「そっか〜。ジムの浜辺で会ったんやね」
「そうそう。チャレンジャーの相手してるところよく見ててさ。アタシも気になってたから声掛けてみたんだ。ね〜。カメカメ」
「ギュッギュッ」
「こーら。服は噛んじゃダメだって。よいしょっと……」
ミユはスカートの裾を甘噛みしてくるカムカメを抱え上げると、同様に抱えられているハリーセンへと目をやる。
「驚いたのはお互い様だよ? まさかヒメノも水タイプのポケモンをゲットしてたなんてねー」
「お揃いやね。なんか嬉しか〜」
「ふふっ、ペアの範囲広すぎでしょ。悪い気はしないけどね」
互いにタウンから長く離れた経験が無かったことから手持ちが一匹だった期間も長く、知らぬ間の友人の変化に話を弾ませながら、二人はクオカフシティへと向かっていた。
「アタシもねー。折角旅に出たんだし色んなポケモンをゲットしたいな」
「それも楽しそうやね」
「それに……マシュに言われたこともあるし」
「ああ! そういえば随分好き勝手に言われとったね」
「ホントよ! もう……今度会ったらギッタンギッタンにしてやるんだから!」
「その意気やよ!」
(あたしも、また会った時に。今のあたしより強くなったって胸を張れるよう、頑張るけん!)
燃え盛る闘志を瞳に浮かべるミユに触発されるように、ヒメノも確かな決意を胸中に浮かべていると、二人はレンガが敷き詰められた通りへと足を踏み入れていた。
「ここは……」
「クオガサストリートね。アタシとしてはガサの方を先に持ってきて欲しかったんだけど」
「ふふふっ。間にあるって話には聞いとったけど……こんなオシャレな感じなんやね」
「どっちかと言えばクオカフに近いからねー。都会っぽいのよ。喫茶店もあるし」
「あっ! これが噂のストリートバー! 略してストバなんやね!」
「あんまりハシャいでると田舎者っぽく見られるわよ」
「ええー。そんなん気にせんでええのに! ミユも気になるんよね? 折角だし寄って行こ!」
「そ、そんなにではないけど。まあ、ちょっと歩いて疲れたし? 喫茶店に入るのは自然な流れみたいなところあるじゃん?」
雑誌でしか見たことがない喫茶店の前までやってきた二人がテンションを上げて話していると、店内にいた二人が彼女達の存在に気が付く。すると目を輝かせて素早く会計を済ませ、電光石火の勢いで近付いてきた。
「そこのお二人さん」
「お時間よろしいでしょうかっ!」
「「わっ!?」」
喫茶店入るか入らないか談義に気が向いていた二人は不意に割と大きめの声量で話しかけられて面食らっていた。
「よろしそうですね! あの
「ちょ、ちょっと待った。ユウナ、お相手さん置いてきぼりにしちゃってるよ」
「え? あわわっ! そうだったんですね!」
「きゅ、急で驚いちゃったけん……」
「アタシも。とりあえず自己紹介挟んどくのがいいんじゃない?」
「失礼しました。わたくしはアンリと申します」
「私はユウナって言います! キューシュー地方に初めて観光に来たんですよ!」
「そうやったんやね! 歓迎しちゃうと! あたしはヒメノって言うんよ」
「ミユよ。わざわざクオガサストリートにいるってことは、もしかしてガサかキナサガに来てくれるの?」
「ううん。そんなに長い間いるわけじゃないから、ガイドブックのオススメ通りにクオカフ中心で見るんだ〜」
「……ふーん……そう……」
「折角キューシューの方まで観光に来てくれたんやし、楽しんで欲しか〜。……あ! さっき確か、やりたいことがあるって言うとったね」
「はい! そうなんですよ!」
「あたし達に出来ることがあったら協力すると! ね?」
「内容次第ね」
「も、もう。ミユ」
「ふふっ。構いませんよ。もし気が乗らなければ、他の方を当たろうと思います」
「でもでも! 出来れば気が乗って欲しいです! ここ通る人あんまりいないし……。それに二人組って条件も満たしてないとですし」
