ベトくんといっしょに   作:ゾネサー

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彼も人なり我も人なり

「わぁ〜っ!? こんなに速いん!?」

 

「ポケモンライドは初めてか?」

 

 イオタオタウンを後にしたヒメノはドルガと共にムーランド……クリーム色の立派なヒゲをたくわえた四つ足のポケモンに乗って次の街へと向かっていた。ヘルメットからはみ出た髪が乱れてしまうほど風を切る疾走にヒメノは思わず目を瞑ってしまう。

 

「う、うん。知り合いにライドの資格持っとる人おらんかったから……」

 

「そうだったか。じゃあ少しスピード落とすぜ」

 

 慣れた様子で走らせていたドルガはムーランドを落ち着かせ、自転車程度の速度まで落とさせた。すると恐る恐る目を開けたヒメノは流れていく風景と心地良い風に頬を緩ませていった。

 

「ふわあ……。気持ちよか〜」

 

「お気に召したようで何よりだ」

 

「ありがとやけん〜」

 

「お安い御用さ。キヤミザに着くまで時間それなりにかかるから、今ならなんでも聞き放題だぜ?」

 

「ええー! いっぱいありすぎて困っちゃうと!」

 

「そんなにか。俺が昔チャンピオンと同行した時は話題に困ったもんだけどなー」

 

「ドルガさんが? 想像できなかー」

 

「そっか。まだヒメノ嬢ちゃんが産まれる前のチャンピオンだもんな。知らないのも無理ないか。つっけんどんな人でなあ……」

 

「ドルガさんとは正反対やねー。名前はなんて言うんやろ?」

 

「ツラレだ。当時は氷の女王って呼ばれてたんだぜ」

 

「…………えっ」

 

「……?」

 

「つ、ツラレさんって元チャンピオンやったと!?」

 

「ああ。俺らの世代なら知らない人はいないな」

 

「し、知らんかったとー!」

 

(……ああっ! ツラレさんと戦った時、やけに観客が多かったのはそれが一番の理由やったんや!)

 

「どうしよ……。いっぱい面倒見てもらったんに、なんも知らんで……」

 

「気にすることはないと思うぜ。というかツラレが気にするとも思えねえ。表舞台から離れていた時に引退かと騒がれても眉一つ動かさなかったもんな」

 

「さ、さすがやけん……」

 

「実践から離れてもあの人が鍛錬を怠るタマじゃねえのは、分かる人には分かることだしな」

 

「そうやね!」

 

(そっかあ……チャンピオン。一度、頂に立って。それでもそこはゴールじゃないって、さらに高みを目指して。……それってカッコいい、な)

 

 ツラレに思いを馳せながらドルガの横顔を見つめたヒメノは胸が熱くなっていくのを感じたのだった。

 

「ジム巡りをする理由かい?」

 

 興奮がやがて落ち着いてきた頃、ヒメノは折角の機会なのでドルガに色々聞いていた。

 

「チャンピオンとして各地を周るのが仕事ってのもあるんだけどな」

 

「イオタオでも人気やったね〜」

 

「ありがてえことだぜ。それでな、出発前にファンとバトルをしただろう?」

 

「うん! 圧倒的やったと……」

 

「まあ今回のバトルはチャレンジャーに勝敗に拘る意思が無かったからな」

 

「言われてみれば……そやったかも」

 

「バトルってのは勝ち負けが全てじゃねえからな。楽しむためのバトルってのもあって良いんだ。ただな。チャンピオンという肩書きを持ってると、(しのぎ)を削るバトルをする機会は相手が遠慮してどうしても減っちまう」

 

「考えたことなかったと……。確かにそうかもしれんね」

 

「だからさ。ジムを巡って色んなバトルを見るんだ」

 

「……! そっか……。見て学び取るんやね」

 

「そういうことさ。それに、エキシビジョンマッチの指名もあるしな」

 

「エキシビジョンマッチ……! もう誰か決めとるんやろか?」

 

「ギリギリまで考えるつもりだが……。魂の込もったバトルを見せられたからな。久しぶりに戦いたくなった相手ならいるぜ」

 

「楽しみにしとるけん!」

 

「お互い様だな。俺も同行する間、ヒメノ嬢ちゃんのバトルを楽しませてもらうよ」

 

「うー……さすがに緊張すると。でも楽しませてみせるたい!」

 

「良い返事だ!」

 

 その後も話しているときのみ農園を通り過ぎて、キヤミザシティに辿り着く。するとすぐには降りずにドルガの案内で目的地まで直行していった。

 

「着いたぜ」

 

「日没に間に合うかどうかやと思ってたから助かったと! ムーランドもありがとね」

 

「グワッ!」

 

 一人で歩いて向かう想定より随分早い到着になり、ヒメノは運んでくれたムーランドの両耳の間をわしわししてから飛び降りた。そしてドルガの案内で目的地の中へと入っていく。

 

「……え? あの……ドルガさん?」

 

「なんだい?」

 

「あたしが行きたいのはポケモンジムで……こっちのジムじゃなかとよ?」

 

 そして屈強な男達がポケモンと共に筋肉を鍛える様にヒメノは目を丸くしていた。

 

「はっはっは! そりゃ俺もだ。思い出してみなヒメノ嬢ちゃん。キヤミザジムの主軸タイプを」

 

「格闘タイプ……あっ! そっか! 恥ずかしか〜! 勘違いしちゃったと」

 

「まあ無理もないと思うけどな。ここにいるのはポケモンが強くなるたびに自分の筋肉も強くする奴らばかりだから」

 

 あまりにガタイの良い男達が一心不乱にトレーニングする姿が衝撃的すぎて共にいるポケモンがどれも格闘タイプということを見落としてしまい、ヒメノは耳が赤くなっていくのを感じていた。

 

(なんだあのチャレンジャー。チャンピオンといっしょに入ってきたぞ。……!? あいつは……!)

