ケロイド   作:石花漱一

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二、厨房事変

二、厨房事変

 

 冬もいよいよ寒さを増して、北風の冷たさに肌を切られるかと思う頃、厨房ではある戦いが起きていた。それは、寒さに腹を空かせてやってくる食欲旺盛なウマ娘と厨房の人たちとの満足をかけた戦いだった。

 今年は、いつにも増して寒い冬だった。しかし、雪は降ることがなく、空気はカラッと乾いていた。そんな中ウマ娘たちは、自分たちの燃料を欲していた。大きな寒さに耐えるため、常に自身のエネルギーを燃やし続けているウマ娘は、薪ではなく、ご飯を所望している。その中でも厨房を震えあがらせる「怪物」と呼ばれるウマ娘がいた。その名は、オグリキャップ。トレセン学園の中でも随一として知られる食欲旺盛なウマ娘だ。そのウマ娘も今年の厳寒の冬は、食欲をさらに増大させなければ乗り越えることができないらしい。オグリキャップが来るたびに、注文の数がとんでもないことになるので、厨房の人は震えていた。 ある人はこう言っている。

「あ、あいつがきたらおしまいだぁ。食べ物全部食われるんだよぅ」

 またある人はこう言う。

「オグリ様オグリ様オグリ様オグリ様オグリ様オグリ様……」

 こういう風に厨房の人たちは恐れ慄いていた。今の例は、言い過ぎかもしれないが、実際、厨房の人手を増やしたとしても足りないというのが現実だった。食料は十分にあった。しかし、人手は増やしても増やしても足りないくらいだった。

 この厨房でリーダーを務めている厨房努は、インタビューでこう語る。

「ウマ娘の食欲を満たすのは大変です。しかし、私たちはそのためにトレセン学園のカフェテリアという過酷な戦場に身を置きました。特に冬の間は酷いものです。どのウマ娘も食欲が増している。…給料は、十分に貰えます。トレセン学園が一番待遇がいいと言えるでしょう。しかし、もう一度言いますが、あそこは過酷な戦場です。手が六本あっても足りないでしょう。特に、あの…あの…ウマ娘が来ると物凄いことになります。まるで、飢餓状態の怪物です。これでも、あの子には満足に食わせてやっているつもりなんです。けれど、次の食事の時には同じように食い始める。私は、あの子が卒業するのを待っています。あの子が卒業すれば、厨房も少しは平和になるでしょう。……あの子とは誰か?それは、個人情報の漏洩に繋がるので言いません。…はい、ありがとうございました」

 こうしてインタビューは終わった。トレセン学園の生徒にしてみれば、それが誰なのかは、言わずとも知っていた。しかし、当の本人、オグリキャップは、誰のことなんだろう、と疑問に思うばかりだった。

 こうして今日もオグリキャップがやってきた。お腹を鳴らしてカフェテリアへとやってきた。今は昼食時で、人で混雑もしていたが、オグリキャップが歩いていくと、お腹を鳴らす大きな音に気付いて道を開ける人が大勢いた。それは、まるでオグリキャップのレッドカーペットのようだった。

 そうやって、オグリキャップが歩いていくと、通路に少しだけはみ出していた椅子に気が付かずに、ドンとぶつかってしまった。

「ああ、すまない」

 オグリキャップが、そう言うと、椅子に座っていたトレーナーらしき人も謝った。

「すまない」

 その人は、田上だった。田上は、今日はカフェテリアに来ていた。普段であれば、タキオンと自分のお弁当を作って、お昼にトレーナー室で食べていたのだが、今日は生憎、タキオンが風邪をひいて寝込んでいた。風邪を引いた子には、当然、それ相応のご飯が支給されるので、トレーナーとして出る幕はほとんどなかった。だから、タキオンは、今保健室で寝ていて、田上はカフェテリアで一人寂しくご飯を食べていた。

 スマホを眺めていた田上は、急に椅子に大きな衝撃が走ってびっくりした。そして、人にぶつかったのだと気が付くと慌てて椅子を引いた。この席は、通路に対して微妙な位置にあって、椅子が少しだけはみ出してぶつかってしまう、なんてことがままあった。今日は、田上がそうだった。田上は、謝ると、またスマホに目を向けた。オグリキャップは、その様子を不思議そうに見つめた。その後に、自分のお腹が鳴って、慌てて注文口の方へと歩いて行った。

 

 オグリキャップが注文すると、事前に作ってあった大量の豚カツも消えて、その後には、長蛇の列ができた。ここでは、ひっきりなしに人が来るので、事前に作っておいても冷え切る前に誰かが取っていった。しかし、オグリキャップが来るとその分もなくなるので、また初めから作り直さなければならない。そこからが厨房の人にとっても大変だった。みんなの笑顔を守るため、できるだけ頑張って急いで作ってもすぐになくなるから、列ができる。この厨房のリーダーの厨房努は、同時に五個のフライパンで料理を作っていた。これは、誰にでもできることじゃない。厨房努だからこそできたのだ。厨房努は、仕事もできるし、顔もいいので、女性陣からの人気は結構あった。しかし、今はそれどころではないようだ。できるだけ唾を飛ばさないように口を閉じながら、それでも自分に気合を入れようと、口を閉じて「ん~~!!」と叫んでいた。その目力たるやライオンでも逃げてしまいそうだった。

