千束! 誕生日おめでとう!!!!
錦木千束Birthday
「では、これより千束の誕生日をどう祝うかの会議を始めます」
「……え、そんな重要?」
長い黒髪をふたつに結った少女、
カウンター奥には店長のミカがコーヒーを煎れ、テレビ近くのカウンター席にはミズキが酒を煽っている。そして、店内の更に奥からはゲームをしているのであろうクルミの楽しそうな声も聴こえてくる。
話に取り上げられている千束は現在、買い出しに向かっていた。
「たきな、もっと気軽に考えようぜ。相手は千束だぞ?」
「いえ、こういうことは何事も綿密な計画が必要です。というか、前々から計画をしようとしているのに心がまったく取り合わなかったから今計画しているんですよ?」
グチグチとたきなが言葉をこぼす。
心はそんな彼女から視線を逸らしてミカが煎れたコーヒーに口をつけた。
そう、この男、たきなが千束の誕生日を知ってから計画を立てようと相談しても雑に扱い、挙句の果てに相談そのものについても忘れていた。
故に真面目なたきなは計画を立てられなかったのだ。
「ぷはぁ! まったく、こうも
「うるせぇよ酔っ払い」
「んだとぅ!!」
ミズキの茶々に心が一蹴する。
もともと無愛想でぶっきらぼうな柾木心は、二年間錦木千束と共に過ごし、その性格が良い方でも悪い方でも変わった。
愛想は良くなり、笑顔が増えた。しかし、千束と同じような雑さが目立つようになった。
「ミズキさんは放っておいて、誕生日の件です」
「おう。で、具体的にどうすんだ?」
「できるなら去年や一昨年と同じようなものを避けたいんですが」
ふむ、と心が頤に手をやり、考える。
「心、一昨年はなにをしたんです?」
「……ッスゥゥ、言いたくない」
「なぜ?」
じろりとたきなが心を横目で見る。トン、トン、とペンでメモ用紙を叩いて、答えるよう催促されているように感じられた。
しばらく無言のやり取りが行われたが、それはミズキが打ち破った。
「心に聞いても無駄よ。なんせあの時は──ぶふっ!?」
「首を突っ込みすぎだぞミズキ」
「なにすんのよぉ、クルミぃ!!」
彼女が言いかけた時、クルミがミズキの脇腹に肘打ちを放った。
「……仕方ありませんね。大雑把でいいです」
「……外食した」
「それだけ? 他には?」
顔を覆って、心は深いため息をつく。彼の耳が赤く染っている。
そんな心を見かねて、クルミは助け舟を出してやる。
「やめとけ、たきな」
「クルミは知ってるんですか?」
「まぁな。けど、ボクは言わないぞ〜。依頼の内容は基本言わないようにしてるんだ」
「依頼??」
たきなが首を傾げた瞬間、心はバネに弾かれたように反応した。
「っ、クルミ! 余計なこと言うなよ!?」
「あ、すまんすまん」
おどけたようにクルミはゆるく着たパーカーの袖で頭を搔く。
くそ、と心は悪態をついて頬杖をついた。
「では去年は?」
「あぁ、それなら、アイツが欲しがった映画をまとめたBlu-rayボックスを贈ったな」
たきなはこちらも渋るかと思ったが、予想に反してスラスラと彼の口から答えられた。
……なるほど。
……あの量は心も共犯でしたか。
千束の家に同棲したことのある彼女は、テーブルに乱雑に置かれた映画の円盤を見ている。あの量を一人で集めるのは難しいのでは、と思っていたが、このオレンジ頭が共犯だったとは。
「おいたきな。今俺のことオレンジ頭とか思ったな?」
「……いえ、そんなことは」
「俺の直感を舐めるなよ、小娘」
「小娘て……ひとつしか違わないでしょう」
「うるせ」
その後たきなはミズキやミカにも質問し、プレゼント、祝い方を被るのを避けるためメモしていった。
一生懸命メモしている彼女に、心はコーヒーを一口含んでから口を開いた。
「そういや、リコリスって誕生日はどんなもん贈ってるんだ?」
その質問に、たきなは首を傾げて目をぱちくりとさせる。
