ベトくんといっしょに   作:ゾネサー

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ストリートのお姫様

 キナサガストリート。ここでは腕自慢のポケモントレーナーが集まり、見物人に囲まれながらのポケモンバトルが頻繁に繰り広げられている。

 そのストリートの一角でバトルが行われようとしていた。声援と熱気に包まれながら茶色の長髪を揺らして少女は力強くモンスターボールをフィールドに投げ込む。すると、ポンという軽い音と共にボールから出てきたポケモンの低い鳴き声が響いた。

 

「べたぁ……」

 

「んー! 今日もかわいか〜」

 

 少女が繰り出したポケモンの名はベトベター。毒タイプ、ヘドロポケモンに分類される。それを表すかのように毒々しい紫色でドロドロした身体を持っており、モンスターボールから外に出た解放感から両手を上げるとヘドロ状の手から紫色の液体が地面にぽつっと落ちる。少女は返ってくるモンスターボールを右手で受け止めながら、もう一方の手を頬に添えるようにしてベトベターに愛おしさを感じていた。

 

「うっ。ベトベターか……」

 

 対峙する少年は顔をしかめる。ベトベターが放つ『あくしゅう』を嫌がったというのもあるが、自身が同時に繰り出したスピアーは虫・毒タイプのポケモンであり、そのタイプに合わせたわざは毒タイプのベトベターに対してどちらもこうかはいまひとつであったので攻めにくさを感じていたのだ。

 互いにポケモンを出したことでバトルが始まり、声援を送っていた観客が静まり返った。これはトレーナーの指示がポケモンに聞こえない事態を回避するための配慮であり、ストリートバトルでの観戦では守るべきマナーとされていた。

 

(さすがストリートバトルが盛んなキナサガタウンだな。バトルに熱が入り過ぎて騒いでしまう奴がいることも珍しくないんだが、しっかりしてやがる)

 

 ブラウンのコートを纏った男性がその様子に感心する最中、二人の指示が同時に響いた。

 

「やるしかない! スピアー、まずは『ダブルニードル』だ!」

 

「ベトくん! 『かたくなる』たい!」

 

 どくばちポケモンであるスピアーが四本の半透明の羽根を羽ばたかせながらベトベターに接近し、左腕の先にある針を突き刺しにいく。対してベトベターは自身をコーティングするように固めるとその針を強固になった身体で受け止めた。続けざまに右腕の先にある針が突き刺されたが、これも同じように受け止められる。この瞬間、針の先から毒が注入されたが、毒タイプであるベトベターは蝕まれず『どく』の状態異常にかかるのを避けていた。

 

「今度はこっちの番たい! 『はたく』!」

 

「飛んで(かわ)せっ!」

 

 ベトベターが右手を振り上げると、スピアーは突き刺さった針を抜いて上空に回避しようと羽根を動かす。すると振り下ろされた手はスピアーを完全に捉えきれず掠った形となり、大したダメージを与えることは出来なかった。飛ぶことが出来ないベトベターは上空で羽音を響かせるスピアーを恨めしそうに見上げる。

 

「その距離を保ったまま『こうそくいどう』だ!」

 

「ならもう一度『かたくなる』ばい!」

 

(うっ……!?)

 

 スピアーはさらに素早く羽根を動かすことで移動スピードを増していき、ベトベターはより身体を強固なものにしていく。この光景に少年は焦燥感を覚えていた。

 

(これ以上ぼうぎょを上げられるのはまずい。ここは仕掛けないと!)

 

「降下して『みだれづき』だ!」

 

 増したスピードを存分に生かして降りてくるスピアーにベトベターの反応が遅れると、先ほどのように丁寧に深く刺す形ではなく両腕の針を乱雑に振り回し、計四回の突きを食らわせた。

 

(『みだれづき』はノーマルタイプのわざ。これなら毒タイプのベトベターにも不利にならないし、ぼうぎょが上がっている相手でも手数で押せる! ここから一気に『みだれづき』の連打で……!)

 

「……それを待っていたばい! 『かなしばり』!」

 

「なっ……!? しまった!」

 

 ベトベターが念じるとオーラに覆われたスピアーは途端に力が抜けていき、針を振り回せなくなってしまう。

 

「『かなしばり』を受けたポケモンは直前に出したわざがしばらく使えなくなるとよ!」

 

(ほぉ……あの嬢ちゃん、相手が温存していた有効打を繰り出す一瞬を狙ってやがったな)

 

 コートの男は観衆の隙間から少女の表情を窺うと、整ったあごひげを撫でニヒルな笑みを浮かべた。

 

(残りの攻撃わざはどっちもこうかはいまひとつ……けど、まだだ!)

 

「スピアー! 距離をとって『ベノムショック』の連打だ!」

 

「『どろかけ』で応戦たい!」

 

 再び上空まで羽ばたいたスピアーが尻にある針を突き出すようにすると毒液が勢いよく発射され、ベトベターもヘドロに含まれる泥を抽出して放つ。すると互いにダメージを負いながらも攻撃を続行していた。

 

(こっちの攻撃を繰り出すスピードの方が速い! それに『ベノムショック』は毒タイプのわざだけど、とくしゅわざ! ぶつりに強くなる『かたくなる』もこれなら意味は無い! ……!?)

 

 少年は思わず目を見開いた。その理由はスピアーの放つ毒液が段々と標準が定まらなくなり、ついには大きく外れてしまったからだった。

 

(う……そうか。『どろかけ』はダメージは少ないけど……)

 

(よし! 視界が泥で狭まった……こがんチャンス逃すわけにはいかんたい!)