 オグリキャップは、自分のチキンカツを皿の上に大盛に盛ってしまうと、まるで曲芸師のようにふらふらとして自分が座れる席を探した。あまりに盛りすぎて、自分の正面が見えないくらいだった。カフェテリアは相変わらず、人で溢れかえっていて、席が空いているところはありそうになかった。しかし、ちょっと探していくと、テーブルに一人男がついてはいたが、その正面には空の椅子が一つだけ置いてあった。

「そこに座っていいか?」

 オグリキャップはそう聞いた。すると、その男は見ていたスマホから顔を上げた。またもや、田上だった。田上は、驚いたように、オグリの顔を見ると自分の椅子をずらして、空の椅子に座りやすいようにした。

「…どうぞ」

 田上は、そう言った。そして、またスマホに目を戻した。オグリは、その様子でさっき椅子にぶつかった人だと気が付いた。しかし、そのことは言わなかった。代わりに、テーブルに大量のチキンカツと白飯を置くと、空の椅子に座り、そして、田上からはご飯の山の陰に見えなくなっていった。

 

 しばらくして、チキンカツが半分ほど減ったころ、ようやくオグリの顔が見えてきた。まず、ウマ耳が見えて、それから芦毛とは色が変わった黒に近い灰色のアホ毛が見えて、最後に顔の目から上半分が見えた。そうすると、オグリもお腹の調子が落ち着いたころで、目の前の人に興味を持った。

「……風邪なのか?」

 オグリは、田上にそう聞いたが、田上には聞こえていないらしく、スマホから目も上げなかった。

「風邪なのか?」

 もう一度、オグリは聞いた。すると、田上も目を上げた。

「…え?」

「風邪なのか?」

 オグリは、三度聞いた。そこでやっとそれらしい反応が帰ってきた。

「いや、俺ではないんですけど…」

 田上は、少し驚いた。それというのも、自分がスマホで今調べていた内容だったからだ。

「じゃあ、誰が風邪なんだ?」

 オグリが不思議そうに聞いた。

「俺が、担当している子で…」

「担当している子?」

 田上は、なんとなく、話しにくい子だなぁと思った。

「はい。僕は、アグネスタキオンの担当をしていて…」

「驚いた!君がアグネスタキオンのトレーナーか!」

「…友達?」

「いや、話したことはないが、名前なら聞いた事がある。そして、注意しておけ、とも」

「注意?」

 田上は、訝しんで聞いた。

「ああ、私は特に危ないから、アグネスタキオンには注意しときいや、とタマから言われた。トレーナーの方も、光っていて直接見たら目が潰れる、と聞いたのだが、…それは誤解だったようだな。タマに言っておかなくては」

 オグリの言葉に、田上は苦笑した。実際のところ、このような少し天然な子はタキオンに注意しておいた方が、理解できないまま薬を飲んでしまう可能性がなくなるからよかったし、トレーナーが光るというのもそんな頻繁な事ではなかったが、間違いではなかった。それよりも、トレセン学園内で都市伝説と化しているところに田上は、苦笑した。薄々勘付いてはいたが、こうやって話で聞いたのは初めてだった。

 その苦笑を不思議そうに見つめながらオグリはチキンカツを口に運んだ。そして、もぐもぐしながら言った。

「アグネスタキオンは風邪なのか?」

「ああ、ちょっとね。俺の管理が行き届かなくて…」

「管理?…管理すれば、風邪はひかなくなるのか?」

「絶対ではないけど、それでも多く着込ませるとか、暖かいもの飲ませるとか、トレーニング後に冷えないように対策するとか、色々な事が対策できるだろ?それを怠っていたから、タキオンが風邪を引いたんだ」

 オグリは、ああと頷いた。

「私のトレーナーもそんなことを言っていたな。…それでも絶対ではないのだから、そんなに自分を責めなくてもいいんじゃないか?」

「責める?…自分を?」

「…責めているように見えたのだが、違ったのか?」

 そこでやっと、田上にはこの子と話しにくい理由が分かった。この心を見透かしてくるような瞳だ。今は、憐みのものとなって田上に向けられている。田上は、最後まで残してあった暖かい紅茶をグイと飲み込んだ。そして、立ち上がると言った。

