ケロイド   作:石花漱一

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三十五、幽霊①

三十五、幽霊

 

 それから、二人はいつものように適当な事を適当に話して、時には黙して、電話を終えて、眠りに就いて、次の日になった。

 次の日も、いつものようにタキオンが田上に電話をかけ、田上がそれに起こされて、二人で食事をとった。そこで、田上は食堂の修さんと節子さんにもう少しで引っ越しをすると伝えた。理由もタキオンとの二人の時間を取りやすくするためと、しっかりと伝えた。

 二人共、田上が引っ越すのを残念そうにしていた。特に節子さんの方は頻りに「寂しくなるわねぇ」と言っていたから、田上が「食堂は寮の人じゃなくても使えるんですかね?」と聞いた。すると、節子さんはタキオンの方を見ながら「タキオンちゃんも一応、この寮の人間じゃないだし、いいんじゃない?トレーナーなら大歓迎よ」と言った。

 それから、田上たちには、孫がもうすぐ結婚するような気分で嬉しいとも言った。田上も、その言葉に多少微笑みながら、「ありがとうございます」と言った。タキオンは、唐突に田上と手を繋いで、目の前の二人に見えるように上げると、「お孫さんは幸せにします」と言った。それが老人たちにはとても受けて、二人共大笑いしていた。

 朝食を終えると、再び、いつものように、田上とタキオンはトレーナー室へと向かった。そこで、適当に話し込んでいると、こちらもいつものようにマテリアルが来て、エスも来た。

 エスは、ここに来ると、早速、白紙の原稿用紙を、自分の目の前に広げた。それから、何を書くというつもりもなく、ただ広げたままに手をつけないで、ぼーっとしたり手の上でペンを回したりしていた。

 そして、上唇と鼻の間にペンを挟んで、変な顔をしながら、横目で、田上とタキオンが会話をしているのを見た。

 二人は、エスが見ているのには気が付かずに、二人向かい合って、例の如く、タキオンが田上の膝の上に座りながら話していた。エスは、そんな仲の良い二人をぼんやりと見つめながら、――あの椅子の耐久年数はぐっと縮まったな、という阿保らしい事を考えていた。

 それから、あの二人の事を題材にして、新しい小説が書けないかとも思った。思って見れば二人の関係は特殊である。ウマ娘とトレーナーという関係はそうそうないだろう。言わば、禁断の関係と言ってもいいんじゃないだろうか?

 エスは、そこから妄想に走って行った。自分が、『二人の禁断の関係!』と帯の付いた本を片手に持って、賞を貰う姿だ。賞金は五十万くらいで良いだろう。拍手喝采の中、壇上へ上がる。何なのかあんまり良く分からない、スタッフらしき女の人から、自分の本を貰う。そして、それを片手に見せびらかしながら、カメラの方に向かってピースをする。それを取材した記事の見出しはこうだろう。『若き才能芽生える!ナントカ賞史上最年少の十六歳が受賞!』その後に、タイトルは何にしたらいいのだろうか?と思った。この場の雰囲気に合った名前にしてみたい。二人の禁断の関係というと少し大人びているかもしれない。『トレーナーとウマ娘』というラブコメディにしてみようか?丸々タキオンさんがモデルだと、もしその本がタキオンさんの方に知れた時に、角が立つかもしれない。田上トレーナーだって嫌な顔をするだろう。そうすると、主人公は田上トレーナーとは正反対の、爽やかな青年のような新卒にすればいい。ヒロインは、…タキオンさんとは似ていないほうが良いだろう。

 そう思いながら、エスは自分の鼻の下のペンを取り、代わりに、上唇をぷにぷにと触り始めた。

 タキオンさんと似ていないならば、…髪色からだろうな…。ラブコメに適した青色なんかはどうだろうか?色彩豊かな方が表紙は目立つ。そう考えた後に、一応タキオンの方でもラブコメの表紙として想像してみると、案外栗毛でも行ける。

――色は関係ないか…、とエスは思った。ただ、やっぱりタキオンさんと同じじゃ、何だか嫌だったので、栗毛だけは避けて、最終的には元の青色にする事にした。特に色についての理由はない。これが良いんじゃないかと思っただけだ。キャラの設定については、むしろ現実のタキオンさんの方がキャラが立っている。科学者キャラなんて、ラノベ作家が作りたくて作りたくてたまらないものだろう。それを避けるとなると、また、それ以上にキャラが立った物を作らなければいけないような気がした。

——科学者キャラ以上かぁ…、とエスは机の一点を見つめながら考え込んだ。魔王か?と思ったが、そこまで現実離れしたものを作る気はない。異世界転生物は、エスとしては基本的に好まないものである。だから、現実世界に魔王が転生してくる所以は無いのである。それから暫く考えた後に、自転車レーサーにしようかと思った。ここで、ヒトにするかウマ娘にするか迷ったが、最終的に、トレーナーとウマ娘という本題を思い出して、やっぱり自転車レーサーはやめることにした。どうしたものか…?とエスは唸ったが、そこで朝集合のチャイムが鳴ったので、しかたなくタキオンと共に外へ出ることにした。

