(岩タイプの弱点は全部で五つ……。水・草・格闘・地面・鋼。『あわ』と『どろかけ』は外せんね。効きにくいのはノーマル・炎・毒・飛行……。けど『どく』は効くから『どくガス』や『どくばり』は残してもええね)
「けむ〜?」
「ふふっ。もう少ししたら、二人とも戻ってくるからね」
「けむむ〜」
(ケーちゃんは岩タイプが弱点やけん。指示にもまだ慣れてへんし、ジム戦デビューはお預けやね)
連戦で体力を消耗したベトベターとハリーセンをポケモンセンターに預け、ヒメノはロビーにある机に向かってノートをまとめていた。するとネットボールから出していたケムッソが不思議そうに見てから、頬に擦り寄ってくる。今のうちにと甘えてくるケムッソにヒメノは愛おしさを感じていた。
(元気貰っちゃったと〜。もうひと頑張りしちゃうけん!)
既に外は暗くなっており、ヒメノ自身も色々あって疲れた様子だった。だがケムッソからパワーを分けてもらい、せめて回復を待つ間はと明日のために今後の方針を模索していた。
(普通に考えれば弱点を突くわざは二種類もあれば十分やけん。やけど、相手はジムリーダー……。一分の隙も見せたらあかんね)
今やるべきことを考えたヒメノは先程書き出したページをとっかかりとし、特訓内容と戦術を練り上げていくのだった。
翌日。ジムフェスのチャレンジャー用に開かれている宿に泊まったヒメノは松原を訪れていた。
「慌てなくてよかよ。少しずつ吸収していくと!」
「べとべと〜!」
そこで野生のポケモンと戦いながら、ヒメノ達は新たな戦い方を築き上げていくのであった。
そうして日が流れた頃。ヒメノは砂浜へと足を運んでいた。
(あれ? あの子は……)
「距離を取って『ベノムショック』だ!」
(かかった!)
「『うちおとす』でフェードアウトよ!」
「……! しまった!」
『ふみつけ』から逃れるように上空に羽ばたいたスピアーが毒液を放つと、ヨーギラスはそれを回避せずにあえて受け止め、その代わり白く発光した岩を放って羽を撃ち抜いてみせた。あまり効いていないヨーギラスに対し、スピアーが受けたダメージは致命的だった。
(こっちが遠くから攻撃できるわざは『ベノムショック』だけ。一発だけじゃ脅威にならない。けど虫タイプを持ってるスピアーにとって、岩タイプは弱点。距離を取らされたんだ……)
とっさに目先のわざの回避を優先してしまった少年は結果からようやくその真意を悟った。しかし時すでに遅し。この一撃が決定打となり、勝負は終わりを迎えた。
「あ、ヒメノ!」
「……え! キナサガのお姉ちゃん?」
「やっぱり! 久しぶりやね」
バトルを見届けたヒメノが砂浜に足を踏み入れ、二人もそれに気が付いた。振り向いた少年が目を丸くすると、ヒメノも顔を綻ばせる。
「うん! 今年こそバッジを八つ集めるんだ。お姉ちゃんはどうしてここに?」
「あたしも今年は挑戦することにしたんよ!」
「もうヒメノはアタシに勝ったから、お父さんに挑めるのよ」
「そっかあ……。凄いな。去年は西エリアのジムに苦戦しちゃったから、今年はこっちから回ってるんだけど、おかげで幸先の悪いスタートになっちゃったよ」
「ふふん。出直して来なさい」
「そうするよ。またね! お姉ちゃん達」
「うん! またねー!」
少年は順調な様子のヒメノから刺激を受けたようで、会話もそこそこに次のバトルに備えてその場を意気揚々と離れていった。
「それでどうしたの?」
「準備出来たよ! ジムリーダーに挑戦するけん!」
「お! ようやくね。あれから一週間……お父さんも今か今かと待ってたわよ」
「ちょ、ちょっと時間かけ過ぎたかな?」
「ん。平気よ。……あー。そうじゃなくてね。ほら。マシュが挑んでから、誰も挑めてないのよ」
「ミユが全員返り討ちにしてたんやね……!」
「ま、そういうこと。折角だから町のみんなの手伝いしてるって言ってたかな。伝えておくから午後には挑めると思うわよ」
