ベトくんといっしょに   作:ゾネサー

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潮騒が響く時

 ストリートの一角で、ギャラリーのいないポケモンバトルが繰り広げられていた。

 

「バッキー! 『かげぶんしん』だ!」

 

「あっ……!?」

 

 青色の大きな口が胴体そのものと言っても過言ではないゴルバットが紫色の羽を小刻みに動かす。するとベトベターの『はたく』は狙い通りにいかず、残像を捉えた。力強く振り下ろされた手にあるべき感触が無かったベトベターは着地のバランスを崩してしまう。

 

「『つばさでうつ』!」

 

「ルバッ!」

 

 その隙を突いて伸縮性のある膜を伸ばしマントのように広げた羽が勢いよく閉じられると、無防備な背中を捉え、弾いた。

 

「ベトくん!」

 

 ヒメノはトレーナーボックスから出ると、倒れているベトベターを抱え起こす。そして限界ギリギリまで戦ってくれたベトベターに感謝の言葉をかけながら頭を撫でると、モンスターボールの中に戻した。

 

(……大丈夫、だよな)

 

 あふれる活気をぶつけるように胸に飛び込んでくるゴルバットを受け止めた彼は、妹の背中を見つめた。すると振り返ったヒメノはスッキリした顔つきになっていた。

 

「……もう。手厳しかね」

 

「俺流の祝いさ。楽しんでもらえたかな?」

 

「うん。全部ぶつけてくれて、ありがとね。……また戻ってくるよ。その時は兄さ……いや、違うね。ポケモントレーナーヒコトを打ち負かしてみせるけん!」

 

「……! はははっ。また返り討ちにしてやるよ」

 

 フィールドの中央で二人は拳をぶつけ合った。その拳は熱く、そして温かかった。

 

(……ついに明日、かあ……)

 

 ポケモンセンターを訪れたヒメノは感慨深げに内装を眺めていた。ポケモンを受け取りながら今までお世話になったお礼を伝えると、「寂しくなるけど、次に会う時が楽しみ」と言われ、目を点にしてから元気良く返事をしたのだった。

 

(忘れ物は……なかね。……よし!)

 

「行ってきまーす!」

 

 そして次の日。朝日が茶髪を鮮やかに照らす中、ヒメノは声高らかに旅立ちを告げた。そこには家族だけでなく、ストリートバトルを何度も見てくれた観客も多く集まっており、盛大な後押しを受けて彼女は外への一歩を踏み出したのだった。

 

「わあ……!」

 

 心地良いそよ風が頬を撫でる。眼前に広がる光景は輝いており、どこまでも続いていそうだった。

 

(……独り占めはもったいなかね!)

 

「出ておいで! ベトくん、リセっち!」

 

 ヒメノはホルダーに収めていたボールを取り出し、勢いよく宙に放った。そして隣に出たベトベターと頭の上に乗っかったハリーセンと一緒に道を進んでいく。

 

「不思議やねー。この道は初めてやないのに、全然違って見えるけん」

 

「べとっ!」

 

「ピュル?」

 

「そっか。リセっちは初めてやったね。どう?」

 

 ハリーセンが首を傾げた勢いで落ちそうになったところを支えたヒメノは、そのまま両手を伸ばして遠くまで見えるようにしてあげた。

 

「ピュ! ……ルル?」

 

「あはは……そうなんよ。ずっとくさっぱらが広がっとると」

 

 その視線の先には草原と舗装された道の他には特別に何があるでもなく、期待を込めて見つめたハリーセンは思わず素っ頓狂な声を漏らす。それを聞いたヒメノは腕を下ろしてハリーセンを抱えると、自分の右頬を掻いた。

 

「もう見慣れとったし、いつも走って通り抜けてたんやけどね」

 

 空いた右手に向かって伸ばされたヘドロの手に気付いたヒメノは優しく握ると、歩幅を合わせてゆっくりと歩いていった。

 

「あ! ベトくん。あれ覚えとる?」

 

「……! べとべとっ!」

 

 ヒメノの視線を追ったベトベターは声量を上げて返事をしていた。少しして彼女達が辿り着くと、そこにあったのはマンホールだった。

 

「ピュル?」

 

「実はね。あたし、ここにおっちゃけたことがあるんよ」

 

「ピュッ!?」

 

「小さかった頃にね。凄く雨が降った日があって、帰る時に蓋が外れてたのに気付かんで、おっちゃけて足を挫いて……。……怖かったな。寒かったし、一人だったし……」

 

 自力では上がれず、助けを呼んでも返事はなく。今は見えないマンホールの下を見つめながらヒメノは身の毛がよだつ感覚を思い出していた。

 

「……ふふっ」

 

 しかし手から伝わる温もりでヒメノの覚えた恐怖は和らいでいった。

 

「暗くなってから兄さんがズバットの『ちょうおんぱ』で気を失っちゃったあたしを見つけてくれたんよ。その時にね。ベトくんがあたしの身体を温めてくれてたって……。改めて、ありがとね」

 

「べたぁっ!」

 

 ヒメノが礼を伝えると、ベトベターは右拳で胸を叩いてみせた。

 

「いつでも頼ってくれって? うん。いつも頼りにしとるよ」

 