 

「チャンスばい!『どろかけ』でおっちゃかすと!」

 

「躱せっ!」

 

 毒液が外れ余裕が生まれたベトベターは大きなモーションから力強く泥を放つとスピアーは回避行動をとる。しかし視界の一部が隠れていたスピアーは死角から放たれた泥を躱しきれず、羽根に泥が当たったことで背中から地面に落ちてくる。

 

「そのまま『はたく』!」

 

 それは下で待っていたベトベターにとって絶好機。振り下ろされたヘドロの手が今度は身体の芯を捉えると、衝撃をもろに受けてはたき落とされたスピアーは地面を転がっていく。

 

「スピアー! ……!」

 

「う……良いガッツば持っとるたい」

 

 今の一撃を食らい息も絶え絶えといった様子のスピアーだったが、トレーナーの心配そうな声を背に再び飛び上がると甲高い鳴き声を発し、白いオーラがその身を包み込んだ。

 

(特性『むしのしらせ』か。体力が少なくなった時に虫タイプのわざ威力を上げる……火事場の馬鹿力ってやつだ。こりゃ最後まで分からんぜ)

 

「スピアー……よし! フルパワーで『ダブルニードル』だ!」

 

 力を振り絞るように白いオーラが全て針に移っていくと渾身の『ダブルニードル』がベトベターを襲った。

 

(速い! これは……躱せんたい!)

 

「『かたくなる』で受けきるたい!」

 

「べとぉ……!」

 

 ベトベターもまた自身のトレーナーの声を背に浴びると、唸り声のような低い鳴き声を発して気合いを入れ、自身の身体をコーティングしていく。そしてスピアーの二本の針が硬さを増したヘドロの胴体に突き刺さった。

 

「ベトくん!」

 

「やったか……!?」

 

「……! 『はたく』!」

 

「なっ……!」

 

 ヘドロの汗を流しながらもその攻撃を堪え切ったベトベターの一撃が針を抜けきれていないスピアーに直撃した。

 

「スピアー! ……!」

 

 地面に倒れこむスピアーの様子を判断した少年がトレーナーボックスからフィールドに足を踏み出した。ストリートバトルでは審判がついていないため、判断は各トレーナーが責任を持ってしなければならない。そしてトレーナーが先にフィールドに出るというのは戦闘続行不可能という意思表示であった。

 

「ベトくん! よう頑張ったと〜!」

 

 バトルが終わり、少女は勝利の喜びを分かち合うようにしてベトベターに飛びつくと頭を撫でる。その光景を初めて見て驚く観客に、もう何度も目にしている観客が「いつも勝った後はああしてるんだよ」と教えるのが彼女が参加するストリートバトルの定番となりつつあった。

 

「ゆっくり休むとよ〜」

 

 ベトベターが満足したような笑みを浮かべると少女は穏やかな声と共にモンスターボールを軽く当てるようにする。そしてベトベターが入ったモンスターボールを腰のホルダーにつけると、スピアーの身体をさすっている少年のもとに向かっていった。

 

「大丈夫と?」

 

「あっ……うん。ポケモンセンターに連れていけば、すぐ良くなると思うよ」

 

「そっか〜。安心したばい」

 

 目をぐるぐると回して疲労困憊といった様子のスピアーに少年は労いの言葉をかけるとモンスターボールに収めて立ち上がる。すると差し出された手に気付いた。

 

「これは?」

 

「握手たい! バトル、楽しかったと!」

 

「……負けたのは悔しいけど、僕も楽しかったよ。またやろうね」

 

「望むところやよ!」

 

 少年も手を伸ばすと互いの健闘を称え合うように握手が交わされ、観衆からも惜しみない拍手が送られる。

 

(どっちが勝ってもおかしくない良いバトルだったぜ。勝負の分かれ目は避けられる攻撃かどうかの一瞬の判断……そんなところまで全力を注げたかどうか、だな)

 

 琥珀色の瞳で二人の握手を見届けた男性は叩く手を止めると、背を向けてストリートを去っていった。

 

(……? これは……?)

 

 一般的にストリートバトルはお金を払わずとも見ることが出来る。しかし試合に満足した観客が設置されたプレゼントボックスに良いものを見せてもらった礼にと何かを入れていくことがあり、その多くは戦ったポケモンの褒美になるきのみである。

 少女は慣れたようにプレゼントボックスを覗き、そして困惑していた。

 

(むむぅー。……はっ! もしかしてファンレターやったり……)

 

 封筒に困惑を示していた少女だったが開けると一通の手紙が入っており、期待を胸にその手紙を読んでみた。

 

「えっ!?」

 

(ジムフェスのエキシビジョンマッチにあたしを指名……!?)

 

 一年に一度の祭典、『ジムフェスティバル』。その年に八つのジムを制覇したチャレンジャーが集まりチャンピオンへの挑戦権を賭けて戦う、キューシュー地方において最も規模の大きい大会。そして大会の初めにチャンピオンが指名したトレーナーと一体ずつポケモンを出し合って行う勝負が『エキシビジョンマッチ』である。

 受け取った手紙には彼女をエキシビジョンマッチの対戦相手として指名する旨が書いてあった。

 

(エキシビジョンマッチは一試合だけやのに、その相手があたしやなんて……)

 

 突然かつ衝撃的な内容に驚きと困惑の混じった表情を浮かべた少女はひとまずポケモンセンターにベトベターを預けにいくと、回復を待つ間に椅子に座って天井を呆然と見上げていた。

 

「よっ! お姫ちゃん」

 

「ほえっ!? に、兄さん!」

 

 すると急に視界に何者かが映りこんだ少女は素っ頓狂な声を上げて飛び上がり臨戦態勢に入ると、その正体が兄であることに胸を撫で下ろし、警戒を解いた。

 

「勝ったのに浮かない顔してるな」

 

「見てたん!?」

 

「忙しい時期は過ぎたしな。折角だし久しぶりに見に行ったんだ」

 

「うー、気付かんかったと。それで……どやった? 兄さんみたいに戦えてた?」

 

 両手の人差し指の先を合わせるようにしながら少女は兄を見上げて、おずおずと尋ねた。

 

「いや、全然」

 

「ええーっ!?」

 

 即答で否定され分かりやすくショックを受ける妹に兄は高笑いを挟むと、安心させるように肩に左手を置き、右手の親指を立てて言葉を添えた。

 

「けどお前らしくは戦えてたよ」

 

「……あたしは兄さんみたいに戦いたか」

 

 しかし少女は視線を外してそっぽを向いてしまい、兄は困ったように頬をかいた。

 

(……ん……?)