「さぁ? わたしは贈ったり贈られたりしたことがないのでわかりません」
「え、いや、ありそうだけどな?」
蛇ノ目あたり、と心は気の小さそうなセカンドリコリスを思い出した。あのリコリスならそういうものに敏いのかと思っていた。
しん、と空気が重く感じる。主に、目の前でメモを見て悩んでいるツインテ少女の発言のせいで。
視線をミズキの方へ向ける。
……どうすんだよ、これ。
……最悪だぞ。
そんな意志を込めて酒を注ぐ彼女を見た。
……アタシを見るな。
……知らないわよぉ。
ぐび、とミズキは酒を煽った。
どうしたものか、と心は思案する。こういう時こそ千束の出番なのだが、生憎と買い出し中だ。まだ帰ってこないだろう。
「どうかしましたか、黙って」
「……いや、別に」
「はぁ?」
お前のせいだよ、とは言えなかった。
なにせ無自覚だ。正直に言ったところで疑問符しか浮かばないだろう。
心は再び頬杖をつき、たきなの横顔を見つめる。
真面目だな、と彼は思った。すると、店の外が騒がしくなってきた。十中八九、千束だ。
「たっだいまぁ〜! 千束が帰ってきましたぁ!」
カランカラン、と店のドアが開かれる。
相変わらず千束はうるさいな、と心はコーヒーを飲み、たきなは書いていたメモを素早くしまい、何事もなかったかのように背筋を正した。
白金色の髪に特徴的な赤いリボンを結った美少女、錦木千束。明るい赤色の和服を着て、彼女は買い物袋を座敷に下ろした。
「重いよぉ、千束〜」
「もうちょいですよー伊藤先生!」
千束の後ろから現れたのは漫画家の女性、伊藤。
買い出しの荷物を持ってくれていたのか、彼女は泣き言を言いながらも千束に応援されながら座敷にそれを置いた。
「いやぁ、伊藤先生が持ってくれて助かったぁ♪」
「好きで持ったけど、とんでもない重さだったわ……」
片や普段動き回る、満面の笑みの看板娘。片や疲労困憊の普段動かない漫画家。
買い出しの量も相当なのだから、伊藤の様子も頷ける。
心はカウンター席から離れ、厨房から和菓子とミカが煎れたコーヒーを取り出し、座敷席へ持って行った。
「伊藤先生、よかったらどうぞ。サービス」
コトリと置くと、伊藤は涙ぐんだ顔で心を見た。
「ありがとう心〜! 重かったよおぉぉ!」
「はいはい。普段から動きましょうね」
バッサリと一刀両断し、彼は再びカウンター席に戻る。
斬り捨てられた伊藤は苦笑いを浮かべながらも座敷席に座った。目の前に置かれた綺麗な生菓子を切り分け、口に運ぶ。
「ん〜っ! うまっ!!」
しっとりとしたなめらかな餡子が口に広がり、伊藤は思わず頬を抑えた。
餡子がくどいわけでもなく、かと言って控えめというわけでもない。しかも、一緒に出された店長が煎れたコーヒーともよく合う。
ほっぺたが落ちるとはこのことかと思わずにいられない。
「ね、ね、し〜ん〜私にはぁ〜?」
「あとで用意してやるから、買ったもの仕分けるぞ」
「ちぇ」
伊藤の反応を見た千束は自分にも、と強請るが一蹴された。
「あ、仕分けならわたしがしますよ」
「いんや、お前は考えとけ。あとでまた一緒にまとめよう」
買い出しの荷物を全て左手で持ち上げた心は、たきなにそう言う。
「あ、千束! また余計なもの買いやがって!」
「いいじゃん、これくらい! まかないの時に使うからさぁ」
「とか言ってこの間無駄にしかけたの忘れたのか?」
「アレとコレは別じゃないっすかね……?」
「別じゃない。結局使い切ったの俺だからな?」
そんな心と千束の会話がホールにも聞こえてくる。
「すみませんね、騒がしくて」
ミカが伊藤に申し訳なさそうに言うが、伊藤はカラカラと笑ってコーヒーを飲んだ。
「大丈夫ですよ。むしろ、あの二人のああいうのが見たくて来てるのもあるし」
まるで兄妹喧嘩や痴話喧嘩のようで、その光景は見ていて微笑ましい。