 

(……?)

 

 するとその中の一人から視線を感じたヒメノはそちらに目をやった。そのため正面から近付いてきた人物にまだ気付いていなかった。

 

「ザッツライ! ポケモンと同じ負荷を自らにも課す! これぞ…… 一・心・同・体!

 

「ひゃあ!?」

 

 そして不意に発せられた大声に身体をビクッと震わせて驚いていた。見上げた先ではそれはもう筋骨隆々で精悍な体つきをした男が腕を曲げて力こぶを見せつけてきている。

 

「相変わらずだなマッチ」

 

「果たしてそうかな? オレの筋肉は常に進化を遂げているぜ! それがどういうことか分かるかい? チャレンジャー!」

 

「あたし!? えーと……それだけポケモンも進化を遂げてると?」

 

「ザッツラーイ! 素晴らしい答えだ!」

 

「あ、ありがとやけん?」

 

「おいおい。あまりレディを困らせるもんじゃないぜ」

 

「おっと失礼! 自己紹介がまだだった! オレは筋肉の伝道師、マッチ! この街のジムリーダーだ!」

 

「えっ!? あっ、あたしはヒメノやけん。ジムチャレンジに来たとよ!」

 

「大歓迎さ! なんなら今日からでも挑戦してくれ! まずはジムトレーナーを選ぶところからだ!」

 

(インストラクターのことやないよね……?)

 

「選ぶってことは……ジムトレーナーは複数おるんやね」

 

「ああ。だが安心してくれ! その内誰かに勝てればマッチとのマッチングが組まれる!」

 

「そうなんや! キナサガとおんなじやね!」

 

「だが心して挑んでくれ! 何故なら! うちのジムトレーナーは全員がマッチョだからだ!」

 

(それはキナサガとおんなじやなかね……)

 

「それだけみんな鍛えてるって意味さ。筋肉とポケモンをな」

 

「ザッツライ! さすがだ盟友よ! さぁ、ヒメノよ! 誰にする!?」

 

「待て待て。スタジアムルールの説明を忘れてるぞ?」

 

「マイガッ! オレとしたことがとんだうっかりやだ! 二人とも着いてきてくれ!」

 

「分かったと!」

 

(ここで説明しないってことは……ちょっと特殊なルールなんかな?)

 

 こうしてマッチに連れられ、二人はジムに併設されたスタジアムへと赴いた。すると中央にある周囲より高く作られた台で試合が行われていた。

 

「……! 人が闘っとる!?」

 

「ジムバトルがない時はプロレスで客を呼んでいるのさ! ヒメノはプロレスは観るかい?」

 

「観たことなか……」

 

「そうか! あれはプロレスで一般的に使われているリング! 今回のバトルコートでもあるのさ!」

 

「あそこでポケモンバトルするんやね……!」

 

 台の上には正方形のマットが敷かれており、その周囲には四本の鉄柱を通して三本のロープが張られていた。するとレスラーがロープの反動を利用してラリアットを炸裂させた。

 

(なるほど……。あのロープは逃げ場を制限する壁以外の役割もあるとね)

 

「というわけで説明しよう! ここでのバトルはずばり! 二対二のタッグマッチだ!」

 

「タッグ!? 誰かと組んで戦うん?」

 

「確かにタッグバトルはそうだ! だがこの場合はポケモンをレスラーとして数え、トレーナーはセコンド……アドバイスを送る者として見ている!」

 

「つまりどちらかと言えばダブルバトルだな」

 

「ダブルとはどういうところが違うんやろか?」

 

「大きく分けて二つだ! まず一つ目はどちらかがノックアウト……戦闘不能になったら、その時点で決着となる!」

 

「……! 片方がダメージを負っとらんでも、勝敗が決まることもあるんや」

 

(あとで『じばく』は忘れさせておかんと……)

 

「そしてもう一つ。リング外に出たポケモンはブレイク……休憩扱いになる! 中に戻るまではわざを使われない代わりに、使ってもいけない!」

 

「えっ? それやとどっちも外に出ちゃえば安全すぎる……から、まだ何かあるんかな?」

 

「ザッツライ! 同じチームの二体が外に出ている状態だとカウントが始められ、20まで数えられたら闘う意志がないものとして負けとなる!」

 

「片方ならカウントはされないが、残ったもう片方が二対一の数的不利を負う可能性が高い。一つ目の相違点を踏まえれば、安全だからと頼りすぎるのはむしろ危険だろうな」

 

「なるほど……! よう出来てるんやねえ」

 

「説明は以上だ! この試合が終わった後ならすぐに挑めるぞ!」

 

「あ、ちょっと待って欲しか! 色々準備せんとあかんから、決まったら連絡すると!」

 

