「勝負形式は以前出来なかった二対二のシングルバトルでいいな」
「ええよ!」
「……」
ドルガは口に出して伝えたいことが山ほどあった。しかし口を挟む真似はしなかった。
(今のマシュに言葉で分かれというのは酷だ。こうなった以上、見守るよ。いや……見届けると言うべきか)
両者の顔が見えるようフィールドの横に移動したドルガはテンガロンハットを外し、些細なことでも見逃すまいと神経を集中させた。
(この前のバトルは引き分けやった……。あの時からどれだけのことを学んで、強くなれたか。足りないものを埋められるようにって、あたしなりにやってきたと。胸を張って、戦うけん!)
「お願いっ! グッさん!」
「ミミッキュよ。
奇遇にも両者共に投げ出したのはダークボールだった。薄暗い夕暮れ時に一足早い夜の訪れを告げるように暗黒の光線がフィールドを照らす。地に降り立ったグレッグルがファイティングポーズを取ると、対面に出てきた薄黄色の布に思わず拍子抜けしていた。すると布がガサゴソと動いて同じように地に立つと、そこに描かれた黒丸の目がグレッグルを捉え、グレッグルも慌てて気を引き締めた。
(初めて見るポケモンたい……。どう動くんやろ?)
「『しっとのほのお』で燃やし尽くせ!」
「……! 『あまごい』で防御すると!」
未知のポケモン相手に様子見を選択したヒメノとは対照的にマシュは開幕から攻めを選んだ。ミミッキュから闇色に染まった炎球が放たれると、応じてグレッグルは雨雲を呼び寄せ、雨により炎を小さくさせる。これにより炎そのものは食らったものの威力は抑えられていた。
(顔からじゃなく、布の下から炎が出たと。あの布に魂が宿っとる訳やないんやね)
(……なるほどな。『あめ』で炎わざは半減したはずだ。その割にはややダメージを負っている。『あまごい』も踏まえれば……『かんそうはだ』、か)
ヒメノがミミッキュの特徴を掴んだと同時に、マシュもグレッグルが炎に弱く水に強い『かんそうはだ』の特性であることを掴んでいた。
(『あめ』の抑制の方が『かんそうはだ』より強か。回復も考えれば遠距離戦は何とかなりそうやけん!)
(ならば一度に大ダメージを与えればいい!)
「今こそ『ビルドアップ』やけん!」
「『つめとぎ』で研ぎ澄ませ!」
刃物を研ぐような音が響く中、グレッグルは短時間の筋トレで鋼のような筋肉を増強させていった。
(『ビルドアップ』はこうげきとぼうぎょ。『つめとぎ』はこうげきとめいちゅうを上げる。これを受けてどう動くかだが……)
「まだまだ『ビルドアップ』やけん!」
「『しっとのほのお』だ!」
「えっ!?」
さらに鋼鉄の筋肉が体中に盛り上がっていくグレッグルに再び炎球が着弾した。ダメージの小ささにニヒルな笑みをこぼしたグレッグルだったが、赤く染まった筋肉を見て笑みも引っ込んでしまう。
「『やけど』!? しまったと……!」
(『しっとのほのお』は能力の上昇に反応して『やけど』を発生させる。遠距離で大ダメージが入らない以上、『つめとぎ』と並行してもダメージ面での不利がない『ビルドアップ』を続けてくるのは分かっていた。……これで必ずしも大ダメージを狙わなくて良くなった)
(強くなる者への嫉妬か……)
(やられたと! 折角『ビルドアップ』で上がった攻撃も抑制されて、体力も削られちゃう! ……『あめ』が止むまでに決めるけん!)
「『どくづき』で攻めるよ!」
「『ゴーストダイブ』で闇に溶けろ!」
「消えたっ!?」
再度の『あまごい』は隙が大きいと判断しヒメノは接近戦に持ち込む。しかし立ち向かうようにミミッキュがジャンプしたかと思うと、浮かび上がった闇に飛び込んだ。急ブレーキをかけてグレッグルが辺りを見回すが、ミミッキュはおろか闇すらも忽然と姿を消してしまう。
「落ち着いて! 攻撃にすぐ移れるようにしておくと!」
「キュケッ!」
(攻撃するために正体を現すはずやけん。勝負は一瞬!)
「……! 振り向いて『どくづき』!」
無色の空気を彩るように闇から現れ出でたミミッキュがグレッグルの背後から突撃してきていた。虚を突かれたグレッグルだったが指示に反応し、毒を抽出して紫に染めた拳を叩き込むことに成功する。と、同時に強烈な飛び込みがグレッグルを襲った。
「ミキュッ……!」
「ケッ……!?」
(よし! 効いとる! こうかはばつぐん……!?)