 タキオンは、エスに二言三言話しかけてきた。当然、先輩面である。エスは、タキオンが先輩面であることはどうでも良かったが、『先輩』という属性が気になったので、タキオンと道を別れた後は、ずっとその事に想いを巡らせていた。

 

 エスは、朝の出席確認を終わらせて、先生がぺちゃくちゃ喋って、出て行って、それから一時間目の授業が始まっても、ヒロインの属性に思いを馳せていた。そして、机に思いついた属性を落書きしたりしていたが、これは悦に入った行為だった。本人は、ただ無自覚である。この机の落書きを見れば、友達は話しかけるだろう。そして、私がこれは小説を書くための準備をしているのだよ、と言ったら、小説の事をあまり知らない友達は、知らないままに自分の事を小説の書ける人間だと尊敬してくれるだろう。そんな事を水面下で妄想しながら、エスは机に落書きをしていた。ただ、途中でやっぱり見られたら恥ずかしいという思いが浮き上がってきたので、その机の落書きは消すことにした。

 一時間目の退屈な英語の授業を終えると、リリックはそそくさと教室から出て行った。その時に、教室のドアの傍でいつもつるんでいるオタク仲間の一人から声をかけられた。特に大したことのない内容だったし、向こうも大したことをエスに話すつもりはなさそうだった。ただ、エスを見かけたから、適当に話しかけただけだろう。それで、適当にエスが相槌を打っていると、向こうも大したことがないなりに話を終わらせた。エスは、話が早く済んで助かったと思いながら、トレーナー室へと向かった。

 トレーナー室の目の前まで行くと、タキオンが丁度中に入る所だった。タキオンはエスの方に気が付いていなかったので、エスの目の前で扉は閉められた。だから、エスは再度そのドアを開けて、中へ入って行った。

 中へ入ると、タキオンが田上の机の傍に居て、エスの方を見た。それから、「おや、後ろにいたのかい。悪かったね閉めて」と声をかけてきた。

、エスはそれにも適当に相槌を打つと、自分がいつも座っている席に座った。原稿用紙は何も書いていなかったので、朝にここから出て行く時に、この席に放置したままである。その原稿用紙を目の前に見つめると、エスは困ったようにため息を吐いた。まだ書きかけである『幽霊』の続きも、ぼんやりと自分の前に突っ立っているからである。あれに関してはもう諦めが半分である。飽きも半分と言っても良いかもしれない。いや、もう半分は早くネットの方に新作を出さねばという思いだったから、諦めと飽き双方共に、四分の一ずつかもしれない。また、これとは別に、『幽霊』という題材を諦められない気持ちもあったから、半分という区切りのいい数字もなく、エスの心は複雑だった。

 『幽霊』を初めに思いついた時は、これは行けると思った。間違いなくネットで話題の作家になるだろうと思った。それくらいに自分では凄い作品を書けたつもりでいたのである。所が、蓋を開けてみると、大人からは微妙な反応だったし、自分でも少々飽きている。でも、もしかしたら、何かあるのかもしれないのである。エスは、一番初めに思いついた時の喜びを覚えていたから、この作品が駄作とは思いたくなかった。それでいて、駄作という感じが拭えなかったから、この作品は、この世から消え去って行くしかないように思えた。

 エスは、机に自分の体重を預けながら、――なんか、新しくて斬新でかっこよくて世間受けして、面白くて大ヒットするネタが私の頭の中に下りてこないかなぁー、と怠惰に思った。思ったところで、唐突に何か降りてくるでもない。エスの頭の中に現れ出てきたものと言えば、キリスト教の宗教画の様なものだった気がする。下りてくると言えばこんな感じだろう、という絵だ。それではしょうがない。今の所は、そこまで宗教に興味があるつもりもない。

 そう思いながら、エスは何かを探すように、いちゃいちゃしている田上とタキオンを見つめた。いちゃいちゃしていると言っても、キスはしていないし、口調も大分落ち着いたものである。まるで、普段の会話をするかのように話しているが、タキオンは田上の膝の上を定位置として乗っている。距離だけで言えば、充分いちゃいちゃしているだろう。

 エスは、だらしなく頬杖を突きながら、今度は――彼氏ができたらなぁ、と思い、彼氏ができた時の妄想をした。

 彼氏ができたらまず、キスはするだろう。顔はできるだけイケメンが良い。自慢ができる彼氏が良い。高身長が良い。優しさは、ないよりかはあった方が断然良い。彼女を気遣える人間であってほしい。年は、五つ以上離れていたらアウト。あとは…、とエスは考えを真剣に巡らせた。同棲はアパートでもなんでもいい。歯ブラシなんかは洗面所に二つ並んでいれば御の字だろう。結婚したら引っ越してもいいが、一軒家は嫌だ。長年ローンを組むと思うと、エスとしては嫌なものだった。好きと囁いて、遜色の無いくらいのイケメンと付き合えればいい。気障が気障として目に映らないくらいのイケメンが良い。自分を甘やかしてくれる存在が良い。

 そう思ったところで、ひょっとすると自分は、タキオンさんの路線に進もうとしているのではなかろうかと思った。エスとしては、あんなにだらしない人間になりたくはない。大っぴらに彼氏にメロメロである。もう少しは恥じらいを持ちたいものだったが、少し羨ましくもあった。

