ベトくんといっしょに   作:ゾネサー

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ここまでの 冒険を
レポートに 記録しますか?


卵が先か、鶏が先か

 ツラレとのスタジアムバトルを終え、ベトベターとハリーセンをポケモンセンターに預けてきたヒメノは、ジムの中でレポートを書いていた。

 

(……やっぱり、ね)

 

 後ろで見ていたツラレは確信を深めると、準備をするために一度離れへと向かっていった。

 

「ツラレから色々感じることがあったようだね」

 

「あっ。ヒナツさん」

 

「さっきの試合、見に行けなくて悪かったねえ。でもチャレンジャーの手の内は本番で見せてもらうことにしてるのさ。勘弁しとくれ」

 

「謝ることなかよ〜。だから昨日もここにおったんね」

 

「それとツラレに心の乱れが無いか見定めて欲しいって言われてね」

 

「えっ。そんなのどうやって見分けると?」

 

「それはね……。……!」

 

「それは自分で考えなさい」

 

「うーん……分かったけん」

 

(その道の達人なら分かる……とか、そういうことやろうか)

 

「完全に任せちゃって大丈夫かい?」

 

「はい。問題ありません。御師は多忙なジムリーダーの身……昨日時間を頂きましたし、ここはお任せを」

 

「そういうことなら、自分の鍛錬に専念させてもらおうかね。明日挑んでくるチャレンジャーのためにもね」

 

(ツラレは厳しいから心配だけど……この二人の相性なら平気じゃろう)

 

 リボンを解き、巫女装束に身を包んだツラレが戻ってくると、彼女に一任してヒナツはその場を後にした。そして凛とした表情で座布団を二つ折りにしたツラレはヒメノをそこに座らせる。

 

「これが座禅なんやね!」

 

 右足を左腿の上に乗せ、掌を上に向けた状態で手を組んだヒメノは初体験の座禅で気持ちが昂っていた。

 

「傾いてるわ」

 

「ひゃっ!?」

 

 崩れた姿勢にすかさずツラレは手に持った木の棒の平たい先端で右肩を叩いた。

 

「う〜……何も叩かんでも」

 

「警策よ。有り難く頂きなさい」

 

「せ、せめて叩く前に一言欲しか」

 

「甘えないで。これは修行なのよ。心を乱す方が悪いわ」

 

「厳しかね……」

 

(痛い程やなかけど、心臓に悪か。なんとか傾かんようにせんと……)

 

 強打の前に合図の軽打を挟むのがここでの一応の習慣ではあり、ツラレもチャレンジャーへの指導を行う時はそうしていたのだが、今回はそうではなかった。緊張感を持ってヒメノは姿勢を整えようとする。が、すぐさま警策が飛んでくる。

 

「身体が強張りすぎね」

 

「むむむ……意識してリラックスしようとしても、中々上手くいかんと……」

 

「……そうね。なら、ネットボールからポケモンを出しなさい」

 

「へっ? 分かったと。ケーちゃん出ておいで」

 

「けーむっ!」

 

「貴女が普段ポケモンを見ているように、ポケモンも貴女を見ている。傾いた姿勢を貴女は見せたいのかしら?」

 

「……! いつでも頼ってもらえるように、ピシッとしておきたか」

 

(……そうや。顎を引いて頭を傾かんようにすれば……)

 

 指導する立場のツラレにしか見られていない状況が変化したことで、彼女の中の意識が変わった。リラックスすることが目的では無く、ケムッソに真っ直ぐな姿勢を見せたいという思いが、そのための解決策を弾き出す。

 

「良いわ。鼻から息をゆっくり吸って……」

 

「すー……」

 

「それ以上に時間を使って吐き出して」

 

「はー…………」

 

「心の中で呼吸の回数を数えて」

 

(ひとつ……ふたつ……)

 

「十まで数えたら、一からやり直して」

 

(……ここのつ……とお……ひとつ……)

 

(ふうん。一気に強張りが消えた……こちらの状況の方が慣れてるようね)

 

 ほとんどが知り合いのキナサガでのストリートバトルを多くこなしていた経験も彼女を後押しし、心を調えていた。そしてヒメノは雑念の消えた落ち着いた心で、自分を見つめ直す。

 

(あたしはツラレさんみたいに、自分が強いとは言えん。それは……今まで弱いところばかり気にしていたから? 強いところを認識しとらんから……信じられないんばい。自分を……)

 

 ヒメノの脳裏に、ふと先日の出来事が浮かび上がってくる。

 

「……勝ったのに随分謙虚じゃない。もっと自分を褒めて良いんじゃない?」

 

「え? うーん……」

 

(良かったところかあ。あんまりピンと来なか。ミユならハッキリこれだって言えそうやね……)