「ありがと〜。……そっかあ。だからバトルしとるとこ見れんかったんやね」
「……ははーん。さては覗くつもりだったのね。だから近くで特訓してたんだ」
「も、もちろん駄目ならせんよ? 見学OKって言ってたから、もしあるなら参考にさせてもらおうかなー……なんて」
「はははっ! 分かってるって!」
(……アタシはヒメノのそういうところが気に入ったんだから)
日が昇り、照り付ける日差しが一層強まった頃。砂浜に吹く風は対照的に冷え込んでいた。そして今、寒暖入り交じるこの場所でチャレンジャーとジムリーダーの視線が交錯していた。
「君はミユの友人だそうだな。父として、娘とこれからも良き友でいて欲しい」
「は、はい!」
「もー! お父さん! バトルの前に何してるのよ」
「タイミングが合わなくて挨拶の一つも出来ていなかったからな」
「挨拶は挨拶でも、とんだご挨拶じゃない! 堅っ苦しいことしなくていいの!」
「あ、ああ……分かった。チャレンジャーヒメノ。今日はよろしく頼む」
ポケモンセンターから万全の準備を期して出発したヒメノはバトルフィールドに向かう途中でばったり二人に会っていた。ほとんど紹介されたことのないミユの友人ということもあって、ガンマはいささか親としての気持ちが前面に出てしまう。だが娘の注意を受けるとジムリーダーとしてトレーナーボックスに入っていく。
(……! 表情が……さっきとは違った意味で怖か。一分どころか、寸分の隙すらも見抜いてしまうような……!)
弛緩の余地があった空気が一転して張り詰めていくのをヒメノは肌で感じていた。そんな彼女の肌は、震えていた。
「……こちらこそよろしくお願いします!」
波が岩壁に打ちつけられ、豪快な音が鳴り響く。それが合図かのようにボールが放られ、二対二のシングルバトルが幕を開けた。
「ピュルルッ!」
「キギールッ!」
ハリーセンと対峙するガンマの先鋒はイワーク。岩が連なった胴長の身体を持つ大きなポケモンだった。
(まずは動きを見るか)
「『どろかけ』だ!」
(毒の弱点をしっかり突いてる! 先手必勝ってわけね!)
(……躱せる!)
「右に跳んで!」
イワークは大きく息を吸い込むと泥を吐き出してきた。着弾点を見極めたヒメノが指示を送ると、ハリーセンは横に躱す。
(落ち着いているな)
すると目論見通り、泥は遅れたタイミングでハリーセンの残像を捉えた。
(威力が大きい……。岩だけやなく、地面タイプも持っとるね)
「今度はこっちの番たい! 『あわ』!」
(いけない! これじゃあギラギラと同じ目に……!)
岩に加えて地面を有するイワークにとっては水タイプは大の弱点。容赦なく放たれた泡を見て、ミユの背に嫌な汗が滲む。
「そうはいかない。『ワイドガード』だ」
「……!?」
されどガンマの心は揺れ動くことはなく、不動だった。イワークが前面に蜂の巣のような障壁を張り巡らすと、放たれた泡の全てが防がれてしまう。
(防いだ! あの大量の泡を!)
(うっ。全部とは言わなくても、少しくらいは当たると思っとったのに)
胸の高鳴りをコントロールしてなんとか冷静に指示を送っていたヒメノだったが、完璧な防御を見せられてさすがに動揺があった。
「『どろかけ』!」
「……! ジャンプして躱して!」
その隙が見逃されることはなかった。すかさず放たれた泥に反応が遅れ、ジャンプは僅かに間に合わず。泥を浴びたハリーセンは手痛いダメージを負ってしまう。
「……戻って!」
(『あわ』以外に水わざはなか。ならリセっちには次のポケモンを任せて……!)
「『ロックカット』だ!」
「えっ! た、頼んだよベトくん!」
ヒメノが戦術とポケモンのチェンジに要した時間はほんの少し。されど確かな時間があった。その時間を使ってイワークは身体を地面に押しつけて回転し、自らの岩を削って整えた。そしてベトベターがフィールドへと降り立つ。
「『もろはのずつき』!」
(速い!?)
