◆◇◆
『どうして、私を助けてくれたんですの?』
目を覚まし状況を理解した少女は言った。
それに対しフェルトは言った。
『別に、見捨てたら寝覚めが悪いと思っただけだ』
それは事実。
それにただでさえ
助けたのは彼女が善人だからでもお人好しだからでもない。
『あいつらのこと許してやってくれ。覚えてるかわかんねぇけど、ここのやつらはちょっと余裕がないだけなんだ』
それでもそういうことを言ってしまうのは、やはり根が優しいからなのだろう。
それを、助けられた少女も理解したのか、言う。
『あなた、強いんですのね。それに優しい、いい子ですわ』
育てた親がきっと立派な方なんでしょうね、そう言って微笑んだ。
自分が褒められるのはむず痒いが、ロム爺が褒められるのは悪い気がしなかった。
少女は続けて言う。
『お礼をさせてください』
『んじゃ金くれ』
冗談か本気か、おそらく半分は本気でフェルトは言った。
『お金、ですか。…これくらいでどうです?』
そう言って彼女はどこかから貨幣を取り出した。
フェルトは疑問に思う。さきほど軽く持ち物を探った時にはお金らしきものはなかったはずだ。
彼女が取り出したのは。
『おま、これ!――聖金貨じゃねぇか!』
聖金貨。それも十数枚。一体どこにそんな大金を隠していたのか。
『すみません、小銭がなくて』
『
『いえ、そんなんじゃありませんわ』
『ならなんでそんな大金持ってんだよ』
『…なんででしょうね』
『なんだ?記憶喪失か?』
『…少し違いますね。お金が必要で貯めていたのですが、何に使うのか覚えていないんです』
『じゃあ記憶喪失じゃねぇか』
『そうかもしれません』
『めちゃくちゃな姉ちゃんだな』
『それで、お金はいりますか?』
お金。それも大金。
盗みで生計を立てているフェルトと言えど、孤児には変わりなく明日もわからぬ身に変わりはない。
これだけの大金があれば数か月、いや一年は余裕で過ごせる。ロム爺にだって楽をさせてあげられる。
それは甘い誘惑。甘美な香りづけまでされた誘蛾灯。国に潜む虫には抗えぬもの。
フェルトはそれを手に取ると思えたが。
『――いらねぇ』
フェルトは断った。
『いいんですの?』
『…ああ』
やはり少し躊躇してしまうくらいにはその誘いは、悪魔の誘いは魅力に包まれている。
それでもフェルトが断ったのは、彼女が知っているから。
――人は人を騙すということを。その身をもって、知っているから。
『ほんとうに、強いんですのね』
少女は感嘆するように言った。
『そんなポンポン出されたもん受け取れるわけねぇだろ。怪しすぎるわ』
裏があるに決まってる、とそうフェルトは言う。
――また騙されてたまるか、と。
『そうですか』
彼女はお金をしまい、立ち上がる。
ここから去るのだろうと思われた。
『では、――他のことでお礼いたしますわ』
しかし違った。
『は?いや、お礼ならいいって、帰るとこあるんだろ?』
『ありませんわ。国に入ったはいいものの出られなくなりましたの。掃除でもなんでもいたしますから、ここに住まわせてもらえませんか?』
『は、はぁ!?』
驚愕。する暇もなく彼女は言い放つ。
『ありがとうございますわ』
『いや、なんも言ってねぇって!』
『いいえ、わたくし決めましたの』
『勝手に決めんな!』
結局、彼女は勝手に居ついた。
勝手に掃除するし、勝手に髪を整えるし、勝手に世話を焼いてくる。
まるで姉みたいに。まるで本当に家族みたいに。
――まるで誰かにあたしを重ねるみたいに。
ベネットはあたしを妹のように扱ってくる。甘やかし、愛でる。
しかしフェルトは拒む。
――信じるもんか。騙されるもんか。私に家族なんていない。
彼女は信じない。自身の家族はロム爺だけなのだと、そう固く心に決めている。
孤児である自分を育ててくれたロム爺だけが、血のつながった家族のいないフェルトにとって唯一の家族。
それから数か月。彼女らはともに過ごした。
家族のようで他人。他人のようで、お互いを無意識に必要としている。
それをいい加減断ち切ろうと、フェルトは考えた。
この仕事で大金を得て足を洗う。偽りの家族ごっこは終わり。自身の力で大金を手に入れてここから抜け出す。彼女はそう誓った。
◆◇◆
「フェルト、あやつはどうした」
「…置いてきた」
「なんじゃい、喧嘩でもしたか」
「ロム爺には関係ないだろ」
「まったく、素直じゃないのぅ」
「うっせぇ。それよりどうなんだよ」
盗品蔵に辿り着いた二人、そしてそこにいた巨躯の老人。
スバルは会話する二人を見て待っている。
スバルは既に三回やり直している。一度目はわけもわからず死に、二度目は黒い女に殺され、三度目はチンピラに刺されて死んだ。
しかしその中でベネットという少女は見たこともあったこともなかった。
黒髪故あの黒い女の仲間かと思ったが、フェルトとの会話や態度を見ているとどうやら違うようだった。
彼女はいったい…。
「――おい!兄ちゃん、聞いてんのか?」
「――痛った!急にでこぴんすんなよな!」