 何故なら、タキオンには頼りにできて、あんなにメロメロになれる年上の彼氏が居るからだ。正直、田上トレーナーが恋愛対象かと言われれば、エスは違うと言い返すだろうが、それでも『頼りになる年上の彼氏がいる』という事自体は羨ましかった。できることなら自分も、彼氏を振り回して、唐突にキスをしてみたり、怒って喧嘩をして、円満に仲直りをしてみたりしたかった。これができれば苦労はしないのだが、生憎付き合ってみた事も一度もないし、大人の恋愛がどういうものかも知らない。キスすれば大人とは違うだろう。子供を持てば大人だろうか?しかし、それは恋愛を通り過ぎているような気がする。それはもう夫婦だろう。だが、子供を持つくらいラブラブなら、それも御の字なのでは?ともエスは思った。

 とにかく、理想があるのである。ナイトプールで一緒に遊ぶのも良いだろう。高級レストランで夜景を楽しみながら、ディナーをするのもいいだろう。アクセサリーを買ってもらって喜ぶのも良いだろう。抱き着いて「好き」と耳元で囁いてみるのも良いだろう。とにかく、理想を体現してほしいのである。曖昧な妄想の中で思い描いた喜びが、喜びのまま体外へと放出して、それを肌で感じ取れればいいのである。そうすれば御の字なのである。

 エスが、誰とも知らないイケメン高身長高学歴の男といちゃいちゃしている妄想をしていると、マテリアルの綺麗な顔がこちらを詮索するように見てきて、エスに話しかけた。

「エスさん、小説の方はどうですか?」

 それで、エスはまた現実の方へ引き戻された。エスは少々仏頂面でマテリアルの方を見ると、頬杖を突いたままお道化るように眉を上げて、「ぼちぼちっす」と言った。マテリアルは、「ぼちぼちですか」と満足気に頷いたが、こう質問もしてきた。

「どれくらい進みましたか?」

 こう質問されると、誤魔化すのも少々面倒だった。けれども、その事に目を向けたくなかったので、察してくれと言わんばかりに、再び、適当に「ぼちぼちっす」と言った。

 しかし、マテリアルの詮索したそうな目は変わらなかった。むしろ、これはエスとの間に会話を発生させたがっている目かもしれない。それはそれで、エスには面倒だった。今は会話をしたい気分ではない。かと言って、再び、甘い妄想に耽る事ができるのかと問われれば、微妙だったが、甘い妄想でも小説のことでも考えを巡らすのならば、一人で考えを巡らせたかったし、考えを巡らせないのならば、巡らさないなりに、ぼーっと、ある事でもない事でも考えていたかった。

 つまり、今は一人にしておいてほしかったが、話しかけてくる目上の人を蔑ろにするほど無礼でもないので、マテリアルの問いには答えざるを得なかった。

 マテリアルは、頬杖をついて退屈そうなエスにこう質問をした。

「プロットなんかは書いているんですか?」

「……プロットはですねぇ……。…書いてませんねぇ…」

「やっぱり、大方の筋を書いてから、本文を書いた方が書きやすかったりするんですかね?」

「……どうなんでしょうね…?プロの人とかは書いてない人も結構いたりしますからね…」

「やっぱり、目標にしている人とかはいるんですか?」

「んー……、明日野小川先生…とかですかね…?」

「その人は、プロット書いたりしてるんですか?」

「…んー…、まぁ、…ぱっと急に書き出す事もあれば、プロットをじっくり練って、自分の中で構想を固めてから書く事もあるって、インタビューで言ってました…」

「ふーん…」とマテリアルは口に手を当てて、じっと考えてから言った。「エスさん的には、プロットは書かない方がやりやすいんですか?」

「……どうでしょうねぇ」とエスは答えた。エスとしては、プロットを書くも書かないもその時々だったが、『幽霊』に関しては長編を想定しているのでプロットなく書いてみたかったし、そもそも長編のプロットを書くというのが面倒だった。それに加えて、エスにはプロの作家になって皆からちやほやされるという理想があったので、そういうエスにしてみれば、プロットを書かないというのは『プロの作家』らしかった。秀でた技能を以て、尊敬される人間らしかった。まぁ、言ってしまえば適当である。物語を思いついた時は面白かったが、そこから段々と面白くなくなった。そういう所が適当だったので、田上からも面白くないと言われた。

 

 マテリアルはそれから二三個、小説についてエスに聞いていたが、どうも鬱陶しがられているようだったので、気を遣ってそれ以上は話しかけなかった。

 それで、エスはぼんやりといちゃいちゃしている二人を見た。普通に微笑み合いながら話している、と思ったら、唐突にタキオンの方が田上にキスをした。こちらは嬉しそうである。だが、田上は少し嫌そうに眉を寄せた後、視線をタキオン以外の方へ彷徨わせた。マテリアルは、無視を決め込んでいたから、田上の方を見ていなかったが、エスは丁度田上と目が合った。二人共気まずくなって横の方に目を逸らした。タキオンは、それから唇を離すと、田上に甘えた声を出していた。

