破滅フラグしかない悪役国家に転生してしまった… 作:ハンバーグ男爵
連休中に投稿する目標達成
賢いキャラしんどい
「ラナーに会って欲しいの」
王国で諜報活動を初めてしばらく、ラキュースが持ち出してきた話題に私は内心顔を顰めていました。
ラナー、とはラキュースの親友にして王国第三王女。
本名ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。
彼女の過去の功績として奴隷制度の廃止がありますが、これは普段滅多に我儘を言わない彼女が涙ながらに国王に泣きついて訴えた結果です。他にも公道整備など国民の為にちまちまとした努力も垣間見えますが、殆どが汚職貴族達のお小遣いに横領されて途中辞めになっている状況ですね。
花のような笑顔とあどけない仕草、そして民を想う心はその容姿も相まって天使のような天真爛漫お姫様。
見た目は完璧なんですわよね、ええ。
見 た 目 だ け は
以前にもお話したとおり、彼女は原作においてこの国の滅亡に最も関わる重要人物であり、王国崩壊の影の立役者です。
アニメだって印象に残ってます、4期最終話の唐突に全力笑顔で歌い出す彼女には前世の私、戦慄致しました。
シン〇ォギアを彷彿とさせましたわね。作風は熱血バトルとかけ離れてますけど。
そんな彼女を表現するなら『天才』という言葉以外で言い表せません。
原作でも暗号の即時解読やメイド達の立ち話を分析して貴族達の関係を把握など、その片鱗を垣間見せておりました。
ナザリック転移後からはいち早く知恵者2人に見出され、裏で国家転覆を画策。
情報を流し王国を好き放題荒らさせた挙句首都を壊滅(本当は緩やかに自滅させるつもりだったらしいですが、
その後は自身を
うん、クッッッソ物騒な女ですわね!
ていうかどうして我々の存在がバレちゃったんでしょう、王城内には意図的に水明を配置してませんし、だとしたら彼女は又聞きの更に又聞きで得た情報を纏めて存在を突き止めたのかしら?
チートですわチート!
1を見て「1」と答えるのが凡人だとするならば、彼女は1000まで答えてみせるでしょう。何故そうなったかひとつひとつ丁寧な説明付きで。
それが誰にも理解されないから彼女は王国から、人類から浮いていた。
一見天真爛漫に見える彼女の根底にあるのは無能過ぎる周りの人間への失望と、その中で唯一眩しく輝くクライムという男の子の存在のみ、それ以外は全て等しくゴミなのです。
ともすれば人格破綻者、本職の悪魔をして「精神の異形種」とまでいわしめる彼女の心の闇はもはや払拭不可能でしょう。
もっと幼少の頃に出会っていれば或いは…いえ、そうなっているものは仕方ありませんね。大体法国の田舎領主と王国第三王女じゃ接点なんて作れるわけねーですし。
そんな彼女への接触なのですが…
正直会いたくありません。
個人的な感想を述べるならば、後に王国を滅ぼす爆弾になり得る存在にわざわざ干渉する必要性を感じないのです。
というか私の八本指壊滅プランにラナーの協力は不要でした。
組織の居場所は水明の皆様と《天上天下》が居れば直ぐに特定可能ですし、妨害手段も《占星千里》ちゃんのサポートで万全。原作知識もあって彼等の首魁が一堂に集まる会合のタイミングも想像出来ます。あとは各栽培所の裏取りを済ませるだけでしたから。
そこにあの天才が介入して八本指が予想外の動きをしてきたら流石の私も今度こそチャート完全崩壊してリセ確定です、人生にリセットボタンなんてありませんけど!