体を鍛え上げたグレッグルだったが、吹っ飛ばされて鋼に叩きつけらてしまう。対してミミッキュはその場からそれほど飛ばされていなかった。
「ひゃっ!?」
(折れ曲がっとる!? ……顔の部分に本体は無かったんや! 代わりに入れてあるものをクッションにされちゃったんやね)
(『ばけのかわ』が剥がれたか……)
ミミッキュを覆う布の顔が描かれた箇所が、まるで首が折れたかのように曲がっていた。その光景に一瞬引いたヒメノだったが、効いたはずの『どくづき』は幻では無かったことに気付いた。
「『じゃれつく』で黄泉へ送れ!」
「迎え撃つと! …………『どくづき』!」
立ちあがろうとするグレッグルにすかさず二の矢が放たれる。『つめとぎ』により研ぎ澄まされた感覚での正確な一撃に、回避は難しいと判断したヒメノは少し溜めてから攻撃を指示した。
「ミッキュウ!?」
まるで影のように這って追随したミミッキュが布の下から目を光らせて飛びついた。すると目と鼻の先まで近付いた瞬間に炸裂した『どくづき』に今度は大きく
「なにっ!? 打ち消しだと……!」
(やるな嬢ちゃん! 距離があって間合いも掴みづらいだろうに。同タイプで威力の高い『じゃれつく』を打ち消すとは! タイミングを合わせる訓練をしてきた成果ってわけか……)
わざの撃ち合いになると見ていたマシュは『じゃれつく』による衝撃を負わせられなかったことに狼狽していた。そんな中、グレッグルが背後から飛ばされてヒメノから離れた影響で打ち消しの難度の高さを感じていたドルガはその成功に感嘆していた。
(『やけど』の影響が思ったより大きか。力押しで押し切るにはまだ余力が残っとると)
(『じゃれつく』でダメージを与えながらこうげきを下げられればと思ったが……仕方ない。ならタイミングを掻き乱してやればいい!)
「『ゴーストダイブ』で翻弄してやれ!」
(来たと! 現れる瞬間に反応するのが精一杯のゴーストタイブに打ち消しは一か八かすぎるけん。ここは!)
「『ビルドアップ』で防御を固めて!」
「……!」
(さっきと同じように『どくづき』で返してくると思ったが……)
(この消えとる時間も『やけど』のダメージが蓄積されて、耐えとる余裕は普通は無いかもしれん。けどグッさんは『かんそうはだ』の回復でとんとん……耐えてくれると!)
「キュケッ……!」
(『やけど』でこうげきこそ制限されたが、ぼうぎょは『ビルドアップ』で十分高まっている。そこを見誤らなかったな……)
「『しっぺがえし』で逆襲やけん!」
「……! 『しっぺがえし』だと!?」
攻撃を受け止めたことで訪れた反撃の機会に人の悪い笑みを浮かべたグレッグルは拳を黒く染めると、『カウンター』の要領で裏拳打ちを食らわせた。
(『しっぺがえし』は攻撃後に即座に仕返すことで威力を倍加させてくる……! さすがにこれは……)
「ミ……キュ〜」
(……しまった! リスクを負ってでも『じゃれつく』を打ち消したのは、この展開に誘導するためだったのか……!)
懐に入り込まれて放たれた渾身の一撃に堪らずミミッキュは倒れてしまった。その事実にマシュは後悔に苛まれる。
(後の先か……ならば俺は先の先を行き、機会そのものを奪い去ってやる!)
ミミッキュをボールに戻したマシュは落ち込むことはせずに鋭い眼光でヒメノを見つめると、執念を燃やしながら次のポケモンを繰り出した。
「デスマスよ! 絶対零度すら生温い寒気を味わわせてやれ!」
「キューウッ!」
その眼光にも負けないほど眼を赤く輝かせたデスマスが仮面を携えて舞い降りてくる。
(ミミッキュはフェアリータイプもあったみたいやけど、デスマスはゴーストだけのはずやけん。やったら……!)
「グッさん! 踏ん張ると! 『しっぺがえし』で切り込むけん!」
「『じこあんじ』で力を我が物にしろ!」
乱れた息を必死に整えたグレッグルはデスマスが降り立つと同時に急発進して速攻を仕掛け、正拳突きを食らわせた。
「えっ!?」
「ふっ……『おどろかす』で魂を抜き取れ!」
「キュキュッ!」
デスマスに大きなダメージは見受けられず。それどころかすぐに反撃に打って出ていた。子をあやすようにして力こぶの出来た腕を眼前で振り上げられ、グレッグルは風圧で飛ばされてしまう。
(力強いこうげきやけん……! それに弱点のはずの悪わざを凌ぐほどのぼうぎょ……! ……あっ! まさか『じこあんじ』で『ビルドアップ』を引き継いだん!?)
