リコリス・バレット   作:倉崎あるちゅ

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Prologue
Prologue


 

 

 

 

 目覚まし時計が鳴り、朝早く起きた俺は、手早く身支度を済ませて家を出た。

 習慣になっている早朝のランニングは、最初のうちは厳しく()()に指導された。普段優しいくせに、訓練となると厳しい。

 一時間ほど経ってから家に帰り着き、家の鍵を開けようとすると、鍵が空回りした。

 

「……」

 

 はぁ、と俺は垂れてきた汗をタオルで拭う。

 玄関のドアを開けると、ダッダッダッとリビングから足音が聴こえてくる。

 

「おっかえり〜、(しん)!」

「……ただいま、千束(ちさと)

 

 リビングから飛び出てきたのは、赤い制服を着た満面の笑みを浮かべる白金色──正確には白なのだが──の髪をショートボブにした美少女、錦木(にしきぎ)千束(ちさと)

 彼女は、俺──柾木(まさき)(しん)が住む、平和な日本から犯罪を未然に防ぐ役目を全うするエージェント、リコリスである。

 

「ご飯できてるよ〜」

「あぁ、あんがと」

 

 目の前に置かれる美味しそうな朝食を見て、そんな素直な感謝の言葉が出てくる。

 

「いやあ、我ながら上手くいったなー。いただきまーす!」

 

 満足気に頷いてから、彼女は朝食をとっていく。俺も手を合わせて食べ始めた。

 目の前の少女、錦木千束がなぜこの家にいるのか。本来ならば隣に住んでいるのだが、とある事件をきっかけに入浴と睡眠以外は、甚だ遺憾だが彼女は俺の家に入り浸っているのだ。

 

 

 そのとある事件、というのが今から二ヶ月前ほど遡ることになる。

 

 

 

 

 α

 

 

 

 

 ダンッ、ダンッ、と普段使われていない少し古い訓練所内で銃声が鳴り響く。

 俺の手に握られているのは、アメリカ製のスプリングフィールドXDMというハンドガンだ。

 比較的新しいモデルであり、取り回し、マガジン内の弾数も前モデルよりも増えたということで使っている。

 

 ……のだが。

 

「……おぉ、全然当たってないな」

「うるせ」

 

 隣で見ていたガタイのいい和服を着た黒人男性が呆れたように言った。

 この人は、八年前、ある事件によって俺の両親が死んだ時に拾ってくれた恩人であり、父のような人だ。名前はミカ。女性のような名前だが、歴とした男性である。

 今は、この人による拳銃の射撃訓練を行っていたのだ。

 

「なんで狙ったとこに当たんないんだ……」

 

 そう、俺が撃った弾丸は綺麗に狙った箇所を外し、明後日の方向に着弾していたのである。

 

「まぁ、的に当たってないわけじゃない。最初の頃に比べたら大したもんだ」

「そりゃ、そうだけどさ」

 

 先生がハッハッハッ、と高く笑う。

 昔は的なんかに当たらず、拳銃の反動を制御できずに振り回されていた。それに比べたら確かに成長はしている。

 それでも、不満なわけで。

 

「んー、なんかこう、アレ」

「アレとかコレじゃわからんぞ」

「そうなんだけどさ。なんか違うんだよな、って」

 

 ハンドガンの構え方には種類がある。

 アイソセレスタンスという実銃における実戦やスピードシューティング競技で使われる現代の主流のものと、ウィーバースタンスという体を半身にした構え方。こちらはゲームなどに出てくる構え方だと思う。

 思う、ってのは俺があまりゲームをしないからだ。映画は見るんだけど。

 要するに、その二種類の構え方がしっくり来ないのだ。

 右眼で狙うのが難しいというか。

 

「そうは言ってもなぁ。方法があるにはあるが」

「じゃあ教えてくれよ、先生」

 

 んー、とチョコレート色の肌をした男が唸る。なにやら悩んでるみたいだけど、なにを考えているのか。

 

「心、お前は格闘術は大丈夫だったよな?」

「ん? あぁ。けど、格闘術はできても……」

「いやぁ、あるんだよな。そういうの」

「そういうのって?」

 

 だから、と先生はにんまり笑う。

 

「近接戦闘に特化した射撃だよ」

 

 それを聞いて俺は頬が引き攣った。

 

「ま、まってくれ。まさか……」

「そのまさかさ」

 

 そう言って先生は和服の袖に手を入れ、携帯を取りだした。慣れない手つきでスマホを操作してから耳に当てた。

 近接戦闘に特化した射撃、C.A.Rシステム。〝Center Axis Relock〟の略でそう呼ばれる。

 その射撃スタイルを使う人物を、俺は一方的にだが知っていた。

 八年前、旧電波塔で起きたあの事件で活躍した、たった一人でテロリストを制圧したと言われるリコリス。

 

