ウマ娘はトレーナーと恋愛してるらしいのでチートオリ主の出番はない 作:ちゃ
──出鼻を挫かれるというのは、まさにこの事だ、と。
目的のプラネタリウムに掲示された、数日前の地震の影響で休業中、という張り紙を見た瞬間、私はこめかみを押さえながら、そう実感するばかりであった。
今日は朝から、とても調子が良かったのだ。
全ての準備が順調に進んで、寝癖や服のシワも無く、約束の一時間前に集合場所へ到着し、今日一日のプランは完璧だと自信を持っていた。
だというのに、開幕からこれでは、まるでお話にならない。
アルファが集合時間の三十分前に付き、お互い早く来すぎた事を笑いながら──私は若干緊張しながらではあったが、上手く会話を続けながらプラネタリウムまで訪れることができたのに、まさかこんな事になるだなんて思いもしなかった。
「あー、ここのプラネタリウムお休みなのか。確かにこの前の地震、けっこう強かったもんね。ベガは大丈夫だった?」
「っ! え、えぇ……自室にいたから、何事もなかったわ」
どうしよう。
今日、時間を作ってもらうように頼んだのはこちらの方なのに。
返金対応は営業再開後だろうし、他の予定も全部プラネタリウム鑑賞を前提として組んでいた。内容も事前に調べて、会話は主にそれ頼みだったのだ。
マズい、ロジックが全て崩壊した。
お昼はまだ食べていない。プラネタリウムのショップコーナーを、軽く見て回ってからでもいいかなという話になっていたから。でも、この調子でお昼に行っても、美味しく食べているように振る舞える自信が無い。
気まずい雰囲気で一日を過ごす事だけは避けようとしていたのに、あたふたして次の行動が決められない私には、臨機応変のりの字も無かった。
いつもならこんな事ないのに。
カレンさんや、普段からよく一緒に走るウマ娘たちと外出するときは、お店が閉まってたり誰かが忘れ物をしたりしていても、事前に予備を用意し、別の店舗を調べておいたりなどもしていた。
だから、その、つまり。
……どうやら、自分が思っているよりも遥かに、私は浮かれてしまっていたらしい。
こんなはずでは、なかったのだけど──
「あっ、そうだベガ。ここがやってないなら、ちょっと予定を変更してもいいかな」
「それは……えぇ、もちろん。構わないわ」
予定の変更。
それはもしかして、用事が無くなったのなら今すぐにでも帰る、という事だろうか。
醜態を晒してしまったばかりなので、そう言われても仕方がないとは思う。
早くも自室のふわふわまんじゅうクッションを、涙で濡らすことになりそうだ。
「少し電車に乗るんだ。いこ」
「電車……? ──あっ、ちょっと」
アルファの意図が読めないまま、私は彼を追う形で、プラネタリウム付近の駅構内へと入っていった。
あまり使わない交通系の電子マネーをチャージして、隣に座った彼の清涼感のある匂いに若干ドギマギしながら、電車に揺られること約十五分。
到着したのは、トレセン周辺で生活する私たち生徒にはあまり馴染みのない、学園から少し離れた駅だ。
慣れたように進んでいくアルファに付いていき、雑多な人込みを抜けて外に出ると、目に映ったのはとあるバス停であった。
「あの、アルファさん。このバスは……?」
「無料送迎バスだよ。一昨年にできた超大型ショッピングモール行きのやつ。この時間ならまだ乗れると思ってきたんだけど、当たったみたいだね。ちょうど二人分空いてるっぽい」
説明を受けながら彼と座席に座ると、間もなくバスが出発した。
とても大きなショッピングモールが二年前に完成したという話は少しだけ知っていた。
しかし、そこへ行く用事も興味も無かったため、そこの概要についてはかなり疎いのだ。モールという存在自体はともかく、そこにどんな施設やお店が内包されているのかは、てんで分からない。
「ふっふっふ。実はあるんだよあそこ、プラネタリウムが。映画館の隣にくっ付いてるんだ」
「全然知らなかったわ……」
「駅前のあそこよりは少し小さいけどね。でもそんなに高くないし、せっかくだから知らないとこ行ってみるのも面白そうだと思って」
「……そうね。ちょっと楽しみ」