 チャイムが鳴ったのは丁度良かったので、エスはそそくさとトレーナー室から出て行った。その後に、タキオンが満足そうな顔をしながら出てきた。タキオンは、エスに後ろから声をかけると、横に並んだ。

「エス君は絵なんかは嗜まないのかい?」

「絵ですか?」

「芸術の方面に興味があるんじゃないだろうかと思ってね」

「…まぁ、…絵の違いはあんまり良く分からないですね…。…風景画は嫌いじゃないですよ?あの、モルガンの、草原にウマ娘が立ってる絵の尻尾が、風になびいている感じは好きです」

「ああ、あれは私も好きだ。『風の吹く丘』。モルガンはいいね。いい風景画を描く」

「タキオンさんは絵に詳しいんですか?」

「いや。昔、祖母に連れられてモルガンの絵を見に行ったことはあるが、それくらいだ。風景画は私も嫌いじゃない。それに、私も絵の違いは良く分からないね」

「小説はどれくらいですか?」

「…まぁ、それなりに読む方かな? 面白いものは読むよ」

「へぇ…。理系じゃないんですか?」

「理系でも文系でも面白いものは好きだとも」

 すると、ここでエスは少しの冗談を思いついてニヤリとしたが、これを言おうか言うまいか迷って少し黙った。それから、多少ニヤニヤ笑いを殺しながらタキオンに言った。

「田上トレーナーも面白いから好きなんですか?」

 タキオンは答えかねてエスの顔を見た。エスは、タキオンに見つめられれば見つめられるほど、顔がニヤついてくるのを感じた。タキオンもそれにニヤリと笑みを浮かべると、エスから目を逸らして言った。

「…まぁ、…彼は面白い人間だね」

 タキオンはそう言った。そのタキオンを見てみると、少々照れているようである。エスが意外に思って、少しの間見つめ続けていると、遂にタキオンも耐え切れなくなって、顔をほんのりと赤くさせ、笑いながら言った。

「いやぁ、俗になった。本当に、前はこんなことで照れる人間じゃなかったのに」

「可愛いところあるんですね」とエスも釣られて微笑みながら言った。

「なに?からかってるのかい?」

「いや、全然」

 そう言ったエスを、タキオンはじっと見つめた。エスとしては全くからかったつもりが無いのだが、何故だか笑みが漏れ出てしまう。それで、もう一度「違いますよ」と首を横に振ると、タキオンは「見逃しておいてやろう」と言った。それから、二人が別れるところに差し掛かったので、タキオンとエスはそれぞれ別れの挨拶をして、別々の方向へ歩いて行った。

 

 エスは、田上とタキオンの事は見てて嫌いじゃない。むしろ、好きな類である。世に住まうオタクの一員として、好ましく思う事もあるが、エスが見る二人は、オタクとしてよりも女として好きだと言った方が正しいだろう。女として、カップルが好きと言うとなんだか良く分からないかもしれないが、一人の女としてこの一組の恋人達に夢を抱くのである。

 例えば、二人がキスしているのであれば、自分もキスをしているような心地になる。勿論、実際にしているのではないし、田上などとキスをする妄想をしているわけではない。ただ、大人になった時、恋人ができた時にああいうキスをして、二人仲良く過ごせる瞬間が来るのかもしれないと思うと、胸の内から夢が湧き出てしまうのである。そういう理由で、二人の事は好きなのである。

 エスは、次の授業中にずっと田上とタキオンの妄想をしていた。二人の間に子供はできるのだろうか?とか、同棲するときは何をするのだろうか?とか、ある事でもない事でも考えていたが、段々とオタクの二次創作のようになってきてしまったので、エスはあんまり考えたくなくなった。

 エスは、二次創作の事を俗な物だと思っていた。あれは承認欲求のためにするようなものであって、自分はそれに魂を捧げたくはないと思っていた。二次創作より一次創作の方が、自分で元から生み出している分、よっぽど高尚であるとの信念を持っていた。ただ、ここ最近は少々ぶれつつある。多少羨ましくなってきたのもあったし、新しい概念に慣れてきたのもあった。そして、オタク友達が頻りに二次創作の話をしていたのもあった。あのBLが良い、このBLが良いと言う。正直、BLには左程興味はないが、自分が好きな小説がどういう描かれ方をされているかは気になる。ただ、前述に俗な物と言ったように、ある程度読んだことはある。ただ、どれもこれも原作に沿わないものばかりだったのでつまらなかったのだ。それも、まあまあ前の出来事だったので、二次創作を読んだ時のがっかりした感じも薄れてきた頃だった。今なら、二次創作の中身についてもそれなりに知ることができたので、それと知っていればもう少し真面に向き合えそうな気がする。ただ、解釈違いは解釈違いであるし、自分の解釈と全く違った解釈で二次創作をする奴は一体どんな私生活を送っているんだろうと思った。少なくとも、余り奇を衒ったカップリングや設定を作る連中は、承認欲求でやっているに違いないと思っている。

