リコリス・バレット   作:倉崎あるちゅ

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 リコリコロス中の倉崎です……リコラジが終わらなくてよかった……。


Episode 5

 

 

 

 壁をぶち抜いたあと、俺たちは千束たちと合流すべく、瓦礫で塞がれたルートとは別ルートを進んでいった。

 

「あの、柾木さん……」

 

 ヴェクターを構えながら進んでいくと、後ろで蛇ノ目がおそるおそる、といったように声をかけてきた。

 

「ん? どうした?」

「さっきのアレって、なんだったんですか?」

 

 さっきのアレ、とは壁をぶち抜いた時のことだろう。

 ふむ。リコリス、というかDAに答えるわけにもいかないな。どうしよ。

 

「それは僕が説明しますよ」

 

 一番後方にいる物資隊の隊員が答える。

 

「アレは僕たち機械化の秘密道具でしてね。あんまり大きな声で言えないんですけど、小型のドリルがあるんです!」

「いや、声が大きいけどな?」

 

 茶化すように言う物資隊に俺がツッコミを入れる。

 まぁ、そんなもんで良いだろう。蛇ノ目もそれで納得したのか、おぉ、と感嘆の声をもらしている。

 このことをリコリスに言うのは、千束にしか言わないと勝手ながら決めている。だからフキにはもちろん、蛇ノ目にも篝にも言うつもりがない。

 なぜ千束にしか言わないのか、それは、

 

「約束したしな……」

 

 なぜ機械化部隊が狙われるのか、そのことを説明するにはこのことも明かさなければならないだろう。

 

「……っと」

 

 立ち止まり、左手を挙げて後ろのヤツらを止める。

 いる。それもかなりの数。

 

「物資隊、準備しろ。敵が多いぞ」

「「了解!」」

 

 背負っている大きなバックパックを下ろし、物資隊がとあるものを組み立てる。

 俺は非殺傷手榴弾のピンを抜いて、ピッチャーのごとく投擲した。遠くでパン、と弾けた音が聞こえ、続けて咳き込む声が聞こえてきた。

 

「蛇ノ目、篝! 遮蔽物を利用して近づいてきたヤツを狙え。物資隊は組み立てたあと照明を強くしろ。暗視ゴーグルを使ってる可能性もあるから、それを潰す」

 

 口早に指示を出し、皆それぞれ頷く。

 俺はヴェクターを構えて地を蹴った。

 自分に銃撃が来る時は必ずと言ってもいいほど、直感が働く。それを利用した突撃。

 ピリ、とした感覚が来た。続けて大きな銃声が鳴り響いた。

 左に避ければ、先程まで走っていたところに銃弾が通過していく。

 銃声的に使用した銃はレミントンのM24 SWSだろう。薄暗いとはいえ、ここで狙撃は難しい。ということは暗視ゴーグルを使用している。

 

「わかりやすいな」

 

 再び直感が働く。

 ひらりと躱し、右眼を閉じた。

 左眼を見開くと()()()()()()()()()。視界の色が緑色に変わり、暗かった箇所が鮮明に映る。

 俺の目線の先には、白い制服を着たリリベル。AS VALを構えてこちらを撃とうとしていた。

 俺は一瞬立ち止まり、ヴェクターの引き金を引いた。銃声が鳴り、視界の端に9mmの薬莢が排出される。

 握る白い銃から放たれたゴム弾がリリベルの腹に当たり、彼が構えていたアサルトライフルにも直撃した。

 

「まずは一人」

 

 撃ったのは十発ほど。マガジンに残っているのは残り四十発だろう。

 背負っているバックパックには五十連マガジンが三本、両脚には三十三連マガジンをマウントしているので、弾切れは気にしなくていい。

 再び走り出し、リリベルたちが銃を撃ってくる。

 俺はスタングレネードをその射線上に置き、目を閉じた。

 

「あ゛あ゛ぁっ!?」

「残念でした」

 

 少し俺も耳が痛くなるが、構わない。眼が無事ならそれでいい。

 スタングレネードは強烈な光と爆音で相手を戦闘不能にする投擲武器だ。ただ、俺が使ったものは爆音が少し低めにされていて、代わりに光を強くしたものだ。

 暗視ゴーグルをつけていたリリベルたちが絶叫をあげ、うずくまる。そんな彼らの頭にゴム弾を見舞い、呻く彼らを黙らせた。

 

