ケロイド   作:石花漱一

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十三、愛とは?③

 それからは、二人とも軽口を叩いたり、ただ黙ったりして、ゆっくりと走った。タキオンは、途中で田上の事が気がかりになった。田上は、マテリアルと二人きりで、土手の方に座って何か話していた。勿論、仕事の話だったのだが、タキオンにはさすがに遠すぎて何も聞こえない。そうやって、タキオンがそわそわしているとカフェが言った。

「そんなに心配なら、ナツノさんに断りに行けばいいのに。――彼に近づくのは止めてくださいって。…それとも、もうとっくにしてますか?」

 カフェの話を聞くと、タキオンはまじまじとその顔を見た。それから、ため息を吐いて言った。

「…君の案は、初めて頭に思い浮かんできたけど、…いかんせん、私の秘密を明かすには、マテリアル君の信用度は私の中であまり高くないんだよ」

「…なぜですか?」

「…だって、彼の事嘗め切っているんだもの。…そりゃあ、トレ…彼は、そんな事気にしないからあんな風になっているんだろうけど、いくら美人だからって、…ねぇ?決して悪い人じゃないんだよ。マテリアル君は。…ただ、彼が舐められているってだけで」

「あなたも舐めてここまで来たのでしょう?」

 カフェの言葉にタキオンは苦笑いした。

「それだけ聞くと語弊があるな。…まぁ、あながち間違いではない。最初の方は、御しやすそうだと思ったんだから」

「今はどうですか?」

「今?…今ねぇ?」とタキオンが真面目に考えていると、隣の方から肩を叩かれた。そちらの方を見てみると、カフェが声は出さずに、口だけ動かして「好き」と言っていた。途端に、タキオンは顔を真っ赤にして怒った。

「ああ!!からかったな!カフェめ!人が真剣に考えていたというのに君ってやつは、ずるいぞ!」

 タキオンは、仕返しにカフェの頭を軽く叩こうとした。しかし、これは避けられた。だから、二回目は手を叩こうとしたのだが、これも避けられた。カフェが、煽るようにハハハと笑った。空が、赤くなり始めていた。雲は、白とも赤ともつかない色に変わった。ぽつりぽつりと帰る人も現れ始めた。

 ここで、田上はタキオンたちに声を掛けた。怪我をしてはいけないと言っているのに、大勢がいる所で追いかけっこを始めたからだ。

「おーい」と呼びながら近づいて行った。その後ろには、マテリアルがいたから、少しタキオンと追いかけっこを楽しんで興奮した面持ちのカフェが、「今言えばいいじゃないですか?後ろの方に居ますよ」と言った。すると、一度は落ち着いたかに見えたタキオンが再び、カフェを追いかけ始めた。だから、田上はこう叫ばざるを得なかった。

「おい!タキオン、やめろ!お前の体より、カフェさんの体の方が大切なんだぞ!」

 そう言うと、まだトレーニングをしているウマ娘の間から、くすくす笑いが起こった。タキオンは、恥ずかしさと怒りと夕日で顔を真っ赤にさせて叫んだ。

「君、まさか担当の私よりも、カフェの方が大事だっていうんじゃないだろうね!!!」

 田上も負けじと大音声で返した。

「そうだ!!!何でもいいからこっち来い!!二人とも!!」

 タキオンは、不機嫌そうな顔をして、ぽつぽつと歩いた。カフェもその横に立って、してやったりという顔をしていた。

 今や、トレーニングをしているウマ娘までもが立ち止まって、田上一行の事を見ていたので、田上は恥ずかしさで顔から火が出るかと思った。

 田上は、タキオンを叱った。

「タキオン!お前、怪我をさせちゃいけないって言ったろ?勿論、お前も怪我をしちゃいけないんだぞ」

「そうさ!その通りだよ!けど、今の言葉は聞き逃せないね。…私の方より、カフェの方が大事だと?なら、私なんかじゃなくてカフェの方をスカウトすればよかったじゃないか」

