心と千束が出掛けている頃、喫茶リコリコには客は居らず、ガランとしていた。
ミカは自らコーヒーを淹れ、ミズキは泥酔と書かれた酒をコップに注ぐ。
「はー、暇ね」
「そうだな」
ぐび、とミズキが酒を煽る。
「にしても、心のやつ、腕大丈夫なんでしょうね?」
「大丈夫さ。新しい腕を付け替えるだけだ」
「……新しい腕ねぇ」
精巧に作られた機械仕掛けの腕。普通の腕と遜色ないその腕は、黒く、各部品の連結部分は金色である。その上から、本人の皮膚の一部を培養して被せている。
そういえば、とミズキはミカを見た。
「アタシ、あんまり心のこと知らないんだけど。そもそもなんでアイツはオッサンが引き取ったのよ」
「……そうか、その辺は言ってなかったな」
ミカは大きな手で眼鏡の位置を直し、心が仕込んだおはぎを見つめた。
「電波塔事件の時だ。私が、あの子と初めて会ったのは」
懐かしむように、ミカは語り始める。
左腕、右脚、左眼を失った少年と出会った、あの日のことを。
α
その日、ミカは司令官としてDA本部で指揮を執っていた。
リコリスたちが電波塔に占拠するテロリストたちを制圧している最中に、とある人物から連絡を受けた。
目を見開いた。
その人物は、雪が降っていたあの日以降、音信不通だった者だったからだ。
内容は、電波塔周辺にいるひとりの子供の保護。しかし、ミカ自身は司令官として本部にいる。動けないと伝えたが、その人物の必死な願いにより、彼はその頼みを受けてしまった。
『頼んだよ、ミカ』
「……あぁ」
そう言ってミカは電話を切った。
そこから彼はDA本部の司令室から抜け出し、急いで電波塔周辺、その子供がいるとされる場所へ向かった。
「なっ……!?」
着いた場所は電波塔がよく見えるビルの屋上。ヘリポートがある場所だ。
そして、到着したミカが目にしたのは、左腕と右脚が欠損して血まみれの子供が、白衣を着た女性にしがみついて騒いでいる瞬間だった。
驚愕した。
子供が、それも、今もなお電波塔で戦う錦木千束と同じような歳の子供が、泣くのではなく、怒りを滲ませた雰囲気でなにかを訴えている。
「ほら、君が要求していた物が届いたぞ」
「っ!」
女性がそう言うと、子供がミカに振り向いた。
その顔を見て、彼は再び驚愕する。
左眼に傷を負っていた。おそらく、もうその眼は使い物にならないほどの。
「おじさん、早く持ってきたやつかして!」
「な、なにを……」
「いいから! はやく!」
残ったその
「早く、その子の言う通り貸してあげてくれ。面白いものが見れそうだ」
白衣を着た女性──花澤カリンがそう言い、ミカは戸惑いながらも肩に背負った物を下ろした。
長方形のアタッシュケースの中には、重さ約十二キロ、全長約一二〇センチほどの大きなライフルが入っている。
対物ライフル、バレットM82。
設備、車両を狙撃するために使用されるアンチマテリアル・ライフルだ。
「どうするつもりだ?」
「はぁっ……はぁっ……はやく、そこに置いて!」
「あ、あぁ」
凄まじい剣幕に押され、ミカは子供の言う通りに対物ライフルを指示された場所に置いた。
「
「なに!?」
無事な右手で電波塔を指さし、子供が言うとミカは不可解なものを見る目で子供と電波塔を交互に見やる。
確かに電波塔にはテロリストがいる。しかし、電波塔を破壊したら、テロリスト共々生き埋めになってしまう。そんなことをするのか、と彼は思った。
「それで落ちてくる岩? みたいなのを撃って!」
「……外壁と鉄骨を撃て、と言いたいのか。だが、流石にそれは」
高さ三三三メートルから落下する外壁と鉄骨を狙撃し、なおかつ破壊するのは至難の技だ。それに、どれを狙撃するのかわからない。
そんなもの、不可能に近い。
「撃たせてみればいいんじゃないか?」
カリンが後ろで愉快そうに笑う。
「何を言っているんだ! 子供が対物ライフルなんて撃てるはずがない!」
「反動はあなたが抑えてやればいい。照準、トリガーはこの子にやってもらう」
「そうは言ってもな……」
リコリスならば、対物ライフルを撃てるかもしれない。だがそれは、複数人での話だ。しかしこの場にはミカとカリン、そして件の子供しかいない。
「おじさん、はやく!」
仮設で着けられた義足で必死にミカに歩み寄り、子供が赤い眼で彼を見上げる。その赤い瞳が、錦木千束を彷彿とさせた。
「わかった」
渋々、ミカはその提案に頷いた。
血まみれの子供に簡単にだが銃の説明をし、伏せた状態にして、そこからミカが覆いかぶさった。
子供の耳には銃声から守るため、ヘッドセットを装着させる。
ひと通りの説明をし終わったあと、子供がハッ、とスコープから顔を上げた。
次の瞬間、電波塔が下から順に爆発した。
「おや、子供がひとり吹っ飛んだな」
「なに?」
双眼鏡で電波塔を見ていたカリンが呟く。
ミカもまた単眼鏡で確認する。すると、電波塔付近に横たわる赤い制服を着た少女がいた。
「……千束!」
ミカが喘いだ。
そして、その少女の上から外壁と鉄骨が降ってきていた。このままでは、鉄骨が彼女を押し潰すだろう。
「おじさん、撃つよ!」
焦燥感に駆られていると、自分の下からそんな声が聞こえた。
……まさか。
……この子は、あの外壁と鉄骨を撃つ気なのか!?