それと、私が少し感情的になっているのもあるのでしょう。
原作を思い起こしてみて下さい。国が腐りきっているとはいえ、彼女はなんの逡巡もなく自ら進んで異形に取り入ってゲヘナを誘導し、数万人単位の人間を文字通り餌にしました。
八本指という犯罪者集団ならまだしも、何の罪もない女子供まで巻き込んで彼等に捧げた。その行先が人喰いの怪物たちの食欲を満たすためだけの趣向品になると彼女なら容易に想像できるでしょうに。
それもこれも全て「たった一人の
その行いは人類にとって充分裏切りと呼ぶに足り、愚物と名高い第一王子より余程残虐な殺人犯です。警戒するなという方が無理でしょう。
規模は異なりますが同じ民を束ねる者としてどうしても嫌悪感を拭えません。
まあこの情報と感情は正真正銘『神』視点である読者であった私にしか持てないものであり、仮に知識を持たずこの世界に生まれていれば彼女の純朴な演技にホイホイ騙されてラキュースに続く優秀な駒扱いになってたんでしょうが…
「この関係は他言無用だとお伝えしたはずですが?」
笑顔のままちょっと非難を込めて軽く睨んでみるとラキュースはバツの悪そうな顔をして目を逸らし、言い訳を述べてきました。
「うぅ……それは本当に申し訳ないのだけど…
日に日にラナーにやんわりと問い詰められてて…
あの子勘が鋭いから私が何か隠してる事に気付いてるわ」
「それは単にラキュース様が態度に出やすいだけでは?」
「うぐッ!?…返す言葉も無い…です…」
「はぁ、貴女が隠密や欺瞞に向いていない事はよく分かりましたわ」
ラキュース、嘘つくの下手そうですもんね。
良く言えば誠実なのでしょうけど、貴族特有の腹の中を探るような騙し合いとか彼女には向いていないです。だからアインドラ家の人間は貴族の癖してアウトロー多いんでしょうか。たしか叔父のアズス様も冒険者でしたっけ。
「捨てられた仔犬みたいな顔するのはお止めなさい。
分かりました、本来ならラナー姫を巻き込みたくはなかったのですが怪しまれているのなら仕方ありません」
「お目通りさせて頂きましょう、入城手段は其方で工面して下さいね。
言っておきますが一般人が突然王城に入ったと知られれば少なからず他の者から怪しまれるでしょうし、リスクが大き過ぎます。
怪しんだ貴族の誰かが八本指に繋がっていればそれだけで我々は詰み。
そうなれば程なく私は
「…!分かってる、これ以上ボロは出さないわ。
ラナーにもきつく言っておくから」
ちょっと脅しも掛けましたし、これでなんとか約束は守って貰いましょう。
ボロを出さないって、私にも言えるんですよねえ…
あぁ〜ラナーの前で迂闊な事言わないか気が気でないですわ〜
数日後、王城リ・エスティーゼ内にて
掃除の行き届いた石畳の廊下を歩くのはアインドラ家令嬢、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。
本日はいつもの冒険者としてではなく、貴族としての装いで登場だ。
彼女がこの城に住まう第三王女と懇意にしているのは皆の知るところであるが、城内ですれ違う使用人達はその後ろを歩く見慣れない人物に首を傾げていた。
海の底に似た深い蒼色の長髪に瓶底メガネが特徴の女性がそわそわとラキュースの後ろを着いて歩いている。
時折あちらこちらへキョロキョロと視線を動かし、目の合った使用人にギクリと身体を震わせると、ぎこちなく会釈を返してくる。随分王城慣れしていないその仕草に一部のメイド達は「お上りさんが来たのかしら?」と揶揄うように隠れて笑った。
城へ入場を許されたという事は怪しい人物では無いようだが…
普段の彼女とは全く違う、あまりの挙動不審ぶりに見かねたラキュースは歩を進めながらもレイラに問う。
「レイ…ン、別にそこまで緊張しなくてもいいのよ?」
「そそそ…そうは言いましてもねラキュース様。
いきなり王国のお姫様が私にお会いしたいだとか言われても、私しがない田舎の魔法学者ですしおすし…
こういうキラキラした場所は身分に合わないといいますかね…」
「(おすし…?)
それでもラナーが見込んだ優秀な魔法詠唱者なんだからシャキっとなさい」
軽く背を叩かれて思わず背筋が伸びる。
いまだオロオロする彼女を連れて、ラキュースはラナーの居る私室へと向かった。
(こ、こんな感じでいいのかしら?)