「責めていてもいなくても、僕にはどちらでもいいです。気遣ってくれてありがとうございます」

 そう言うと、田上はカフェテリアの出口の方に足を向けた。残されたオグリは、その後ろ姿を悲しそうに見つめ、そして、チキンカツを口に入れた。

 それから、少しの間一人で食べていると、唐突にタマモクロスの声が聞こえて、オグリは顔を上げた。

「よう、オグリ。さっき知らん男の人と喋っとったやろ?知り合いなんか?」

 オグリは首を振った。すると、タマが驚いて聞いた。

「じゃあ、誰や?」

「アグネスタキオンのトレーナー…らしい」

「あれがアグネスタキオンのトレーナーか!…光っとらんかったなぁ。あれは、噂やったんか。…まあ、それにしても、人が光るなんていうバカみたいな話、本当の事の方が恐ろしいわ。信じたウチが、バカやった」

 そう言うと、タマは笑った。しかし、オグリは、心配そうに再度カフェテリアの出入口を見つめ、田上の姿を探した。

 

 田上は、カフェテリアから出ると、少し反省した。まだ、思春期の女の子に強く当たりすぎたと思ったからだ。しかし、少し反省したばかりで、後は、自分とは関係のない子だからいいやと思った。それから、渡り廊下を過ぎると、校舎の方に足を踏み入れた。

 校舎の方に足を踏み入れたのは、タキオンの見舞いに行くためだった。タキオンが、一人で寂しそうにしていたら可哀想だったし、単純にタキオンが心配だからでもあった。午前中に一度見舞いには行っていた。しかし、その時は眠っていて話すことはできなかった。今度は、起きていて話せるかもしれない。そんな期待を寄せながら、田上は、保健室まで少し急ぎ足で行った。

 保健室に着くと中から話し声が聞こえてきた。タキオンの声と保健室の赤坂先生の声だ。田上は、起きたのかな?と思いつつ、保健室のドアを開けた。

 中には、頭に冷却シートを貼ったタキオンと赤坂先生が、二人で話していた。タキオンは、ベッドの上に腰かけて、赤坂先生はキャスター付きの椅子に腰かけて二人で話していた。そこに田上が、入ってくると二人はそちらに目を向けて、再度話を続けた。田上は、まさか無視されるとは思っていなかったので、戸惑った。すると、二人の顔が段々とニヤニヤしだして、最後には腹を抱えて笑った。

 田上は、終始困惑していた。

「いや~、ごめん。君の表情本当に面白いね」

 タキオンが、笑いすぎて出てきた涙を指で拭きながら言った。すると、横の椅子に座っていた赤坂先生もまだ半笑い気味に状況を説明した。

「いや~、タキオンがさ。あなたの困惑した表情面白いから、入ってきたら無視してみないか?って言うから、やってみたら本当に面白くってさ。もう、…どうやったらあんなに、誰もがしそうで、できない顔をできるの?普通よりも普通なのに、面白くって、もう」

 そこで言葉を切ると、赤坂先生は、また腹を抱えて笑い出した。その状況を説明されてやっと理解すると、田上はふてくされて言った。

「俺、歓迎されていないようなので、帰ります」

「ああ、待ってくれよ。冗談じゃないか!」

 そう言って、タキオンが立ち上がった途端、フラッとよろめいた。田上は、倒れるかと思い慌てて戻ったが、そこには当然間に合わず、タキオンは、目の前にあったベッドに手をついて、床に倒れるのは防いだ。

 タキオンは、自分でも何が起きたか分からず、驚いているようだった。田上は、タキオンが床に倒れなかったのを見ると、ほっと胸を撫で下ろした。そして、タキオンの方に寄ると手を貸しながら、ゆっくりと元のベッドの方へと座らせた。

「ありがとう…」

 タキオンは、少し呆然としながら田上に感謝を告げた。

「どうやら、もう少し安静にしておいた方がよさそうね」

 心配して立ち上がった赤坂先生も安心すると、今度は少し呆れて言った。すると、タキオンは、顔を上げて小さく眉を寄せた。

「そんな顔をしてもダメ。今からカーテンを閉めるから、タキオンは寝て、それからあなたは出て行って。安静にしないといけないから」

「えー、トレーナー君がせっかく来たっていうのにもう追い返すのかい?ちょっとくらい喋らせてくれたっていいだろ?」

 タキオンが、そう言うと赤坂先生は、眉を寄せてタキオンを見て、それから、問うように田上の方を見た。田上は、「いいですよ」と頷いた。赤坂先生は、大きくため息をついて言った。

「あんまりはしゃがないでね。特にタキオンの方から、積極的に話すのは禁止。あなたのトレーナが話すのを黙って聞いていなさい。……それから、もし不純な行為をするのだったら、あなたたちの首を叩き折る。キスでも不純な行為です」