隣で楽しそうに話すアルファを見ていると、私もその施設に興味が湧き、ほんの少しだけ罪悪感が和らいだ気がした。
切り替えが早く、しかし露骨に気を遣っているとは感じさせない、一見すると普段通りに見える上手な気遣い方──彼にこんな一面があったなんて知らなかった。
明るく優しい少年ではあるが、そんな大人っぽい部分を見せてくれたことは、あまりなかったから。
元々持ち合わせていたものだったのか、それとも最近何かがあったのか……いや、それは私の知るところではない。詮索するようなことでもないだろう。
──それよりも。
現在私には、ちょっとした問題が発生している。
(肩が……当たって……)
喉元まで出かかった言葉は、俯くと同時にお腹の底へ引っ込んでいった。
そうなのだ。
この無料送迎バス、空いていた席が最奥の座席だけだったので、他の人たちも座っている都合上、二人掛けの席より少しだけ窮屈になっている。
別にそこに文句があるわけではない。公共の乗り物というのは、往々にしてそういうものだと割り切っているつもりだ。
──問題なのは、アルファと私の肩が、隙間が無いほどピッタリくっ付いてしまっている事なのだ。
彼が譲ってくれたおかげで、私は窓側の席。
そしてアルファが他の人の隣に腰かけてくれたのだが、彼の横にいる人が少々大柄な男性で、結果密度が高まってしまい、現在に至るというわけだ。
「大丈夫、ベガ? ずっと俯いてるけど、もしかして酔っちゃったかな」
「い、いえ、平気よ。ホント、何でもないから」
「そう……? もし辛かったら言ってね。一応酔い止めも持ってきてるから」
心配してくれる彼の気持ちは嬉しい。でも、でもそこではないのだ。別に車酔いする体質ではないし、気分が悪いわけでもない。
むしろ気分は右肩上がりだ。主に緊張という意味で。
肩が、当たっている。
身体と身体がくっ付いてしまっていて、いままで感じたことが無いような、本能を刺激する心地よい緊張が、私の脳を支配している。
どうしてここまで体が強張るのだろうか。
カレンさんに後ろから抱きつかれた時や、満員電車で終始にこやかなオペラオーさんとほぼ全身密着していた時など、他人と物理的にくっ付いた経験はそこそこあるし、そのどれでもこんなに顔が熱くなることなんて一切無かったのに。
──アルファが男の子だから、なのだろうか。
思えば、男子と触れ合ったことなど、これまでの人生でほとんど無かった。
小学生の頃によく追いかけっこをしていたけれど、終ぞ卒業まで男の子に捕まったことは無かったのだ。
だって、かけっこをしてウマ娘に追い付ける男子なんて、この世には存在しないから。
それがこの世界での常識で、ウマ娘と男子の決定的な違いなのだ。
誰もが分かっていることだし、子供の頃から飲み込んできた不変の摂理だ。
なのに、彼はどうだ。
頭上の耳、毛並みの良い尻尾、どれを取ってもウマ娘なのに、彼の正体は男子そのものだ。
世界の理からして異なるはずの壁を壊すかの如く、私と同じ特徴を持っている。
ウマ娘しかいない学園に一緒に通って、いつでも話すことができて、たぶん鬼ごっこをしても、私に追い付くことができる、同い年の少年。
いるはずのない、本の中でしか見たことがないような、どんなウマ娘でも一度は”いるかもしれない”と想像するけれど、現実ではあり得ない存在。
そんな物語の中にしかいないような人が今、私の隣にいて。
自分だけが、彼の秘密を知っている。
筆舌に尽くしがたい優越感と、触れたことのない男子の感触を直に感じて、耳まで茹で上がった私は、緊張のあまり何も喋れなくなってしまっていた。
「ぅ、うぅ~……っ」
「ベガ、ベガ。ほんとにだいじょうぶ? ほらこれ、酔い止めのアメ」
「いらないわ……」
「あっ、ならお茶とか」
「平気ですわ……」
「そ、そっか。確かに、外を見てた方が楽か。いちいちゴメン……」
優しい。その優しさの矛先が、今この瞬間においては私だけのものだと分かり、口角が歪みそうになってしまうし、言葉遣いも変になってしまう。
それを隠すかのように、私は窓を向いて、外の景色に集中するのであった。
早く到着して、はやく。