(『ロックカット』で不要な部分を削ぎ落として、空気抵抗が少ないフォルムに仕上げたんだ!)
イワークがものすごい勢いで突進し、砂を掻き分けながら頭突きを敢行していた。そのあまりのスピードにヒメノの目が見開かれる。
(ベトくんのスピードじゃ躱しきれん。なら……!)
「下を狙って『どろかけ』を当てて!」
とさかのように頭頂部から伸びているツノが空を切り裂いて突っ込んでくる中、ベトベターは抽出した泥をその下に放った。そして被弾したイワークが構わず突っ込んでくる。
「やったの!?」
(……いや、直撃は避けられたな)
頭を敵に向けながら見上げるようにしていたイワークは目の近くに来た泥に思わず目を閉じ、軌道が逸れてしまった。
「た……ぁ……」
(なんて威力やけん……!)
身体の芯から逸れた頭突きの衝撃でベトベターの身体が回転しながら宙に舞い、平衡感覚を取り戻す余裕などなく落下した。その威力の程は落下した砂に描き出された渦から分かるように、強力だった。
(せやけど、あんな無茶な突っ込みをしたらあっちだってタダではすま……!?)
視線を戻したヒメノだったが、その強力さに比例することなくイワークにわざの反動は見受けられなかった。
(無駄よヒメノ。イワークは『いしあたま』なんだから! 吸音用の穴が振動を抑えるみたいに、反動は響かないの!)
(……ダメージは無くても、スピードを出した分体勢が悪か! しかもイワークと同じ方向に飛ばされたから、距離が近い。なら!)
ベトベターが砂から抜け出そうとするところに追撃が来たら危うかったが、低い体勢で突進したイワークが立ち上がるのにも時間は要された。そして振り返ろうとする瞬間、ヒメノは勝負に打って出た。
「行くよベトくん! 今度は上を狙って『どくガス』!」
(……そう来たか。ダメージの差を補うために『どく』を負わせる狙い。仮にベトベターがやられたとしても、『あわ』を封じられたハリーセンでも倒せる目が出てくる次善の策として機能するわけか)
「そうはさせん。『ワイドガード』で防ぐんだ!」
吐き出された毒ガスがイワークの上半身に襲いかかるが、障壁を出現させたことでガスが吸われることはなかった。
「しがみついて!」
「えっ!? 無茶よ!」
「『どろかけ』で迎撃だ!」
ベトベターがイワークに近付き、飛びつこうとする。だが『ロックカット』によりイワークの動くスピードが目に見えて勝っており、タイミングとしては格好の的だった。
「……! 外れた!?」
(……違う! 外させられた……!)
下や上と送られていた指示が理解を遅らせていたが、泥や毒ガスが放たれていたのは顔付近。防ぐための障壁も相まって、狙いが定まらないまま放たれた『どろかけ』は大きく外れてしまう。
(せめて距離がもう少し空いていれば、離れる猶予もあったが……)
そして飛びついたベトベターはイワークの胴体へとしがみつくことに成功した。すぐには反撃を受けづらい、攻撃の絶好機だった。
「……でもどうする気!? 一撃は食らわせられるかもしれないけど、その後の反撃だって避けにくいのよ! お互いの体力を考えたら……」
(ミユの言う通りだ。問題は一撃で致命傷を与えられる場合……。だが『どろかけ』では威力が足りないだろう。水のように岩・地面の両方の弱点を突くわざでもないかぎ——)
そこまで考えたガンマはヒメノが確かに口角を上げたのを見て、ハッとした表情を浮かべた。
(——まさか!?)
