ケロイド   作:石花漱一

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十三、愛とは?②

 タキオンは、一応、トレーナー室にノックして入った。ノックして、返事も聞かないで入った。

「トレーナーくーん。居るかーい」

 これは、少し小声だった。田上が、寝ているものとばかり思っていたからだ。ノックをしたのは、気が向いたからだった。もしかしたら、田上が寝ている所に入るのに、少し罪悪感を感じたからかもしれない。しかし、これは先日のデジタルを巻き込んだものに比べれば恐るるに足りなかった。

 タキオンは、誰もいないと思っていた部屋に呼びかけたが、返事が返ってきてびっくりした。すぐに、声の聞こえてきた右手の方を見やると、手前のソファーに田上がだらしなく寝ていて、その奥のソファーの方にマテリアルが優雅に座ってお茶を飲んでいた。タキオンは、少し顔をしかめた。いつ入ってきたのかは知らないが、トレーナー君と二人きりでいたなんて少しずるいと感じたからだ。そのしかめ顔に何と思ったのか、マテリアルは、笑顔を作ってこう言った。

「ああ、タキオンさん。今、タキオンさんの紅茶を頂いていた所です。タキオンさんの言っていた通り、凄く…何と言うか、心地が良いです」

 あんまり笑顔だったものだから、タキオンも不機嫌であることを段々と忘れさせられて、田上の写真の事も忘れさせられた。

「ああ、そうだろう?…その茶葉はね、香りがとてもいいんだ。…ただ、トレーナー君は、この匂いが嫌いらしくて、私がこれを飲むといつも主張するように咳をしたり、キーボードを強く叩くから、私はいつも気にしないようにしているよ」

 マテリアルの「へ~、そうなんですね」という声を軽く聞き流しながら、タキオンはソファーに寝転がっている田上の顔を覗き込みに行った。

 田上の顔は、うなされているのか、いつにも増して悩ましげな顔だった。寝ているというのに、幸せそうな面をしないで、眉間に深い皺を寄せていた。なんだか、可哀想になった。どう生きてきたら、寝ている間までもこんな顔になってしまうんだろう、と思った。タキオンは、さらに田上の顔に自分の顔を近付けて、見つめようとしたが、それはマテリアルの少し空気の読めない声によって破られた。

「タキオンさんもお飲みになられますか?ちょうど、お湯を多く作りすぎてしまったんです」

 マテリアルがそう言うと、タキオンは田上の顔からぱっと自分の顔を引き剥がし、マテリアルの方を見やった。

「…ああ、頂こうかな。せっかくトレーナー君が寝ているんだし」

 タキオンは、田上を見つめることを邪魔されたのには何とも思わず言うと、途端にマテリアルが立ち上がって「タキオンさんは、奥の方に座って田上トレーナーの顔でも眺めていてください。私が、用意いたしますから」と言って、電気ケトルの方に歩いて行った。だから、タキオンは仕方なしに言われたとおりに、ソファーの奥の方に座り、マテリアルが座る分も空けて、席についた。

 タキオンは、マテリアルが鼻歌を歌いながら準備をするのを眺めていた。田上の顔も一時は見ていたが、さすがに好きな人の顔と言えども、何の変化も無いとなるとつまらなかった。

 マテリアルは、調子の早い曲を歌っていた。タキオンの知らない、または分からない物だった。タキオンは、一生懸命聞いて何の曲か理解しようと思ったが、タキオンが――ん?と思った時には、もう別の曲に変わっていた。しかし、どれも終始早い曲調の物だった。その中の一つに田上が聞いていた事のある曲があったように思えた。だが、それはやっぱり――ん?と思っただけで、判別はできなかった。

 

 マテリアルの鼻歌は、たまに言葉になったりならなかったりした。その中に、恋歌らしき言葉を聞いた。「ああ、愛する人よ」とか「さぁ、一緒に行こう。愛しきあの場所へ、愛しきあの人と」とか聞こえてきたので、恋歌なのは明らかだろう。すると、タキオンの頭の中に思い浮かんできた物があった。だから、マテリアルがタキオンの分の紅茶を持ってきて、隣に座ると聞いた。

「君は、恋とかはしたことがあるのかい?」

「恋…ですか?」

 紅茶を一口飲んでから、マテリアルが答えた。それに、タキオンが頷いたから、マテリアルは少し考えた後に言った。

「...恋はした事がありますよ。……だけど」

「君は、あんまりそういうところで苦労した事はないんじゃないか?」

 ここで、タキオンがマテリアルの話が終わったと勘違いして、続きの言葉に自分の話を被せてしまったから、慌てて「すまない」と謝った。マテリアルは、「こちらこそすみません」と言ってから、再び話し出した。

