クラサラマウンテンを越え、イオタオタウンに到着したヒメノはさすがに疲労の色が顔に出ていた。どこか休憩できる所はと探すと、自然豊かな公園の中に建てられたストリートバーが目に入る。それは彼女にとって砂漠地帯に突如現れたオアシスと形容しても過言ではなかった。
「生き返ると〜!」
爽快なサイコソーダで喉を潤したヒメノはようやく周りを見ると、草花に囲まれたストリートがやや離れた位置にあることに気が付いた。そしてそこでバトルしている者の姿も。
(……ミユ!?)
「マルマル! 『はかいこうせん』で終わらせて!」
「甘い味付けね。ナッシー。『なやみのタネ』を植え付けなさい!」
「なっ……!?」
ミユが繰り出していたのは水色の草食動物のような身体とつぶらな瞳をしたアマルス。対峙するトレーナーが出していたのは、やしのみポケモンのナッシー。ヤシの木のような身体と実のそれぞれに顔が浮かび上がっている。
(しまった! これじゃあ『フリーズスキン』が……!)
ミユはノーマルわざの『はかいこうせん』を特性『フリーズスキン』により氷わざへと変換することで、草タイプを有するナッシーの弱点を突こうとしていた。しかし『なやみのタネ』により特性を『ふみん』に変えられてしまい、光線はそのまま放たれる。
「大技は劇薬なの。使い所を誤れば、そこまでなのよ。『リーフストーム』で終わらせなさい……!」
「うっ……」
岩タイプを有するアマルスの弱点を突くようにナッシーの頭から木の葉の嵐が放たれた。避けようにも『はかいこうせん』の反動でアマルスは動けず、直撃を食らって倒れてしまう。
「勝ちたいという意思は痛いくらい伝わってきますわ……。けど、それだけ。あなたのバトルは味見なき
「そんな……」
それが決着の瞬間だった。一対一で行われていたシングルバトルが終わりを迎え、彼女がミユに近付いて告げた言葉こそ聞こえずともストリートバーから見ていた観客の声がヒメノの耳に入る。
「あちゃー……フェロも容赦無いねえ」
「あの子もよくジムに挑み続けてるよな。今日で一ヶ月だろ」
(一ヶ月もずっと……!?)
「……あ……」
「……ミユ」
ミユの虚ろな目は何を求めたのか、定まらない焦点は揺れに揺れ、ついにはヒメノの姿を捉えてしまう。即座に今のバトルを見られていたことを理解したミユはただでさえ良くない顔色が青ざめていき、彼女は気付いたら一目散に背を向けて走り出していた。
「あっ! ちょっと、ミユ!」
「お待ちなさい。……追いかけてどうするおつもり?」
思わぬ出来事に唖然としていたヒメノだったが、遅れて走り出そうとした。すると先程ミユと戦っていた金髪の縦ロールの女性が呼び止めてくる。
「そ、そんなの……追いついてから考えるけん!」
「一人にしてあげるのも優しさとは思わないのかしら? ……少なくともあの子は、あなたに追いかけてきて欲しくはないのでは」
「そうかもしれん……。でも一人で立ち直れるんやったら、きっと一ヶ月も負け続けたりはせんと思うんよ。やから、あたしは行くと!」
「……! ……そこまで固い意思をお持ちであれば、あなたに任せますわ」
(任せる? この人も行くか迷っとったんかな……)
来たばかりで事情も分かりづらく判断のつかないことばかりだったが、内に秘めた憂慮だけは伝わったヒメノはその思いも背負うようにしてミユを見失うまいと追いかけていった。
「……なんで……よりによって。アンタにだけは……こんな所見られたくなかった……!」
「ミユ……」
公園から飛び出したミユは目的地も分からずがむしゃらに走っていた。そして裏路地に入った彼女は行き止まりで歩みを止め、後ろを振り返ることもせずに天を見上げていた。
(……道標……)
そんな彼女の姿を確かに見たヒメノは考える前にやるべきことが頭に浮かんできていた。そして彼女は決意を固めると、思い切ってミユに声を掛けた。
「……あたしは見てほしか。ミユに、あたしのバトルを」
「嫌よ……。そんなの、アタシのためになんてならない……」
(アタシはまだ、見つけられてない。自分の強みを、自分の力で……)
「ううん。違うんよ。あたしのために。あたしの強さを証明するために……ミユに見てほしいんよ!」
「ヒメノの……?」