「『メガドレイン』で全て吸い取ると!」
「べっ……たあ!」
ヘドロの手のひらを岩肌にくっつけたベトベターは引っ張る動きを見せると、自らの腕をパイプのようにしてエネルギーを吸収していった。振り落とそうとするイワークだったが、それが為される前に力が抜けていき、地に伏してしまう。
「草タイプのわざ……だと……!」
毒々しいベトベターからは想像しづらいわざに、ジムリーダーであるガンマも驚きを禁じ得なかった。岩・地面の双方の弱点を突けるもう一つのタイプ、その有利が遺憾無く発揮され、もはやイワークに起き上がる力は残っていなかった。
「あそこから一気に持っていくなんて……! これが特訓の成果ってわけね。やるじゃない……」
「ありがと! でも、これで終わりじゃないんよ!」
「えっ? ……あっ!?」
倒れたイワークに気を取られていたミユはさらなる異変に遅れて気が付いた。余力を失っていたベトベターの血色が良くなっていき、万全とはいかないものの、余裕が見て取れる程には回復していたのだ。
「『メガドレイン』は相手の体力を失わせるだけでなく、それを奪い取ることが出来る……」
「その通り! しかも今大ダメージを与えたから……」
「それだけ回復したってこと!? あのままイワークだけで完封まで見えてたっていうのに……」
(……確かに、そうやね。もし『メガドレイン』が無かったら……)
ヒメノは脳裏にマシュから聞いた言葉がよぎると、目の前の相手を見据えていた。状況から見て大きな不利を背負ったガンマだったが、ヒメノから見てとても追い込まれた者には映らなかった。
(これでようやく……対等!)
「お疲れイワーク。後のことは任せてくれ」
「ベトくんも戻って!」
「……!」
戦闘不能になったイワークが下げられたのと同じタイミングでヒメノもベトベターを下げた。先程のように交代の隙を突かれることなく、ハリーセンを場に出すことに成功する。
「パギャァ!」
そんなハリーセンと向き合うように現れたのはダイノーズ。大きな赤鼻と髭のようになっている砂鉄の塊が特徴的な、強い磁力を有した岩からなるポケモンだった。
「『あわ』!」
(やはり来たか……)
すかさず発射された泡がダイノーズに襲いかかる。
「……どうして動かないの!? 避けないと……!」
(スピードはハリーセンが上回っている……。これを回避出来たとしても、追撃で『あわ』を放たれたら今度は避けられないだろう。ならば……!)
「…………今だ! 『でんじほう』で打ち消せ!」
「ヴォーヴォー!」
帯びた電力を鼻先に溜めたダイノーズはギリギリまで泡を引き付けると、球体状のプラズマを放った。そのまま泡に触れたかと思うと、全体に電気が迸り、消滅させてしまった。『でんじほう』自体の精度は低く、至近距離にあった『あわ』にこそ当たったものの、ハリーセンからは大きく逸れていく。
「えっ!? そんな……!」
「な、何が起こったの!?」
二人は今起きた出来事が信じられない様子だった。
(電気は水に有利……やから打ち消せた? けど、今までそんなことやられた覚えがなか。……随分引き付けとったね。もしかして相性に加えて、他にもタイミングとか角度とか……。そうだとしたら、相当難しいことをやってのけたんやね……)
眼前に映し出された光景。一部始終を見ていたヒメノは裏付けされた技術や経験を感じ取っていた。
(………焦ったらあかんね。確かに打ち消されたけん。だからといって、絶対に通用しないってわけやなか!)
「『ころがる』で攻めるよ!」
「ピュルルッ!」
(……ダイノーズはスピードは遅いが、その代わりぼうぎょが優れている。ましてや岩タイプの『ころがる』では、さほどダメージは与えられないが……)
身体を回転させてハリーセンは体当たりを食らわせる。だが、ダイノーズは痛がる素振りも見せなかった。するとハリーセンは転がった勢いそのままにダイノーズの背後へと回り込む。
「……! 後ろだ!」
「ヴォゥ……!」
(……そうか! 狙いはスピードで翻弄すること……。そうしてダイノーズがハリーセンを捉えきれない隙を生み出されてしまえば、『あわ』の打ち消しが間に合わない!)
「まだまだ転がって!」
「惑わされるな、ダイノーズ。『ロックオン』で狙いを定めるんだ」
「うっ……」
(……まさか。もう気付かれた!?)
折り返してきたハリーセンが再度突撃をかます。するとダイノーズは攻撃を受けながらも、ハリーセンに一時的な磁力を帯びさせていた。
「標的に『でんじほう』!」
(……! 先に撃ってきた? しかも大きく外れとる。今なら『あわ』を打ち消せな……!?)
