ケロイド   作:石花漱一

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十三、愛とは?①

十三、愛とは?

 

 冬は変わらず続いていて、寒さは絶えず人の体をいじめようとつけ狙っている頃。二月十日だった。全国の男児たち、いや、大人げない男たちまでもが、そわそわとする季節だった。タキオンは、ある事に頭を悩ませていた。それは、決して田上には相談のできないことで、友人たちの中でも特に秘密の守ることのできそうな人にしか話せない内容だった。所謂、恋バナ。所謂、好きな人。所謂、片思いだった。最後の方は、実際の所は、片思いとは言えないのだが、どちらも思いを中々言い出せず、タキオンとしては片思いとばかり思っていたからそう呼ぶことにしよう。

 タキオンの中で、田上に恋する心があるのは、ほとんど決定していたが、一つだけその思いを邪魔するものがあった。それは、田上の方がタキオンを好いてくれていないだろうという思いだった。これを秘密の守ってくれそうなカフェに相談してみると、返ってきた物は「今頃、トレーナーさんの事を好きになったんですか?もうとっくに秘密裏に交際しているものとばかり思っていました」と煽る言葉だった。これには、タキオンもむっとして言い返した。

「私がトレーナー君と付き合っている訳がないだろ。何を見てそう思ったんだ」

 最後の質問が余計だった。タキオンは自ら墓穴を掘ったのだ。

「ハグをしてくれ、トレーナー君。…トレーナー君とは家族みたいなものだよ。家族愛」

 カフェが、以前にタキオンが発言したことを淡々と言うと、タキオンも慌てて「止めてくれ!」と叫んだ。

「そんな意地悪しなくたっていいじゃないか。……確かに、これまでトレーナー君と距離が近かったのは認めるよ。認めてやるさ。ただね、あんなに距離が近くたって付き合ってないものは付き合っていないんだ。そこの所を誤解されてもらっちゃ困るよ」

 タキオンがそう言うと、心なしかカフェがニヤッと笑ったように見えた。

「……あなた、トレーナーさんと交際したいのかしたくないのか、どちらなんです?言ってる事と言ったら、一月の頭の時に言った事と変わっていませんよ。――トレーナー君とはカップルでも何でもない。…確か、こんなことを言っていませんでしたか?」

「う、うむ。…確かに、そんなことを言っていたが、今は状況が変わったんだ。…私は、あの人の事が好きなんだよ」

 今度は、カフェがふふふと笑うのがはっきり分かった。

「…あなた、いつの間に人の事を好きと言うようになったんです?てっきり人の事なんてどうでもいい変人だとばかり思っていました」

 カフェがそう言うとタキオンが答えた。

「ううむ…、どうにも君はやりにくいなぁ。私は、相談しに来たんだよ。彼が私の事を好きなのかどうか」

 すると、「あら、すいません。惚気話をしに来たのかと思っていました」とまた煽られた。これには、どうしようもなかったから、タキオンは「君は松浦トレーナーの事をどう思っているんだい?」と半ばやり返すように聞いたら、「私は、良いトレーナーさんだと思っていますよ」と平然と返された。どうやら、カフェは松浦に恋という名の感情は何一つ抱いていないようだった。だけども、タキオンはまだやり返し足りなかったので、続けてこう言った。

「君と出会ったのは、トレセンに入った中学の時だったけど、小学校の時に恋はしなかったのかい?」

 そう聞くと、カフェはじろりとタキオンを見た。タキオンは、これで憎まれ口でも叩かれて話は終わりかと思ったが、驚いたことにカフェはこう言った。

「……私は、…ちょっとだけ恋をしたことがありますよ。…まだ、十七年しか生きていませんが、好きになったのはこの人だけですね」

 本当にカフェが返してくれるとは思わなかったので、タキオンは少したじろいだが言った。

「そ、それは誰なんだい?」

 カフェは、またタキオンをジロリと睨んでから言った。

「…名前なんて教えたって何にもなりませんよ。この想いは、コーヒーの渦の中に沈んで行ったんです。……すぐに溶ける白く甘い砂糖のように」

 いつになく詩的な表現を使うカフェにタキオンはドキドキした。

「ど、どんな思いなんだい?」

 相も変わらず、タキオンが質問してくるので、カフェの方も相も変わらず睨み返した。

「……人に言えるものじゃありませんよ。…あなたのようにあれこれ言える方が不思議です」

 この言葉がタキオンの癪に障ったから、少し怒ったように言った。

「私の想いが嘘だって言いたいのかい?」

「いいえ、そんなことはありませんよ。人に話せる話せないは、人それぞれです。そこに裏も表もありません。…ただ、タキオンさんの話を聞いていると、いつになく思います。…あの人が愛しい愛しい、と」

