トバリとのバトルから数日後。ヒメノはグレッグルとトレーニングしていた。
「『どくづき』やけん! えいっ!」
「キュケッ!」
ヒメノは指示を出すと同時に両端を持った木の枝を前に出した。それに合わせてグレッグルが軽く突き出した中指が木の枝を真っ二つにする。
「タイミング合ってきたんよ!」
「ケケケッ!」
ケムッソとの経験を生かしてマンツーマンで一から教えていたヒメノはいきなり指示に合わせてもらうのではなく、自分で指示に合わせて標的を出すことでタイミングを覚えてもらっていた。するとグレッグル自身ジム戦への士気が高かったこともあって、早くもタイミングが合ってきていた。
「オレンのみとマゴのみ一個ずつお願いしまーす!」
「お買い上げありがとね」
少しして、農園のすぐ近くにある直売所できのみを購入したヒメノは、一度バッグにしまってから取り出したマゴのみをプレゼントしていた。美味しそうに食べるグレッグルを見て微笑んでいると、お婆さんがレジを離れて話しかけてくる。
「そうそう。この前のジム戦見に行ったよ。強いんだねえ」
「見てくれてたんや! 嬉しか〜!」
「たくさん練習してるみたいだし、マッチさんにも勝てるといいねえ」
「みんなといっしょに頑張るけん!」
「やる気があって良いねえ。次の試合も楽しみにしてるよ。……あ、そうだ。みんなと言えば気になったんだけど……」
「……?」
「お嬢ちゃんのポケモン、全員毒タイプなんだね? 色んなタイプがいた方が良い気がしちゃうけどねえ」
「ケーちゃんが進化して毒タイプにもなったのはビックリしたと〜。……うーん、そうやねえ。バランス良くタイプを散りばめた方が対応しやすいのは分かるけん。ばってん、あたしはこれで良かったと思っとるんよ」
「それはまたなんでだい?」
「ジムチャレンジを始めてから色んな人に見られる機会が増えて……。あたしを見た人が少しでも何か学べるような……」
(兄さんとはまた違った……)
「毒タイプならでは……そして、あたしならではの戦い方をしたい。そう、思うようになったと」
「……!」
「おーい嬢ちゃん!」
「あ、ドルガさん!」
「しばらくぶりだな。俺の方はもう色々済ませてきたから、そろそろどうだ?」
「ちょうど良かったと! そろそろ実戦で練習して慣れてもらいたかったんよ」
「分かった! 先にストリートに行って待ってるぜ」
「すぐ行くんよ! ……あ」
遠めから話しかけてきたドルガがすぐ近くのストリートで準備を始めると、オレンのみを潰れないようにバッグにしまったヒメノもそこへ向かおうとしたが、直売所から少し出たところで振り向いて話しかけていた。
「さっきの話は内緒やよ?」
「おや。そうなのかい?」
「うん!」
(ドルガさんがエキシビジョンマッチであたしに伝えてくれたように。あたしもバトルで伝えられるようになってみせると!)