「了解した! 我々はいつでも挑戦を待っているぞ!」

 

「ヒメノ嬢ちゃん。しばらくは特訓かい?」

 

「うん!」

 

「折角だ。付き合うぜ」

 

「えっ!? それはすっごく嬉しか! ……あっ。でもマッチさんとの積もる話もありそうやし、そっちを優先してもらってもええんよ」

 

 ドルガの提案に喜びを露わにするヒメノだったが、これまでの様子から旧友の二人が久しぶりに再開したことが見て取れたので、さすがに悪い気がしていた。

 

「しばらくは滞在することになりそうだしな。それは後でもいいさ。なあ?」

 

「ああ! もちろんだ!」

 

「……ちょっと待って下さい!」

 

「トバリ!?」

 

(あれっ。さっきの子やけん)

 

 すると先程ヒメノを見つめていた赤紫色のショートヘアの少年が後を追ってきていた。そして勢いそのままにヒメノとドルガの間に割って入った。

 

「チャンピオン。この人をエキシビジョンマッチに指名したばかりじゃなく、スパーリング相手まで申し出て……一トレーナーへの贔屓が過ぎると思います!」

 

「えっ!? ちょっと君っ。さすがに言い過ぎやよ!」

 

「……まあ、落ち着くんだヒメノ」

 

「でも……」

 

「少年。名前はトバリって言うのか。確か去年もいたよな」

 

「……! 覚えてるんですか」

 

「ポケモン勝負に年齢が関係ないとはいえ……トバリほど幼いジムトレーナーは珍しかったからな」

 

「それじゃあ……どうして指名してくれなかったんですか」

 

「トバリ……君は旅に出れる年齢になったらどうする?」

 

「当然ジムフェスに優勝してチャンピオンになる!」

 

「だろう? つまりそれまで俺がチャンピオンでいられたら戦えるわけだ。エキシビジョンマッチに呼ばずともな」

 

「……! それが理由……。で、でもスパーリングは特別扱いしすぎ……」

 

「トバリ。お前は今色んな人と戦って鍛錬を重ねていることと思う。ジムトレーナーを任せられているってことは、そういうことだ」

 

「そうだけど、それがどう関係して……」

 

「もしお前がチャンピオンになって、それが相手への贔屓になるなら出来なくなるってことだ」

 

「えっ……!? そう……なる、のか」

 

「チャンピオンってのは特別な存在だと俺も思う。だがヒメノの特訓に付き合うのは俺にも練習になる……そういう普通のことをやりたいのさ。チャンピオンになっても、チャレンジャーとしてな」

 

(ドルガさん……)

 

「…………ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃなくて……」

 

「分かってるさ。ただちょっとヒメノに嫉妬しちゃったんだろう」

 

「………うん」

 

「そ、そうだったんや。うーん……しょうがなかね」

 

(ドルガさんも怒っとらんみたいやし……それならええよね)

 

「悪いなドルガ」

 

「構わないよ」

 

(よく黙っててくれたぜ。立場上口を開けば謝罪を促さざるを得ねえ。が、理屈抜きの謝罪なんてどっちにとっても意味はねえからな)

 

「そうだトバリ! 折角だから今度ヒメノが挑む時、戦ってみたらどうだ!」

 

「「えっ!」」

 

「そりゃいいな! そうすれば分かると思うぜ。嬢ちゃんのことがな」

 

「ヒメノよ! トバリがこの歳にしてジムトレーナーを任されているのはなにも贔屓じゃないぞ! マッチョなんだ! すごくな! だから選んでやって欲しい!」

 

「そうなんや! じゃあお願いすると! よろしくね。トバリ君」

 

「負けないぜ! ヒメノ!」

 

「あたし結構お姉さんやと思うんやけど……」

 

「負けたらいくらでも呼んでやるよ」

 

(なんて生意気なん……! 絶対勝ってみせるけん!)

 

 こうして約束が取り付けられ、負けん気を刺激されたヒメノは気合いを入れてドルガとの特訓に励んでいた。

 

「ルカリオ! 『はどうだん』だ!」

 

「アォォォ!」

 

 ドルガが繰り出したのは格闘タイプを有するルカリオ。青色を基調とした身体をしており、黒の混ざった顔は凛々しく、その眼は赤く煌々と輝いている。そして波動と呼ばれる水色のエネルギーを渦巻かせるように集約させると、凝縮された弾を放ちハリーセンに狂いなく的中させてみせた。

 

「とくしゅわざ……!?」

 

「確かに格闘タイプのポケモンはぶつりでの攻めが中心だ! だがそればかりじゃないぜ! 例えばこうして崩しておいての……『ボーンラッシュ』だ!」

 

 すかさずルカリオは二本の足を素早く動かし接近してみせると、同様に波動から作り出した骨型の棍棒を振り下ろした。

 

「ケーちゃん! 『かたくなる』で代わりに受け止めて!」

 

 『はどうだん』を食らって宙に浮かされたハリーセンへの追撃を彼のパートナーが繭を吐き出した糸で固めて代わりに受けていた。

 

「やるな……!」

 

(『かたくなる』だけじゃねえ。毒の弱点となる地面タイプも、虫にとってはこうかはいまひとつってわけか……)

 

 波動を留めている間に計三回の打撃を食らわせたものの、彼女はその全てを受け止めてみせる。

 

(二人で戦ってようやく五分に持ち込めるかどうか……! とにかく集中して食らいついていくと!)