「ピュルルルッ!」

 

「わわっ。リセっちも?」

 

 するとハリーセンも空気中の水分を吸い込んで身体を膨らませ、負けじとアピールをしていた。

 

「……! じゃあ早速、お願いしようかな?」

 

「ピュ?」

 

「行っておいで、リセっち!」

 

 ヒメノが膝をたたみ、ハリーセンは不思議そうにしながら草むらに降り立つ。それにより眼前に映る景色が変わったことで、野生のポケモンが待ち構えていることに気付いた。額に一本、尻に二本のトゲを生やした赤い毛虫のポケモン……ケムッソが好戦的な表情を見せ、ハリーセンも戦闘態勢に入る。

 

(あたしも二人に頼ってもらえるよう、頑張るけん!)

 

「『どくばり』で仕掛けると!」

 

 ハリーセンが力を込めると身体を大きく膨らませ、全身から毛のように細い針を多数飛ばした。

 

「けーむっ!」

 

「……!?」

 

 同じタイミングで、対峙しているケムッソからも額のトゲから太めの同質の針が飛ばされる。

 

(あっちも『どくばり』!?)

 

 多数の細針は弧を描き、一本の太針は直線的に、敵と定めたポケモンに突き刺さる。

 

「ピュ……ルッ!」

 

(けどリセっちは毒タイプやけん! そんなには効かんし、『どく』の状態異常にもかからん! だけど虫タイプじゃそうはいかんよ!)

 

 ダメージは負ったものの苦悶の声を抑え、力強く鳴き声を上げるハリーセンに頼もしさを覚えながら、ヒメノは視線を相手に移す。するとこちらよりダメージを負った様子に加え、針が集中した箇所が紫色に染まっていくのが窺えた。

 

(えっ!?)

 

 『どく』の状態異常の兆候。そう確信したヒメノだったが、紫色に染まった粉が舞い、皮膚には変色が見られないことに動揺していた。特性『りんぷん』……身体の表面を覆い、保護する役割を持つ粉が毒の侵食を防いでいた。そのことにヒメノが気付く間もなく、ケムッソは接近していた。

 

「……! あ、『あわ』で進路を塞いで!」

 

 ハリーセンは口から大量の泡を吹き出した。が、指示の遅れが響いた。懐に飛び込まれ、勢いのある『たいあたり』がぶちかまされた。

 

「ピュ……!」

 

 加えて泡により視界が狭まり、死角から飛び込まれたハリーセンは受け身も取れず、衝撃をモロに受けてしまった。

 

「リセっち!」

 

「……ルルルッ!」

 

 大きなダメージをもらったのは火を見るより明らかだったが、ハリーセンは気丈に振る舞っていた。

 

(これ以上リセっちにダメージを負わせるわけにはいかんね。なら、一気に攻めるよ!)

 

「『ころがる』っ!」

 

 そのことを察したヒメノは半ば消去法で攻めを選択した。全身の針で地面を蹴るようにしてハリーセンは距離があるケムッソに向かって転がっていく。すると勢いが増していったところで、脚をしっかり地面につけたケムッソが軽く何かを発射した。

 

(それじゃあ跳ね返せんよ! ……あっ!?)

 

 重さの感じられない発射物に跳ね除けられると判断したヒメノだったが、着弾した瞬間ハリーセンの軌道が逸れた。『いとをはく』により発射された糸が針を覆うようにして出っ張りとなり、コントロールを失わせたのだ。

 

「あ、危ない! 横に避けて!」

 

「ピュ……ルルッ……!」

 

 なんとか身体を捻って横に避けようとしたハリーセンだったが、つきすぎた勢いがそれを阻んだ。『ころがる』を木に向かって誤爆してしまう。

 

「けーむけむけむっ!」

 

 弾き返されて反動でダメージを負ってしまい、その様を見てケムッソは声高々に意地悪く笑っていた。

 

(見計らって……! ごめんね、リセっち。あたしのミスで……。これ以上戦わせるのは心苦しか。ベトくんに——)

 

「……! ピュ……ルッ!」

 

「……!? リセ……っち」

 

 余力を目に見えて失ったハリーセンにヒメノが交代を考えた瞬間だった。ハリーセンは力を振り絞って、掠れた声を懸命に上げ、不安定ながらに起き上がっていく。

 

(ミスをしたのに、疑うことなく指示を待ってくれとる……。……そっか……。頼るってことは、信じるってことなんだ。……頼ろう。ベトくんだけじゃなく、リセっちも。二人とも、頼ると!)

 

 その姿を見て、ヒメノは今までどこか抱いていた庇う気持ちを捨て去った。そして今の状況を見渡すと、指示を送った。

 

「『あわ』で壁を作って!」

 

「ルッ!」

 

 ケムッソが近付いてくる前に、ハリーセンは口から出した泡で防壁を作り出した。

 

(迂闊に近付いてきたら弾き飛ばせると。ただこれでリセっちの視界が遮られた。だから、あたしがリセっちの目になる!)