こうしてドルガとの特訓が再開された。まずはシングルバトルでバトルそのものの経験を積み、実戦でも指示に合わせて動けるようになってきたところでダブルバトルで連携の感覚を養っていった。
そうした日々が流れ、二週間後。ヒメノはスタジアムの控え室にいた。
「よしっ!」
「……! ケッ!」
ヒメノは座禅を組んでいたグレッグルの肩に手を置くと、耳元まで顔を寄せた。
「スタジアムは人がたくさんおるけん、緊張もしちゃうと。でもやってきたことを出していけばええんよ。どうしてもって時は周りを見て欲しか。一人じゃないからね」
「キュケケケッ!」
そしてグレッグルを一旦ダークボールに戻すと、バトルコートへと足を踏み入れて、リングまでやってきた。その様子を特別リングサイドからドルガだけでなく、トバリも見守っている。
「ヒメノ……姉ちゃん! マッチさんは強えけど、それでも負けんなよ!」
「ありがと! やってみせるけん!」
「グレイト! 良い意気込みだ!」
「……!」
セコンドとしてリングに上がると視線の先にはマッチが待ち構えていた。傍目から見ても分かるほどに自信満々の表情で筋肉を見せつけるポージングをしている。
「ようこそ! マッチとのジムマッチへ! 盟友やトバリが楽しそうに君のことを話すもんだから、オレも楽しみで仕方なかったぜ!」
「ちょ、ちょっとマッチさん! それは言わない約束……!」
「悪い、忘れてた! 勘弁してくれ! とにかくそのくらいオレのテンションは最高潮というわけさ!」
「そんなに期待されると正直なところ、ばり緊張しちゃうと〜! ……でも!」
ヒメノは手にしたボールに視線を落とすと柔らかく笑い、そしてマッチを力強く見つめ返した。
「期待に応えるだけじゃなく、超えてみせると!」
「ザッツライ! 期待通りの活躍で満足していてはその先へは進めない! だからこそオレも筋肉を鍛え続ける! ぶつけ合おうか! オレたちと君たちのパワーを!」
「望むところやけん!」
そんなヒメノにマッチも白い歯を見せると、ボールを手にした腕をクロスさせ、チョップを放つようにしてリングに投げ込んだ。
「盛り上がっていこうぜ! ゴロンダ! ルチャブル!」
まず最初にリング中央を独占したのはこわもてポケモンのゴロンダ。笹を咥えておりぱっと見はパンダと同じようだが、鋭い目つきに尖った毛皮、さらに特訓により鍛え上げられた筋肉質な身体……と丸みを一切感じさせない。続けてコーナーポストの上にバランスよく立ったのはレスリングポケモンのルチャブル。こちらは体格は小さいものの、緑色の翼が上げられると堂々とした体躯が見せつけられた。
「気合い入れていくよ! グッさん! ベトくん!」
そんなパワー溢れる相手に向かい合ったのはグレッグルとベトベター。やる気に満ち溢れているグレッグルの肩にベトベターが手を置くと、力が入り過ぎていたことが彼にも伝わり、座禅の時の脱力感を思い出すようにして肩の力を抜いていた。すると試合開始を告げるゴングが鳴り響いた。
「まずはジャブだ! 『バレットパンチ』!」
「えっ! 速——」
「べたっ!?」
瞬きする間もなくゴロンダの先制パンチがヒットした。目にも止まらぬスピードにベトベターも反応できず、リングロープの手前まで吹っ飛ばされてしまう。
「ジャブは力をあまり入れないパンチ! 軽い先制攻撃ということさ!」
「軽い……?」
(確かにスピード重視の打撃やった。けど、それなのに重かったような気がすると)
「『どくづき』で反撃やけん!」
「『コーチング』でサポートしてくれ!」
隣にいたベトベターが吹っ飛ばされたことに驚いていたグレッグルだったが、聞こえてきた指示に反応してゴロンダのお腹に中指を突き出すパンチを叩き込む。しかしルチャブルの指示で予め来る位置が分かっていたゴロンダは腹に力を込めて衝撃を抑えていた。
「
「ビイッ!」
「キュケッ!?」
効いてはいたがその場で踏ん張ったゴロンダは冷気を纏ったパンチを放った。カウンター気味に放たれたそれを避けられず、グレッグルもロープの近くまで吹っ飛ばされてしまう。
(また!? わざとタイプが同じだから威力が高いんやと思ってたけど……違うたい! どっちも威力が高かったと! 共通するのは……パンチ!?)
「二人とも! ゴロンダのパンチに気を付けると!」
「……! ヒメノ姉ちゃん……もう『てつのこぶし』に気付いたのか」
「ゴロンダは少なくとも格闘タイプと分かってるからな。もう一つが悪タイプと分からずとも、タイプ関連じゃないと見切りをつけたか」
「マッチさんはどうして鋼や氷のパンチを……?」
「格闘タイプの弱点だ」
「……? 弱点は飛行・エスパー・フェアリー……あっ! 氷は飛行、悪でエスパーを、鋼でフェアリーを対策してるんだ……!」
(結局おれは弱点の飛行にやられた。それだけ主軸タイプを知られてるのはきついんだ。それでもマッチさんレベルだと戦術に対策を無理なく組み込めるのか……)
(迂闊にパンチを撃ちにいけなくなったな。『コーチング』で攻守のサポートを受けながら引き気味に戦うべきだろうか? ……!? ベトベターが……少しずつ体力を取り戻している?)