 

 攻撃後の隙を突き死角から飛び込ませたハリーセンの反撃も直撃は避けられた。数的不利を感じさせない立ち回りにヒメノは驚嘆しながらも、憧れるだけでなく向き合って必死についていった。

 

「誰かー!」

 

「……! どうした婆ちゃん!」

 

「あそこのポケモンに農園のきのみを盗られちゃって! 捕まえてくれないかい?」

 

「あっ! こっちに逃げてきたと! あのポケモンは……?」

 

 太陽が地平線に寄りかかり、今日は切り上げようかという時だった。農園に侵入していた野生のポケモンが逃走してきた。ヒメノは退路を断つように走りながら『ポケモンずかん』を起動する。

 

「『グレッグル』。格闘・毒タイプ。どくづきポケモン。頬に毒袋を持ち、膨らませることで毒を泡立てゴポゴポと不気味な音を出し威嚇する。驚いた隙に中指に分泌させた毒を突き刺してくるため、注意が必要だ」

 

「キューケケケッ!」

 

 青紫色の身体をしたカエル型のポケモンが二足歩行でこちらに走ってきた。なんとか回り込んだヒメノはポケモン図鑑の説明を聞いて寝耳に水といった様子だった。

 

「……! 格闘タイプ……!」

 

(戦い方を試すには良い機会だよな)

 

「ここは任せたぜ嬢ちゃん!」

 

「うん! 引き受けたと! ベトくんお願いっ!」

 

「べたっ」

 

 足を止めさせるべくヒメノはベトベターを繰り出した。するとグレッグルは入手したきのみを横取りされると思ったのか、オレンジ色の頬袋を膨らませて威嚇してきた。そしてすかさず攻撃を仕掛けてくる。

 

「『たくわえる』で受け止めて!」

 

(ベトベターなら毒はもちろん、格闘わざも半減だ。守備を固めればある程度は受け切れるだろうが……)

 

「もう一回『たくわえる』!」

 

「だ、大丈夫なのかい?」

 

 グレッグルの猛攻に対して反撃を試みず蓄えさせるヒメノ。防戦一方という形容が相応しい状況に、駆け寄ってきたお婆さんは不安そうだった。

 

(ニ回分の蓄えを生かすつもりなんだろう。ただ、あまりにサンドバック状態だ。後手に回りすぎにも見える……が)

 

「大丈夫さ」

 

「その攻撃を利用して距離を取って!」

 

「とぉ!」

 

 中指を突き刺す『どくづき』を腕をクロスさせて受け止めたベトベターは押される力を利用して大きく後ろに飛ばされた。しかしこれまでのダメージも相まって息がかなり乱れていた。

 

(これでぶつりわざは簡単には仕掛けられないが……)

 

「あっ! うちのきのみを! くぅ……。いつも夜になったら出てくるから、今日こそはと思ってたのに!」

 

(ポケモンにとっては自生も栽培も違わねえから、悪気は無いんだろうが……。農家だとそうも言ってられねえよな)

 

 そんな中、グレッグルがつるつるとしたベリブのみを食らったかと思うとすかさず口を開いた。

 

「キュゲッ!」

 

 それは強烈な毒性のあるガスを吐き出すためだった。噴射の勢いも凄まじく、距離を取ったベトベターにも問題なく襲い掛かっていく。

 

(『ゲップ』か……。きのみを食べることで放てる毒タイプのとくしゅわざだ。威力が高え上に範囲も広い。今のベトベターじゃ耐えられねえ)

 

「『いたみわけ』やけん!」

 

「……!」

 

 そしてガスを吹きかけられたベトベターだったが、まだそれなりの余力を残して立つことが出来ていた。

 

「ど、どうなったんだい?」

 

「『いたみわけ』は互いの残り体力を足して、それぞれ半分ずつ分け合うわざだ。グレッグルはここまでダメージを負ってないから、ベトベターはその分回復して受け切れたんだ!」

 

「なるほど……」

 

(だが『ゲップ』分の不利はある。有利なのは……そうか!)

 

「『のみこむ』で回復するけん!」

 

 それでも本来の半分近くは体力を削られて足元がややふらついていたベトベターだったが、ここで体内に蓄えた水分をヘドロで毒水にしてから飲み込んだ。すると一転して動きが良くなっていく。

 

(これでグレッグルが一方的にダメージを負ったことになった! 格闘タイプの苛烈なラッシュを逆に利用したのか!)

 

 しかし『のみこむ』様をグレッグルも呆然と眺める訳ではなく、接近して今度こそはと両腕をクロスさせて果敢に『クロスチョップ』を仕掛けていた。

 

「あともう少しの辛抱やけん! 『がまん』!」

 

(……! 最後まで力を逆用する気か!)

