 

「ふむ、やはり体が戦い方を知っている。雑魚では剣を振るうだけで絶命して検証にならんからな……しかし」

 

 防御も飽きたな。ふとそんな言葉を呟くと、赤い閃光が走りバザーの猛攻が止む。それと同時にカランッ! ドタ! と金属と何かがが落ちた音が響いた。

 瞬間、焦土の大地に響いた。

 

「ヒギャアァァァァ!!」

 

 右腕を押さえその場にうずくまるバザー、抑える右腕には肘から先が無く血があふれ出る。その近くには先程までエルゼルの周りを浮遊していた紅い剣が一本大地に突き刺さり、切り落とされた右腕と握っていた剣が転がっている。

 バザーには何が起こったかわからない、いやなんとなくわかるが認めたくはないのだ。

 

 自分が認知できないほどの速度で腕を切断された。その事実を認めたくない。

 

 痛みによる刺激で冷静さを取り戻したバザーに、ようやく危機感と死の恐怖が襲い掛かる。絶望に顔を歪めさせ剣先を自分に向ける化け物に気がつけば懇願していた。

 

「た、頼む!! い、命だけは、命だけは勘弁してくれ! 俺の宝を全てお前……あなた様に全て捧げます!! ですからどうか! 命だけは!!」

 

「……結局、原作とほぼ同じ展開だな。別に見逃してもいい」

 

「は、本当か!?」

 

 黄昏の様に暗い青みのかかった瞳で、バザーを見下ろすエルゼルは希望を見せる。

 ここでバザーを殺せば、原作開始前に影響が出る。亜人種たちはそれぞれの『十傑』と呼ばれる英雄級以上の実力者達が協定を結んで絶命規模の戦いが起きないように、外部勢力に付け入る隙を与えないために亜人達の抗争をコントロールしている。

 均衡を壊せば、山羊人や他の亜人たちが何をしでかすかわかったものではない。

 

「だが、ダメだ。お前はここで殺す」

 

「な!? 何でだ! あなた様のためならばなんだってする!」

 

「俺がお前を無条件に信用するとでも? ナンセンスだ、それにカルカを救うのにお前は邪魔だ」

 

 エルゼルが目指す最大の目標、カルカの救済。

 そのためならば多少の原作崩壊は仕方がないとエルゼルは考える。今回デミえもんの手も借りず既に亜人同士が徒党を組んでいる時点でイレギュラーなのだ、多少崩壊しても問題ないだろう。

 また、カルカの救済=ローブル聖王国の救済だ。聖王国は南部貴族と活発に活動する亜人種によって苦しんでいるのだ、目の前にその元凶の一人が居るのに殺さないという選択肢はない。それにバザーを殺せばある程度の名声が手に入り新聞普及にも一歩進むことができる。

 

 結論を出し、暗い黄金の大剣を構えるエルゼルにバザーは逃走した。

 

 駆ける。あの美しき化け物から逃れるために。

 駆ける。切り落とされた腕から走る激痛と高温の焦土にで蹄が溶けるのも無視して全速力で白き死から逃走する。

 駆ける。早く寝床に戻って寝て、明日の朝には全てが酷い悪夢だと嗤い。朝食を食べ愚かな人間共を狩り、どうやって自分が十傑の枠を超えてアベリオン丘陵の絶対的な王として君臨する計画を練るために逃げる。

 

 駆ける。少しでも遠くへとさらに一歩足を前に出した時、視界が一変した。

 

 自分の住処に続く道から急に化け物によって作り出された赤黒く焼き焦げた焦土の大地とへと。

 そして絶対に見えない筈の首のない自分の身体が見えた。

 

 その光景を最後にバザーの意識は永遠の闇の中に消えて逝った。

 

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