トバリが改めてジムリーダーの凄さに感心している中、マッチは異変に気が付いていた。グレッグルから最初に吹っ飛ばされたベトベターに視線を移すと、段々と余力を取り戻しているのが窺えたからだった。
(『くろいヘドロ』か……!)
ヒメノがベトベターに持たせていたのは毒性の強いヘドロ。ヘドロ状の身体をしているベトベターは毒を栄養に変換して徐々に回復していたのだった。
(まずいな! これでは『どろぼう』をするわけにもいかない!)
キヤミザでのスタジアムバトルはどちらかが倒れたら終わり。そのため回復系の持ち物が用いられることは別段珍しくはなかった。そしてマッチはチャレンジャーを全力で迎え撃つべく、手を打っていた。彼がゴロンダに覚えさせた悪わざの『どろぼう』は持ち物を所持していない時、攻撃した相手の持ち物をバトルが終わるまで奪い取ることが出来る。しかし彼はその選択を選ぶことは出来なかった。『くろいヘドロ』は毒タイプ以外が持つと逆にダメージを負ってしまうからだ。そしてその戸惑いを見逃さず、今度はヒメノから動きを見せた。
「ベトくんは『とける』! グッさんは『あまごい』!」
「『あまごい』だとっ!?」
(『とける』はぼうぎょをぐぐーんと上げるから分かる! だがどうして『あまごい』なんだ……!?)
(……妙だな。ヒメノ姉ちゃんの手持ちには水タイプのハリーセンがいる。雨を降らすならパートナーはハリーセンの方が良いはずなのに)
ベトベターが身体を溶かして液状にすることで打撃に強くなっていく中、グレッグルの歌がリング上に暗雲を呼び寄せた。
(分からないがのんびりと眺めているわけにもいかないか!)
意図を読みたいところではあったが回復を放っておくのも得策ではないと判断したマッチはすかさず仕掛けた。
「『フライングプレス』だ!」
(ルチャブルも動いてきた……!)
コーナー最上段から跳び上がったルチャブルは翼を広げて相手を視界に捉えた。
「グッさんは一旦リング外に!」
(だがベトベターは逃さないぜ!)
「『がまん』やけん!」
「『バレットパンチ』でベトベターを押し戻せ! ……!」
ロープ下をグレッグルが潜り抜けると、ベトベターはガードを下げて集中し出した。するとゴロンダが軽いパンチでベトベターを『フライングプレス』の着弾点まで弾き出し、そこにルチャブルが覆い被さった。
「たぁ……!」
「こちらの攻撃を利用しての反撃か……!」
(仕留められるか……? いや! 『くろいヘドロ』だけならまだしも、『とける』を挟んだ……これでは間に合わない、か!)
「ならばこちらも一旦リング外に逃れよう!」
「なっ! マッチさん、逃げるのか!」
「ワーン、ツー……」
するとゴロンダ、ルチャブルの両者がリング外へと脱出した。そして20カウントが数えられるより早く蓄積されたダメージが白いオーラとして放たれる、が不発に終わった。
「ここは受けて立つところだろう! ヒメノ姉ちゃんもそのつもりで……!」
「……いや、それはどうかな?」
「えっ? でも『がまん』はダメージを倍返しするわざで……」
「ヒメノも『がまん』を嫌った集中攻撃を避けるため、グレッグルをリング外に逃しただろう。ヒメノが自分でやったことを想定していないと思うかい?」
「それは……だけどベトベターの回復より二撃分のダメージの方が大きいはずです。損をしたとしか……」
「マイガッ! そうか……そのための『あまごい』だったのか……!」
「え? どうしてここで『あまごい』が……あっ!」
全員がリング内に戻ってくると、グレッグルが確かに体力を取り戻していた。その意味にトバリも遅れて気が付く。
「『かんそうはだ』……! 一本取られたぜ!」
『がまん』が解放されるまでの長いカウントで水で身体を潤していたグレッグルには余裕が生まれていた。その事実はパートナーのための『がまん』だったことを意味していた。
(そんな『がまん』の使い方があるとは思わなかった! ならばヒメノがこの戦術を再び仕掛けた時はリスクを負って『どろぼう』で回復を封じ、集中攻撃で倒し切ることを狙おう!)
