それから、二人は暫く黙ったまま、空を眺めていた。すると、どこからともなく人の足音が聞こえ、その足音の主がタキオンたちに呼び掛けてきた。
「アグネスタキオンさん、田上圭一トレーナー」
そう言われても田上は反応する気にはなれなかった。むしろ、自分たちに話しかけた人にはどこかに行ってほしいので、今まで開いていた目を閉じて狸寝入りを決め込んだ。だが、隣のタキオンが反応してしまったようだ。田上の見立てではその声の主は恐らく記者だったのだが、タキオンとその人が話して「私、東焼鳥社で刊行している週刊スポーツという雑誌で記者をしている泉夏芽(いずみなつめ)という者です。お二人の取材をさせてもらってもよろしいでしょうか?」と言っていたので、いよいよ記者だという事が分かった。そうなると、田上は面倒臭くて仕様がなかったが、隣からタキオンが「圭一君」と肩を突いてくるので起きないわけにはいかなかった。普段のタキオンであれば、もう少しマシな対応をして、一人で記者を言いくるめて返すこともできたかもしれないが、今は大号泣をした後だった。心身共に疲弊しきっていて、とてもじゃないが、迷惑な記者の対応はできなかった。田上もそれを分かっていたので、ノロノロと起き上がると、毅然とした態度をとって面倒臭そうに「取材は学園を通してから行ってください」と言った。それで、黙る記者ではなかった。驚くべきことに、「先程からあなた方の様子を拝見させてもらっていたのですが、それを記事にしてもよろしいでしょうか?」と言ってきた。これには、少し肝が冷えた。一体、いつからなのだろうか?想像もつかない。だから、田上は思わず、記者にこう聞いた。
「え、…見ていたって、……いつから?」
「朝からです」と泉とかいう女の記者は満面の笑みでそう答えた。恐ろしい程清々しい。まるで、自分に罪など一切ないという顔つきをしているから、田上も訳が分からなくなって隣のタキオンを見た。タキオンも田上の方を見返していたが、タキオンの口から「何か?」と聞かれるとこう返事をした。
「…気が付いてた?」
観察眼の鋭いタキオンならば、もしかしたら、気が付いていた可能性もあったのかもしれないと思ってそう聞いていたのだが、タキオンの答えは当然「分からなかった」というものだった。
それだから、田上もやる事がなくなって、再び泉記者の方を見た。泉記者の首からはごついカメラがぶら下げられている。そのカメラを見ながら、田上は適当に何も考えずに言った。
「写真は撮ったんですか?」
「あ、はい!撮りました!良い写真が結構撮れたんですけど見ますか?」
「はぁ」と田上が曖昧な返事をする間もなく、泉記者が座っている田上たちに見えるように屈みこんで、カメラを暫くいじってから、順々に写真を見せていった。
まず初めは、朝方に電車に乗る時だった。タキオンが楽しげに笑っていて、田上が微妙な表情でそれを見ている。
次に、二人で松林を歩いている時の後ろ姿の写真だった。中々に良く取れていて、田上が一枚欲しいと思ったくらいだが、同時に、これはどこから撮ったんだろうとも思った。自分たちが松林を歩いている間に、後ろに人がいたとは思わなかった。タキオンに聞いても気が付かなかったそうだ。それを聞いて、記者の人は誇らしそうな顔をしていたが、二人に「次」と催促されると慌てて次の写真が見れるようにカメラの画面を動かした。
それから、今度は田上が砂浜を全力で走っている写真が映し出された。それを見た時、タキオンは思わず「おお」と言って、泉記者を見た。
「この写真、私のスマホに転送してくれよ」
これまた、誇らしそうに泉記者は頷いたが、田上が「最後まで見よう」と次を催促すると、「また後で、転送します」と泉記者がタキオンに告げて、次の写真へと移った。
その次の写真は、二人で砂浜の上で重なっている写真だった。先程のキスをしている時の写真ではない。これは、田上が自分の顔を手で覆って、タキオンのアプローチを耐えている時の写真だった。タキオンは「これも欲しい」と予約していたが、田上にはあんまり好ましくなかったのですぐに次を促した。
次は、タキオンが田上と肩を寄せて一緒に海を見ている写真だった。堤防に辿り着いて、まばらの草地に腰を下ろしている時の写真だ。これも中々に良い写真だった。だから、田上は、タキオンがスマホに写真を転送してもらうタイミングで自分も声をかけて、松林の時の写真とこの写真を転送してもらおうと決めた。