「俺は、そんな事を言っているんじゃない。お前の方は、まだ責任が取れるけど、カフェさんの方は責任が取れないんだ。松浦さんに迷惑が掛かるんだ。ちゃんと初めの方に言ったろ?…で、なんであんな事をしたんだ?タキオンも理由もなくそんな事をしないだろ?」

 田上が、少しでも自分の事を分かってくれていると思うと、タキオンも落ち着いた。しかし、先程の事を思い出すと再び怒りが湧いてきた。湧いてきたのに、その事を言えなくて、タキオンは恨めしそうにカフェを睨んだ。田上には、タキオンが何を思っているのか分からなくて、その見た方向にいるカフェを問うように見つめた。すると、カフェが自白した。

「すみません。私がからかったのでタキオンさんがこうなりました」

「からかった?」

 田上は、何も分からないので、当然こう聞き返した。カフェは、タキオンを見やった。タキオンは、夕日に栗毛色のウマ耳を赤く染めて、首を横に振った。

「タキオンさんにとって恥ずかしい事のようなので、お話しすることはできません。…それとも、今した方がいいですか?」

 まだ、からかいたがっているカフェを睨んで、タキオンは怒った口調で「良くない。叩かれたいのか?」と言った。さすがに、これ以上の平手打ちは避けれないし、田上にもさらに怒られるだろうし、もっと言えば、タキオンに叩かれずとも挽肉にされてしまうだろうと判断したカフェは、「…だそうです」としか言わなかった

 田上には、今の話があまり飲み込めなかったが、先に仕掛けたのがカフェであれば、「もうタキオンを苛めないでくれ」と頼み込んで、解放した。それから、ちょうどいいタイミングで松浦が、カフェの事を見に来たので、田上は事の成り行きを言った。松浦は、苦笑いしてからタキオンの方に謝り、カフェの方に叱った。

「カフェ。追いかけっこは、追いかけっこする時間にしなさい。皆で追いかけっこがしたいのなら、その時間を設けるから。きっと、他の子たちも喜んで追いかけっこしてくれるぞ」

 これは、カフェに大きな打撃を与えることができたようだ。カフェは、縮こまって「すみません。もうしないので、…追いかけっこは止めさせてもらえるとありがたいです」と言った。それを見て、タキオンも気が晴れた様だった。空が夕焼けになってから初めて笑みを作って、今度はタキオンがカフェをからかった。

「おやぁ?カフェ。心なしか、君の顔が赤いように見えるぞぉ?夕日のせいかなぁ?」

「タキオン、止めろ」と田上が叱ったので、タキオンはすぐにカフェを見る事を止めて、田上を見た。そして、言った。

「君、さっき私の方は責任が取れるって言ったけど、もし私が怪我でもしたらどう責任取るつもりだったんだい?」

「ん?…お金を払う以外にないだろ?」

「じゃあ、私が一生動けない怪我でもしたら?」

「タキオンの一生分のお金を死に物狂いで働いて返す」

「それでも足りなかったら?…つまり、今の君の収入で。…だって、担当したウマ娘に依るだろ?レースで貰える賞金の額は。それなら、一生働いたって、担当しているウマ娘がGⅠを勝てずに、返せない可能性だってあるわけだよ?それはどうなんだい?」

「それは、別の仕事して返すしかないだろ。一生だよ。トレーナーで安定した収入が見込めないのなら、安定した収入のある仕事に転職して、一生かけて返す。…別に心配しなくたって、今の所、金ならタキオンが勝ってるからたくさんあるし、そもそもトレーナーになれるくらいだから他の会社からも引く手数多なんだよ。…なんでこんな質問を?」

 田上が、そう聞くと、「いや、なんでもない」とタキオンが返した。

 それでトレーニングの時間は終わりになった。タキオンは、あの質問をした後、むっつりと黙り込んでいて、田上とマテリアルが世間話で盛り上がっていても、その横についていただけで、何も話さなかったし、何も聞かなかった。あの質問では、タキオンの満足のいく回答を得られなかったのだ。田上が一言、「お前の傍に一生居続ける」と言ってくれたら、タキオンは満足したのだが、田上はひたすら金で解決するとしか言わなかった。むしろ、「傍に居続ける」と言う事を意図的に避けているようにも思えた。ただ、これはタキオンの主観でしかなかったので、何とも言えなかった。何とも言えないまま、田上とマテリアルが話す時間を横で過ごした。