「最新モデルの暗視ゴーグルならなんともなかったんだろうけど」

 

 最新の暗視ゴーグル、というか暗視装置は強い光を見ても、装置側が調整して光を増幅しないようにされている。

 おおかた自衛隊からの配給がされ、型落ちだったんだろう。

 左右にリリベルが現れ、俺は身をかがめる。ちょうど射撃するタイミングで、俺が屈んだので、その銃弾が互いにぶち当たった。

 その瞬間、後ろから照明が照らされた。

 

「撃て」

 

 インカムで指示を出すと、ドォン、と後ろから低い爆音が鳴った。

 戦車の砲弾並みの大きさの飛来物が目の前を通過する。

 

「避けろぉ!」

「うおぉ!?」

 

 奥で驚愕する声や悲鳴が聞こえ、着弾したのか、ベチョ、と粘液のような音が聴こえた。

 

「そいつは対多勢用の捕獲弾だ。専用の液体をかけないと溶けないぞ」

 

 照明に照らされ、トリモチのようなもので拘束されたリリベルと自衛隊員たちが転がっている。銃火器諸共拘束され、そんな状態で撃てば暴発するだろう。

 悔しそうに顔を歪め、自衛隊員からいろいろな罵詈雑言が飛ばされる。

 

「黙ってろ」

 

 XDMを懐から出し、セーフティを外して自衛隊員をひとり、頭にゴム弾を当てて黙らせた。

 十メートルほどの距離なら俺でも当たる。

 

「なるほど、機械化部隊の隊長は身動きの取れない相手に撃つのか。(こころ)まで人間ではないんだな」

「あ?」

 

 そんな言葉が聞こえ、俺は眉をひそめた。

 声がした方向へ顔を向けると、自衛隊の戦闘服に身を包んだ、見た目四十代後半の男が歩み出てくる。

 

「アンタ、陸将補か」

「流石に私のことはわかるか」

「当たり前だ。陸将と一緒になって幕僚長の横でふんぞり返ってるゴリラだろ」

 

 俺が嘲笑うように言えば、男──雪平《ゆきひら》陸将補の口元が引き攣った。

 

「ガキめ……」

「人のこと人間じゃないって言ったヤツにそのまま返しただけだ」

 

 人に言われて嫌なことは言わないようにって習わなかったのか? 俺は先生に言われたけどな。

 俺と陸将補が話している間に蛇ノ目と篝が近くに寄ってくるのがわかる。上手く遮蔽物を利用して相手に気取られないようにしてくれていた。

 

「っと」

 

 それは敵も同じだったようで、後ろに少し引けば、目の前で銃弾が通過した。

 ヴェクターの銃口を飛んできた方向に向けて引き金を引けば自衛隊員が悲鳴をあげて倒れ伏す。

 リリベルはどうかわからないが、基本的に自衛隊員は自分が撃たれる痛みを知らない。ゴム弾とはいえ死ぬほど痛いので、悲鳴をあげても仕方のないことだ。

 

「降参してくれ。もう残ってるのはアンタらくらいだ。これ以上戦っても無意味だろ」

「ふん、人間らしく慈悲を与えるつもりか?」

 

 遺憾だ、とでも言いたげに陸将補は、短剣が装着された小銃を俺に向けた。

 大人しく降参はしてくれないか。それはそうだ。ここで大人しくしたら、死んだり、負傷したりした隊員に顔向けができないよな。

 

「お前たち機械化部隊を消すまで、私たちは戦わねばならん。これは陸将の意思だ」

「これ、幕僚長は知ってんのかよ」

「さてな」

 

 あーあ、これ知らないやつだ。陸将が上手く隠蔽してやがる。

 

「殺れ」

 

 陸将補が、戦える隊員とリリベルに指示を出す。それぞれ銃を構えた直後、遮蔽物に隠れていた蛇ノ目と篝が飛び出して、拳銃を撃った。

 サプレッサーを付けられたそれは、最低限の銃声を鳴らしてリリベル、自衛隊員の腕、肩、脚を穿つ。

 

「なに?」

「俺に気を取られすぎだ、オッサン」

 