「二人組?」
「はい! 旅の記念に、私達とタッグバトルをして欲しいんです!」
「「……!」」
タッグバトル。それは味方とタッグを組み、それぞれが一匹ずつポケモンを場に出して戦う形式。思いも寄らぬ提案に二人は目を見張っていた。
(なるほどなるほど……。ガイドブックに載ってるストバで楽しみつつ、タッグを組めそうな二人が通るのを待ってたってわけ)
「楽しそうやね! やってみよ!」
「そうね。やろっか」
(えっ。てっきり乗り気じゃないと思っとったのに)
「本当ですか! ありがとうございます」
「ありがとー! あっちに映えそうなフィールドあるんですよ! 早速やりたいです!」
「準備の方はよろしいですか?」
「うん。平気やよ!」
「ふふん。いつバトル挑まれても良いようにしてるのよ」
そんな提案を快諾した二人はアンリとユウナに連れられてフィールドへと向かう。すると不思議そうに見つめているヒメノに気付いていたミユが彼女に話しかけた。
「アタシがオッケーした理由気になる?」
「すっごく気になるとー!」
「じゃあ教えてあげる。ほら、クオカフジムはスタジアムバトルじゃない?」
「うん」
「あそこのルールは二体二のダブルバトルなのよ」
「ええっ!? そうだったんやね……!」
スタジアムバトルではストリートバトルと異なり、スタジアム側からバトルの形式が指定されている。スタジアムバトルに慣れていないヒメノは以前のエキシビションマッチで経験したものとも違うダブルバトル……一人で二匹のポケモンに同時に指示を出す形式であることに、かなりビックリしていた。
「うー……ダブルはやったことなか……」
「ま、そうよね。だからこそちょうど良い機会だなって思ったのよ。タッグを経験すれば、ダブルバトルの時にどうすれば良いかの指標になるでしょ?」
「なるほどー……! 確かにそうやね!」
あっさりとした承諾の裏にあった理由にヒメノが腑に落ちていると、すぐにフィールドに辿り着いた。先に到着していた二人は記念に残そうとポケフォンで自撮りしていた。
(一面レンガか……。ふふふ。ガサストリートとは違って、クッションにはなってくれなさそうね)
ミユがフィールドの特徴に人知れず笑みを浮かべていると、記念撮影も終わり、互いにトレーナーボックスへと足を踏み入れた。
「こちらが一匹ずつしかいないので……二対ニのタッグということでお願いします」
「勿論よかよ!」
「元々タッグで挑んで来たのはそっちだしね。チャレンジャーに合わせるわ」
「ありがとっ! 感謝感激雨あられに砂嵐なのです!」
かんこうきゃくのアンリとユウナが勝負を仕掛けてきた!
「奏でるわよヒメノ! 最高のセッションを!」
「ばっちり盛り上げていくけん!」
ギターの音がレンガに反射して響き渡る中、それぞれのポケモンがフィールドへと降り立った。
(どっちもキューシューでは珍しかポケモンたい……)
「エアームド! 『おいかぜ』を吹かせてくれ!」
((速い……!))
最初に動き出したのはエアームド。白銀の鎧を全身に纏わせた鳥ポケモン。重厚そうな見た目とは裏腹に素早い動きで翼を力強く振ると、彼らの後ろから突風が吹き上げてきた。
「向かい風!? まずか……!」
「なら『りゅうのまい』よ! バイブスぶち上げて!」
彼らにとって追い風である以上、ヒメノ達にとっては向かい風。ミユは途切れなく向かってくる風にも負けじとギターをかき鳴らすと、ヨーギラスがリズムを合わせて華麗なダンスを見せた。するとその動きが段々と鋭くなっていく。
(よし! これで易々と遅れは取らない!)
(『おいかぜ』は両方のすばやさに影響するけど、『りゅうのまい』で上がるのはヨーギラス自身だけ。ならあたしはまず回避に専念せんと……)
(あっちのポケモン、毒タイプだよね。ならエスパータイプが弱点!)