 

 暗くなってきた所で、田上が「もう帰らないと」と言った。タキオンは、まだ隣にいた。マテリアルも話し続けていた所だったので、田上がそう言うと、マテリアルも「ああ、そうですね」と頷いた。

 タキオンは、ずっと田上のジャージの裾を握ったまま、考え事をしていたので、田上に腕を触られて「行くよ」と呼び掛ければそのままついてきた。ただ、寮の前でこんな話が聞こえてきて、タキオンは考え事から覚めた。その話の内容は、田上とマテリアルが、食堂の方で一緒に食べながら、これまでの話の続きをしようというものだったので、除け者にされたタキオンは堪ったものではなかった。

「ずるいじゃないか!私も話に混ぜたまえ!」

 タキオンがそう主張すると、田上は迷惑そうな顔をし、マテリアルは、駄々をこねている他人の小さな子供を見るような顔をした。タキオンには、マテリアルのその顔が気に入らなかった。その顔こそが、まるで相手にしようとしていない顔だった。だから、タキオンはマテリアルの顔面に一発パンチを食らわせたくなったが、それを押しとどめて言った。

「今からフジ君に、トレーナー君の部屋で寝てくると言ってくる。それまで、待ってるんだよ」

 タキオンは、眠たくて正常な判断ができていないということを田上は察したから、タキオンの手を取ってそれを一旦止めてこう言った。

「俺たちの話なんか、お前にとっちゃ、ゴミの話を楽しくしているようなもんだぞ。それに、男性トレーナーの寮に泊まる事は禁止されているから、それはいくら優しくされてもフジさんには了承できないはずだ」

「なんでなんだい?」とタキオンは不思議そうでかつ怒っている口調で言った。

「君との旅行はセーフだったのに、寮に泊まることは禁止されているのかい?」

「そりゃあ、寮は近いんだから、簡単に行き来できるし、それで、慢性的に寮に泊まられでもしたら、管理が大変なんだろう。第一、お前の部屋があるんだ。自分の寮の食堂で食べて寝ろ」

「それはあんまりだ。二人だけ楽しんで、私は蚊帳の外かい?それじゃあ、私は、一人ぼっちで死んじゃうよ。…ああ、良いとも。君ら二人は私が死ねばいいんだろ。ならば、お望み通り、一人で死んでやるさ。じゃあね」

 そう言うと、タキオンが田上の手を振り解いて、早足で立ち去ろうとした。マテリアルと田上は、困ったように顔を見合わせたが、次の瞬間にはマテリアルが、去って行くタキオンの背中にこう言った。

「私の部屋だったら、泊まれると思いますよ」

 田上は、驚いてマテリアルの方を見た。タキオンも振り返ってマテリアルの方を見たが、その顔はどう見ても「トレーナー君の部屋の方がいい」と言っていた。マテリアルは、苦笑して「別にトレーナー寮の食堂で食べて、自分の部屋に帰っても良いと思いますよ」と言った。タキオンは、その提案を聞いて、不思議そうにマテリアルを見つめた。それから、「ふむ、その手があったか…」と呟いた。

 それから、ちょっとの間タキオンは考えて言った。

「いや、マテリアル君の部屋に泊まろう。ちょうど言いたい事があったんだ」

「言いたい事…ですか?」

「そうだ。君の部屋に泊まれるんだったら、その機会がちょうどいい。それじゃあ、フジ君の所にひとっ走り行ってくるよ。マテリアル君の部屋に泊まるって」

 そう言って、タキオンはそそくさと寮の方に歩いて行った。その背を見つめながら、田上が言った。

「良かったんですか?多分、言いたい事って碌なことじゃありませんよ。言いたい事ですからね。多分、相談したい事じゃありません。…小言を言われますよ」

 田上の言葉を聞いて、マテリアルはふふっと笑った。

「果たしてそうでしょうか?私には、きっと面白い事のように思えます。なんて言ったって、まだ日が浅い私に言いたい事があるんですからね。小言でも相談事でも、私は大歓迎ですよ」