 

 ヒメノ側からケムッソへと『ころがる』を仕掛け、ハリーセンは左に逸れた。そのため作り出された防壁を境とした左右の様子がヒメノからは見えていた。

 

「……けむっ!」

 

 するとケムッソは近くにある木を見てから、その根本と同じ高さへと『どくばり』を放った。先ほど泡が張られる前に衝突した木の根元にハリーセンがいたのを確認していたためだった。

 

(よしっ。来たね……!)

 

「撃ってきたと! 身体を反転させて『まるくなる』で受け止めて!」

 

 太針が泡を貫くと連鎖するように防壁が弾け飛び、反転したハリーセンは膨らんで丸まり防御体勢をとった。粘性のある糸はそれだけで外れることはなかったが、太針がその箇所で受け止められ、糸目を失った縫い糸のように(ほど)けていった。

 

「けむっ!?」

 

「足元を狙って『どくばり』!」

 

「ピュッ!」

 

 枷を取り払ったハリーセンは確保された視界でケムッソを捉え、精度の高い細針を放った。同様に前が見えるようになったケムッソも立ち尽くすばかりではなく、弧を描く針をとっさに大きくジャンプをして躱すと、空中姿勢のまま『いとをはく』で反撃に出た。

 

(今!)

 

 吸盤となっている脚が離れ、今度は解除させまいと大量の糸が放たれた瞬間、ヒメノは迷わず指示を出した。

 

「『ころがる』で巻き取ると!」

 

 丸くなったハリーセンが勢いよく回転し出すと、糸が見る見るうちに巻き取られていく。するとタイヤのように回りながらハリーセンは突進し、逆にケムッソは引っ張られていった。

 

「けむーっ!?」

 

 衝突により糸が切れ、ケムッソは吹っ飛ばされていく。ただでさえ先程より勢いの増した『ころがる』を自ら飛び込むようにその身に食らったことで、受け身も取れずにそのまま倒れてしまった。

 

(虫タイプの居心地が良いボールは……。……あった!)

 

「えいっ!」

 

 ヒメノはバッグの中をガサゴソと探り、下は白、上は水色を基調としつつ黒の網目がかけられたボールを取り出した。『ネットボール』と呼称されるそれが投げつけられると、中から放たれたネット状の光線がケムッソを捉える。そして地面に転がったボールが点滅を繰り返し、それが終わると同時にカチッという音が鳴った。

 

「やったあー! リセっち、ようやったと〜!」

 

「ピュルルルー!」

 

 野生のポケモンは体力が残っていると脱出してくることが多い。それだけ今の戦闘でのダメージが大きかったという証だった。ゲットと同時にヒメノは拳を突き上げてジャンプすると、飛び込んできたハリーセンを抱き締めたのだった。

 

「べたぁ……。べとべと!」

 

「ルルッ」

 

 そうして少し経った後、今の戦いの一部始終を見ていたベトベターが興奮気味に両手を上げてハリーセンのことを褒めていた。それに対してハリーセンはというと自信ありげに鼻を鳴らし、口角を思い切り上げていた。

 

「よいしょっと……。出ておいで!」

 

「けむ〜」

 

「ピュル!? ルルルッ!」

 

 すると先ほどのボールを拾って戻ってきたヒメノが木陰にバッグを立てかけると、腰を下ろして膝の上にケムッソを寝かせていた。先ほどまで戦っていた相手が再び現れ、ハリーセンは警戒心を露わにする。

 

「大丈夫やよ。もうこの子はあたしらの仲間たい。えーと、確かここに入れといたはずやけど……あったあった」

 

 そんなハリーセンを嗜めつつ、ヒメノがバッグから取り出したのはキズぐすりだった。

 

「ちょいと染みるかもやけど、我慢してね」

 

「けむむ……」

 

 紫色の装置から霧状に薬が噴射されると、最初はビックリしていたケムッソだったが、段々と傷口が塞がっていき、手当てが終わる頃には大人しく治療を受けていた。

 

「よーし。これで終わり! お疲れ様〜」

 

「けむけむ〜」

 

 元気を取り戻したケムッソはすっかり懐いており、ヒメノに擦り寄って甘えていた。

 

(かわいか〜。……そや!)

 

 肩まで上ってきて頬擦りをするケムッソに愛おしさを覚えながら、ヒメノはポケモン図鑑を起動した。

 

(おっ。女の子は初めてやね)

 

「『ケムッソ』。虫タイプ。いもむしポケモン。吸盤の足はたとえガラスでも滑らない。枝にくっついて大好物の葉っぱを食べたり、時にはお尻のトゲで木の皮を剥がし、染み出た樹液を食料とすることがある」

 

「そうなんやね〜。葉っぱ食べると?」

 

「けーむっ!」

 

 表示された性別に驚きつつ、ヒメノは先程の『ころがる』の誤爆で落ちてきた葉っぱを手に取るとそっとケムッソに近づけてみた。すると勢いよく食べ始め、思わず笑みがこぼれる。そんな様子を見て頬を膨らませるハリーセンだったが、ヒメノに呼ばれると、嬉しそうに膝の上に乗っかった。

 

「頑張ってくれたけんね。ご褒美に……じゃーん! オレンジュース!」

 

「ルル〜!」

 

「けむっ!?」

 

