挑発的な仕草を見せるエンニュートに対峙したヒメノはルアーボールを手に取った。
「頼んだけん! リセっち!」
「ピュルルッ!」
「……なるほど。『ポケモン図鑑』によるとエンニュートは炎・毒タイプ」
「ヒメノの手持ちを考えれば相性が一番良いってわけね!」
「だがこの一帯を独占しているということは、ナワバリ争いを制したということだ。それ相応の理由があるはず。一筋縄ではいかないだろうな……」
「かもね。けど炎に強いのはもちろん、『どく』だってハリーセンには効かないわ!」
(そうなんだが……。ヒメノが俺に語ったことを考えるとな)
ヒメノが呼び出したのは水タイプを有するハリーセン。マシュは炎に対する水の有利と意図の分かりやすい選出に納得しつつも、素直な有利を取る必要性が有ったのではないかと推測していた。
「『しおみず』を浴びせると!」
ハリーセンが身体を風船のように膨らませると海水のように塩を含んだ水を口から発射した。
「……! キュキュキュッ!」
彼らが立っている地面は大小異なる岩が連なって形成された不安定な場所。そんな中、エンニュートは俊敏な動きを見せてハリーセンに接近していった。
「あっ! 岩を盾にされた!?」
「それだけじゃない! 懐に入られるぞ!」
「足止めにはなると思っとったのに……!」
エンニュートは何個か突き刺さっている巨岩を利用し、水が当たらないようにしながらの接近に成功していた。そして尻尾に炎を纏わせて鞭のようにしならせ、ハリーセンへと叩き付けてくる。
「なら『アクアテール』で反撃やけん!」
「ピュ……ルッ!」
「……! これも躱すのか!?」
「ハリーセンも速い方なのに……!」
先制の一撃を貰いつつもハリーセンはすかさずお返しと言わんばかりに尻尾に水を纏わせて叩き付けた。しかし捉えたのはエンニュートの残像。後ろにあった岩を砕く感触が伝わったハリーセンに、続けて味わわされたのは爪で身体を切り裂かれる感触だった。
「まずいな。最初のわざでぼうぎょを下げられている。そこに『ひっかく』をモロに食らった……!」
「しかも相手も毒タイプだから接触されても『どくのトゲ』で『どく』に出来ない……! どうするのよヒメノ!」
「動きを制限すると! 『まきびし』をばら撒いて!」
『ひっかく』により後方に吹っ飛ばされたハリーセンは全身の針を射出した。それに反応したエンニュートはヒメノ達から見て左に避けつつ、紫色のガスを吐き出した。
(足場が悪か……。下手に躱そうと大きく体勢を崩したら、あのすばやさで詰められると!)
「『どくガス』は受け止めるけん……!」
「運が良かったわね! 効かないわざを使ってくれたわ!」
「……いや、違う!? よく見ろ!」
「えっ!? 『どくガス』が……生きてるみたいにハリーセンの中に飛び込んだ!?」
宙に漂うかと思われたガスが渦巻き、口を通してハリーセンの体内へと侵入していった。するとハリーセンの身体にうっすらと紫色が浮かび上がってくる。
「嘘でしょ!? 『どく』……?」
「これがエンニュートの特性『ふしょく』やけん! 体内から浸食させて毒や鋼タイプのポケモンも『どく』状態にしてくると……!」
「……! そんな特性があったのか……!」
「それじゃあまずいじゃない! ヒメノの『どく』は効かないのに、あっちだけ一方的に効いちゃうんだったら、相性の良いハリーセンがこのままやられちゃったら……!」
「やらせはせんよ! リセっち! 左から押さえ込むように『アクアテール』やけん!」
「ピュ……ルルルッ!」
慣れぬ『どく』の症状に苦しんでいたハリーセンだったが、ヒメノの指示に歯を食いしばって跳躍すると、先程のように上から叩き付けるのではなく、横回転で尻尾を振るった。
「一気に決めるしかないわよね! けど……」
「やはり躱されるか……」
(右に『まきびし』はあるが、回避に気を取られて踏むほど迂闊でもない……)
(このエンニュート……最初もそうやった。仕掛けずに『しおみず』を見切って躱して、攻撃してきたと。その後も回避と攻撃の繰り返しやけん。ヒット&アウェイが身に染みとるんや! やから今回も躱した後は勿論……!)