(『がまん』は攻撃をモロに受ける弱点があると。頼りすぎたら危険やけん!)
「ロープを使って『とびはねる』!」
「……!」
(プロレスを観たことがないと言っていたが、気付いているのか! 高低差をつけやすく、下にマットがあることから、飛行わざが普段より有効に使いやすいことを! だが!)
「『スカイアッパー』で打ち上げろ!」
「……! あそこからパンチを……!?」
(これは明らかに空中の敵へ向けたアッパーやと! 空中戦の対策をされてたんや……!)
マットの弾性を利用してジャンプしたゴロンダは打点の高いアッパーを跳ね上がっていたグレッグルに炸裂させた。これにより攻撃の体勢が崩れたグレッグルはバランスを崩したまま落ちてきてしまう。
「今だ! 掟破りの『とびはねる』を食らわせてやれ!」
「ぴやっ!」
「……!」
その隙を逃さずルチャブルがロープを使って跳ぶと、蝶のように舞いそして蜂のように刺す優麗な動きで体を浴びせにいく。
(ばってんそれはマッチさんの特権やなかよ!)
「『かみなり』でおっちゃかすと!」
「なにっ!? ……しまった!」
(……そうか……! そうだったのか! 『あまごい』は『かんそうはだ』のためだけではなく……!)
わざの予備動作に入ったベトベターに意識を向けたマッチだったが、振り下ろされた腕から電撃は放たれず。それが雨雲から雷を呼び出すためだということにマッチは遅れて気が付いた。そして空中に身を投げ出しグレッグルに向かって落ちていくルチャブルの無防備な背中を雷が捉えた。
「相手が下にいれば上からの攻撃は警戒しづらい。それを逆手に取るために練習していた大技の『かみなり』……しかも」
「飛行タイプも持ってるルチャブルがこんなのモロに食らったら……!」
「やったと!? ……!?」
力を失ってそのままマットに激突したルチャブル。威力の高い『かみなり』が直撃したこともあってヒメノは手応えを得ていたが、握りしめた手が驚きのあまり開かれた。
「二本取られたぜ! だが、気合いこそがオレ達の最後の切り札! ガッツでは誰にも負けない!」
「ぴ……やぁ!」
ふらふらながらも立ち上がったルチャブルの肩から『きあいのタスキ』が解け落ちると、マッチに応えるように力を振り絞って咆哮をあげていた。
「なら! 『どくづき』で仕留めると!」
「躱してコーナーポストに!」
「……!? 速っ……!」
追撃が来なかったことでなんとか受け身を取って着地したグレッグルが起き上がりながらパンチを放ったが、至近距離だったにも関わらずルチャブルは後方にジャンプして躱しきっていた。そのまま身を翻すとコーナーポストの上に華麗に着地してみせる。
(持ち物を使用したことで特性『かるわざ』によりすばやさを増したんだ……! さすがだぜ、盟友!)
(外へは出んかった? あの体力じゃもう戻れんくなって、ゴロンダが集中攻撃を浴びてしまうからやろか。それなら!)
(このまま追撃に来られると厄介だ。やらせないぜヒメノ!)
「『バレットパンチ』でグレッグルを吹っ飛ばせ!」
(……! 『どくづき』の空振りの隙を突かれたけん! でもまだ耐えてくれると!)
「鉄柱目掛けて『かみなり』やけん!」
「一旦『はねやすめ』だ!」
素早いパンチでグレッグルがベトベターの横まで吹っ飛ばされると、ベトベターはもう一度雨雲より落雷を呼び起こした。すると正確に雷がルチャブルに着弾した。
「電気を流されたっ……!?」
膝と翼を折りたたんだルチャブルは身体を休めると、ぶつけられた威力のあるわざに顔を顰めたものの、コーナーポストに電気を逃して難を逃れていた。
(……あと一歩やのに、すばやさを大きく上回られて仕留められん! 近付いてくれんと倒せなか!)