 

「その手紙は……?」

 

「あ、そうやった!」

 

 すると彼女が座っていた椅子に置いてある手紙に気付いた。

 

「エキシビジョンマッチの相手に指名されたんよ!」

 

「おおっ!? 本当か! 凄いじゃないか!」

 

「あたしでええんやろか……。こげん大きな大会に呼ばれるなんて何かの間違いかもしれんと……」

 

「……確かにキューシュー中の人が注目するからな、不安になるのも無理はないか。ただ少なくとも間違いではないぜ。この封筒はジムフェスの管理委員会が発行してるやつだ」

 

「そっかあ。兄さんが言うならそうなんやろね。だったらなおさら不思議と。なんであたしを指名したんやろ? あたしより強い子なんていっぱいおるとに」

 

「……そんなお姫ちゃんにヒントをプレゼントだ。実はエキシビジョンマッチの指名はいつもこの時期なんだ」

 

「えっ、そうなん!? 何もこんなギリギリの時期じゃなくてもええのに」

 

「さて、その理由が分かるかな?」

 

(その口ぶりだとこの時期じゃなきゃダメな理由があるんやね)

 

「ううーん…………」

 

 試すような兄の物言いに少女は額に人差し指を当てて考え込んだ。すると先ほどの兄との会話の中に引っ掛かるものを感じ、そして閃いた。

 

「あっ! そっか! 期限ギリギリまでジムフェスに挑戦出来るように、待っとるんやね。エキシビジョンマッチに指名されたら、本戦には参加出来んし」

 

「正解! ……ただ、ジムフェス参加者を除いても正直お姫ちゃんより強い子はいるだろうな」

 

「むぅ……。兄さんはあたしが選ばれた理由を知っとるん?」

 

「知らないよ。俺が選んだわけじゃないしな。……まあ、想像はつくけどな」

 

「教えて欲しか!」

 

「想像は想像なんでな。それに折角指名されたんだ。……ヒメノ、お前もポケモントレーナーならバトルの中で答えを見つけるんだ」

 

「……!」

 

(久しぶりに名前で呼ばれたと。けどバトルの中で見つけると言われても……ピンと来なか)

 

「難しく考えることはないさ。お前はお前の思うように、楽しんでこい」

 

「……うん!」

 

(不安やけど、ベトくんも一緒にいてくれるけん。あたしなりに頑張ってみると!)

 

 こうして兄の後押しを受け、ヒメノはエキシビジョンマッチに指名された現実を受け止め、来る試合に向けてやる気を漲らせたのだった。

 

 数日後。ヒメノはジムフェスティバルの開催地であるマトクモシティへ向かうフェリーに乗船していた。

 

(チャンピオン……正直、雲の上の存在たい。でも負ける気でやるつもりはなかよ。そんなの戦ってくれるベトくんに失礼やけんね)

 

 目を瞑りながら潮風を浴びたヒメノはキューシュー地方で最も強いとされるチャンピオンと全力で戦う覚悟を決めた。ゆっくりと目を開いた彼女はポケフォンと呼称される携帯端末を取り出すと、研究を始めていく。

 

(一つだけ、あたしに有利な条件があるけん。それをどれだけ生かせるか、やね)

 

 エキシビジョンマッチにおいて、チャンピオンは予めどのポケモンで戦うのか公開しておく必要がある。対するチャレンジャーは公開しなくて良い。戦略を立てるとっかかりとしてヒメノはその有利を生かすことにした。

 

「見えると? これがベトくんが戦うポケモンやけん」

 

「べとお」

 

 ポケフォンに映るチャンピオンの過去の対戦動画をベトベターにも見えるようにするヒメノ。彼女たちが見据える先にいたのはレントラー。尻尾を揺らしながら四本の足を巧みに捌いて相手の攻撃を躱し、鋭い眼光で相手を捉える様子が映し出される。

 

「チャンピオンのパートナーとして有名やね。あたしもテレビで見て、レントラーで相手をがんがん倒していくチャンピオンに憧れたけん。沢山見てきたから、どういうスタイルかは分かっとるつもりやよ。まずは『エレキフィールド』……この足元に電気が駆け巡っとるわざやね。これで電気タイプのわざの威力を上げてくるんよ。そこからの王道パターンとして有名なのが……『ライジングボルト』」

 

 コート中に満たされた電気が勢いよく昇り対戦相手のポケモンを包み込んでいく。その一撃だけで倒れてしまったポケモンを見てベトベターは不安げな表情を浮かべていた。

 

「戦う以上、絶対に注意しないといけない戦術やけん。……怖いよね」

 

 ヒメノはベトベターの頭に手を置くとゆっくりと動かしていった。するとベトベターの表情が次第に落ち着きを取り戻していく。

 

「見せるかは迷ったんよ。でも試合でいきなりこれが来るより、意識した方が良いと思ったと」

 

「……べとべと!」

 

「うん。そやね。意識したところで……早速特訓を始めると!」

 

(あのコンボ攻撃は食らったら終わりと思うべきやね。それとチャンピオンのレントラーはとくしゅわざが主体やけん。やから……)

 

 ヘドロの腕を曲げて力強く拳を握るようにしたベトベターを見て、ヒメノも腕まくりをして特訓に取り掛かった。

 