「...タキオンさんの言う事も分かります。自慢じゃないですが、一つの季節ごとに絶対に一人から告白されていました。……でも、私、男運がないのでしょうか?付き合う人付き合う人、悉くヘタレで、――やっぱり荷が重かったとかなんとか言われて、未だに半年以上続いたことはありません。...私も交際が、恋から始まらないのがいけないものと思います」

「それは、なんでなんだい?」とタキオンが聞いた。

「…私、本気の恋?と言うものをしたことがなくて、告白してきた人は大体が私の恋している人じゃありませんでした。それにも関わらず、私はその告白を受け入れました。私にとって、恋とは、ただ単に――この人かっこいいな、とか、――この人優しいな、という物なんです。だから、何となくこれが本気の恋ではないんだろうな、と思います。…タキオンさんは、本気の恋という物をしたことがありますか?それとも、今してる?」

 これは、タキオンには少し意地悪な質問だった。マテリアルの真意は分からなかったが、その笑顔がタキオンには意地の悪い笑みに見えた。と言っても、悪い人ではない事を知っていたから、タキオンは嘘を交えつつも、その事について正直な所を答えた。この時に一番苦労したのが、寝ている田上の方に視線をやらないことだった。思わず、視線でもやってしまえば、マテリアルに察せられる可能性があった。

「…私は、本気の恋という物をしたことがあるよ」

 あえて過去形にした。勿論、これは田上の事だったが、正直にいうと不味い。それと同時に、タキオンはこんな事にも気が付いた。それは、田上が初恋の人だということだ。今まで、愛というのは分からないと思って、避け続けてきた恋だったが、ここでなぜか好きになってしまったのが、田上だった。

 タキオンは、その事は口には出さないで、話を続けた。

「…私も君と同じ様にだけど、何となくあれが本気の恋だって分かる」

「ちなみに、その恋の結果は?」

 マテリアルが、口を挟んできたが、ここで、計らずもあの時のカフェと似た微笑みを作って、マテリアルの息を飲ませた。

「…大人の女ですね…」

 マテリアルが、感心して言った。それには、タキオンもこう返した。

「そんな事はないさ。君の方がずっと大人だよ」

「いえいえ、私なんて、ただちやほやされているだけで、精神面はそんなに大人じゃありませんよ」

「でも、君の方が、トレーナー君や私よりずっと落ち着いて見えるよ」と言おうと思ったが、もし田上の方に聞こえていたら可哀想だと思ってなにも言わなかった。実は、田上の意識は、もうとっくに目覚めていたが、目の前で女子会トークをされていると、起きようにも起きれなかった。さらに、タキオンの恋の話も出てきて、益々起き上がることができなかった。田上は、タキオンの話を聞いて、少し悲しくなった。タキオンは、意味深な沈黙をしていたが、今のタキオンに好きな人がいるとしても、きっとそれは自分の事ではないだろうと思ったからだ。田上の瞼の裏には誰にも好かれることのない、自分の背中がポツンとあった。

 タキオンは、先述の言葉を飲み込む代わりにこう言った。

「…ところで、今日も君はトレーニングについてくるのかい?」

「はい、今日も伺います。…もうそろそろ大阪杯が迫ってきているので、近頃は頑張っていますね」

「ああ、そうだね。あと約二か月と言ったところか。…まぁ、今日は少し違うよ。カフェと一緒に走るんだ」

「模擬レースですか?」

「いや、ちょっとした休憩日と言う事で、カフェと走りながらゆっくり喋るんだ」

「へ~、そんな日もあるんですね」とマテリアルは、相槌を打った。それから言った。

「大学で実地の研修も何回かしましたが、そんな事をするとは聞いた事がありませんでした。それは、GⅠを走るようなウマ娘たちは皆していることなんですか?」

「GⅠを?」

 この質問にタキオンは少し笑ってしまった。

「…まぁ、どうだろうね?私だって今回が初めてだよ。たまたまカフェと話したくなったから、トレーナー君に相談して、こういう機会を貰ったんだ。勿論、カフェの方もね。…だから、皆しているというよりも、トレーナーの指導方針によると思うよ」

「ほう」とマテリアルは頷いた。それから、田上の顔を見た。まだまだ、眉間に皺を寄せていた。マテリアルは、その苦悩に満ちた顔を見つめた。タキオンもそれにつられてその顔を見つめた。途端に、写真の事を思い出した。

