墜ちたセカイのワルツ(仮名)   作:かしうり

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これの製作日数だって?半年くらい()




奏編 irredeemable

目が覚めると見知らぬ木目をした天井と自分の物ではないベッドが目に入る。

思わず飛び起きる。

自分の背中や腰をペタペタと触り、損傷がないかを確認する。

無傷だった。

 

自分はあの時確かに落下していたはずだ。

突然足元に穴が開いて落下する中意識が薄れていく朧気な記憶がある。

 

夢・・・だったのだろうか。

これも夢なのかもしれない。

 

ともかくここからでなければならない。

布団から出て立ち上がると頭に電撃が走るような感覚がして思わずうずくまる。

 

存在しないはずの記憶が流れ込む。

いや、単純に思い出しただけなのかもしれない。

どうやら自分は現在大学生らしい。

 

とはいっても今こうして記憶が流れ込む前の自分と決して気持ちも何も変わらない。

記憶の混濁というには少し気持ち悪い。

自分の体っぽい何かに無理やり押し込まれた感じがする。

 

記憶が正しければここは自分の家だ。

枕元に会ったスマホを手に取り電源を付けるとリマインダーの通知が出てくる。

 

「奏ちゃんの様子を見に行くべきだろうか・・・・?」

 

記憶の中を巡らずとも答えは簡単に出て来た。

隣に住む幼い頃から様子を見てきた引きこもりがちの通信制高校生の宵崎奏という女性がお父さんが倒れて以降音楽を作り続けて自分を顧みようとしないので時々暇なときに様子を見に来ている。らしい。

充分な何かを忘れているような、そうでもないような。そんな感覚に襲われる。

 

訳の分からない混濁した感触が気持ち悪く吐きそうになりながら隣へと向かう。

ピンポンと間の抜けた音だけはどこにおいても共通だなと感じながら相手が出ることを待つ。

 

「・・・はい。」

 

出た。息を整え、まるで癖のように用意された言葉たちが口から発される。

 

「やぁ奏ちゃん。生きてる?」

 

「・・・お兄さん?」

 

相手が不思議そうに答える。

元々伝えてなかったのだろうか。

 

考えてもいなさそうなことがするすると口から出る。

 

「そうだよ。また無理してないかなって様子を見に来たよ。後部屋の掃除。」

 

「・・・あぁ・・・ごめん。ありがとう。」

 

と彼女は言うとインターホンのマイクの電気を落とす。

 

 

しばらくすると玄関ドアが開いた。

 

「こんにちは、お兄さん。」

 

「元気そうで良かったよ奏ちゃん。」

 

そういうと彼女は不思議そうに首を傾げる。

 

「そんなに心配されるほどじゃないと思うんだけど・・・。」

 

「いや、お手伝いさん雇ってギリギリの生活するって中々凄い事だと思うよ・・・。」

 

「う・・・。」

 

彼女は家事全般ができない。その為、家事手伝いを雇い来てもらっている。

望月さんという方だが高校生であったことには驚いたが実に行儀がよくとてもいい人だ。

極稀に会ったりする。

 

「じゃ、お邪魔しても?」

 

「うん。どうぞ。」

 

「おじゃまします。」

 

家主に許可を得てから家に上がる。

 

部屋は荒れ放題という訳ではないがなんというか・・・紙が散乱している。

 

「何をどうしたらこうなるんだ・・・?」

 

そう言いながら適当に一枚拾い上げて中身を見ると通信教育の教材だった。

彼女なりに勉強の遅れもとらぬよう努力しているのだろう。

 

無言で拾い集める。

 

「ここら辺にあるプリントはどうするの?奏ちゃん。」

 

そう彼女に声を掛ける。彼女はPCに向かってひたすら何かを打ち込んでいた。

また新曲を作っているのだろう。

 

「ん・・・まとめて捨てておいてくれると嬉しい。」

 

「おーけーわかった。」

 