(迂闊に仕掛けたら今度は『かみなり』の餌食になるだろう! だが今のでグレッグルは余力を失った!)
((だったら……!))
「渾身の『こおりのパンチ』をグレッグルに食らわせてやれ!」
「ベトくん! グッさんと手を繋いで……!」
「ルチャブルは『コーチング』でサポートだ!」
「『いたみわけ』で分かち合うと!」
ルチャブルの指示を背にゴロンダは冷気を帯びたパンチをグレッグルの脇腹に叩き込んだ。その衝撃にグレッグルはもちろん、ベトベターも痛みで顔を歪ませる。
(ベトベターの体力をグレッグルに分けられた……!?)
「勢いを利用して『カウンター』!」
「なっ……!?」
その痛みを以てしても握られた手は離されなかった。すると吹っ飛ばされたグレッグルがベトベターを軸に回転し、そして……
「キュケーッ!」
「ビッ!?」
一回転した先にいたゴロンダに倍返しの
「……ゴロンダ
「やったと……!」
会心の一撃が炸裂し、ゴロンダはまさしくノックアウトされていた。ゴングが響く今でも決定打を放ったグレッグル自身がそのことを信じられない様子だったが、段々とその意味が浸透していき、ベトベターに担がれると拳を高々と突き上げたのだった。
(力が抜ける打ち終わりにツープラトンのカウンターとはな! ゴロンダの『てつのこぶし』を見抜いたからこそ……か!)
「……やられたよヒメノ! 受け取ってくれ!」
「はいっ!」
マッチは天を見上げて悔しがると、勝者に視線を戻す。そして描かれた二人の腕の拳が重なり合い、Wのようにも映るマッスルバッジを投げ渡した。手にしたヒメノは喜びを露わにすると、折り返しとなる四つ目のバッジに感慨深さを覚えていた。
(あれっ? このバッジ……組み合わせられると?)
数が増えてきたことでヒメノは一つの事実に気付いた。これらのバッジがパズルのピースのように接続することに。
(……なんだかハートシードバッジに沿っとるような……)
「やったなヒメノ姉ちゃん! 本当にマッチさんに打ち勝つかよ!」
「……! うん! 約束通りやってみせられたんよ! 応援してくれてありがとね」
「べ、別にっ。あんたの進化ってやつがマッチさんにどれだけ通じるか……それを見届けたかっただけだからな!」
「ふふっ。そっか〜。楽しそうに話してくれたんやもんね?」
「……頼むから忘れてくれっ!」
こうして四人の笑い声でジムバトルの幕が下ろされた。そして翌日。ヒメノとドルガはジムを訪れていた。
「待っていたぞ! 昨日の敵は今日の友! グレッグルの筋肉を鍛え、太くしようではないか!」
「お願いすると!」
その目的は施設を借りてマッチの指導のもと、トレーニングをするためだった。
「任せておけ! 鋼のような肉体を身に付ければ、攻撃はもちろん防御にも役立つ! 本物の鋼タイプにだって見劣りしないさ!」
「折角だ。俺もルカリオとトレーニングさせてもらうぜ」
「勿論構わないぞ!」
ジムを突破した以上すぐに次の町に向かうことも出来たが、ジム戦後に次のジムの主軸タイプを聞いたヒメノはある懸念を抱いたため、マッチの勧めもあって筋肉を鍛えてもらうことにしていた。
(毒タイプのわざは鋼タイプには一切効かんばい。『どく』の状態異常もコーティングで予防されとる。そんな相手にどうやって毒タイプならではの戦い方をすればええんやろ……?)