「ああ、そうだった」

 そう言うと、ポケットからスマホを取り出して、田上の方にかざした。

「何をしているんですか?」

 紅茶を飲みながらマテリアルが聞いた。

「え?…ああ、カフェにトレーナー君の写真を送ろうと思ってね」

「カフェさんは、…あのカフェさんですよね?菊花賞二着で、有馬記念を優勝した」

「そうだね。あのカフェだよ。次の天皇賞・春も獲れるんじゃないかな」

「そのカフェさんが、田上トレーナーの写真を欲しがっているんですか?トレーナーのファンなんですか?」

「え?…いや、違うよ」

 マテリアルの勘違いに気が付くと、タキオンは笑ったが、同時に胸がドキドキした。カフェが田上の事を好きではないのは分かっていたが、他の人がそうなる可能性があった。特に、田上は今後もウマ娘をスカウトしていくだろう。そうなれば、タキオンも危ない状況に立たされるかもしれなかった。しかし、――今の所は、大丈夫。今の所は…。と自分の心に言い聞かせると、話を続けた。

「…カフェはね。…いや違う。私がね、カフェに一方的に送りつけるだけだよ。カフェがトレーナー君のファンなんてことはあり得ないし、第一、こんなトレーナー君にファンが付くほどの器があるわけないだろう?」

 タキオンがそう言うと、話を聞いていた田上は、ここらが潮時だと思って、むくりと体を起こすと眠そうに言った。

「失礼だな。ファンくらい付くよ」

 途端にタキオンは、驚いて声を上げた。

「わ!?き、君いつから起きてたんだい!?」

「……恋の話の時から」

 これには、マテリアルの方も驚いて、そして、怒った声を上げた。

「じゃ、じゃあ、私の話も聞かれてたってことですか!?田上トレーナー、それはダメですよ!ちゃんと起きたのなら起きたと言ってくださいよ!」

「お前らが俺に聞かせたくない話をしていたなら、俺のいない所でしろ!俺だって、起きるタイミングはコントロールできん!」

 その後も田上とマテリアルは激しい口論を交わしていたが、タキオンは人知れず顔を赤くさせていた。話をほとんど最初から聞かれていたということは、タキオンの胸の内も、嘘を交えているとは言え、少しだけ明かしてしまったのだ。何より勘違いだけはしてほしくなかった。本気の恋の何とやらが、田上にどう影響を与えたのかは分からなかったが、タキオンはそう願うことしかできなかった。

 

 田上が起きたくらいが、一時半だったので、トレーナー室に居た皆はぼちぼち準備を始めた。田上が、「ここで着替えるから出て行ってくれ」と言うと、マテリアルが顔をしかめて言った。

「私が、ここに入ってきて、たまたま田上トレーナーが着替えている所だったらどうするんですか?入ってきて、キャーじゃ済みませんよ?あなたの尻を蹴りに行きますよ?」

 田上は、マテリアルの半分冗談に困ったように笑った。そして、そのまま笑いでごまかすと、二人を外に追いやった。それで、着替えようと上着を脱ぎ始めたのだが、タキオンが舞い戻ってきた。

 タキオンが、扉を開けた時、田上はもう自分が一人だと思って鼻歌を歌っていたので、タキオンと目が合って固まった。それから、不愛想に言った。

「何の用だ?」

「いや、ちょっとね」とタキオンが言った。その後に、部屋の中にそっと入ってきた。田上はもう、自分の着替えをとってそれに着替えようとしていたところだったから、その服を机の上に置くと、仕方なさそうにタキオンを見やった。タキオンは、決してそわそわした様子ではなかったが、それでも、落ち着かないように部屋をぐるりと見やった。その時に、田上とも暫くの間目が合ったのだが、何も言わなかった。

 田上は、もう一度聞いた。

「何の用なんだ?」

 すると、また「ちょっとね」という曖昧な返事が返ってきた。それで、タキオンを見ると、棚の方に行って本の背表紙を眺め始めたから、田上はその近くに寄って聞いた。

「何か必要な本でもあるのか?どれなんだ?」

 タキオンは、田上が寄ると少し遠くに離れた。それを田上はしっかりと見て感じ取っていたから、いよいよもう避けられ始めたな、と思った。

 タキオンは、「それを取ってくれ」と言うと、棚の一番上の物を指差した。田上は、タキオンよりも高い背を活かして、その本を取ってやった。それは、田上が普通に気に入っている赤い表紙の本で、ファンタジー物語だった。田上には、タキオンがそんな話が好きとは知らなかったから、「これファンタジーだぞ?読むのか?」と聞いた。タキオンは、「うん、ちょっとね」と田上を見上げつつ言った。それから、少し嬉しそうにして、その本を胸に抱えて立ち去って行った。