それから、現実の方では間に昼食が入ったのだが、そこではカメラを構えていなかったらしく、次にはタキオンが田上の顔を掴んで何か言っている写真になった。その写真を見た途端に田上の心臓はバクバクと激しく鳴り始めた。田上には、これの次には、タキオンが自分にキスをしてくる写真が出てくるのじゃないかという事の予想が付いた。タキオンも同じ考えに至ったようだ。少し眉を寄せた後、泉記者の方に「これの次は?」と神妙に聞いた。それで、さすがの罪の意識の低い泉記者も何かしらの反応を示すのかとも思ったのだが、泉記者は、相変わらず、変わらない調子で「これですよ!」と言って、次の写真を田上たちに見せた。タキオンが、泣きながら田上にキスをしている写真だった。それを見た途端に、田上の眉間に皺が深く刻まれた。しかし、そんな事など露知らず、泉記者がこう言った。
「これ、良い写真ですよね!何があったのかは知りませんが、これ以上に良い写真は、次の田上トレーナーがアグネスさんにキスをするやつしかありませんよ。でも、二枚ともいい写真で、どちらが良いと言うよりかは、二つで一つみたいなものですよね」
そう言っている間に、次の写真に移り、田上がタキオンの上に乗りにキスしている写真となったが、これは、唇の触れ合っている所は巧妙に隠されていた。しかし、田上の眉間の皺は消えなかったし、タキオンもあまり芳しくない顔をして、「これは記事に使うつもりなのかい?」と聞いた。
「いえ、それは、お二人に任せたいと思うんです。私は、お二人がお付き合いしているのは正確な情報筋で聞いた事が無いのですが、どうなのでしょうか?それが気になって、私、トレセン学園の方に何とは無しに行ってみたんです。そしたら、門の方からお二人が出てきて、ここまでついてきてみたんです」
「ええ?…朝の六時だよ?偶然って事かい?」
タキオンが、怪訝な顔をして聞いた。
「私、冬の朝って好きなんですよ。どんな季節の朝も好きですが、私、寝が浅いので結構早くに起きることがあるんです。そういう時には、カメラ持って散歩に出ます。それで、花を撮ったり、地面を啄んでいる鳥を撮ったり、そういう事をしていたんですが、今日はあなたたちを見たのであなたたちにしました」
「仕事は?」と田上が自分のキスの写真の事も忘れて、聞いた。
「仕事は、私の所の編集長の方に――アグネスタキオンさんと田上圭一さんの姿を見かけたから取材してきてもいいですか?って聞いたら、――おっけー、って返事がきました」
すると、タキオンが泉記者の次の話が始まる前にこう聞いた。
「じゃあ、君の所は、スポーツ選手の追っかけとかもしているのかい?」
「えーっと、…まぁ、…緩い感じで、私の様にたまたまスポーツ選手を見かけて取材できるようでしたら、なんか適当に取材してきた物を記事にしてきたり、普通にインタビューもしたりしてますよ。話題の人を呼んだりとかもして。…田上トレーナーにも取材を申し込んだことがあるんですが、覚えてますか?」
田上は、急に話を振られて少し戸惑ったが、う~んと考えながら答えた。
「ん~…、東焼鳥社の…」
「週刊スポーツ」と田上が思い出して口にする前に泉記者がそう言った。すると、タキオンが口を挟んだ。
「あんまり売れてないだろう?私のイメージでは、聞いた事があるにはあるけど、影は薄い雑誌というものだけど」
「そんなもんですね。編集長が大したことないので雑誌もあまり大した事はありません。けど、あそこで働くの楽しいですよ。あの編集長がバカなので、結構好き放題できるし」
泉記者が、あんまり編集長の事を簡単に言うので、思わずタキオンは苦笑して言ってしまった。
「君の所の編集長は、そんなにバカなのかい?」
「いや、もう、バカも何も、笑う事しか能がないってのは本人が自分の口で言ってる事ですから、それ程にバカです。バカなんですけども、良い職場ですよ。私にぴったりの職場を見つけられました。それで、田上トレーナー覚えてます?」
「え?…覚えては…いるけど、何件かあったから、…まぁ、それですか?」
後半は、田上も面倒臭くなって適当に言ったが、泉記者の方も適当で、田上の答えに「そんなもんです!」と明るく返した。それから、言った。