転がり続けるハリーセンからは逸れてしまったプラズマボールが好機到来を予感させた、瞬間だった。彼女はある既視感を覚えた。
(この……軌道は……!)
「下を潜り抜けて! 早く!」
「ルッ!?」
「む……」
放たれたわざが視界と意識の外へと消えたハリーセンにいち早く指示が飛ばされた。すると急降下してきたプラズマボールの下を辛うじて転がり抜けることに成功する。多分に砂鉄を含んで放たれた『でんじほう』は帯磁したハリーセンへと誘導されるように軌道を変えていたのだ。今も、なお。
「無駄だ。当たるまで追い続ける。最後まで避けることは出来ない……」
(……よし! 間に合う!)
「ぶつからないように、回り込んで!」
「なっ!」
「回り込む……。あ、ああっ! まさか!」
ハリーセンは
(当たるまで追い続けるなら……相手にわざを当てちゃえばよか!)
(……させるわけにはいかない!)
「『とおせんぼう』だ……! 急いでくれ!」
「……!」
狙いに気付いたガンマが焦りの浮かぶ声色で指示を送ると、ダイノーズは身体の左右に付着している『チビノーズ』……ダイノーズが小型になったような石のユニットをそれぞれ横に発射する。すると間に発生させた強烈な磁場が腕となり、ハリーセンが抜けようとする寸前のタイミングで受け止めた。
「ああっ……! そんな……」
『ころがる』の衝撃を受けたダイノーズはさすがに顔を歪めたものの、それ以上にハリーセンの表情が苦悶で歪められた。とうとう『でんじほう』に追いつかれてしまい、その強烈な電気が彼の身体を侵食していく。水タイプのハリーセンにとって、到底耐えられるような威力ではなかった。
「……ごめんね。リセっち。けど、そのファイトは絶対無駄にはせんよ!」
(……危なかった……。追尾への反応があそこまで早いとは)
(お父さんもヒメノもなんて判断が早いの……。どっちも遅れてたら、一手も二手も前にノックアウトだったのに)
ハリーセンがルアーボールに戻されるのを見ながらガンマは気を引き締めていた。先にやられながらも一対一に持ち込んだという状況ではあったが、一瞬の油断が命取りだと感じたが故の行動だった。
(今ので分かったことが二つあると。一つは『ロックオン』の後のわざは追いかけてくること。もう一つはダイノーズのタイプ。三段階目の『ころがる』が当たったのに、あまりダメージが入っとらん。岩以外にももう一つ。格闘・地面・鋼……そのどれかを持ってるんやね!)
一方持ち込まれたヒメノはハリーセンが身体を張って示してくれたことを頭の中で整理すると、モンスターボールを投げ込んだ。出てきたベトベターは元気をアピールするように声を上げるが、声量はそれなりだった。
(ベトベターにハリーセンほどのスピードは無い。なら……)
「『でんじほう』だ!」
(射線に入っとる……!)
「『ちいさくなる』で躱して!」
ガンマは落ち着かせる暇を与えさせまいと、様子見に回らず速攻を仕掛けた。すると放たれたプラズマボールが身体を縮めたベトベターの頭上を通過していく。
(それが四つ目のわざか……)
(ここは『どくガス』で仕掛けて『どく』にしておきたか。でも……)
反撃を試みて画策するヒメノ。状態異常を早く負わせて勝負を優位に運びたい、そんな気持ちとは裏腹に彼女の脳は別の選択を下していた。
「『メガドレイン』で吸い取って!」
「『ロックオン』で捉えろ!」
そして二人は同時に指示を送った。ヘドロの手が伸ばされてダイノーズを捉えると、ダイノーズは体力だけでなく磁力もベトベターに与えていた。
(これでさらに小さくなろうと躱されることはない。一気に仕留める……!)
「『はかいこうせん』だ!」
(避けられん……なら!)
「続けて! 当たるまで、吸い続けて!」
(ヒメノも一気に決めるつもり!? けどそれは無理よ……!)