そう予想した瞬間、血まみれの子供がバレットM82の引き金を引いた。
ドンッ! と大きな銃声を響かせて、銃弾が東京の空を飛翔する。
「い゛っ……!」
対物ライフルの反動により、自身の下にいる子供が悲鳴を漏らした。完全には衝撃を吸収できなかったようだ。
それでも彼はその痛みに負けず、もう一射放った。
今度はミカも精一杯支える。
「まだ……!」
子供が呻く。
三度目の射撃が行われる。
「ま、だぁ!」
四度目、五度目、六度目とその弾丸は、赤い制服を身に纏う少女目掛けて落下する外壁と鉄骨に命中する。
九度目の射撃が行われた。まだ破壊されていない。
ミカの表情が歪む。
しかし、血まみれの子供は赤い眼をめいいっぱい開き、残り一発となったバレットの引き金を引いた。
「なっ……!?」
「ほう」
全弾命中し、最後の一発が当たった直後、鉄骨は割れ、外壁が剥がれ落ち、軌道が逸れた。
千束に落下するはずだった電波塔の外壁と鉄骨が、軌道が逸れて別のところへ落下した。
ミカは目を見開いて驚き、カリンは笑って拍手を送る。
「はぁ……はぁ……」
カチャリ、と子供が千束へ銃を──スコープを向けた。
「……これは」
「神からのギフト、だろうね」
ミカが呟くと、それに応えるようにカリンが口を開く。
「支援者が言うには、天啓の如き直感力、だそうだ」
直感力。
そんな言葉で片付けられるものではない、とミカは思った。アレは未来予知に匹敵するものだ。いや、だから天啓と形容したのか。
今もなお、スコープを覗き続ける子供──柾木心を見る。
「支援者から、この子に義肢装具を作ってくれと頼まれたからね。一旦こちらで預かる。そのあとのことは、あなたに任せるよ」
「……わかった」
カリンはそう言って心を連れて姿を消した。ミカもまた、気を失った千束を保護すべく、屋上から地上へ降りていった。
β
「それからしばらくして、心がウチにやってきた。アラン機関のチャームを首に提げてな」
ミカが懐かしみながらコーヒーを啜る。
思い出されるのは、欠損していた左腕と右脚、左眼が綺麗に戻っていた幼い心の姿。そしてなにより、あの日驚いたのは、赤い瞳をしていたはずの子供の瞳が黒色だったことだった。
ミズキに、自身とアラン機関との繋がりのことは伏せて話をすると、彼女はぐびぐびと酒を飲む。
「なるほどねぇ……アイツが妙に勘がいいのはそういうことか」
ミズキが思い出しているのは、閉店後のボードゲーム大会のことだろう。
心の戦績は常連客、店員の誰よりも高い。
「千束が探してる、助けてくれた人は心だったわけだけど……言わなくていいの?」
「心に任せるさ。アイツが決心した時に言えばいい」
「オッサンらしいわね〜」
子供の意思に任せる、それがミカらしくて、父親のようである。
「そっかそっか、そん時に心は千束に惚れちゃったのねー」
「ふっふっ、そうだな。否定しているが、アイツは顔に出やすい」
恋愛に関しては特に顔や耳に出る。無愛想な態度だが、それもこの四ヶ月でだいぶ軟化してきていた。
心を引き取ってから約八年、あの時ほどの直感力を目の当たりにしたことはないが、日常的にそれは働き続けている。
長距離狙撃の記録更新、一対多による近接格闘訓練はその直感力を鈍らせないためのものだ。
「心にとって、千束は生きる原動力だ」
「原動力って……そんな大袈裟ねぇ」
「大袈裟じゃないさ。本当だよ。……両親と自分すら失いかけたあの子には、生きる意味はなかった。それを、千束が変えた」
一目惚れというありふれたものだった。
しかしそれが、柾木心という少年の生きる力を突き動かした。
「それにしては
「何度も来ないかと誘ったさ。頑なに断ったのはアイツだ」
千束に会うために、心は己を鍛え上げた。ミカから狙撃や銃の基礎を学び、特殊作戦群に属してからはその群長に師事し、己の義肢のギミックを巧みに使いこなすように徹底的に訓練をした。
拳銃の腕だけは一切上がらなかったのは、本当に才能がなかったのだろう。それ以外は立派な戦士だとミカは思っている。
その鍛錬の仕上げも終わり、C.A.Rシステムを教えるため、千束に会わせるため、無理やり彼女に会わせた。あの時、千束が近くにいたのはミカが指示していたからだ。
果たして、千束に会わせて心は変わった。無愛想だった彼の顔には笑顔が増えたのだ。それが、ミカにはとても嬉しく思えた。
「たっだいまー!」
「帰ったぞー」