彼女は彼女の父のように作曲の才があった。

彼女曰く父の為にもこの才能で人々を救いたいと確固ある意思をした目で言っていた。

 

私はそれを近場で陰ながら応援している。

 

まぁそうでもなければこんなことは多分しない。

 

どうでもいいことを考えながらプリントを拾ってはごみ袋へと入れる。

 

「・・・なにこれ?」

 

一つ異様に黒い紙を見つけた。

規格上他の紙と変わらないため走り書きにでも使われたのだろうか。

 

周りを見渡し他に黒い紙があるか探す。

 

2枚ほど見つかった。

 

「どうしたの?」

 

急に後ろから声がした。

肩がビクッと震える。

 

後ろにいたのは奏ちゃんだった。

 

「あぁ・・うん。奏ちゃんか。なんでもないよ。」

 

持っているところを見られたらまずい気がしてとっさに持っているものを後ろに隠す。

バレているならそれはそれで構わないがこれが彼女の沽券にかかわる何かだとしたらそれはそれで後々面倒になるのではないかと感じたからだ。

 

「・・・そっか。ならいいけど。」

 

どうにも気にしない方向にしたらしい。

 

適当にプリント等を集めつつ一番上をその黒いページにして何が書いてあるのかを一応読もうとする。

 

・・・書かれ過ぎてなんてかいてあるか読めない。

 

模様の様な字のようなそれは何一つ理解できない。

本人に聞くにも捨てるものを読むのは失礼だし何より本人も嫌がるだろうと考える。

 

まぁ読めないなら読めないほうがいいかもしれないと思いつつそこら辺のプリントを集め一纏めに縛り、ゴミとする。

 

・・・とは思ったのだがどうにも気になる。一枚持って帰って後でなにが書いてあったのか見てやろう・・・ついでに内容によっては面白がってやろうだなんて気を迷いながら小さく折りたたんでポケットにねじ込む。

 

 

「・・・うし。大体こんなもんか。」

 

経つこと三時間。奏ちゃんがひたすら集中している横で炊事と掃除を行い、床が見えるようになって次お手伝いさんが来るまではある程度文化人らしい生活ができるような作り置きも完成した。

 

「・・・?」

 

声に反応したのか奏ちゃんがヘッドフォンを外しこちらを見ている。

 

「あ、ごめん。でももうだいたい終わったから帰るよ?」

 

「・・・!そっか。ありがとう。」

 

「気にしなくていいよ。いつも通り作り置きもしておいたから。じゃあ、また今度ね。」

 

「・・・うん。いつもありがとう。お兄さん。うん。また今度。」

 

そう伝えると荷物をまとめ、自分の家へ戻る。

 

奏ちゃんから拝借してきた黒くなるまで書きこまれた紙を取り出す。

虫眼鏡諸々等の役に立ちそうなものを揃えて、黒い紙との格闘を始めた。

 

格闘して20分ほどしたところだろうか。この文字の規則性がわかってきた。

 

「・・・少なくともこれは音楽関係ではないな・・・。」

 

書いてある文字はおそらく日本語と断定できる。これは少なくともドイツ語などの音楽関係の用語に関係するモノでは明らかにない。また、そうでなくても片仮名が出てこず規則的に並び続ける文字に音楽性を感じない。さらにはこれは通信高校のプリント等ともおそらく関係性がないことが伺える。

彼女が趣味で音楽関係のこと以外を考えるなど何かあったのだろうか。

漢字のところはつぶれて読めないが平仮名のようなものが周期的に陳列されている。

『〇〇〇いほど○○〇な○○〇を・・・』というところまでは解読が可能だったがそこから先は筆跡を読み取ることはできない。だが再度ループするように同じ文字列が並んでいることから同じものであるのは確かだろう。

 