ルカリオをチラッと見たヒメノは抱いた懸念が心の中で広がっていくのを感じていた。
「考えるのも大事だが、それと同じくらい身体も動かすのも大事だ! 二人も準備はいいか!? マッチとのマッチョタイムだ!」
「えっ! あ、あたしもやるん?」
「ザッツライ! ポケモンと同じ負荷を自らにも課す! これぞ…… 一・心・同・体!」
「初めて会った時から、そこだけは変わらないな。俺もいっちょやるか!」
(あんまり身体動かすのは得意やなかけど……最近、甘いもの食べ過ぎちゃってその……気になってきたけん。それに……)
昨日の興奮が冷めやらないのか身体を動かしたがっているグレッグルを見て、先程まで難しい顔をしていたヒメノの表情が綻んだ。
「……ふふっ。いっしょに頑張ると!」
「キュケケケッ!」
こうして汗と共に日々も流れ、数日後。トレーニングを終えたヒメノとドルガはムーランドに乗って南下していた。そして次なる目的地、マシカゴタウンへと辿り着いた。
「ここがマシカゴストリートなんやね! 金属で出来たストリートなんて初めて見たと!」
「鋼は鉄により強度を持たせたものだからな。ポケモンバトルの衝撃にも耐えられるように加工して作られてるんだ。ジム戦もここで行われてるんだぜ」
「そっかあ。キヤミザとは反対で落下の衝撃が大きそうやけん」
先の戦いで敷かれていたマットとは対照的な灰色の輝きを放つ鋼がヒメノ達を迎え入れた。しゃがみ込んで実際に触れてみたヒメノは以前のレンガよりも硬さを感じるフィールドに思案を巡らせていた。
「……やはり、か」
「え?」
そのため背後からやってきた人物に反応が遅れ、声を聞いてビックリした様子で振り返った。
「……久しぶりだな。急に出て行くから心配したんだぜ」
「マシュ君!?」
町に広がるチャンピオン来訪の知らせを聞きつけ、尋ね人のマシュが向こうからやってきていた。便り無き彼の姿を見ることができて安堵の吐息を漏らすドルガ。しかしマシュが漏らした吐息に混じっていたのは落胆だった。
「あの時、俺ではなくお姫様を選んだ意味。それはこの状況そのものだった」
辿り着いた彼の目に映ったのはチャンピオンである彼が一人のトレーナーを親身になって面倒を見ている現状だった。
「……あたしが選ばれたっていうのは、やっぱりエキシビジョンマッチのことやったんやね」
「そうだ。ようやく自覚したか? チャンピオンのお気に入りになったことを」
「そ、それはちょっと違うんよ! キナサガにもトバリ君って子がいて、指名しなくても挑戦する人は対象外だったんよ! それにこれも特別扱いやなくて、チャンピオンでも一トレーナーとして接したいってことやって!」
「どこの無象か知らないが……そうじゃない。俺は約束したんだ。あのジムフェスティバルの地に俺を招待する約束を」
「ああ。したな」
「えっ……? どうしてそんな約束を? それだけ聞くと……その、特別な感じがしちゃうけん」
「そうだよ。俺は特別だったんだ。……まあ、当然だろう」
立ち上がったヒメノの目と鼻の先までやってきたマシュは漆黒の瞳から冷たい視線を浴びせかけた。
「俺はチャンピオンの息子なんだからな」
「ええっ! ドルガさんの……!?」
(あっ! チャンピオン……ドルガさんのもとで育ったって、そういう意味やったん!?)
「俺の腹は決まった。もはや父さんの意思など関係ない。俺の意志で認めさせてみせる。……お姫様、俺達はどうあれ再び出会ってしまった」
「……再戦の時、やね」
「お前の物分かりが良いところは嫌いじゃない……だが」
その瞳を見つめ返す真っ直ぐな視線から逸れるように振り返りながら物悲しげな微笑を漏らしたマシュはそのまま対面のトレーナーボックスへと歩いていった。そして振り返った彼は険しく口元を引き締めていた。
「今度こそはっきりさせる! 白か……黒か!」
「……!」
マシュはヒメノと後方にいるドルガに向けて指を突きつけると、やがて手を自らのもとに戻し、強く握り締めたのだった——。
キヤミザシティ
きのみの栽培に適した温暖な気候により農業が盛んな街。その気候はファイターの熱気によるものであるというのが紹介の常套句。元々スタジアム内のリングでレスラー同士の闘いが行われていたところ、クオカフのスタジアムバトルの流行に乗っかってポケモンバトルも行われるように。その時はまだスタジアムバトルが浸透していなかったため、馴染みのあるプロレスのルールに沿ったところ、そのまま定着してジムフェスティバルにも組み込まれた。