気づけば時間は夕方になっており、心と千束が帰ってきた。
「調子はどうだ?」
「おう、この通りバッチリだ」
心は左肩を回して調子がいいことをミカに見せる。
ニッ、と笑う彼に、ミカは微笑んだ。
「アンタらなにその量……」
「なにって、戦利ひ〜ん!」
「かぁぁ! 人が働いてんのにコイツらぁぁ!!」
「働いてって……酒飲んでるだけじゃんミズキ」
「僻むなよ」
「うっさいわね!!」
大量の買い物袋を持っている二人にミズキが僻みの声を上げた。
「にしても、ずいぶん買ったな?」
「あぁ。俺があまり私服持ってないから、前々から千束が誘ってくれてたんだ」
元々心の私服は、ミカが選んだものが多い。大人過ぎたり、逆に子供過ぎたりと極端なものだ。ストーカー事件の際、水川が選んだものが唯一中間と言ってもいい。
そんな彼の私服事情に千束が異議を唱えて、こうして大量の私服を購入したのだ。
「へへ、見て見てセンセ、心に買ってもらった〜♪」
「良かったじゃないか」
「心〜、アタシには?」
「あるわけないだろ」
千束が嬉しそうにミカに報告し、彼は微笑ましく思いながら返事を返す。それを見てミズキが心ににじり寄った。
「……ま、やっすいコップで酒飲んでるのもアレだし、一応買ってきたけど」
「お? マジ?」
「ほれ」
手渡される紙袋。
紙袋の中にはなにやら高そうな箱が入っている。
「ウチの群長の趣味しか知らんから、それで我慢しろ」
開けられた桐箱の中には、有田焼の黒いグラスが収められている。
「なに、槍でも振るわけ……?」
「世話になってんだし、その礼だ」
ポカン、と口を開けるミズキに、心はぶっきらぼうに言ってミカを見る。
「先生のはこれな」
「私にもか? ……お、おぉ、いいのか、心?」
ミカに手渡したものは、高めなジャケットとパンツ。昔着ていた白のジャケットは古くなったと話しているのを覚えていた心が、似たようなものを購入した。
「ん」
「ハハッ、ありがとう、心」
「……ん」
ふん、と鼻を鳴らした彼は更衣室へ向かっていった。
「あっ、しーん! アタシもありがとうねー!」
「んー」
雑な返事をして、心は更衣室の引き戸を閉めた。
ミカは目を細めて笑みを浮かべ、千束はニヤニヤと笑う。
「めっちゃ照れてたね、心」
「だろうな」
「にしても驚いたわ。あの子、こんなことする子だったのね」
いい趣味してんな、とミズキは貰ったグラスを眺めた。
少し経ってから千束はとある物を持って心がいる更衣室の引き戸をノックする。
「し〜ん、着替え終わった〜?」
「終わった」
引き戸が開かれ、出てくるのは黒い和服に身を包んだオレンジ髪の少年。
「ちょい屈んで」
「はぁ?」
「いいから」
彼女にそう言われ、心は大人しく従う。前髪をいじられている感覚に、少し耳を赤くした。
よし、と千束が言って心から離れる。
「おい、これ……」
「いいからいいから、ほら行くよ!」
見えていたオレンジ色の前髪が見えなくなり、手で探ろうとすると千束が強引にその手を取ってホールへ連れていく。
「じゃーん!」
「ぶっ!!」
「ふふっ」
ホールに連れてこられた心を見るなり、ミズキは酒を吹き出し、ミカは親のように微笑んだ。
その反応に、心はなんだなんだと二人を見る。
「おい、なんだこれ」
「ホイ鏡」
「あぁ。……って、おい千束! なんだよこりゃあ!」
千束に手鏡を渡され、彼が覗き込むと、そこには前髪をヘアゴムで縛られた自分の姿があった。
ぴょん、とちょんまげが作られており、どこかアホくさい。
心がヘラヘラと笑う千束を睨むと、彼女は目に浮かんだ涙を払う。
「だって心ってば、笑ったら可愛いのに前髪で台無しなんだもん。今度は美容院にも行くからね」
「可愛くねぇし別に行かなくていいし」
「い・き・ま・すぅ! 店の時はそのほうがいいよ。明るく見えるし」
「……ちっ」
うんうん、とミカとミズキが千束に同調した。
確かに、暗い、というか怖い印象のある店員は避けられるだろう。そう理解してしまった心は渋い表情になる。
「ほーら怖い顔しないの」
「わかったっての」
鼻を鳴らして厨房へ向かう彼を見て、千束は微笑みながら、自身も着替えるために更衣室へ向かった。
久しぶりのリコラジを聴けて嬉しいし、ミカ役のさかきさんのお話聞けて良かったですね。まだ聞いてないって方は是非聞くとミカをもっと好きになりますよ。
お気に入り登録数も300になりそうなので、これからも頑張るぞー!
感想、評価お待ちしてまぁす!