「うぉぉ……!」

 

 頭を抱えてしゃがみ込む。ヘッドセットに覆われている耳が少し熱を帯び始めた。

 八年前に俺はスコープ越しに彼女と目が合った。当時は必死だったため距離なんて考えてなかったけど、おそらく距離は二キロほどあっただろう。そんな最中で俺と彼女はスコープ越しとはいえ出会った。

 それからは一切会うことはなかった。というより、先生から会わないか、と持ちかけられた時もあったが俺は全て断っていた。

 なんで、って……。

 

「……」

 

 めっっっっちゃ、顔が良かったんだよ!! 

 一種の一目惚れに近い。あの血のような赤い、瞳。アレは忘れられない。

 

「……錦木、千束」

 

 歴代最強と謳われるリコリス、それが彼女だ。

 彼女の名前を口にした時、とんとん、と後ろから肩を叩かれた。着けていたヘッドセットを外して後ろを向くと、

 

「えーと、呼んだ?」

 

 顔のいい少女が、そこにいた。

 

「……は?」

 

 あまりに急すぎて頭がフリーズした。同時に顔も凍りついているだろう。

 まて、まてまて。なんでこんなに急に目の前に現れた? 先生が電話してからそんなに時間は経ってないぞ。

 バッ、と先生を見ると、苦笑いを浮かべて頭を掻いていた。

 

「すまん、なんか近かったみたい」

 

 こんの、メガネ……!! 

 ヘッドロックをかましてやろうかと思ったが、身長的に届かないし、体格も相まって掛けられない。

 

「千束、彼が柾木心だ。ほら、話したことあるだろ? 昔保護した男の子のこと」

「あー! その子かー! わたしは錦木千束、よろしくね。あっ! 敬語とか気使わなくてもいいから」

 

 ぱん、と手を合わせた彼女は微笑みを浮かべて俺へ手を差し伸べた。

 未だ頭の整理ができていない状態で、俺はその白い手をとった。

 

「……柾木心だ。アンタのことは先生から聞いてる」

「おー、君も先生って呼ぶんだ。一緒だ」

 

 うひひ、と笑う。

 なに、めっちゃ可愛い笑い方するじゃん。

 

「で、先生、わたし呼ばれた理由はー?」

「あぁ。心にC.A.Rを教えてやってくれ。私でもいいが、千束の方が的確だろう」

「おっけ〜! じゃ、心いくよー」

「は? え、どこに」

「訓練所」

 

 彼女にがしりと腕を組まれ、俺は一切抵抗できずに引き摺られるようにして射撃訓練所を出た。

 

 

 

「はぁっ、はぁっ……!」

 

 防弾チョッキを着て、彼女は防弾性のある赤いリコリスの制服を着て、ペイント弾を用いたC.A.Rシステムの訓練は苛烈に進んでいった。

 最初こそ実銃で構えを覚え、そこからある程度的に当たり始めるまで撃ち続けた。それからはペイント弾を用いた模擬戦。

 現在、俺の息は荒れに荒れて、全身に汗をかいて床に体を投げ出していた。

 

「んー、初めてでこれ程とはね〜。筋いいじゃん!」

 

 俺の相手をしていた歴代最強のリコリス様は嬉しそうに飛び跳ねている。動きがやかましい。あと、下着見えそうになるからやめて欲しい。

 

 ──とんでもなかった。

 

 八年前の事件でわかりきっていたことだったが、彼女の戦闘能力は化物レベルだ。

 こちらが撃った弾は()()()()尽く避けられ、当たることはなかった。結構頑張ったと思うのだが、汗ひとつすらかいてないのが些か腹立たしい。

 

「おーい、大丈夫か、心?」

「これっ……が、大丈、夫に……はぁっ、見えるか先生……っ?」

「ダメだなこりゃ」

 

 荒々しく息をする俺を見て、先生はポリポリと頬を掻く。

 

「千束、やりすぎだぞ」

「いやぁ、楽しくなっちゃってつい……」

 

 えへえへ、と彼女は緩く笑う。

 他の奴がそんな笑い方をしていたら腹が立つかもしれないが、俺の傍で立っている彼女がすると可愛らしく見えるのは何故だろうか。

 そんなことを考えていると、彼女が俺のすぐ傍でしゃがんだ。

 

「心はすごいよ、わたしに一発当てたんだからね」

「……そう思うことにしとく」

 

 額に張り付く髪の毛を掻きあげ、ゆっくり深呼吸をした。

 

「これから心に、この千束さんがバッチリ教えてあげるから」

「お手柔らかに頼みたいな……」

「のんのん! 厳しく行くからね〜」

 