「……ふぅー。一旦休憩しよか」

 

「べっとー」

 

 そうしてしばらく経った頃、ひと段落ついたところで無理はさせずに休憩が挟まれた。ヒメノは青い柑橘系のきのみであるオレンのみを砕いてミキサーにかけたジュースを飲ませてあげると、ヘドロの血色が良くなっていき嬉しそうにするベトベターに穏やかな微笑みを向けていた。

 

「ほえっ!?」

 

 そんな時だった。フェリーが突如停止し、急な衝撃にヒメノはバランスを崩してしまう。

 

「……ありがとね。助かったけん」

 

 とっさにベトベターが受け止めたことで怪我は無く、ヒメノは温かい手に安堵を覚えながらお礼を伝え、立ち上がった。

 

「大丈夫ですか!?」

 

「平気やけん。一体どうしたと?」

 

「それがレーダーにポケモンの大群が映りまして……こちらに向かってきているんです。念のため船内に避難してください」

 

「分かったと! ベトくん!」

 

「べと!」

 

 乗客を心配した船員がやってくると、事情を理解したヒメノはベトベターをモンスターボールに戻して船内へと戻っていった。するとしばらくしてから波を切る音が連続して聞こえてくる。

 

「おおー……凄い迫力やけん」

 

 強烈な音に呆気に取られていると、やがて音が聞こえなくなる。外の様子が気になったヒメノだったが安全のために待機をお願いされ、それならばと自室に帰って追加のきのみジュースを作っていた。すると少しして船内にアナウンスが響く。

 

「大群の通過を確認しました。運行を再開します。デッキに出られる方は、揺れにご注意下さい」

 

「おっ……! タイミング良か。ちょうど作り終わったと!」

 

 程よくリラックスでき休憩としてちょうど良かったな、なんてことを考えつつヒメノは再びデッキに赴くと、特訓を再開させようとした。

 

(……ん? あそこの陰に何か落っこちとる……いや! 物じゃなか! あれはポケモンたい!?)

 

 船首にある突起物の裏に先ほど感じなかった違和感を覚えたヒメノはそこを覗きにいく。するとそこには萎んだ風船のように衰弱したポケモンの姿があった。船員を呼びに行こうかと一瞬考えた彼女だったが、先ほどの避難によりデッキにはまだ人の姿はなく、時間がかかると判断した。

 

「大丈夫と……?」

 

「ピュルル……」

 

(ううっ。キズぐすりを買っておけば良かったと。……あっ、そや!)

 

「食べられる?」

 

「ピュ……」

 

 ヒメノは慌ててポケットからオレンのみを取り出して齧らせようとするが、そのポケモンには固いきのみを噛むだけの力は残っていなかった。すると彼女の心情を察したのか、ホルダーにあるボールからベトベターが出てくる。

 

「べとっ!」

 

「バッグ? ……ああっ! そうやった!」

 

 パニックに陥っていた彼女だったが背負っているバッグを指されると、意図を理解してドリンク瓶を取り出し、倒れているポケモンを膝に乗せて中身を飲ませていった。

 

「どう? 楽になったと?」

 

「……ピュルルッ!」

 

 すると呼吸が乱れて膨らみと萎みを激しく繰り返していたポケモンの様子が落ち着いていき、それを見た彼女も平静を取り戻していった。針を避けるように、されど大きく揺らさないように大事に抱えた彼女は船内へと戻っていき、医務室を訪れた。

 

「……もう大丈夫ですよ」

 

「良かったあ……」

 

 ポケモン専用のドクターに診てもらいようやく容態が落ち着くと、ヒメノは胸を撫で下ろした。

 

「すぐ良くなりますよ。応急処置が適切でしたから。素晴らしい判断でした」

 

「あたし一人じゃ正直危なかったけん。ありがとね、ベトくん」

 

「べたぁ」

 

 ドクターに対応を褒められたが、ヒメノは自分以上の功労者であるベトベターの頭を撫でた。ベトベターもそんなヒメノに柔らかい表情を見せる。

 

(お互いにとってパートナーなのね)

 

 そんな二人を見て、ドクターは『いやしのはどう』を当てて治療しているピクシーと目を合わせると微笑を漏らしたのだった。

 

「ポケモンが船に乗り上げちゃうのって良くあるんやろか……」

 

「あまり聞かないわね。大群と航路が重なることはあるんだけど、必ず船は止めることになってるの。そうすると自然に避けようとしてくれるから。この子は運悪く飲み込んでいた水を吐き出しちゃって乗り上げちゃったのね。その時の衝撃で傷を負ったみたい」

 

「ほえー……そんなに噴射力があるんやねえ」

 

「小さいポケモンだけど、水を大量に飲み込んで身体を大きく見せることもあるのよ。それにしても……どうしようかしら」

 

「どうしたと?」

 

「もう群れがどこに行ったか分からないし、戻してあげるのは難しいかなって……」

 

「あ……そやね」

 

「私たちの方で保護してあげることは出来るんだけど……。……!」

 

 そんな話をしているとピクシーが『いやしのはどう』を当てるのをやめた。その理由に二人ともすぐに気付いて近付き、治療されていたポケモンを見下ろす。

 

「ピュルルッ!」

 

「わっ!?」

 

 すると飛び跳ねたポケモンがヒメノの胸に飛び込んできた。彼女は驚きながらもそれを受け止める。

 

「もう元気になったんやね?」

 

「ピピルー!」

 

「良かったばい……」

 

 先ほどまでの衰弱が嘘のように元気な姿にヒメノは思わず嬉しそうに笑うと、抱かれているポケモンの方も嬉しそうに擦り寄ってきた。

 

「どうやら気に入られたみたいね」

 

「ふふっ、嬉しか〜。……そや。ね……良かったらあたしと一緒に行こか」

 