「私たちそんなことしないよぉ」

 タキオンが「心外だ」と言わんばかりに声を上げた。

「前例があったの。例え、あなたたちがそういう関係であってもなくても、もしかしたら、田上が、寝ているあなたに欲を抱く可能性があるから」

 今度は、田上が声を上げる番だった。

「俺もそんなことしないよ!」

 赤坂先生は、声にこそ出さなかったが、「どうかしらね」という目で田上を睨んだ。田上も腹が立ったので、思い切り睨み返した。すると、パンと軽く頬を叩かれた。田上は、信じられないという顔で赤坂先生を見たが、赤坂先生はそんなことには構わず、タキオンをベッドに寝かした。

「タキオンが寝やすいように、カーテンを閉めるわ。…私の信頼を裏切らないでね」

 赤坂先生はそう言うと、カーテンを閉めた。

「トレーナー君、何か話してよ」

 ベッドに寝転がったタキオンが、そう小声で言った。

「何か?何も話すことはないけど…」

 田上が、ベッドに腰かけてそう小声で返した。

「それじゃあ、君がここにいる意味がないじゃないか。私が落ち着くような話とか何かしたまえ」

「何かぁ?……」

 そう言って、田上はしばらく考え込んだ後言った。

「歌とか?」

「よりにもよって歌かい!?…まあ、なんでもいいや。それはどんな歌なんだい?」

「どんな歌って言うと、タキオンが聞きたいような歌を歌うけど?」

「うーん……、君が好きな歌でいいよ?今はどんな歌が好きなんだい?」

 田上は、少し躊躇った。その歌は、ラブソングで、自分には似合わないような歌だと思っていたからだ。しかし、何か言ってみたい衝動にかられ、田上は思わず口に出した。

「『愛の名のもとに』…」

「…それはラブソングかい?」

「ああ」

「君、ラブソングが好きなんだねぇ。意外だ」

「面白いか?」

「いや、笑わないよ。愛だの恋だのというものは私には分からないからね。分からないものをバカにするのは、私の領分ではない。…君の好きな歌を聞かせてくれ」

 田上は、そう言われて催促されたが、恥ずかしいやら不安やらで中々歌いだせなかった。そして、タキオンが「トレーナー君?」と呼びかけた時、ようやくぽつりぽつりと歌いだした。

 

「君に正義の鉄槌を下す

 ここは真実の愛を暴く裁判所

 今宵集められたのは僕と

 そして、愛する君の二人だけ

 

 君のベールをそっと上げてくれ

 僕は君の顔をしっかりと見たいんだ

 明日の朝になれば、ここにはいない

 光と霞みに消えていく

 

 もう終わりにしようか

 それとも君が終わらせるの?

 答えておくれよ。その瞳見せて

 

 右か左かに転んだって、人生不幸で終わりますか?

 君が若けりゃ僕も若くて、いつでも終わりなんてできるのよ

 怖いとか不安とか鬱々とした感情に流されて

 僕は君をこの裁判所に呼んだ 呼んだ…

 

 あいつが君を見ている

 僕が君のことをそっと隠す

 それでも君はじっとして

 いないから 僕の前から消える

 

 この目の力が及ぶ限り

 君に群がるハエを追い散らした

 君はそのことに気づきもせずに

 ただ、のほほんと暮らしている

 

 君は甘い果実か?

 僕はただのハエなのか?

 …分かんないや

 

 だからこうして僕は町で暮らす

 とどまることを知ることのない

 君の背を追いかけて走っている

 

 こうすりゃいいんだろ

 後は君を待つだけ」

 

 そうやって、田上は歌い終えた。それから、その後には、カーテンの向こうで赤坂先生がカリカリと紙に物を書いている音とタキオンの寝息しか聞こえなくなった。田上は、そっと囁いた。

「タキオン?」

 タキオンが本当に寝たか気になったからだ。そして、少しだけベッドから腰を浮かしてタキオンの顔を覗き込もうとしたとき、カーテンがシャッと開いた。

「もうタキオン寝たでしょ」

 田上は、慌てて浮かした腰を元に戻した。振り返ってみると、それは赤坂先生だった。

「もう寝ました」

 田上は、そう言った。すると、赤坂先生は、難しい顔をして言った。

「……あなた、もしかしてタキオンのこと好きなんじゃないの?」

 その言葉を田上は、初めのうちは理解できなかった。しかし、段々と飲み込んでいくにつれ、心臓がバクバクと脈打ち、何を考えているのか分からなくなり、そして、口から言葉を出そうにも口の中がカラカラで何も出なかった。田上は、自分が何も言えていないことにさらに焦り、それが悪循環に繋がった。もう何も分からなくなった。目の前にいるのが誰なのかも分からなくなった。

 その様子に赤坂先生は驚いた。軽く笑い飛ばしてくれるだろうと思っていた半分冗談のようなものに、田上が、動揺して固まっていたからだ。

「じょ、冗談よ。冗談冗談。そんなに動揺しなくたっていいじゃない」

 赤坂先生は、目の前の自分に怯えている憐れな生物に言った。だが、その言葉を聞いても田上は、しばらくの間は理解することができなかった。赤坂先生が、田上の肩を叩き、落ち着かせるように言って、ようやく田上は浅い呼吸を元に戻すことができた。それでも、安心はできなかった。不安げにタキオンの方をチラリと見た。相変わらず熱に火照った顔でベッドの上で眠っている。可愛い顔だったが、今はその顔を見たくなかった。だから、すぐに顔をそむけると、赤坂先生の方に顔を向けて言った。