 

「……色々応用して使ってくる『まねっこ』を警戒出来たんは良かったかなあ」

 

 ミユならもっと確信を突いて、彼女自身の……そして自分の長所を答えられる予感はあった。しかしヒメノはそれを尋ねることが出来ずにいた。

 

(こういうことこそ、恥を忍んで聞けば良かったな……)

 

 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥なんて言葉を耳にしたことはあったが、いざ自分がその立場に置かれると狭量なプライドが邪魔をしてたった一言を閉じ込めてしまっていた。そのことを自覚したヒメノは耳が真っ赤になっていく感覚を覚え、無心の世界から戻ってきた。気付けば掌の上でケムッソがスヤスヤと眠っており、窓からは夕陽が差し込んでいた。

 

(あ……)

 

 振り返るとそこには既に必要のなくなった木の棒を横に置いて座禅を組んでいるツラレがいた。そして彼女のいる位置が昨日ヒナツが座っていた場所と同じであることに気付くのに時間は掛からなかった。するとヒメノはケムッソを抱き寄せた。

 

(あたしも……一度初心に戻ろう)

 

「……やるべきことは決まったようね」

 

「……! はい!」

 

 ゆっくりと目を開いたツラレは背を向けたまま語り掛けた。そんな彼女にヒメノは目を丸くしながらも、その中にある瞳は冴え冴えとしていた。

 

「ちなみに心の乱れを見抜く方法は分かったのかしら?」

 

「分かったよ! 姿勢や呼吸の乱れは、心の乱れなんやね! さっきツラレさんが正してくれたけん!」

 

「……ふふっ。そういうところよ」

 

「……?」

 

「貴女のそういうところが……面白いのよ」

 

 ヒメノの返答に口角を上げたツラレは座布団を回収すると、さっさと離れの方に行ってしまうのだった。

 

「けむむぅ……?」

 

「おはようケーちゃん。もう少しでポケモンセンターやけん」

 

 ジムを後にしたヒメノはケムッソを抱えたままゆっくり歩いていた。

 

「あたし、ちょっと急ぎすぎちゃったけん。ベトくんやリセっちがジム戦に向けてトレーニングしとるのに、ケーちゃんだけ指示を合わせる練習じゃ集中出来んのも無理はないよね」

 

「けむけむ」

 

「やからしばらくはケーちゃんの特訓に絞ろうと思うんよ」

 

「むむっ。けむむー?」

 

「ジム戦の特訓はそれが終わった後でも遅くなかよ」

 

(あたしにとっての初めてのポケモンはベトくん。最初はあたしもバトル自体やるの初めてやった。ベトくんと同じ気持ちで、少しずつ出来ることを増やしていったけん。ばってん今はもう良くも悪くも慣れちゃってると。だからこそ……ケーちゃんの目線に合わせることが大事だったんばい)

 

「気付くのが遅れてごめんね。一緒に……頑張ってくれる?」

 

「けむっ!」

 

 ケムッソを下ろしたヒメノは膝をたたみ、真っ直ぐ目を見つめて問いかけた。するとケムッソはいつになく力強い返事を返してくれたのだった。

 そうして二週間が過ぎた。クオカフに訪れたチャレンジャーは目の前のダブルバトルに集中していたため、ヒメノはケムッソのみの鍛錬のためにマンツーマンのトレーニングと、野生のポケモンとの戦闘で少しずつ経験を積んでいた。

 

「攻撃を受け止めながら『いとをはく』で動きを封じて!」

 

「けーむっ!」

 

「ピピピッ!?」

 

 発電所の近くまで遠出したヒメノはビックリして襲い掛かってきたポケモンとバトルしていた。頬の赤い電気袋からヒゲを生やしたデデンネが『どくばり』を嫌って接近し仕掛けてきた『ほっぺすりすり』を食らいながらも、ケムッソは吐き出した糸でデデンネの尻尾を柱に括り付けてしまう。

 

「そのまま『たいあたり』!」

 

 身動きが取れないことに動揺したデデンネが糸の方に意識を向けたタイミングでヒメノが攻撃指示を送る。すると無警戒のところに勢いのついた『たいあたり』を炸裂させることに成功した。芯に入った一撃に吹っ飛ばされたデデンネは張り詰めた糸による軌道の変化についていけず、受け身も取れないまま地面に叩きつけられた。

 

「やったー! ケーちゃん、上手くいったけん!」

 

「けむむっ!」

 

 今までは息が合わず思ったような動きが出来なかったが、慣れないケムッソにヒメノから合わせる形で練習を重ねた甲斐もあって、ようやく思い描いた展開が現実となっていた。

 

「よし……これで大丈夫やけん」

 

「ピーピピッ!」

 