「ピルッ!? ピピルピー!」

 

「その子も喜んでるみたいね。良かったわ」

 

「うん! あ……そやった。あたしベトくんの以外のボールを持ってないんやけど……」

 

「あら、そうなの? 旅をしてるトレーナーにしては珍しいわね」

 

「旅をしとるわけじゃなかとよ〜」

 

「そうだったの。ごめんなさいね。あなたぐらいの年頃だと、旅に出てる人が多いから」

 

「ううん。平気とよ。確かにその方が普通やけんね。それで……お願いがあるんやけど」

 

「分かっているわ。ボールが欲しいのね。勿論構わないわよ。元々あなたが引き取らなかったら、私たちが保護するつもりだったんだもの。それに手当てしてくれたお礼も兼ねてね。……ちょっと待ってて」

 

 保護が必要なポケモンのためのボールを格納している倉庫にドクターが向かうと、ヒメノはポケフォンを取り出してアプリを起動させる。

 

「この子のこと教えて欲しか〜」

 

「『ハリーセン』。水・毒タイプ。ふうせんポケモン。大量に蓄えた水は威嚇だけでなく、全身の毒針を発射するのにも用いられる。体が丸いため泳ぐのは少し苦手だが、長い距離を泳ぎ切るだけのスタミナは持っている」

 

「ピュルルッ!」

 

 『ポケモンずかん』の機械音声を聞いたヒメノは顎に人差し指を当てて考え込むと、しばらくして花が開いたような満面の笑みを浮かべた。するとちょうどドクターが帰り、ボールを差し出す。上半分が赤、下半分が白を基調としてデザインされたモンスターボールと違い、こちらの上側は赤と青が入り混じっていた。

 

「見たことなかボールたい」

 

「『ルアーボール』よ。水タイプにとって居心地が良いボールなの」

 

「ボールでそんな違いがあるんやね」

 

「ええ。私たちが保護するポケモンはほとんど水タイプだから……」

 

「ポケモンのこと考えて準備しとるとね。凄く良かね〜!」

 

「ふふっ。そう言ってもらえると嬉しいわ。さ、どうぞ」

 

「ありがと! きっとこの子も喜んでくれるけん」

 

 ドクターからルアーボールを受け取ったヒメノは振り向くと、彼女の翠色の眼が新たな仲間を真っ直ぐに捉えた。

 

「これからよろしくと! リセっち!」

 

「べた!」

 

「ピュルルゥー!」

 

 ヒメノとベトベターの歓迎にハリーセンは力強い鳴き声を発し、向けられたボールに自ら飛び込んだのだった。

 昇っていた陽が地平線に寄りかかった頃、彼女たちを乗せたフェリーがマトクモシティへと到着した。海に面した巨大なスタジアムに圧倒されたヒメノだったが、腰につけられた二つのボールに目をやると強張った頬も緩んでいき、フェリーから伸ばされた階段を降りる音が小気味良く響いていく。

 

「……ふぅ……よし! やったるけん!」

 

 そして目的地に降り立った彼女は一度止まってスタジアムを見上げると、威勢良く一歩を踏み出すのだった。

 

貴女(あなた)、見ない顔ね」

 

「ほえっ!?」

 

 歩き出したヒメノは背後から声をかけられてつんのめった。なんとか転ばずにすんだ彼女は後ろを振り向くと、声の主が階段を降りてきており、自分と同じフェリーに乗っていたことを理解した。

 

「初めまして……やよね?」

 

「そうよ」

 

 陸地に降り立った女性はピンクのリボンで結ばれた藍色のサイドテールをかきあげるとヒメノに近付いていき、至近距離で顔をまじまじと見つめた。空色の眼に言いようのない力強さを感じたヒメノは身体を硬直させる。

 

「ふーん……貴女みたいな子もいたなんてね」

 

「ちょ、ちょっと待ってほしか。話が見えへんのやけど」

 

「今日の話なんてジムフェスのことに決まってるじゃない。移動時間も特訓に使って余念が無いみたいだけど、負けないわよ」

 

「……?」

 

(……あっ! もしかしてジムフェスのチャレンジャーやと勘違いされとる……!?)

 

 自分のペースでテンポ良く話していく彼女に置いていかれ気味だったヒメノだったが、考え込むとようやく話の要領を得た。

 

「あたしはエキシビジョンマッチに呼ば……って、もうおらんと!?」

 

 話しかけてきた女性は挑戦的な発言をしていくと、それ以上の用事はないとばかりにさっさと去っていた。

 

(あ、嵐のような人やったけん。……名前も聞けんかったと。でもジムバッジを全部集めたんやね。凄か……)

 

「あたしも頑張ると!」

 

 怒涛の勢いに気圧されたヒメノだったが彼女に触発され、胸の前で両腕を立てて気合いを入れ直すと、スタジアムへと向かったのだった。

 ジムフェスの係員に招待状を見せて案内を受けたヒメノは控え室から映像を通して開会式の様子を見ていた。盛り上がる観客、打ち上がる花火、そんなスタジアムにベテランの風格が漂うあごひげの男性が姿を見せる。憧れのチャンピオンと戦う現実が迫るのを肌で否応なく感じたヒメノはハリーセンを抱きしめる腕が震えていた。

 

「ピュル……」

 

「……心配しなくても大丈夫やよ。キナサガでのストリートバトルと違ってあたしはチャレンジャーやけん。失うものは何もなかよ。これは武者振るいたい! ベトくんは大丈夫と?」

 

「べたぁ! べたっべたっ!」

 

「やる気いっぱいやね! あたしたちの全部、出し尽くすと!」

 

 ヒメノは不安そうに見つめてくるハリーセンの頭を撫でると、腕を思い切り伸ばしたベトベターとハイタッチを交わした。そして係員に呼ばれた彼女は二匹ともボールに戻すと、専用の通路を通って一歩ずつ歩みを進めていく。

