今のエルデの女王、彼女について聞きたいのかい? 私としては彼女についてはあまり話したくないのだが。しかし、こんな辺鄙な場所まで彼女について知りたくてきたんだろう? ならば、語ってやらねばいけないというもの。それでは語ろうか、律の時代を作り上げた彼女のことを。
一つの時代が終わり、黄金の樹から落ちる葉が新たな時代を高らかに宣言したのだ。
それこそが律の時代。黄金の律でありながら、神の支配を拒んだ世界。
それを成し遂げたのは、英雄でもなく、デミゴットでもない。祝福を与えられし、ただの褪せ人。
今も黄金の玉座に囚われる心なき哀れな女王。
狭間の地を守るためすべてを失った愚かな者。
この地を守る最後の防衛機構と言ってもいいかもしれないな。
彼女の顔を知るものも今や指で数えられる程度だろう。
私にとっての彼女について教えてほしい?
そうだな、私の救うべき人であり、私の運命であり、そして、・・・これは野暮だな。
そう言って語り部は薬指にはめられた指輪を撫でる。
まぁ、何にせよ、若い君に唯一つ伝えることがあるとするならば
君たちの、この地に生きるすべての者の自由は彼女によって守られている。それだけだ。
『神に世界が荒らされている』
『貴公の力が必要だ。神から人を守る守り人よ』
『神に翻弄されし、人を救え』
そうだ、救わねばならない。救えなければ、守れなければ。私の存在価値はない。守ろう、正しき律を。
声に導かれ、私は進む。
『神に心などというものがあるから厄災が起こるのだ』
51階層、遠征中であったロキ・ファミリアであったが、突如として出現した芋虫のような形をしたモンスター達によって緊急事態に陥っていた。
その芋虫型のモンスターの吐く液体が腐食液であり使用していた武器が溶かされてしまうこと。そのイレギュラーによって混乱に陥り、団長であるフィン・ディムナの指示により撤退を行っていた。
離れていた他の幹部連中とも合流し一行が走り続けている最中にさらなるイレギュラーが起こる。ここにいるはずのない、ここにいてはいけない存在が現れたのだ。
「冒険者!? どうなってるわけ? ここ51階層のハズでしょ。そんなところにソロで潜ってる冒険者がいるなんてありえないでしょ!」
「頂点くらいしかそんな事はできないだろうけれど、彼とはまず性別から違うしね。」
「フィン、そんな事を言っている場合ではないぞ。どうするのだ? 連れて逃げるか?」
時間がない。彼女のもとまでは高レベル冒険者の足ではすぐだ。彼女も連れて行くことを瞬時に決め、団員に指示を出し、目の前に佇む彼女に声をかける。
「君、説明してる暇はないが後ろから迫るモンスターの危険度が高すぎる。戦うことは難しいから君も一緒に逃げるんだ。」
その言葉を聞き彼女は口を開く。
「貴公らにとってこれは危機か?」
疑問が頭を埋め尽くす。彼女は行ったとおりに僕達についてきてくれている。誰かが担いで逃げなければいけない可能性もあったのでほっと安堵していたところにいきなりさっきの発言だ。逃げなければいけない状況なんだ。危機なのは見ればすぐわかることだろう。芋虫のような形だから油断しているのだろうか?
勘違いされて戦われても困る。そう思い、フィンは彼女にあのモンスターの危険性を話す。
「あのモンスターの吐く液体が僕達の武器を溶かすんだ。一体だけならなんとかなるかもしれないけれどあの数だ。倒し切る前に武器が使えなくなる可能性のほうが高い。だから、戦おうにも戦えないんだよ。」
「ということは貴公らにとって危機なんだな?」
「そうだね。完全に緊急事態だ。」
そう告げた瞬間彼女が反転しあのモンスターたちを迎え撃とうとしはじめる。彼女は何を聞いていたんだ? 危険性がわかってない? だが、あの身体能力ならそれ相応の知識もあるはず。
「あんた、団長の話聞いてなかったの!? 早く逃げなさい!」
ティオネが声をかけるが一向に逃げる気配がない。ふと見れば彼女の手には杖が握られていた。
魔法使いか。魔法でなら行けると勘違いしたのか? あながち間違いではないかもしれないが、魔法にだって詠唱時間がいる。普通に考えて詠唱の最中にモンスターの群れに飲み込まれるだろう。
そう、そのはずだった。彼女が杖を一振りする。すると、杖が水色に光り、エメラルドに輝く鋭い結晶が何発も発射される。
ダンジョンの壁に傷をつけながら結晶はモンスターを一掃する。そして、数十秒後にはモンスターの死体の山が作られていた。
「あの魔法は一体? あんな高速詠唱であれ程の火力を出せるのか?」
フィンたちが唖然としている中、彼女はコツコツと音を鳴らしながらフィンたちの方に向かってくる。
「危機は去ったか? それともまだなにかあるのか?」
「・・・いや、ありがとう。助かったよ。もう大丈夫なはずだ。」
まとまりきらない思考を整理しながら、ひとまずお礼を言う。これから、彼女が何者なのかなどを聞こうと思っているとその言葉に満足したのか彼女は一人で進んでいってしまう。
「おい、女。ちょっと待て。てめぇ、なにもんだ?」
その言葉に彼女は止まり、少し考えたあとこう答えた。
「黄金律、もしくは褪せ人だ」
団員を見てみたが何を言ってるかわかっているものはいないようだ。首を傾げる様子が彼女にも伝わったのだろう。ごまかすならもっとうまい嘘があるはずだ。わけのわからないことを言って疑念をもたせる必要がない。それにあれほどの魔法を使うのならばオラリオで名が知られていないのはおかしい。
