理由付けというか。そんな感じ。
時は少し遡る。
彼の意識が捻じ込まれて浮上する少し前。
空室となった真っ暗な部屋の中、パソコンのブルーライトの光が部屋を照らす。
そこには華奢な体の少女が一人自分のものではないはずのパソコンを扱う姿があった。
思えばお兄さんと私がこれほど仲良くなったのも不思議な事だった。
彼は昔から自然と私の傍にいた。
母が死んだときも、父が倒れた時も彼は何も言わなかった。
ただそこにいて、受け入れていた。
泣いても、何を言っても彼は私のことを黙って受け入れ続けた。
私が曲を作り出してからはそれをサポートしてくれるようになった。
彼が何をしたいのかもどうしてこんなに付き添ってくれるかもわからない。
が、すくなくともこの年季の入った関係はは私にとって決して小さくない想いを抱えている事だけは確かだ。
少なくとも彼の部屋に無断で侵入してパソコンを盗み見ようとしてしまうくらいにはどうにかなっている。
そんな他愛ない事を考えつつセットアップが完了された画面を確認する。
パスワードを要求された。
「・・・。」
パスワードを入力する。
すんなりとロックは解除され、デスクトップ画面が開く。
自分の名前と誕生日に設定しておくなんてパスワードを規定する意味がまるでない。
初めて開いたが日記と名を冠するファイルがデスクトップで最も目についた。
「・・・。」
迷わず開く。
ファイルは簡単に開き、今日までの日付の書いたメモ帳がそれぞれあった。
「・・・日記?」
少しだけ嫌な予感がチラつく。時間はないが中身を読む。
日々何があったか、今日の朝ご飯から夕飯、何を学んだかまで記録されている。
彼が私の家に来た際には何をし、次は何をする予定かが書きこんであった。
すかさずあらかじめ持っていたUSBを差し込んで全てコピーし、物音を立てないように彼の部屋から出て、自分の部屋へと戻る。
椅子に座り、先ほどデータを入れたUSBを差し込む。
どうやら一週間前までの記録を残してあるようで一週間経ったファイルは自分で消しているらしい。
幸い曲作りはひと段落ついている。
他のメンバーもナイトコードには入らずにいる以上入る必要性もない。
特に連絡もなさそうだ。
試しに1週間前の記録を読み込む。
X月X-7日。
朝飯:食パン、コーンスープ。
昼飯:カップラーメン
夕飯;かつ丼
曇り。
今日とて文学史、文学の表現技法を学ぶ。特筆すべきことはない。
が、今日の文学を学ぶの提出課題は些か重い気もする。
帰宅時に望月さんと会った。
世間話を少しした。
今日はこれから奏ちゃんの家に行くらしい。
ありがたい事だ。とてもやさしい人だなと接するたびに感じる。
何か気の利いたものをお節介ながらお礼すべきだろうか。
明後日あたりに一度奏ちゃんの様子を見に行っておこう。
そういえば確かに先週望月さんが来る途中にお兄さんにあったと言っていた。
彼の中の望月さんの評価はかなり高めのようだ。
・・・嫉妬心が私の中で少し燻ぶった。
無視するためにも続きを読もう。
X月X-6日。
朝食:白飯、鮭
昼飯:そうめん
夕飯:鯵の塩焼き
晴れ。
英語と法学。教授の身の上話にも民事的な通じるものはあるというがあれではもはやヤクザのそれではないだろうか。見てくれもそれっぽく見えてきてしまうのも考えモノである。
そういえば大学の後輩に一緒にフェニランに行かないかと誘われた。
如何したものか。
とりあえず来週までに結論を出しておくと返答した。
「え・・・。」
そんなことは彼は一つも言ってこなかった。彼がいつだって私の事だけ考えているのかと言うまで傲慢であるというつもりはない。だが、彼を想う人がほかにいるなんて考えもしなかった。
これで彼がが取られてしまうのは嫌だ。許せない。手放したくない。
「・・・遠くに・・・行かないでほしい。」
X月X-5日。
朝食:サンドイッチ
昼飯:そば
夕飯:カレー
曇り
一般的教養のようなものを学んだ。こういう話は自らの世界観が広がる感覚がするから嫌いではない。
今日はカレーを多めに作って奏ちゃんの家に届けてきた。ついでに掃除もした。
相変わらずプリントと五線譜の山とでもいいかなんというか。勉強熱心で頭が上がらない。