すると、再びカランカランと店のドアが開かれた。
入店してきたのは常連客である、後藤と土井だ。
「いらっしゃいませ、後藤さん、土井さん」
たきなが二人を案内する。いつも通りの場所に腰を下ろした二人に注文を聞き、ミカにオーダーを伝える。
まだ言い合いを続けている
「またやってるのかい、二人は」
「ええ、そうなんです」
後藤に注文の品を出すたきなが困ったように笑う。
この二人もまた、この騒がしい雰囲気が好きだった。土井は最初こそ訝しんでいたが、色々あった今ではすっかり馴染んでいた。
ふと、たきなはある考えを思いついた。
「……これなら」
心に相談してみよう、と彼女はそう思った。
α
セーフハウスにて、たきなはサバの味噌煮を作っていた。
しっかり生の鯖を一から調理していくあたり、真面目だ。そんな彼女の後ろで、千束がまだかまだか、とるんるんで待っている。
「……いや、俺の家な!?」
「なに言ってるんです?」
「そーだよ、いきなりなに言ってんの?」
リコリス二人が訝しむように、いきなり叫んだ心を見やった。
セーフハウス、もとい心が住んでいるこの家は、隣に千束が住む部屋が存在する。しかし、千束は入浴、睡眠以外はこの家に入り浸っている。しかも睡眠に至っては、いつも寝落ちをかましているのでそこの境界も怪しい。
たきなが同棲した時は大人しく自分の家にいたはずなのだが、なぜか今日はたきなが家に一緒に上がって料理をしている。
……いや、理由はもうわかってんだけども。
……ツッコミをせざるを得ないというか。
まるで自分の家かのように自然に料理をしていたのでツッコミを入れた次第だ。
「心、お味噌汁の材料にこれを使っても?」
「あぁ、好きなの使っていい」
「ありがとうございます」
たきなは礼を言って台所へ戻っていく。
「ねぇ、たきなぁまだ〜?」
「まだです。というか、あまりくっつかないでください千束。火を使ってるんですよ」
千束は待ちきれないのか、たきなを後ろから抱きしめる。
しかし、たきなは身動ぎ、それから脱出した。
「あぁ〜ん、たきなが冷たいぃ」
諦めて心の隣に座り、千束がそんなことをこぼす。
「冷たい云々じゃなくて、単純に危ねぇからだよアホ」
呆れたように彼が呟く。
心はスマホでとあるサイトを眺め、ため息をついた。
「なに調べてんの?」
「次見る映画」
「あ、私コレ見たい」
「えー、コレ? 明らかにB級臭が……」
「わからないぞ〜? 本当はとんでもない作品だったり」
「……たしかに」
見てみなきゃわからない。食わず嫌いをしていては、良いものに巡り会えない。ふむ、と心はリストに入れようとチェックする。
そんな映画をチェックしている二人に、たきなが台所から声をかける。
「二人とも、そろそろ出来上がるのでお皿を取ってください」
「あいよ」
「あーい」
似たような返事をし、心と千束は人数分の皿や茶碗を用意する。
なんで三人分のものがあるんだろうな、と心は不思議に思ったが、もういいや、と思考を放棄した。
たきなの手料理はとても美味しかった。
鯖には味がしっかり染みていて、鯖特有の青臭さもなかった。
たきな様々だな、と心は味噌汁のおかわりを注ぐ。味噌汁もとても美味しい。
これは確かに千束が彼女の料理を楽しみにするわけだ、と納得する。
喫茶リコリコでのまかないは、当番制でもちろんたきなにも順番が来る。忙しい時間で里芋を煮ていた時はミズキがキレていたが、時間に余裕がある家では、まかないの時よりも美味しく振舞ってくれた。
心が風呂から上がると、リビングにいたのはソファに座るたきなだけだった。
「あれ、たきなだけ?」
「はい。千束もお風呂に行きましたよ」
たきなは早く風呂から上がったのか、その黒い髪がしっとりと濡れている。乾かさずにこちらに直行してきたようだ。
心はため息をつき、ドライヤーをリビングに持ってくる。