 ここでタキオンが首を傾げた。今の言葉は、何だか嘘臭かった。

「……君、今の話は嘘かい?」

 そう言うと、カフェはふふっと笑った。

「ええ、嘘です」

「なんだ…。…どこから嘘なんだい?」

 タキオンががっかりしたように聞くと、カフェは静かに微笑み返すだけだった。これが、タキオンをさらにドキドキさせた。

「え、…どこからが嘘なんだい?」

 もう一度聞いても、カフェは静かに微笑み返すだけ。タキオンは、これに非常に感心した。

「君も案外大人なんだな。…少なくとも、それっぽい雰囲気は感じ取れる」

「そうでしょう?」

 そうカフェが答えると、その後に苦いコーヒーを飲んだ。

 

 それから、お昼頃まで時は流れた。タキオンは、用もないのに相変わらずカフェの部屋の方に入り浸り、自分の研究室の方には戻らなかった。カフェは、自分がコーヒーを飲むのを邪魔しなかったから、仕方なくタキオンが居るのを許していたが、あの話が終わってから一声でも話しかけてくれば、邪険な顔をして部屋から追い出すつもりだった。幸いなことに、カフェのコーヒーを飲む時間は、平穏無事に守られた。

 やがて、ゆっくりとコーヒーを飲み終わると、カフェは立ち上がった。ちょうど、タキオンがカフェが部屋に置いている金色の天秤を眺めていた時だった。

「おや、もう帰るのかい?」

 立ち上がったカフェにタキオンがそう呼びかけた。「ええ」とカフェも頷いて、部屋を出て行こうとした。この時に、「なら、私も出るとするよ」とタキオンが言ったから、カフェはタキオンに部屋に出るよう催促せずに済んだ。

 部屋を出ると、二人は暫く黙ったまま歩いたが、二階に降りる階段に来たところでタキオンが言った。

「君、愛って何か分かるかい?…普段から超常現象に触れ合っている君なら、また違った答えが返って来るかもしれない」

「…愛…ですか…?」

 カフェは、不思議そうに聞き返した。

「そう、愛だよ。私には、どうにもこれが分からなくってね。…愛って一体なんだい?」

 タキオンが期待を込めてそう聞いたが、カフェから帰ってきた言葉はこうだった。

「……分かりません。あなたの愛するトレーナーさんにでも聞いてみたら如何ですか?」

「おい、カフェ!そのことはどこそこで言わないでくれ。この学校はどこに目や耳があるんだか分かったもんじゃないんだから」

 タキオンが慌てて、辺りを見渡し、そして、音を聞いて誰もいないことを確かめた。確かに、誰もいないようだった。

「本当に、気を付けてくれよ…」

 珍しく憔悴した声を出したタキオンだったので、これにはカフェも少しの罪悪感を感じて、「すいません」と返した。しかし、その後にこう続けた。

「しかしながら言わせて貰うと、あの人は、あなたの事をそんなに嫌っていないってことは分かるでしょう?…一度、想いの告白でもなんでもしてみては?」

 そんなに嫌ってないどころではなく、タキオンの事が好きなんだろうということは一目瞭然だったが、タキオンが気付いていないという事は、そういう事なので本当の事は言わないであげた。

 タキオンは、カフェの言葉にこう返した。

「そんなの、上手くいくんだったらとっくにやってるさ。でも、彼は、好きであろうとなかろうと、必ず――お前の気持ちには答えられないって答えるよ。それで、私が、――なぜ?って聞こうものなら、……これ以上は言えないか…」

 タキオンは、「トレーナー君は、――俺がトレーナーでお前が担当だからだって答えるよ」と言おうとしたのだが、これでは何処かにあるかもしれない目や耳が一度聞けば、二人が誰の事を話しているのか分かってしまうので、言うのを止めた。カフェには、タキオンが言おうとしていたことが分かったので、こう話を続けた。