 ドリンク瓶を取り出したヒメノは横になったハリーセンに中身を飲ませてあげる。それを満足そうに受け入れるハリーセンをケムッソは恨めしそうに見ていた。

 

「ケーちゃんも飲みたい? けど容れ物が一人分しかないんよ。また今度、ね?」

 

「けむ〜……」

 

「……ルゥ〜」

 

「むむむっ……!」

 

「……! ルルルッ……!」

 

「こーら。二人とも、仲良くせんとあかんよ?」

 

「べたべた」

 

 飲み終えて幸せそうにするハリーセンにケムッソが声で妨げ、ハリーセンも威嚇するように鳴き声を上げる。そんな二匹をヒメノは嗜めると、ベトベターは同意するように腕を組んで何度も頷くのだった。

 休憩を終え再出発した彼女らは、小さな山のようになっている道の頂点に辿り着いた。

 

「ピュルル〜」

 

「ふふっ。潮の匂いやね」

 

「けむぅ……」

 

 見下ろす先には目指していたガサタウンがあった。町並みと海浜に挟まれるようにして、壮観な松原が広がっている。腕の中で海の匂いに喜ぶハリーセンと肩の上で初めて見えた光景に呆気に取られているケムッソに笑みをこぼしながら、手を引っ張られてヒメノはそこへと向かうのだった。

 そうして無事到着したヒメノはみんなをボールに戻すと、入り口から近くにあったポケモンセンターを訪れた。すると長椅子に腰掛けてギターを弾いていた少女が山吹色の眼を見張る。

 

「……! ヒメノ! やっと来たわね!」

 

 彼女は勢いよく立ち上がると黒い短髪の外ハネを揺らしながら、怒涛の勢いで迫り、ヒメノを見上げ、猫が牙を見せるようにして口を開いた。

 

「えっ? ……あっ! ミユ! 久しぶりやね〜!」

 

「お互い忙しかったしねー……じゃなくて! なんでこんなに遅いのよ。キナサガ出たって時間からだいぶ経ってるじゃない!」

 

「折角の旅やし、みんなと色々見て回ってたんよ」

 

 道中、普段は覗かない草むらで道草を食い、野生のポケモンと触れ合ったりバトルしたりしていたため、到着には時間がかかっていた。ヒメノは手持ちのポケモンを預けてくると、ミユが音程の調整に用いるチューナーを片付けたのが目に入った。

 

「……もしかしなくても待っててくれたんやね。悪いことしちゃったと」

 

「まあ、待ち合わせしてたわけじゃないからいいよ。そうじゃなくて、何かあったんじゃないかって……」

 

「心配してくれとったんやね」

 

「はあ!? そういうわけじゃないし……!」

 

「ふふっ。ありがとね」

 

「……ううー。そ、それより! ジムに挑戦するんでしょうね!」

 

「勿論!」

 

「ふっふーん。なら、まずはアタシが相手よ!」

 

「望むところやよ!」

 

 再会から少ししてヒメノは回復してもらったポケモンを受け取ると、ミユと積もる話をしながら並んで歩いていった。そして松原を通り抜け、砂浜へと足をつける。そこには濡れた岩を並べて象られたストリートバトル用のフィールドが設置されていた。

 

「さあ、ヒメノ! 早速やるわよ! 今日はアンタがチャレンジャー! さっさと決めてよね!」

 

(まだケーちゃんは指示されるのに慣れてなか……)

 

 ストリートバトルでは挑戦する側が使用可能なポケモンの数、そして形式を指定することになっている。そのためヒメノはホルダーに目をやり、条件を提示した。

 

「二体でシングルバトルやけん!」

 

「……! 初めてだね。じゃあ……」

 

 ミユはちょっと意外そうにしながら、背負ってきたケースからギターを取り出し、弦を(はじ)いた。

 

「ロックに奏でようか!」

 

「テンポはあたしが掴むけんね!」

 

 ジャーン、という音の余韻が波に吸い込まれていった瞬間、同時にボールが投げ出された。

 

「さぁ、ギラギラ! 宝石よりも輝いていくよ!」

 

「頼んだよリセっち!」

 

「なっ……!? ベトベターじゃないの!?」

 

 ヒメノが繰り出したのは水タイプを有するハリーセン。対してミユが繰り出したのは緑色の小さな怪獣のような姿をしたヨーギラス。岩・地面タイプとどちらも水タイプの弱点であり、ミユは虚を突かれて動揺していた。

 

「出だしはこっちやね! 『あわ』!」

 

「くぅ……戻って!」

 

「……!」

 

 すかさずハリーセンが跳ねて勢いよく泡を噴射すると、ミユはギターを首からかけたストラップに任せてそれぞれの手でボールを握り、ヨーギラスを一方のボールに戻した。しかし、バトルの基本ルールとしてわざの途中で交代する場合、すぐに次のポケモンを繰り出さねばならない。そのため、もう一方のボールから繰り出されたポケモンが泡で弾け飛んだ。

 

「トばすじゃん……!」

 

「このままガンガンいくけんね!」

 

「イントロのままサビは迎えられないよ! 『くらいつく』でステージを盛り上げて! カメカメ!」

 

「えっ!?」

 

(ダメージが全然入ってない!? ……! 岩タイプ……じゃ、ない!)