「しっかり乾かさないと痛むぞ」
彼女の後ろからブオォ、とドライヤーの暖かい空気を送り出す。
「ありがとうございます」
「で、なんか決まったか?」
たきなの髪を乾かしてやりながら、心はズラリと几帳面に書かれたメモを横目に見る。
はい、と彼女が頷いてメモを持ち上げ、予定を心に話した。
「──なるほど。確かにそれはやったことないかもな」
「でしょう? 仮にやっていたとしても、店長のことなのでかなり少ないかと」
ドライヤーをしまい、彼はたきなが持つメモを受け取り、確認する。
「まぁ、最後はそれをやるとしてだ。午前はどうする?」
「なので、それを今決めようかと」
「おーけー」
心もソファに座り、テーブルにメモを置く。
そうだな、と彼は唸り、無難なものをひとつ提案してみる。
「やっぱ、ここは映画館に行くのはどうだ?」
「千束は映画が好きですからね。わたしもそれは思いました」
スラスラとペンで映画館に行く、と書き込んだたきなはふむ、と考え込む。なにをそんなに考える必要があるのか心が首を傾げると、彼女はぶつぶつとなにかを呟いている。
「なにやってんの」
「いえ、映画にも種類がありますし、千束になにを見せるか検討しています」
「おいおい、それは現地行ってからでいいだろ?」
「それではその後の計画に支障が出ます。何時に出発し何を見るのか、時間と場所を明確にして計画しなければ最後に間に合いません」
「いや、細けぇよ!」
頭が痛くなり、心はコメカミを抑えた。
……あれ、こんな子だったっけ。
……いやまぁ、わりとこんな子だったわ。
深いため息をつき、彼は冷蔵庫からお茶を取り出してコップに注いだ。
それを飲みながらカレンダーを見れば、千束の誕生日、二十三日まであと二日ほど。今から準備しても十分間に合う。
スマホで映画館の上映中、または上映予定のスケジュールを確認する。
「上映予定のやつ、千束が好きそうなの何個かあるし、アイツのことだから続けてもう一本とか言いかねないぞ?」
「……確かにそうですね」
「だろ? 細かいスケジュールを立てるのはいいことだが、相手はあのアホだ。せっかく立てた予定がパーになってもおかしくない」
「妙に説得力がありますね。経験済です?」
「……うるせ」
痛いところを突かれた。
わざとらしい咳払いをし、切り替える。
「で、次は昼食。映画をもう一本見るならどこかカフェでも寄って軽食か、アイツならスイーツに行くはず」
「そうですね。あの、わたしあまりそういうお店知らないんですが……」
「大丈夫。ほら、
なんなら俺が全部払って寿司を食いに行ってもいい、とまで心が言う。なにもそこまでしろとは言っていないが、とたきなは思ったが、最終手段としては悪くない。
千束とたきなのブロマイドと化したアレをしっかり読んでいた心には驚いたが、彼が言うなら信じよう、と思った。
「では、ここをこうしたら……」
「おう、また細かくなったな。けどいいんじゃね?」
次々にお互い提案を出し、あれこれと添削していく。
ぎっしりと文字が詰め込まれたメモを新しくし、たきなは簡潔に箇条書きでスケジュールを書いた。
「良さそうですね」
「だな。けど、すげぇ千束を甘やかしてんな」
「あぁ、言ってませんでしたね。今回のコンセプトは、千束を甘やかす、です」
「えぇ……?」
きっぱりと言う彼女に、心は困惑する。
普段からわりと甘いだろ、と思わなくもない。自覚していないかもしれないが、たきなはわりと千束に甘い。厳しい時もあるが結局折れる時が多い。
それは心もなのだが。
「ふぃ〜、いいお湯じゃったわ〜」
玄関の扉、ではなく、壁が割れてスライドされて緩い部屋着に着替えた千束が現れた。
「もうちょいお前は俺を気遣え」
「え、なんで?」
俺が男だからだよ、と若干キレながらぐび、とお茶を飲み干す。理解できない千束は心の家の冷蔵庫を開けてフルーツオレを取り出す。