 これで、ようやく田上が着替えることができた。今の時間だけで、十分間消費した。早く運動場の方へ行かねばならなかった。早いマテリアルなら、もう着いている頃だろう。少なくとも、マテリアルより遅れるのは確実だった。マテリアルは、田上があまり強く言わないから、結構自由奔放にやっていて、言葉遣いなんかは一応敬語を挟んでいるものの、完全に田上を舐め腐っていた。別に、田上としては、補佐に舐められようが何されようが、自分のやりたい事を邪魔してこなければ何でもよかったので、それをしないマテリアルは田上に容認されていた。

 田上は着替え終わった。着替え終わり、クリップボードにまとめた幾枚かの書類をそれごと持っていって、運動場へと向かった。

 

 一番遅かったのは、田上だったようだ。少なくともタキオンよりは着替えるのが早かったはずだが、のんびりし過ぎたのか、タキオンもすでに着いていて、カフェも着いていて、さらに松浦もいた。タキオンは、田上にこの事を伝えることをうっかり忘れてしまっていたので、田上が来ると「君、松浦君が伝えたいことがあるって言っていたのを伝えるのを忘れていたよ」と言ってきた。それで、状況が飲み込めた。マテリアルも早々にいたが、松浦と田上が話していたので、田上が一番遅かった事に何も言う事はせず、自分もその会話に加わって話に耳を澄ませた。勿論、学びを得るためだった。

 松浦の話は、長くなかった。何点か、「カフェを○○キロ以上走らせないようにしてください」とか「本日のスピードはこのくらいでいいですか?」などタキオンの予定も加味しつつ言ったのみで、田上もそれに二つ返事で答えた。松浦の提示したものは、タキオンが言った通りゆっくり走りたいという要望に答えられていて、田上もこれ以上の事は言いようがなかった。そして、マテリアルは、真面目な顔で二人の話を聞いていた。

 マテリアルは、ジャージに着替えても尚、その美しさを損なわなかった。マテリアルを初めて見るカフェは、タキオンに紹介されて「よろしくお願いします」と言った後、マテリアルが立ち去ってトレーナーたちの会話に加わっていっても、その姿を見つめていた。だから、タキオンに少し笑われた。それで、カフェが「タキオンさんはナツノさんを初めて見た時どう思ったんですか?」と半ば怒って聞き返した。すると、タキオンはぐうの音も出なくなった。自分が、カフェとまるっきり同じような反応をしていたと記憶していたからだ。それだから、タキオンは話を逸らしてこう言った。

「ほら、あの三人を見てごらんよ。…何だか、面白い構図だよねぇ。トレーナー君に部下がいるなんて。あの人そんな柄じゃないだろ?」

 タキオンが聞くと、カフェは失礼なことだと思って声には出さなかったが、頷きはした。

「何だか、時が経つのは寂しいけれど、ここ最近は喜びだってあるんだ」

 タキオンがおもむろに言って、カフェの方を振り向いた。カフェは、恐らく田上を好きになったことだろうと思って、「ええ、そうですね」ととりあえず頷いた。

 

 暫くしてから、カフェに「今日も頑張って」と言うと、松浦は他の自分の教え子の方に帰って行った。カフェは、それを少し笑って、手を振って見送った。

 その後に、田上がカフェの方に近づいてきて言った。

「松浦トレーナーから、二、三個言われたが、ゆっくり走るのであれば問題ない。あんまりスピードは出さないようにとのお達しだ」

 カフェの代わりにタキオンが返事をした。

「それについては全然問題ないよ。何しろ、私たちは、走りながら話すんだから、そのうち脇腹抑えてぜえぜえはあはあ言っている可能性もあるよ」

 タキオンの言葉に田上が苦笑した。

「そうなったら、潔くリタイアしてくれ。勿論、無理はしちゃいけないし、カフェさんに至っては元々俺の担当じゃないから、本当に気をつけて走ってくれ。何しろ、俺じゃ責任は取れないんだ。契約上の責任は、松浦さんの方にあるから、それを忘れないでくれ」