 

(そういえば……初めてやね。ストリート以外でのバトルは)

 

 緊張が無いわけではなかった。ただそれ以上にヒメノは身体に響く心臓の鼓動から期待が伝わってくるのを感じていた。出口が見え、観客の歓声がより鮮明に聞こえてくる。深呼吸を挟んで息を深く吐き出した彼女は意を決し、薄暗い通路から光射すスタジアムのコートに足を踏み入れた。

 

「……来たな。嬢ちゃん」

 

(……! あの子……エキシビジョンマッチに呼ばれた子だったんだ。……言ってしまえばエキシビジョンマッチはチャンピオンの実力を改めて示す場。これがなきゃ最後の試合までチャンピオンの出番は無いからね……。チャンピオンが負ける、そんなことは最初から考えられてない)

 

(どうしてあたしが指名されたのか。考えてばかりじゃ、何も始まらなか。あたしがベトくんにしてあげられることを精一杯するけん!)

 

 エキシビジョンマッチのチャレンジャーの入場に、チャンピオンの入場には劣るものの歓声が響き渡った。高揚するスタンドの中で先ほどの女性がヒメノの正体に気付く。トレーナーボックスに入ったヒメノは手にしたモンスターボールを見つめた後、顔を上げてチャンピオンと正面から向き合った。そんな彼女と対峙したチャンピオンはテンガロンハットを後方に放り、オールバックの白髪をスタジアムの空気に晒す。

 

(チャンピオンの強さは絶対的。それだけのバトルを見せつけてきたんだから当然。あの子もそれは分かってるだろうけど……特訓していた時のあの子は勝つことしか考えてない、そんな目をしてた。……どんなバトルをする……?)

 

 チャンピオンの研究のために本戦前の貴重な時間を割いた女性がヒメノを見つめる中、互いのモンスターボールがコートへと放られた。姿を現したポケモンの鳴き声が交錯する。

 

「ぎゃおおおん!」

 

「べ、べた……」

 

 黒く長いたてがみを(なび)かせ咆哮にも近い鳴き声を発するレントラー。威風堂々たる姿にベトベターは萎縮してしまっていた。

 

(『いかく』されて怯えてしまってるとね。近付かなあかん『はたく』は思い切りよくは打てんね)

 

(伝わってくるぜ、相棒。お前のやる気がひしひしと!)

 

「チャンピオン、ドルガ。今ここにジムフェスティバルの開幕を宣言する! 始めようぜ。最高の宴をな!」

 

「あたしとベトくんの全てをぶつけるたい! 覚悟せんね!」

 

 ヒメノの返答に満足げに笑ったドルガは天に向かって右拳を突き上げると、指を弾いて痛烈な音を響かせた。すると開幕宣言に盛り上がっていた観客が鶴の一声を浴びたかのように静まり返った。それはヒメノとドルガが出した指示さえもスタンドに届くほどに。

 

「ベトくん! 『どろかけ』と!」

 

「構うな相棒! 『エレキフィールド』だ! 俺たちの舞台を整えようぜ! ……!?」

 

 ドルガは琥珀色の眼を見開いた。それはベトベターが想定以上の素早さで泥を放っていたからだった。力を溜めるレントラーがコートに放電するより速く、泥がレントラーの顔に被弾する。

 

(……『せんせいのツメ』ね。煎じて飲ませることで完全に消化するまでの間、圧倒的なスピードで動けることがある。私はフェリーで飲ませるところを見ていたからすぐに分かったけど……)

 

 スタジアムバトルではストリートバトルと異なり一つだけ道具を使用することが出来る。本来なら素早さで劣るベトベターがレントラーに先制攻撃を食らわせられたのは道具の効力によるものだった。

 

(……なるほどな。やってくれるじゃねえか)

 

(どうやらドルガのやつも気付いたみたいね……。……!?)

 

 スタンドの女性はドルガからレントラーに視線を移すと、そこで起きていた異変に目を見張った。

 

(『せんせいのツメ』に加え、特性『あくしゅう』……攻撃を食らわせた時に、そのキツイ匂いで怯ませることがある。相棒の動きを足止めされちまった)

 

 泥についた強烈なヘドロの匂いにレントラーはわざへの集中力を乱されていた。『エレキフィールド』が不発に終わり、チャンピオンはしてやられたという表情を浮かべる。

 

(しかも視界を乱しやがった。その上、大きなダメージが狙えないとはいえ『どろかけ』は地面タイプのわざ。電気タイプの相棒にはこうかはバツグンだぜ。素直に食らい続ければさすがにやべえ。……ここまで練って挑んで来やがったのか……)

 

「そう来なくっちゃな! 相棒、気負うなよ。俺たちには俺たちの戦い方がある。もう一度『エレキフィールド』だ!」

 

「なら……『ちいさくなる』と!」

 

「……!」

 

 ドルガの声に後押しされるようにレントラーが体内に溜め込んだ電気をコートに張り巡らせていく。それに対してベトベターは全身の細胞を縮めることで身体を小さくしていった。

 

(……決まりだな。嬢ちゃんの狙いは大技の回避か)

 

(打てる手は打ったと。長引けばそれだけ躱しやすくなるけん。ここで一か八か打ってくる『ライジングボルト』さえ避けられれば勝機が見えてくると!)

 

 命中を乱す『どろかけ』や回避能力を上げる『ちいさくなる』により長期戦有利と見たヒメノはわざが当たる可能性が十分にある今、次の大技に強い警戒心を持っていた。

 

「……『スピードスター』だ!」

 

「えっ!?」

 

 しかしその予測は外れ、レントラーが放ったのは星型の光線。地面から沸き上がる電流を警戒していたヒメノが虚を突かれると、光線がベトベターに直撃した。

 

「べたっ……!?」

 

「えっ……!? べ、ベトくん!?」

 

(『スピードスター』は相手が発する敵意を探知して追尾するノーマルタイプのわざ。これならいくら相手が回避に徹しても意味は無いわね)

 

(こんなわざ、今まで使っとらんかったのに……!)

