穢れきったこの星を 作:月見月 月魅
001
神は人類を救う存在である。
私は母から、ずっとそう教わってきた。
神は人類を裁く存在である。
父からは、そう教えられてきた。
もし私に子ができたなら、こう教えよう。
神は人類を殺す存在である。
約二十年前から今日まで、人類は絶滅への一途を辿っている。吸血鬼になった病人が人を吸い付くし――ゾンビになった病人が人を食い尽くし――野獣になった病人が人を襲う。
世界各地に楽園が設置されたおかげで出生率こそ底上げされたものの、それはつまり病人の発生率も底上げされたも同然で、まともな教育機関も食料も何もない現代じゃ、絶滅せずとも衰退が止まらない。
そこで生み出された打開策――人類を救うメアリー・スー――悲劇を美談に塗り替えるデウス・エクス・マキナ――人知を越えた超生物――神の模造品の製造。
「その第一号があなたよ――
「ダイイチゴー? ギャハハハハッ!! 失敗作の間違いじゃねーか? それとも打開策か、試作か」
「ただの妥協じゃないですかね。技術を残すために人格を消せないだなんて、欠陥極まりない」
神を作るための
ありとあらゆる学と術を持って作り出された肉体を動かすために、死刑宣告を待つだけだった殺人鬼の脳髄を移植した。失敗のリスクが高い上に、並の人間じゃ機械の体に精神が持たないが故の人選らしい。……それでも完成から一日と経たずに笑っていられるのは異常に尽きるのだが。
「全く、傑作だぜ。今なら全人類だって相手できそうだ」
「やめなさい。その体は全人類を救うために作られたんです。釈放だって私の監視下という条件の下なのだから、二度と人を殺せないと思いなさい」
殺人鬼はその硬い口で、自然に笑って言う。
「殺すさ。だって俺はデウス・エクス・マキナなんだろう?」
「……精々、舞台装置として生まれ変わったその体で、この世界をどんでん返してくださいな」
「ギャハハ、言ってろ」
この殺人鬼は、今の世界を知らない。
二十年前に赤子が全人類を呪ったあの日よりも更に一年前、この男は匿名の民間人に討伐され直接刑務所に叩き込まれている。……殺人鬼の頂点の一角を叩きのめした民間人って何者なのでしょう。
「さて、あまり長居しても悪いでしょう。何処か行きたい場所はありますか?」
この男の罪は到底許されるものではありませんが、それはそれとして過去や現状には同情の余地もある。長い旅路になるでしょうし、多少は好きにさせてもバチは当たらないでしょう。
「マクドナルド」
「ありませんよ」
「マジで!?」
「十年前に全店壊滅しました」
というか、出所してまず行きたい場所がマクドナルドって。刑務所や病院の食事が不味いとは聞いたことありますが、今や美味しい食事なんてメイド喫茶以外にはないのに。
「じゃあびっくりドンキーは?」
「ありません」
「うっそだろ!? ガストは! 日高屋は!?」
「ありません」
「はあああ!? 美味い飯の無い日本なんて無価値同然じゃねーか!! テメェら何食ってんだ!?」
「避難民は携帯完全栄養食と水が支給されてますよ」
全人類の総数が億を下回った今、人の手を離れた機械農業による作物で賄えている。均一化された質は加工性に優れており、加工食品として手広く、手厚く出回っている。
「聞くからに不味そうだな……。テメェは何食ってんだ?」
「人間の血です。吸血鬼ですので」
「……ハァン。
――病み上がり。
病人となり異形と化した人間が、何らかの方法で人間の姿と理性を取り戻した存在。私の場合は、理性の無い私が吸血することで吸血鬼になった人達から更に血を吸いきった結果、何の因果か理性を取り戻し、吸血鬼のままとはいえ元の姿に戻れた――むしろ戻り過ぎた。当時二十一歳、もうすぐ四十だっていうのに、私の見た目は十代後半くらい。
「今やあなたも大差ないでしょうに」
「そうか? ――そうだ。行きたい場所が、つーか会いたい奴がいるんだが、いいか?」
「ええ、構いませんよ。私達はこれから日本一周する予定ですから、多少の寄り道はいいでしょう」
殺人鬼は何やら愉快そうに笑みを浮かべて私を見る。
「……テメェ、吸血鬼、さては口調が真面目なだけで堅物じゃねえな?」
「野蛮な口調の割に存外真っ当そうなあなたに言われたくありませんよ、殺人鬼」
「ギャハハ――さてはいい奴だな?」
「奇遇ですね。映画の殺人鬼みたいな狂人じゃなくて安心しました」
むしろ、不安か。犯行を事前情報としてしか知らない私には、この男がただ気の良い野蛮な男にしか見えない。
吸血鬼の時間にして殺人鬼の時間である深夜、私達は研究所を後にした。
当分の私達に課せられた任務は、日本各地を巡り、病人によって壊滅した町の奪還すること――まあ要するに、少数精鋭での絶滅ツアーというわけだ。