「マネネちゃん! 『ねんりき』を撃つのです!」
「ベトくん! 『ちいさくなる』で躱して!」
ピンク色の身体とあどけない見た目をしたマネネが追い風を受けると、すかさず対面のベトベター目掛けてサイコパワーを放つ。しかし速攻を警戒していたヒメノの指示でタイミング良く身体を縮めたベトベターには当たらなかった。
(威力が強か。エスパータイプなんやね……!)
(躱されちゃった! マネネちゃんはエスパー・フェアリータイプ。毒が弱点だから、反撃受けないようにしなきゃ!)
「『どくガス』!」
「『まねっこ』!」
その次の指示はほぼ同時だった。するとマネネが先に動き出してから、ベトベターの毒ガスが相手フィールドを覆っていく。
(大丈夫だ……。今気にするべきなのは……!?)
アンリは毒ガスへの警戒を薄め、ヨーギラスへと目を向けようとする。しかし透明性の無いガスに遮断され、ヨーギラスの姿を目視出来なくなっていた。すかさずアンリは四方八方に振り向くエアームドに指示を送る。
「落ち着くんだ! 『そらをとぶ』!」
「キューピッ!」
(やっぱりね。この場で飛べるのはあのポケモンだけ! その有利を使ってくるわよね!)
「今よ! 『うちおとす』でブレイクダウン!」
「なっ……!?」
羽ばたいたエアームドは毒ガスを突き抜けて上空へと顔を出し、標的を捉えようとする。しかしその目に映ったのは発光した岩だった。
(しまった! 飛び出す先を狙い撃たれた……!? しかも威力が大きい。岩タイプか……!)
スピードのあるエアームドといえども移動先を予測して放たれた岩を躱すのは至難の業だった。岩が翼を的確に撃ち抜くと、次の瞬間にはエアームドの身体はそのまま落下していた。やがて毒ガスが晴れると、そこには大きなダメージを負ったエアームドの姿があった。
(よし! 飛べるってのは便利だけど、良いことばかりじゃないのよ!)
距離を取った分落下の勢いも増し、またレンガに叩きつけられたことでその衝撃は凄まじかった。
(……見た目がぽいとは思ってたけどやっぱり鋼タイプね。毒が効いてないわ)
「えっ! 小さくなっとる!?」
「……!」
一方でヒメノは驚いていた。それはマネネの身体が確かに縮小していたからだった。
「……『ちいさくなる』を真似したんやね!」
「その通りです!」
『まねっこ』で『ちいさくなる』を使ったことで毒ガスの及ばない低いエリアにいたマネネは『どく』の状態異常を避けていたのだった。
(エアームドは今マネネのカバーにいける状態じゃない。なら、狙い撃ちよ!)
「ギラギラ! マネネに狙いをグルーブチェンジよ!」
「はわっ! 集中攻撃なのです!?」
「くっ……今のうちに『はねやすめ』だ!」
「……ベトくんは後ろに下がって!」
「えっ!?」
(なんで!? チャンスなのに!)
(この状況でミユが出すわざはアレしかなか!)
(簡単に当たらないと思うけど、エアームドちゃんも苦戦してるみたいだし……)
「思いっ切り『あまえる』のです!」
「甘やかしちゃダメよ! 『ふみつけ』!」
狙いを変えたヨーギラスは接近戦を仕掛けるべく、マネネに向かって走り出した。するとマネネが両手を合わせて手加減するようにおねだりしてくる。
「マーネェ……」
「ピッ……ポ!」
純真な瞳に見つめられて攻撃を中断したくなるほどの思いに駆られたヨーギラスだったが、主の指示でなんとか迷いを断ち切って足を振り下ろす。
「ネネネッ!?」
「マネネちゃん!?」
すると外れることなく踏み潰されたマネネはユウナの思った以上にダメージを負ってしまう。
「『あまえる』でこうげきをがくっと下げたのに……」
「甘い甘い! 『ちいさくなる』状態のポケモンへの『ふみつけ』は足の面で捉えるからまず当たるし、威力も普段の倍なんだから!」
(本当は『りゅうのまい』でこうげきも上がってた分、もっと大ダメージになると思ったんだけどね……)
「むむむぅ……! なら! 『まねっこ』で……あっ!」
小さくなったことによる想定外の事態にしかめっ面を浮かべたユウナだったが、お返しと言わんばかりに同じことをしようとした。しかし、ベトベターに接近するには距離が開いていることに気が付いた。
(追撃に来てくれてたら……。今無理して『ふみつけ』に行ったら、逆に格好の餌食になっちゃうのです!)