「チャンピオンは強い。その息子である俺も強くなければならない! 故に敗北は許されない……。この力でもう一体のポケモンも葬ってやる!」
「…………」
「マシュ君……。……!」
震える足に力を入れて立ちあがろうとしたグレッグルだったが、追い討ちをかけるように『やけど』が進行して倒れてしまった。恵みの雨があるとは思えないほど身体は火照っている。
(……直接攻撃されたことで自身の『ミイラ』をグレッグルにも移したか。まさしくミイラ取りがミイラになるってやつだな)
(狙い通り機会は奪い去った。三回分の『ビルドアップ』で攻守ともに優位は俺にある! このままお前は反撃の機会を得られずに、敗北の仕方のみを選ぶことになる!)
「ありがとうグッさん! よく休んでね!」
(グッさんの頑張りを繋いでみせると! ……『おどろかす』と違って『じこあんじ』は前は使っとらんかった。忘れさせたわざがあるんや。きっとそれは……)
「ベトくん! お願いすると!」
「……! ベトベターか……」
(今度こそ決着をつけてやる!)
並び立つ両雄。どちらが倒れるまで終わらない戦いの火蓋が切られた。
「『のろい』で蝕め!」
「『くろいきり』で覆うけん!」
「……! 『どく』にしてこないだと?」
放出された闇のオーラと漆黒の霧がお互いの相手を包み込んでいく。
(しかもよりによって忘れさせた『くろいきり』に牙を剥かれるか……!)
やがてそれらが晴れていくと、ベトベターには釘の幻影が浮かび上がり、デスマスからは力こぶが消え去っていた。
(一番厄介やった『ビルドアップ』の引き継ぎはこれで無くなったと!)
(……だが! 『のろい』を浴びた者は衰弱の一途を辿るしかない! 優位は……変わらない!)
「『おどろかす』で攻勢に転じさせるな!」
「『とける』でいなすんよ!」
デスマスが自身を収めた仮面を投じて距離を詰め、出現して風を巻き起こすと、ベトベターは液状になることである程度風を受け流していた。しかし急に至近距離で驚かされ、ベトベターは少しの間動きが止まってしまう。
(怯んでいる間にも『のろい』は進む……!)
「たぁ……!」
(なんとか耐えて……!)
「離れて『じこあんじ』だ!」
その隙に再び仮面を投じて自陣へと帰ったデスマスは身体を液状にし、衝撃に強くなっていった。
(『くろいきり』は敵味方関係なく、能力の変化に反応して襲い掛かる。こちらの『とける』を解除しようと思えば、『おどろかす』にまた対応を迫られるだけ。そう……結局のところお前に選べるのは敗北の仕方のみというわけだ!)
「逃さんよ! 『かみなり』を撃ってダッシュやけん!」
「なに……! 『かみなり』だと!?」
(『おどろかす』は威力自体が強力なわけやなか。『のろい』の時間を稼ぐためなんやろか。『とける』を挟めればあまりダメージは望めん。やから、距離を取ってくる瞬間は必ずあるけん!)
ベトベターから離れながら動きに注意していたデスマスだったが、頭上の雨雲から落とされた雷には不意を突かれて直撃してしまう。
(……そうか。カウンター系統の『しっぺがえし』で攻め込んだりと早い展開に持っていったのは、『あまごい』をベトベターに繋ぐため。タッグマッチの経験をシングルにも活かしたのか)
(やってくれる! 元々『のろい』の代償で身を削っているからな……今の『かみなり』でかなり持っていかれた。とはいえ、それはベトベターも同じだ!)
互いに余力を失った今、近付く終わりを両者共に感じていた。だからだろうか。最後の指示は同時に出された。
「屈んで『したでなめる』と!」
「『ナイトヘッド』で撃ち抜け! ……!」
(ダッシュ中に屈め、だと? 動きが止まるだけだろう。それどころか転んで隙を作りかねない……!?)