(バッチリですラキュース様、このまま演技に付き合って下さいませ。
私はレイン、法国のしがない魔法学者。
出版した魔法論文が偶然ラナー姫のお眼鏡に留まり話をしたくて友人であるラキュースを使って王城にお呼ばれした田舎者です。
貴女は都会慣れしていない私に呆れながら緩慢な雰囲気を出しつつ演技して周囲の警戒を緩める!
ハイ復唱!)
(私は都会慣れしてないレイラ「レインです」…レインに呆れながら緩慢な雰囲気を出しつつ演技して周囲の警戒を緩めるのが役目…
コレって本当に意味あるの!?)
(勿論ですとも!
潜入任務の基本は与えられた役になりきること。
まず、この城には八本指の息のかかった使用人が居ると見て間違いありません。
こうする事で「コイツ大した事ねえな」と相手から舐められる、すなわち取るに足らない客人であるという第一印象を持たれる事が重要なのですラキュース様)
(急に早口!!)
お忘れの方も多いと思うが、レイラは法国特殊部隊所属の現役隊員お嬢様である。
その戦闘スタイルと魔法の性質上、広域殲滅や制圧戦に投入されがちなバリバリ武闘派の彼女であるが、これまでの任務で何度も身分を偽り他国へ潜入、調査も行った。
本職の水明聖典には劣るがそれなりに経験も豊富で演技に自信もある。
そんな彼女は今回王城に招かれる折、極力周囲に怪しまれないよう「レイン」の名を使い、ラキュースと共に潜入した。
(周囲に溶け込む為に与えられた“役”を被るのです。
聞けばラキュース様はお持ちの魔剣キリネイラムの中に潜むもう1つの人格と戦っているのだとか)
(え''っ、何故それを…)
(法国の諜報能力に不可能はありません。
夜な夜な部屋で独り魔剣に語り掛けながら己と対峙していらっしゃるのでしょう?)
(そ、そう…ね。間違いないわ…うん)
(演技の基本は思い込み、すなわち精神力です。
魔剣の闇を覆すほどの克己力をお持ちなら役を被るくらい朝飯前でしょう?
ホラ前から貴族が来ますよ、演技演技)
(そ、そうね…魔剣の闇なんかで私の精神は揺るぎはしない…だから演技くらい余裕よ、余裕…)
向かいからやって来た貴族に訝しげな視線を向けられながらも二人は進む。
因みに通りすがりに別の貴族から「平民を王城に連れ込むとはどういう事か」とか「アインドラ家は常識がなってない」的ないつもの嫌味を言われたりしたが、ラナーの客人である事や魔法学者である事を説明しなんとか事なきを得た。
どうやら貴族達は基本的にラナーとは関わりたくないらしい。
「今の貴族達、内一人はリットン伯でしたね。
六大貴族の1人でしたか」
「…もう何言い当てられても驚かないからね。
そう、第一王子を国王に推薦してる貴族派の一人よ」
「噂に違わぬ横柄な方でしたねぇ」
「ええ、又聞きしただけでも重税や無理な徴兵が祟って領民の支持は最悪よ。
ほんと、一体何処まで知ってるの。貴女の国は…」
「うふふふふ、ご想像にお任せします」
本当は六大貴族全員の本家と分派の家族構成から人間関係、果てはトイレに入る時間帯までほぼ全て把握しているのだが、敢えて口には出さないレイラ。
貴族の癖して揃いも揃って諜報員が容易に潜伏できるほど警備がザルなのが悪い。法国と王国の防犯意識は既に三世代ほど離れていた、無論遅れているのは王国のほうだ。
廊下に誰も居ないことを把握してからそんな会話を繰り返し、遂にラナーの私室の前までやって来た。
ラキュースが扉脇に控える騎士に伝え暫くすると、「どうぞ」と鈴の鳴るかのような声が扉越しに響く。
入室を促され、部屋に入るとそこには麗しい姫君が数人のメイドを従えて座っていた。
「ようこそラキュース、そして学者さん。
どうぞ座って下さいな」
部屋にはキャリーテーブルを押しお菓子とお茶を用意するメイドが3人、そして背後に幼さの残る白鎧の騎士が1人。