 

 強烈なチョップをベトベターは抵抗することなく食らう。そんなベトベターにグレッグルは強烈なカウンターを予感するが、ここまで来たら耐え忍ぶベトベターとの真っ向勝負だと大きなモーションから拳を振りかぶり『きあいパンチ』を浴びせる。

 

「た……あっ!」

 

 二度の強烈な攻撃にベトベターはふらふらとグロッキー状態になったが、すんでのところで踏ん張って前を見据えていた。

 

「……!? よう耐えたと……! 解き放つけん!」

 

「キュケッ!?」

 

 ヘドロの拳に白いオーラを纏わせたベトベターの渾身の倍返しが炸裂した。空を切るほど鋭いパンチを返され、グレッグルは目を見張りながらそれを食らい、そして地面に背中を預けた。

 

「おおっ! これでやっと捕まえられるよ! 」

 

「うん! さっきの話を聞くに夜行性みたいやから……」

 

「えっ?」

 

 するとヒメノはバッグの中からボールを取り出した。全体に緑と黒が入り混じったダークボールと呼称されるボールが今投げつけられると、夜を告げるような闇の光線が放出されてグレッグルを覆う。そしてボールは二回、三回と揺れ……静止と共に小気味の良い音が鳴った。ポケモンゲットの合図だ。

 

「やったぁ!」

 

「べったぁ!」

 

「おや……ゲットしたんだね」

 

「えっ!? ……あっ。もしかして取り押さえるだけで良かったと?」

 

「みたいだが、良いんじゃないか? 今取り押さえて注意するより、ヒメノ嬢ちゃんと旅をしていけば、やっちゃダメなことも覚えていけるだろうぜ」

 

「うん! しっかり教えるんよ!」

 

「そうかい。ありがとねえ……。助かったよ。そうだ! お礼にマゴのみを使ったジュースでもどうだい?」

 

「わぁ! マゴのみって甘いんよね! 飲みたか〜!」

 

「ふふふ。じゃあご馳走させておくれ」

 

 そうしてお婆さんがミキサーでマゴのみを砕いている間、ヒメノはベトベターとグレッグルをきずぐすりで治療していた。するとグレッグルがまだきのみを持っていることに気が付く。

 

「これってやっぱり……ここのやよね」

 

「だろうな。珍しいきのみだし、間違いねえ」

 

「ってことで没収すると〜」

 

「ケッ!?」

 

「さすがにお返しせんとあかんもん」

 

「キュケ〜……」

 

「グッさんお腹すいとるん? そうやね……じゃあ」

 

 治療を終え、取り上げたきのみを一旦ドルガに預けたヒメノは背負っていたバッグをグレッグルの目の前に置いた後、そこからオレンのみを取り出した。

 

「こっちは食べてええよ」

 

「……! ケケケッ!」

 

(なるほどな……)

 

 そんな様子を微笑みを湛えてドルガが見つめているとお婆さんが帰ってきた。きのみを返すと、自分の分のきのみジュースも作ってくれたことにお礼を言い、もう一方をヒメノに渡して喉を潤していく。

 

「美味いな」

 

「はあ〜……幸せやけん……」

 

 椅子に座って向かい合いながら二人はその味を堪能していた。そしてしばらくすると自然に特訓を踏まえた反省会が開かれていた。

 

「ベトくんには無理をさせちゃったと……」

 

「さっきのグレッグルとのバトルか。大筋の立ち回りは上手かったと思うが、その通りかもな」

 

「うん。結局『のみこむ』で回復したから、守備が元通りになった状態での『がまん』やったし……それに『がまん』中は、あんなに攻撃をモロに受けちゃうんやね」

 

「相手から受けたダメージをエネルギーとして溜め込んで、倍返しするわけだからな。その間、他に意識を向けられないのさ。だから『クロスチョップ』で急所を狙われて当てられたし、集中が途切れたら打てない『きあいパンチ』のような大技も無抵抗で食らっちまった」

 

「相性の半減があるから、二回で一回分って考えちゃったんやけど……間違ってたと。その一回で大ダメージを負うことだってあるたい。もう少しフェロさんみたいに上手くやれんと……」

 

「それが分かっただけでも良かったじゃねえか。最初から上手くいくなら特訓の必要もないしな。経験を積んで、色んなことを試していけばいいのさ」

 

「そうやね! 頑張るけん!」

 

 それから一週間の時が流れ、ヒメノはジムに挑戦していた。スタジアムにあるリングにセコンドとして立つと、向かい側で待ち構えているトバリがはっきりと映る。

 

(これも経験……トバリ君とのバトルを通して見えてくることもあるはずやけん)

 

「ようやく来たなヒメノ。今か今かと待ってたぜ」

 

「待ち望んでくれてたん? それなら、期待に応えてみせるけん!」

 

「そうじゃない。チャンピオンにバトルを見てもらうこの時を、だ!」

 

 リングの周辺に配置された特別リングサイドと呼ばれる間近の座席でドルガが二人のバトルを観戦していた。その傍らではヒメノが預けておいたベトベターとグレッグルもボールから出て見守っている。

 

「気合いが入っとるのはええけど、相手はあたしやよ!」

 

「ふん、分かってるさ! あんたこそでかいからっておれのこと見くびるなよな!」

 

「もちろんやけん!」

 

「ならいいさ。それとあらかじめ言っておく! こっちの使用アイテムは『ポケモンずかん』だ!」

 

「……! 『ポケモンずかん』……!?」

 

(チャレンジャーは先に主軸タイプを知っておけるからな。なかなか『ポケモンずかん』って発想は出てこないもんだ)

 

「さすがにまだ知識が足りてるとは言えねえ勉強中の身でな。ポケモンのこともっと知るためにも、そうさせてもらう! だからタイプの勘違いなんてのも無いと思っときな!」

 