そんな彼女に、たきなはズンズンと歩み寄った。
「千束」
「ん? どったのたきな」
可愛らしく小首を傾げる千束に、たきなはカレンダーを指差す。
「二十三日、誕生日の日は空けておいてください」
「え、う、うん。わかったけど」
「その日は三人で映画館に行きます!」
パチリ、と彼女が瞬きをする。視線をたきなから心へ移すと、彼はうん、と頷いた。
「っ、マジ!? お出かけぇ!?」
はい、と心底喜ぶ千束を見たたきなが微笑んだ。
β
九月二十三日。
家に集まった三人は忘れ物がないかチェックする。厳密なたきなチェックが入り、忘れ物がないと判断され家を出た。
錦糸町駅に着き、心はバイクを停め、千束はハイテンションで前を歩く。
普段の可愛らしいコーデではなく、大人コーデで決めた千束は、心の目から見て惹かれるものがある。白のタートルネックに上から黒の上着。首には金色のネックレスをつけて、アクセントになっている。
……可愛い。
……というより綺麗。
「なに見惚れてるんです」
「……別に」
じとりとした目を向けられ、心はポケットに手を突っ込んだ。千束からたきなへ視線を移せば、こちらも大人コーデに身を固めている。
黒のシャツに緑色のカーディガンを着ていて、彼女によく合うものだ。コーデをした人物はもちろん、錦木千束だ。
前日からたきなを着せ替え人形のように服を取っかえ引っ変えし、審査員として心も付き合わされた。
「たきなもよく似合ってる」
「……昨日聞きました」
「そうだった」
「その言葉はわたしではなく千束に言ったらどうです? 喜びますよ」
「……まぁな」
「恥ずかしいんですか? 似合いませんよ」
「言うじゃねぇか、天然娘」
バチリ、と火花が散る。
そんな二人に千束が手を振って呼びかけた。
「二人ともそんなとこにいないで行こうよー! 映画始まっちゃうって〜!」
彼女に呼ばれ、心とたきなは歩き始める。
しばらく歩いて映画館に到着し、千束は上映中の映画のタイトルを見て唸る。あれも見たい、これも見たい、と嬉しそうに悩む姿を、心とたきなが見やる。
「こうなるのが目に見えてたんだよな」
「これ、今日の予定潰れるのでは?」
「わかっちゃったか」
「わかります」
まるで尻尾を振っている錯覚を見ているようで、微笑ましいが、そろそろいい席がなくなりそうだ。
「千束、これ見よう」
「えっ!? これもあったの!? さっきに言えよ心〜!」
パンフレットを持って行けば彼女の笑顔が眩しくなる。
事前に千束の見たいものはチェック済の彼の動きはたきなから見てスマートだった。
さぁ行こう! と千束は心とたきなの腕を組んでチケットを購入しに向かった。
映画の内容はアクションあり、恋愛あり、ホラーありといったものだった。シリーズ物でクオリティも高く、期待も大きかった。
感想は三人一致の面白かった。この余韻で他の映画を見るのは失礼だな、と思ったのか、千束はお昼行こう、と自ら誘う。
「食べたあとはどっか行くんだっけ?」
「はい、カラオケでもどうかな、と」
「おぉ! カラオケ! 店にあるのは古いもんね」
「そうな。Cl〇riSもさ〇りもなかったしな」
二〇〇〇年代までしかないのは流石にどうなんだ、と心は思った。その点、カラオケ店の機器ならば最新曲もバッチリ配信されている。Cl〇riSやさ〇りの最新曲も入っているだろう。
三人は、リコリコの常連客である徳田が書いた記事で紹介された亀戸のとあるカフェに向かい、美味しそうなスイーツやドリンクを注文する。
「ほわぁぁ、これは美味しそう!」
「前のより糖分高そうですね」
「前って、たきなのアレ買いに行った時の? なに食ったのお前ら」
「え、フランボワーズ&ギリシャヨーグルト・リコッタダッチベイビーケークと、ホールグレイン・ハニーコームバターwithジンジャーシロップ」
ん? なんて?