ラキュースは慣れた仕草で、レイラもといレインはオドオドしながらも席に着き差し出された紅茶に舌鼓をうつ。
「ほ、本日はお招き頂き誠にありがとうございます。姫殿下におかれましてはお日柄もよく…」
「ふふふっ、堅苦しくしないで結構です。
わざわざお呼び立てしてごめんなさいねレイン様」
「こ、光栄です」
「貴女が書いたこの本、素晴らしくってどうしても御本人とお話がしてみたかったの。ラキュースも我儘を聞いてくれてありがとう」
「いいのよ、親友じゃない」
「今日は沢山お喋りしましょうね。
お茶のお代わりとケーキを用意して下さる?」
「承知致しました、姫様」
レインの著書を手にキラキラとした笑顔を向けるラナー。
テキパキとメイド達が茶菓子を用意し、お茶会は始まった。
話は終始レイン著書の魔法理論がメインで、ラナーが疑問を呈する所にレインが学者特有の早口で解説を挟みながらそれに答えるの繰り返し。
彼女達が賢いのもあり、専門的な話題が次々と繰り広げられていく。
傍から見れば訳分からん会話を繰り広げられ眠くなってくるだろう。
それを目ざとく察したのか、暫く話した後ラナーはお付の騎士を残してメイド達に持ち場に戻るよう伝える事にした。
何もせずただ突っ立っていられるのもメイド慣れしていないレインが落ち着かないし、この後もひたすら喋るだけだ、なら別の仕事を片付けていて欲しいと諭され「必要であればまたお呼びください」と言葉を残しメイドは部屋を去っていく。
これで“人払い”は完了だ。
ラナーの視線に察したのか、ラキュースはイビルアイより借り受けポケットに忍ばせていたマジックアイテムを起動する。
周囲の音を消し、盗聴を阻害する優れものだ。
「………これで宜しかったでしょうか」
「自然な導入誠に感謝申し上げますラナー様。
私とラキュース様ではメイド達の警戒を解くのにも限界がありましたから」
レインの雰囲気がガラリと変わる、もうそこには「都会慣れしていない人見知りの田舎学者」の姿などない。
演技の時間は終わったのだ。
「貴女が此処に残したということは、其方の騎士様にもご納得のうえ同席して頂いているととらえて宜しいですね?」
「はい、彼は私が最も信頼する騎士です。
ね?クライム」
「はっ!
この鎧に誓い、この部屋で起こる一切の出来事は他言致しません」
クライム、そう呼ばれた騎士はいっそう背筋を伸ばし、身の丈に見合わない程高価なその鎧の胸に拳を当てながら強く誓う。
その若すぎる故にまっすぐな瞳は充分信用に足るものだった。
「よろしい、では改めて。
ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ第三王女殿下、お初にお目に掛かります。
私はこの度スレイン法国より犯罪組織八本指の壊滅、及び市井に蔓延る麻薬の撲滅を目的とし、勅命を仰せつかる部隊の指揮を務めさせて頂いております。
立場上本名は名乗れませんのでここでは引き続き“レイン”とお呼びくださいませ」
瓶底メガネの向こうでくすんだ瞳が微笑むと、ラナーも姿勢を正し頷く。
「ラキュース様とは縁あって、かねてより協力者として情報提供をして頂いておりました。
無論、仕事以外で余計な情報は得ておりませんのでご安心を」
「なんとなくそんな気はしてました。
だってラキュースったら、あからさまに態度に出るんですもの。
お茶に誘っても露骨に断ってみたり、何かと挙動不審で寂しかったわ」
「うぅ…それは……ごめんなさい…」
バツの悪そうに俯く彼女に悪戯っぽくラナーは笑う。
「けれどこうして貴女から接触して頂けたということは、少なくとも今は味方という判断でよいのですね?」
レインとラナーの微笑みが交差する。
語らずとも答えは伝わったようだ。
「《天上天下》」
「此処に」