 エスは、二次創作に対していい感じを持っていなかったのだが、同時に、壁の隙間から覗いてみたいような興味もあったので、その間に挟まれて少し心持ちの悪い感じになった。だから、とりあえず、黒板に掛かれた白い文字をノートに書き写す作業に集中することにした。訳の分からない英数字の羅列を見ていると、その心持ちの悪さも大分紛れたような気がした。

 

 次の休み時間にも、エスは同じように原稿用紙を広げて、その上に頬杖をついて――どうしたもんか…と悩んでいた。その後に、頬杖をつくと顔が歪むかもしれないという話を思い出して、自分の右腕を枕に、机の上に上半身を預けた。それから、これも毎度の様にいちゃついているタキオンと田上でも眺めようかとも思ったが、先の時間にキスしている田上と目を合わせた実績があったので、遂に田上たちを見る事もできずにフラフラと視線を彷徨わせて、窓の向こうの景色へと行きついた。

 もうすぐやってくる夏の暑さを予告するかのように、空が青々と広がっていた。その下には、恐らく濃い緑を備えた木々が、整然と植えられたり、遠くの山では乱雑に生えていたりするのだろう。ただ、エスの目にはその木々は目に映らなかった。どこまでも青く透き通る空を見ていると、どことなく子供の頃の懐かしさを感じたので、エスは重い腰を上げて、窓辺に寄りたくなった。そこから下を見下ろせば、学校の敷地やその周りに植えられた木々の濃い緑が見えるだろう。そして、窓を開ければ新鮮な空気が入ってくるだろう。初めは、木々を見に行くだけでは腰を上げづらかったが、外の空気を吸いたいと思うとエスの腰は軽くなったように思った。

 その後に、――なぜ田上トレーナーは窓を開けないんだろう?と思った。付き合いはまだ浅いが、景色を見るのが好きな人間のようであることは、エスもなんとなく気が付いていた。風景に恋をしていると言っても良いような目つきで窓の外を眺める事もある。あれでは、タキオンさんが嫉妬をするのも無理はないだろう。自分の愛してやまない彼氏が他の女に恋心を寄せているようなものだから。

 エスは自分の思った事をくだらないと思いながら立ち上がると、窓辺に寄って「窓全部開けて良いですか?」と田上に聞いた。田上は、タキオンと話していながらも快く「いいよ」と頷いた。だから、エスはトレーナー室の窓を全部開けた。すると、良い風がトレーナー室全体に充満し始めて、空気を新鮮な物に変えた。

――なんで皆こんな淀んだ空気で満足してたんだろう?とエスが不思議に思うくらいに心地の良い風が入ってきていた。田上もマテリアルもタキオンも皆、窓が開かれたことによって、多少表情が明るくなったように思った。――これから毎日私が欠かさず窓を開けてやろう、と思ったエスだった。ただ、田上の机の上にあった書類が風に吹かれて何枚か落ちた。田上にとっては面倒かもしれない。しかし、エスはこれにどことない風流を感じた。枯葉が落ちれば俳句を作るように、春の風に吹かれて書類がカサカサと音を立てて落ちれば、俳句が出来上がるかもしれない。そこで、エスは一句詠んでみようと考えた。

――春風や…

 その後が、昔の俳人の句ばかりが出てきて続かなかったが、考えた結果こうすることにした。

――春風や 静かな部屋に 巻き起こる

 ただ、これではエスが風流だと感じた書類が落ちる音が聞こえてこない。唯部屋に風が巻き起こっただけだった。だから、もう一つ詠んでみることにした。

――春の風…落つる用紙が 人の気を引く 

 その後に、田上とタキオンの要素を入れてみたくなったので、短歌にしてみようと思った。

――春の風 落つる用紙が 人の気を引く 憐れ恋人 腕解かれる

 こうやってしまうと、何だか蛇足のような気分になったが、あっても良さそうな気もする。エスは暫くじっと考えていたが、こうと決まってしまった以上、これ以外は思いつかなかった。ただ、人の気を引く…という句で終わってしまった方が、確実に完成度が高いような気がしたから、これは二つ別々の句として取っておくことにした。これを後でウマッターで公開でもしてみようと思った。そうすると、何人かは評価してくれるだろう。エスは、これに、特に『人の気を引く』で終わらせた方に、結構満足が行ったので、自信作の気分が在った。字余りという要素もテクニカルで何だかいいような気がした。何だか、春の風を感じる事のできる良い句だろう。

 

 窓を開けて、そこから入る風に髪をなびかせながら外を見ていると、エスの気は多少紛れた。田上は、落ちた書類を拾うか拾わないかで少しタキオンと揉めていたが、結局タキオンが拾うことになったようだった。タキオンは、これが前払いだとでも言うように田上にキスをすると、その膝の上から立ち上がって自分で拾いに行った。田上は絶対に立たせないように、自分で指示を促して、やるべきことを全てを終えようとしていた。

 すると、その間にチャイムが鳴った。タキオンは嫌そうな顔をしたし、田上は僅かに心配そうな色を表情に滲ませた。エスは、この二人の話がどういう方向に持っていかれるのかに興味があったが、今は自分も教室に向かわなければならないので、タキオンたちを横目に通り過ぎて行こうとした。すると、タキオンは気怠そうにため息を吐いてから「授業に行かなくちゃね」と言った。ここは行くそうである。そんな事を思いながらエスはドアを開けて外に出た。中の方では、タキオンが、田上に、元気づけのキスをしてもらっていた。