絶対的な戦闘能力を誇る殺人鬼の制御兼監視役として、再生能力や身体能力に優れる上に、夜型の生活リズムまでしっかり一致している私が選抜された。
「……なあ、二十何年も経てば車ももうちっとマシになると思ってたんだがよ、いつから人類は発展をやめたんだ?」
「二十年前からですよ」
「むしろ衰退してんじゃねえか! 未だガソリン車なのはまあ良いとして、カーナビが無えってのはどういう了見だ!? 自動運転は! AR標識は!」
「人工衛星の維持が出来なくなったそうですよ。おかげでGPSは使い物にならなくなったし、通信関係も随分衰退しました」
そういえば最近、月に大型基地を作ることで過去の人工衛星の代わりにする計画が進んでるなんて話を聞きましたね。
「……マジかよ。ちゃんと着くのか?」
「たかが二十年で地形は変わりませんよ。紙の地図ならもらってきてます」
むしろ、この車すら支給品だけれど。後部座席に積んだ血液保管用の小型冷蔵庫も、中の血液やら完全栄養食やらも、二人分の着替えも、全て支給品。
「まずはこの先、約百キロ先にある、ゾンビに支配されている町跡を奪還します」
「ゾンビねぇ……。いつから日本はバイオハザードになったんだ?」
「日本どころか世界中がそんな感じですよ」
「俺に言えたことじゃねえが、世も末だな」
殺人鬼の行きたい場所というのは、支給された地図には載っていない小さな神社だという。目的はそこに住んでいるらしい女性。
ひとまずはそこまでの道中にいくつかの町跡を経由しつつそこに向かう事になる。
道路交通法なんて事実上廃止されたこの時代でも、こんな時代だからこそ、安全運転には気を使わねばならない。この有り余った時間を有効活用するために、聞きそびれていたことを殺人鬼に訊く。
「聞いておきたいのですが、あなたが会いたいという女性とはどのような関係で?」
「元カノ」
硬い表情(物理)で殺人鬼は言うが、まだ短い付き合いでもわかる。
「嘘ですね」
「お前、本当は妖怪覚の病み上がりじゃねーの?」
「吸血鬼には動物とも対話ができるほどの観察能力があるそうです――じゃなくて。一応仕事なので、ちゃんと答えてください」
ある程度の自由が許可されているとはいえ、監視は必須。事情はできるだけ把握しておきたい。
「ちゃんと答えろっつーならちゃんと答えるが、まあなんだ――俺の同類ってとこか?」
「殺人鬼なんですか?」
「そっちじゃねえよ――いや、それもそうだけど、そうじゃなくてだな――俺って
「正確には移植したのは脳髄ですけど、そうですね」
「そいつは逆なんだよ」
「……はい?」
逆って――神の肉体に人の精神の逆って、……え?
「人の身でありながら天照大神の写し鏡っつー不安定な存在だったんだが、自分に卑弥呼と名付けることで存在を固定した、人の身を持った神――俺が人工の神ならあいつは天然の神ってことになるな」
「……そんな人が、本当にいるんですか?」
「別名、刺殺専門の殺人鬼。だからそういう意味でも同類っちゃあ同類だな」
……世間は狭いとか、そういうレベルの話じゃ無いですね……。
事前に伝えられていた情報の一つには、専門殺人鬼に関することがありました。
かつて存在していたという裏社会の闇部分――殺人鬼の世界の頂点に君臨していた六人の殺人鬼。この男、轢殺専門の殺人鬼はその一角であったという。
「よく連んでたんだが、久しく会ってないしな。会う気もなかったが、いざ外に出てみれば知ってる顔の一つも見たくなるだろ?」
「だろって――まだ存命かもわかりませんよ」
「死んでるならそっちの方がいいだろ? 殺人鬼なんだからよ」
殺人鬼は自分のことを棚に上げて、嘲笑うような笑みを浮かべて言った。
吸血鬼――
三十八歳。女。元病人。吸血鬼の病み上がり。
病み上がり時点でも不死性と身体能力に優れていたが、デウス・エクス・マキナの製造計画が始まると同時に、対殺人鬼の戦闘訓練を受けさせられた。対少数であれば病人を相手に圧倒することも可能。
殺人鬼――
三十九歳。男。轢殺専門の殺人鬼。機械仕掛けの神。
世界が呪われるよりも前に刑務所にいたため、病人や病み上がりについて話でしか知らない。
作られた肉体の外見は全盛期時をモデルにされていて、十代半ばから後半あたり。全身の関節が球体関節で、耐久性と速度に優れている。
病人
原因不明の病。進化と呼ぶ学者もいる。飢えた人間の欲求が原因で発症すると言われている。異形と化した病人に理性はなく、人も町も破壊し、喰らい、終わらせる。
赤子
医師であった父親にありとあらゆる病原を植え付けられた、生ける蠱毒。死したコトリバコ。死後に世界を、人類を呪い、病人を発生させた。