すばやさを生かして躱しきったエンニュートは攻撃後の隙を狙い、爪を構えていた。
「そのまま岩を飛ばして!」
「なにっ!?」
「これって……『いわなだれ』!?」
先程『しおみず』を防ぐのに使われた巨石が砕かれると、雪崩のようにエンニュートに襲い掛かった。すると攻勢に転じようとしていたエンニュートはこれを避けることが出来ず、直撃を受けてしまう。
「キュッ!?」
「あっ! あそこって……!」
すると後方に吹っ飛ばされて倒れ込んだエンニュートに『まきびし』が突き刺さった。
「そうか! これならすぐには立ち上がれない……!」
「今度こそ『しおみず』を浴びせるけん!」
立ち上がるのに苦労しているエンニュートに再度『しおみず』が吐き出される。
「キュキュッ!?」
「『いわなだれ』と『まきびし』で受けた傷に塩を塗り込んだ……!」
「水も相まってこうかはばつぐんね!」
『しおみず』を被ったエンニュートに今までのように攻勢に転じる力は残されていなかった。
「えいっ!」
ヒメノはバッグからボールを取り出した。下はほぼ白、上はほぼ赤。スイッチの上にS状、左右に円状の黄色が彩られている。『スピードボール』と呼称されるボールが投げつけられると、エンニュートを捉える。少ししてカチッ、という小気味の良い音が鳴った。
「「やったー!」」
続いて喜びを分かち合う二人のハイタッチが響く。興奮覚めやらぬ中、再びエンニュートが呼び出された。
「キュ〜……」
「ふむ……出会った時には挑発すらしていたのに、すっかり見る影も無いな」
「マシュみたいね」
「……ここまでじゃないだろう」
「うーん……。ナワバリを制しとったくらいやから、自信に満ち溢れてたんやろか」
「天狗の鼻が折れちゃったのね」
「元気出して欲しか〜。……! リセっち?」
「ピュルル〜」
すっかり落ち込んで涙目のエンニュートをハリーセンが励ました。すると掛けられた言葉がよほど嬉しかったのか、ハリーセンのことを抱きしめていた。
(姉さんがおったらこんな感じなんやろか)
そしていつの間にか出てきていたドクケイルにハリーセンは吹き飛ばされていくのだった。
時は流れ、二週間後。ヒメノは再びジムに挑戦していた。
「お待ちしていました。早速始めましょうか」
「よろしくお願いすると!」
クルトがドータクンを呼び出すと同時に、ヒメノもスピードボールをフィールドに投げ込んだ。
「自信持っていくけん! エンねえ!」
「キュキュキュッ!」
現れたエンニュートは対峙するドータクンに向かって強気な表情を浮かべ、かかってくるようジェスチャーを送っていた。
「ならばいかせていただきましょう! 『トリックルーム』!」
(これではエンニュートのすばやさは生かせない……)
ドータクンは襲い掛かりはせずに自分に有利な空間を張り巡らせていった。するとエンニュートの口角が上がっていく。
「『アンコール』すると!」
「……! そう来ましたか……」
一転してエンニュートが
「良いわよ! これでドータクンはしばらく『トリックルーム』しか使えないわ!」
(再度の『トリックルーム』は解除を意味します。ここは代えるしかありませんね。たとえ……読まれていたとしても)
「一旦下がってください!」
「『どくガス』で仕掛けるけん!」
「……お願いします。ギルガルド!」
放たれた毒ガスがギルガルドの内部に入り込み、鋼鉄の剣が紫色に染まっていった。
(良かったと……。調べた通り、鋼タイプにも通用したけん!)
