ケロイド   作:石花漱一

51 / 196
十九、大阪杯①

十九、大阪杯

 

 朝は、誰かが扉をノックする音で田上は目を覚ました。それで、慌てて起き上がった。自分が寝過ごしてしまったのではないかと考えたからだ。結果としては寝過ごしていた。自分の掛けた目覚ましが、無意識のうちに消してしまっていたのか、それとも、そもそも鳴らなかったのか分からないが、とにかく田上は自分の掛けた目覚ましに気がついていなかった。しかし、誰かが起こしにくれてきた事により、被害は大きくならずに済んだ。

 ドアを叩いていたのは、タキオンだった。田上がドアを開ければ、ニコニコ顔でそこに立ってた。そして、田上の顔を見ると言った。

「おはよう、トレーナー君。一緒に朝御飯を食べに行こうよ」

「朝御飯?」

「そうさ、朝御飯だよ。...君、着替えていないね?今起きたのかい?」

「ああ、...目覚ましが鳴らなくてな」

「ふぅん」とタキオンは、頷いて続けた。

「じゃあ、着替えてきたまえ。まだ、バスに乗るまで時間があると言っても、着替えて、ご飯を食べて、荷物の再確認をしていたらあっと言う間に時間は過ぎてしまうぞ」

「分かったよ」と田上が言うと、扉を閉めて部屋に戻ろうとしたのだが、そこでタキオンが、田上が閉めようとしたドアを難なく開けて、その隙間からするりと田上の部屋に入ってきた。だから、田上は驚いてタキオンの顔を見つめるとタキオンは「どうしたんだい?」とあたかも田上の考えが全部分かっていて、その上で面白がっているような口調で言った。田上は、しかめっ面をして暫く考えた後、「まぁ、いいよ…」とタキオンを部屋の方へと入れた。だから、田上は自分の着替えを持つと、洗面所の方でそれに着替えに行った。どうせ、髭も剃らなければならなかったし、顔も洗わなければならなかった。

 

 タキオンの言うように、時間は大事に使いたかったので、着替えや洗顔諸々は少し急いで終わらせた。そして、タキオンの所に戻ると、タキオンはくつろいだ様子うつ伏せにで田上のベッドの上で目を瞑って眠っていた。田上は、それを見ると動揺して固まってしまったが、田上の気配を察したタキオンが起き上ると、自分のしたことは何でもない普通の事といった様子で「さぁ、朝食を食べに行こうか」と言った。田上は、もう過ぎてしまった事は仕方がないので、タキオンがくしゃくしゃにしてしまったシーツの裾を少し引っ張ると、タキオンの後に続いて部屋を出て行った。

 朝食の方は、カフェテリアには行かずにトレーナー寮の食堂の方で食べる事になった。タキオンがここに来るのは二度目となった。だから、タキオンを見かけると食堂の修さんがすぐに話しかけた。

「タキオンちゃん、久々がね。圭一君とは上手くやっとるけ?」

「ええ。相変わらず、お弁当は作ってくれそうにないですが、朝食を一緒に食べるくらいには上手くしてますよ」

 タキオンが皮肉っぽくそう言うと、修さんは、がははと笑って言った。

「それんば、今度大阪杯に出るって言っとったたい、そんご褒美んとして、けいいっ君にお弁当作ってもらうのはどうけ?…けいいっ君どげん?」

 その修さんの言葉に田上は顔をしかめて、タキオンを見た。修さんから言われて作ったのでは、双方共に意味はないだろうと思ったので、もう一度タキオンの顔を見て問うたのだ。タキオンは、田上の顔の様子を察して、顔に笑みをほんのり浮かべて言った。

「私からも頼むよ。大阪杯を勝ったら、とかどうだい?」

 田上は、暫く考えてから、タキオンにこう返した。

「…別に、勝たなくても作ってやるよ。たまにだったらいいよ」

「ありがとう」とタキオンは、特別喜んだ様子もなく、そう言った。しかし、田上はタキオンの目が嬉しそうに見開き、口角が前よりも少し上がったのを見逃さなかった。それだから、田上も少し嬉しくなって、「どういたしまして」と答えた。