・・・もう少し解読を続けようと思い、さらに集中を重ねる。

後半の平仮名の解読さえどうにかなればおそらくこの文の全様も明らかになるはずだ。

既に嫌な予感しかないけれどやり始めてしまった以上私の好奇心を留めることはできない。

時間はまだある。彼女もおそらくこれがこうしてここにあることは気が付かないだろう。

罪悪感はあるが私の手は黒字の海を進み続ける。

 

 

後半の文字を解読するにつれ、少しずつホラーチックな文章であることがわかってきた。

いや最初から同じ言葉がループされた紙がびっしり書いてあるだけでも十分怖いけれど。

先程の『〇〇〇いほど○○〇な○○〇を・・・』からさらに展開があり『○○に〇〇さない』と書いてある。ここでループとされ、次からはまた前半の文面が始まっているところからこの一つがびっしり書いてあることになる。・・・これに何の意味があるのだろうか。

『〇〇〇いほど○○〇な○〇を○○に〇さない』・・・漢字ががつぶれていて読めやしないがここまであの奏ちゃんが執着することとはなんなのだろうか。いや、執着を通り越して最早呪言である。誰か呪い殺そうとでもしたのだろうか?

だとするなら答えは簡単だ。『殺したいほど大嫌いな貴方を絶対に許さない』・・・などと簡単に思いつく。

そんなに彼女が嫌う人間などいただろうか。いやそもそも彼女にそこまでの交流を持つ人間などいただろうか?

彼女は基本的に人との交流を絶っている。いやまぁ接する必要がないだけで音楽の為に接する必要があると考えるなら接しているだろうけれど・・・そこで殺したい程憎いやつが現れるとは思えない。

そんなクローズドな環境下で殺したい程憎いと思える関係性の気づくことのできる人間などそう多くはないだろう。

 

「ひょっとして私か・・・?」

 

思い当たる節があった。彼女の関係の中で交流が深くなく、愛されているわけでもない人物の候補の筆頭として挙げられる存在を。

 

「そっかぁ・・・私・・・奏ちゃんに嫌われてんのかな・・・。」

 

などと長年面倒を見てきた記憶があったためかわりとショックだったのかそんなことを呟きながらベッドに寝転ぶ。

 

「・・・そうじゃ・・・ないといいなぁ。」

 

なんて思いながら、私は目を閉じ、眠り始めた。

 

 

 

部屋に入ってきた小さな影に気が付かぬまま。

 

 

 

体がいつもより重く、目が覚める。

息苦しい。まるで誰かが私の上にのっているような・・・いや乗っている。

 

おそらく人で長い髪で、小さく、猫のように丸まっている。窓から差し込む月明かりに照らされた銀髪は美しく輝いている、そんな人。

間違いなく隣の奏ちゃんまさしくその人なのだが、彼女が私の家に上がり込むこと自体なかった。・・・いや、あり得るはずもない。鍵は現在私が持っている一つだけだし、それ以外にもできるはずがないという言葉はより多くの理由から出続けている。

 

「・・・なんでここに。」

 

口から出たのがまさしくもっともな疑問である。

その声に反応するように丸まっていた奏ちゃんはもぞもぞと動き出す。起きているのか起きていないのかすら顔を見れないのでわからない。

 

「・・・お兄さん。起きたんだ。おはよう。」

 

とまるでいつもの調子のように奏ちゃんの声が聞こえる。

 

「・・・いやおはよう・・・?いま夜中じゃないの・・・?いや・・・そもそもなんでここに奏ちゃんがいるの・・・?」

 

逡巡する。彼女は貧弱だし、用事がなければ家を出る事なんてほぼしない。

 

では何しにここまで来たのだろうか。

・・・ふと先ほどの推理が浮かぶ。

・・・殺しに来た?いや、彼女がそんなことをする人間には思えない。

 

「・・・お兄さん。私の部屋にあった黒い紙。知らないかな。」

 

と話の流れをすべて無視して彼女は自分の質問を通す。

その目に感情は感じない。

 