「僕はもう帰ります」

 随分と意気消沈した声だった。赤坂先生は、それに触れることもできずに、「ああ…」と何かごにょごにょ言って田上を見送った。

 

 その後の一日は、自分が何をして過ごしたかあまりよく覚えていなかった。霧島や他の友達数人にも心配そうに声をかけられたが、それも何を話したのか覚えていない。ようやっと思い出せることと言えば、自分の寮の部屋に帰ってベッドの上に寝転がると、息が詰まりそうなくらい胸が苦しくなったことだ。

 その後は、ただ、無意味にベッドの上を寝転がりスマホの画面を眺めた。部屋が暗くなっても電気はつけず、水を飲みに行くときもスマホの明かりを頼りに進んでいった。食事は取らなかった。自分で何か作る気にも、カフェテリアで夕食を取る気にもなれなかったからだ。そして、そのまま眠気が来るに任せて、スマホを枕元に置いて落ち着かない眠りに入った。

 田上は、嫌な夢を見た。自分の体の皮膚を突き破ってミミズが這い出てくる夢だ。いたるところから出てきた。腕、脚、お腹、首、頬。その全てからミミズは出てきた。田上は、出てきたミミズを殺そうと躍起になったが、どのミミズも瀕死に至ることこそあれど、死ぬことはなかった。そして、皮膚から出てきて地面にポトリと落ちたミミズは、また脚の方から、田上の体に入ってきた。田上は、「助けて!」と叫んだ。それから、ミミズたちから逃げようとした。ミミズたちは、脚は遅いが、必ず田上の場所を知っていて、逃げ切れる場所なんてなかった。誰かに助けてほしかった。田上は、どこかで見たようなアパートの一室に体育座りをして顔を伏せた。もう入ってくるミミズを止めようという気にすらならなかった。ただ、痛みに耐えて耐えて耐えながら、誰かの助けを待った。しかし、アパートの近くのネオン街の看板がチカチカと明滅しただけで、誰も何も助けには来なかった。田上が、しくしくと泣きながら、夢が終わっていった。

 起きた時には、体が物凄く怠くなっていた。頭も痛いし、熱でぼーっとしていた。その頭で田上は、夢の事を考えた。しかし、碌に考えることはできなかった。

 喉が渇いていたから、田上は重たい体を持ち上げると、自室の水道の所まで歩いて行った。水を飲むと、体の熱もいくらかマシになったが、それでも辛いものは辛かった。また、ベッドの上に眠ると、朦朧とした頭で今からのことを考えた。その時、目覚まし時計が鳴った。いつも勝手に起きるから、問題ない目覚ましも今は、田上を急げ急げと駆り立てた。学校に行かなくては、と思った。タキオンの顔を見なくては、と思った。しかし、田上は、あまりに体が重く、力も入らなかったので、その場に倒れた。フローリングの冷たい床が、頬や脚などの皮膚にあたり、妙に気持ちよかった。それは、束の間のできごとで、すぐに床は田上の体温に温められてしまったが、それでも、初めの名残を追い求めて動くことはしなかった。それから、そのまま動くこともせず、朦朧とした頭も働くことをせず、時間いくつも過ぎていった。途中で、誰かが戸を叩いて、呼びかけている声がしたが、田上の耳には入らなかった。

 

 気が付くと、知らない天井が前の方に見えた。いや、正確には知らないことはないが、自分の部屋の天井程馴染みのあるものではなかった。だから、田上は、今自分がどこで何をしているのか一瞬理解できなかった。それから、周りに囲われているカーテンを見た時、――ああ、今自分は保健室にいるんだ、と理解した。理解すると喉が渇いてきた。しかし、口の中がカラカラで上手く言葉が出てこなかった。かすれた声で「水」というのが精一杯だった。

 聞こえたのだろうか?と田上が、不安になっていると、誰かが歩いてくる音がして、そして、カーテンの開く音がした。突然入ってきた眩しい明かりに田上は目が眩んだ。それは、電灯にも負けない太陽の朝の光だった。

「起きた?早かったわね」

 赤坂先生の声がした。田上は、もう一度、「水」と呟いた。しかし、それは聞こえなかったようだ。赤坂先生が、「え?」と聞き返した。そして、再度、「水」と呟いた。すると、ああと納得した声を上げて、赤坂先生がカーテンのところから立ち去った。