 エスは、そんな事も知らずに呑気に歩いていると、後ろからタキオンが自分を追いかけてきて、こう言った。

「私は子供っぽいと思うかい?」

「へ?」とエスは、唐突に話しかけられた事とその話の内容に驚いて、変な声が出た。

「私は子供っぽいだろうか?」とタキオンが繰り返した。

「うーん……、どうでしょうね?……私には何とも…」

「気は遣ってくれなくても良いんだがね」

「……タキオンさんは、子供っぽいっちゃ子供っぽい感じもありますけど、……田上トレーナーとお付き合いされてますし、私よりずっと大人って感じがします」

「それは、圭一君が私を大人にしてくれているって事でいいのかな?」

「うーん……、まぁ、…それで間違いでもないですけど、…何て言ったらいいんでしょうね?……言動がやっぱり大人っぽさはあると思いますね」

「本当かい?」

 エスが、こくりと大きく頷くと、そこで分かれ道に差し掛かった。タキオンは、エスの答えに不満そうながらも、「答えてくれてありがとう」と言いながら立ち去って行った。

 

 エスは、教卓の横で授業をマンネリ化させないように、小話をしている先生の顔を見つめながら――タキオンさんは、なぜ子供っぽい事を気にしているのだろうか?と思った。エスからしてみれば、タキオンが自分の子供っぽさについて悩んでいるなんて初耳である。タキオンさんなんて、自分よりもっとずっと大人だと思っていたので、その様な悩みを持つこと自体想像していなかった。

 想像してみると、確かにその事に悩みそうな性格ではある。確かに、子供っぽいと思う時もあるが、大人っぽさも兼ね備えているのならば、エスにとっては大人らしさの方が輝いて見え、子供らしさは愛嬌と言っても良かった。

 実際、あのくらいならば愛嬌と言っても構わないだろう。子供っぽいと言っても、流石に急に店の床に横になって、あの玩具が欲しいと泣き叫びながら駄々をこねたりはしないだろう。ちょっと恋人に甘えて、愛くるしくキスをねだるくらいだ。そのくらいなら自分だってしてみたいし、三十やそこらの人間だって、新婚ならそんなことくらい簡単にやってのけそうだ。時と場合というものもありそうだが、エスが思う限りでは、タキオンは子供らしいと悩む程子供らしくもなかった。ああ、恋人たちがまたバカをやってるな、といった具合だった。

 そこで、小話を少し長めに話している先生と目が合って、「エスさんは、虫の中で何が一番好き?」と問われた。その先生は、結構優しめでフレンドリーな先生だったので「ええ、あたしですかぁ?」とエスも適当に返事をした。それから、少し悩んだ後に「蝶ですかね?」と答えた。「アゲハ蝶?」と先生が聞いた。エスは「なんでもいいです」と答えた。そして、先生がエスに「答えてくれてありがとう」と言うと、何個か冗談を飛ばして、クラスの陽気な連中を笑わせた。

 

 また、休み時間が来た。エスはまた原稿用紙の前に肘をついて考えている。そして、顔が歪む事を恐れて、腕を枕にした。田上は、相変わらずタキオンの相手をしている。していると言っても、したくない事はないだろう。むしろ、やりたくてやっているのが、その表情に微かに浮かんでいる幸せの色から窺える。心底惚れ切っているようだ。その様な男は面白い。特に田上ならば面白い。全くマテリアルやリリックやエスにはそんな顔を見せない男が、唯一幸せそうな微笑みを向けるのがタキオンなのだ。面白い事この上ないし、見てればこっちまで笑みが零れてくる。この田上の意外さが面白い。これと言って、特色すべき言葉はないが、言葉だけでは言い表せないくらいに面白い。何度でも何度でも面白いと言いたいくらいだ。なぜこんなに面白いのか知らない。しかし、面白いのだ。この面白さをどう表現したらいいのだろうか?胸の奥がむずむずすると言ってもいいのかもしれないし、自分も幸せな笑い声を出したくなると言っても良いかもしれない。そんな事が、田上を見ていると思い浮かんだ。

 それから、また小説の事に想いを巡らせた。そうは言っても打開策はないままである。――自分は小説を書くことに飽きてしまったのだろうか?と思った。しかし、書けるものなら書いてみたいという感情はあった。ただ、その感情が自分の手の届かない所をふわふわと浮いていて、今もトレーナー室の天井近くを風に揺られて漂いながら、そのまま壁を抜けてどこかへ飛んで行ってしまいそうな気がした。

 その後に、エスの考えは自然がもたらす風の方に向けられて行って、立ち上がると窓の方に寄って行った。その際に、田上とタキオンをチラリと横目で見た。タキオンの顔は、背を向けられているので見えないが、田上の顔は幸せそうだった。エスは、自分も知らぬ間に笑みを作りながら、外の景色を眺めた。先の時間の様な春風は吹いてこなかったが、それでも、空気が、流動的に自分の顔を撫でていくのを感じて、嬉しくなった。