「・・・い、いや・・・?そ、そんなもの見なかったと思うなぁ・・・?」

 

とぼける。いや、とぼけてしまった。

明らかに相手に優勢を持たせるようなバレバレの嘘をついてしまったと自覚するには十分だ。

 

「嘘、だよね。」

 

彼女の顔が月明かりに照らされて見える。

口は三日月のように笑みを浮かべているものの、その目は一切笑っていない。

 

何より彼女の目はまともではないことを表すように光が失われていた。

 

「っ!?か、奏ちゃん・・・?」

 

「どうかな。」

 

持っているよね、とでも続くような発言が

再度彼女は問い詰める。

一択しかない問答を私に詰め続ける。

 

「・・・あぁ。持ってるよ。」

 

そう返答すると彼女はこちらに顔を近づける。

彼女との顔が目と鼻の先にある。

 

「・・・読んだ?」

 

「・・・ある程度は。」

 

だんだん冷静になってきた。

これもおそらく一択だ。彼女の侵入経路がどのようなものかわからないが少なくとも机の上に解読したものをまとめてあるのでそれをきっと読んだだろう。

 

「うん。じゃあ、もうバレてるんだね。」

 

そういうと彼女は目を細めて少し笑う。

 

やはり、理解させた上で殺すのだろうか。

それともあの羅列には別の意味でもあるのだろうか。

 

「それで…奏ちゃんは私をどうするつもり?・・・殺す?」

 

「・・・ころ?いや、そんなことしないよ・・・?」

 

どうやら殺さないらしい。

ということはあの文には別の解釈の方法があるらしい。

 

「・・・うん。とりあえずお兄さんには私を好きになってもらう。」

 

「奏ちゃんのことは好きだよ?」

 

彼女は首を横に振る

 

「ううん。そうじゃない。もっと・・・」

 

とそこで彼女の言葉が止まる。

 

「もっと・・・?」

 

「うん。もっと。・・・でもそれを確実にするには・・・。」

 

そういうと彼女はいつも着ているパーカーに私の手を入れる。

見えない所で彼女の手と私の手が繋がる。

 

「お兄さん。」

 

彼女は改まったような真剣な顔でこちらを向く。

 

「な、なに?」

 

思わずこちらもたじたじになる。

 

「私の事、好き?」

 

「そう・・・だね。決して嫌いではないし、ほっとけないからね。好き・・・なんだと思うよ。」

 

好き、というにも色々あるがという言葉も多く使われ過ぎ陳腐なものに成り下がっているのかもしれないなんて現実を逃避するために考えてしまう。

ここらで明言しておけば彼女に対する『好き』は極めて友好的なモノで、家族的なモノで。

 

「そう・・・じゃあ、愛してる?」

 

きっと彼女を肉欲的感情で見ることはない。

家庭環境もさることながら、彼女の置かれる環境は複雑すぎる。

何より、社会の目というものを勘案するとどうしたってアウトである。

法律の壁、世間の壁、暮らし方の壁。例え私が彼女に恋をしていたとしても、していなかったとしても、これらの壁を簡単に超えて愛するということは私にはできそうにない。

 

長々しく講釈を垂れたが、結論として彼女のことは妹程度にしか見れない。

 

「・・・ごめん。それは言えない。」

 

結論から出された答えに従って彼女から目を逸らし、そう伝える。

 

「・・・なんで?」

 

だが、それを許してはくれないようだ。

だがきっとこの理由を言っても納得しないだろう。

例えそこまでに至る過程の説明も時間稼ぎにもなれない。

 

「・・・。」

 

・・・故に、答えない。

 

「・・・答えてよ。」

 

「・・・。」

 

永遠にこのやり取りが続くのだろうか。

だからといってどう、とか何も変わらない。

いっそのこと嫌いだと答えてみるのも手だろう。

彼女の為、並びに自分の為にはそれが最善の手段なのかもしれない。

しかし、とりわけご近所トラブルは避けたい。

奏ちゃんの父親との関係も良好だった分、なおのこと後が怖い。

そうなると流石にそれは最終手段にするべきなのだろう。

 