 赤坂先生が立ち去ると、太陽の光がさらに入ってきた。寒い朝のはずなのに、体温は暑いし、太陽は心地いいし、なんだか混乱した。そうしているうちに赤坂先生がやってきて、コップに入れた水を持ってきた。田上は、起き上がって、それを受け取った。

 体の中を水が通っていく冷たい感覚が味わえた。そして、飲み終わったコップを返すと、また寝転がった。

「熱はどう?」

 そう赤坂先生が聞いてきた。田上は首を横に振った。喉は潤ったが喋れる気分ではなかった。何より、昨日のこともあった。赤坂先生が何を思っているのかは知らなかったが、自分が話すことによってこれ以上想いが露呈してしまうことが恐ろしかった。

「そう…」

 赤坂先生は、何とも言えない顔で田上を見つめた。そして、言った。

「隣の方にまだタキオンが寝てるよ」

「まだ風邪治ってないんですか?」

 田上は、思わず聞いてしまった。それに気が付いてから、田上は、慌てて口をつぐんだ。

「朝起きた時は、大分熱も引いてたけどね。まだ、三十七度は超えてたし、今日も安静にしようって。……あなたが運び込まれてきたとき、酷く心配してたわよ。寝るときも何か口走っていた」

 田上は、口を閉じようと決心していたのだが、どうしても最後に聞きたいことがあって聞いた。

「タキオンは、その…隣で眠っているんですか?」

「ええ…。ただ、もうそろそろ起きるころじゃないかしら。朝に目覚めた時は、水を飲んだだけで何も食べていなかったから空腹で目が覚めると思うのだけれど…。あなたは、何か食べる?」

 田上は、ゆっくりと首を横に振った。昨日から何も食べていなかったが、食欲はなかった。

「そう…、じゃあゆっくりしておきなさい。カーテン閉めるわよ」

「カーテンは閉めないでください」

 田上が、そう言った。それを聞くと、赤坂先生は、ふっと微笑んで「分かったわ」と言った。田上は、眠る気にはなれなかった。おでこの上にいつの間にか貼られていた冷却シートの冷たさを感じながら、田上は、朝の光を見つめ続けた。

 

 自分の微睡みを感じながら、田上は、これまでに聞いた事のある名曲の数々を思い出した。そのどれもが、昨日歌った歌を作った人が作詞作曲したものだった。それから、母の顔を思い出した。もう過ぎ去っていってしまった母、最後は病気に必死に抗ってやせ細っていってしまった母。それでも、笑顔の絶えなかった母。田上の目からは、知らずのうちに涙が零れた。途方もなく悲しくなった。

 そして次には、中学生時代にフラれてしまったあの子を思い出した。人が必死で想いの告白の言葉を紡いでいるというのに、ニヤニヤして最後まで聞いて、それから、「私には彼氏がいるの」と言った。途端にあの子の後ろの方から笑い声がした。見ると、その彼氏が数人の仲間たちと共に床を叩いて笑い転げていた。あの子は、それを注意することもなく可笑しそうに見ていた。絶望した。そして、呪った。いつまでもいつまでも、こいつらが不幸であればいい、と。

「死んでくれ」

 誰かの声で微睡みから引き上げられた。田上は、それがあまりにも鮮明に聞こえたので、驚いたが、数瞬後に自分が言った言葉だと気が付いた。いや、自分が言ったのかどうかは分からなかった。鮮明に聞こえたものの、夢のような気もしたからだ。一度、聞こえていなかったか、赤坂先生の方を見たが、赤坂先生は何の反応もなくただ机に向かっているだけだった。

「トレーナー君」

 隣の方から微かに囁く声が聞こえた。タキオンの声だった。カーテンに遮られていたので、それはそれは微かな声だった。

「随分うなされてるようだけど、大丈夫かい?」

 田上は、その声に答える気にはなれなかった。ただ、黙って自分の上の天井を見直した。窓枠が反射して、一際明るい場所が見て取れた。まだ、熱で頭は痛かった。ゆっくりと目を瞑ると、今度は、ちゃんと寝ようとした。しかし、タキオンは黙らなかった。

「トレーナー君?」と何度も呼びかけてきて、最後には、赤坂先生の耳にも届いたようで、「何をこそこそ喋っているの?」とタキオンの方のカーテンを開けにいった。田上は、目を閉じていたからお咎めはなく、それどころか、寝ていると思われたので、開けられていたカーテンを閉められた。

 隣でタキオンが弁明している声が聞こえた。

「トレーナー君がうなされているようだったから、心配になったんだよ」

「私には全然そうは見えなかったけどね」

「確かに何か言っていたんだよ。何を言っているかは小さくて聞き取れなかったけど」

「それなら、ただの寝言ね。…熱を測る?もう顔色もよくなっていると思うけど」

 タキオンが答えた。

「もう熱はないね。頭の痛みも引いたよ」

「じゃあ、体温計で測って、熱が引いていたらさよならということで、授業に出てらっしゃい」

「ええ~、それじゃつまらないじゃないか。今のところ研究のアイディアもないし、トレーナー君も寝込んでいるから何もする事がないよ?」

「じゃあ、せめてそのベッドからどきなさい。洗わないといけないから。さあ、とりあえず、熱を測って」

 タキオンが、返事をする声が聞こえてきた。それからしばらくは、赤坂先生がカーテンの向こう側でシーツだったり、毛布だったりを運んでいる音が聞こえた。やがて、ピーッピーッと音が聞こえると、タキオンの声が聞こえた。

