ウマ娘はトレーナーと恋愛してるらしいのでチートオリ主の出番はない   作:ちゃ

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アルファ:4

 

 

 翌日にアドマイヤベガとの約束を控えた、金曜日。

 

 午前中に学園を早退し、ウマ化の事情を知る政府の人間に近況報告を行っているうちに、いつの間にか夕方になってしまっていた。

 元から事件の関係者だったとはいえ、接触してきた人間に対して、軽率に自らの秘匿情報を話した件に関しては、こってり絞られた。

 

 政府側も、事情を共有できる人数の少なさから、四六時中監視することはできないので、これからはしっかりと自制するよう念を押してきた、というのが一連の流れだ。

 実際彼らがどこまでやっているのかは分からないが、俺の見える範囲に限り、たったそれだけで済んだのは、偏に秋川理事長のおかげだったのだろう。見えないところで、きっと彼女がいくつもフォローを入れてくれていたに違いない。

 

 だからこそ、俺は反省し、自分の不甲斐なさから意気消沈していた。

 まだ十代の身も心も成熟していない高校生だから、とか、家族もいない天涯孤独の身で唯一実験の被害に遭った人間だから、だとか、そういった言い訳染みた理由はとっくに過ぎ去っている。

 たとえ異世界転移や拉致だろうと、大人から見て俺が頑是ない子供であろうと、巻き込まれた()()()に関しては、全て俺自身の責任なのだから。

 

「……あと二時間後くらいか」

 

 遅くはなるものの、今日は帰ると、秋川さんから連絡があり、どういった謝罪の形を取るかで四苦八苦している。

 事情を話したあの日に、謝らなかったわけではないのだ。

 単純に彼女と過ごす時間が取れなくて、謝罪は時間のかからない上辺だけのものになってしまった。

 だから今日、改めて──と思ったのだが。

 改めて考えると、なかなか難しい。

 

「……んっ」

 

 公園を通りかかると、ベンチに見覚えのある少女が座り込んでいた。

 以前、緊急措置で助けた黒髪の少女のそばに居た、淡い栗色の髪の女の子──確かサトノダイヤモンドだったか。

 まだ学園の生徒ではないし、こんな暗い時間まで、一人で出歩いていい年齢でもないはずだ。

 一応声はかけておいた方がいいかもしれない。

 

「こんにちは」

「ふぇっ! ……ぁっ。こ、この前の、キタちゃんを助けてくれた、お姉さん……?」

 

 

 ……

 

 …………

 

 

 黄昏れていた──らしい。

 サトノダイヤモンドは、生まれて初めて門限を破り、公園でひとり物思いに耽っていたようだ。

 彼女を放っておくこともできず、近くの自販機で買った缶ジュースを手渡しつつ、許可をもらって隣に座ると、少女はポツポツと話を始めてくれた。

 

「地震があったあの日……普段通らない道で帰ろうって、そう言い出したのは私のほうだったんです」

 

 いつも二人で登下校をする彼女たちは、そもそも街の方をあまり通らない、とのことだった。

 工事中のビルや、落ちてくるような看板もない、いま俺たちがいるような住宅街こそが、サトノダイヤモンドたちの帰路だったらしい。

 

「学園の人たちがあそこをよく通るのは知っていたので。もしかしたらマックイーンさんとか、テイオーさんに会えるかもって……でも、あんなこと言うべきじゃなかった」

 

 いつも通りに帰ればよかったと、そう語る彼女の表情は、沈鬱そのものだ。ウマ耳もしんなりと垂れている。

 

「キタちゃんを見る度に思い出すんです、あの日の事。お姉さんが来てくれなかったら、今頃どうなってたか……」

 

 あの場所へ連れ出した、罪悪感。

 どうしてもそれが拭えないのだと、少女は語った。

 

 アレは勝手に揺れた地球が悪いのであって、サトノダイヤモンドが気にすることではないと思うのだが、彼女からすればそういう問題ではないのだろう。

 なんて謝ればいいのか分からない、とのことだった。

 その悩みは、秋川さんへの謝罪を考える今の俺には、ありきたりなアドバイスで済ませてしまってはいけないものだと感じて──結局、一緒に悩むことになった。

 彼女と俺とでは、自分が感じた失敗に対してかなり前提が異なるのだが、懊悩する気持ちは同じだ。

 

 当の本人たちは、絵に描いたような良い人で、明るく振る舞い、こちらの失敗などさして気にしていないように応対してくれるのだ。

 だからこそ余計に分からなくなってしまう。謝りたいのは間違いないが、特別困らせたいわけではないから。

 

「……少しずつ、返していくしかないのかも」

「えっ?」

 