「・・・答えたくないの?」

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

二人で黙りこくる。

 

やがて、彼女は口を開いた。

 

「・・・・やっぱり嫌いなの?」

「そんなことはない。奏ちゃんのことが嫌いだなんてことは絶対にない。」

 

「でも、言えない?」

 

少し間を開けて彼女の目を見る。どうしたらこの状態を躱せるか。

話を逸らす、気を落ち着かせる。・・・最悪嫌な記憶を引き合いに出す。

・・・既に状況は悪いのだからだしてもいいのではないだろうか。

 

「・・・言葉は呪いだ。自ら発した言葉は自らの責任で処理され自らを縛る枷として、鎖として作用する。歌を作る奏ちゃんなら何よりもわかっているでしょう?」

 

「・・・愛してるっていうことで縛られ続けることが嫌・・・?」

 

あまり効果はなさそうだ。そんな嫌味で引けるほど彼女は冷静じゃないようで。

 

「そうじゃない。縛られることとか、そこら辺はまだ問題じゃない。私が嫌なのは愛だとかなんだとかよくわからないものを存在すると認めることを嫌うからだよ。」

 

愛とは何か、とは多くの哲学者や心理学者達が課題とし、研究対象としてきた感情である。

病の一種と唱える者もいれば、それは庇護欲や情欲などの欲求として完結させるものもいる。不明瞭で、人によって大きくそのあり方が変わる。

だからこそ、理解しがたい。

 

「・・・。」

 

「だから、それは言えない。そもそもそれを私に言わせたところで・・・」

「もういい。」

 

彼女は会話を打ち切った。

これ以上の会話は必要ない、とでも言うように。

 

彼女の重みが、熱が、私に伝わる。

浸食するように私の熱を侵し、絡み着くように熱が混ざり合う。

 

「・・・お兄さんが例え私の事を嫌いでも、憎くても構わない。」

 

「だから嫌いじゃないって」

「嫌いでも、嫌いじゃなくても。今の状況は変えられない。」

 

今の状況。こののしかかられている状況の事だろうか。

 

「そんなの・・・力でっ」

「できないよ。」

 

力でどうにかひっくりかえせる。そう言おうと口を開けば彼女に遮られる。

 

「私の事が好きなら。そんなこと、できない。」

 

「好きであっても必要とあらば人を害することだって必要な時がっ」

 

「できる・・・の?」

 

「っ・・・!」

 

できる、と言い切ることはできなかった。

言葉が続かない。

 

「・・・。」

 

彼女は少しだけ不安そうにこちらを見下ろす。

暗くてわかりにくいが、少なくともその表情は演技なんかには見えない。

 

「例え出来たとしてもできない、よね。」

 

そういうと彼女の口は三日月のように歪む。

その姿になにか、見覚えのあるような歪な恐怖を感じる。

重要だが思い出してはならないことを思い出してしまったような。

 

「奏ちゃん・・・?なんで・・・笑って・・・。」

 

「・・・ただ・・・嬉しい。貴方がここにいてくれて、私を本当に拒んでないこと。」

 

彼女の笑みは深まる。

普段の猫のように照れ臭く笑う彼女ではなく、愚か者を見つけたチェシャ猫のように。

その笑みは背筋を凍らせ、何よりも私を縛り付けた。

 

「だからってこんなやり方は横暴すぎる!確かに私は奏ちゃんを拒めないけど・・・!でも他にやりようがあっただろう!?」

 

声と感情を荒げる。彼女に対する抵抗を心理的に行えないならばそれすらもなくなるくらいどうしようもない状況にしてしまえばいい。

が、彼女はあくまで冷静に、聖母のような笑みに薄めると口を開く。

 

「・・・そうかもしれない。でも少なくとも今はこれが最善だって信じてる。貴方を誰かに取られてしまうよりは・・・」

 