「ご取材よろしいでしょうか?私、取材させてもらうと今日の仕事の棒に振ったようなもので、さすがの編集長にも二言三言言われるので、取材を受けてもらえると嬉しいのですが…、…どうでしょうか?」
ここで、田上とタキオンは顔を見合わせた。田上としては、幾ら人当たりの良さそうな人でもここまで尾行されて隠し撮りされていたらと思うと、本気で怒らないまでも面倒臭さが多量なほどにあった。だが、タキオンは良かったようだ。それが田上には不思議だったが、タキオンは泉記者に「どのくらい取材するんだい?」と聞いた。そして、泉記者の「三つ質問させていただければ」との答えを得ると、田上に「いいんじゃないか?三つくらい」と言ってきた。田上は、暫くタキオンの顔を見つめてどう返答をしてやろうか考えていたのだが、不意に頭に浮かんできたことをそのまま聞いた。
「どんな質問をするんですか?」
「お二人の関係性について質問したいのですが」
そしてまた、田上はタキオンと顔を見合わせた。タキオンは「私は、別にそんな深く踏み込んだ質問なら断るつもりだし、良いと思うけど」と田上に言った。だから、田上はもう一度泉記者の方を見ると言った。
「面倒臭い質問が来たら断っていいですか?」
「ええ、勿論。…では、質問…してもいいですか?」
泉記者が満面の笑みでそう言うと、田上は再びタキオンの方を見、それから「いいです」と答えた。
質問はごく単純なもので、一番初めの質問は「お二人は交際しているのでしょうか?」との事だった。初めから田上にはきつい質問だったが、泉記者が人当たりの良い人だったので、タキオンはあくまでもまだ学生なので、という前提の上、お答えする事はできないと言う返答を残した。これは、少し自分たちの交際を匂わせすぎているかもしれないと田上は感じたので、この前提は記事には掲載しないで、「お答えできない」という返答だけであれば掲載してもいいという事にした。それが、本当に記事になるのかは分からないが、その後に一応こう付け加えておいた。
「しかし、大阪杯を乗り越えて、より一層強い絆を育む事はできました」
泉記者は満足そうに、うんうんと頷いて、次の質問をした。
次の質問は、「では、お二人の仲の良さの秘訣とは一体何なのでしょうか?」というものだった。この「仲の良さ」は、田上とタキオンが付き合う前からあったものだ。巷では、夫婦漫才なんて呼ばれ方もしたが、その呼び方をされたのを見つけた時の田上は、眉を寄せる事しかしなかった。今見つけたとすれば、…やはり、自分たちの事も知らないで発している少々無礼な物言いに眉を寄せるかもしれないし、そうでないかもしれない。ともかく田上はその質問にタキオンと顔を見合わせて、答えを確かめ合いながら言った。
「僕らは、…悩み事なんかを一つ一つ丁寧に話し合って、…きました。…ただ、僕の方が助けられた回数は多いかもしれません」
そう言うと、タキオンが口を挟んだ。
「私だって、君に助けられたさ。確かに、悩みの始まりは君からだったかもしれないが、私はいつだって君が頼りだった。君を頼った回数なら、断然私の方が上だ」
「そうみたいです」と田上は、タキオンに愛しい人を見るような、それとも苦笑をしているような目を向けながら、言った。
泉記者は、満面の笑みで頷きながら、話を元に戻すためにこう聞いた。
「つまり、お二人の仲の良さの秘訣は、お互いを信頼し合ってその身を委ねた、という事ですか?」
田上には、その言葉では少し違うような気がした。少なくとも、これまで世間一般が認知していた自分たちではない。今の自分たちは、世間に開けっ広げに言えないにしても、関係性が以前とは変わったのだ。それでも、委ねるという言葉は間違っているような気がした。――ならば、何なのだろうか?田上は、疑問に思っている内に自然と隣に居るタキオンの方を向いていた。そして、そのまま「どう思う?」と聞いた。タキオンは、暫く考えた後、言った。
「…私は、委ねるというのは少し違うような気がする」
どうやら、タキオンも自分と同じ事を考えていたようで、田上は安心した。それで、田上が「なんで?」と訳を聞こうとすると、その前に泉記者が言った。
「ふむふむ。どうしてでしょうか?」
「う~ん…、…委ねるのは違うよね?」
