掃き溜め、ゴミ溜。全部スラム街と呼ばれる栄光溢れる龍門の陰。それは想像できないほど濃い。
毎日のように人は死んでいく。殺害、鉱石病、老衰、餓死。死因は様々。
けれど、大抵の死因は貧しさ故である。
貧しいから食事にありつけない。
貧しいから不衛生な生活を強いられる。
貧しいから...犯罪をする。その報いで死ぬ。
犯罪者と反社と落伍者がたむろする街がスラム街である。
紫髪のコータス、犯罪手口に因んでロープと呼ばれる彼女もその一員であった。鉤爪と縄で対象を翻弄し、貴重品をスる。また高所へ鉤縄で逃走。
近衛局も彼女に頭を抱えるほど盗みの手際であった。
「ふひひ!さぁて、今日の戦利品のご開帳!」
そう言って、コータスは懐から十数個の財布を取り出す。男物も女物もデザインもバラバラ。興味本意でスラム街に近づいたり、仕事の都合で近くの道を通る奴から引ったくるのがここでの常識だった。
「うーん。生が少ないなあ。」
「カードばっかり、まあ、換金は出来るけど面倒だしな。」
彼女としては現金が望ましかった。
カード類などは闇商人に渡せば、思いっきり叩き買いされ、最悪の場合は人身売買を狙われることもある。リスクとリターンが合わないのである。
もちろん、長年生きてきた街であるからにはツテの一つや二つはある彼女ではあった。買い叩かれることには変わりないが。
「おじさーん、これよろしくー」
どさっとカードや会員証、それから金になりそうだった財布。
それで小さな山がカウンターに出来ていた。
「いやあ、いつ見てもすごいな。まいどぉ」
3万龍門弊、明らかにそれ以上の価値があるそれら……
文句は言えない。換金する術を持つこと自体この町での強者である印。
一介の泥棒であるコータスに後ろ盾などはない。
つまるところ、金を貰えるだけ有難いと言える。
廃屋の一室において、
「いち、にー、さん……」
札束を数えて行くロープ。
467万…普通の社会人も中々できない貯金
しかし、
身分の証明はできない。教育を受けていない、金の出処を訊かれたら?
そんな自分に……貯金の意味は?
そんな事はわかっていた。
けれど、自分に出来ることなど盗みと貯金のみだった。
初めは生活のためだったけど、今は盗みが習慣になりつつあった。
その日もそうだった。
いつも通り、雑踏や路地で獲物を探していると。
恐らく北の方の出身だろうか、銀髪で分厚いコートを着た男が一人で歩いていた。
こういうやつが盗りやすいやつだ。地形を知らず、かつガイドやボディーガードとか居ない単独行動。ふへへ、決まりだ。
死角から徐々に距離を縮めていく。
鉤縄の長さを調節する。
気配を消す。
一気に近づく!
上着、ズボン、上から下に向かってポケットを探る。
手応え、軽く押し上げる。手に取りそのまま、ビルの溝に鉤縄をかけて離脱。
そう、いつも通りの作業で終わる。
筈だった。
「ふむ、何をしている?」
財布を抜こうとしている手を掴まれる。
「へへ、あっかんべー!」
縄を男の腕に巻き付け、鉤爪を男の足元に突き刺す。
腕を振り払う。払う……払えない。
万力が如く握力だった。
「ちょ!?えっ?離してよ!」
「なら私の財布を離すことだな。」
不味いな、これ。
「わかったよ。僕の負け。離すから、離すからぁ!」
手を開く、すると腕を解放された。
すぐさま再び財布を抜き出す。するりと距離を取る。
掴み掛かろうとした男の手は鉤縄に制限され、ロープに届かなかった。
「なっ!?」
「バーカ。僕の勝ちぃ!なんで負けたか明日までに考えてねw」
巻き付けた鉤縄で身動きが取れない男を背中に、予備の縄でビルに登り、あっという間に姿を消したロープだった。
それが二人の出会いだった。
翌日
ロープの長い耳が雑音を捉えて眠りから覚める。
おかしい、足音が多すぎる。普通の人なら聞き取れないような音でもコータスの耳すなわち、うさ耳であれば聞き取ることが可能である。特にロープのそれは優れていた。意識すれば数十メートルの音を間近のようにわかる優れものだった。
相棒の縄を手に取る。拠点の廃屋は隅々まで確認しているため退路も分かっている。梁に引っ掛け上へと進む。その瞬間ドアが蹴破られる。
防爆服のような服装の奴、近衛局の奴らだった。恐らく20は下らない数だった。
しかし、ロープは逃げ出せた。
脆くなっている天井を突き破り、屋根に出る。
隣さらに隣の廃屋に跳ぶ。脚力も彼女の自慢の一つだった。
もちろん、鉤縄で自分の体を引き上げることのできる膂力も。
「くそ!外に逃げたぞ!」
怒号が響き渡る。
再び大量の足音がロープを目指し始める。
東から西、屋根から下水道。
まさに縦横無尽にスラム街と都市を駆け巡る。
そうすれば幾ら近衛局でも、撒ける。
いつもならばであったが。
実際何回も撒いてはいたが、その度また発見される。