そして彼女の手を優しく、されど力強く握っていた。思わずミユが振り返ると、出口から差し込んでくる光がやけに眩しく感じられていた。
(仮に……ヒメノが勝ったとしても。何をどう受け取れば良いのか分からない。だってイオタオジムは草タイプのジム……全部のポケモンが弱点を突かれるアタシと違って、ヒメノは……)
それから一週間。ミユはジムへ通わなくなった。フェロに言われたことに答えも出せないまま挑む気にもなれなかったからだった。そして今日、ジムを訪れていた。答えは未だ混迷の最中。ただヒメノの挑戦を見るためだけにやってきていた。その意味も見出せないまま。
「フェロさーん! チャレンジャー来ましたー!」
「はーい! 少々お待ちを……。……!」
「あ……」
間近で観戦する気にもなれず、ストリートバーに足を運んだミユ。すると料理を運び終えたフェロとちょうど出会ってしまう。
(……良かった。もう来てくれないものかと思いましたわ)
「ご友人の戦いを拝見なさるの?」
「……ヒメノがどうしても見てって言ったから。正直今は自分のことで手一杯だし、ヒメノの頼みじゃなかったら断ってた」
「そう……。……ねえ、ご飯はまだよね?」
「え? まあ……」
「ならお好きなものを頼みなさいな。わたくしが作ることは叶いませんが、奢りとさせて下さいまし」
(どういう風の吹き回し?)
「……そういうことなら、有り難くいただくけど」
「どうぞごゆっくり」
(……やれやれ。こんな形でのフォローなんて、わたくしも思慮が足りないですわね)
スタッフルームに入ったフェロは自嘲した笑みを浮かべる。しかし着替えを終えると、彼女はジムリーダーとして意識を切り替えた。そして私情をその場に置き去り、フィールドへとやってくる。
「あなた、お名前はなんと?」
「あたしはヒメノって言うんよ!」
「ヒメノ……わたくしはたとえこのバトルがどのような結末を迎えようとも、最後までジムリーダーとしてあなたの勝利の芽を摘み取るわ」
「望むところやよ!」
「返事は上々ね。けれどバトルは料理と同じで、どれだけ仕込みに魂を込めているかが肝要。どうか無味無臭の仕上げだけは勘弁なさいますよう……!」
「……!」
フェロのエメラルド色の眼が鋭い眼光を解き放ち、ヒメノは肌で否が応でもプレッシャーを感じさせられていた。同時に彼女が抱く厳しい拘りも感じ取れたヒメノは今一度気を引き締める。
(大丈夫……あたしにはあたしの強みがある! 自分を信じていくけん!)
「勝負形式は三対三のシングルバトルやけん!」
「了解しましたわ」
(……? おかしいわね。ヒメノの手持ちは間違いなくベトベター、ハリーセン、ケムッソ。その内ハリーセンは草に弱点を突かれる水タイプを持ってる。逆に草には半減……そりゃ毒もあるけど、ベトベターとケムッソだけで戦えばもっと有利じゃない)
(ミユがこれだけ苦労してるジム……相性だけじゃ越えられない強さも必ず持っとるはずやと。だからこそ一人一人で戦うんやなく……全員の力を合わせて!)
「おいでなさい。ラフレシア!」
「さぁ、先鋒は任せたよ。リセっち!」
(いきなりハリーセン!?)
勢い込んで降り立ったハリーセンの対面に現れたのはラフレシア。赤く巨大な花びらを頭とし、その下から覗くようにしてヒメノ達を見ている。
(この独特な匂い……毒タイプもあるとね)
そんなラフレシアのタイプを探ったヒメノは同時にストリートバーがここから少し離れた位置に建てられている理由をなんとなく察しながら、同時に一つの懸念を抱いていた。
(『どくばり』で弱点を突くことは出来んね……)
(ハリーセンは確か水・毒タイプ……『どくのこな』は効きませんわね)
そしてそれはフェロも同じだった。毒を以て毒を制すとは言うが、二人とも字面通りの状況を味わっていた。
「まずは『まきびし』やけん!」
「『にほんばれ』でフルコースへのご案内を!」
ストリートバーの観客の視線が集まり出す中、バトルの幕が切って落とされた。ハリーセンが毒性のない針を相手フィールドにばら撒くと、その隙にラフレシアは花弁から花粉で作り出した球体を発射する。すると太陽に照らされた球体が強烈な熱気をフィールドに照射しだした。
(日差しが強くなったと……。何を仕掛けてくるつもりやろ?)