(よし……! ここからは『ふみつけ』をチラつかせながら、遠距離わざで削っていくけん。エアームドの飛行も『うちおとす』で阻止できるから、この勝負はこっちに分があると!)
「やっぱり一旦離れて!」
「来ないならこっちから行くわよ! もう一度『ふみつけ』!」
「……! 深追いしちゃダメやけん! エアームドが……!」
「えっ?」
翼を折りたたむようにして休ませていたエアームドは衝撃から回復しており、すかさずマネネのカバーに向かっていた。
「……それでも! エアームドのフォローは間に合わないわ。『ふみつけ』は避けられない!」
「なら『まもる』のです!」
「なっ……!」
それでも予めマネネに接近していたこともあって、エアームドの妨害を受けずに攻撃が敢行された。しかしマネネが張り巡らせた不可視の障壁が『ふみつけ』ようとした足を弾いてしまう。
「ピポッ!?」
これによりバランスを崩したヨーギラスは尻もちをついてしまった。そしてすぐそばにはエアームドが迫って来ている。
「『メタルクロー』だ!」
「し、しまった……!」
内側に湾曲した鋼鉄の
(エアームドが岩の弱点を突ける鋼タイプだってのは分かってたのに……!)
『——そこのジムトレーナーのように弱点に対して無防備ではない——』
「——っ!」
ミユは『ふみつけ』の有利に意識が傾き、鋼タイプのエアームドへの意識が疎かになってしまったことを後悔していると、不意にマシュの指摘が頭をよぎった。
(違う違う! 今のはちょっと油断しただけ……!)
それを振り払うかのように首をぶんぶん横に振ったミユはギターから一度大きな音を出して切り替えると、ヨーギラスに懇願するように必死に声を掛けていた。
(すぐには起き上がれないな。今なら撃ち落とされる心配は要らない!)
「『そらをとぶ』だ! ユウナ、フォローを頼む!」
「まっかせてー! もう一度ベトちゃんに『ねんりき』です!」
「……! 集中攻撃……!」
(どっちも相手するのは厳しか……! ヨーギラスが復帰するまで躱しきると!)
「右に跳んで『ちいさくなる』!」
「べたっ!」
ヒメノはまず先に届く上に弱点を突かれる『ねんりき』の回避を最優先する。すると地面を這うように放たれたサイコパワーはベトベター側から見て左に寄っており、右に跳んだのが功を奏して躱しきっていた。
(……わざとやね。エアームドが狙いやすい位置への誘導……! けど、想定内やけん!)
しかしすばやさで劣るベトベターが目の前のわざの回避をしてから、エアームドの上からの攻撃にまで対応した動きをするのは難しかった。そのため、そちらはさらに『ちいさくなる』ことで命中しづらくさせていた。
「キュー……ピッ!」
「たあっ……!?」
「えっ!? そんなっ……!」
しかしその試みは上手くはいかなかった。時速300キロのスピードで青空を飛び回ると言われるほどのエアームドが空気を切り裂く体当たりを炸裂させ、ベトベターは地面に一度叩きつけられてから宙を舞うほどの衝撃を受けてしまう。少なくとも直撃は避けられると考えていたヒメノは想定外の事態に目を見開いた。
(あんな上からじゃベトくんは豆粒程度……。そこからおっちゃけて少しも狂わんで当てられた。偶然で片付けられん! ……これだけしても見えていた……?)