(キナサガにいた時は手持ちのポケモンが多ければ、もっと強くなれるのかな……なんて思ったこともあったけん)

 

 きずぐすりでの治療を終えると、ヒメノはデデンネをそのまま解放していた。彼女はキナサガストリートでのバトルで多くのポケモンを保有しているチャレンジャーに負けやすかったことを思い起こしながら、ケムッソの頭を撫でる。

 

(それだけポケモンと向き合ってきた人達やったんや。あたしもこうやって向き合っていこう。新しい仲間は、みんなと通じ合えた時でも遅くなか)

 

「ん……?」

 

 そうしていると先程デデンネを捉えていた糸が帯電していることに気が付いた。

 

「……そうや! ね。もう少しここでトレーニングしていかん?」

 

「むむむ? けー……むむ!」

 

「オレンジュースをくれるなら頑張るって? あははっ。もちろんええよ」

 

 それからさらに一週間が経過した。ケムッソとの連携が取れてきたことで、ついにジム戦に向けてのトレーニングへと突入していた。一旦クオガサストリートに戻っての個人練習が為されていたのだが……

 

「けむむっ!」

 

「ピュルルッ!」

 

「うーん……中々上手くいかんね」

 

 ケムッソとハリーセンの放った『どくばり』が互いを相殺してしまい、二体は喧嘩を始めてしまっていた。彼女らを宥めながら、ヒメノはどうすべきか思案を重ねる。

 

(ダブルやとあたしだけやなく、パートナーのポケモンとも息を合わせるのが大事やけん。やからケーちゃんには慣れて欲しか。パートナーをベトくんにお願いするって手もあるけど……それでも)

 

 睨み合う二体を見てヒメノは決意を固めると、対面のフィールドにベトベターを呼び出した。

 

(協力しようって気持ちを持ってもらうためには……)

 

 フィールドに降り立ったベトベターは眼前で言い合う二体を見てからヒメノの方に目を向けた。そして互いに頷き、前へと向き直る。

 

「ケーちゃん、リセっち。今度はベトくん相手に練習やよ!」

 

「「……!」」

 

「べたあっ!」

 

 ベトベターとの対峙の意味に気付いた二体はバトルの始まりに伴いとりあえずはベトベターの方に視線を向ける。するとベトベターが火炎を吐き出した。

 

「リセっち『あわ』! ケーちゃんはリセっちの後ろに!」

 

「……! けむっ!?」

 

 すかさずハリーセンが発射した大量の泡が炎を遮る。が、連携が乱れてしまいケムッソは防壁の恩恵を受けられずに『やきつくす』を食らってしまう。こうかはばつぐんだ。

 

「今度は『あわ』で攻撃!」

 

 再び発射された泡に溺れるベトベターだったが、『たくわえる』によりダメージを最小限に抑えていた。さらに攻撃後の隙を突いてハリーセンに泥が放たれる。

 

「ケーちゃん前に出て『むしくい』! リセっちは下がって!」

 

「ピュルッ!?」

 

「けむっ!?」

 

 ケムッソが代わりに泥を受け止めようと前に出ながら口を大きく開いた瞬間だった。ハリーセンが下がる位置を見誤り、『むしくい』が誤爆してしまう。しかも前後関係が入れ替わらなかったことで『どろかけ』までも貰ってしまった。

 

「べー……ったあ!」

 

 互いに衝突したケムッソとハリーセンは想定外の事態に大きく体勢を崩してしまう。するとベトベターは『やきつくす』により両者を炎の渦へと飲み込んだ。これが決定打となり、二体とも戦闘不能になってしまう。

 

「何が良くなったと思う?」

 

「ピュルルッ!」

 

「けむむっ!」

 

「相手のせいにしても始まらんよ。二人とも、お互いの位置が把握できてなかったけん。それぞれベトくんと一対一で戦ってる感じやったと」

 

「ピュ……」

 

「けむ……」

 

「二人もベトくんに負けん力はあるんよ。でも勝てんかった。1+1が2、どころか1より下になってしまったんよ」

 

 ケムッソとハリーセンにとってベトベターは先輩のような存在であり、どこか一対一なら負けても仕方ないという気持ちはあった。されど数的有利な状況でも負けてしまったのは、さすがにショックが大きかった。二体ともヒメノと共に戦うようになってから勝つことの喜び、負けることの悔しさを味わうようになった。そして一入(ひとしお)の悔しさが滲んだ顔を二体は見合わせるのだった。

 

 さらに一週間近くの時が流れ、ヒメノはスタジアムでのチャレンジャー同士の練習試合で最後の総仕上げに入っていた。

 

(そうや……。力を合わせれば、きっと1+1は2よりももっと大きくなれるけん!)