異常なまでに執拗に追跡され、夜明けごろから正午まで逃走を続けたロープ。
ついに、体力の底が見え始め、ある裏路地で息を潜める。
「ハア、ハア。しつこ過ぎでしょ。」
絶対に変だ。こんなの今まで一度もなかった。
「随分と逃げてくれたな。」
冷たい声が誰もいない小道に響く。
顔を上げれば、青髪で龍のようなツノを生やした女がいた。
「しつこ過ぎでしょ。僕が何をしたって言うの?」
悪態を吐きながらも、縄を壁に引っ掛ける。
そのまま、立体機動を行う。
が、叶わず。跳ぼうとした瞬間、銃声。
手に掴んだ縄の感触が消える。そう、縄を撃ち抜かれたのだ。
「残念!」
もう一本の予備を逆側に投げ、地に足が付く前に再び上方へ移動。
二度目の銃声が響き、兎は地面へ落下する。
「いった!」
落下の痛みに悶える。
フリをして、懐に隠したナイフを壁に刺し、登攀を続行。
「これ以上仕事を増やすな。」
耳元でその声を聞いた直後、首を掴まれ地面に押しつけられる。
そのまま手錠をされ、連行される。
「随分と手間取りましたね。」
路地を抜けた先で緑髪のオニの女が青髪の女に話しかける。
「ああ、上の方も面倒な要求をするものだ。無傷で捕まえろなどと。」
なるほど、だから撃たれないかったのか。
最初は人の多い場所へ逃げ、なるべく銃を使えないように逃げていたロープ。しかし、途中で明らかに無人の場所でも、発砲されなかったことに違和感を覚えたものだった。
無傷で、か。どうしてだろう。
そんなことを考えている間に、近衛局に着いてしまった。中で女性職員に身ぐるみを剥がされた。
身体検査が終わる。
殴られた、罵られた。痛い、痛い。しかし慣れてることだ。
なぜなら感染者であることを知られてしまったからだ。
感染者にまともな扱われ方などあるはずもない
すると
「おい、そこで何をしている?」
大柄で額から一本のツノを生やした女がやってきた。
先程、ロープを捕縛した女に話しかけていた緑髪のやつだ。
「こ、これは……こいつ感染者なんですよ!」
ロープを殴っていた職員の集団の中の一人がそう言うと、
「小官は、貴様らに一体何をしているかと聞いている!」
低く、腹の底に響く声。静かな怒りが伝わる。
「答えろ!」
すっかりと辺りを沈黙が支配する。
「はあ、処分は後を追って伝える。」
大女は失望した顔で、吐き捨てる
そうして恐らく極東のオニが僕に近づき、そのまま手当をしてくれる。
「あ、あの、僕は……「たとえ犯罪者だろうと、ここ龍門では人権が保証されている。じっとしていろ。」
「……。あっ、ありがと…。」
おずおずと礼を言う。いつぶりだろうか?
目元が少し熱くなる。
「あと、お前を拘束したには理由がある。」
「心当たりはあるか?」
心当たり…ありすぎていた。でもここまでされるものはない。
「どれがどれか……あはは。」
「はあ、昨日お前が財布を盗んだのがガランド貿易のトップだ」
「へ、へえ、僕知らなかったよ……。へへ。」
つい普段の軽口がでてしまう。
「まあ、引き渡すことになるからお前も知っといた方がいいだろう。」
引き渡すって。
うっへえ、恨みが深いな、おい。どうしよ?
ガランド貿易、それはテラで知らない人が少ないくらいには知名度があった。
当然ロープでも知っていた。やばい、これは。
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その次の日
「こちらが、『ロープ』でございます。」
オニ女に差し出される。
あの後も再発防止のために側に置かれていたロープだったが、差し出されることには変わりなかった。
「ああ、協力感謝する。」
先日の男はそう言った。
実はこの件で莫大な額の金が動いていたのを知るのは結構後だった。
手錠を付けられたまま男の部下らに車に乗せられる。
や…柔らかい…明らか高級なシートだ。
一眼でわかる。これ金掛かってるやつ。
気持ちいい〜。
最早諦めの気持ちであったロープは座席の快適さに現実逃避する。
両脇を黒服に固められると思いきや
後部座席で白髪と二人っきりだった。
「僕を捕まえてどうする気?」
「ねえ?なんか返事してよ。」
「えっ?……」
無言の圧力が盗人を襲う。
じっと男はロープを見つめる。
「ひっ!?」
どうされるのか分からなくて遂に悲鳴をあげる兎。
「呼ぶならシルバーアッシュと呼べ。」
淡白な一言。
「へー、シルバーアッシュさんね。」
「僕は…まあ、ロープって呼んで。」
「んで、その名高いガランド貿易のシルバーアッシュさん。」
「か弱い女の子を手錠で拘束して上にお持ち帰りするのはなんで?」
ふてくされた声で質問を繰り返すロープ。
「……相応しい時に伝える。」
「ヘイヘーイ。」
頑なに答えてくれないシルバーアッシュに折れたロープだった。