ウマ娘はトレーナーと恋愛してるらしいのでチートオリ主の出番はない   作:ちゃ

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トウカイテイオー:1

 

 

 レースの成績も、学園での生活も、トレーナーとの仲も総じて良好で、まさに順風満帆でしかなかった、ある日のこと。

 彼女は、風のように、ボクの前に姿を現した。

 いや、もはや比喩ではない。

 その少女は、一陣の風、そのものであった。

 

 

「へへ、見ろ〜! テイオーの限定ぬい、一回で当たっちまったぜ!」

「いいなぁ……ゴールドシップさんの今日の運勢、凄まじいです」

「ず、ズルいですわ! それは先に私が五回やったから──」

 

 いつも通り、やかましい友人たちと、放課後を過ごしていた。

 三ヶ月前のレースでの活躍が注目され、自分のグッズがコンビニの一番くじに登場し、みんなでそれを見にきたのだが、一店舗に一つしか置いていない限定品を取ろうと友人らが躍起になっているうちに、いつの間にか騒がしくなってしまっていた。

 何でボクのぬいぐるみを取り合ってるんだろう。本物ここにいるのに。

 

「カンカン。ゴルシオークションを開催します。入金額はクジ一回分の五百円から」

「やります! テイオーさんのぬい欲しい! 五百円!」

「……じゃあ、ボクもやろうかな。とりあえず八百円で」

「ふふふ。では、七百円ですわッ!!」

「お前オークションやったことねぇのか?」

 

 くだらないやり取りをしていた──そんな時だった。

 

「……わっ、地震?」

 

 僅かな違和感を感じた、その数秒後に、揺れは激しさを増していく。

 もはや、そのまま歩き続けることは不可能で、ボク達は本能的にしゃがみ込んだ。

 

「お前ら、コレ被っとけ!」

 

 ゴールドシップが、何処からともなく安全ヘルメットを取り出し、ボクたちは耳を折りたたんでそれを被る。

 振り返ってみれば、ボクたちの後ろを歩いていたライスシャワーら見覚えのある学園の生徒たちも、怯えた様子で近くの電柱や自販機にしがみ付いていた。

 しかし、大災害の予感は杞憂だったのか、幸いな事に、揺れ自体はすぐに落ち着き始めた──が、立ち上がれず身を守る事で手一杯な仲間たちよりも数瞬早く、運良くボクは()()に気がついたのだった。

 

「あっ」

 

 少し先に、高めの足場が建てられた、工事現場がある。

 先ほどの揺れが原因で、今にも落ちそうになっている、大きな看板が、ひとつ。

 さらに、看板が落下してしまうであろう位置には、通りがかりの幼い黒髪の少女が、怯えて蹲っている。

 そこより少し離れた位置にいる、彼女の友達らしきもう一人の少女が、上の看板が危ないと叫んでいるが、当の本人は足が竦んで動けない様子だ。

 まずい。

 あのままでは、彼女が看板の下敷きになってしまう、と、そう考えたときには、既に脚が勝手に動いていた。

 だが。

 

(ヤバい……ッ!)

 

 頭上で一際大きな音が鳴り響いた。

 何か部品のようなものが弾け飛び、間もなく看板が落下しようとしている。

 間に合うか、間に合わないか、正確に測れない絶妙な距離だ。

 そこそこ速い走力を持つウマ娘の自分ですら、心の底から焦るほどに、どうしても座り込んでいる少女の位置が遠い。

 抱きかかえて飛び退くのに、間に合うだろうか。

 最悪自分は潰されるとして、あの少女には悪いが、こうなると突き飛ばしでもしないと──

 

 

「──」

 

 

 ──ほんの、一瞬の出来事だった。

 困惑の声すら、喉から出ることはなかった。

 ボクの真横を、まるで鎌鼬かのような、凄まじい突風が吹き抜けたのだ。

 

「えっ。…………あっ、」

 

 ゆっくりと脚が止まっていく。

 それは、目の前に看板が落下し、まるで銅鑼のようなけたたましい騒音が鳴り響いたから、ではない。

 間に合わなかったから、諦めたのではない。

 事実だけを述べるのなら、看板は落下し、コンクリートの地面に叩きつけられた。

 しかし、その直下にいた黒髪の幼い少女は、傷ひとつなく生還している。

 

「キタちゃんっ!」

 

 離れた位置にいた、少女の友人が彼女()()のもとへ駆け寄っていく。

 ボクは、呆然とそれを見つめたまま、驚嘆と困惑のまま、立ち尽くすことしかできなかった。

 

 

 ──何が起きたのか、一瞬で理解することが、叶わなかった。

 