 

 そして成果を出し切った勝利にこの上ない手応えを感じていた。ヒメノだけでなく、戦ったケムッソもハリーセンも。ハリーセンがそれとなく近付いてハイタッチ代わりに尻尾を上げると、ケムッソは可笑しそうに笑いながら頭頂部の角を合わせるのだった。

 

 その翌日。ヒメノはスタジアムの控え室で座禅を組んでいた。

 

「時間よ」

 

「わっ」

 

 不意に飛んできた警策にヒメノは思わず声を漏らす。それがツラレによるものだと気付くのに時間は掛からなかった。

 

「楽しみにしてるわ。貴女と、御師のバトルを」

 

「うん! 精一杯楽しませちゃるけん!」

 

 ヒメノには一ヶ月前のツラレとのスタジアムバトルが遠い昔のようにも思えていた。コートに降り立った彼女は、対面を真っ直ぐ見据える。

 

(身体の強張りが無くなっているわね。心を律するには身体からとは良く言ったものだわ)

 

 そんな彼女をスタンドからツラレが見下ろす中、ジムリーダーのヒナツがやってきた。

 

「久しぶりだねえ。今日は存分に成果を見せてもらうよ」

 

「今のあたし達の全てを出し切ると! 行くけん!」

 

(この本番のために、どれだけのものを器に注いできたのか。それを今からバトルで味わえるかと思うと……あたししゃワクワクが止まらないよ)

 

「頼んだよ! リセっち、ケーちゃん!」

 

「お願いね。ラプラス、ルージュラ」

 

 ヒナツがまず繰り出したのは水色の身体をしたのりものポケモンのラプラス。その名の通り背中にある灰色の甲羅に人やポケモンを乗せることを好んでいる。続けて繰り出されたのはひとがたポケモンのルージュラ。こちらもその名の通り赤いドレスのような胴体や雅やかな金髪、ピンク色の分厚い唇と女性の人間を彷彿とさせるような出立ち。

 

(早速仕掛けると!)

 

「花『どくばり』!」

 

(花? ……なんにせよ)

 

「まずは『なきごえ』といこうかね」

 

「ビューアッ!」

 

 ラプラスが鳴き声を発すると身体を震わせたケムッソ・ハリーセン双方のこうげきが抑制され、ぶつりわざの『どくばり』の威力が留められていた。

 

「……! 躱せるかい?」

 

「ピポポピポポッ!?」

 

 されど『どくばり』そのものは止まらず。ケムッソが放った一本の太針をハリーセンの放った多数の細針が囲うようにし、満開の毒の花がヒナツのコートで咲いていた。

 

「……さすがに躱しきれないねえ」

 

 すると『なきごえ』に集中していたラプラスに太針が直撃し、回避を試みたルージュラにも数本の細針が命中した。

 

(……ラプラスにのどスプレーを使っていたわね。発声わざを出したことでとくこうが上昇したわ)

 

 針が甲羅に刺さったものの鳴いて気分が良くなったラプラスの美声がスタジアムに響き渡る。その変化にヒメノも気付いたのも束の間、その声に苦悶が混じった。

 

(……! いきなり『どく』やけん! しかも……!)

 

 するとどちらにも『どく』の状態異常による紫色の変色が顕れていた。どちらかに入ればと思っていたヒメノは幸先の良い先制に手応えを感じる。

 

「魅せてくれるね。ならこちらも『メロメロ』でハリーセンを魅了しておやり」

 

「……!?」

 

 想定内とは思い難い事態にもヒナツの動揺は見受けられず。すかさずルージュラが両手を合わせて象ったハートマークからピンク色の光線が放たれ、『どくばり』を放って着地したハリーセンに当たった。

 

「ピュルル〜♪」

 

「リセっち!?」

 

(目がハートに!? ルージュラに『メロメロ』になっとる……!)

 

 『メロメロ』とは異性のタイプにのみ効果を発揮するわざで、食らった相手を見惚れさせてしまう。そう、ハリーセンは今ルージュラにのみ視線が向いてしまっていた。

 

「『フリーズドライ』で横槍を入れておやり」

 

(水タイプに有効な氷タイプのわざ……! 避けないと……)

 

「……仕方なか。『たいあたり』で突き飛ばして!」

 

「けむ……!」

 

 すかさずラプラスが死角から急速冷凍させる靄を放ち、ハリーセンが回避をするのは難しいと判断したヒメノはケムッソに弾かせた。すると『フリーズドライ』はハリーセンが元々いた位置で炸裂し、不発に終わる。

 

(……心なしか、やけに力強か『たいあたり』やったとね?)