(『まきびし』……後々効いてきそうですわね)
「次は『どくばり』で狙って!」
「そのような攻撃、躱すのは朝飯前ですわ」
「えっ……!?」
十分に素早いハリーセンの攻撃に回避も簡単ではないと睨んでいたヒメノだったが、予想外の速さを見せたラフレシアはこの針の嵐から逃れ切ってしまう。
(『にほんばれ』を使った時はこんな機敏やなかった。その前後で変わったことがあるとしたら……)
ヒメノは直視するのも憚られる熱球を腕で影を作りながら見上げた。ラフレシアの特性『ようりょくそ』は『ひざしがつよい』時に自身のすばやさを倍化させる。これにより、本来どちらかと言えば遅いラフレシアでも余裕を持って躱しきれたのだった。
「……『まきびし』で逃げ場を制限して!」
「ならその隙に『せいちょう』の隠し味を入れておきましょう」
「……!」
「さあ。お召し上がりになって! 『ソーラービーム』ですわ!」
「ピーピー!」
(構わず攻撃を選んできたと……! 攻撃に集中してる今なら『どくばり』のチャンスやけん。……ただ気になるのは『にほんばれ』からの淀みない展開。もしかすると……すばやさ以外にも、仕込みがあるかもしれんね)
「……潮時やね。リセっち、突っ込んで!」
「ピュルッ!」
「この状況で接近戦ですの?」
(それが『ソーラービーム』の溜めの隙を突こうというものであるなら……)
「『こらえる』と!」
「……!」
(ハリーセンはまだダメージを受けてない。なのにやられる寸前で踏み留まる『こらえる』……。相変わらずねヒメノ。アタシはやられて味わったけど、アンタはやられる前に飲み込めるんだから)
『せいちょう』は光合成による栄養を身体に行き渡らせることで自身のこうげきととくこうを少しずつ上昇させ、『ソーラービーム』は太陽光そのものを溜め込むことで強力な光線を放つ大技。しかし『ひざしがつよい』ことで上昇値もチャージスピードも倍化していた。これにより抵抗の無いハリーセンには耐えられない程の威力の『ソーラービーム』を接近前に放っていたのだった。しかしそんな耐えられないはずの光線をハリーセンは気合いで堪えてみせる。
(ここまで近付ければ直撃やけん!)
(ですが! 『ようりょくそ』も踏まえれば直接攻撃が当たる前に間に合うはず……!)
「それではおかわりをどうぞ!」
「あいにくとお腹いっぱいやけん! 『じばく』!」
「『じばく』ですって!?」
「なっ……!? ヒメノ……?」
ハリーセンのお腹が膨れ上がると、含んだ液体を起爆剤としてラフレシアを爆発で包み込んだ。その後追撃の『ソーラービーム』に弾き返されたハリーセンがヒメノの目の前に転がってくる。完全にノックアウトされていたが、ヒメノにはその顔がふてぶてしく笑って見えた。
(『じばく』は全体力を代償に相手に大ダメージを与えるわざ。アタシの知ってるヒメノだったら、可能な限り自分のポケモンが傷つかないように戦う……はずなのに)
(ヒナツさんとのバトルでリセっちに教えられたと。これは犠牲じゃなか。あたし達を信じてくれとるからこそ、勝利のバトンを託してくれる……)
「……やってくれましたわね。確かにこちらとしても避けようが無いですわ。しかし、倒せるとは限りませんことよ?」
「……!」
対してラフレシアは予想外の爆発に吹っ飛ばされたものの、なんとか着地には成功していた。
(だからこそ、このバトンを繋いでいくけん。アタシ達で!)
(ここまでの展開からハリーセンの役割は『まきびし』にあったと見るべきですわ。次は攻めのメインディッシュが運ばれてくるはず……)
「ベトくん。行くよ!」
「べった!」
ハリーセンに代わり、次鋒として降り立ったのはベトベター。ボールの中から感じていたハリーセンの奮闘に触発され、入った気合いを示すようにヘドロの拳を力強く握っている。
(毒タイプ……草わざの『ソーラービーム』は半減。当然『どくのこな』も効かない。ですが交代しようにも……)
そんなベトベターの姿を捉えたフェロは一瞬大量の『まきびし』に目をやると、すぐに迷いを振り払っていた。
(防御力はそれなりにあるでしょう。されど今のラフレシアでも一撃で持っていくような攻撃力は無いと見ますわ!)