「分かったと!」

 

「じゃあ始めるか! 行くぜ! カポエラー、ヘラクロス!」

 

 まず茶色の丸みを帯びた頭に同様に丸みを帯びた青色の胴体や二本足をしたカポエラーがその足を地につけ、ロープを掴んだ。頭のてっぺんにある立派な一本の(ツノ)が天を指している。

 続くようにして(はね)を動かしてリング上に降り立ったのは全身青色をしたヘラクロス。こちらも一本角を持っているが、その先はさすまたのように二つに分かれている。

 

「頼んだよ! リセっち、ケーちゃん!」

 

 ヒメノも腰につけた二つのボールをそれぞれの手に取ると、リング上に放った。トバリは早速彼らの情報を『ポケモンずかん』で探る。

 

(ハリーセンは水・毒タイプか。もう一体は……?)

 

「『ドクケイル』。毒・虫タイプ。どくがポケモン。襲われると羽ばたいて細かい猛毒の粉を撒き散らす。その毒性は吸い込むとプロレスラーも寝込むほどだ」

 

(なるほどね。格闘わざに二重の抵抗がある虫・毒タイプか……厄介だな)

 

 フェロとの戦いで進化したケムッソ。彼女はマユルドに進化し、そしてドルガとの特訓を経て更なる進化を遂げていた。繭と同じく紫色の身体をし、緑の翅や二本の触覚が生え、大きな二つの目には小さな眼が多数集合している。虫タイプの進化は早いと聞いていたとはいえ、想定を超える早さにヒメノも最初は戸惑っていたが、その愛らしさにすぐ惹かれていった。

 

「ピュル……?」

 

 対してハリーセンは未だ慣れていない様子だった。マユルドへの進化も戸惑いがあったのにも関わらず、すぐに姿形が大きく変わったからだった。

 

「ギュイッ? ギュッギュッ」

 

「ピュ……! ルルルッ!」

 

 しかしそんな戸惑いを度々からかわれ、中身は変わっていないことに安堵もしていたのだった。

 

(……あっちのポケモンがカポエラーやよね。どうしていきなりリング外に出したんやろう?)

 

 そんな中、ヒメノはこの場で唯一リング外に配置されたカポエラーに疑問を抱いていた。すると審判(レフェリー)が鳴らしたゴングの音がスタジアムに響き渡った。バトル開始の合図だ。

 

(いきなり集中攻撃のチャンスやけん。でも、考え無しとは思えなか! ここは……!)

 

「リセっち! ヘラクロスに『ねっとう』!」

 

「むっ……構うな! そのまま接近だ!」

 

 すかさずハリーセンの口から煮えたぎったお湯が噴射されると、ヘラクロスは突き出した角で激流を割くようにして直進していった。しかしある程度受け流しはするものの、水勢とあまりの熱さに顔を歪めている。そんな無理をした代償か、熱湯が切れたにも関わらず彼の体は赤く火照っていた。

 

(『やけど』か。力が出にくくなるから格闘ジムの対策として効果的だ……が、どうやらやられたな)

 

(……この感じ、どこかで見たことがあると。あれは……そう! ヨーギラスの……『こんじょう』!?)

 

 しかしそれ以上の熱さで瞳に炎を宿しているヘラクロスを見てヒメノは既視感を覚えると、対照的に悪寒が走った。特性『こんじょう』であればやけどによる力の制限も跳ね除けてしまうどころか、こうげきが五割増しになってしまうからだった。

 

(状態異常は早めに負わせたらそれだけ有利やけん! だからこそ……誘われたんや!)

 

(かかったな! にしても『やけど』ね……カポエラーがかかったら面倒だ。外に出しといて良かったな。存在を知っていれば警戒して動ける……まあそんな機会が残れば、だけどな!)

 

「そのままドクケイルに『つばめがえし』をお見舞いだ!」

 

「……! させんばい! 『ふきとばし』て!」

 

 突き抜けたヘラクロスは踏み込んでジャンプすると角で斬りかかるように襲い掛かった。すると狙われたドクケイルが翅についている粉を撒き散らすほどの羽ばたきで気流を作り出す。

 

「ラ……クロッ!?」

 

「なにっ!?」

 

 すると振り上げられた角がドクケイルを捉える寸前、ヘラクロスの体が気流に捉えられて流された。なんとか叩き付けられる前に翅を使って体勢を整えるもののリング外まで飛ばされてしまう。

 

(なんとか凌げたと! 『つばめがえし』は飛行わざ……ケーちゃんの弱点を突かれるけん。注意しておかんと)

 

(今のヘラクロスのこうげきなら短期決着もあっただろうが、集中攻撃を避けて後方に構えさせていたのが功を奏したな)

 

「ワーン、ツー……」

 

 これによりトバリのポケモンは両方リング外に出ている状態になったためカウントが始まった。ヘラクロスはすぐに復帰するには距離があるため、ヒメノは今にも入れる体勢を取っているカポエラーに意識を向ける。

 

(まだ余裕があるから、ヘラクロスが戻ってきてから一緒に入るつもりなんや。なら……チャンスやけん!)

 

「ありったけの『まきびし』をばら撒くと!」

 

(上手い! リング外へのわざは反則だが、これなら遵守している上に有効だ! 相手は外に出たら戻る際に『まきびし』を浴びることになるし、能動的に『ふきとばし』てしまうことだって出来る!)