 それから、料理を受け取って二人は席についた。ここには、普段から好んで出入りするウマ娘なんていないので、タキオンは一人浮いていて、行く人々にじろじろ見られていたが、二人は比較的楽しく話した。ただ、この比較的、というのは、田上にとってのことだった。まだ、タキオンに後ろめたさがあった。ごめんなんて何回言っても足りないだろう。それでも、今はタキオンの快活さに押されて、比較的楽しむことができた。タキオンは、素直に田上と話せて楽しくなっていた。時々声を大きくして笑ってみたり、ニヤニヤしながら田上の返答を聞いてみたり、それはもう陽気に過ごした。

 そして、朝食が終われば二人は別れた。もう一度自分たちの荷物を点検し、それを持ってバスのある学園の駐車場まで行かなければならないからだ。バスに乗れば、後は、空港まで行き、飛行機に乗って、大阪の方まで行く。そして、阪神レース場近くにある関係者用ホテルに行くだけだった。

 タキオンたちは、九時に出発するバスに間に合うように、十分前に部屋を出た。

 

 部屋を出たのが丁度同じくらいのタイミングだったので、田上とタキオンは寮の前で鉢合わせた。田上は、タキオンがまた自分に会いたくて時間を合わせて出てきたのでは?とありもしない疑いを持って、目が合うとしかめっ面をしてしまったが、どうもタキオンがその様子でないから、田上はタキオンの「君、人と目が合ったら急に顔をしかめるの止めたまえ」という言葉に「ごめん」と謝った。それから、田上は何かを言いたそうにタキオンの顔を見つめていたが、タキオンが「行かないのか?」と聞けば、「行くよ」と返してその隣を歩き出した。

 駐車場に向かう石畳の道には、タキオンと同じ大阪杯に行くであろうウマ娘とそのトレーナーが、ちらほら見えた。その中に国近とハテナキソラもいた。国近とソラは、タキオンたちの前の方を歩いていたから、後ろの方のタキオンたちには気が付いていなかった。田上は、その後ろ姿をじっと眺めていた。国近とソラは楽しそうに話をしていた。会話の内容までは聞き取れなかったが、国近の快活な笑いとソラの静かな、けれど、心から楽しんでいる笑いが聞こえた。田上は、それを聞いていると段々と惨めになってきた。今、国近たちの後ろにいる時は、タキオンと田上は全く話をせずに前の国近たちを黙って見つめていた。タキオンもなぜ黙ってしまっているのかは分からなかったが、それがより一層田上を惨めにさせた。だが、不図した瞬間にタキオンが田上に囁きかけた。

「あの二人も私たちと同じくらい仲が良いね。もしかしたら、付き合ってるんじゃないか?…どう思う?トレーナー君」

 こんな質問をされたら田上も困ってしまい、それが今の惨めさと混ざって表情の暗いままタキオンに答えた。

「あの二人が付き合っていたってどうしていたって俺たちには関係のない事だ。あんまりそんな口を利くな」

 そう言うとタキオンもさすがにバツの悪そうな顔をして、「は~い」と頷いた。それから、また暫く沈黙が続いた。

 

 沈黙が破られたのは、バスの近くにいるマテリアルの輪郭が見えた時だった。タキオンがこう言った。

「…私たちもさっきのように噂されていたりするのかな?」

 タキオンは、自分の言葉に少々照れが混じってしまって、トレーナー君に自分の好意を勘付かれやしまいかと少しドキドキしたが、残念ながら田上は気が付かず、その上こう言った。

「あんまり気持ちの悪い事を言うな」

 少し口が悪くなってしまったのは、田上の照れ隠しだった。ただ、タキオンの方も田上の照れには気付けずに、少し驚き失望して言った。

「気持ち悪いたぁ、なんだい!私は、華の女子高生だぞ!」

「だから何だ。…俺は、女子高生は嫌いだ」

「じゃあ、なんでこの学園に来たんだ!」とタキオンが憤慨して言ったが、田上はそれを無視して、今度は見送りに来ていたリリックの方に手を振った。リリックの方もまた、手を振っていたからだ。そして、すぐにタキオンの方に向き直ると、少しの微笑を返しながら「なんでなんだろうな?」と言った。だから、またタキオンが何か言い返そうとしたのだが、次はリリックとその友達方々の挨拶によってそれは遮られた。