(やりますね。ですが『どく』にしたからと言って勝てるわけではありませんよ)
「『シャドーボール』!」
「戻ると! 頼んだけん、グッさん!」
「……!」
クルトの攻撃指示に反応するようにヒメノはボールを取り出すと、ポケモンを入れ替えた。
「グレッグルだと!?」
「な、なによ。どうしたの?」
「グレッグルは以前の戦いでギルガルドにやられている……。それもダメージを与えられていない」
「えっ!? じゃあなんで?」
「さあな……」
(やられっぱなしで終わったら悔しいもん。ね、グッさん)
「キュケケッ!」
「行くよ! 『しっぺがえし』で……弾き返して!」
「なっ!?」
すぐそこまで迫っていた『シャドーボール』をグレッグルは黒い拳で受ける。痛みで顔を顰めながら腕が振るわれると、ギルガルドに向かって打ち返された。
「『キングシールド』で防いでください!」
「その隙に『あまごい』やけん!」
当たれば効果はバツグン。食らう訳にもいかずギルガルドは『シールドフォルム』に変形して『シャドーボール』を受け止めた。そしてフィールドに雨粒が落ちてくる。
(『トリックルーム』があるのですから、速攻を狙うべきでしょう)
「『アイアンヘッド』です!」
「『かげぶんしん』で躱すと!」
「……! この状況は……!」
実体の無い分身を生み出してグレッグルは回避を図った。スピードで大きく劣る分完全には躱せなかったものの、直撃は回避していた。そしてグレッグルは『かんそうはだ』で受けた傷を回復していき……
「そうか! 『どく』の進行でダメージは蓄積されていく……。たとえグレッグルがダメージを与えられずとも……!」
ギルガルドには着々と『どく』が進行し、息も荒くなってきていた。
「なるほどね! これも『ふしょく』で『どく』にしたから出来たこと……早々に下げたけど、エンニュートの力があってこそってわけね!」
(だからこそ速攻を狙ったのですが……簡単にはやらせてくれませんよね。しかしすばやさで劣る以上、果たして回避し続けられるでしょうか)
「続けて『アイアンヘッド』!」
「ここで『どろかけ』!」
(……! 回避に徹するのではなく、攻撃を仕掛けてくるのですか……!)
グレッグルにとっては息もつかせぬ間に放たれた攻撃。それに対し、グレッグルは指を向けるとその先から泥を放っていた。双方躱せず。両者共に小さくないダメージを負ってしまう。
「……決めますよ! 『アイアンヘッド』!」
「今度は『かげぶんしん』やけん!」
背水の陣に挑む構えでクルトとギルガルドは渾身の一撃を放った。するとグレッグルは再び分身をフィールドに張り巡らす。すると金属と金属がぶつかった鋭い音が響いた。
「は、外した……いや、そうか!」
(『どろかけ』は何も鋼や毒の弱点を突く地面タイプのわざ、というだけじゃない。相手の視界を塞ぎ、めいちゅうを下げられる……)
「久しぶりに見たわ! ヒメノの得意戦術! ……!」
「ジャ……ジャァ……」
「ギルガルド……! ……お疲れ様でした」
ここまで『どく』に耐え抜いてきたギルガルドだったが、とうとう力尽き、その身を地面に預けた。
「よくやったよ! グッさん!」
「キュケッ!」
(……! グレッグルを戻しましたか。しかも『トリックルーム』が途切れた……回避により長引かされましたからね)
そしてお互いに交代を行い、バトルが始まった時と同じ構図が展開される。
「すかさず『どくガス』!」
「構わず『みらいよち』を!」
(『みがわり』を盾にしないのか? ……そうか。『アンコール』で繰り返しを強制されるのか。思えば『アンコール』もこのジムの対策、という訳でもないのかもしれない。タイプに関わらず『どく』を防ぐわざはいくらでもある。しかしすばやさの優れたエンニュートの『アンコール』があっては、結局は我慢して『どく』を受け入れるしかない。タイプによる無効も狙えないのであればな……。これがヒメノの毒使いとしての矜持、というわけか)
ギルガルドに続きドータクンまでもが紫色に染め上げられる。そして……
(『どくガス』で視界を奪ってる隙に接近した! やると思ったわ!)
(『トリックルーム』を生かすため、ドータクンはかなり遅い……。躱しきれませんね)
「受け止めてください!」
不透明なガスでドータクンを包み込んでいるうちにエンニュートは近付いていた。そして炎を纏った尻尾が叩きつけられる。
「ドータッ……!」
「……!? 思ったほど効いてないじゃない! 弱点なのに!」
(ドータクンの特性は『たいねつ』……耐熱性の金属で構成されているため、炎は通りづらいのです。……!)