「三十六度七分。平熱だ」

 今度は隣ではない方から赤坂先生の声が聞こえてきた。

「じゃあ、私はしばらく忙しいから、あなたそこで待っておきなさい」

 また、タキオンの返事が聞こえた。そして、タキオンがつまらなさそうにつま先で床を叩く音だったり、赤坂先生のペンをカチカチ言わせる音だったりが、田上の耳に聞こえた。赤坂先生もまたずっとせわしなく保健室を出たり入ったりしていた。

 それが、しばらく続いた後、恐らくタキオンが歩いている音が聞こえた。タキオンの足音は、こちらに向かってきていた。田上の心臓は高鳴った。カーテンをくぐってくる衣擦れの音が聞こえた。

「トレーナー君」

 タキオンが囁く声が聞こえる。しかし、田上は目を瞑ったままでいたし、返事もしなかった。すると、やがて、ガタガタと四本脚の丸椅子を引きずる音が聞こえ、止まった。タキオンが座ったのだろうか?田上は、そう思うと、なんだか急に自分の顔がこそばゆく感じて、タキオンがいるであろう左の方から、体ごと顔をそむけた。タキオンの音は聞こえなかった。そして、そのまま眠りについていった。

 

 起きると誰だか知らない女の子の声が聞こえてきた。相変わらずカーテンは閉められていたが、その女の子の声は大きかった。その子は、声を抑えているんだろうけど、興奮するとすぐに声が大きくなり、赤坂先生に怒られていた。田上は、自分の腹が減っていたのを感じた。今は昼頃だろうか?まだ、頭はガンガンと痛く、体をベッドから起こしてみると、さらに痛みを感じた。

 食欲はなかったが、さすがに何かものを食べないといけないだろうと思った。昨日の昼で最後のご飯だった。田上は、また、水分のないかすれた声で赤坂先生を呼んだ。

 今度は、最初の一声で聞こえたようだ。「はいはい」と返事が聞こえると、ぱたぱたとスリッパの音がして、カーテンが開いた。昼の陽光は眩しく、朝つけられていた電灯も消されていて、建物の中の薄暗さと外の日の光がいい具合に心地よくなっていた。カーテンから見えた中には、先程の声の主であろうウマ娘と赤坂先生しか見えず、タキオンの姿はどこにも見えなかった。だが、タキオンはひょっこり現れた。カーテンの左の方から「やあ、調子はどうだい?」と言って出てきた。

「タキオン」

 田上は、そう言うと昨日のことを思い出して嫌な顔をした。するとタキオンは言った。

「どうしたんだい?そんな顔しないでおくれよ」

 眉を少し下げて悲しそうな顔をしていたが、田上には関係がなかった。やっぱり嫌そうな顔をして、首を横に振った。タキオンは、何でこうなったのか分からず、また、カーテンの陰に引っ込んでいった。その様子を憐れむように赤坂先生は見ていた。だが、そのことに触れることはせず、言った。

「お水飲む?」

 田上は、タキオンがいなくなったカーテンの向こうを見つめて頷いた。赤坂先生は、後ろの方に戻っていくと、コップに水を入れて戻ってきた。そして、田上に渡した。

「何か食べたい?お粥あるよ」

 そう赤坂先生が言ったから、田上は頷いた。やがて、お粥が運ばれてきた。田上は、黙々とお粥を食べた。保健室に来ていた知らない女の子は、また赤坂先生と話していた。タキオンは、窓から外を眺めているのかもしれない。田上には、なぜそんなことをしているのか理解できなかったが、考えることはせずただお粥を食べ続けた。

 タキオンを追い払ったことによって、田上の心には、少し罪悪感が浮かんでいた。しかし、タキオンの顔を見る気にはなれなかったので仕方がない。相変わらず可愛さはあったが、怖くもあった。その正体を見る気にもなれなかったので、痛む頭に任せて田上は眠りについた。

 眠りは昨日と同じように昨日と大差なかった。ただ、夢を覚えていたかいなかったかの違いで、息もしづらく、体が重かった。

 そして、起きた時にはもう夕方で、田上は、帰りたい帰りたいと切に願っていた。

 タキオンはもういないのだろうか、と田上は思った。泣きたい気分だった。声を出して泣きたかった。タキオンが、そこにいると、田上は泣けなかった。ただ、それは確認する暇もなく、田上は泣き出していた。