 リリックは、オータムとイツモを連れて田上に挨拶をした。

「おはようございます」「おはようございます」「おはようございます」と三人がそれぞれに田上とタキオンに挨拶をして、田上も「おはようございます」とタキオンは「おはよう、中等部」と挨拶を返した。そして、リリックが友達を紹介した。

「田上トレーナーとタキオンさんを見たいって言っていたので、連れてきました。オータムとイツモです。…問題ないですよね?」

「ああ、問題ないよ。…大阪杯応援していってくれるの?」

 田上は、オータムとイツモに聞いた。すると、オータムは目をキラキラさせて「はい!」と頷いたが、イツモは申し訳なさそうな顔をして言った。

「大阪杯には姉が出るので、タキオンさんの応援は…」

「姉が出るの!!」と驚いたのは、何も田上だけではなかった。リリックもオータムも同じように驚いていた。

「誰?」とリリックが聞いた。すると、イツモはこう答えた。

「ストーリーテラーっていう私とおんなじ髪の人。去年大阪杯を勝った四番人気の…」

「へ~、ストーリーテラーさんの妹~」

 今度は、田上が感心してそう言った。そして、オータムが言った。

「なんで同じ学校行かなかったの?」

 ストーリーテラーは、他校から出走しているウマ娘だった。

 そして、イツモが答えた。

「私は、元々トレセン学園に入ってみたかったんだけど、お姉ちゃんが言うには――トレセン学園はでかいし強いから何か腹立つ、って事らしい。…あんまり私にはよく分からないけど」

 ここで、バスの近くで何かしらの手伝いをしていたマテリアルが駆け寄ってきて言った。

「トレーナー、バスの収納に入れたい大きい荷物などはありませんか?もうすぐですよ」

 そう言われると、田上もタキオンも中等部の話を断って、慌てて荷物を入れに行った。田上は、ただのバッグだったから手に持ってもよかったが、タキオンは田上の家に帰省した時と同じキャリーケースだったので、バスの収納に積みに行った。

 こうして全員が揃い、点呼も終わり、順番にバスに乗り込んだ。予め、席も決められていて、トレーナーがそれぞれ渡されていた席順で座ることになった。タキオンたちは、バスの真ん中あたりで、その後ろに国近たちが座る形だった。

 田上が自分の席に座り、丁度その後ろにいたマテリアルがその横に座ろうとした時、タキオンの口から思わず「あ」と声が漏れてしまった。誰がどこの席に座るという事ではなく、「あそこの三席が俺たちの席」と田上に伝えられていたので、てっきり自分が田上の横に座るとばかり思っていたタキオンだったから、思わず声が漏れ出た。すると、すぐに察したマテリアルがニコッと笑って言った。

「私が後ろの方がよろしいようですね」

 そう言って、マテリアルが田上の後ろの席に一人で座った。これは、タキオンにとって公開処刑のようなものだった。さすがのタキオンでも、皆に見つめられている場面で公然と田上と仲の良さを見せつけるのは恥ずかしかった。タキオンが、頬を赤く染めつつも「ありがとう」とマテリアルに言って田上の隣に座ると、後ろにいた二、三人がふふふと声を潜めて笑うのが聞こえた。その一人が、今回タキオンの最大のライバルになりうるかもしれないソラだったので、タキオンは思い切りその顔を睨みつけてやった。そして、気を取り直すと田上に言った。

「私、窓際の席が良いんだ。君、退きたまえ」

「は?…いいけど、今は無理だぞ。狭すぎる」

 田上がそう言うと、なぜかタキオンは向きになってしまって、こう言った。

「なら、君のバッグを持っててあげるから、今すぐ退くんだ。今すぐ」

 それから、田上の頬を人差し指でぐいぐいと押し、「分かったよ」と言わせた。

 田上は、そう言うと一旦自分の座っていた席にバッグを置いて、窮屈なバスの座席をタキオンとできるだけ触れ合わないようにしながら、バスの内側の席に移動した。その後に、自分のバッグを取ってタキオンに席を明け渡そうとしたのだが、そうする前にタキオンが窓際の席に座り、田上の大きい黒いバッグを奪い取ってしまった。初めは田上もタキオンが渡してくれるものだと思っていたのだが、幾ら待ってもタキオンがバッグを渡してくれないので、「おい」と少し怒っている調子で声をかけると、タキオンはこう言った。