「タキオンさんが考えていることが、私の考えに当てはまっているなら言いますけど、…私もそんな風に思いますね。あの人じゃ、まず無理でしょう」

 カフェがそう言うとタキオンは、少しむっとした。

「君が彼の何を分かっているんだい?…まぁ、私も無理だと思う。…あ~あ、もっと楽な物ができたならなぁ…」

 タキオンの声が、階段に響いた。すると、カフェが言った。

「…それが、愛なんじゃないんですか?…それが愛…」

 こう唐突にカフェが言ったから、タキオンは暫く言葉を飲み込めずに黙って考えてから言った。

「…まぁ、そんな答えなんだろうね。持っていて楽な物ではない。…そんな事は誰でも分かっているよ。でも、私はなぜだかそんな言葉じゃ納得できないんだ。…世の中に溢れていて、使い回しにされ過ぎた言葉なんだろうね。だから、その言葉の本当の意味を失ってしまった。大衆的な言葉になってしまった。……愛ってのは、簡単に言える大衆的な言葉じゃないんだ。もっともっと深い名作の様な物の中に現れるのが、本当の言葉なんだ。それが、大衆的な言葉である愛とニュアンスが少し違っても、その人にとっては愛とはそれなんだ。……と言っても、私には分からないんだけどね。…自分の言葉を作り上げたことなんてないし。…あ~あ、私にも名作が簡単に作れたらなぁ」

「…なんでも望みますね」

 そろそろ鬱陶しくなったのか、カフェがぼそっと嫌味たらしく言った。すると、タキオンがハハハと笑って返した。

「望むさ!手に入れられるものだったら!望める物なら望んでおいたほうが得だよ。いざ目の前に、本当に望んでいた物が現れた時、それを取り逃してしまう可能性があるからね。彼もまた然りさ。望める物なら望んでおいて、それが目の前に流れて来たらこの身を汚してでも取る。まぁ、心の底から望んでいる物を自覚してたら、そう思わずともこの身を汚して取るだろう。そんなものさ。…君には、望んでいるものはあるかい?」

 タキオンがそう言うと、カフェが少し考えてから言った。

「タキオンさんに勝つことですね。天皇賞・春の話はどうなりました?まだ、考えていますか?早くしないと、出走登録ができなくなりますよ」

「いやぁ、君もしつこいね。そんなに私に勝ちたいかい?」

「ええ」と食い気味にカフェが返した。

「あれを聞かれたのは失敗でしたが、聞かれたのなら、無理矢理にでも一緒に走らないと気が収まりません。私と走りましょう、タキオンさん」

 タキオンは、困ったようにカフェに笑いかけた。

「それは、多分、走らないよ。まず、トレーナー君との相談が必要なんだ。それに、私は、もうあんまり長い距離は走りたくないんだ。URA区分で長距離とされているものはね。…菊花賞にはほとほと参ったよ。疲れるも疲れる。三千メートルって三キロだろ?ゆったり走るとなれば気持ちのいいものだが、競走するとなると疲れるんだ」

「それは、二千メートルも一緒でしょう?」

「その通りだ。しかし、気の持ちようというものもあるだろう?三千メートルは、私には些か長すぎるんだよ」

「有馬記念もですか?…出走資格は十分あったのに」

「まぁ、概ねその通りだね。トレーナー君が、大阪杯を走らないか?と聞いたから、私もうんと頷いたわけだ。…有馬記念も二千五百メートルだが、区分としては長距離だからね」

「そうですか…。残念です」

 無理矢理にでも、と言ったわりに、カフェは潔く引き下がった。その様子を見かねてか、タキオンが言った。

「…そうだ。君、昼からトレーニングがあると言っていたね。久々に併せないかい?…と言っても、本気のトレーニングではなく、ただ一緒に走りたいだけなんだけど」

 タキオンの言葉にカフェは暫く考え込んでから言った。

「…良いでしょうと言いたいところですが、まずは、松浦トレーナーに掛け合ってみないと。私以外の子も受け持っているので、練習場所を変えるというのは、難しいと思いますよ」

 タキオンとカフェの普段の練習場所は違って、タキオンの練習場所とカフェの練習場所は、校舎を大きく挟んで向こうの方にあった。だから、松浦が移動して見るとしても、中々難しいように思えた。しかし、タキオンはこんな提案をした。