 

「ピュルッ!?」

 

 頬に思いっ切り『たいあたり』を食らったハリーセンはダメージは負ったものの、ビンタされたような衝撃で『メロメロ』状態から醒めていた。

 

「おやおや。それならハリーセンに『ハートスタンプ』だよ」

 

「……! けむむ!」

 

「やる気やねケーちゃん! 『むしくい』やけん!」

 

 ルージュラは両手を合わせたまま突き出すようにして押し込み、割って入ったケムッソはそのハートを真っ二つに割るように食った。

 

「ピポポッ……!?」

 

(……! ……エスパータイプもあるんやね!)

 

 エスパーわざの『ハートスタンプ』に加え、虫わざの『むしくい』が予想以上に入っていることからヒメノはルージュラのタイプを理解していた。

 

(怯まないんだねえ)

 

 さらに付着したハートマークは身体を覆う『りんぷん』により刻まれなかった。接近戦の分の悪さを感じたヒナツはルージュラを後方に下げると、絶え間なく指示を送る。

 

「『りんしょう』、『まねっこ』!」

 

「……! 『まねっこ』……! なら、『ベノムトラップ』で抑えるんよ!」

 

 以前のタッグバトルを彷彿とさせる『まねっこ』にヒメノは目を見開いた。ラプラスの奏でる歌声に合わせるようにルージュラの繊細な声色が乗せられ、衝撃波となってそれぞれ対面にいるケムッソ・ハリーセンを襲う。

 

(『ベノムトラップ』……これは計算外だったね)

 

 ハリーセンに『どく』を活性化させられ、衰弱によりラプラス・ルージュラのこうげき・とくこう・すばやさを纏めて下げられてしまったことにヒナツもさすがに渋い顔をしていた。

 

(……! リセっちのダメージが大きい?)

 

(『りんしょう』は先に歌った者がいれば、重なって威力が倍化する……。変則的ながらそれを『まねっこ』で満たしたのよ)

 

 『ベノムトラップ』により被害を抑えたつもりだったヒメノ。実際にケムッソが受けたダメージは小さかったが、ハリーセンは想定以上のダメージを負っていた。のどスプレーによりとくこうの上がったラプラスに警戒の比重を置いていたヒメノは冷や汗が滲み出てくる。

 

「……なら! もう一度『ベノムトラップ』!」

 

「させないよ。『いやしのすず』で治癒しておやり!」

 

「……!?」

 

 ならばさらに能力を下げようと再度弱体化を試みるヒメノとハリーセン。しかしルージュラが指を弾くと除夜の鐘のような透き通った音色が響き、どちらの『どく』も治してしまった。これにより『ベノムトラップ』も不発に終わってしまう。

 

(そっか。ダブルバトル前提なら『まねっこ』があればパートナーから氷わざを借りられるもんね。……やけど、そんなわざがあるならどうしてもっと早く使わんかったんやろ? もうそれなりにダメージが蓄積されちゃっとるよ)

 

 氷ジムということもあってルージュラの最後のわざは氷タイプだろうと踏んでいたヒメノだったが、予測を外されていた。

 

(言葉ではなく、行動で教えてあげようかね)

 

「ラプラス。喉の調子も良いみたいだし、ここらで『うたかたのアリア』を聞かせとくれ。ルージュラも一緒にね」

 

「……!」

 

(氷タイプは水わざも持っとる場合があるけん。その対策はしとったよ!)

 

「一箇所に集まって『エレキネット』で防いで!」

 

 ラプラス、続いてルージュラと頭上に水風船を作り上げていく。それを見てハリーセンはすぐにケムッソのもとに転がり込むと、ケムッソが電気を帯びた糸を吐き出して自分達の周りに防護ネットを張り巡らせていた。そして歌と共に弾けた水風船が波紋となって広がっていく。するとコート全体に怒涛の波が押し寄せていくが、ケムッソ達の周りだけは遮断されていた。

 

(……やるねえ)

 

(よし。防いだ! 氷タイプは水わざが半減……やから『あわ』も忘れさせたけど、それでもパートナー同士わざを撃ち合ったけん。ダメージも入っとるはず……!?)

 

 拡散された水の波動が儚く消え去ると、ヒメノはラプラス・ルージュラの双方が元気を取り戻している光景に目を見張った。

 

(回復された!? 『うたかたのアリア』自体が回復わざ? ……いやエレキネットが削がれとる。確実に攻撃わざ。アイテムは使用済み……残るは特性?)