「これは、私の物~」

 そして、力強く田上のバッグを抱き締めたから、田上は頭を抱えた。なんだか、どうしようもなさそうな様子だったから、タキオンはそのまま放っておいた。すると、田上が相手をしてくれなくてつまらなかったのか、すぐにバッグを手放して田上に「はい」と寄越した。

 バスの中では、今回の三月三十一日に阪神で開催されるレースに出走するトレセン学園一行を取り仕切る人が、あれこれ注意事項を話していた。このバスには、大阪杯だけでなく他のレースに出走する子も乗っていた。バスは二台がかりで空港へと人々を運ぶのだ。もう片方は、タキオンたちが乗っているのよりもまあまあ小さかったが、合計すればそれなりの人数が行くことになった。さすが天下のトレセン学園だった。大阪杯には、トレセン学園の生徒が八人ほど出走する。フルゲート十六人立てのレースだたから、半分はトレセン学園の生徒という事になるだろう。それだから、トレセン学園に帰ってくるときは、勝った子もいるが負けた子も多かった。

 その中の一番人気のアグネスタキオンと言えば、バスの前の方にいる人が話している事なんて全く聞きもしないで、一生懸命聞いている田上にちょっかい出したり、窓の外の方を見て――早く出発しないかなぁ…とぼんやり考えていたりした。空港についてからの動向についても説明していたので、その人の話は少し長かったが、とりあえず、終わることには終わって、いよいよ出発となった。バスはグルンと動くと、リリックとオータムとイツモが揃って「タキオンさん、頑張ってー」と言っているのが見えた。タキオンは、それににこやかに手を振って返した。バスは、駐車場を出ると徐々にスピードを上げて、空港へと走った。その間にタキオンは暇だったので、手に直で持っていたお菓子を開けて食べ始めた。そして、田上との談笑へと至った。

 タキオンは、田上にまずこう言った。

「久々だね。こうしてバスに乗るのは」

 田上は、「ああ」とだけ答えたから、タキオンがつまらなさそうに田上の顔を見て言った。

「君もお菓子いるかい?」

 すると、田上はまた「ああ」と答えた。これには、タキオンも少し怒った。

「君も愛想がないなぁ。…別にいいけど」

 そう言ってからタキオンは田上に一つお菓子を手渡した。

 バスの中は、静寂に包まれたとは行かないまでも、それぞれがそれぞれに配慮して適度な声量で会話をしていた。それなので、バスの中は田上にとって過ごしやすく、ついうとうとしてしまった。この男ときたら、寝れる場所があればどこでも寝てしまうのだ。それだから、田上は眠ってこっくりこっくりとして段々と体をタキオンの方に寄せて行き、遂には眠ってしまった。タキオンがそれに気が付いたのは、田上のバッグがタキオンの太ももに倒れかかってきたからだった。太ももにバッグの感触がして、田上の方を見上げてみれば、だらしのない顔で眠っていたから少し笑ってしまった。そして、このままバッグが落ちていくのを見ているだけなのはなんだか可哀想だと思って、そのバッグを田上から取って自分の足の上に置いた。それから、タキオンの肩に寄りかかってくる田上をまた見上げた。