「さらに『せいちょう』して下さいまし!」
(ここまで仕込めば……!)
(リセっちが作ってくれた一瞬。受け取るのは今しかなか!)
「『やきつくす』と!」
「炎わざ……! 受け切って『ソーラービーム』で反撃を!」
(草タイプに有効な毒が攻撃の主軸と思ったのですが。あとは耐えられるかどうか……)
太陽光をエネルギーに変化するべく集中していたラフレシアはベトベターが放った火炎に包まれてしまった。それでもフェロはすばやさの利を考え、攻撃後に必ず生まれる隙を見逃さなかった。
「ピピ……ピー……」
「ラフレシア!?」
しかしラフレシアに次の攻撃の機会は残されなかった。ギリギリまで耐えようとしていたものの、ついには力尽きて倒れてしまう。
(想定より威力が高い……攻撃力を見誤った? ……あっ……!)
そんなラフレシアの姿を見たフェロは一瞬遅れて、腕で影を作りながら見上げていた。
「そう……『ひざしがつよい』から、炎わざの威力は五割増しやけん!」
「くっ……やられましたわ」
(毒わざ以外なら……毒タイプであるベトベターの本領外。少なくとも一撃では倒せないという前提を覆す要素をわたくしは見逃し、ヒメノは見逃さなかった! なんて緩慢なのわたくしは!)
(フェロさん……イーブンに戻されただけだってのに、なんて厳しい顔してるの。あんな顔を……自分にも容赦なく、向けるなんて)
ミユが挑み続けた一ヶ月で幾度と無く目にしたフェロの表情。それは今自分ではなく、ヒメノでもなく、フェロ自身に向けられていることが彼女には感じ取れた。
(わたくしの手持ちには炎わざに耐性のある子もいる……けれど、それのみに視野を奪われてはダメ)
ラフレシアを戻したフェロは六つ全てが埋められたボールホルダーに手をかける。そして逡巡の末にボールがフィールドに放られた。
「出番ですわよ。リーフィア!」
「フア〜!」
すると額から緑毛を生やしたクリーム色のポケモンが四つ足を地につけ、葉っぱを象った大きな耳や尻尾をそよ風で揺らしていた。
「えっ!? リーフィアって……」
(草タイプのみだったはず……。それじゃあ炎もそうだし、本命の毒だってモロに受けるじゃない!)
「……!」
するとその耳がピクンと跳ね、リーフィアはとっさに回避行動を取っていた。
「『まきびし』は交代する度に襲い掛かるけん!」
「……耐え忍んで下さいまし!」
それはばら撒かれた針が浮かび上がり、次々とリーフィアに襲い掛かっていたからだった。無数とすら言えよう細針の猛攻に着々と身を削られていくと、やがて全ての針が再び地面に突き刺さった。
(これは仕方ありませんわ。交代の数を減らすことで被害を最小限に食い止めます!)
(ここは真っ直ぐ攻めると!)
「すかさず『やきつくす』!」
「お見通しですわ! 焦げないよう『どろかけ』で覆ってしまいましょう!」
「『どろかけ』!? ……しまったと!」
「べたあっ……」
休む時間を与えまいと放たれた強火は、リーフィアが蹴り出した泥であっさりと鎮火された。さらに泥が着弾したベトベターは苦悶の声を漏らしながら膝を折ってしまう。
「涼しい顔で火を打ち消すけんね……!」
「草タイプは弱点が五つもあるのよ。なんの対策もしてないとお思いで?」
(……五つ。お父さんと……岩タイプと、同じ数)
(これは炎だけの対策やなか……! 毒の打ち消しも見据えとるんや!)
(弱点の対策だけではありませんことよ。特性『リーフガード』で『ひざしがつよい』間は状態異常にならない……。毒タイプ特有のじわじわした攻めも封じているのですわ!)
「……なら! 『たくわえる』で態勢を整えるよ!」
「押してもダメならという訳かしら? なら引いたところをプレスして差し上げましょう! 『やどりぎのたね』!」
(『たくわえる』で守備固めしとるから、草タイプのわざはそこまでは……!?)