 

 弾き飛ばされたポケモンは後方に設置された岩の側面に着地するや否や、反動を利用してハリーセンの着地際を狙って飛び込んでいった。その頭にツノを生やした小さなカメのようなポケモンはカムカメ。水タイプであったため『あわ』のダメージを最小限に抑えられたのだった。

 

(加速が速い! 躱せん!)

 

「『まるくなる』!」

 

 身体を大きく膨らませて丸くなり、ハリーセンは防御を固めた。すると接近したカムカメは小さな身体に似合わず、口をこれでもかと大きく開き、噛みついた。

 

(狙い通り!)

 

「ピュルッ!?」

 

「リセっち!?」

 

 特性『がんじょうあご』。読んで字の如く頑丈な顎を最大限生かした噛みつき攻撃は強力だった。ハリーセンはなんとか身体を萎ませて作ったスペースから身を引いて逃れたものの、息も絶え絶えだった。

 

(……リセっちには出来ればヨーギラスの相手を任せたか。ここはベトくんを頼るよ!)

 

「一旦戻っ……!?」

 

 ヒメノはすぐさま交代しようとした。しかし、ボールから出た光線をなんとハリーセンに刻まれた噛み跡が動いて噛み砕いてしまう。

 

「ふっふっふ……。させないさせない。『くらいつく』を食らわせた瞬間から、どちらかが倒れるまで終わらないサドンデスが始まったんだよ!」

 

「……! しまったと……!」

 

(ただの反撃やなく、自分に有利な状況を維持するためやったんやね……!)

 

 それがミユの真の狙いであることに気付き、ヒメノの背に冷や汗が伝った。

 

「中々刺激的なAメロでしょ?」

 

「そやね……! けど、それはお互いにとってみたいやよ?」

 

「……! カメカメっ!?」

 

(いつの間にか『どく』を仕込まれてる……!?)

 

 特性『どくのトゲ』により、ハリーセンの全身に生えた毒針が口内で刺さったカムカメは『どく』の状態異常に侵されていた。交代を封じて優位を奪ったと感じていたミユはそのことに焦りを覚える。

 

(もし長引いたら……!)

 

「もう一度『くらいつく』! 一気にサビに突入よ!」

 

(初動は遅い……!)

 

「今のうちに『どくバリ』!」

 

「うっ……!?」

 

(先手を打たれた! これじゃあ『どくばり』の雨に突っ込んじゃう……!)

 

 反動を利用した先程とは違い、カムカメの走り出しが遅くなる。その隙に撃てる限りの毒針が放たれた。

 

「Uターンしてわざを中断して! 仕切り直し(ダ・カーポ)よ!」

 

 降り注ぐ毒針に突っ込ませるのは得策ではないと判断し、ミユは勢いを殺すことなく走らせて回避させる。

 

「今度は『あわ』を浮かせて!」

 

(攻撃じゃない!?)

 

 距離があるとはいえ一時的に背を向けたカムカメに来る追撃に備えていたミユだったが、その時間を使ってヒメノは空中に防壁を作り上げ、視界を遮断していた。

 

(近付いたら危険だけど、こんなのどうとでもなるじゃない!)

 

「『みずでっぽう』でブレイクダウンよ!」

 

 前へ向き直ったカムカメの口から発射された水が全ての泡を弾け飛ばす。

 

(えっ!?)

 

 次の瞬間。泡の下を潜り抜けていたハリーセンの『ころがる』がカムカメに命中し、真上に吹き飛ばしていた。

 

「なっ! 一体何が……。……ジェスチャー!?」

 

(野生のポケモンと戦って分かったと。相手の指示があることで、こっちもそれに構えられていたことを。ワンテンポ挟まれずに攻撃されることの、厄介さを)

 

 泡で視界を遮断したヒメノは身振りで攻撃指示を送っていた。トレーナーとの戦いでも上手くいったことにヒメノは内心安堵しながら、泡が消滅して確保された視界を見渡す。

 

「ペースを上げて追撃! 横に跳ばれても合わせるんよ!」

 

(『ころがる』は攻撃が続く限り、段々と威力が増す岩タイプのわざだったわね……!)

 

「ハードロックってわけね……! ならこっちは緩急つけてくよ! 後ろに大きく下がって、『ロケットずつき』で迎え撃って!」

 

 勢いを保ったままリターンして来ようとするハリーセンにヒメノが指示を送ると、ミユは砂で落下の衝撃を抑えたカムカメに距離を取らせての迎撃を試みさせた。

 

「ギュルッ!?」

 

「カメカメ!? ……あっ!」

 

 しかし、突如としてカムカメが体勢を崩してしまう。その原因にミユは遅れて気が付いた。

 

(ぬかるんでる!? ……しまった!)