 

 朧げながらもヒメノの推測は当たっていた。それぞれの特性『ちょすい』、『かんそうはだ』によりお互いが放った水わざの『うたかたのアリア』でダメージを受けないばかりか、水で身体を潤していたのだった。

 

(『どく』の治療を急がなかったのは回復手段を持っていたからやったんや。これなら微弱なダメージが入り続けとっても、一気に回復しちゃえるから、そんなに心配する必要がなかとね。……今は『エレキネット』で防げたけど、固まらんといかん。回復と同時に攻撃もしてくるのはきつかね……これがダブルバトルならではの戦術なんや)

 

「『まねっこ』でハリーセンに攻撃!」

 

「……! リセっち、『どくばり』を先に撃って!」

 

 体験したことのない戦術に感嘆したのも束の間、彼女の脳に危険信号が送られた。ほぼ同時の動き出し。先に動いたのは……ハリーセンだった。

 

(『ベノムトラップ』で下げられたのが効いたね……)

 

 するとルージュラが放ったのは『エレキネット』ではなく『どくばり』だった。お互い撃ち合いになるものの、毒タイプを有するハリーセンにはさほど効かず。この勝負の軍配はヒメノに上がった。

 

(危なかったと! 『うたかたのアリア』がある以上、細かいダメージの蓄積だけでは勝てん……! なら……)

 

「相手に近付いて!」

 

(接近戦だと二体での『りんしょう』は攻撃の隙を与えちゃうねえ)

 

「だったら『なきごえ』と『メロメロ』で牽制させてもらうよ」

 

「スピードは落とさずに縦に並んで!」

 

 タイミングを合わせてケムッソが前列に出ると、ラプラスの『なきごえ』の音は防げないまでも、ルージュラのメロメロは同性のケムッソが受け止めたことで防いでいた。

 

(ケムッソが先頭……ルージュラへの『むしくい』かい?)

 

「今度は『エレキネット』で攻撃して!」

 

「……! 『まねっこ』で応戦だよ!」

 

 ヒメノの指示にすかさずヒナツは『まねっこ』を指示した。すると今度は割って入る間もなく、ルージュラも電気を帯びた糸を発射することに成功する。

 

「ケーちゃん受け止めて! リセっちはラプラスに向かって!」

 

「なっ……!?」

 

 網を広げる要領で放たれた電気の糸は縦列編成が功を奏してケムッソだけが食らっていた。対してヒナツ側は『まねっこ』に集中していたルージュラが浴び、ラプラスが網の外に逃れるように回避したことで分断されていた。そしてスリップストリームの要領でケムッソを盾に空気抵抗を軽減していたハリーセンがすかさずラプラスに向かって方向転換を行う。

 

(速い……! けど、チャンスの中にこそピンチは潜むものだよ!)

 

「『フリーズドライ』で迎撃して!」

 

「リセっち、こらえて……!」

 

 接近を許したものの水タイプへの有効打を持つラプラスにとっては攻撃を確実に当てるチャンスでもあった。勢いに乗って突っ込んでくるハリーセンに回避の余地の無い瞬間冷却が襲い掛かる。

 

(『りんしょう』で負ったダメージも踏まえれば耐えられるものではないね。……!?)

 

(『こらえる』のわざでひんし状態一歩手前で耐えたと……! チャンスはここしかなか!)

 

「『きしかいせい』の一撃をお見舞いしちゃるけん!」

 

(まずいね……!)

 

 『フリーズドライ』を気合いを入れて辛うじて耐え切ったハリーセンはラプラスのすぐ近くまでやってきていた。倒し切るつもりの一撃を放ったラプラスはすぐには動けず。ヒナツは既にカバーに走り出しているルージュラに指示を送った。

 

「『ハートスタンプ』で庇っておくれ! ……!」

 

(ルージュラの足が遅い……? これは……!)

 

(『エレキネット』は『いとをはく』を発展させたわざやけん。電気が分散した今でも、動きは制限しちょる……!)

 

 先程放った糸が胴体を絡ませるように縛り付けており、指示通りフォローに入ろうとしたルージュラだったが、『きしかいせい』に割って入るのは目に見えて間に合わなかった。

 

(……やられたよ。けどね。念を入れて『なきごえ』を二回発しておいたから、たとえ弱点であっても……)

 

(まさしくここが勝負の分水嶺ね。『きしかいせい』は体力が少なければ少ないほど、真価を発揮する。わざそのものの威力は最小の十倍ってところかしら。それでもこうげきを下げられたせいで届くかどうか……)

 

「「……!?」」

 

 するとハリーセンがラプラスの顎の下からアッパーを放とうとした瞬間だった。えんじ色の輝きがスタジアムを照らす。

 

(これが今のあたし達の全てやけん!)