空気中の水分を身体に取り込むことで攻撃の吸収性を高めたベトベターだったが、着弾した種から伸びていったツルに絡まれてしまった。
「べとっ……!?」
「ベトくん!? 体力を奪われて……!」
そしてツルを通して搾り取られたエネルギーが光の粒子となってリーフィアに入り込んでいった。その光景にヒメノは『メガドレイン』と同じような感覚を覚える。
(しかもダメージを殺し切れとらん……。『たくわえる』も毒の半減も無視して、少しずつ体力が吸収されてくけん……!)
(一度ベトベターを下げるかしら。それなら最後のポケモンを先に見ることが出来ますわ)
「……『やきつくす』を撃って、右前にダッシュすると!」
「たぁ!」
「……! 『どろかけ』で防ぐとしましょうか」
先程と同じように火炎を消し去った泥はベトベターから見て左横を通過していく。
「もう一発『やきつくす』!」
(随分炎わざで押すじゃない。やっぱりそうなのよ。ポケモンバトルは相性の差が全て……)
「……! なるほど……」
(打ち消しのために一撃目に『どろかけ』を合わせたことで、距離を詰めて放った二撃目はよほどスピードに差が無ければ打ち消しは間に合わないと……。ですが、既にお膳立ては整っていますのよ!)
「『がまん』ですわ!」
「リー……フアッ!」
(あれは少しの間耐え抜いて、その間受けたダメージを倍にして返してくるわざやけん! フェロさんは耐え抜けると見たとね……!)
追撃の炎をリーフィアはその身で受け止めると、周りに張り巡らせた白いオーラが増幅していく。やや辛そうではあったが『やどりぎのたね』を通して痛みを軽減し、耐え忍んでいた。
(『がまん』が放たれるまでちょっと時間はある! 当然『やきつくす』で倒し切るしかないでしょ!)
ミユが遠くから強く睨みつける中、ヒメノは腕で影を作りながら見上げると、前に向き直った。
「『たくわえる』!」
「なっ……! 『がまん』切れまで粘る気!? でもそんなことしてたら……!」
「べと……!」
大きく息を吸い込んで再度体内に蓄えを増やしたベトベター。しかし縛り付けるツルからじわじわと体力を奪われてしまう。
(長引けば折角与えたダメージも回復され、逆にベトベターは削られる……。さすがにこれは不利にしかならないわよ)
「もう一回!」
(しかも『がまん』はあくまで受けたダメージの倍返し。ぼうぎょやとくぼうを上げたところで……。……! 日差しが弱まった!?)
すると
「リファ!」
「『がまん』解放ですわ。一撃に留めたとはいえ、決して小さなダメージではありませんことよ!」
「ベトくん耐えて……!」
「べたぁ……!」
そして蓄えた直後に放たれた白いオーラが一瞬にしてベトベターに触れると、強固な外部を擦り抜けて内部に直接ダメージが響いていた。
(ありがとうベトくん! ここが……最後の一踏ん張りやけん!)
(……耐えましたか。けれど、あと一口でごちそうさまですわね)
辛うじて耐え抜いたとはいえ『やどりぎのたね』の蓄積も相まってベトベターは息絶え絶えだった。
(もはや地面タイプでないリーフィアの『どろかけ』でも倒せる! 接近してから距離を詰めたままなのが、スイーツのごとき甘さですのよ)
「『どろかけ』で決めなさい!」
「全てを『はきだす』と!」
向き合った両者が互いに向けて同時にわざを放った。リーフィアは前足で泥を蹴り出し、ベトベターは身体を縮めてポンプのように圧力をかけることで口から液体を吐き出す。するとわざが途中でぶつかり合った。
「なっ……! 炎や、毒ですらなく……!?」
「ノーマルわざやから、相性の打ち消しはなかよ!」
ベトベターが反撃してきても『どろかけ』で抑え込めると踏んでいたフェロだったが、その目は大きく見開かれた。これまで蓄えられたものを一斉に『はきだす』ことで『どろかけ』ごとリーフィアを覆い尽くしていたからだった。
(『たくわえる』は容量を考えると三回が限界やけん。限界ギリギリまで……力を溜めたと! 全てはこの一瞬のために!)