ベトベターに大丈夫かと声を掛けながら、ヒメノは同様の行動を想定外としまいと必死にその理由を考える。そして目の前で起きた出来事から推察していた。何故見えていたのか、本当に見えていたのか、そんな疑問や不安が押し寄せてくる。
(……攻撃の途中で小さくなったベトくんに合わせて軌道修正をしていたけん! 考えづらいけど……それしかなか!)
エアームドが自分の意思で軌道を僅かに変えたのを彼女は見ていた。疑問や不安を抱きながら、それでも彼女は自分の推測を信じることにした。
(エアームドの特性は『するどいめ』……命中の低下や回避の上昇を意に介さないほど、獲物を捉える眼力に長けています。攻撃を躱すことは出来ませんよ)
ベトベターが起き上がってくるのとほぼ同時にヨーギラスも身体を起こしたのを見て追撃を自重したアンリだったが、双方の残り体力と直撃を狙いやすいエアームドの特性を踏まえると、もう一度攻撃のチャンスを作れば数的有利な状況に持ち込めると考えていた。
(た、立ってくれた……。けどさすがにまずいわね。この体力じゃ迂闊に仕掛けらんないじゃない)
(『ふみつけ』をチラつかせた遠距離戦もこうなるとジリ貧やね……)
「……そうだ! ヒメノ! アンタだけでも回復しなさい!」
「……いや……それは出来ん! 『まねっこ』されたらお終いやけん!」
「『まねっこ』……? ……ああっ!?」
体力を消耗した状況を嫌ったミユが劣勢をリカバリーすべく、ベトベターだけでも回復するよう指示を送る。しかしヒメノはそれを断っていた。ミユは不可解な面持ちになったが、一瞬遅れてその理由に気が付いていた。
(『メガドレイン』は草タイプのわざ……! 岩・地面タイプのギラギラの大弱点! 反撃で『まねっこ』を使われたら……確実にギラギラはやられて、しかも大幅に回復されて一対ニの状況に!? ……負けも同然じゃない……!)
見落としていた可能性に血の気が引いていったミユはギターから手を離してしまう。そしてダランと垂れたギターと同様に彼女は少しの間悄然として俯いてしまった。
(……『まねっこ』? そや! もしかしたら……!)
「……『どくガス』!」
「……! ヒメノ……?」
(ミユ……! お願い! 気付いて!)
不用意には近付かず、されどジリジリと距離を詰めていた相手に残された時間の少なさを感じ、ヒメノはすかさず指示を送る。そんな彼女の声でミユの顔が上げられると、視線が頬に突き刺さっていた。
(……アンリ! これなら隙を作れるよ!)
(仕掛ける気だね! なら、任せるよ!)
「『まねっこ』でお返しするのです!」
「エアームド! 空気の流れを感じるんだ!」
(フィールド全体が……毒ガスで覆われていく……?)
先にベトベターが吐き出した毒ガスが相手フィールドを覆っていくと、次第にヒメノ達のフィールドもマネネの放った毒ガスで包み込まれていく。
(……あっ……)
時間としては数秒程度の差。ミユは今目の前で起きている光景を逸らさずに見て、感じると、一瞬が永遠とも感じるような感覚が彼女の中で走っていった。そして考えるより先に、動いていた。やがてフィールドが
(……そろそろやけん!)
「ベトくん! 前から来るよ! ガードして!」
「……!? ……『メタルクロー』だ!」
相も変わらず何も見えない状況は継続していた。しかしヒメノはエアームドのスピードを逆算してタイミングを測り、アンリより先に指示を送っていた。すると鈍い音が響いたかと思うと、レンガの乾いた音が断続的に聞こえてくる。
(……も、もしかして)
今のやり取りに違和感を覚えたユウナは万が一の可能性に辿り着いた。冷や汗が頬を伝いつつ、慌てた声色で指示が送られる。
「こ、こっちもガードして! もしかしたらギラギラちゃんが前から来てるかも!」
「……大正解! 『ふみつけ』よ……!」
まるで先程と連続した旋律を奏でるように鈍い音と乾いた音が鳴った。そして毒を噴き出していた両者のダウンに伴うように視界が晴れていく。
「マネネちゃん!?」
まず見えたのは目をぐるぐると回し戦闘不能になっていたマネネと、その近くで乱れた息を整えようとしているヨーギラス。
「なっ。耐えたのか……」
そして『メタルクロー』の衝撃で吹っ飛んだベトベターをようやく見つけて振り向いたエアームドと、辛うじて起き上がってきたベトベターだった。
(まさかこの状況で攻撃のタイミングが……。……いや! それは後だ! 今やるべきは……!)