ダイノーズが力を集約させていくと身体の前に作り出したエネルギーの塊を光線として放った。自分に向かってくる光線にベトベターは歯を食いしばりながら相手の体力を吸収していった。やがてその光線がベトベターを包み込むと、止む頃には腕をだらんと下げた姿があった。
「ベトくん……!」
「た……あっ!」
「うそっ! 耐えた!?」
(早めに『メガドレイン』をしたことで全快に近い状態まで回復し、受け切ったのか……)
(危なかったと……! ダイノーズの残るタイプはさっきの三つの中で唯一草に抵抗がある鋼! 『どくガス』で仕掛けんで良かった……!)
毒を一切受け付けない鋼だった場合、『どくガス』は意味を成さない。そんな可能性が頭にあった彼女は逸る気持ちを抑え込んでいたのだった。
「きついやろうけど、踏ん張りどころと!」
「べた……!」
(……まずいな。知らず知らずのうちに焦らされていた、のか)
(……! ダイノーズが動いとらん? そっか! 反動で動けないんやね……!)
「今が攻め時と! 『どろかけ』!」
「ああっ……!」
「……すまない。耐えてくれ、ダイノーズ……」
逸る気持ちを抑えたヒメノにこれ以上無いほどの好機が訪れた。ベトベターが大きなモーションから抽出した泥を放つと、ダイノーズは微動だにせず食らっていた。
(地面タイプの『どろかけ』は岩・鋼の両方の弱点! これなら……。……!)
「ヴォーヴォー……ッ!」
泥を思い切り被ったダイノーズは苦しそうにするが、倒れる様子はなかった。
(『どろかけ』は決して威力があるわざではない。そしてダイノーズは堅固な守備が持ち味だ。牙城を崩すには一発では足りない……)
(効いてないわけじゃなか……!)
「もう一発!」
(まだ耐えられる……。ここは)
「『ロックオン』で狙いを定めるんだ。次で決めるぞ!」
「……! ……後ろに下がって!」
「む……」
再びベトベターが泥を放つと、当たるのを目にする前に背を向ける。対してようやく動けるようになったダイノーズは先ほど与えた磁力をもう一度活性化させながら、泥を受け止めていた。
(どっちも余力は残ってない。これが
(『ロックオン』が完了した……! 今しかなか!)
「全速力で突っ込んで!」
「む……?」
「血迷ったの!? 自分から飛び込むなんて……!」
すると距離を取ったベトベターが走り出す。ダイノーズに向かって、一直線に。
(恐らく無策ではないだろう。……そうか! 先程の……。『ちいさくなる』で潜って躱し、誘導されるわざを相手に当てる……! だが似て非なる戦略だ! 再び『はかいこうせん』で仕掛けてしまえば、反動で『とおせんぼう』が出来ない。それが真の狙い……!)
「……『でんじほう』だ!」
段々とスピードを上げていくベトベターをいつまでも見ているわけにはいかず、相手の狙いを考察したガンマは攻撃指示を送った。
「ベトくん! あたしにタイミングを合わせて、ありったけの力で『どろかけ』を撃って!」
(『どろかけ』だと? 躱せないなら、先にわざが当たって倒れるのはベトベターの方だぞ……!)