デスマスから放たれた直線的な黒いビームをベトベターは自ら近付いている状況ながら、掠ることもなく躱しきっていた。
「フィールドを滑っているだと……!?」
そしてダッシュによりついた勢いを利用し、雨で濡れた鋼の上を液状に溶けたベトベターがスライドしていた。勢いは落ちることなく、ビームを放ったばかりのデスマスのもとまで辿り着き……
「キュウ!?」
長い舌が鞭のように振られ、防御姿勢を取れなかったデスマスはモロに食らって倒れ込んだのだった。
「や、やったと……! ……!」
「負けた……? 俺が……。俺よりお姫様を選んだ父さんの判断は正しかったとでも言うのか……!」
マシュは目の前の光景が信じられず、駆け寄って戦闘続行不可能の意思表示をすることが出来ないでいた。
「なあ、マシュ。お前には伝わらなかったのか?」
「何の話だ……!」
「ヒメノのバトルから何か感じなかったかって話さ」
「…………差だ。俺とお姫様の差を感じさせられた。以前引き分けたにも関わらず、だ!」
「ならきっとお前にはもう既に……伝わっているんじゃないか」
(最後の『ナイトヘッド』は完全に読まれていた……。それだけじゃない。打ち消しや前に俺が使った『くろいきり』だったり……)
「……またやけん」
「まただと?」
「悲しそうに笑うんよ……。今日バトルを始める前も、この前別れる時も……そうやったと」
「……そうだったのか……」
ヒメノに言われて思わず口に手を当てたマシュは少しの間呆気に取られる。そして可笑そうに吹き出すと、ようやくフィールドに足を踏み入れた。
「……前にジムリーダーの話をした時から微かに感じていたのかもしれない。経験から足りないものを埋めるお前と俺の違いを……だが、認めるわけにはいかなかった。チャンピオンの息子である俺は強者でなくてはならない。不足があることを……認められなかった」
(マシュにはチャンピオンの息子って宿命を負わせちまった。俺としては囚われなくて良いと言えるが、あいつにとっては……呪いみたいなもんだったろうな。それが今、白黒付いたことで解けたんだ……)
デスマスを抱え起こしたマシュは憑き物が落ちた柔らかい微笑みを湛えていた。二人の戦いの結末を見届けたドルガは胸を撫で下ろすと、マシュのもとに歩み寄っていく。
「不足があるってことは、強くなれるってことさ。俺達全員な」
「……そうだな。俺はもっと強くなる。ジムフェスで父さんを倒す夢を諦めた訳じゃない」
「そうこなくっちゃな! ……ヒメノ。お前をエキシビジョンマッチに指名して良かったよ」
「そ、それはこちらこそやけん!」
「お互い様なら良かったよ。チャンピオン以外に興味を持たなかったマシュが、嬢ちゃんには随分拘ってくれたみたいだからさ」
(……思えば特別扱いしていたのは父さんではなく、俺の方だったのかもしれないな)
「けどジムフェスから帰ってきたらお前が家出してたのはさすがに血の気が引いたよ……。ほら、忘れ物だ」
「ポケフォン……これからは連絡を寄越せということか?」
「それは気が向いたらしてくれたら嬉しいよ。そうじゃなくてさ。『ポケモン図鑑』にも目を向ける時間があっても良いと思うぜ」
「ふっ……ジムフェス一番乗りで俺の強さを証明しようと上ばかり見てきたからな。これからはたまには下も見るよ」
「それがいいさ。さて……お前の顔も見れたことだし、俺はそろそろ行くとするかな」
「えっ! あ……ここでお別れしちゃうと?」
「悪いな。ここからフェリーで南下するとキワナオ島があるだろう? マシュとすれ違わないよう、無理言ってジム巡り遅れさせてたんだ」
(……選ばなかった俺のことなど大して気にしてないと思っていたが、そこまでしてくれてたのか)
「……確かに。昨日フェリーでマシカゴに帰って来たところだ。下手をすればすれ違っていたかもな」
「ふぅ……危ねえ。というわけでその分巻き返さなきゃなんだ」
「そっかあ……。色々お世話になりました!」
「大したことはしてないよ。じゃあな! 二人とも待ってるぜ。ジムフェスティバルの地でな」
テンガロンハットを被ってそう言い放ったドルガは沈む夕日を横目に早速ジムに向かっていった。そんな彼を見送った二人はひとまずポケモンセンターに向かうと、疲れたポケモンを預けていた。
「ヒメノ」
「……!? ど、どうして名前を……?」
「今はなんだかそういう気分なんだ」
「そうなんや。……ちょっとビックリしちゃったと」
(なんだか改めて名前で呼ばれると恥ずかしか〜!)
「そ、それでどうしたん?」
「お前のジムチャレンジを観戦してもいいか?」
「えっ!」
「もちろん見られたくなければ断ってもいい」
「ううん! そうじゃないんよ! どっちかと言うと、嬉しか!」
「嬉しい? 何故だ」
「あたしのバトルから何か学べるものがあるかもしれないって思ってくれたこともやし……それにそう言ってくれたこと自体が嬉しいんよ!」
「変わったやつだな。今後戦う時の研究材料にされるかもしれないというのに」
「もしそれであたしに悪いところがあるんやったら、見ないようにするんやなくて直したいもん」
「……なるほどな。お前らしい答えだ……」
(俺は強者というのはバトルが強い者だと思っていた。しかし……その意味を履き違えていたのかもしれないな)
そして二人は椅子に腰掛けると、時に驚き時に笑い合い、時間を忘れて話し合ったのだった。