「カバーが来る前にもう一度『メタルクロー』だ!」
「キュピッ!」
(仮に直撃を避けたとしてもさすがにもう耐えられん! ここは……!)
「ベトくん! 『どろかけ』の準備を!」
「べた……!」
挟み撃ちの状況で戦い続ければ勝ち目はないと踏み、アンリはベトベターに止めを刺しにいく。それに対しヒメノは先程の出来事から『ちいさくなる』は通用しないと信じ、勝負に打って出た。
「そうはいかないよ! 地面わざの『どろかけ』は飛行タイプのエアームドちゃんには効かない!」
「そうでもないわよ! アタシが何のために『うちおとす』を当てたと思ってるの! こっちも『どろかけ』よ!」
「……! そうか。翼の動きが制限されて無効化出来ないっ……!」
「ええっ!? それじゃあ鋼タイプのエアームドちゃんに……!」
(……その有利を生かすためだったのか。だが二撃目は距離がある。攻撃後に回避だ!)
『うちおとす』は撃ち落とすことそのものだけが目的ではなく、地面タイプも有しているヨーギラスの『どろかけ』を有効にするための仕掛けだった。それが満を持して放たれると、的確にエアームドを捉えていたが、アンリは回避が間に合うと感じていた。
「……今!」
しかし攻撃を仕掛けに向かっているベトベターの『どろかけ』は避けようが無いとも感じていた。それでも『はねやすめ』を挟んだこともあってそちらだけなら耐えられると判断し、『メタルクロー』が強行される。
「……えっ!?」
掴んできた攻撃のタイミングから指示を送ったヒメノ。しかし今まさに攻撃が放たれた瞬間を見て、指示が早かったことを突き付けられていた。
(あ……ああっ! 『おいかぜ』が……止んどる!?)
つい先程までフィールドを埋め尽くすように毒ガスが覆っていたことで彼女は『おいかぜ』による加速の喪失を見落としてしまった。これにより想定より早いタイミングで『どろかけ』が炸裂する。
(これじゃあ……わざを打ち消せん……)
ガンマ戦で成功させたわざの打ち消しを試みた彼女だったが、エアームドの鉤爪は『メタルクロー』を象徴するかのように未だ鋼色に染められていた。
「……どうした!? 何故……止める!?」
「……!? あ、『あくしゅう』っ……!」
しかしその鉤爪は振り下ろされなかった。エアームド自身は泥に付随したヘドロの強烈な匂いにより怯んでしまったからだった。
「あ、アンリ!」
「しまった! エアームド動いてくれ! もう一つの『どろかけ』が……!」
エアームドが怯んだ時間はほんの数秒。されど数秒。ヨーギラスの放った泥が着弾するには十分な時間だった。
「……ピー……」
ベトベターのものより一段と鋭く放たれた泥が直撃し、エアームドは地に伏してしまう。地面に預けられた翼は勝負の幕が閉じられた合図だった。
「あーん……負けちゃったあ」
「やられちゃったね」
「記念に一枚、と。マネネちゃんお疲れ様〜」
負けを認めてアンリとユウナがフィールドに足を踏み入れると、続くようにしてヒメノとミユもそれぞれのポケモンのもとに駆け寄っていく。
(紙一重やったと……)
「よう頑張ってくれたねベトくん。それにヨーギラスも」
「べたぁ……」
「ピポ〜」
「あ、まだ動いちゃダメ。消毒終わってないんだから」
ヒメノがかなり足元がふらついているベトベターを労いながらモンスターボールに戻すと、ミユはそうする前にどくけしからスプレーを噴射して治療していた。そのことに気付いたユウナがキョトンとする。
「……むむむ? どくけしを使ってるんですか?」
「ほら。こっちも『どくガス』を使ったから……」