「それでも『ほのおのムチ』はぼうぎょを下げると!」
「なら『ヘビーボンバー』を!」
「落ちてくる前にこっちもジャンプやけん!」
追撃が放たれる前にドータクンは上に跳んだ。対してヒメノは重力を生かして勢いをつけられる前での追撃に拘り、エンニュートも応じて追っていく。
(跳躍力は同程度か……これでは先に跳んだドータクンには尻尾が届かない)
(詰めを誤りましたね。『どく』があるのですから、もう少しスローペースに戦う選択肢もあったはずですよ)
(エンねえの強みはその速さやけん! ヒット&アウェイも良かけど、それだけや勿体なかと。先に仕掛けることで、カウンターを封じることも出来る……。そのことをエンねえにも知って欲しか!)
「下に『はたきおとす』と!」
「なんですって……!?」
しなやかな指を伸ばしたエンニュートは平手でドータクンを掴むようにして打ち落とした。すると下から突き上げるように放たれていたピンク色の光線がドータクンに直撃する。
(『どくガス』の隙に『みらいよち』の方向を指示した以上、彼女からは見えなかったはずですが……読まれていたのですか)
(後の先を追求したヒメノだからこそか……)
その結果エンニュートに光線は届かなかった。そしてドータクンは体勢を崩されたまま鋼のフィールドに衝突した。
「ドー……タァ……」
ぼうぎょを下げられていたこともあってドータクンにとってはかなりの衝撃だった。それでも歯を食いしばり起きあがろうとしたところで……『どく』が巡り、倒れた。
(……お見事です。してやられましたよ)
信じられないような表情を浮かべるエンニュートに抱きつき、抱き返されるヒメノを見てクルトは穏やかな笑みを浮かべたのだった。
少ししてチタンバッジを受け取ったヒメノはジム内の診察室でエンニュートを診てもらっていた。
「野生の時も栄養をよく摂取出来ていたようですね。健康状態も問題ありません」
「良かったと〜!」
「キュキュキュ〜!」
「クルトさん。ありがとやけん」
「いえいえ。これくらい構いませんよ」
「診察もやけど……エンねえを探すヒントをくれて、すごく助かったんよ」
「さぁ……何のことでしょう?」
「えっ?」
「ふふ……。ヒメノさん。人は色んな人、物、ポケモンに関わって生きています。しかしどれだけ影響を受けようと自分の道を決めるのは自分自身なのです。これだけは
「……はい!」
こうしてマシカゴのジムチャレンジが終了した数日後。三人は船着場にいた。
「ヒメノ。お前と過ごした一ヶ月。悪くなかった」
「えっ……。な、何言ってるのよ!」
「ふふっ。あたしなりに頑張ってみたと。ちょっと見苦しいところも見せちゃったかもやけど……」
「いや……そんなことは無かった。俺の目には美しく映ったよ」
「そ、そう? なんか照れると〜」
(アタシが来る前に何があったのよ……! ヒメノに聞いたら内緒って言われたし……!)
「俺も足掻きに足掻く。不足を埋め、自分の戦い方を築き上げるつもりだ。たとえどれだけ時間がかかろうともな」
「うん! マシュ君なら絶対出来るんよ!」
(だってマシュ君はそれを自分で決めたんやもん!)
「ふっ、悪い気はしない。じゃあな。また会う時は強くなった姿を見せる。……ミユ、お前にもな」
「へっ!? ああ、うん。期待だけはしといてあげる! ……アイツ、言いたいことだけ言ってさっさと行っちゃったわ」
「あはは……マシュ君らしか」
「まあ、次こそギッタンギッタンにしてやるわ! 覚悟しておきなさいよ!」
「ミユ……それはマシュ君がおる時に言わんと」
「いや、ちょっと空気読んだ方がいいのかなー……って」
「……?」
「……なんでもない! ほら、行くわよ!」
「うん!」
こうしてフェリーに乗り込んだ二人はキワナオ島に向かって出発したのだった。