 正面の自衛隊員たちをヴェクターの弾幕で黙らせ、空になったマガジンを交換する。その際にフルオートで銃弾が吐き出されるが、撃たれる場所は直感的にわかっているため、回避する。

 ヴェクターのハンドルを引き、薬室に弾が装填される。

 

「数が多いからって油断し過ぎなんだよ」

 

 気づけば、圧倒的な人数がいたはずの地下鉄内には、俺たち三人と陸将補しか立っていなかった。

 物資隊は照明近くに待機。自衛隊員とリリベルはすでに地面に熱烈な口付けをしている。

 流石、セカンドリコリスだ。やるべきことはしっかりと理解しているし、射撃タイミングも指示を出すことなくやってのける。

 

「アンタを拘束したら、この無駄な戦いは終わりだ」

 

 ヴェクターを構え、陸将補に言うと、彼は顔を歪めて小銃を撃ちながら走り出してきた。

 弾は俺に当たらない。このオッサンがしたいのは俺との近接格闘。たしか、陸将補は防衛省が主催する銃剣道の大会で準優勝した経験があるんだったか。

 それに加え、近接ならば蛇ノ目と篝の援護は期待できない。下手に撃てば、その弾丸は俺に当たってしまう。

 

「お前たちは危険すぎる……! それがわからんとは言わせんぞ、彼岸花!」

「なにが危険だ。リリベルと一緒になってウチを消すとか、そっちの方が危険だわ」

 

 振り下ろされる銃剣をヴェクターで受け止め、銃が嫌な音を立てる。

 部品が多いこのサブマシンガンで何度も受け止めたら射撃はもうできなくなる。

 銃剣を右へ逸らし、銃口を男へ向けようとした瞬間、銃身に装着された短剣が目の前に迫っていた。

 

「っ!」

 

 ギリギリのところで顔を背けて回避する。少し遅かったのか、右頬に痛みが走る。

 とんでもねぇな。銃剣のように長物は逸らされたあとのリカバリーが効かない。それをさも当然のように突き出してくるとは、恐れ入る。

 

「ふっ!」

 

 俺はすかさず右脚を高く振り上げ、男の左脇を蹴り飛ばす。感覚的に肋を何本か折っただろう。

 

「ぐぅ……ガハッ……!?」

 

 数メートル飛ばされた陸将補は蹴り飛ばされた体勢を戻し、再度動こうとした瞬間、血の塊を吐いた。

 肋の骨が肺に突き刺さったのだろう。

 

「もうやめとけ。死ぬぞ」

 

 陸将補に向けて俺は言うが、彼は脂汗を垂らしながらも銃剣を構える。

 

「狂ってる……」

「それは……こちらの、台詞だぞ」

 

 咳き込みながらも彼は言葉を紡ぐ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ヴェクターの引き金を引き、ゴム弾が男の胸に直撃する。

 赤い花が咲くが、彼が倒れる様子はない。アーマーを着込んでいるからだと気づくのは簡単だった。

 

「偏見だな、オッサン。義足や義手で生活してる人への侮辱だぜ?」

「お前たちと彼らを一緒にしては、彼らに対して失礼だろう」

 

 痛むであろう体を動かし、陸将補は俺に接近してくる。

 俺はバックステップをして距離をとり、ヴェクターを構えて乱れ撃つ。

 しかし、ゴム弾に加えて俺の射撃スキルが低いせいで当たらない。当たったとしてもアーマーに阻まれる。

 

「ちっ」

「ぬぅん!!」

 

 力の入った声と共に、銃剣が突き出される。

 上体を逸らして躱そうとするが、短剣の切っ先が俺の右脇腹を捉えた。

 突き刺された箇所が熱を持つ。

 

「いっつ……」

 

 傷口を左手で抑え、その掌を見てみればかなりの出血量だった。

 それでも、陸将補の怪我に比べればそんなに酷くない。あの男は肋骨が折れて肺も破けているにも関わらず、力強い動きをしてくる。

 コイツこそ人間じゃねぇ。

 

「ちぃっ!」

 

 ビリッ、と強い直感が働く。

 

「柾木!」

 