一瞬心が固まった。長すぎてなにかの呪文なのかと勘違いしてしまう。
心が注文したパフェも届き、一同は各々食べ進める。
「ね、ね、たきなのそれ一口ちょうだい」
「いいですよ。では千束のもください」
「おっけー!」
はい、あーん、と千束はたきなの口にソースたっぷりのパンケーキを放り込む。食べさせられるのに少し抵抗をしようとしていたたきなだが、咀嚼すると目が輝いた。
「どう、美味しいでしょ」
こく、こく、と彼女が頷く。
「たきなも私に食べさせてー?」
「……仕方ありませんね」
そう言ってたきなは自身のショコラブラウニーを切り分けて、大きな口を開ける千束へ食べさせた。
その傍で、心はコーヒーを飲み、窓の方へ視線を向ける。
……もう今のでおなかいっぱいだな。
……コーヒーが甘く感じるのなんでだろ。
頼んだのはブラックのはずなんだが、と彼は乾いた笑みをこぼした。
視線をパフェに戻せば、スプーンで大きく抉ったあとが二つほど存在する。
千束とたきなに目を向ければ、素早く目を逸らされる。
「食べたいなら言えよ貴様ら」
静かに青筋を立てると、目の前の二人が笑った。
軽食も食べ終え、次はカラオケ。
千束がこの間歌った今すぐKiss meを歌い、たきなは走れ正直者を歌う。心はというと、DANDAN心魅かれてくを熱唱した。
そのあとは千束とたきなでCl〇riSのALIVE、たきながさ〇りの花の塔を披露してくれた。
気づけば夕方で少し肌寒くなってきていた。心はバイクを取りに行き、収納ボックスに入れていたコートを取り出す。
「ほれ、これ着とけ」
最近の九月は気温差が激しい。昼間は心地よくても夕方から異常に冷え込むことだってある。
サイドカーに乗り込むたきなにコートを掛けてやり、千束にもライダースーツを投げ渡す。
「ありがっとう〜! 流石に寒いもんね」
「おう。車だったら問題ないんだけどな」
「そうねー。でも車だったらスーパーカーがいいな」
「いや、目立つでしょう」
「たきなの言う通りだ。ただでさえ今も少し浮いてるんだ。これ以上は考えたくない」
可愛い女の子二人を連れたオレンジ頭の青年、しかも乗るバイクが大型バイクにサイドカー搭載と目立つ要素がいくつもある。
「あれ、千束さん?」
「ん? おー! カナちゃん!」
出発するか、となったタイミングで、リコリコ常連客の女子中学生のカナが千束を見つけて声をかけてきた。
「カッコイイ格好してますね」
「そう? いいでしょー!」
ふひひ、と彼女が笑う。
そんな千束の後ろを見たカナが、ヘルメットをしたライダースーツの男、心を見る。
「はい! え、っと、彼氏さん、ですか?」
「うぇっ!? い、いやまだそんなじゃ……」
笑顔から一変、千束の頬が朱に染る。そんな会話を聞くたきながヘタレめ、と思いながらじとりとした目を彼女に向ける。
「カナ、俺な?」
「え? あ、心さん!?」
ヘルメットのバイザーをはね上げ、心はよっ、と手を挙げた。
「ちなみにわたしもいます」
「えぇ!? たきなさんも!?」
リコリコ従業員三人が揃っていて、カナは驚愕した。
確かに仲のいい三人が遊びに来ていてもおかしくない。
「そうだ、カナはこれからリコリコに?」
「あ、はい」
「そっか。じゃあ俺らが店に帰るまで待っててくれよ?」
「え、なにかあるんですか?」
そんな女子中学生の質問に、心は秘密、と人差し指を立てた。その行動にカナは少しドキリとする。リコリコ店長のミカとどことなく似ていた。
じゃああとで、と心とたきなが言い、バイザーを下ろした。
「え、なになに、私知らないんだけど?」
「いいから乗れアホ」
「アホ言うな、バカ!」
「子供みたいな喧嘩しない! 行きますよ!」
千束にヘルメットを被せ、早く乗るよう急かす。
まるで引率者なたきなの言葉に、カナはクスリと笑った。
じゃあ、リコリコに急ごうかなと、カナは楽しみにしながら足早に向かっていく。
大型バイクを走らせると、千束のテンションは再びハイになった。二年前から、彼女はこのバイクの後ろに乗るのが好きだった。
「で、ここからは? 帰んの?」
「いいや、墨田区を一周しようかなって」
墨田区を一周する場合、だいたい二十キロメートル前後する。そして、夕方のこの時間は車の通行量も多い。しかし、そんなことは把握済で、クルミから通行量の少ないルートを案内されている。
「普段見てる街を見返すのも、いいもんだろ?」
「そうだね」