鼻先にダイノーズが電力を溜めていく。するとベトベターは腕を上げて身体中の泥を集めながら、走り続けた。そうしているとプラズマボールが放たれた。ベトベターはそれでも待った。主を信じて。
「……今っ!」
「たあーっ!」
そして彼女のタイミングに完璧に合わせてみせた。ベトベターの腕が振り下ろされ、泥が放たれたのは、プラズマボールが彼の目と鼻の先まで近付いた時だった。すると、次の瞬間。電気の粒子が空中に溶けるように霧散したのだった。
「なん……だと……!?」
「ヴォヴォッ!?」
ガンマもダイノーズも信じられないように目を見張る。だがダイノーズはいつまでもそうしてはいられなかった。『でんじほう』を貫通するように抜けてきた『どろかけ』が命中し……とうとう耐えきれず、倒れてしまった。
「勝っ……た?」
「……ああ。チャレンジャー……ヒメノ。お前の……お前達の、勝ちだ」
「やっ……たぁー!」
「べったぁ!」
喜びを分かち合うハイタッチが海岸線に響き渡る。ハイタッチとは言ってもベトベターにジャンプする余力が無かったため、ヒメノは屈んでいた。そして倒れ込むように飛び込んできたベトベターを抱き締めると、頭を撫でながらモンスターボールに入れ、休ませるのだった。
「やられたよ。まさか『どろかけ』で『でんじほう』を打ち消すとはな」
「そうかもとは思ったけど……さっきお父さんが見せた打ち消しを見よう見まねで成功させたの!?」
「もう一撃受けたら終わりやったから、賭けたんよ」
「よく打ち消せたわね……やったことなんてないでしょ?」
「うん。やからどうして『でんじほう』で『あわ』を打ち消せたのかなって、考えたんよ」
「まあ……タイプの相性かな? とは思ったわね。それ以外にもありそうだったけど……」
「後は引き付けてたから、タイミングや角度かなって思ってたんやけど……『でんじほう』は精度が高くないみたいやったから、角度はちょっと噛み合わんかなと思ったんよ。でもリセっちが凄いダメージを受けてて、威力が高いことが分かったから……」
「そうだ。相性が良くても威力不足では打ち消しは厳しい。だから……スピードを乗せたんだな」
(タイミングが難しくなるリスクを恐れず、パートナーと共に乗り越えたか……)
「……見事だ。その健闘を讃え、クライムバッジを進呈しよう」
ジムフェスの参加資格として、その年に各ジムで発行されたバッジが必要となる。岩山を登り、越えていく様が刻まれたクライムバッジが今手渡された。
「あ、ありがとうございます! ほわ〜……遠くから見たことはあったけど、手にしたのは初めてと。すごく嬉しか!」
「おめでとヒメノ! ……いいなー。アタシも、手に取ったことないんだよね」
「ミユ……やはりお前もジムチャレンジをしたいんだな」
「あ! いや……別に。ジムの手伝いとかもあるしさ……」
「行きたいんだな?」
「……うん」
「ならば、やりたいようにやるんだ」
「でも……今は良いけど、西エリアのジムは下半期が大変じゃん。だから負担を減らすためにジムトレーナーが必要なのに」
「ははは! 心配してくれるのは有り難いがな。その大変さより、一人娘の願いを叶えてやれないことの方がよっぽど堪えるんだよ」
「お父さん……。……い、いいのかな。アタシ、音楽だって好きにやらせてもらってるのに……」
「ミユ……甘えちゃお? その分、恩返しやけん!」
「恩返し……」
ギターケースに目を落としていたミユは声を掛けられて顔を上げると、無言で頷く父に、花が咲くように頬を緩ませ……
「うんっ!」
力強い言葉と眼差しをぶつけたのだった。
そして、翌日。
「ヒメノはこのまま東に向かうんでしょ?」
「そやね。次はクオカフジムに挑むつもりやけん!」
「ならクオカフシティまでは一緒に行こっか」
「一緒に旅するん? 楽しそうやね!」
「いや……ヒメノと一緒に行くのは、そこまでよ」
「えっ。そうなん? その後もしばらくはおんなじルートやと思うんやけど……」
「ふふっ。アタシのやりたいことはそうじゃないの」
「……?」
「アタシはね。強くなりたいの。お父さんよりも、ヒメノよりも。ずっと一緒じゃ、超えられないでしょ? いつかしてあげるから。恩返し!」
「……! あ、あたしも負けんよ!」
「そう来なくっちゃ! さぁ、行くわよ!」
「うん!」
こうして二人は競うようにガサタウンを後にし、次の街へと走り出したのだった。
ポケモンジム
ジムフェスティバルの参加資格となるジムバッジを得るための関所。全部で八つ存在し、タウンやシティに配置されている。主軸とするタイプを公開する必要があり、ジムリーダーは必ずそのタイプを含むポケモンを繰り出してくる。
またタイプはそれぞれのジムで分かれている。チャレンジャーに各タイプと戦う経験を積ませることで、対応力を身に付けさせるのが目的。
しかしジムリーダーはそれだけ弱点を突かれてきた経験があるため、一筋縄ではいかない……。