 動けない少女を助けようと、全力で彼女の元へ駆け出したら、自分の後方から風が吹き抜け、いつの間にか見覚えのない女子生徒が、少女を抱きかかえて安全圏まで後退していた。

 脳が状況把握に努めようと、情報を整理していくに連れ、その場で起きた事実の異質さが明確になっていく。

 全力で走りながらも、ボクは"間に合わない"という事実に気がついていたのだ。自分を犠牲にする勢いで、とにかく無茶をすれば、何か奇跡が起こってくれるのではないかと、縋るような思いで少女のもとへ向かっていた。

 

 だが、そんな現実を穿つが如く、一人の女子生徒が、ボクの数十倍はあろう尋常ではない速度で彼女の側へ駆けつけ、ゆっくりと抱きかかえて看板が当たらない位置にまで移動していた。

 あり得ないことが起こっているのだ。

 ウマ娘であっても手が届かない、遥か彼方にある凄惨な運命を、その身一つで覆してしまった生徒が、目の前にいる。

 彼女が走っているその姿は、ほんの一瞬しか視認できなかった。

 もはや生物としての限界を凌駕したような──紛うことなき、超スピード。

 

「キタぢゃあ゛ぁぁ……!」

「だ、大丈夫だよ、ダイヤちゃん! ほら、全然ケガしてない!」

 

 お姫様抱っこのような形で抱えていたその少女をおろし、その女子生徒は小さく笑って、一息ついた。

 

「せっ、先生〜!」

 

 立ち尽くすボクを後ろから通り過ぎて、彼女のもとへ駆け寄っていくライスシャワー。

 自分が尊敬している生徒会長からも、一目置かれているような、優秀なウマ娘であるライスシャワーに"先生"と呼ばれている、得体の知れないその生徒に、ボクは僅かながら恐怖を覚えつつ、足を前に動かした。

 

「ゆ、揺れてて見れなかったけど、先生よく間に合ったね……!? ケガはない……?」

 

 負傷など、ひとつもなく。

 それどころか、あり得ないスピードで走ったにも関わらず、彼女はまったく呼吸を乱していない。

 それから、地震が落ち着くまで動けなくなっていた周囲を見渡して、何故かホッとしたような表情になった彼女は、自らが助けた少女を優しく撫でるのであった。

 

「大丈夫?」

「ふぇっ。……は、はい、ありがとう、ございます……」

 

 助けられた本人である少女すらも、何が起きたのか分かっていない。

 気がつけば、彼女に助けられていた──そんな認識だろう。

 誰もが自分の身を守り、遠くにいる少女のことなど、気づきもしなかったその場において、彼女の()()をこの目で捉えることができたのは、間違いなく自分だけであった。

 

 誰だ、彼女は。

 最近噂に聞く、どのレースでも最終着を取っているらしい、あの理事長と何らかの関係があるらしい謎の転入生とは、全く正反対の場所に立つ存在だ。

 人間の、ウマ娘の、地球上に存在する生命体の、その何もかもの限界をぶっちぎりで凌駕した、あのスピード──何者なんだ、あの生徒は。

 すぐに問い質したい気持ちが湧いてくるが、少女二人を慰めているあの場へ割って入って、質問するのは気が引ける。

 なんとか、手元で彼女の情報を調べる手立てはないだろうか。

 

「……あっ。来月の、模擬レース……」

 

 スマホで参加者が確認できる。もちろん顔写真もだ。

 来月の模擬レースは、レースとは名ばかりの、学園全体で競技を楽しむただの催し物に過ぎないため、大抵の生徒は必ずどこかの番で出走するのだ。

 体格を見るに、自分よりはもう少し上の学年だと思われるが──いた。

 高等部の強豪たちが、一堂に会する注目のレースに参加しており、人気最下位のウマ娘ということで全く話題に上がっていない。

 

「……アルファ」

 

 アルファ。それが、ボクに鮮烈なまでの走りを一瞬だけ見せつけた、彼女の名であった。

 模擬レースの出走枠はまだ全ては埋まっておらず、ボクは運命を感じた。

 一度、彼女と走ってみたい。

 なぜあんな規格外な力を持っておいて、学園ではまったく注目されていないのか、その理由を解明したい。

 彼女から、真実を得て、自らの糧にしたい。

 アルファというウマ娘のことを、どうしても知りたい。

 

「……あっ、もしもしトレーナー? 悪いんだけど、明日の蹄鉄見に行く約束、ちょっと保留にしてもらえないかな。……うん、急にごめんね」

 

 そんな思いで、ボクは出走レース変更の申請を行うべく、電話でトレーナーに予定のキャンセルを伝え、去り際に友人らに一言告げつつ、そそくさと学園へ戻っていくのであった。

 

 

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