だが、彼女について一切の噂すら聞いたことがない。助けてもらった恩人に変わりわないが警戒度がゆっくりと上がっていく。
「できればどこのファミリアに所属しているのか、お礼もしたいから教えてほしいんだけれど教えてもらうことはできないかな?」
「所属か。どこにも所属ということはしていない。私自身が一であり全だ。」
ファミリアに所属していない? そんなわけ無いだろう。あんな魔法を使い、自分たちの速度にも涼しい顔で着いてきた彼女がどのファミリアにも属していない。そんな事がありえるはずないだろう。
「そうなんだね、名前を聞けばもしかしたらわかるかもしれない。君の名前を教えてもらえないかい?」
「名前というものは存在しない。が、そうだな。昔、レナと名乗ればいいと言われたことがある。」
直後、ついさっきまでさんざん聞いた、大きいものが這いずる音が聞こえはじめ段々と大きくなっていく。
「私が殲滅すればいいか?」
「すまない、向こうには僕達の仲間がいるんだ。助けてもらえると助かる。全員、野営地まで急いで戻るぞ。」
彼女は一人駆け出していた。彼女は一体何者なんだ。そんな思いを持ちながらも今優先するのは仲間たちの救助が優先だ。ぐるぐると回り続ける思考を片隅に置き彼女、いや、レナを追いかけてフィンもまた走り出した。
フィンたちが50階層についたときにはすべてのモンスターが死骸と成り果てていた。結晶に突き刺され物言わぬ姿に成り果てたモンスターの数は、一人がこの短時間で殲滅できる量を圧倒的に超えていた。
「彼女、レナと名乗った彼女は一体何者なんだ。こんな魔法見たことないぞ。それに、短い詠唱ではなく無詠唱でありながらこの威力。今までの魔法の常識を完全に置いていっている。」
詠唱が長いほど威力が大きい。これは当たり前のことであり誰もが知る常識だ。そもそもこれを魔法と言っていいのかすら怪しくなってきた。魔法とは全く別物のようにも見える。長年魔法を使い研究してきたものとしての顔がだんだんと出てくる。彼女にこれはどのようなものなのかを聞きたい。そんな知識欲が大きくなってきたが時と場合を考えなければと自制する。
そして、件の彼女はといえば、フィンと相対していた。
今わかっていることはここが狭間の地ではないということ。そして、絶対に守らなければいけないあれは手元にあるということ。そして、彼らから上位者とは違うがそれと似たような匂いを感じるということ。
神に狂わされているなら助け出さねばならない。神の尖兵となり得るなら、そのときは・・・
敵は少なければ少ないほどいい。
それにしても、素早く狭間の地に戻らなければならない。茨によって私以外はあの中には入れないはずだが何が起こるかわからない。何が起こってもいいように狭間の地の中にだけはいておきたい。
絶対に黄金律が揺るがされることはあってはいけない。・・・それだけは、絶対に
「・・・ほんとにファミリアに所属していないのかい? すまないが、流石にそんなに強くてそれはないと思うんだ。神々の恩恵がないとそこまではいけないだろう。」
「そうは言われても、そのファミリアというもの自体を知らないのだ。それに、主神といったか? それに仕えさせられるというものがファミリアというものなのか?」
「仕えさせられるというのには語弊があるね。自分たちで集まって結成した、仲間とか家族みたいなものかな。」
「そうか、貴公らは貴公らの神をどう思っている?」
「ん? 僕達の主神についてかい? そうだな、うざったいし、セクハラ紛いのこともしてくるし、酒に金を使いすぎるし、文句を言いたいことはたくさんあるけど、それでも、大切で、僕達にとって必要な存在なのは間違いないと思う。という感じなんだけれど、これで回答としてはいいのかな。」
「ああ、よく理解した。・・・実体のある神。そのような存在がいるとは私も知らなかった。情報の提供に感謝しよう。そして、ここでもうすることはなくなった。上に登れば地上なのだろう。それでは、私はもう行かせてもらう。」
そう言うと彼女はキャンプを出ようと歩を進める。彼女について知れたのは遠い異国の地、神が全くいない国から来た可能性が高いこと。もしくは・・・すべてが嘘であるということ。ここで彼女を逃してはいけない。待ってくれと声をかけよう、そう決めた瞬間に大きな音が階層に響いた。
そこに現れたのは大型の女性の形をしたモンスター。下半身はあの芋虫のような形をしていたが。そちらに意識を取られた瞬間に彼女は消えてしまっていた。
一体どこに? こんな一瞬で。だが、そんな思考は一瞬で消し飛んだ。ありえないことが目の前で起きていた。
いくつもの星が降り注いでいたのだ。
これは比喩ではない。確かに星があのモンスターに向けて降り注いでいた。きっと彼女がこれを行ったのだろう。証拠はない、しかし、半ば確信のようなものをフィンは抱いていた。
本当に彼女は一体何者なんだ。
『貴公は星を選ぶべきだった。』
『貴公は最後に心に従ったことにより、心のないものになってしまった。』
『なあ、貴公。彼女はやはり分かっていたぞ。馬鹿なことをしたものだと呆れていたな。』
『彼女にとって最も必要なものは人治の世などではなく貴公だったというのに。』
『愚かなことをしたな。褪せ人よ。心無き王よ。』
『だが、もしこの旅路に希望があるとするならば・・・ それを願わんばかりだ。』