 田上は、楽し気な笑みを浮かべているマテリアルを、珍しい物でも見た、という目つきで見やった。それから、また目を逸らすと、タキオンが戻ってくるのを待った。

 

 タキオンは、すぐに戻ってきた。手には、ビニール袋を持っていて、何なのか田上が聞いたら、「下着とパジャマと明日の服だよ」と答えられた。田上は、何だかばつが悪くなったが、タキオンがそれを言った後も平然としているのを見ると、田上も何も言えずに歩いていく二人の後ろについて行った。

 三人は、そのまま食堂へと直行した。田上としては、マテリアルとの話も一度落ち着いて、もう続きをしなくてもいいかな、という雰囲気になっていたのだが、いざ、話してみれば、再び話は弾んだ。ただ、その前にタキオンと食堂の修さんからこんな事を言われた。

 修さんが、まず最初に、田上に料理を渡すときに言った。

「圭一君。タキオンちゃうん弁当ば、作ってやらんたい?」

 皺くちゃの顔が、ニコッと笑ってもっと皺くちゃになっていた。その顔は、田上を見て、横のタキオンを見て、それから、後ろのマテリアルを見た。

「後ろんあん人ば、圭一君の知り合いけ?」

「ああ、僕の補佐になったナツノマテリアルと言います。ナツノさん、こちらは食堂でご飯を作ってくださっている…えーっと…修さんだ」

「長村修です」

 修さんは、田上が自分たちの苗字を忘れていたであろうことにニコニコしてい言った。マテリアルが、「どうも、ナツノマテリアルです。お世話になります」と言った。

 それから、修さんは、タキオンの方を向いて言った。

「こん子が、タキオンちゃん?テレビで見ったて。菊花賞、凄かったもんなぁ」

 タキオンは、田上と修さんが仲が良い事を不思議に思いながら、「どうも、アグネスタキオンです。トレーナー君がお世話に…なっているのかな?」と言った。最後の言葉は、田上に向けられたものだった。田上は、こう返した。

「お前もお世話になっていた人で、お前の弁当は、全部ここで作らせて貰っていたんだぞ」

「おお、じゃあ、めちゃくちゃお世話になっていたじゃないか。今までありがとうございます」

 タキオンが修さんに頭を下げた。すると、修さんがこう返した。

「そげ頭下げんでもよか。そいよい(それより)もタキオンちゃんん聞きたいことがあっで、…圭一君ん弁当、また食べたくならんたい?」

「弁当を…またですか?」とタキオンが聞き返すと、修さんが頷いた。これは不味いと思って、田上は話に割って入った。

「タキオンは、もう研究室で集中することもないんだから、弁当はいらないだろ」

 修さんを見ていたタキオンは、今度は話し始めた田上の方を見たが、田上がそう言うと修さんの方を向いて言った。

「実は、私、最近トレーナー君のお弁当が恋しくなってきたんですよ。…ただ、本人は大変とか何とかでやりたがらないんです。実際、普段より早く起きているようだから、私も強く言えなくて…」

 タキオンが、そう言うと、修さんはますますにこにこして、だが、悔しそうなふりをして言った。

「かーー!そうか!圭一君、タキオンちゃんんため頑張ってたって。あー、残念たい。残念。圭一君んお弁当、タキオンちゃんも食べたかとにねぇ」

「残念です。もうトレーナー君のお弁当が、一生食べられないと思うと、涙が出てきます」

 タキオンはそう言って、田上ににやっと笑いかけた。絶対に涙の出そうな顔ではなかった。田上は、それに答えようかどうか迷ったが、結局有耶無耶にして、料理を受け取り三人で席に着いた。

 それから、先程も言った通り、マテリアルとの会話を弾ませることができた。タキオンは、つまらなさそうだった。なぜなら、この会話のほとんどがゲームに関する話だったからだ。だから、タキオンは、話には入らず、かと言って聞くこともせず、運動場にいた時と同じように田上の隣に座って、ぽつぽつとご飯を食べていた。

 