 

 過去の対戦を研究していたヒメノは想定外の攻撃に動揺していた。そのためわざが当たるまで指示を送ることが出来なかったが、ベトベターに向かって誘導されるような軌道の光線を目にし、動揺が残る中でとっさに指示を送った。

 

「踏ん張ると! 『かなしばり』で封じるけん!」

 

(あれだけ小さくなったベトくんに的確に当たってると。使えなくさせんとまずかね)

 

(ここで来たか!)

 

 ダメージを負いながらもヒメノの声を聞いたベトベターはレントラーを射るような眼差しで見つめて念じた。するとレントラーの放っていた光線が途切れてしまう。

 

「なら『じゅうでん』だ!」

 

「ぎゃおおっ!」

 

(『じゅうでん』……!? これも知らないわざやけん。けど迷ってる暇はなかね!)

 

「攻めるよ! 『どろかけ』!」

 

「べたあっ!」

 

 『スピードスター』を封じ込められ驚いていたレントラーが出された指示にすぐさま応じて蓄電していく。その場で身体中に電気を纏わせるレントラーに向け、攻勢に転じる指示を受けたベトベターが力強く泥を放った。そうして再び泥を浴びせられたレントラーだったが、大きな動揺は見られなかった。

 

(電気で泥を削いだと!? そっか。『じゅうでん』はとくぼうを上げるんやね。それでダメージがあまり入らんかったと。けど視界は上手く塞げたけんね!)

 

 纏った電気が泥の一部を弾いたのを見たヒメノはぶつりわざの『はたく』での攻めへのシフトを考慮しつつも、二度浴びせた泥が視界をだいぶ覆ったことを確認して、今の攻めに手応えを感じていた。

 

(ポケモンに覚えさせられるわざは四つまで! チャンピオンは今ので三つ使ったと。最後に残るは代名詞の『ライジングボルト』! でも躱す条件は整ったと!)

 

(……おかしい。『じゅうでん』はとくぼうを上げるだけじゃなく、直後に使う電気タイプのわざ威力を倍加させられる。けど『エレキフィールド』下での『ライジングボルト』なら元々一撃で仕留める火力を有しているわ。…………ま、まさか……?)

 

(さっきは攻撃を防ぐわざを警戒したが、嬢ちゃんは既に『かなしばり』を使った。『スピードスター』を封じてる間は別のわざまで封じることは出来ねえ! なら、遠慮なくいかせてもらうぜ!)

 

「今だ! 『でんげきは』!」

 

「え…………ち、『ちいさくなる』っ!」

 

 レントラーの身体に電気が完全に帯びた瞬間、ドルガは指示を出した。その指示にヒメノは唖然としていたが、ハッとした表情を浮かべると攻撃わざを避けるべくさらに回避能力を上げる指示を送った。すると『せんせいのツメ』により攻撃を受けるより先にベトベターは小さくなった。そこにレントラーの放った電撃がコートに迸る電気を浴びて大きくなり、雷を描くように波となって襲いかかってくる。

 

「べたあっ!?」

 

「……そんな……」

 

 さらに身体を縮めて回避を図ったベトベターだったが、結果は直撃。地面に倒れ込むベトベターに審判が判定を下した。

 

「ベトベター戦闘不能! よって勝者、ドルガ!」

 

(……なるほどね。『でんげきは』は『スピードスター』と同様に追尾性能のある電気わざ。威力はそれなりだけど……これだけ条件が整ってしまえばね)

 

 気力だけでは到底耐えられるような威力では無かった。審判の宣言に静かに見守っていた観客が大きく沸き上がる。

 

「……ベトくん。よう頑張ったと」

 

(ごめんね。あたしの力が足りんかったばかりに……)

 

 仰向けで倒れたベトベターに駆け寄ったヒメノはその頭を優しく撫でると、労いの言葉と共にボールに戻した。

 

「どうしてあたしを指名したと……?」

 

「分からなかったか? 嬢ちゃん、俺は今のバトルから君が注いできた全力が伝わってきたぜ」

 

「……『かたくなる』を忘れさせて、『ちいさくなる』を覚えさせたこと……?」

 

「それも含めて、全部だ。この一戦のためにやってきたことのな」

 

(……エキシビジョンマッチはその名の通り公式試合じゃなか。あたしにとっては大きな一戦でも、チャンピオンにとってはこの後の試合に比べれば……むしろジムフェスのチャレンジャーの研究材料になる試合やけん。なのに今までのスタイルを崩して、新しい戦術を編み出して、実践で使えるよう特訓して。そうして注いできた全てを、惜しみなくぶつけてくれた。今のバトルからそれが……あたしにも伝わってきた)

 

「チャンピオン……」

 

「……確かに俺はチャンピオンだ。けど同時にチャレンジャーでもあるのさ。嬢ちゃんには俺が……ポケモントレーナードルガがはっきり見えていたかい?」

 

「あ……」

 

(テレビを通して見ていたチャンピオンの戦いは派手で、相手を圧倒するスタイルに憧れていたけん。やけど、あたしが見ていたのは背中だけやった……)

 

 描いていたチャンピオン像とはかけ離れた泥臭さをヒメノは目の前の人物から感じ取っていた。それは実際に戦って初めて分かったことだった。

 

「……ドルガさん。ありがとうございました」

 

「おう。楽しかったぜ。……またな」

 