タキオンが、二人の意見が同一の物であるか確かめるために田上に聞いてきたから、田上も答えた。
「あんまりしっくりとは来ないと思う」
「だよね…。う~ん、…委ねる…。委ねる、と言うよりかは、補い合う?…どう?」
田上に再び聞いてきたから、答えた。
「補い合う…。それも、意識してしていることじゃないよな」
「じゃあ、助け合うかな?…でも、それだと、私はこれからは君に心底助けられようとしてる。助け合ってはいないんじゃないか?」
「う~ん、でも、長い目で見るのなら助け合っている事になるんじゃないか?…いや、でも、別に俺だってお前を助けようと思って助けるわけじゃないんだけどな。……助け合うのは当たり前。補い合うことは意識していない。委ねるのは違う」
ここで、田上が言葉を整理するために黙ると、その言葉の後を継いでタキオンが言った。
「そうなるのであれば、仲の良さに秘訣なんてないんじゃないかい?私は、君の事選り好みして選んだんだもの。そりゃあ、相性が良いのは当たり前だ。私にとって、頼りがいがあって、優しくて、良い男を選んだ。…君はどうなんだい?…私は、…少し我儘すぎたかな?」
タキオンが、少し神妙な調子でそう聞いてきたから、田上も戸惑って言葉に詰まった。ここで、すんなり言葉が出れば田上もやりやすいのだけれど、こういう時に限って言葉が頭の中で迷子になって出てこない。ん~?とかええ?とか悩んだ後に言った。
「俺は、……そりゃあ、少し我儘なとこもあるけど、どれもこれもひっくるめて、お前にはいつも感謝してるし、助けられてるし、良い所もある。我儘が丁度いいにくらいには良い奴だよ。…だから、…まぁ、何と言えばいいのかな?…お前の隣に立てたというのが俺の幸運だよ」
すると、タキオンにしゃべる暇を与えず、泉記者がすぐさま切り込んできた。
「隣?隣に立つ、というのも仲の良さには欠かせなかったりするのでしょうか?」
田上としては、仲の良さの秘訣の話はここで終わりと言わんばかりに話していたのだが、泉記者がまた話を蒸し返してきたので少し面倒臭くなった。しかし、それには真摯に答えた。
「仲の良さは、…多分、僕らだけの仲の良さです。互いに支え合ってきました。慰め合ってきました。そんな事をするトレーナーは、ほとんど居ないでしょう。…別に、他のトレーナーに――担当に心の内を打ち明けろとか言える事はありません。女子高生に悩みを話す酔狂は僕ぐらいなものでしょうから。それも、タキオンという他ではありえない存在があったからできた事なんです。簡単に真似できるようなものじゃありません」
そこで、田上は話が一段落着いて、黙って泉記者の方を見たのだが、泉記者の方は、田上がまだ話すものだと思って、次の言葉を待っている顔をしていた。だから、一時の沈黙がこの場に漂ったが、タキオンがそれを打ち破って言った。
「もう終わりかな?」
これは、泉記者に向けて言った言葉だった。それで、泉記者も田上の話が終わったのだと気が付いて、慌てて「あー、はいはい!」と言って、話をまとめた。
「つまり、これは、二人がそれぞれ居たからできたということですね?確かに、他のトレーナーの中ではほとんどあなた方の様に仲の良い組み合わせは見たことがありません。初めてウマ娘を担当して、マンツーマンで教えている人であっても、古株の人であってもお二人のような絡み方はされませんから」
この言葉を聞くと、田上とタキオンは顔を見合わせた。きっと、この人が言っているのは、菊花賞辺りの田上とタキオンの事だろう。この人から見れば、菊花賞の頃の田上とタキオンがキスをしていてもありえない事ではないだろう、という風に思っているのかもしれないが、田上たちからすれば大いに違った。天と地ほどの差もある。がらりと変わったのだから、前と後ろの風景の違いだと言ってもいいだろう。しかし、泉記者の勘違いをわざわざ正す気にもなれなかったので、田上が泉記者の方を向いて「そんな感じです」と言って、その場をやり過ごした。
次の質問で最後だったようだ。泉記者がこう言った。
「では、最後の質問ですが、今後の抱負などどうでしょうか?」
「今後?ですか…」
これは、田上トレーナーに向けた質問だっとタキオンも思ったから、もう自分は関係ないと思って砂浜に寝転がった。泉記者は、二人ともに聞く予定だったが、タキオンの事は自由奔放なウマ娘だと思っていたので、目線で咎める事もなしに田上を見て、返答を待った。田上は、横で寝転がったタキオンをチラと横目で見ながらこう答えた。