(防御が目的では無かったのね……。本当に我慢をしていたのは……ヒメノの方だった)
最大火力の『はきだす』を近距離からモロに受けたリーフィアはフェロの目の前まで流されていった。そしてフェロは一気に戦闘不能まで持っていかれたリーフィアを抱え上げると、申し訳なさそうな顔を向けた後、ボールに戻した。
(一体なんなのよ……。訳が分からない! 相性の悪いリーフィアがベトベターを追い込んだかと思えば、相性の良いベトベターが相性に関係ないわざで決めるなんて! ……!)
(わたくしも熟成の足りぬ身。大事なのはそこから目を逸らさないこと……)
混乱していたミユは一瞬だけフェロに視線を向けられると、彼女の視線を追うようにヒメノを見た。
(ベトくんもかなりギリギリやけん。まだ二人目、やない。既にもう……終盤戦やと!)
(『まきびし』を受けた上で二体抜き……状況は不利ね。どちらに転ぶにせよ長い勝負にはならないでしょう。今わたくしに出来るのは、ベトベターを倒した上で最後のポケモンに打ち勝つための取捨選択)
そしてヒメノを見たままフェロは決断を下すと、ラストとなるポケモンを繰り出した。
「あなたに託すわ。ナッシー!」
(……! まさか……ヒメノ。そういうことなの? アンタはこのために……ハリーセンを最初に?)
浮かび上がった針に襲い掛かられたナッシーは全ての顔を歪めながらも、なんとか受け流す。
「『サイケこうせん』で仕留めてくださいまし!」
(今の天候での『やきつくす』ではエスパータイプのナッシーの『サイケこうせん』は抑え込めない。『はきだす』も先程溜め込んだ分を消化し切ったようですから出せない。そして草ジムに挑む以上、残りはまず毒わざ……。万が一にも打ち消されることはありませんわ)
(威力が強い! やっぱりナッシーは……エスパータイプを持っとるけん!)
「『じばく』すると! 後は任せて!」
「べた!」
「なっ!? そんなことが……!」
わざを撃ち合う形になった二体だったが、既に戦闘不能状態のベトベター相手には意味は無く、実質ナッシーだけが食らうことになった。距離があったため直撃は避けたものの、強烈な爆発が身を焦がす。
(ありがとうベトくん。繋いでくれたバトンはゴールに着くまで絶対落とさんよ!)
(まるで……こちらが毒を警戒することを想定していたようなわざ構成。……まさか。……!)
そしてベトベターをモンスターボールに戻したヒメノが最後に取り出したボールのスイッチを入れると、それに伴い縮小されていたボールの大きさが元に戻った。
(ネットボール……!? なんてこと!)
「二人のためにも勝つよ! ケーちゃん! 『むしくい』!」
「けむむっ!」
(『まきびし』と『じばく』。せめてどちらかが無ければ……。もはや『なやみのたね』を植え付ける猶予はありませんわ!)
「『サイケこうせん』で迎撃なさい!」
『まきびし』によって逃げ場が制限されたナッシーにケムッソは猪突猛進といった様子で突っ込んでいった。これによりナッシーから放たれた怪光線をモロに受けてしまう。
(やはり『りんぷん』ですか……)
見ている者の脳内を掻き乱すような不気味な光線によりケムッソの『こんらん』を試みたフェロだったが、そうはいかず。ここ自然公園では草タイプと虫タイプのポケモンが共存しており、特性の予測がついた上でその選択しか出来なかったことに彼女は歯痒さを覚えていた。
「ナシナッシー……!?」
結構なダメージを負いながらもケムッソは尚も相手を捉え、そして大きく口を開いて食らいついた。
(何故わたくしはハリーセンの役割が『まきびし』のみであると決めつけてしまったのか。ハリーセン・ベトベターと続けたのは草の弱点を突く毒の警戒をさせるための布石……。これによりわたくしはまんまと出してしまった。虫タイプを大弱点に持つ、草・エスパータイプのナッシーを……)
その一撃を食らったナッシーはふらふらと後退し……そのまま倒れた。それは対峙するトレーナーの表情の明暗がハッキリと分かれた瞬間でもあった。
「……ヒメノ!」
「ミユ! 見てくれたんやね!」
すぐのことだった。ミユが二人のもとに駆け足でやってきた。
「……見せつけられた、わ。アンタの強さ……そしてアタシの弱さまでもね」
「あら。認めるのね」