 

 その隙にハリーセンが無人の相手コート目掛けて全身の針を射出した。

 

「やらせるかよ! カポエラー! リングインして『こうそくスピン』だ!」

 

(おっ!)

 

「ぽえらっ!」

 

(……! 独楽(こま)みたいに回り出したと!?)

 

 先程まで直立していたカポエラーがロープを潜ったかと思うと、立ち上がるのではなくそのまま頭を下にして角を軸に回転しだした。すると降り注ぐ針の雨を全て弾いてしまう。

 

「そんな……!?」

 

「そのままドクケイルも弾き出せ!」

 

「……! 『かたくなる』で受け止めるけん!」

 

 華麗な踊りを魅せるかのように回転を止めることなくカポエラーが近付いていくと、ドクケイルに遠心力の乗った突撃を食らわせる。しかし吐き出した糸で身体を固めたことで衝撃が抑えられ、リング内に留まった。

 

(ぼうぎょを固めたのに思ったよりダメージが大きか……! そんな大技には見えんかったのに!)

 

(見たか! カポエラーは『テクニシャン』なんだ。威力が低めのわざでも、重心をコントロールすることで大きなダメージを与えられるのさ!)

 

(なんとかせんと! あの回転を利用して攻撃してくるなら、ぶつりが中心になるはずやけん!)

 

「『ねっとう』を浴びせるたい!」

 

「おっと! 『みきり』で躱すんだ!」

 

 攻撃後の隙を狙って放たれた『ねっとう』だったが、先程リング外から観察していたこともあり、軌道を見極めて躱しきられてしまう。そしてカポエラーは挟み撃ちを避けるべくそのまま回転移動で自陣へと戻っていった。

 

(ダメージを受けてるだと? ……そうか! 『ゴツゴツメット』か。面倒な真似を……)

 

 黄色いヘルメットに取り付けられた無数の小さな岩に触れて傷を負ってしまったことに気付いたトバリはしかめっ面になる。

 

(『みきり』はかなりの集中力が必要やけん。続けては難しか!)

 

「『ねんりき』で追撃すると!」

 

(エスパーわざ……格闘タイプの弱点を狙ってきたか!)

 

「なら『メガホーン』でカットに入ってくれ!」

 

(打ち消さ……いや、タイミングが早か!)

 

「クロッ……!」

 

 ようやく戻って来れたヘラクロスが割って入ってビーム状のサイコパワーに角を突き立てたが逆に弾かれてしまい、なんとかマットで落下の衝撃を抑えていた。

 

(威力が強かったと。確実に虫タイプはあるとね)

 

(くそ……間に合うと思って少し焦っちまったか。追撃が来る前にカポエラーの『まわしげり』で……待てよ。同タイプかつ『テクニシャン』での大打撃ではあるけど抵抗がある上に、ドクケイルは『ゴツゴツメット』で……ハリーセンは確か『どくのトゲ』って表示されてた! 何重に対策を編んでやがるんだ……!)

 

 打ち消しとはならずとも『ねんりき』が届かなかったことでカポエラーに反撃のチャンスが訪れた。しかしここで策略によりあらゆる方向から蓋をされていることにトバリは少し遅れて気が付いていた。そのため確かな逡巡の間が挟まれる。

 

(ん……よし! ケーちゃんも動ける!)

 

「ヘラクロスに槍『どくばり』!」

 

「……! しまった……!」

 

 躊躇したことで次のわざを放てる余裕が生まれたドクケイルに対し、ヘラクロスは着地の仕方が悪く、まだ攻撃を躱せるような体勢ではなかった。そんな中、ドクケイルが放った一本の太針をハリーセンが放った多数の細針が棒のように連なって後押しし、巨大な毒槍がヘラクロスに向かって投擲されていた。

 

(水タイプのハリーセンの『ねっとう』だってまともに受けてるし、弱点の『ねんりき』だって打ち消し損ないで食らってる。加えて『こんじょう』だろうと『やけど』のダメージの蓄積は逃れられてねえ。さて……決まるか?)

 

(……やるしかねえか!)

 

「『ねむる』んだ!」

 

「えっ!?」

 

 まさに絶体絶命と言うべき状況であろうことかヘラクロスは眠りに落ちてしまい、無抵抗で毒槍に撃ち抜かれてしまう。

 

(倒せとらん……! 回復されたんや。『やけど』の熱も引いとる……!)

 

 しかし睡眠で即座に体力を回復させたことで戦闘不能にはならなかった。されど眠りが覚めたわけでもなく、変わらず無防備な状態を晒し続ける。

 

(『どく』は入らんかったと……そりゃそうやね。今は『ねむり』状態やけん。ばってん動けんなら、さすがにどうとでもなる……。……! ちょ、ちょっと待つと! 『ねむり』も状態異常……まさか?)

 

「……念のためヘラクロスを『ふきとばし』ておくと!」

 

「……! 攻撃じゃないだと!? くっ……なら『でだすけ』を頼む!」

 

「かぽっ!」

 

 毒槍で宙に浮かされたヘラクロスの身体がリングロープに跳ね返ると、その下に滑り込んだカポエラーがそれぞれの足を重ね合わせて敵陣に勢いよく飛ばす。

 

(やっぱり何か企んどるけん……!)