 静かな保健室に田上の泣き声が響いた。誰も来る気配はなかった。だから、田上はもっと泣いた。あの日に帰りたかった。母がいたあの時に。暖かな春の日差し、黄色い菜の花と赤いてんとう虫、誰もいない公園。あの頃に帰らせて欲しかった。

【挿絵表示】

 

 田上は、泣いていた。すると、保健室のドアが開いた。最初は、何も言わなかったが、カーテンの中から聞こえてくる泣き声を訝しむように、足音がゆっくりと近づいてきた。

 カーテンがさらさらと音を立てて開いた。

「田上?」

 田上は、必死に泣くのを我慢しようと思ったが、そうすることはできなかった。カーテンの向こうから見えたのは、赤坂先生の顔だった。この情けない顔を見られたくなかった。だから、田上は、体を丸めて赤坂先生に背を向けた。

 赤坂先生は、田上の背を叩いて呼びかけようか迷ったが、最後には背を叩いて言った。

「田上?なんで泣いてるの?」

 田上は、答えたくなかったから、布団にうずくまって首を横に投げるように振った。赤坂先生は言った。

「田上、タキオンを呼んでこようか?」

 それはもっと嫌だった。

「やめてくれ!」

 そう言うと、ガバッと起き上がって赤坂先生の手を掴んだ。赤坂先生は驚いたが、何も言わずにゆっくりと田上の手を放させた。

「どうしてなの?」

 赤坂先生はこう聞いた。田上は、赤坂先生と目が合ってしまった以上どうしようもなかった。一言、こう言った。

「…帰りたい」

 赤坂先生は、ふんとため息をつくと田上のベッドに腰かけて、カーテンを見つめながら聞いた。

「どこに?」

「……母さんの手の平。母さんの腕の中。…消えた。消えたい。あの日々に」

 田上は、そう言うと、ベッドにまた横になった。そして、赤坂先生に背を向けた。

「…もうどこかに行ってください」

 田上は、呟くように言った。赤坂先生は、しばらく黙って、カーテンのシミを見つめた後、ため息をついて立ち上がり部屋から出て行った。外からは、ウマ娘たちの運動している様々な音が聞こえた。

 

 赤坂先生は、タキオンの研究室へと向かった。風邪で気分が滅入っているとは言え、今の田上の言動は見逃せないものであったし、また、見逃したくないものであった。赤坂先生と田上は、まあまあ仲が良かった。それは、タキオンとも仲が良かったせいもあるのだろうが、普通に気の合う仲間でもあった。その仲間が苦しんでいるのであれば、赤坂にとっては、救いの手を差し伸べなければならないと思った。田上は、自分の過去をあまり話す人間ではなかったから、情報がなかった。田上が、なぜあのような考えに至り、泣くほどに母を想ったのか。田上と親しい人間なら、それが分かるかと思った。しかし、いざタキオンの研究室について、本を読んでいるタキオンに話を聞いてみても、あまり大した答えは出てこなかった。

 赤坂先生は、研究室の扉を開けるや否やこう聞いた。

「おい、タキオン。田上のことについて知っているか?」

「ん?」

 タキオンは、聞き返した。

「だから、田上のことについて何か知っているのか?」

「…走力や体力なんかについてはデータは取ってあるが、それのことかい?」

「いいや、そんなんじゃない。もっと田上の昔のことだ」

「昔?……あんまりそう言うことは、話したがらない人だからねぇ。昔って言っても広いよ?あの人二十五年も生きているんだから」

「……例えば、母のことだ。…それと、あんまり私がこのことを探っていたというのは田上には言うなよ。傷つくから。…忘れておけ」

「忘れておけって」

 タキオンは、困ったように笑った。そして、その後に顎に手を当てて考えた。

「母のことねぇ。昔、母が病気で亡くなったってことくらいしか聞いていないな。…何の病気だったんだろう?」

「……そうか」

 赤坂先生は、深刻そうに考えながら頷いた。すると、今度はタキオンが少し心配そうに聞いた。

「なにかあったのかい?」

 赤坂先生は、難しい顔をした。

「別に、私の思い過ごしだったらいいけど、……うう!タキオンになんていえばいいかな。言ったら絶対怒られそう」

「怒られそう?トレーナー君にかい?」

 赤坂先生は、こくりと頷いて思い悩んだ。しかし、結局は言った。

「泣いてたんだよ。あの日々に帰りたいって…」

「あの日々?」

「母の腕に抱かれたいって」

「……愛情不足かい?」

「分からない。私もそのように思うけど、実際のところはどうなんだろう?たくさんのものが降り積もってできた様にも感じる」

 赤坂先生は、低い声で言った。それから、「内緒だから」とタキオンに念を押すと、研究室を去った。保健室に帰ると、カーテンを閉め忘れていった向こう側に、出て行った時と同じように田上が寝ていた。赤坂はため息をついた。そして、部屋の電気をつけた。

 


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