思考は中断された。
「ぼけーっとしてる兄ちゃんが悪ぃ」
「悪かったよ、んで価値は確かめられたか?」
「ああ、そのミーティアってやつの価値はロム爺が保証してくれた」
「聖金貨二十枚と言ったところじゃな」
「おお、そりゃよかった!じゃ、交渉成立だな。祝杯あげようぜ!」
「勝手に決めんな。まだ相手の出せる額を聞いてねぇ」
それはそうだろう。元々の交渉相手の言い分も聞かず売り払っては盗人としては三流だ。例え依頼人がスバル以上の大金を出せなかったとして、ここでスバルに売ってしまえば後に来る依頼人は激怒するに違いない。
筋を通すのであれば三つ巴で交渉するのが正しいだろう。
「無理を言ってるのはわかってる。だが俺はただ、その徽章を盗まれた子に返したいだけなんだ」
「…持ち主に返す?んな冗談誰が信じるかよ」
「本当なんだ信じてくれ!頼む、この通りだ!」
恥も外聞もなく、スバルは土下座した。
手を地面につき、頭を下げ首を晒し、身体を小さくして懇願する。
そんなことは貧民街に住む彼らだってしないこと。
彼らにだってプライドがある。彼らには自信を保つために誇りを持つしかないのだ。
他人の為にプライドを捨てるということを彼等は知らない。
「なんでそこまで…」
「お礼が、したいんだ。あの子に」
頭を上げることもなくスバルは答える。
「…お礼。あの銀髪の姉ちゃんに助けられでもしたか?」
「ああ、救われた。右も左もわからない状況で、人生で一番困っていた時に。あの子が助けてくれた、だから恩返しがしたいんだ」
お人好しだ。救われて、お礼など求められていないのに。
何故それでもお礼をするのか。
それはどこかの誰かのようで、フェルトは知りたくなった。
「――。例え、お礼される側がそれを望んでいなかったとしてもか…?」
「?ああ。俺がそれをしたいから。そうするんだ」
当たり前だと言わんばかりの即答にさしものフェルトもたじろぐ。
答えは単純だった。正解は単純な事だった。
「―――。」
逡巡するフェルト。
「フェルト」
ロム爺。
「…ああもうッ!!いいよ、アンタに売ってやる!」
フェルトは決断した。短い思考中で過ったのはいつの記憶か。
「ほ、本当か!本当にいいのか!?」
「いいっつってんだろ。アタシの気が変わらないうちに持ってきな」
「ああ!助かる、ありがとうなフェルト!」
「…別に。アタシは儲かればいい。それより――」
二の句は告げなかった。
何故なら。
「――それをされては困ってしまうわ」
漆黒の美女がいた。
狂刃が少女を襲う。
◆◇◆
崩壊の音が鳴り響く盗品蔵。
その音は巨大なこん棒によるものか、巨人族の巨躯によるものか。
否、それを生み出すのは細身の女。そして女の持つククリナイフである。
「――カーッ!ちょこまかと避けおってからに!」
「流石にそれに当たれば私もただでは済まないでしょうからね。でも、――当たらなければどうということもない」
銀閃が舞い、太い腕が空を舞う。
「ぬおッ」
「さよなら」
「――ロム爺ッ!」
よもや次は首が跳ぶのかと思われたその時、世界に愛される少女は飛び出した。
それは勇気か、蛮勇か。
「あら」
「む、来るな!フェルトッ!」
縦横無尽に家屋の中を駆け抜け、疾走する。
超人的な動き、加速、そしてそれらから繰り出される高速の刃が黒女へと向かう。
いかに身軽な女とは言え避けられないだろう。
「甘いわね。動きが直線的。それじゃ速いだけ、疾さが足りないわ」
まるで指導するように問題を指摘する。
女にはすべて見えていた。一体どれだけの戦闘を経験したのか。その動体視力は並ではなく、その戦闘センスは並外れている。
「うっせぇ!これでも食らえ!」
その身を精一杯に活用しての、全身全霊の一撃。
彼女の最速の一撃。避けられるはずがない。
「そう。じゃ、――さよならね」
彼女は速い。速すぎるほどに。
故に、彼女は止まれない。
半歩身体を反らした女が構えているだけの刃を、避けることが出来ない。
見ている事しかできないスバルにも、腕を無くし武器を失ったクロムウェルにも、それを止めることが出来ない。見ているしかない。それら一連の動作は瞬きの時間に行われているのだから。
明るく、元気で、こんな狭苦しい世界で必死に、強く生きている少女が――凄惨に切り刻まれるところを。
「フェルトッッ!!」
「フェルトー------ッ!」
両者の叫びがこだまする。
何者にも介入することはできない。
「――わたくしの妹に何をしておりますの」
それに介入できるものがいた。
◆◇◆
ちょっとだけアンケート。
会話量
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たくさん!
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適度に。
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少なめがいい…