 それで、ウマ耳をぴょこぴょこと揺らしていると、珍しくリリックが中の方に入ってきた。あんまりない事なので、皆が注目していると、そわそわとしながら部屋の皆々を見つめ返した後、「やっぱり、何にもないです」と言って、立ち去って行った。何かありそうな雰囲気だったが、タキオン以外の皆は何も言わなかった。タキオンは、自分の椅子にしている田上を見ると、「何かあるんじゃないのかい?」と聞いた。エスは、外を見ながら二人の話を聞いたが、それ以上の発展は特に見せなかった。田上が、「それとなく聞いてみようかな」と言った切りだった。

 

 エスは先の時間の俳句が上手く行ったのに活気づいて、小説じゃなく俳句を作ってみようと外の景色を見つめて、色々な句を作ってみた。遠くを飛んでいる飛行機を風流に据えてみたり、緑葉がさらさらと音を立てる様を、良い感じと思ってみたりしたが、先程の様に満足の行く句は作れずにその休み時間を終えた。

 エスはまた先の時間とは違う先生の顔を見つめながら考えていた。これは、多少怒りっぽい男の先生である。先の先生は、女の先生だった。この男の先生はふざけている人間に容赦をしない。しょっちゅう舌打ちをする。赤ら顔。手には竹刀を持っているが、流石にそれで生徒を叩いたりはしない。脅し付けるために持っているわけでもなく、ただ黒板の文字を見やすくするための指し棒として使っているようだったが、友達曰く「あれは叩いた事のある顔だよ」との事だった。中学の頃は剣道部だったらしく、よく「昔は体罰が横行していたから、俺なんかはビシバシ叩かれてたな」と思い出語りをしている。剣道部では体力が無く、殊に厳しく指導させられていた一人だったらしい。それを冗談のように語るが、元々厳しい先生だったので、誰一人笑おうとはしなかった。

 たまに優しい時もあるが、それは機嫌がいい日という事だ。時間によっても変わるかもしれないとエスは考察しているので、自分たちのクラスに来る時はいつも――優しい時でありますように、と祈っている。特に、授業が始まる直前に、自分の忘れ物に気が付いた時はそうだった。

 その先生は、生徒に意地悪をするのが好きなようで、その日の日付と一致した出席番号を持つ人に問題を当てさせるのを特に好んだ。そして、その生徒が黒板の前で必死に悩んでいるのに助け舟も出そうとはせずに、ニヤニヤとしながら教室中を見回した。

 エスは、今日の生贄になった自分の友達を憐れに思いながら、先生と目が合いそうになったので慌てて自分の教科書を見つめた。結局、友達は途中まで式を書いた後に、余りにも悩んでいる時間が長いので、先生から「もういいぞ」と言われた。友達は真っ赤になりながら自分の席に戻っていったが、先生は相変わらずニヤニヤしていた。一応、途中までやったことは褒めもしたが、友達が書いた式は全て消して自分で書き直した。エスは、友達に対して可哀想という念が湧いてしまったし、先生に対しては怒りが湧いてきたので、小説や、田上とタキオンの事を考えている暇はなかった。

 

 今度は、カフェテリアに行って昼食を取りながら考える。特に、考えるべきこともないが、田上とタキオンがなぜ恋人同士であるのかを考える。付き合った経緯は知らない。自分がこのチームに加入する前には付き合っていたようだったが、詳しくは聞かされていないし、聞いた事もない。

 流石に、田上が、タキオンと出会った初めの頃から付き合っているわけでもないだろう。二人の間にはそれなりの時間が育まれてきたはずだ。すると、クラシック期辺りだろうか?残念ながら、タキオンさんはクラシック三冠を逃してしまっていたが、クラシック終わりとして、菊花賞の勝利後が一番告白のタイミングとしては相応しい。

 ただ、田上トレーナーからは告白はしなさそうだと、なんとなく思う。真面目な人間そうだから、女子高生に手を出したがるなんてことは、ないんじゃないだろうか?

 すると、告白したのはタキオンさんの方だろう。これはエスにも確信があった。田上トレーナーは女子高生に手を出さないが、タキオンさんからの押しならば弱そうな気がする。多分、そもそも押しに弱い人間のように思う。それでいて、タキオンさんの方は押しの強い人間だ。これは想像してみればみるほど面白い。いよいよオタクが考えた設定みたいだ。押しに弱い成人男性が、押しの強い女子高生と強引に付き合わされるとなれば、そこら辺のラノベにもありそうだ。ただ一つ違う点と言えば、こっちは現実で、あっちは妄想という点だ。こういう妄想として、押しに弱い成人男性が、何でもいいから女性にモテモテになるのは、書いている人の自信がないからだと聞いた事がある。自分から女性に向かっていく勇気がないから、女子高生に訳もなく好かれて自分の気を晴らそうという算段だ。この真偽がどうかは知らないが、オタクという生物を観察してみると、受け身な人物が多いように思う。