 

「リセっちもロープに跳んで!」

 

「ヘラクロス! 『ねごと』だ! 頼んだぜ……!」

 

「……! 『ねごと』のはずやのに『つばめがえし』……!?」

 

 するとヘラクロスは眠ったままにも関わらず剣を携えるように角を構えていた。

 

(『ねごと』は『ねむり』状態の時にのみ使え、自らの引き出しから無意識にわざを放つ……! ワンチャンスに賭けてきたか!)

 

 ドクケイルの羽ばたきからなる気流がヘラクロスを押し返そうとする。しかしカポエラーの助力もあってヘラクロスの勢いの方が(まさ)っており、それは叶わなかった。

 

「こっちも勝負やけん! 『とびはねる』と!」

 

(……! あっちも飛行わざを……!?)

 

 ハリーセンは張られたロープが身体を押し戻すのを感じながら、跳び上がった。すると前方で飛んでいるドクケイルの頭を越えていく。そしてヘラクロスは飛ばされないまでも、向かい風で減速はさせられていた。これによりドクケイルに攻撃が届くより早くハリーセンは間に割って入った。その直後、振り上げられた角と振り下ろされた尻尾がぶつかり合った。やがて両者がマットの上へと落ちてくる。

 両者の差は着地に顕れた。ヘラクロスは背中から落ちて起き上がれなかったのに対し、ハリーセンは辛うじてバランスを整えて着地してみせる。

 

「ヘラクロス、KO(ノックアウト)! よって勝者(ウィナー)、ヒメノ!」

 

「ピュルッ!」

 

「ギュイッ!」

 

 カンカンカン、と小気味の良いゴング音が鳴り響いたかと思うと、ハリーセンの尻尾とドクケイルの翅でハイタッチが交わされ、勝負の幕が下ろされた。

 

「……ど、どうしてだ!? 飛行わざを持ってたなら、ヘラクロスが眠った瞬間が『とびはねる』で大弱点を突く絶好のチャンスだったはずだ!」

 

(それなら今みたいなわざのぶつけ合いじゃなく、不意打ちで仕留められたのに……!)

 

「ヘラクロスが格闘タイプも持っとるって確信を持てんかったのと、集中攻撃があるタッグマッチで無防備になる『ねむる』を覚えさせていたのは『こんじょう』を生かすためかもしれんと思ったから……距離を取りたかったんよ」

 

「……!? 『ねごと』を知らなかったのに、『ねむり』状態からのこうげきを警戒してたってのか……!」

 

「うん。目に映るものだけを信じたら事実を歪めちゃうってこと、味わわされたし……」

 

「『ねむり』・『こおり』状態は本来行動自体封じられるからな。それだけに不意を突きやすいとトバリは経験で分かっていたんだな」

 

「え、ええ……そうですよ! それが当たり前というか……」

 

「……トバリ。俺の相棒が前まで『エレキフィールド』と『ライジングボルト』で相手を倒しまくってくれたことは知ってるかい?」

 

「そりゃあもう……有名じゃないですか!」

 

「そう……有名になってからというものの、俺の経験則では一撃必殺の王道パターンも相性だけじゃなく、大技故に回避を徹底されたり、一度防いでから『かなしばり』で封じられたり……まあ色々やられたよ。……そりゃそうさ。人もポケモンも、経験で進化するんだから」

 

「あっ……!」

 

(『ねむり』からの『ねごと』……追い込まれた時の最後の切り札。これのおかげで切り返せた経験は沢山ある。けどその経験に縋って変わらずにいたら、経験を生かして進化する人には…………)

 

「……参ったな。こんなに敵わないもんかよ」

 

「分かると……。あたしもジムトレーナーやっとった時、そんな風に思わされたけん」

 

「えっ! ジムトレーナーだったのか?」

 

「そやよ! 兄さんがキナサガのジムリーダーやっとるたい!」

 

「そうだったのか。じゃあ……」

 

「……?」

 

「おれも、あんたみたいに進化できるってことだよな? ヒメノ姉ちゃん」

 

「……! もちろんやよ! お互い頑張ると!」

 

 負けを受け入れてトバリはスッキリした面持ちで手を伸ばしていた。そしてヒメノも頷いて手を伸ばすと、二人が握手する様をドルガは満面の笑みを浮かべて見つめるのだった。

 

「ん? どうしたと?」

 

「キューケケケッ!」

 

 するとドルガの横にいたグレッグルがリングに上がり、拳を突き出してパンチの素振りを始めた。

 

「もしかして……」

 

 その意味をヒメノが理解するのに時間は掛からなかった。先程のバトルを間近で見て刺激を受けたグレッグルは自らもこの場所に立って戦いたくなったのだった——。




ジムトレーナー

ジムリーダーは各ジムごとに一人の規定であり、ジムバトルは本戦と違って負けても再戦が可能であるため、負担を軽減するために設けられた。
あくまで配置可能という話なので、実際には採用していないジムもある。
その理由は再戦を希望せずチャレンジを断念するケースがある他、選抜されたジムリーダーはバトルの経験が豊富で負担を背負える者ばかりであるため。
また旅の安全性を考慮して設定されたチャレンジ可能年齢に達していない子を任命し、経験を積ませるケースも見受けられる。
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