ずるりとレインの影から現れる人影に思わずラキュースは驚き、クライムは驚愕と共に思わず姫を守らんと腰の剣に手を掛けた。
それをラナーは視線で制し、ことの成り行きを見守り続ける。
「ラナー様、先程出て行ったメイドは皆貴族家出身で間違いありませんね?」
「はい、紅茶を入れていた栗毛の方が一番の古株でボウロロープ家の侍女でした」
「《天上天下》、彼女を尾行しなさい。
人気のない場所で誰かと話すかもしれません、怪しい仕草をとれば報告を」
「御意」
とぷん、と一瞬で《天上天下》が影に沈み、黒が一瞬蠢くとそれっきり動かなくなった。彼女の指令通り早速出て行ったのだろう。
「…彼女は“クロ”でしょうか」
「本人がそうでなくとも分派のひとつが関わっている可能性がありますので」
「そう…残念ね」
「監視役、という事なのでしょう。
余程貴女が恐ろしいのですね」
ラナーは悲しそうな表情で俯く。
普段自分の世話を焼くメイド達の中にすら犯罪組織の片棒を担ぐ者が居る、そう察し悲しい事実にラキュースだって心が痛んだ。
「恐ろしいだなんて、そんなつもりはないのだけど」
「いいえ、恐らくこの城で唯一、心から犯罪組織の蛮行を止めようとお考えなのは貴女一人です、ラナー様。
殆どの権力者は彼等の垂らす甘い蜜を啜るために尻尾を振るか我が身可愛さに知らぬ存ぜぬを突き通すでしょう。
そんな貴女が疎ましいのですね、でなければ侍女すら監視に付けるまで神経質になりません」
八本指は最早王国を裏で操れるほどの巨大な組織として確立してしまっている。
権力の掌握は勿論、王城に堂々と間者を忍ばせる程連中の力は広く大きくなってしまった。
その魔の手は王のみならず、継承権を持った子供達にまで及ぼうとしている。それを阻むラナーは邪魔になるだろう。
彼女が慈悲深い姫君であり、民を想う政策を次々と提案し採決されているのは皆の知るところだ。最近では国内における奴隷の廃止案などが挙げられるが、それも八本指が彼女への警戒を強める一助となってしまった。
「ですので我々が接触すれば少なからず御身に危険が及ぶ、そう判断し敢えて計画から外したうえで事を構えておりました」
「そう…ね。
ごめんなさい、余計な手間を掛けさせて」
「いえ、むしろ僥倖でしょう。
どの道八本指は王国貴族の中まで深く根付いておりますし、御身に危険が及ぶ可能性をふまえればこうして真に迫ったお話をさせて頂いた方がいざという時護衛もしやすいので」
“いざ”というのは彼女が考える最悪のケース。
八本指が強硬手段に及んだ時、ラナーが直接的な危害を被る場合である。
その整った容姿から「国の至宝」とまで呼ばれる彼女が悪漢共に襲われてしえば、ただで殺されるはずが無い。
如何に警戒しているとしても同性としてそのような蛮行を許すほどレインは人の心を捨ててはいなかった。
「ご安心下さい。
作戦行動中、御身の安全は我々が保証致します」
「ありがとう、貴女がそう言って下さるのなら安心ね」
安堵の表情を浮かべるラナーにレインも笑みで応え、話題は八本指に移った。
組織形態の確認、各部門の来歴と国内各所に散らばった関係機関の位置、彼等の悪行に加担する権力者に目星を付け動向を注視している事。
国内の内情をよく知るラナーは彼女なりの推論と考察をレインに言って聞かせ、諜報で得た情報と統合して一つ一つ事実に最も近い可能性を積み上げていく。
重要人物、組織内の派閥の有無、麻薬の栽培地まで詳らかに。
話が終わる頃には取り出した地図とメモ用紙が付箋と殴り書きでいっぱいになるほどに埋め尽くされていた。
「ふう、こんな所でしょうか」
「ええ、とても有意義な時間をありがとうございますラナー様。
貴女のおかげで随分と早く事が進みそうです」
涼しい顔で笑い合う2人だが、周りで眺めていたラキュースとクライムは慣れない頭脳労働で疲労困憊である。