 すると、後ろの座席からマテリアルの小声が聞こえた。

「田上トレーナー、寝てますか?」

「ああ、寝てるみたいだよ。ほっぺをつついても起きる気配がないし」

「なら、少し話をしてもいいんじゃないですか?」

「…ん?話ってあの事かい?」

 タキオンは、少し眉を寄せて身を捩って後ろの方を見た。後ろには、ニヤニヤした顔のマテリアルが、バスの席と席の間から顔を覗かせていた。

「あの事です。…寝てるんですしいいでしょう?」

「いや、いいわけないだろ。ここはバスの中だぞ。誰が聞き耳を立てているか分からないし、万が一、話の途中でこの子が目を覚ましたらどうするんだ」

 マテリアルは、不満そうな声を出したが、それを言われると大人しく引き下がった。それからは、バスはゆったりと進んでいって、トレセン学園を出て一時間ほどで空港の方へと着いた。その時には、もうぐっすりと田上が眠っていたので、タキオンは田上を眠りから覚ますのが忍びなく思ったが、そうは言っても仕方がないので田上を揺り起こした。田上は、自分がタキオンに寄りかかっていたと知ると、すぐさま「ごめん」と言って離れた。タキオンとしては、問題なんてあるはずもなかったので、「いいんだよ」と言うとその後に田上の顔を見つめながらこう言った。

「……君、愛想がないって言ったけど、あれは間違いだったよ。寝てる君の顔と言ったら、そりゃあ、愛想の塊だったよ」

 その言葉を聞くと、田上は出る準備をしながら暫く考え込んでいたが、タキオンにバカにされたと感じると、しかめっ面をして言った。

「そんなに可笑しかったか?」

「いや、…今は愛想がない」

 タキオンは、からかうような目で田上を見た。だから、田上もそんな顔をされると面倒臭いので、丁度来た自分たちの順番に任せてこの話を打ち切った。

 

 それから、順繰り順繰りと話は進んでいった。空港に着けば、飛行機に乗って空を飛んだ。そして、大阪に着けば、またそこにあるバスに乗って一行が泊まるホテルへと行った。時間はあまりかからなかった。トレセン学園から空港までが一時間程、そして、飛行機に乗っている時間も一時間程、大阪の空港からホテルまでは二十分程、計約二時間二十分であった。だから、もっと遅くに着くのでは?と予想していたタキオンは、その予想が外れて大いに満足していた。田上と桜を見る予定をまんまと遂行できそうだったからだ。今、時間は十一時半ごろだった。タキオンは、自分の頭の中で――昼食を食べ終わったら、トレーナー君と花見デートをしに行こう、と考えた。その事を「デート」という部分だけ表現を変えてホテルに行くバスの中で田上に伝えた。すると、田上は渋い顔をしつつもこう言った。

「…実は、俺もお前と歩きたいと思った事はあった。…あった」

 田上は、そう言った後に少し恥ずかしそうに顔を背けたから、タキオンは興奮して言った。

「君、愛想抜群じゃないか!どうしたんだい、君ぃ!」

「うるさい」

 興奮したタキオンを諫めるためにすぐさま普段の渋い顔に戻って田上は言った。そう言われると、タキオンも少しは大人しくなったが、代わりにからかうような口調でこう言った。

「分かるよ。君の気持が私にはうんと良く分かる。二人で散歩すると楽しいものねぇ。そうかいそうかい、君も私と散歩したかったか」

 再び田上は「うるさい」とタキオンを睨んで言うと、タキオンもこれ以上は不味いと思ったのか、その事については話さなかった。そして、バスを降りた時にこう言った。

「来る道で、もう結構桜が満開な公園があったね。楽しみだね」

 そうすると、田上も少し微笑んで「ああ」と言った。

 田上たちが降りると、バスは音を立てて走り去っていった。

 

 昼食は、各々の部屋に荷物を運んだ後に食べようとの事だったので、田上たちはそれぞれ割り振られた部屋に足を運んだ。

 田上とタキオンの部屋は隣同士だった。どのトレーナーと担当ウマ娘もそうであるから、特別な事ではなかったが、タキオンは嬉しかった。その理由が気軽に田上の部屋に遊びに行けるからだった。この荷物を置きに行く時でさえも、田上の部屋にお邪魔していた。

 自分の荷物をマテリアルとの相部屋に適当に放っておくと、タキオンは急いで隣の田上の部屋に行き、そして、その部屋の感想を言った。

「私の部屋とあんまり変わんないな」

 そのタキオンに田上は呆れつつも「何しに来たんだ…」と言い、その背中を押して退室を促した。タキオンもその時は、田上が昼食に食べに一緒に出る事が分かっていたので、文句も言わずに出て行ったが、これより後には何度も来ることとなった。