「認めるしかないじゃない。今のバトル。相性が有利だから勝てた、なんて口が裂けても言えないわよ」
「ガンマさんとのバトルでもそうやった。ジムリーダーは相性だけでは攻略させてくれんかったから。あたしに何が出来るのかなって……」
「それが今のバトルってわけ? 相性も含めて、けど固執もしないで。少しでも相手の先をいこうって……」
(……目を逸らさずに見れたようですわね)
「うん。どれかに拘ってばかりじゃ、前に進めなくなるって……突きつけられたんよ。あたしも」
「そう……バトルに勝つための、効率の良いセオリーは存在しますわ。されど同じことを繰り返しても、相手もそうであるとは限りませんの。わたくし達は戦うことで変化……ふふっ。いえ、進化していけるのですから」
「ケーちゃん!? どうしたん!?」
「虫タイプは進化が早いですからね」
「これが……。生で見るのは、初めてやけん……」
ナッシーを倒したことを褒めてもらおうと足に擦り寄っていたケムッソ。すると経験を積んだことで進化が訪れたのだった。その姿は紫色の身体をした
「進化……」
(アタシは……誰よりも先にジムを攻略することで、ヒメノの先を進んでいる証明になると思ってた。けど……アタシの後ろにいたのは過去のヒメノだったのね)
「強さもまた一定のものではないのです。言うなれば……自由ですのよ。ポケモンも、わざも、戦い方も……ね。ヒメノ、これを受け取ってくださいな」
「わぁ……! 可愛らしいバッジやね!」
するとフェロはフウセンカズラの種をモチーフとしたハートシードバッジをヒメノに手渡した。
「似合ってますわ」
「えっ? えへへ……嬉しかね」
「見た目だけではないのよ。今日わたくしが感じたヒメノのイメージに……とても合っているの」
言いながらチラリとミユを見たフェロ。言われた当人が照れくさく感じている中、ミユもそのバッジが何となく彼女らしいと思えていた。
「……そうかもね」
(アタシは一ヶ月の間……結局は殻に閉じこもってばかりで、突き破ろうとすら思えてなかったのね)
「フェロさん。今度挑む時は、アタシも三体三のシングルバトルにします」
「そう。……楽しみにしていますわ。あなたのバトルを味わえる日を」
「……すぐにとは、いかないかもしれないけど」
「構いません。料理と同じで満足いく仕上がりになるまでは試行錯誤の繰り返しなのですから。大事なのは失敗から学びを得ること。……今のあなたならそれが出来るでしょう」
(あたしは今まで同じことを繰り返してたんだ。相性が悪いギラギラやカメカメは出さずに、マルマルの氷で何とかするしかないって……思い込んでた。それだけじゃダメだってフェロさんは……バトルで教えてくれて、最後には言葉も添えてくれてたのに)
「やってやるんだから! ヒメノ。さっきのバトル……参考にさせてもらうわ」
「勿論ええよ!」
(あたしも……そうすることで、一人じゃ想像もしなかった戦い方が今日出来たんよ。……ミユがあたしを見て、あたしもミユを見て……一緒に強くなっていけたら……! それってすっごくええことやけん!)
陰りを吹き飛ばすほどのいつもの勢いのある彼女を見てヒメノが安堵していると、ふと心をよぎった考えに胸を熱くしていった。
「ふふっ。あなた達のようなチャレンジャーがいてくれるおかげで、わたくし達も日々発見があるものです。……ねえ?」
「「えっ?」」
「ああ。新しい風に吹かれると新鮮な気持ちを届けてくれるもんだ」
「チャンピオン!?」
「ドルガさん!?」
「よっ。久しぶりだな。そちらの嬢ちゃんは初めましてだな」
「えっ、あっ……は、初めまして!」
(ほ、本物のチャンピオンじゃない。やば……)
「ど、どうしてここにおるん?」
「ちょうど今日はジム訪問にいらしてましたの。余計なプレッシャーにならないよう、伝えずにおきましたが」
「良いバトルだったぜ。二人ともな」
「嬉しか〜! みんなもよう頑張ってくれたんよ!」
「未熟者なりにそう思わせる戦い方ができたのであれば、賛辞は素直に受け取りましょう」
(同時に、頑張ってくれたポケモンに報いる采配が出来なかった戒めも受け止めましょう)
ストリートを囲む観戦者に紛れてバトルを見ていたドルガが感想を述べると、ヒメノは胸を張り、フェロは胸に刻んでいた。
「……ところで今回の訪問はいやに急でした。何か別件があるのではないですか?」