 やがて、時間は経っていった。田上との別れの時が来た。タキオンは、なんだか、正月の時のように戻ってしまって、田上と離れたくないと少しだけ駄々をこねた。だが、食堂のキッチンの方から見ている老人たちの顔を見ると、途端に恥ずかしくなって駄々をこねるのをやめた。

 タキオンが、駄々をこねたのは、食堂のテーブルに他の人が誰一人いなかったからかもしれない。いや、一人二人はいたかもしれないが、それはタキオンの気付かないずっと端の方だった。それ故に、田上との幸せだった旅行の事を思い出して、マテリアルと話し込んでいる田上に甘えたくなったのかもしれない。だが、もう今の所は大丈夫だった。タキオンは、田上に少しだけ寂しそうに「バイバイ」と言うと、マテリアルについてトレーナー女子寮の方へと歩いて行った。

 田上は、その後ろ姿を見て不安になった。やっと落ち着いたかに思えたタキオンが駄々をこねたというよりも、また、タキオンが帰省の時のようになって、田上に甘えてくるかもしれないと思ったからだ。そんな事は、田上にはもう堪えられなかった。タキオンが、思春期らしく田上に隠し事をして、そのまま立ち去って行ってくれた方が良かった。

 タキオンは、一度、曲がり角で長い廊下の方を振り返った。田上は、まだそこにいた。何を思っているのか、タキオンには分からなかったが、身動き一つせずにタキオンがいたはずの廊下を見つめていた。タキオンは、もう角に消える所だった。田上とは目が合わなかったが、そちらの方に小さく手を振ると、途端に田上にも意識が戻ったのか、身じろぎをして、不愛想な顔のまま手を振り返してくれた。タキオンは、嬉しそうにふふふと笑うと、マテリアルの後を追いに、曲がり角へと消えた。

 田上は、その曲がり角に消えた影を人が来るまで暫く見つめていた。

 

 タキオンは、マテリアルの部屋にやってきた。整然とされていたが、どう見ても二人が寝れるような広さはなかった。けれども、マテリアルは、そんな事には気付きもせず、「シャワー浴びます?それとも、大浴場にします?」と聞いた。タキオンは、今更風呂に行くのも面倒臭かったから、「シャワーで」と言うと、マテリアルがこう返した。

「なら、私は大浴場の方に行ってきますので、ご自由に使っておいてください。シャンプーもリンスも一応置いてあります。いざって時にないと困りますからね。今がその時です。…じゃあ」

 そう言うと、早速マテリアルは部屋を出て行った。知らない人の知らない匂いがする部屋だった。すると、タキオンは、正月の出来事を思い出した。田上の知らない一面をまた一つ知ることができたあの頃、あの場所で、永遠ともいえる長い時を過ごした。まるで、家族のようだった。――あの時に戻れたらなぁ…。タキオンは、不図そう思ったが、そうすると、この自分の想いまでもリセットされてしまうことに気が付いて、慌てて頭を振った。そして、こう思った。

――永遠なんてものはないとトレーナー君が一生懸命説いてくれたじゃないか。トレーナー君もまた、私に教えを説いている裏で永遠がない事に絶望しているんだ。私が、助けてやらねば、誰が助けてやる?…いや、誰でもいい。死に物狂いでトレーナー君を助けるんだ。恩とか愛とか、そんなものはどうでもいい。私が、助けたいから助けるんだ!

 タキオンは、そうやって考え事をしながら、服を脱いでシャワーを浴びた。そして、また、薄暗い脱衣所の方に戻ると、パジャマに着替えた。ここで、タキオンにある案が思い浮かんだ。それは、さっきの考えとは、まるっきり関係のない、タキオンの言わば悪だくみとも呼べるものだった。

 タキオンは、ピンク色に白い水玉のあるパジャマを着ていた。もう外は真っ暗だった。田上が、どうしているかは分からないが、少なくとも寮の中に入るだろう。部屋の中に居れば、尚良い。タキオンは、まだ大浴場にいるであろうマテリアルに『トレーナー君を探してくる。ちゃんと戻ってくる』と書き置きを残して、そそくさと立ち去った。


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