そう言って、千束はぎゅ、と心を強く抱きしめた。
「へぇ、この道って車少ないんだ」
「みたいです」
「俺もこのルートは知らなかったな。流石天下のクルミ」
普段何気なく歩いたり、走ったり、車に揺られたりしている墨田区も、こうしてゆったりバイクで走っていると新たな発見もある。
この平和な姿が、彼女たちリコリスが守っている、と考えると誇らしく思えてしまう。彼女たちは頑張っている、と心は強く思う。
一時間半ほどで一周は終わり、三人は喫茶リコリコへ帰ってきた。
「あれ、まだ札OPENになったままだよ?」
「いいんだよ、それで」
「ほら、早く入りますよ」
店の入り口で、立ち止まる千束の背を心とたきなが押し、カランカランと店のドアを開いた。
瞬間、パンッパンッ! とクラッカーが鳴った。
「ふぇっ?」
クラッカーを銃と錯覚した千束が、変な体勢で固まる。
ふふ、とたきなが笑い、彼女の後ろでクラッカーを鳴らす。
「ちょっ!?」
驚く千束を置いてけぼりにし、心もクラッカーを鳴らす。
「うぉぉい!?」
飛び跳ね、千束が己の体を抱きしめる。
そんな彼女を見た、店内にいる常連客たちが皆盛大に笑う。
『千束ちゃん、誕生日おめでとうー!』
店内をよく見れば、折り紙で作った飾りや、造花が至るところに飾られている。
昨日の夜までなにも気配がなかったはずのものがあちこちに散りばめられ、千束は言葉を失った。
「え、っとぉ……ありがとう、ございます??」
白金色の髪を撫で、千束は困惑気味に返事をした。
「いやぁ、間に合ってよかったー!」
「カナちゃんよかったわね、千束たちに会えて」
「ホントですよー」
「これ、意外と重いですね」
「落とさないようにね」
伊藤とカナがそんな会話をし、店の二階から、刑事の阿部と作家の米岡が大きな袋を抱えて下へ降りてきた。
「さあ、料理もちょうどできましたよー!」
「ほら、運びなさい」
厨房からは北村とミズキが豪華な料理を手にして、カウンターへ並べていき、土井と徳田、クルミがせっせと運んでいく。
「三人とも、手を洗って上着を脱いできなさい」
最後に、店長のミカが穏やかな笑みを称えて、ドアの前にいる千束、たきな、心に言った。
三者三様返事をし、洗面所へ駆け込んでいく。
「驚いたよ〜、まさかこんなことを仕込んでるなんて」
「前々から計画を立てたかったんですけど、心がなかなかまともに取り合ってくれなくて」
「別に今言わなくてもいいだろ、たきな」
手を洗う順番待ちをしていると、たきなが愚痴をこぼした。あはは、と千束が笑う。
手を洗い終え、三人は更衣室に自分の上着をしまった。
そして、
「「千束」」
心とたきなが彼女に声をかける。
「「誕生日、おめでとう」」
二人揃って言うと、千束の顔が驚きの表情になり、急に下を向いた。
「ち、千束?」
「なんだ、嬉しくて泣きそうになったか?」
心配するたきなと、茶化す心。
千束はガバッと顔を上げて二人に抱きついた。
「ちゃうわ! 目にゴミが入っただけですぅ!」
ぎゅうぅ、と彼女は二人を力いっぱい抱きしめる。大切なものを離さないように。
たきな、苦しそうに千束の肩をタップする。
心、身長的に苦しくないが、千束に抱きしめられ顔が真っ赤。
「さっ、みんな待ってるし行こ!」
目元をほんの少しだけ赤くさせ、千束は二人の手を取った。
心とたきなは互いに顔を見合せ、口の端に笑みを浮かべる。
「はい」
「おう」
更衣室のドアを開け、千束、たきな、心といった順でホールへ向かう。
「プレゼントは覚悟しておけ」
「えぇっ、そんな感じ?」
「冗談に決まってるでしょう。でも、量は凄いですよ」
「やったー! 楽しみぃ〜♪」
ミカとミズキ、クルミ、そしていつもの常連客たちが待つ楽しく、騒がしい店内へ、三人が入っていく。
本来ならこの話を書く予定は全くなく、本編で済まそうとしてましたが、アニメ12話を見て、これは書かなくちゃいけねぇよなぁ!? ってなり一日で書き上げました。
本編の進捗? そんなものイッヌに食わせてしまえ。
たきなを書きたいのもありましたね。
本編と今回の心の性格は若干違います。最初に触れた通り二年間千束と共に過したから世界が変わった感じです。
そもそも本編とこの話は世界線が違うという解釈をしていただけたらと思います。
千束、改めて誕生日おめでとう。たとえ本当の誕生日じゃなくても、こんなにめでたい日はない。
感想、評価お待ちしております。