「新しくチームを創設したので、そのメンバーを勝たせてあげられるように精進したいです」
「おお!新しくチームを創設したんですね!新しくチームに加入した方のお名前を教えてもらってもよろしいでしょうか?」
「えー、…今はまだ選抜シーズンが終わっていないので、名前の公表は控えさせていただきます」
「では、今の所分かっているメンバーはタキオンさん一人という事でしょうか?」
「そうです」
「ちなみに、チームとして競技に参加するという事はあるのでしょうか?あまりその様な選択をしないチームトレーナーも多くいらっしゃいますが」
「えー、…今の所は予定はないですね。タキオンとの競走もまだ一段落着いたとは言い難いので」
「では、まだまだタキオンさんとの競走は続きそうだ、という感じですかね」
「…はい、…まぁ、そんなところだと思います」
それで、田上との話は終わったようだ。泉記者は、今度は、砂浜に寝転がってぼんやりしているタキオンに向かって言った。
「では、タキオンさんの今後の抱負はいかがでしょうか?」
「ええ?私にも聞くのかい?」とタキオンは、驚きながらも面倒臭そうにノロノロと起き上がった。そして、しゃんとして起き上がると、「それで?」と聞いた。
「今後の豊富です。例えば、次走はどのようになるのでしょうか?大阪杯を明けたばかりですが、今後のご予定は?」
これは、田上にも目線を送って聞いていた。どちらにしろ、タキオンに今後の抱負を聞くという事は、田上も必ず関わってくることだったから、田上がもう自分の話は終わったと、砂浜に寝転がるわけにはいかなかった。それでも、タキオンがしっかりと曖昧にして答えた。
「一番可能性があるのは、宝塚あたりだと思うけど、まだあんまりやる気は湧いてない。追い追い、圭一君と話し合って決めるよ」
そこで、泉記者は不思議そうな顔をしてタキオンの顔を見つめたが、次にこう聞いた。
「ちなみに、田上トレーナーを実験体、もとい、モルモット君として行っていた研究は今も続けていらっしゃるのでしょうか?」
「続けてたら、こんな場所にこんな格好では来てないね」
タキオンが、メディアでの酷い言われようを思い出したのか、皮肉っぽく言ったが、所詮泉記者には関係がないし、また、泉記者には皮肉が通じないようなので、明るい顔は明るい顔のままこう言った。
「では、研究はもうしていらっしゃらないという事でしょうか?」
「今はしてないけど、近々するかもね。…まぁ、これも圭一君と追い追いやっていく」
そう言い切ってタキオンは、これで話は終わりだろうという顔をして泉記者を見つめていたが、最後に泉記者はこう言った。
「本当に、最後の最後に申し訳ないんですが、お二人の正面からの写真撮らせてもらってもいいでしょうか?なにしろ、こっそり撮ったものですから、後ろ姿の写真しかなくて、顔が映っているのが田上トレーナーが砂浜で全力疾走している物しかないんです」
これには、田上の方が嫌がったが、タキオンは乗り気になっていた。
「折角海に来たんだから、記念写真だと思って一枚撮ろうよ。スマホなんかよりかはずっと綺麗に撮れると思うよ」
そうタキオンは言ったが、その後に田上が「記念写真を大衆に公表するのは、俺は嫌だ」と反論した。すると、泉記者が横から口を挟んできた。
「なら、これはどうでしょう?一枚は、私共の雑誌用に撮って、で、その後はお二人の写真を何枚か撮って差し上げます。後で、あなた方のスマホの方に送りますので、それはもう雑誌に使わないので安心してください。では、雑誌の方から撮ります?それとも、お二人のから?」
強引に話を進められたのが、田上には少々納得がいかなかったが、タキオンが「それでいいだろう?」と田上に言うと、田上もなんだか悪いような気はしなくなってきて、それでも、嫌がった手前、表情は簡単には変えられないので仏頂面のまま「うん」と頷いた。それで、泉記者がもう一度、雑誌用が先か私用が先かを聞くと、田上が「雑誌用からで」と言った。