彼女の為に何かできればとも考えた。
それとは別に彼女の部屋から気になって黒く塗りつぶされたプリントを持ち帰ってしまった。知的好奇心には勝てない。
これが猫を殺すような結果にならなければいいと感じるのは杞憂だろうか。
彼が黒いプリントを持って帰ったのは知っていたし、それを彼がその性格上解読するだろうなというのはわかっていた。
だからあえてわかりやすい気になるところに置いておいた。彼が私の思いを知ってしまうのは少し恥ずかしかったが、それはそれで意識させる形になったのならうれしかった。
想いに賛同してくれると嬉しい。
X月X-4日。
朝食:カレー
昼飯:カレーうどん
夕飯:なすの煮びたし
休日。休みは人類3連休は欲しいと思う。
昨日のプリントの解読を行い始めた。
このプリントはいくつかの文字の周期により成り立っている。
それを幾重にも重ね作り上げられている。自然な暗号文とでも言えるだろうか。いや元々は人工物だが。ともかくこの文字周期を読み解くことでより彼女の思考とこれを作った真意に近づけるものと考える。
X月X-3日。
朝食:食パン
昼飯:カップ麺
夕飯:田楽
なるべく早く返信が欲しいと後輩から連絡が来た。
特に来週のここらへんなら特に日にちは空いてるからかまわないと返信した。
他のメンツは時間が取れないらしくどうやら参加者は二人だけらしい。
それもそれでいいかとは思う。
暗号の解読だが芳しくない。
平仮名を読み取ることはなんとなくできそうだがそれ以上を認識しにくい。
あと1日か2日かあれば十分そうだ。
もしくはサンプルがもう少しあればいいのだが・・・。
またこの女か。日記の内容から見ても確実に狙っている。
「・・・渡さない・・・。」
X月X-2日。
朝食:白飯、鮭
昼飯:
夕飯:寿司
掃除と偽り彼女の家に入った。
普通に掃除は行ったが黒いプリントは回収した。
別に大した内容ではないのかもしれない。それならそれでいい。
彼女の理解の一つに繋がればいいくらいの勢いで解読しているのだから。
X月X-1日。
朝食:カップめん
昼飯:なし
夕飯:なし
解読が完了した。
想像以上のものだった。
文字周期はただのダミーだった。
あれはそういうものとしてあくまで認識させるための囮でしかない。
本質はそれとは別の文字羅列にあった。
何をもって彼女がそのような想いからこの計画に至るのかは理解できないが・・・。
しかしこの解読行為もおそらくバレている。
追加で拝借したページにはすで私がとったことをわかっているような表現が散見した。
「想いがバレているなら隠す必要はないのかな」とか・・・・
そもそも私自身彼女の想いに答えられるという保証はない。
あくまで彼女は隣の家の他人であり、なんというか見ててこちらが助けてあげたくなる・・・庇護欲を感じさせる。その程度の想いしか持たない奴が彼女を幸せにできる確実性なんてどこにもない。
彼女は彼女の曲で多くの人を救う。少なからず私も彼女の曲を通じて少し元気を分けてもらえる時は多い。
だからこそ私が彼女の足を引っ張るわけにはいかないのだ。
もしかしたら少しだけ彼女から距離を離すべきなのかもしれない。
お互いが落ち着いたころに話し合うべきだ。
望月さんにも連絡をいれておくべきだろうか。
いやそんな必要はないだろうが・・・。
少なくとも奏ちゃんには何か言うべきかもしれない。
それすらも判断しにくい。
一歩間違えたら
寝落ちていたようだ 今日は寝よう。
「・・・そっ・・・か・・・。」
彼は全てを説くことに成功した。
そして彼を私だけの御兄さんにする計画についても想いについても答えてくれそうにない。
そしてこのまま距離を置いてしまえば彼はきっとあの後輩に取られてしまうのだろう。
それだけは許さない。絶対に渡さない。
「足を引っ張るなんてそんなわけない・・・。支えて貰わないと私は生きていけないのに・・・!」
逃がさない。離さない。
ここまで受け入れてサポートしてくれて、例え私が女性云々の前に人間としてダメだとしても彼を手放したくないという想いは誰かを救いたいと思う感情と同じくらい誰にも負けてない。
「絶対に逃がさないから・・・。」
X月X日
こうして彼女は凶行に至った。