 カフェは、「はい」と静かに頷いた。

「それじゃあ、ストレッチをしてから運動だ。…俺は、土手の方に居るから、何かあったら呼んでくれ。…ちゃんと見てはいるからな」

 最後にそう付け加えて、田上は土手の方に立ち去って行った。

 それで、やっとタキオンとカフェの会話が始まったかに思えたが、最初のうちは、二人とも黙々とウォーミングアップをして、体をほぐしていた。タキオンが早速話しかけるものだと思っていたが、そこはしっかりとやるようだった。

 そして、走り始めた途端に、タキオンはこう言った。

「カフェは、本当に恋をしたことがあるのかい?」

 カフェは、暫く黙っていたが、決して考えていたからなどではなく、ただ単にその瞬間に声を発するのが億劫なように思えたからだ。冷たい冬の風が二人の頬を撫ぜた。

 二人が黙々と走っている時に、カフェは唐突に言った

「あの話は本当ですよ?」

「あの話?」

 タキオンが聞き返した。そして、二人が話すとなると徐々にスピードも落ちていった。

「あの話です。午前中に部屋でした話。小学校の時に好きな人がいたのは事実で、その後に好きな人がいない事も事実です。しかし、そんなに相手の事を想っていたことはありません。名前も朧げにしか覚えていませんから」

「その名前は?」

 性懲りもなくタキオンは午前中と同じ質問を繰り返したから、カフェが呆れて言った。

「あなたに名前を言ったって、しょうがないでしょう?それとも、その名前を聞き出して、スキャンダルでもしたいつもりですか?今時流行りませんよ?そんなこと」

「そうじゃないんだよ。単純に気になるだけだよ。…でも、そう言えばそうか。…私たち、一応アイドルだものね。交際でもしたら、スキャンダルになるのかな?」

「私には分かりませんが、たまにみるウマ娘とトレーナーの交際発覚では、大分世間に容認されている雰囲気はありますけどね。…タキオンさんは、…どうでしょう?誰と付き合っても、批判されそうな気はしますけどね」

「えー?…なんでなんだい?何で批判されるんだい?」

「あなた、元々、問題行動で批判され気味でしたし、名前が大きくなればなるほど熱烈なファンが多くなるのも当然でしょう?…もしかしたら、刺されるかもしれませんね。タキオンさんの交際相手になったら」

 カフェがそう言うと、タキオンは慌てた。それで、隠すことも忘れて田上の方を見つめてから、そのことに気が付いて、殊に小声で言った。

「そんな脅さないでおくれよ。あの人が刺される?もし、そんな事があったら、私は一生誰とも交際できないじゃないか」

「誰かと交際したいんですか?」

 カフェも小声で返した。すると、タキオンも言う事に詰まってたじろいだ。それから、見ているカフェでさえ恥ずかしくなるような赤面で、モジモジしながら言った。

「…私だって、付き合いたい人はいるさ」

 消え入りそうな声だったが、カフェの耳にはしっかり届いた。カフェは、それには何も触れず、黙ったままタキオンの隣を走った。

 タキオンは、暫く頬の熱が引かないまま、考え込んでいたが、やがて、カフェと一緒に走っていたことを思い出すと言った。

「君は、初恋の人以降好きになった人はいない。さっきの言葉の解釈はこれでいいのかな?詳しく言っていなかったけど」

「ええ」とカフェが返した。

「なら、君は、これより先、人を好きになれると思うかい?誰でもいい。出会いがあれば、人を好きになれると思うかい?」

「…人を……。…私には、あんまり想像がつきませんね。確かに、人を好きになったことはありますが、それは遠い昔の事で、ただの子供の戯言に過ぎないと思っています。それこそ、タキオンさんが意味を探し求めている『愛』がなかったのだろうと。……人を好きになるには、愛が必要なんじゃないんですか?」

「では、なぜ、離婚する人がいるんだい?その人たちの間には、愛がなかったと?一度、裸までも見せあった仲だろうに」

「…それは、…愛がなかったんじゃないんですか?」

 カフェは、碌な考えを持っていなかったので、こう返した。タキオンは、その言葉にやれやれと言って、首を振った。

「愛って一体何だろう?それが分かれば、彼への想いもまだマシな感じに持ち続けることができるのに。……分かるかい?カフェ。私は揺れているんだよ。愛と依存の狭間で。彼には、私が依存しているように見えているらしい。これは、帰省した時に口走っているのを聞いたよ。…だけど、これはれっきとした愛なんだよ。……難しいねぇ、愛って」

 タキオンは、しみじみ呟いた。

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