「ああっ! そうでした! 隙を作るための目眩しにって思ってたから……。ごめんね、ギラギラちゃん」
(やっぱりエアームドが攻撃役、マネネがサポート役やったんやね)
「ピポポ〜」
「気にしないで良いって言ってるわ。おかげで力が湧いてきたって」
「……? それはまたなんでですか?」
「ギラギラの特性は『こんじょう』でね……。状態異常にかかっても、ソウルを燃やしてこうげきがいつもの五割増しになるのよ」
「ええっ!? そんなに頑張っちゃうんですか!? てことは『ふみつけ』でさらに倍になって……三倍! どうりでガードしても耐えられなかったんですね……」
「そちらも直撃だったら耐えられなかったと思うんですが……よくガードしましたね」
「狙われると思ったんよ。『どくガス』で視界から完全に隠せば、ヨーギラスの位置は分からんはずやから……」
「……なるほど。『そらをとぶ』で位置を確認しようとしたことで、確信させてしまいましたか」
「じゃあ……見えなくても『どくガス』を出してるベトちゃんの位置なら空気の流れを感じれば分かるってバレてたんだ〜!」
「気付いてしまえばお互い様よね。マネネも『どくガス』を噴射してたわけだから」
(それに気付いてジェスチャーで伝えられたのは……ヒメノが必死にこっちを見てくれたからだけど)
「こうでもせんと『まもる』で防がれちゃうけん。『まねっこ』には散々悩まされたから、最後は利用させてもらったばい!」
「やられたよー! これでもタッグには自信あったのになー。二人ともジムフェスのチャレンジャーだよね? 二人なら絶対行けるよ! 頑張ってね!」
「ふふん。悪い気はしないわね」
(そう……色々あったけどアタシ達の勝ち。なら何も問題は無いじゃない)
「良い旅の思い出が出来ました。ささやかですが応援しています」
「ありがとー! 二人もキューシューを楽しんどって!」
フィールド中央で笑い合った四人は最後に握手を交わすと、別れを告げたのだった。
「お待たせしました。『チェリンボパイ〜マホイップとミツハニーのハーモニーを添えて〜』でございます」
そしてクオガサに向かう前にヒメノとミユは休憩がてら喫茶店で一休みしていた。
「わー! ありがとうございます! ん〜……美味しかー!」
「相変わらず甘いもん好きねえ」
「だって美味しいんやもん〜。ミユは頼まなくて良かったん?」
「喫茶店といえばコーヒーとサンドイッチって相場が決まってるでしょ」
「聞いたことなか〜」
「ふふん。遅れてるわね」
ヒメノが見るからに甘そうなデザートと、それはもう甘そうなミックスオレを堪能する最中。ミユは平静を装いながら、『ブラッキーコーヒー』にさりげなく砂糖とミルクを入れる。
「ごちそうさま〜! さてと……」
「ん。ノート……? 何を書くのよ」
「忘れんうちに今日のバトルの反省点を洗い出しておくんよ」
「……? 負けたら反省するのは分かるけど、勝ったのに何を反省するっていうのよ」
「そやね……例えば最後のわざの打ち消しの失敗とか」
(……ああ、そっか。『うちおとす』でダメージが入るだけじゃなく、『メタルクロー』も上手くいけば無効化出来たのね)
「今まで見たのを纏めると……こっちのわざが最も威力が出る瞬間を、相手のわざが目と鼻の先にあるタイミングに合わせんといけんみたい。ある程度は威力の差で余裕が生まれるみたいやけど……。わざを当てられてからじゃ遅いし、かと言って焦って早めに当ててもダメ……やっぱり条件がシビアなんやねえ」
「…………」
「後は『ちいさくなる』を頼りすぎるのも良くあらへんね。絶対当たらないって、つい思っちゃうと」