「相変わらず鋭いな。実は人探しをしてるんだ。マシュが挑みに来なかったか? 嬢ちゃん達と同じ年頃なんだが」
「いえ、こちらには来ておりませんわね」
「マシュ君!?」
「マシュ!? アイツの名前がなんで……」
ドルガが出した名前に二人は同時に目を見張っていた。思わぬ反応にドルガもまた、目を丸くする。
「えっ! もしかしてどこかで見かけたのか?」
「う、うん。ガサで
「キナサガに行くって言ってたので、もういないと思いますけど……」
「あちゃー……西回りのルートだったのか。逆回りに来ちまったな」
「……ちなみにお会いしたのはいつ頃のことで?」
「えーと……二ヶ月前やったかな?」
「ん。そうね。……もうそんなに経ってたんだ」
「それなら丁度良いのでは? 今から西回りだと追いつけない可能性が高いですし」
「そうか! どこかで絶対ぶつかるもんな。慌てて予定変えるところだったぜ。助かったよ」
「どういたしまして。それにしても……ついにですか。ジムリーダーの中でも噂になっていましてよ。チャンピオンのもとで育ったトレーナーがそろそろ挑戦しに来る頃合いではないかと」
「えっ! そうやったん!?」
「アイツ。そんな凄いやつだったんだ……」
「まあな。けど本人にはあまり聞かせないでやってくれよ」
「ええ。楽しみにはさせてもらいますが、いつも通り受けて立つつもりですわ」
「心配は無用だったな。どっちかと言うと心配なのはマシュの方なんだ。アイツは少々チャンピオンという肩書きに拘りを持ちすぎててな……しょうがねえことではあるんだが」
「ふふ……ジムフェスを通じて偏狭な考え方が少しずつ広がっていくと良いですね」
「ああ。きっとそうなるさ。俺達がそうだったようにな」
(ふ、二人とも大人やね。でも、確かに……。ジムを巡ってて。大雑把だけど、感じたと。世界は広いんやなあって……)
「さて、そろそろお暇するかな。いつまでもジムリーダーを独占するわけにはいかねえや」
「ふふっ、そうですわね。ミユはどうなさいます?」
「やりたい事もいっぱいあるから、しばらくはイオタオに留まってとにかく試してみるつもり!」
「でしたら……あなたが良ければこちらのストバで働いてみませんか?」
「どういうこと?」
「ジムの間近ということもあってトレーナーの利用も多いので、ポケモンバトルのオーダーもよく入るのです。多種多様なバトルを味わえますのよ?」
「なるほど……。色んなことを試すにはもってこいってわけね」
「それと……私の手が空いている時間であれば、直接指導してあげることも出来ますわ」
「えっ! 良いの?」
「問題ありませんわ。それに人に教えるというのは案外自分のためにもなりますの」
「そうなんだ……。是非お願いっ!」
「ええ。喜んで!」
「ヒメノ! アンタはキヤミザタウンに行くんでしょ? 先に行ってなさい。遅れた分を埋めて、追いつくから! 絶対!」
「うん! お互い頑張るけん!」
ミユが真正面から両手でヒメノの手を包んで言い放つと、ヒメノはその力強い手に花が咲いたような笑みを浮かべた。こうして二人は再びの別れを惜しむことなく、より一層のやる気を漲らせたのだった。
「……そうか。ヒメノ嬢ちゃんもそっちに行くんだな。なら一緒に行こうぜ」
「へっ? ……ええええっ!?」
そして思いがけぬ誘いにヒメノは一瞬呆然とすると、段々と理解が浸透していき、やがて彼女の驚いた声が響いたのだった。
イオタオタウン
現在ではストリートバーと呼称されている喫茶店の発祥の地。
シティを中心としたスタジアムの普及によって、ジムフェスティバルが根付くまでストリートしかないタウンは相対的に活気が失われており、イオタオもその内の一つだった。
当時ホテルの料理長をしていたフェロはこの事態を憂慮し、地元のイオタオにあるストリートの近くに喫茶店を構えた。それが狙い通りストリートバトルの手軽さと噛み合い、地域の活性化に成功。
瞬く間にストリートバーの通称と共に支店が展開され、あまりの人気にイオタオ以外のストリートにも設けられることに。
また派手なスタジアムバトルの影に隠れがちだったストリートバトルの魅力を見直すきっかけになったことが、両方を取り入れたジムフェスティバルの創生にも繋がったと言われている。