 部屋を出て行った田上とタキオンは、ホテル内のレストランへと向かった。やはり見たことのあるような気がするウマ娘がちらほらいて、その中に国近とソラがいた。向こうも田上たちと同じように、女の子右、男左という構図で歩いていて、背格好による二人の身長の差も同じように似通っていた。その二人をまた後ろから眺める事となった。今度は、話し声まで聞こえた。

 まず、国近が言った。

「おい、ソラ。俺、こういうレストランのお味、あんまり好かんのだけど」

 次にソラが答えた。

「仕方ありませんよ。…それに、今回は当たっているかもしれませんよ?」

「ええ~?貧乏舌の俺に当たり外れが分かるかなぁ?」

「恵(けい)さん、分かる分からないじゃなくて、分かろうとする努力をしてください。こういうホテルの料理が不味いという事はないじゃないですか」

「いや、それは分かってるんだけどね。料理ってまず見た目からじゃん。それで言うと、ホテルの料理は…ガツンと一発欲しいところだよね。野菜じゃなくて肉!って感じの」

「じゃあ、結局、肉が食べたいだけじゃないですか」

「ご名答。やるじゃん」

 そう言ってから、国近は親指と中指でパチンと鳴らそうとしたが、綺麗な音は出ずハスンという情けない音だけが聞こえてきた。すると、それが二人の笑いを誘ったらしく、国近もソラもケラケラと笑いだした。その笑い声を聞いていると、田上は再び惨めな気持ちに晒された。あんな風にタキオンを笑わせる事の出来ない自分を呪った。――こんな様で人を好きになっているなんておこがましいにも程がある、とさえ思った。だから、どうしようもない気持ちに駆られて思わずタキオンにこう言った。

「…タキオン、ごめんなぁ…。どうしようもない奴で…」

 すると、タキオンが答える前に田上たちの声が耳に届いた国近が振り向いて、田上に呼び掛けた。

「おう、田上。居るんなら声かけてくれればよかったのに。アグネスさんもこんにちは。大阪杯頑張ろうな」

 そこでソラも振り返ってタキオンと目が合うと、両者の間に一瞬火花が飛び散ったように見えたが、タキオンはすぐにソラから目を離した。そして、国近の方を見ると言った。

「大阪杯を頑張ろうについては何も言わないが、今、トレーナー君が何か話そうとしてたところなんだ。君に話しかけたんじゃないから、先に行っててくれ」

「ああ、そう…」

 国近は、タキオンの言葉の勢いに少し驚いて、声を小さくさせた。しかし、その後に田上が「別に問題ないよ」といつもの調子で言ってきたから、今度は困惑した。タキオンを見、田上を見て、そして、ソラを見て――どうなってるの?と目で語り掛けたが、ソラはにこっと笑いかけただけで特に意味ありげな目つきはしなかった。だから、――まぁ、田上が言ってるから良いのか?と思うと、タキオンを心配そうに見ながら田上に言った。

「調子はどうだ?大阪杯は仕上がったか?」

「ん?上々だよ。…上々だろ?タキオン」

「んん…」とあまり上々ではなさそうな調子でタキオンは返したが、それには構わず田上は国近に言った。

「俺はレストランの食事は好きだけどな」

 そう言われると、国近も困った顔をして「聞いてたのか」と少し笑った。そして、タキオンと田上も含め四人で歩き始めた。今度は、良く話す国近と田上を真ん中にして、女の子たちが両端についた。女の子たちは、それぞれのトレーナーともっと話をしたかったのだが、こうもトレーナーたちが楽しそうに話していては黙ってそれを見守る他なかった。タキオンは、少し不満そうだった。さっきの話をもう少し掘り下げたかったし、落ち込んでいるように見えた田上が国近の前ではすぐさま機嫌を取り戻したことも気になっていたからだ。ソラは、楽しそうに話す二人を微笑を浮かべながら見つめていた。この真意は分からなかったが、たまたま反対側の田上の隣にいたタキオンと目が合うと、その目がきらりと閃いたように感じた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。