 篝が叫ぶ。

 踏み出した瞬間傷がいたんだ。俺は呻きながらも身体を捻って避ける。

 すると、左の肩に衝撃が走った。

 後ろから撃たれた。

 続いて篝が撃たれた方へ射撃し、命中したのか、どさ、と地面に倒れた音が聞こえてきた。

 

「柾木さん……!?」

「大丈夫だ。二人はリリベルと自衛隊員を拘束してろ。オッサンは俺が見てる」

 

 蛇ノ目が心配そうに見てくる。

 心配しなくても、撃たれた()()()()()()()。いや、嘘。撃たれた瞬間はすげぇ痛かった。

 左手を開いて、握って、と繰り返して動きに問題ないことを確認し、俺は陸将補へ走り出す。

 脇腹はすげぇ痛い。けど、ここでこの男を捕えなければ、この反機械化勢力と機械化部隊の戦いはどちらかが滅ぶまで終わらないだろう。

 終わらせる。これ以上誰かの時を止めさせないために。

 

「ふぅん!!」

「ツゥッ……!」

 

 突き出される短剣を左腕で軌道を逸らす。ギャリギャリ、と嫌な音を立てながら火花が散る。

 一歩、踏み込む。

 五十連マガジンに銃弾が満タンに込められたヴェクターをフルオートで撃ち放った。

 

「ぐぅ!?」

「流石にこの距離だと痛てぇだろ」

 

 マガジンが空になったところで、サブマシンガンを投げ捨て、俺は左拳で男の顔にジャブを放つ。

 陸将補が怯んで少し後退した。その隙を逃さず、俺は一気に詰め寄り、左拳を引き絞った。

 彼は咄嗟に銃剣を盾代わりにしようと、それを体の前に持ってくる。

 ちょうどいい。

 

「いいぞ、オッサン。それでなんとか生きててくれよ」

「……っまさか!?」

「おうとも。テメェらが一番恐れてるものを、魅せてやる」

 

 雪平陸将補の顔が絶望に染る。

 

「ぶち抜く」

 

 再度、踏み込む。

 渾身の左ストレートが、彼の銃剣に衝突した。

 次の瞬間、凄まじい衝撃波が発生する。

 陸将補の体が軽々と数メートル吹き飛び、瓦礫に激突した。ズルズルと地面に降りたあと、彼は少し身動ぎしたが、やがて意識を手放した。

 

「これが、テメェらが言う彼岸花の一撃(リコリス・バレット)だ」

 

 カシャン、と左腕からカートリッジが排出された。

 

 

 

 

 α

 

 

 

 

 その後、〝アーチャー〟と〝ランサー〟から通信があり、全ての敵勢力を無力化したと報告が上がった。

 敵の拘束と手当をしている最中に千束たちとも合流でき、俺たちは撤収した。

 外に出れば、太陽が煌々と輝いていた。

 眩しくてつい目を細める。

 

「久しぶりの外の空気だ……」

「そこはシャバの空気って言わない?」

「映画じゃねぇんだぞ、千束」

 

 俺が呟くと千束とフキが言う。

 確かに今のはシャバって言えばよかったな、とは思ったけど。

 そんなどうでもいいことを思いながら、俺たちは先生とミズキが待つ拠点への向かう。

 突入したのが午前八時前。現在の時間は午後十五時。

 単純計算で約七時間以上地下鉄内にいて戦闘をしていたのだ。凄まじい身体的、精神的な疲労が一気に襲ってくる。

 

「よく無事だった、みんな」

「せんせ、疲れたよぉ」

「おい、先生だって疲れてんだぞ」

「フキ、お前も頑張ったな」

「……い、いえ、仕事ですから」

 

 先生のもとへ千束とフキが向かっていき、そんな騒がしい会話をする。俺はというと、すぐに特戦群の群長である柳さんに通信を行ったいた。

 

「──以上で、報告を終わります」

『わかった。このことはしっかり上へ叩きつけよう。……すまなかったな、心』

 

 柳さんが悔しさを押し殺したような声音で言う。

 

「あぁ。それだけで、死んだアイツらも許してくれるさ」

『……本当に、すまない』

 

 あぁ、本当にこの人は悔しかったんだろうな、と俺は思った。なぜなら、謝った直後に鼻をすするような音も返ってきたからだ。

 この人は、(こころ)から俺たち機械化部隊を心配してくれている。それだけで、俺たちには十分なのに。

 