「いやいや、君は私の田上トレーナーが見てくれるから、心配ないだろう。それは、そっちの松浦トレーナーの方が分かっているはずだ。…問題は予定だな。私としては、あんまり本気で走るつもりはなくて、それなりのスピードで君と話しながら走りたいのだが」

「……どっちにしろ、双方のトレーナーに相談しないと決まりませんよ」

「それじゃあ、相談してから決めよう。決まったら、はいでもいいえでもLANE(メッセージアプリ)で連絡してくれ。…じゃあ、また昼にね。私はトレーナー君の所に行ってくるよ」

 タキオンがそう言うと、今まで心持ち落ち込んでいるような顔をしていたカフェが、ニヤッとからかうように笑った。タキオンはそれをしかと見た。あんまりいい気分はしなかったが、カフェが「では」と言って立ち去っていくと、また「じゃあね」と返した。

 しかし、次の瞬間には、田上の下に行くと思うと、心を弾ませた。田上の事が好きだと自覚し始めてから、タキオンは毎日が幸せのような気がした。田上の方は、相変わらず、陰気な面をしてタキオンに接していたが、そんな田上がタキオンは好きだった。――トレーナー君も好きでいてくれたらいいのに。そう思うと、少しだけ心は沈んだが、田上の低い声を聞けば、再び心は浮上する。タキオンは、半ば早足になって、トレーナー室に向かった。

 

 トレーナー室に着けば、まだ田上がいた。タキオンとしては、田上がもう先にカフェテリアに向かったのじゃないかと心配になっていたところだったが、その姿を見つけてほっと胸を撫で下ろした。

 ここ最近は、田上のお弁当は、なしと言う事になっていた。この理由は明々白々で、元々タキオンが研究室で集中しながら閉じこもりたいがために作っていた弁当だったので、研究をしなくなった今、田上がそれを作る必要はなくなった。これには、タキオンも納得はしていたが、少しだけ作ってほしいという気持ちもあった。今は、田上とトレーナー室で二人きりで話すということが楽しくなっているので、その時間ができるだけ長く続くようカフェテリアの時間さえもこのトレーナー室で二人きりでお弁当を食べられたらと思った。しかし、弁当を作るために田上が、少し早起きしているというのも事実だったため、タキオンはその言葉を飲み込んだ。どっちにしろ、カフェテリアで話していてもタキオンにとっては楽しかった。

 部屋に入ったタキオンは、難しい顔をしてクリップボードに貼った書類を見ている田上に「やあ、こんにちは。ご機嫌いかがかな?」と声をかけた。午前中は、ほとんどカフェの部屋にいたので、今日のうちで田上と話すのは今が初めてだった。田上は、書類から顔を上げてチラとタキオンを見て、「こんにちは」と返した。相変わらず、陰気臭い低い声だったが、今は集中していたためか普段よりもずっと低くなっていた。だから、タキオンは言った。

「どうしたんだい?やけに元気がないというか、難しい顔で紙を見つめているが…。もう昼だよ?」

 タキオンが、そう言うと、田上は黙って時計を見上げて、昼という事を確認してから「先に行っててくれ」と言った。これには、タキオンは不満だった。「嫌だ」と言うと、「君と一緒にお昼を食べたいんだけど」と続けた。すると、田上はタキオンの事をジロリと睨んだ。それは、タキオンを見つめながら考え込んでいる顔だったので、タキオンは平然と「どうするんだい?」と聞いた。

 暫くタキオンを見つめた後、田上はため息をついてから言った。

「…まぁ、お腹も減ったからな。昼飯を食うしかないか」

 そう言うと、立ち上がって大きく伸びをして、欠伸をした。

「眠い」

 一言そう発してから、田上はタキオンの事はお構いなしにカフェテリアに行った。タキオンは、その後に嬉しそうについて行った。

 

 カフェテリアに着くと、タキオンは早速聞いた。

「トレーナー君。今日のトレーニング、カフェと一緒に走りたいけど、いいかな?」

「カフェさん?…どうして?」

 田上がそう聞くと、タキオンは先程のカフェとの会話を思い出して、少しどぎまぎしてしまったが表情には出さずに言った。

「ちょっと話したくなったんだよ。カフェの方は、まだ連絡が来ていないから分からないけど、一応乗り気ではあるみたい」

「……それは、二人で競争するってことか?」

「え、ああ、いや違うよ」

 ここで、昼食を受け取って席を探し始めたので、話がいったん途切れた。そして、広いカフェテリアの中にたまたま残っていた二人用の席を見つけると、そこに座って話が再開された。