 ヒメノの表情の変化を見届けたドルガは快活な笑みを見せるとテンガロンハットを被り直してからレントラーに飛び乗り、コートから去っていった。その背中は以前と違い彼女の瞳に大きくは映らず、代わりに鮮明に映し出されていた。

 

「お疲れ」

 

「あっ……さっきの」

 

 そしてヒメノもコートから立ち去ると、通路で先程の女性が待ち伏せしていた。

 

「まだまだね」

 

「ほえぇ……!?」

 

「『でんげきは』に対し攻撃わざを指示していれば『あくしゅう』による怯み、そして充電切れを狙えた。可能性はまだ残っていたのよ」

 

「ううっ。その通りやね……」

 

(それに他にも無力化する方法があった。……まあ、あれほどの大技相手だから難易度はかなり高いけど)

 

 いきなり目を逸らしバッサリと切り捨てるような物言いをする彼女にヒメノは驚きながらも、的確な指摘に悔しさを感じながら納得していた。

 

「スタジアムバトルに慣れていないのかしら」

 

「は、はい」

 

「まぁ、言い訳にもならないけど」

 

「わ……分かっとるよ。負けたのはあたしの力不足と」

 

「そうね。……でも面白い子ね」

 

「えっ……!?」

 

「ツラレ。それが私の名前。今度は今日とは違う形で相見えましょう」

 

 髪をかきあげながら横を通り過ぎ、ジムフェスのチャレンジャーとしてコートに向かった彼女が去り際に告げていった言葉にヒメノは目を丸くしていた。

 

(あんな観察眼を持っとる人が、負けたあたしを……?)

 

 彼女がどういう意図でその言葉を告げていったのか、ヒメノにはピンと来なかった。が、評価してくれたことは伝わっていたため悪い気はしなかった。

 

「『ドリルライナー』!」

 

 そしてジムフェスティバル最終戦。チャンピオンへの挑戦権を得たのは彼女だった。手持ちの最大数である六体のポケモンを駆使して行われる試合も終盤に差し掛かっていた。全身が白い毛で覆われ、人魚のような佇まいをしているジュゴン。彼女にとって最後のポケモンが身体をドリルのように回転させて突撃し、頭のツノをレントラーに突き刺した。

 

「レントラー、戦闘不能!」

 

(……やられたぜ。ハナから『ドリルライナー』で急所を狙ってくるつもりとはな。『タラプのみ』でとくしゅの対策をしていたのに気付いてやがったか)

 

 吐息を洩らしながらドルガはレントラーをボールに戻す。彼は笑いが込み上げてきていた。決して余裕の証ではなかった。追い詰められたからこそ、彼は笑ったのだ。

 ドルガが出した最後のポケモンはウィンディ。炎のようなオレンジ色の身体に白色の立派なたてがみを纏わせ、四本の足で地に雄々しく立つ姿は向かい合うツラレにとってまさにチャンピオンの最後の砦として相応しく感じられた。

 そして激しい攻防の末に、決着の瞬間が訪れた。

 

「ジュゴン! これで決めるわよ。『アクアテール』!」

 

 先に仕掛けたのはツラレ。連戦によりジュゴンの受けたダメージは大きく、長期戦は不利になるという判断だった。

 

「余力は残すなよウィンディ! 『ワイルドボルト』だ!」

 

「……!」

 

 ジュゴンが尻尾に水を纏わせて勢いよく叩きつけ、対するウィンディは身体に電気を纏わせて全速力で駆けて突進した。コート中央で両者の攻撃がぶつかり合う。その衝撃で爆風が発生し、二匹のポケモンを包み込んだ。

 

(……負けた……)

 

 次第に爆風が晴れ、勝者が明らかになった。傷つきながらも立ち上がったウィンディ。粘り強く戦っていたがとうとう地に伏したジュゴン。決着に沸き上がる歓声の中、ツラレは天を見上げていた。

 しばらくして唇に込めた力を緩めた彼女はジュゴンをボールに戻し、コート中央で待っているドルガへと近付いていく。

 

「参ったわ。最後に持ってくることが多いレントラーを先に出したのは『エレキフィールド』を張り巡らし、たとえ敗れても次に繋げるためだったのね」

 

「まあな。今までは相棒単体で完結していたが……そればかりじゃ通用しなくなってきたもんでな」

 

「貴方らしい答えね。……また来年、チャンピオンの座を奪還しに来るわ」

 

「俺にとってお前は……今でも憧れなんでな。そうして貰えると助かるよ」

 

「憎たらしいわ。奪われるビジョンが全く見えてないのね」

 

「未来のことなんて分かりやしないさ。だが、俺もポケモン達もここがゴールだとは思っていねえだけだぜ」

 

(そういうところが……憎たらしいのよね)

 

 表情はほとんど変えずに小さく口角を上げたツラレはドルガと握手を交わし、これにてジムフェスティバルは幕を閉じたのだった。

 

(凄かったと……。最後のバトルだけじゃなか。チャレンジャー同士のバトルも空気が張り詰めていて……怖いくらいやったと。あたしもあんなバトルをしてみたか)

 

 翌日。帰りのフェリーに乗ったヒメノは潮風を浴びながら目を閉じていた。鳥肌が立った腕を手で押さえながら昨日の出来事を思い返し、長い間考え込んでいた。

 

(……帰ったら久しぶりに兄さんと戦おう)

 

 芽生えた決意を胸にヒメノは目を開き、キナサガタウンの方を向いた。目的地までの時間はあと少し。だが今はまだ、遠くて見えなかった。




キナサガタウン

キューシュー地方で最も北西に位置する小さな町。昔は海外からフェリーでキューシューを訪れる際の窓口として利用されることが多かったため、言語が通じない相手とのコミュニケーション手段としてポケモンバトルが行われるようになった。
現在のストリートバトルの礎と伝えられており、その影響もあってストリートバトルが盛んに行われている。
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