 勘弁してくれ。

 これに加えてCQBの強化訓練も追加されるのだ。体がいくつあっても足りない。

 初弾を当てたのだって偶然なのだ。それなのに、あんなにはしゃぐなんて。

 未だに床に寝転がっている俺に、彼女は銃床で俺の頬を突いてくる。

 

「……わかった。すぐに向かわせる」

 

 ふと、先生が電話をしていることに気づいた。

 

「千束、すまんが急な仕事だ。心をいじめるのはまた後日にして、すぐに現場に向かってくれ」

「えぇー、せっかくテンション上がってきたのにぃ」

「仕方ないだろう。犯人を捕縛するのが目的なんだ。千束以外誰がいる」

「まー、そうだけどね」

 

 不満気な彼女に先生は若干申し訳なさそうだった。

 こちらから呼び出しておいて、すぐに現場に向かえ、は確かに申し訳ないだろう。彼女の不満も尚更だ。

 

「あ、でもわたし、今日徒歩だよ?」

「その点は大丈夫だ。心、バイク出してくれ」

「……へいへい」

 

 先生にそう言われ、俺は疲労している体に鞭を打ってムクリと起き上がった。

 俺は彼女に目をやる。

 

「出口で待っててくれ」

「え、うん」

 

 唖然とする彼女を置いていき、俺はバイクを停めている駐車場まで走り出した。

 

 

 

 

 β

 

 

 

 

 心がバイクを取りに行き、千束とミカが訓練所に取り残された。彼の背中を見送った千束は唖然としながら、先生と慕う男に話しかける。

 

「ね、先生。心ってリコリスなわけないよね?」

「そうだ。一応私の助手だが、書類上は、陸上自衛隊の特戦群でな。自由度はリコリスとあんまり変わらないさ」

「うわぁお、特戦群かぁ。そりゃああんなに強いわけだ!」

「にしても、驚いたぞ。まさかお前が一発貰うなんてな」

「あ、それね。うん。わたしも驚いたな」

 

 あはは、と笑うミカに対して、千束はその赤い目を細めた。

 

「わたしの動きを読まれた気がしたな」

「……まぁ、そういうこともあるだろう。それに、その後はそれも込みで避けただろ?」

「まぁね〜。けど、心のあの読みはわたしといい勝負するよ」

 

 千束の心に対するその評価に、ミカは息を飲む。

 

「まるで、わたしの動きを見たことあるみたいな……」

 

 ボソリと彼女が独りごちる。

 

「それより千束、そろそろ行った方がいいんじゃないか?」

「あぁっ!? そうだった!」

 

 考え込む千束にミカが声をかけると、彼女はぎょっとして急いでいつも背負っているカバンを背負った。

 

 

 

 

 γ

 

 

 

 

「ひゃっほおぉぉい!!」

「暴れるな、アホ」

 

 黒い大型二輪で道路を走行中、後ろに座った彼女が子供のように──子供なのだが──はしゃぐ。

 やめてくれ、車体が揺れる。

 

「いやぁ、バイクカッコイイし大きいのに速くてテンション上がるよー!」

「はいはい」

 

 仕事はすでに終わらせてきた。

 圧巻だった。補助として俺もついて行ったが、俺なんて必要ないくらい、今、俺の後ろに座る最強のリコリス様は素早く犯人たちを捕縛していった。

 

 

 平和で安全。

 法治国家日本。首都・東京には危険などない。

 社会の平穏を乱す者の存在を、消して、消して、消して。

 

 それを作るのが彼女たち、リコリスの役目、らしい。

 

 

「ねぇ心! もっとスピード出そうよ!」

「それ警察に捕まるんたけど」

「いいから、ね!」

「……はぁ」

 

 グンッ、とバイクのスピードを上げると、彼女は歓声をあげた。

 

「そうだ、心」

「ん?」

「わたしのこと呼んでみて」

「……」

「ねぇ」

「錦木」

 

 はぁ、と彼女がため息をつく。

 

「硬いから名前で呼んで」

「えぇ……」

 

 なにわがまま言ってんだ。ただでさえ距離が近いのだから俺はもう限界なんだ。名前なんて呼べない。

 

「ちぇ、まいいや」

「……このまま家に帰ってもいいみたいだし、送ってくけど」

「あ、じゃあ寄るところあるんだ」

「じゃあ教えて」

 

 にひひ、と彼女が笑う。走行中だというのに少しくすぐったい気がした。

 

 

「喫茶リコリコってところ!」

 

 

 





 アニメ放送されてからずっと書いてたものです。
 気力が続けば一週間に一度、アニメの放送日に更新していきます。


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