 

「いっ……けー!」

 

「ピュ……ルルルルッ!」

 

 次の瞬間、尻尾の軌跡が綺麗な弧を描き出す中、ラプラスの身体が宙を舞っていた。滞空時間長く浮いていたラプラスはやがて落ちてくると、甲羅から落ちてゴロゴロと転がっていった。

 

「……ラプラス、戦闘不能!」

 

「なっ……なんだって……?」

 

(……ようやく分かったわ。何故このバトル中『きしかいせい』による打ち消しが試みられなかったか。『かくとうジュエル』。格闘わざを使った時一度だけ威力を五割増しにすることが出来る持ち物。……耐えられるはずはなかったのね。あの子はこの一瞬の勝機に賭けていた……)

 

(まだ終わってなか……。このままじゃリセっちは。……!)

 

 フルスイングの余韻でまだ体勢が整っていないハリーセンにルージュラが『ハートスタンプ』を今にも敢行しようとしていた。するとヒメノはハリーセンがこちらに目をやり、そしてふてぶてしく笑っていることに気が付いた。

 

(リセっち……うん! 分かったよ!)

 

「ケーちゃん! 『エレキネット』! 狙いはルージュラの足!」

 

(御師に残された選択肢は少ない……まさしく雪隠詰めね)

 

 ここでハリーセンを倒さねば数的不利を甘受しなくてはいけないヒナツは攻撃指示を取り消す訳にもいかず。網目の間から伸ばした手がハリーセンに衝突すると、ピンク色の強烈なハートマークが刻まれた。

 

「ハリーセン、戦闘不能!」

 

 ただでさえ体力が残されていないハリーセンに弱点のエスパーわざを耐える余力が残っているはずもなく、ハリーセンはそのまま地に伏してしまう。しかし攻撃を決めたルージュラも背後から右足を絡めとられてしまい、転んで無防備な背中を晒してしまう。

 

「リセっちがくれたチャンス、逃したらあかんよ! 『むしくい』でフィニッシュやけん!」

 

「けーむっ……!」

 

 ルージュラに対して鬼神の如き形相で近付いたケムッソは渾身の『むしくい』を背中に食らわせた。そしてコートに足を付けた彼女が息を荒げる中、スタンドの静寂を打ち破るように審判の声が上がった。

 

「ルージュラ、戦闘不能! チャレンジャー、ヒメノの勝利!」

 

「や、やった……! やったよケーちゃん、リセっち! ……!」

 

 スタンドから歓声が上がり、勝利の実感をこの上なく感じたヒメノは跳び上がって拳を突き上げた。するとケムッソはふらふらながらもハリーセンの所まで歩いており、心配そうに声を掛けていた。ヒメノも駆け寄っていくと、力無くとも嬉しそうに笑うハリーセンに安堵の笑みを見せて、ボールの中で休ませるのだった。

 

「参ったねえ。完全に後手後手だったよ」

 

「そんな……それを言ったらあたしの方もやったよ」

 

「ふふふ。ヒメノちゃんの場合は()(せん)って言うんだよ」

 

「後の先……」

 

「受けに回っているようで、最終的には相手が受けに回るように動いているのさ。相手からすれば嫌でも思い知らされるよ」

 

(……そっか……。それがあたしの強い部分なのかもしれんね)

 

 手渡されたアイスミラーバッジが映し出す己自身の姿を目を晒さずに見つめたヒメノはちょっとだけ自信と言えるものが持てた気がしていた。

 

「……あ! そや。ミユって子が挑戦に来なかったと?」

 

「ミユちゃん……ああ、来たよ。あなたがツラレとダブルバトルをした日の翌日にね。いやあ……強かったねえ。あそこまで徹底した岩わざ攻めは初めて経験したよ。今日もそうだったし、長生きはするもんだね」

 

「ええっ! 一ヶ月も前に……!? うー……じゃあとっくにクオカフを離れとるんやね」

 

「その日のうちに出たみたいだよ」

 

「そんなすぐに……?」

 

「そう聞いたら、『誰よりも早く揃える意味ってやつが、今なら分かる気がするから』って言ってたよ」

 

(マシュ君が言うとったね……。聞いた時はピンと来とらんかったみたいやけど)

 

「その子は知り合いなのかい?」

 

「友達やよ!」

 

「そうなのかい。……実はあの子にはね。戦った後にあたしから修行に誘ってみたんだよ。さっき言った通りの理由で断られちゃったんだけどね」

 

「ヒナツさんから……? 何か気になるところがあったん?」

 

「あの子の強さはねえ……砂上の楼閣なのさ。負けた身で言うことでもないんだけどね」

 

「……ううん。ヒナツさんはあたしとのバトルも明鏡止水の心で……“見とった”。その勘はきっと、正しいんやと思う」

 

「ふふふ……ありがとね。もしミユちゃんがどこかで立ち止まる時が来たのなら、その時は照らしてあげてね。先に進むための道標を……」

 

「もちろん! あたし……まだバトルにも慣れとらんかった頃、ミユと競い合えたから、少しずつベトくんといっしょに出来ることを増やしていけたんよ。困った時はお互い様やけん!」

 

(自惚れずに自信を築き上げる……ツラレの信念に触れたんだねえ)

 

 こうしてクオカフジムでのバトルは終わりを告げた。改めてたくさんの見知らぬ人から見られていたことを自覚したヒメノは、自分を見た人が少しでも多くのことを学び取れるようになりたいという思いが芽生えたのだった。

 

(うーん……今回はやっぱり初公式戦で頑張ってくれたケーちゃんかな?)