「…で、タキオン。じゃあ、カフェさんと何をするつもりなんだ?」

「え?…ああ、カフェとちょっと話がしたいから、ゆっくり走りつつ、今日は休憩かな~と思っているんだけど…」

「休憩…」

 その後に、田上は昼ご飯を食べながら、考えるために黙り込んでしまったので、タキオンもご飯を黙々と食べた。そのためなのか、考えながらゆっくりと食べている田上よりもずっと早く食べ終わってしまって、タキオンは暇になった。田上は、変わらず黙って食べていた。しかし、タキオンも暇になってしまったので、田上の方に話しかけた。

「まだ、考えはまとまらないのかい?」

「え?」と田上が聞き返した。タキオンは、仕方なさそうに微笑んで、また同じことを繰り返した。すると、田上も言葉を飲み込めたようだったが、すまなそうにこう言った。

「ごめん、全然別の事考えてた。……うん、いいんじゃない?松浦さんが、良いって言えば、俺は良いと思うよ。…練習する場所は違うけど、どうするの?」

「それは、私たちの場所でしようと思っているのだけれど、…あっちじゃ難しいだろ?君と違って、あっちは何人か持ってるんだから」

 これは、田上の自尊心を少しだけ傷付けたようだった。しかし、一瞬だけ顔をしかめこそしたのみで、その後にこう言った。

「…まぁ、そうだろうな。…別にタキオンがあっちに行ってもいいんだけどな。迷惑をかけなければ」

「それは、私があっちに行くだけで迷惑になるだろう?結局、仕事として面倒を掛けることになるんだから。……それとも、君と一緒にあっちに行けばいいのかな?」

 タキオンがそう言うと、途端に田上が返した。

「あっちは嫌だよ。なんか、広すぎて嫌になるし、見る奴見る奴自信に満ちていて、俺にはやりにくい」

「なら、カフェがこっちに来るしかないようだね」

 タキオンがそう言うと、話は終わりだったようだ。田上が、ご飯も食べ終わって立ち上がって、こう言った。

「ダメだ!もう眠い!ちょっとトレーナー室で寝てくる!」

 田上は、そう言って自分の食器を持ち、厨房の方に戻しに行ったが、その時に戻ってきて言った。

「トレーニングは二時から!それまで、寝てるから起こしに来てくれ!」

 今度こそ田上は立ち去って行った。タキオンは、その後ろ姿を眺めつつも、自分の食器を戻しに歩いて行った。

 

 昼食が終われば、タキオンもどこに行こうか迷ってしまった。と、そこで、タキオンは自分が連絡できるスマホを持っていないことに気が付いた。確か、寮か研究室の隣のカフェの部屋かのどちらかだったから、タキオンは寮の方に探しに行った。

 寮の方は、共有スペースの所にいつもより人が少ないように感じた。しかし、タキオンにはそんなことはどうでもよくて、自分の部屋に行ってスマホを探した。

 スマホは、すぐに見つかった。カフェの部屋の方には初めから持っていってなくて、朝に机の上に置いたきりだったのだ。タキオンは、それを掴むとその中身を見た。中には、カフェのメッセージが届いていた。

『よろしいそうですが、私の事について、何点かあなたのトレーナーさんの方にお伝えしたいことがあるそうです。何時開始かを教えていただければ、その時間にそちらに伺う、との事です。』

 タキオンは、これを見て心の中で少し笑った。というのも、田上は、カフェのトレーナーの事が少し苦手そうだったからだ。――これを伝えたら嫌な顔をするだろうな、と思いつつも、タキオンにはそれが可笑しくて少し笑ってしまった。

 タキオンは、LANEを使って、カフェの方にメッセージを送った。

『私の方も大丈夫。二時から開始すると言っていたから、まだ少しかかる。もし、君のチームのトレーニングの方が、早く始まるのなら、少しだけやっていても構わない』

 そう送ると、満足そうにニヤリと笑ったが、すぐに――何かが足りないな、と思った。それで、タキオンは良い事を思いついた。――そうだ。トレーナー君の寝顔を撮って送ってやろう。そう思うと、自分のジーンズのポケットにスマホをしまって、おもむろに部屋を出た。

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