「じゃ、今度みんなで焼肉行こうぜ。もちろん、柳さんの奢りで」

 

 俺がそう言えば、柳さんは涙声で笑う。

 

『あぁ、そうしよう。まかせろ、美味い店は沢山知ってるからな!』

 

 お願いします、と俺は言って通信を切った。

 その隣で、ミズキがなんとも言えない顔を俺に向けていた。

 

「なんだよ」

「いんや、辛そうな顔してるーって」

「あぁ。辛いよ、そら」

 

 副部隊長の伊達が──仲間が死んだんだ。そんなの、誰だって辛いし、悲しくもなる。

 それはリコリスも同じで、涙を流すサードリコリスが何人もいた。蛇ノ目や篝も悲痛な面持ちでバンに乗っていった。

 

「っていうか、アンタ! ちゃんと止血したんでしょうね!? 地面に血ぃ流れてってんぞ!」

「え? あ、ホントだ」

 

 湿っぽい雰囲気から一変、ミズキが馬鹿みたいに大きな声で叫んだ。ミズキに言われるまで気づかなかった俺は制服の上着とワイシャツの前を開き、ワセリンとテープを探す。

 

「なになに、なにごと?」

「ちょっと千束、手伝いなさい! コイツ、こんな血まみれで車乗ろうとしてたのよ!?」

 

 ミズキの大声で、先生のところにいた千束が寄ってくる。

 

「うるせ、気づかなかったんだから仕方ねぇだろ」

「えー? うわ、結構血ぃ出てんじゃん! ちょいちょい、わたしやるから心は黙ってて」

「いや、これくらい自分でなんとか──」

「いいから、動かない! 黙る!」

「……はい」

 

 千束にめっちゃキツい口調で言われ、俺は大人しくたっぷりとワセリンを塗られた。

 

「千束に弱いな、心は」

「うるさいぞ、先生」

 

 千束の後ろから先生が杖を突きながら歩いてくる。その隣にはフキの姿もあった。

 

「心、協力感謝する。またなにかあれば頼むと司令が言っていた」

「あぁ。ウチでできるなら受けよう。殺しなしでな」

「ったく、お前もかよ」

 

 俺の最後の一言で呆れたフキは俺たちから背を向けてリコリスたちが乗るバンヘ向かう。

 先生に挨拶をし、彼女はバンを運転していく。

 

「よし、これで大丈夫! あとは?」

「大丈夫だから、あとは自分でする。つか、顔が近い」

「いや、そんなことより応急処置が先でしょ」

「大丈夫だって言ってんだろ。助かったから、もういい」

 

 正直千束の顔を至近距離で見るのは俺の心臓がやばい。

 くそ、コイツ本当に顔がいい……。腹立つレベルで。

 俺は千束から体を背け、ワイシャツと上着を閉める。すると、後ろで彼女があー! と大きな声を出す。

 

「心! 左肩も撃たれてんぞー!」

「それはなんともないから、気にすんな。……だから顔が近ぇって言ってんだろ!?」

 

 左肩を抑え隠し、俺は彼女から距離をとる。

 

「照れてる場合じゃないでしょー? ほら、見せてみんしゃい!」

「やめろって言ってんだろ!?」

「二人ともうっさいわよ!! いいからさっさと車に乗れっての!」

 

 言い争う俺と千束に、キレたミズキが俺の背中をドッ、と押す。

 

「ぐおっ!?」

「ぐへっ!」

 

 後部座席に横たわるように詰め込められ、俺の上に千束も横に押し込まれた。

 

「さぁ帰るわよ〜」

「大丈夫か、二人とも」

 

 スッキリ、みたいな爽やかな声でミズキが車のエンジンを回す。助手席に座った先生は哀れなものを見るような目で俺たち二人を見やった。

 

「これが大丈夫なように見えるか、先生?」

「いや、すまん」

 

 そう言って先生は前に向き直った。

 とりあえず、上にいる千束を退かそう。傷が痛い。

 

「千束、退いて」

「んー、もうちょいこのまま」

「退け」

「えー、いい感じに寝れそうなのにぃ……」

「寝るな。傷が痛いから早く。ハーリー!」

 

