◆◇◆
雨の降りしきる王国。
雨は大地に恵みを与えるが、同時に人を苦しめる。
人は希望の太陽も繁栄の雨も安息の曇もすべてを必要としている。
『雨は好き?』
「――好きだよ。雨の日はみんな一緒にいられるもの」
彼女は一人暗く湿った大地を寝床に微睡みの中にいる。
思い出すのは記憶にない誰かの問い。
身なりのいい女だった。
ここは王国、貧民街。女が追剥に合うのは自然の事だろう。彼らにだって良心はある。彼らにだって仲間意識はある。女は確かに哀れだ、仲間と思ってもいいぐらいに。こんなところで雨の中、雨宿りする宿もなく泥だらけの大地に眠るなんて貧民街に住む彼らだってしない。
しかし彼らが彼女を助けることはない。否、助けるどころか身ぐるみを剝ごうとしている。
それは仕方のないこと。誰も彼女が誰かなど知らないのだから。知りようがないのだから。
それは仕方のないこと。人は人を見た目で判断することしかできないのだから。彼女の背負う彼ら以上の不幸など、初対面で感じ取ることなどできないのだから。
こんなところに来た彼女が悪いのだと、雨が止めば帰る家があるのだろうと、少しぐらい俺たちに恵んでくれてもいいじゃないかと、そう自分に言い訳して。
彼らにとっては毎日が曇り。彼らにとって雨は恵。しかし彼らには太陽がないのだ。
否、希望ならいる。
「――んなとこで寝てっと風邪ひくぞ。姉ちゃん」
金髪の美少女。薄暗いこの場所には似合わない華やかな少女。この生ける屍の墓場で暮らす人間にはあまりに眩い存在。
日向を避け日陰に暮らす彼らとは相容れぬ光。しかし貧民街の太陽は、希望たる少女はそんなこと関係ないとばかりに人を照らす。それは暴力的な自由、独裁的で、しかし抗えない解放。
彼女は問答無用で周囲を照らす、その光を浴びる者にできるのは彼女についていくことだけだ。
今はまだこの小さな居場所に留められている彼女のカリスマ。
未だ運命の交錯していないこの時でも、彼女は変わらず己に正直に生きている。
未だ振り続ける雨の中、その場所だけは晴れているかのように風が止み、雨を通さぬ暖かい場所へと変わった。それはきっと彼女の『加護』の力。
雨が止んだのを感じたからか、泥だらけの女は目を少しだけ開き、何事か呟いた。
「…ねえ…ちゃ…」
要領を得ない言葉を呟いて、再び彼女は微睡みに沈んだ。
「ったく…」
そんな彼女を見て、少女は悪態をつきながらもその身体を担ぎ雨を凌げる盗品蔵へと歩を進めた。
それがベネットとフェルトの出会いだった。
何故あの場所で倒れていたのか、彼女は何者なのか。
しかしそれはどうでもいいこと。ここは貧民街、人生を無くしたものの行きつく場所。
大事なのは生きること。助け合うこと。
背負われる彼女はうわ言のように呟く。
『お…ねぇ…ちゃんが、助けるから』
それは雨の音にかき消され、誰も聞くことはなかった。
『待ってて、必ず――殺してみせるから』
◆◇◆
「それで、金はあんのか?」
フェルトは言った。
「金はない。だがしかし、俺にはこれがある!」
そう言ってスバルが取り出したのは携帯電話。
「んだこれ」
「これは時間を切り取る『魔法器』。世界に一つだけしかない貴重品だ。世界に!一つ!だけ!ここ重要。誰でも簡単にボタン一つで精巧な絵を描けちゃう優れもの。ここは一つ試しに買ってみてはいかがでしょうか!返品は受け付けません」
「嘘は、言ってねぇんだろうが、めちゃくちゃ怪しいな兄ちゃん商人の才能ないぜ」
まくしたてるようにセールストークをするスバルに冷たく言い放つフェルト。
現代広告によくでてくるキャッチコピーの怪しさはどうやらこの世界でも通じるらしい。悪い意味でだが。
「ぐっ現代社会の闇をこんな少女に暴かれるとは、恐ろしい子」
「へったくそですの」
「うぉーい。見てるだけのお姉さんに言われたかないぜ。というかずっといるけど君は誰なんだよ。今まで一度もあったことないぞ」
「?おかしなことを言いますわね。まぁ、強いて言うならば流浪の天才、ですわ」
「自信があるのは結構だけど!自分で天才とか言っちゃうのは正味痛いぜ?お姉さん」
「事実ですもの。あとわたくしは名はベネット。せめて呼ぶならお姉ちゃんと呼んでくださいまし」
「初対面の女の人をお姉ちゃん呼びとか先生をお母さんっていうより難易度高いだろ!普通にベネット、さん?って呼ばせてもらうわ」
「ええ」
「姉ちゃん、話を逸らさないでくれ。今は交渉中、大金がかかってんだ」
真剣な表情で言われベネットも態度を改め。
「…そうですわね。お姉ちゃん黙って見守ってますわ、頑張って」
「だから、アンタは……はぁ。んで兄ちゃん、交渉するつもりがあるならついてきな、この先に盗品蔵っつうのがあってそこにいるロム爺っていう偏屈爺さんにそのミーティアってやつを目利きしてもらう」
「お、おう、それは構わないんだが」
「だが?」
「いいのか?――お前の姉さんめちゃめちゃに落ち込んでるが」
地面に座って砂をいじっているベネット。妹に冷たくされてだいぶ落ち込んでいる様子だ。
「…いいんだよ、気にすんな。んで来るのか?来ないのか?」
「あ、ああ行きます行きます」
「あいよ、じゃあ、」
「わたくしもいきますわ!」
さっきまでいじけていたのに急に元気に宣言した。
だが。
「アンタはここにいろ。というか早く出てけ。――アタシはあんたの妹でも家族でも…何でもないんだからな」
スバルにはわからないがどうやら二人は本当の姉妹と言うわけではないらしい。何か複雑な関係のようだ。
「フェルト…」
今度は本当に傷ついたようで、彼女は胸を押さえてその場で表情を悲し気にしている。
「…いくぞ、兄ちゃん」
突き放すようなことを言ったフェルトだが、その表情は同様に悲しげだ。
気になるし、さきほどまでの仲良さげな二人を見ていたからかどうにかしてあげたいと思う。
が、今はサテラ(仮)を助けるために時間がないのだ。
二人はテントを後にし、盗品蔵へ。ベネットは一人ぼろテントに残った。
◆◇◆
早く進めたいのにィ。