「というかラナー、貴女凄いわね。
いつもと雰囲気も全然違うし、とても頼もしいわ」
「何を言うのラキュース、普段能天気な私だって国の危機だってことくらい分かるわ。
だから今は本気モードなの!」
ふんすっ!と胸を張ってみせる彼女に呆れ混じりでラキュースは微笑む。
「流石はラナー様です!」とお付の騎士は誇らしげに語るし、尻尾振ってる犬みたいだ。
「改めて、本日は貴重なお時間を割いて頂き誠にありがとうございました。
共有して頂いた情報は有効に利用させていただきます」
「ええ、力になれたのなら幸いだわ。
私は立場ばかり大きい非力な女だけど、国の為なら全力を尽くさせていただきます」
「ふふふ、非力だなんてご冗談を」
一通りの書類を鞄へしまい込み、レインはラナーへ感謝の意を示す。
そうして徐に懐から小さな砂時計を取り出すとごく自然な仕草でそれを逆さまにし、目の前へ置く。
「ああ、それと最後に」
「?ええ、なんでしょう」
ぴん、と。
時が張り詰めた。
「そろそろ“それ”、止めて頂いて結構ですよ」
「はい?」
愛想の良い笑みを崩さず、まるで意味が分からないといった様子で首を傾げるラナー。
そんな彼女にもう一度、冷たく言い放つ。
「その気色悪い演技をお止めなさい。
貴女ほどの知恵者が、まさか二度も言わないと分かりませんか?」
その語彙は強い、有無を言わさぬ強制力があった。
見回せば周囲から2人以外の色が消え、背後に侍るクライムも隣に座るラキュースも静止したまま動かない。まるで時が止まってしまったかのように。
それを正しく理解し、いち早く現状に順応したラナーの判断は流石といえる。
その顔から一瞬で先程までのたおやかな笑みは消え、浮かべた能面のような表情は一切の感情を写さなくなった。
「素直でよろしい
ここでの会話は我々以外に漏れることはありません、これで安心して本音で話せますわね」
レインが指先で撫でる砂時計。
出発前にルーファスから直々に賜ったユグドラシルアイテムであり、対象者を空間ごと隔絶し中身の砂が流れている間のみ「攻撃も罠も行えない完全対話用の空間」を作り出すことができる。
盗聴盗撮はもちろん、内部で起きた出来事に対する録音なども全てシャットアウトするユグドラシル内でも稀有な
…ただし、当の本人にはレアリティも何も知らされていないまま「内緒話する為のアイテム」くらいのノリで“がんばー”と無表情でサムズアップするルーファスから渡されているが。
「さてと…
この空間でなら身分を偽る必要もありませんし、自己紹介を致しましょう。
初めましてラナー様、私はスレイン法国漆黒聖典第13席次、コードネーム《獄界絶凍》と申します。
お会いできて光栄ですわ、ラナー様」
「…本名は教えて下さらないのですね」
「ええ、呪い避けなど諸々の事情がありますから」
「どうして私の今までが演技だと?」
「企業秘密です♪」
そう答えレインは眼鏡を外す。
その仕草は先程までの堅苦しい“レイン”ではなく、潜入の為にオドオドした演技をしていた“レイン”でもない。
信念に裏打ちされた自信と洗練された上流階級の者がとる優雅な振る舞い。纏う強者の風格は戦闘知識皆無のラナーでも分かるほど濃密で、研ぎ澄まされたもの。
掛けられていた変装魔法が解かれ、青髪のレインから銀髪のレイラへと変貌したがラナーはさして驚いていないようだ。
「竜王国に派遣された『銀の戦女神』様にこんな所でお目にかかれるなんて光栄です」
「流石の洞察力、やはり貴女はとても賢い」
平和ボケした王国にも竜王国の噂は伝わっている。
だがそれはあくまで噂でしかなく、日夜相手を追い落とすことしか考えていない貴族たちにとってはどうでも良い話だ。
ラナーも勿論過去に会ったことなど一度もない。