 

 撃ち落とした『あわ』とそのために放った『みずでっぽう』により、砂には大量の水が染み込んでいた。そのためカムカメは足を取られてしまったのだった。そして反撃の体勢を整える暇は無く、二段階目の『ころがる』が直撃した。

 

「カメカメーッ!」

 

 『どく』で消耗し続けていたカムカメに再度の『ころがる』を耐える体力は残されていなかった。

 

「止まってよかよ! ……本番でも上手くいったね。ようやってくれたよ!」

 

「ピュルル〜!」

 

 ぬかるみでブレーキがかかったハリーセンはそのまま砂を巻き上げるようにして動きを止めると、ヒメノの言葉に今にも小躍りしだしそうなくらい喜んでいた。

 

「でも、まだ終わりじゃなかね!」

 

「ピュルッ!」

 

 彼女達が気を引き締めていると、倒れたカムカメを意気消沈した様子でミユが戻す。そしてヨーギラスのモンスターボールを手に取り、躊躇を振り払うように投げ込んだ。

 

「遠慮はせんよ! 『あわ』!」

 

(うっ……!)

 

「え、えーと……『ふみつけ』で……シャットアウトして!」

 

「ピッポォ……!?」

 

 すかさず『あわ』が発射された。するとミユは今まで乗っていたリズムがしどろもどろになり、その結果ヨーギラスはいくつかの水泡を潰しはしたが、泡の破裂が足への衝撃を与え、潰せなかった泡を避けることも叶わなかった。

 

「ああっ……。ご、ごめん!」

 

 二重の弱点を完璧に食らってしまい、ヨーギラスは倒れてしまった。ミユはトレーナーボックスから出てヨーギラスを抱え起こし、慌てた様子でボールに戻した。

 

「ふ……最後は呆気ないフィナーレだったな」

 

 こうしてヒメノが二対二のシングルバトルを制した時だった。どこからともなく声が聞こえてきた。

 

「だ、誰!?」

 

「一体どこから……!?」

 

「お前達……氷より冷たき存在を知っているか?」

 

「……! ヒメノ。上! あそこ!」

 

「えっ? ……あっ!」

 

 ミユが差した先には大きな松の木に登り、太い枝に腰掛けていた薄紫色のマッシュヘアの少年がいた。漆黒の瞳でこちらを捉えていた彼はおもむろに立ち上がる。

 

「あ、危なか!」

 

「降りなさいよ!」

 

「降りるさ……」

 

「「えっ!」」

 

 すると彼はそのまま降りてきた。彼自身が足を動かすことはなく。同じ体勢のまま、運ばれてきた。

 

「キューウッ!」

 

「ひゃっ!」

 

「うわっ!?」

 

「答えはゴースト。この世で最も背筋を凍らせる存在だ」

 

 彼の背に隠れて、服と同系色の両腕だけ脇の下から出していたポケモンが急に現れて驚かせてきた。

 

「い、いきなり何よ! 横から口出しして!」

 

「したくもなるさ……。途中までは互角の駆け引きだった。それがどうだ?」

 

「うっ……し、仕方ないでしょ! 水タイプは天敵なんだから!」

 

「仕方ない……ね。まあ、仕方ない部分もあるだろうよ。しかし、それ以上に情けないとでも言うべきか」

 

「なによっ!」

 

「み、ミユ。落ち着いて……!」

 

「ヒメノ……分かったわよ。……ふぅ。アンタ、いくらアタシに勝ったからって今のはないんじゃない?」

 

(え……!)

 

「俺だったらお前の身に立てば自ら思うがな……」

 

「…………」

 

「まあ、それはお前が思うことだ。俺が深入りすることでもない。俺としては面白いバトルを見ていただけに落胆した……ということだ」

 

「う、ううん。遠回しに褒めてくれとるのかな?」

 

「まあ、な。選ばれただけのことはある……」

 

「選ばれた?」

 

「……いや、なんでもないさ。それより挑ませてもらうぜ。キナサガストリートのお姫様」

 

「えっ? 今?」

 

「さすがにバトル終えたばかりのところに連戦は非常識じゃない? ポケモンだってダメージ受けてるんだから」

 

「普通なら俺もしない。だがお前達は二対二で戦っていた。つまり、そこのお姫様にはまだ万全の状態のポケモンが残っているはずさ」

 

「うっ……。そ、そっか」

 

(なんでやろう? 初めて会ったのに、どうしてそうまでして戦おうとするんやろ)

 

「……ええよ。やろう!」

 

「そうこなくてはな。デスマスよ。お前の力を見せてやれ!」

 

「リセっちお疲れ! ベトくんお願いね!」

 

 ミユに代わりトレーナーボックスに立った少年が先程のポケモンに声を掛けると、金色の仮面をぶら下げた黒い魂のようなポケモンが特徴的な赤い眼を開いてフィールドに降り立った。そんなデスマスと対峙するようにして、ベトベターが現れた。ハリーセンの奮闘に刺激されたのか、腕を回してやる気を出している。

 

「気を付けてヒメノ! ゴーストタイプは色々厄介なんだから!」

 

(確かノーマルタイプや格闘タイプのわざを受けないんやったね。『はたく』は効か——)

 

「お前の十八番で度肝を抜いてやれ」

 

「……!」

 

 互いにポケモンを場に出し、既にバトルは始まっていた。隙を逃すまいと少年はデスマスに速攻を仕掛けさせる。

 

(あの動きはさっき……)

 

「『ちいさくなる』で躱して『どろかけ』で反撃して!」

 

 仮面を投げたデスマスは自身の身体をその中に吸い込むように収納してしまうと、仮面はベトベターの眼前に突き刺さり、『おどろかす』べく不意をついてそこから身体が急に現れた。しかしデスマスの目にはベトベターの姿が映らず、逆に驚かされていた。その隙を突かれ、至近距離から放たれた泥を食らったデスマスは堪らず後退する。

 

(ち……良い判断だ。バトルの最中に外野に意識が移るほど甘くはないか)

 

「落ち着け! 『くろいきり』だ!」

 

(切り返しが早か……!)