「……勝ったのに随分謙虚じゃない。もっと自分を褒めて良いんじゃない?」
「え? うーん……。……色々応用して使ってくる『まねっこ』を警戒出来たんは良かったかなあ」
(『まねっこ』か……厄介だったわね)
「あっちは役割の分担がハッキリしてたけん。タッグバトルは攻守の入れ替えが激しいから、あらかじめ役割を決めておくのも手なんやね。でもおかげでエアームドの攻撃に意識を集中出来たから……状況を見て『まねっこ』でエアームドの攻撃わざを使われたら警戒せんといけんことも増えてもっと大変やったと」
「えっ。相手のも……?」
「うん。自分が似たような状況に置かれた時に、ヒントになるけん」
(へえ……。ってことは、アタシのも………)
自分の反省点を聞こうかと思い至るミユ。しかしノートと向き合ってレポートを書き連ねていくヒメノを見ていると、たった一言が出てこなかった。そしてコーヒーと一緒に飲み込まれる。程々の甘さに調整したはずのコーヒーが、いやに苦く感じられていた。
喫茶店を後にした二人はレンガの道を通り抜け、雑多な人混みが遠目からでも分かる程の大都会……クオカフシティへと辿り着いた。案外街の周囲は自然が広がっていることに二人は驚きながらも、それだけに足を踏み入れた途端、異世界を訪れたかのような錯覚を覚えていた。
「ふふふっ。あたし達も観光客気分やね」
「そうね……。都会都会とは聞いてたけど、これほどとはね」
所狭しと並ぶビルに圧倒されながら進んでいくと、少し開けた場所に出る。そこにあったのはスタジアム。近くまで来て見上げたヒメノはこれほど大きなスタジアムが来る途中で目に映らなかったことに、またまたビックリしていた。
「えーと……スタジアムがここだから……」
慣れない人混みを歩いてやや疲れた様子でヒメノはポケフォンから『タウンマップ』を起動する。
「クオカフジムはこの近くに……あった! 隠れてて見えんけどあっちにあるみたいやよ。行こっ! ミユ」
「……アタシはまだ行かないわ。ヒメノ。……ここでお別れよ」
「え? ……ええっ!? ここで……? ジム一緒にチャレンジして、その後街を出る時にやなくて?」
(それじゃあダメなのよ……。アタシがアンタと同じことをしてたら、一生平行線。抑揚をつけるには……何か一つでもいい。アタシの強みを見つけるの。自分の力で!)
「アタシはジム挑む前に、ケーブルカーに乗ってクラサラマウンテンに行くわ。アンタはジム行くでしょ? だからここまでよ」
「そっかあ……寂しいけど、しょうがあらへんね」
「今生の別れじゃあるまいし、また会えるわよ。じゃあね」
「またねー!」
手を大きく振るヒメノにミユは背を向けて軽く手を挙げると人混みに紛れていく。やがて彼女の姿が見えなくなると、ヒメノは反対側の道へと振り向いて目的地に向かうのだった。
(氷タイプのジムなんやね……)
そしてジムに辿り着いたヒメノは鳥居を
「そろそろ相見える頃だと思っていたわ」
「えっ? ……ああっ!?」
像に気を取られていたヒメノが奥で白と赤の入り混じった装束を纏った人物が座禅を組んでいることに気が付くと、目を大きく見開いて驚いていた。そこにいた女性の正体に心当たりがあったからだった。
「ツラレさん!?」
藍色の長髪がかきあげられると、力強い空色の眼がヒメノを真っ直ぐ捉えた。こうして彼女達は再び相見えたのだった。
ストリートバトル
スタジアムとは違い街中だけではなく、シティやタウンを繋ぐ通りにもバトルフィールドが配置されている。その手軽さから見知らぬ人とも戦いやすく、観戦料も不要なため、個人・団体を問わず交流に用いられる側面が強い。