 ちぇ、と千束がモゾモゾと動いて上から退いてくれる。俺もしっかり座り、痛む脇腹を押えた。

 店まで時間もあるし、寝よう。千束もすでにウトウトしてるし。

 俺は瞼を閉じ、眠りに入った。

 

 というか、気絶に近いな、と意識を手放す前にふと思った。

 

 

 

 

 β

 

 

 

 

 それぞれ手当を十分に済ませたあと、いつも通りに喫茶リコリコは営業を開始した。

 常連客が待ってましたとばかりに続けて来店し、カウンター、座敷にはいつもの席に常連客が座る。

 

「はい、お待たせしました。宇治金時パフェ」

「おぉ〜! 待ってしました!」

 

 心が黒い和服を着て、常連客の北村のテーブルにパフェを置く。

 

「心ー、そこの食器取ってちょうだい!」

「あいよ」

 

 厨房に戻るとミズキがそう言う。

 心が左手で指示された食器を取ると、

 

「あ」

 

 厨房の床にその食器が落ち、砕け散った。

 ガシャンと鳴り、ミズキだけでなく千束や先生、常連客たちも厨房を覗き見る。

 

「なに、珍しいじゃない。アンタが落とすなんて」

「あ、あぁ……そうだな。悪い」

 

 ミズキが怒らず、ただ珍しそうに心を見る。いつもなら悪態をつくものだが、それが心となると話は別だ。

 彼はもともと皿を割るなどといったミスはしない。それ故に、ミズキはこのことに驚きと珍しいという感情が勝った。

 

「悪い、少し奥に行く」

「いいわよ〜」

 

 彼女にひとこと言って、心は左手を押えて店の奥へ向かう。

 

「ちょ、ちょいちょい! しーん! 大丈夫なの〜?」

 

 奥に消えていく彼に、千束が追いかけた。

 

「千束! アンタまで行ったら接客どーすんのよ!?」

「ミズキが頑張っててー!」

「こ、こんのクソガキぃ……!」

 

 心のことを心配する常連客たちが千束とミズキのそんな会話を聞いて笑った。

 店の奥へ移動した心は左手を胸の前まで持っていく。すると、左手──左腕全体が酷く震えている。右手で抑えてやっと震えが収まった。

 

「心、大丈夫?」

 

 背中越しに、千束が心に声をかけた。

 

「大丈夫だ。少し疲れただけだから」

「いや、そんなので震えるわけないでしょ」

 

 千束のその赤い瞳は、彼の左腕に注がれている。

 

「ねぇ、病院行ったほうがいいって」

「あぁ、今度行く。だから心配すんな」

「絶対?」

「……絶対行くから」

 

 しっしっ、と千束を追い払い、心は苦笑いを浮かべる。

 どうしたものかと考えていると、次はミカが彼に近づいてきた。

 

「原因は、肩を撃たれたからか?」

 

 ミカの言葉に心が頷く。

 

「それもある。一番は、そんな状態でアレを撃ったからだろ」

「……カートリッジによる打撃の増幅、それに伴う衝撃波。やはり耐久性に難アリだな」

「あぁ。千束にも言われたし、病院行ってくるよ」

「そうしたほうがいい。そんな状態だと、マトモに仕事できそうにないしな」

 

 皿も割ったし、とミカが意地の悪い顔で笑う。心はバツが悪そうに視線を逸らした。

 店のカウンターへ戻ろうとするミカが、それと、と思い出したように振り向く。

 

「自衛隊の仕事はしばらく休め」

「……そうする」

 

 動けねぇし、と心は未だに震える左腕を笑いながらプラプラと振るう。

 

「千束! またアンタそんなもん作って!?」

「えー! いいじゃん。美味しいんだぞ、千束スペシャルは!」

「そんなこと聞いてねぇよ! ってどこ持ってくのアンタ!?」

 

 厨房がやたらうるさくなり、心は覗き込む。

 すると、千束が大きな彼女特製のパフェをこちらに持ってきていた。

 

「一緒に休憩と行こうぜ?」

「……アホめ」

 

 にひひ、と笑う彼女に、心は差し出されたスプーンを手に取った。

 

 

 





 今回でこの章は終わりです。
 次回は日常回や過去に触れていきます。お楽しみに。


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