 

 すかさず送られた指示に反応し、デスマスは仮面の口から一寸先も見えなくなるほどの黒い霧を放出した。するとあっという間に霧が二匹のポケモンを包み込んでしまう。

 

(これじゃあ何も分からん……!)

 

「下がって!」

 

「下がれ!」

 

 霧はフィールド全体を包み込んだわけではなく、互いに手前のスペースは(ひら)けていた。それぞれのポケモンがそこへ脱出すると、互いのトレーナーが自分のポケモンの位置を把握する。

 

(えっ。大きさが戻っとる!?)

 

 すると小さくなったはずのベトベターが通常の大きさになっており、ヒメノは目を見張った。そして霧が段々と晴れていくと、もう一度その目が見張られることになった。

 

(泥が綺麗さっぱり落ちとる!? そう簡単に落ちるもんやないのに……。……ああっ! そっか。『くろいきり』は目くらましだけやなく、変化を打ち消せるんやね……!)

 

「『のろい』だ!」

 

(『のろい』? ……呪い!?)

 

(アタシがやられた厄介なわざだ……)

 

「……なら『どくガス』と!」

 

(……! 対抗してきたか……)

 

 互いに相手を視認すると、デスマスは可視化された怨念のオーラを、ベトベターは禍々しいほど濃く紫に染まったガスを放った。わざを当てることに集中していた両者はそれぞれに向けられたわざを浴びてしまう。

 

「『どく』の状態異常か……」

 

 仮面が紫で塗り替えられてしまったデスマスを一瞥した少年は表情に険しさをのぞかせる。しかし、それ以上にヒメノの表情は険しかった。

 

(『どく』よりも影響が大きか……!?)

 

 デスマスは毒に犯されて苦しそうにはしているが、ヒメノの目にはわざを放った時の方がよほど苦悶していたように見えていた。対してベトベターは身体の芯に浮かび上がった釘の幻影から力を奪われて、現在進行形で苦悶していた。

 

(『のろい』の状態変化は自らを代償としている分、相手の損傷も大きい。さあ、どうする)

 

(今なら相手の方が負ってるダメージが大きいはず。やけど時間が経てば経つほどこっちのダメージの方が大きくなってしまうと)

 

(速攻しかないわよ! 絶え間なくビートを刻むの!)

 

(長引かせるわけにはいかん。けどそれは相手も分かっとる。今闇雲に突っ込んだら、そのまま飲み込まれてしまう!)

 

「『ちいさくなる』!」

 

「えっ!」

 

(あえて長期戦を望む状況とは思えん。これが防御の目的でないとすれば、あり得るのは……回避の確率を上げての接近戦! まだ出していない四つ目のわざで一撃を叩き込むつもりか!)

 

「『くろいきり』で飲み込め!」

 

 身体を小さくしていくベトベターに対して、再度霧が放出された。

 

(よし! やっぱり、変化しとらんから今度は自分には吹きかけんかった!)

 

(えっ! ジェスチャーで指示を……!?)

 

 互いに漆黒の霧で相手が見えず、横から見たミユだけが二人の様子が見えていた。するとヒメノはベトベターが霧に飲まれる前にジェスチャーで指示を出していた。そしてベトベターは闇へと姿をくらませ、誰からも見えない状態に置かれる。

 

(……何!?)

 

 しかしベトベターだけはデスマスの姿——といっても赤い目は見えず下腹部にある仮面の一部だけ——を捉えていた。小さくなった状態から『はたく』で風を起こして地面スレスレにある霧だけを振り払い、その瞬間に相手を確認。その後『くろいきり』に触れて身体の大きさが戻ったものの、警戒されずに大きなモーションから見た位置を目掛けて強烈な泥を放ち、直撃させていた。

 

「キュウ……!?」

 

「べたぁ……!?」

 

「えっ! ベトくん!?」

 

(まさか……二人とも、ジェスチャーで指示を出すなんて)

 

 奇遇なことに少年も同じタイミング・方法で指示を送っていた。先程のミユとの戦いでヒメノが視界を塞いでから意表を突いて接近戦に持ち込むのを見ていた彼は同様の戦術を警戒し、牽制で『ナイトヘッド』……黒いビームを放たせていた。進路を塞ぐのを第一目的とし、直線的に放ったそれが大きさの戻ったベトベターに当たった。直撃とはいかなかったが、『ナイトヘッド』は触れた相手に一定のダメージを負わせるわざ。また同系色の霧に紛れこませたことでベトベターは躱すことが出来なかった。

 

「「……!」」

 

 ベトベターもデスマスも余力らしい余力は既に残っていなかった。それでも二匹は力を振り絞り、立ち上がってきた。

 

「たぁ……!」

 

「ウゥ……!」

 