 

 少ししてポケモンセンターで体力を回復させたヒメノはどちらにご褒美のきのみジュースを渡そうか迷っていた。ハリーセンも身を挺して頑張ってくれただけにそちらに渡そうかと逡巡するも、慣れない状態からジム戦で勝利を挙げるまでに努めてくれたケムッソに渡すことにする。

 

「……けむっ」

 

「ピュル?」

 

 そのことにハリーセン自身も納得して見守っていたが、ケムッソが半分ほど飲んだところで瓶を彼に渡していた。

 

「けむけむ」

 

「……! ピュルル〜」

 

(ふふっ。そっか。一緒に頑張ったけんね)

 

 しばし呆然としていたハリーセンだったが、その意味を理解すると残りを嬉しそうに飲み干していく。ヒメノは共有された感情に同調するように頷くのだった。

 

 そして翌日。ヒメノは世話になった礼を伝えるべくジムを訪れていた。すると姿の見えなかったツラレが旅支度を終えた格好で帰り際に話しかけてきた。

 

「貴女、次は南下してマトクモに行くの? それとも……」

 

「東からぐるっと回ってこようと思っとるんよ。やから次はイオタオタウンに向かうと!」

 

「……そう。マトクモに顔を出そうと思ったから、一緒に行ってあげても良かったんだけど」

 

「えっ!? うー……折角やから一緒に行きたい気持ちもあるんやけど……」

 

「無理に合わせることもないわよ。貴女は貴女の道を行きなさい」

 

「分かったと! ……? 顔を出すって、知り合いがおるん?」

 

「知り合いというか、夫ね」

 

「へ〜! 夫……。……おっと……? ……夫!?」

 

「なによ」

 

「結婚しとったん!?」

 

「そうよ。このリボンもアイツからのプレゼント。こんな若い子が着けるようなの、似合ってないとは思うけど」

 

「えー!? そんなことなかよ。とっても可愛らしか!」

 

「そう? ……そう」

 

 髪をかき上げるように黒のサイドテールを彩るピンクのリボンに指を触れたツラレの表情は今まで見たことが無いほど穏やかなもので、浮かべた表情にヒメノは思わずドキッとしていた。

 

「……ねえ、ヒメノ。私はドルガに勝つために戻ってきたの」

 

「戻ってきた?」

 

「しばらく育てるのが忙しくて、実践から離れていたのよ。それでも私は忘れられなかった。ドルガに負けたことを……。貴女が私とのバトルを次に繋げたように、私も負けを蒔けることこそが、勝てが糧となり、勝ちが価値となるなによりの証明と思ったから」

 

「それだけ長い間、ドルガさんに勝つことを心に決めていたんやね」

 

「結果は知っての通りだけどね。けどここがゴールじゃない。私も……ドルガも、必ずこれ以上の伸び代がある。まさしく切磋琢磨ね。ドルガだけじゃないわ。貴女達のような新しい世代からお互い学び取ることで、上限のない高みを目指せる」

 

「あたし達が強くなることで……みんなが強くなれる?」

 

「ええ。だから今ある強さに満足してはダメよ。置いていかれたくなければね」

 

「あたしも立ち止まるつもりはなかよ! 次会う時にはツラレさんを追い抜いちゃう……くらいの気持ちでいるけん!」

 

「それが過去の残像で無いことを祈っているわ。明日の私は、今日より強いんだから」

 

 ツラレは言いたいことを言い終えたらさっさとマトクモに向かって歩き出した。すぐに見えなくなってしまう彼女に思わず苦笑を漏らすヒメノだったが、いつまでもその残像を追うことはせずに次の町へと出発したのだった。




クオカフシティ

キューシュー地方の中でも一際栄えている街。東にはイオタオ、南にはマトクモ、西にはガサが接続しているため交通網が発達している。またエアポートが出来たことで海外からキューシューを訪れる際の窓口の役割を受け継いだため、先の交通事情と合わせて人通りが激しい。
こういった背景から観光業に力を入れており、かつてはスタジアムバトルもその事業の一つに過ぎなかった。次第にそれが他の街にも広がっていき、スタジアムが増えていった結果、キューシュー独自の文化である『ジムフェスティバル』を生み出した。
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