 一発で何とか出来る方法がないのなら、コツコツと贖罪を積み上げていくしかない。

 サトノダイヤモンドは、俺と違って悪いことなど何一つしていないが、事実がどうあれ、本人が自分を許せるようになるかは別の問題だ。

 だから、彼女にも当てはまるようなやり方を考えてみたのだが、これがどうして地味だった。

 

「キタサンブラックの気持ちを察することはできないけど、少なくとも私なら、また以前みたいに普通に接してほしいと思う」

「でも……」

「うん、それでいいのかなって、不安になってしまうよね」

 

 偉そうなことを言える立場ではない。

 しかし、仮にも年上であるなら、選択肢の提案くらいはして、視野の拡張を手伝ってやるべきだと考えた。

 その先で何を選ぶのかは、サトノダイヤモンド本人が決めることだ。

 

「だから、少しずつ。重い物を持ってあげるとか、半分こするような食べ物なら、ちょっと多いほうをあげるとか。そういうのを少しずつ……自分を許せるようになる日まで、さりげなく手を貸す回数を増やす……みたいなこと」

「そ、そんなことでいいのでしょうか?」

「さぁ。あくまで例の一つだから、分からなくなったら、その時はまた相談に乗るよ。はい、連絡先」

 

 スマホを取り出し、IDの交換を済ませると、少女は尻尾の動きを少しだけ活発にしながら、両手で握った画面を見つめた。

 

「まぁ、でも、他に頼れる人がいるなら、その人に相談するべきだと思うけど──」

「あのっ、えと」

 

 俺の声を遮って、サトノダイヤモンドは何とか頭を捻りながら、上手い言葉を出そうと頑張っている。

 そんな健気な彼女の姿に、ふと秋川さんの面影を重ね、俺はハッとした。

 

 ──贅沢な奴だったのだ、俺は。

 俺には最初から、秋川さんがいてくれた。

 孤独だ何だと被害者面していても、この世界で出会ったあの日から、彼女だけはずっと俺の味方でい続けてくれたのだ。

 だというのに、俺は自分の境遇を、不幸自慢のように蒸し返すばかりで、病院の時のように軽率な行動を取ってしまう──ダメなのだ、これでは。

 周囲の人を、よく見たほうがいい。

 そばに秋川さんがいてくれる事のありがたみを、もっとしっかり理解したほうがいい。

 決して不幸ではない。

 奪われ続けるシリアスな人生を送っているわけではないのだから、もう少し自分以外の人々へ向ける意識を、自分の行動の責任を、改めて認識するべきなのだ。

 

 それに気づかせてくれた、目の前にいるウマ娘の少女には、もっと感謝しなければならない。

 相談に乗ったように見えて、その実助けられていたのは、どうやら俺の方だったようだ。

 

「……また、お話しできますか? こんなこと、今日話を聞いてくれたお姉さんにしか……」

「勿論。むしろ、私も相談したい話がいっぱいあるから、気軽に連絡して。……今日はサトノちゃんに会うことができて、本当に良かった」

「っ!」

 

 ウマ耳がピクッと跳ねると同時に、彼女の憂いに満ちていた表情も、徐々に安心したような明るい色へと戻っていった。

 理解者の存在が、何よりも嬉しいものであることは、身をもって実感している。

 俺にはもう十分すぎるくらいの理解者がいるので、今度はこっちが誰かの理解者になる番だ。

 話を聞き、少しだけ提案をする程度だが、それで悩める少女の助けになるのであれば、いくらでも相談に乗ろう。

 それこそが、ようやく見つけた、この世界でのやるべきことだ。

 

「ふふっ……私たち二人だけの秘密、ですね」

「まぁ、そうなるのかな……」

 

 ──と、そんな一幕があって。

 

 サトノダイヤモンドと違い前科まみれの俺は、帰宅後に腹を括り、正面から秋川さんに謝罪の言葉を告げた。

 心の底から、申し訳ない気持ちで──だが、そんな事をするなんてとっくに予想済みだったのか、秋川さんは小さく『めっ』とすると、お風呂掃除の刑で、一連の流れを済ませてくれた。

 本当に優しく、器の大きい人だ。

 彼女があの年で、多くのウマ娘たちが集う学園の理事長を務めあげているその強さを、改めて実感するばかりであった。

 無論、これで許された気にはならず、彼女がウマ娘たちに語る日々精進の精神を、俺も見習おうと気持ちを切り替えた、そんな一日だった。

 

 

 そして、翌日。

 

「………………うそ」

 

 チケットを買ったプラネタリウムの、建物に貼られた『地震の影響で点検中のため明日までお休みです』の文字を発見して、無表情ながらに滝のような汗を噴き出しているアドマイヤベガを一瞥し、今日のデートプランをどうリカバリーしていくのかを考えるところから、約束の日はスタートしたのであった。

 

 


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