「それは視野狭窄に陥っているだけだ!少なくとも私は勝手に君の前から消えたりなんてしない・・・!」

 

消えるという言葉を引用したあたりだろうか。

彼女の表情が大きく急変した。

それは真剣で、気圧されるような圧迫感があって。怒るとはまた違うなにかを感じた。

 

「消えるだなんて絶対に言わないでほしい。そんなこと、絶対に許さない。離さない。」

 

彼女はそう言うなり片手を首に添えてくる。

首を絞めるような、片手で獲物を捕まえてもう片手で仕留めるような。そんな動作。

 

迷わず彼女の腕を防御本能で掴もうとする、が体はいうことを聞かない。

 

「か、奏ちゃん・・・?な、なにを・・・。」

 

「これが視野狭窄でも、最悪の選択肢だって構わない。でも、この想いをお兄さんに・・・あなたに伝えるのはここしかないと思ったから。」

 

彼女は言葉を続けながらもう片方の腕から何かを取りだす。

 

「愛してる。」

 

そう言われたと認識した時には既に首に激痛が走っていた。

 

目が覚める。

少しぽやついた記憶と共に視界に光が取り戻される。

 

「・・・重症かもな。」

 

昨日の事は夢だった。まさかあんな夢を見るなんて。

いやいや、まさか。いくら疲れていたってあんな夢を見ることはないだろう。

 

そんなことを思いながら一番最初に目に入ったのは私の上で猫のように丸まって眠る奏ちゃんだった。

そうして昨日の夜を思い出す。

あれは現実。そうであることを何よりも思い出させた。

 

思わず首を触る。何の抵抗もなく自らの首を触ることはできた。

だが確かにあの時首に激痛が走って気絶したのは確かだ。

 

「何が起きてるんだ・・・」

 

この寝ている間に何をされたかわからない。

思わずスマホを手に取り内カメラを起動する。

 

 

首には小さな手形が付いていた。

 

「なっ・・・。」

 

思わず絶句する。

この手形はなんだとか、どうしてこんなことにとにとか誰がやったんだとか。

そんなことよりも先に

 

「・・・ここから出る。」

 

そう口にした。

 

「逃げるの?」

 

私の上にいる彼女がそれを許さなかった。

 

「勝手にいなくならないって言ったのに。」

 

朝のはずなのに周囲が暗くなる。

 

「こんなにも大好きなのに。」

 

少しずつ自分がベッドに、いや床に沈んでいくような感覚に陥る。

 

周りを見渡すとその感覚は正しいようで。

自分の周囲だけ泥沼のように物理法則も何もかもを無視して沈んでいく。

 

彼女はその様子に喜色満面の笑みを浮かべる。

さながらいたずらの成功した子猫のように。

 

「・・・なんだこれ・・・。どうなってんだ・・・。」

 

「このセカイは、私がお兄さんを想う思いだけで出来てる。」

 

「何を言って・・・」

 

「だから、私の思いがあなたを離したくないと思えば思う程、彼女たちは協力する。抵抗も意味をなさない。」

 

体の約半分が沈んだ。

 

なおも体は沈み続ける。

 

「私は皆を私の作った曲で救いたい。」

 

「だから・・・なんだ。今奏ちゃんがしている行為は人を陥れる行為だろう・・・。」

 

「ううん。これはまだ教えること。どれだけ私がお兄さんを愛しているか。それを今からこの中で教えてあげる。」

 

そういうと彼女は私を抱きしめる。

 

泥へ沈みゆくスピードが加速する。

 

全てが泥に染まっていく。

もがくことすらきっと無意味。

 

「救いがたいほど大好きな貴方を絶対に離さない。」

 

そう、聞こえた気がして、 意識は泥に沈んだ。

 




このままじゃ訳わかんないので一応裏話を用意してあります(完成してるとはだれも言ってない)
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