 その瞬間、互いに身体が蝕まれた。振り絞った最後の力は溶けるように消えていき……同時に倒れてしまった。

 

「ああっ……!」

 

「なんだと……!?」

 

 両者戦闘不能。目の前で起きた光景がすぐには信じられず、思わず二人は呆然と立ち尽くしてしまう。少ししてヒメノがハッとした表情を浮かべて駆け寄ると、少年も近付いてなんとも言えない表情で抱え上げた。

 

「勝者も敗者も存在しない……こんなやりきれない結末になるとはな」

 

「ベトくんも、デスマスも最後までトレーナーのことを信じて戦ってくれたんよ。たとえ引き分けやろうと、やりきれないなんてことはあらへんよ」

 

「お姫様にとってはそうであっても……俺にとってはそうではない。白か黒か、はっきりさせたかった」

 

「……そう、なんや。理由は分からんけど、言いたいことは分かったけん」

 

 『のろい』を受けながらも懸命に戦ってくれたベトベターにヒメノは感謝を言葉にして伝える。すると話しかけてきた少年が優しい手つきで頭を撫でているのに気付き、彼の言葉は少なくとも彼にとっては真実なのだと感じていた。

 

「……なら、また戦えばよかね!」

 

「……!? 再戦……というわけか。なるほどな……合理的な結論だ」

 

「やろ?」

 

「だが今すぐにやったところで、大きく何か変わるとは思えない……。次に会った瞬間こそが再戦の時だ」

 

「構わんよ。けど、また会えるか分からんよ?」

 

「会えるさ……。ジムフェスのチャレンジャーである限り、な」

 

(今度こそグレーでは無い結末を迎えてみせる……)

 

「そっか。……えーと、名前は……」

 

「マシュ。それが名だ」

 

「あたしはヒメノ! お姫様やあらへんよ」

 

「あとアタシもお前じゃなくてミユだから!」

 

生憎(あいにく)だが俺は親から与えられたものより、俺自身の意志を優先する方でな。どう呼ぶかは俺の気分次第だ」

 

「面倒くさいやつ……。それはそうとマシュ……なんかこっちだけ呼ぶのも変な感じね。アンタでいいや。アンタ確かキナサガに行くんでしょ」

 

「えっ! そうなん?」

 

(この後、もしジムで勝てたら……。あたしはクオカフに行く予定やから、しばらくは会えないんやね)

 

「そうだ。止まってはいられない……。俺は誰よりも早く、ジムバッジを揃える」

 

「でもアンタ、フェスの出場経験無いでしょ? 一番乗りどころか若い番号は大体経験者なのに」

 

「だからこそ、意味がある」

 

「ふーん……。ウチも他と同じでジム戦の見学可だから、折角だからヒメノの見ていけばと思ったんだけど」

 

「遠慮しておく。その代わりと言ってはなんだが、一つ言っておこう。ジムリーダー相手に遠慮など欠片ほども抱いてはいけない……」

 

「どういう意味と?」

 

「奴らは自ら主軸にしているタイプを公開している。ガサジムで言えば岩タイプのようにな。弱点を突かれるに決まっているし、実際それが有効打になる時もある。だがそこのジムトレーナーのように、弱点に対して無防備ではない」

 

「くっ……好き勝手言ってくれるわね」

 

「奴らに遠慮は抱くな。容赦を捨て去れ。そうしてようやく対等になり得るんだ」

 

「…………そう、やね。ジムリーダーからしたら、あたしは足りないものだらけやから。埋めていかんとね、少しずつでも」

 

「ヒメノ……」

 

「……足りないものだらけか」

 

(……そうか。こいつは不足を認め、それを埋めるつもりなのか。勝利すること、それだけをがむしゃらに考えるのではなく。…………)

 

 マシュはバッジケースを見つめると自嘲した笑みを浮かべて立ち上がり、彼女達に背を向けた。

 

「また会おう。本当に背筋が凍る頃にでもな」

 

「風邪引かんようにね。マシュ君」

 

「お母さんじゃないんだから」

 

「ふ……」

 

 二人からは見えずとも、どこか間の抜けたような会話を聞いたマシュが浮かべた微笑からは自嘲はもう消えていた。すると強烈な海風が吹き、ヒメノは思わず手をかざして砂から目を守った。そして手をどかすと既に彼の姿は松原へと消えていた。

 

「ねえ、ミユ。ジムリーダーへの挑戦ってすぐじゃないとだめ?」

 

「そんなことないよ。お父さんは律儀だからねー。あくまで挑戦のタイミングはチャレンジャーに決定権があるとかなんとか」

 

「良かったと〜。じゃあちょっと時間かかっちゃうけど、タイミング決まったら連絡するけん!」

 

「ん……。オッケー」

 

 ヒメノは振り向いて海の方を見つめた。すると水平線に沈んでいく夕日が不思議と大きく映っているように感じられたのだった——。




ガサタウン

キナサガタウンから北上するとすぐに着く小さな町。海と町がかなり近いため、防風・防潮を目的とした松原が辺り一面に立ち並んでいる。
その影響で水・草タイプのポケモンが多く生息しており、これらのポケモンをゲットしてガサジムに挑むケースも見受けられる。
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