行商人伝いで集まる市井の噂を更に又聞きで話していたメイドの話から掻い摘んで、想像上の人物だった戦女神をレイラに重ねる事で確信し答えとした。
「それで、本日はどういったご要件でしょう。
わざわざ友人を使って私を呼び出し、リスクを冒して王城まで連れて来た。
それがどれほど八本指を刺激しかねない危険な行いか、聡明な貴女なら初めから気づいておいででしょう?」
「はい、それは重々承知しております。
ですが一国の姫として貴女方の真意を探らせて頂きたくてお招き致しました」
「……」
「貴女方が裏で何を画策しようとも、王国は何もできないでしょう。
情報網、兵力、練度、全てにおいて法国に劣る我が国が何をされようと気付くことは無く、全てが終わった後に漸く自分達の首が落ちている事を自覚する。
そういう愚図の集まりですから」
周囲の目も無いため此処では人目も憚らず、少し口汚くなってしまうラナーだが彼女の心境を考えればレイラも強く是正することはしなかった。
この国の惨状を一番近くで眺めていたラナーだ、賢い彼女だからこそその一言は重い。
「貴女は継承権は無いとはいえ第三王女なのでしょう、上申しなかったのですか?」
「何度も何度もお父様に提案しました。
民を守る為、国を良くする為、色々な提案をして、やり方も皆が分かるよう細かく砕いて全部記載して、一生懸命考えたんです。
でもダメでした。
『お前は幼すぎるから』とか『女性が
所詮は世間を知らぬ姫の戯言だと貴族からあしらわれ、父の与えた予算だけを懐にしまい込む彼等を見て私、とうとう張り詰めていた糸が切れてしまったんです」
ああ、もうこの国は駄目なんだ。
犯罪者を呼び込んで、汚職に浸かり、弱者を虐げて、外の世界を見向きもせずに自分達に与えられた柵の中でお互いの足を引っ張り合う。
それを他国から見られたらどう思われるか、なんて微塵も考えていない。
これを滑稽と言わずしてなんと言うか。
挙句の果てに実の兄までこの泥沼に平気な顔して浸っているなんて、誰に言えるだろうか。
恥ずかしいとかおかしいだろとかそんな感情はとうの昔に過ぎ去って、今はもう虚無しかない。
リ・エスティーゼ王国は朽ちかけた巨木、内側から
この国を建て直せる唯一の希望だった彼女。
そんな希望が日の目を浴びることのないままに、ラナーはこの国を既に見限っていた。
「気付いていたのですね、第一王子の事を」
「直接見た訳ではありませんが、貴女方がいらっしゃった事を踏まえれば間違いありません。
兄は…バルブロお兄様は八本指に組しているのでしょう?」
沈黙をもって肯定を示す。
いよいよもって救いようがない。
「だからこの場を借りてお願いがあります、漆黒聖典様。
王国を壊して下さい。
完膚なきまで徹底的に、跡形も残さず」
一切の抑揚のない平坦な声音で彼女は言う。
故郷を壊せと、姫君にそこまで言わせるこの国にレイラは素直な吐き気を覚えた。
そして同時にラナーへ湧き上がってくる憐憫の情。
「…そう、貴女はとうの昔に諦めてしまっているのね」
ぽつりと呟いたレイラにラナーは思わず顔を顰め、生気のないままの瞳で見つめる彼女に
「幸いにも王国は土地だけは肥沃な好立地。
国が消えても土地は後世へ残るでしょう、割譲されても生産能力が落ちる事はありません。
民への負担はありますが…このまま貴族に飼い殺しにされるよりマシでしょう」
「貴女の言っている事は国への明確な背信行為です、自覚していますね?」
「その通りです」
「最小限には抑えるつもりですが民の血が流れますよ?」
「理解しております」
「御父上、親族、果ては貴女にも責任は降り掛かってきますが」
「重々、承知しております」
「……そうですか」
レイラは黙り込む。
ここでラナーが望む台詞を言うべきか、突き放すべきなのか、ここが物語のターニングポイントなのだろう。
彼女の選択は……
推し子に脳を焼かれたんで失踪します