 オタクと言うのにも色々派閥があるらしい。一次創作のオタクがいれば、二次創作のオタクがいるというようなものだ。アイドルのオタクがいれば、アニメキャラのオタクも居るだろう。種類を分ければ千差万別になる。

 その一つ一つに人が居て、住む場所が別れているらしい。言わば、エス自身が、二次創作を俗だと思っているような事だ。俗だと思う事には俗だが、そんな事は人の勝手なので、皆他の人の事には口出しせずに、それぞれ場所を分けて暮らしましょうという事だ。関わりたくないのであれば、関わらないでもらって、法と秩序を厳粛に守り、よりよく生きましょうという会だ。そんな者の中に、『自己投影の創作は嫌だ』という連中がいる。そんな連中がいれば、『自己投影大好き』という連中もいる。俗に言う『夢女』という物がこれだとエスは思っている。正直、夢女の気持ちは分からなくもない。推しているかっこよくて男らしいキャラが、自分の事を好きでいてくれたらどんなに嬉しいだろうか?どんなに満たされるだろうか?

 ただ、自分が本気で好きな作品にはそんな感情を抱かない。高松信夫の『人斬り』のキャラクターなんて、物語が素晴らしいだけで、一般的なキャラクターとしてイケメンでもないし、性格が良くもない。個性的でもない。ただの一般人が生活している物を描写しているだけだ。そんなものに恋心を抱くはずもない。ここ最近は、女性向けアイドル育成ゲームが気になっている所ではあるのだが、このままあれを始めてしまうと、自分も二次創作という沼に落ちてしまうのではないかと思って、少し怖くもあったし、嫌でもあった。

 二次創作が嫌な事は嫌なのだが、何故嫌なのかと問われると、「一次創作の方が高尚だから」としか言えない。だから、少し二次創作の方に惹かれている。それに少し羨ましい。二次創作の中に入って、自分も仲間の一人の内に加えてもらいたかった。今もウマッター上で話してくれる人が居ないわけではない。同じ創作者としてそれなりに言葉を交わしてはいるが、所詮はそれなりに、だった。自分がその人の中で一番でないことは明白だった。その人が、他の人と話しているのをウマッター上で見る度に、――この人は、自分の事をそこまで好いてくれていないんだな、と軽く失望していた。

 まぁ、所詮、そこら辺に無造作に置かれている一次創作の中の一つなのだからしょうがない、と度々自分を慰めていた。そんな中で二次創作の存在は知っている。エスからしてみれば、うだつの上がらない一次創作に比べれば、二次創作は華やかで彩のある場所だった。なんて言ったって、元からその原作に対するファンが見ようとしてくれているのだから、自分の創作の虜にしようとしなくたって勝手になってくれる。幾ら駄作だろうが、文が不味かろうが、とりあえず見てくれる人は居るのだ。一次創作の場合はその人すらいない。全くいない事もないだろうが、面白くなければ簡単に見捨てられる。一次創作の場合は、面白さこそが全てだとエスは解釈していたが、二次創作の場合は、元々のファンを楽しませる『要素』さえあれば、それなりに人はついてきてくれると思った。

 近頃は絵にも挑戦したいと思っている。と言っても西洋美術的な物ではない。二次創作で書かれるような、アニメの様な絵だ。絵は多少練習したことがある。小学校の四年五年生くらいまでは絵を描くのが好きだったが、五年生の時に同じクラスに自分より圧倒的に絵が上手い子がいたので、段々と描かなくなった。その子の絵を見た時はびっくりした。自分はもしかしたら学年で一番絵が上手いまであるかもしれないと自負していたのに、一目見ただけで力の差は歴然だった。

 それからというもの、自分の絵とその子の絵を見比べる度に、自分の絵が酷く汚く見えるようになってきたので、段々と描かなくなった。ここ最近は多少大人になったので、自分の絵が下手の事はそれほど気にならなくなった。一つには、練習すればある程度は上手くなるんじゃなかろうかという思いもあった。ある程度上手くなれば、後はこっちの思うままである。絵が上手ければ、人は寄ってくる。これは自然界の法則の一つである。文章の方は、違いが左程目に映らない。勿論、描写力は多少の関係があるが、言っても本を少しくらい読む人間ならば、誰でも思うように書ける程度である。見れる程度に書ける、描けるという点において、文章の方がハードルが低いのは明らかに確かである。

 なぜって、皆日本語を使って日常生活を送っているのだから、文章を書けるなんて当たり前でしょう?というのがエスの理論だった。ただ、エスは『本を少し読む』という点に於いて、思い違いをしていたのも明らかだった。普段本を読んでいない人が急に一冊二冊読んだところで、文章を思いのままに書けるかと言えば、そうではない。やはり、文章に慣れ親しむにはある程度の積み重ねがあるのだ。

 そういう点では、エスは幼い頃から母親に絵本を読んでもらったり、小学生では、図書室で一位二位を競う貸出冊数を誇ったりしていた。そして、今でも本を読むのは好きである。エスは、考え事から覚めると、――本を借りに行こうかな?と思った。自分の小説の事ばかり悩んでいたので、最近は読んでいなかった。小学校の頃に比べると、読書量は落ちたが、それでも本好きは健在である。エスは、立派な文学少女だった。

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