田上は、写真を撮られるのが苦手だった。可笑しくもないのに、無理に笑顔を作るのが苦手だったからだ。だから、今回もそれに倣って、仏頂面のまま撮影に臨んだ。背景を海にして、砂浜の上に二人で立ってカメラを見た。泉記者は、「笑って笑って~」と言ってカメラを構えている。タキオンは微笑むことには微笑んだが、田上は固くなった表情を崩さずに後ろで手を組んだままだった。しかし、それで良かったようだ。パシャリと音が聞こえて、写真が撮られた。泉記者が、撮れた写真を確認している数秒の間があり、それから、もう一度「撮りますよー」「笑って笑って~」と掛け声が来ると、今度は、パシャリパシャリパシャリと三枚写真を撮られた。それから、また数秒の間があって「オッケーでーす」と声がかけられた。
ただ、それでも気分は落ち着かないので、田上は黙ったまま、隣に立っているタキオンの方を見た。タキオンもまた田上の方を見てくれたが、その後すぐに泉記者に呼ばれて、そちらの方を向いた。
「記念撮影はどんな風になさるんでしょうか?」
「えー、…まずはこのまま撮ろうか。記念撮影」
そう言うとタキオンは、後ろ手に組んでいた田上の腕に自分の腕を絡ませて、体を密着させた。動揺したかそうでないかで言えば、田上は動揺した方だったが、それは、あんまり表には出さないで、低い声でこう聞いた。
「どうするの?」
「もう少し恋人らしく撮ってみてもいいだろ?思い出作りに」
「いいけど…」と不服そうに田上がカメラの方を向くと、タキオンが言った。
「もう少し笑顔で写ってみてくれよ。後で見返したときに、不機嫌そうな顔だったら心配になるだろ?」
「…笑顔ってどう作るの?」
「…まぁ、作れないなら、ピースくらいしてみたらどうだい?それとも、奇特なポーズを私たちで編み出してみるかい?」
「ピースで…」
タキオンの冗談に少し苦笑しながら、田上は左手を上げて、拳の中から人差し指と中指を計二本上げた。タキオンも嬉しそうに頷いて、自分もそれに倣い、右手を顔の高さくらいにまで上げて、ピースをした。左手の方は、勿論田上と腕を組んで寄り添うために塞がっていた。ちなみに、田上のピースは自分の胸の高さくらいにまで押し止めていた。
その様子を満面の笑みで見つめながら、泉記者は「はいチーズ」と言って写真を何枚か撮ってやった。
そして、田上がこれで終わりかな、と思って体から緊張を抜くとタキオンが後一枚撮りたいと言い出した、面倒臭いが断るほど面倒臭いことでもないため、田上は付き合ってやることにした。
タキオンは、まず、田上と自分を向かい合わせに立たせた。場所は、先程と変わらない砂浜のままだ。それから、泉記者の方に向かってこう言った。
「ちゃんとカメラを構えて、写真を撮ってくれよ。圭一君が嫌がるかもしれないから」
相変わらず、泉記者は満面の笑みで「はい!」と元気よく答えていたが、田上はあまり良い予感はしなかったので、怪訝な顔でタキオンの事を見つめていた。タキオンは、田上に一歩詰め寄り、田上の真正面、抱き合えるような距離まで来た。田上は、タキオンが何をしようとしているのか薄々勘付いていた。勘付いていたが、こうなってしまった以上、タキオンが強引に攻めてくるというのは間違いがなさそうなので、怪訝な顔のままタキオンを見つめ続けた。そんな田上を露知らず、タキオンはニコニコ笑いながらこう言った。
「あんまり抵抗しないでくれよ。普通に危ないし、私たち恋人同士だからね。君はちょっと気に入らないかもしれないから、私のためだと思って、少し堪えてね」
そう言うと、タキオンは爪先立つと、田上の首に腕を回し、その唇に自分の唇を触れさせた。田上は、やっぱり予想通りだと思いながら、タキオンとキスをしていた。横で「おお!」と言いながら、カメラをパシャパシャ言わせている音が耳に付いたが、こんな状況どうしようもないので、田上はなされるがままにされた。ただ、自分が少し不格好に思えた。直立したまま自分より背の低い子とキスをしていると、背中が不格好に歪んだ姿になるのじゃないかと思えて仕方がなかった。しかし、それは田上にはどうしようもないので、タキオンに身を委ねる事しかできなかった。
田上には、若干迷惑だった。タキオンの子供らしい、少し面倒臭い所が、面倒臭い場面によって発揮された。別に、キスをするのは構わないが、もっと別の場面で、こんなに面倒臭い絡み方をしないでキスをしてほしかった。タキオンは、何を想っているのだろうか?田上は、目を開けたままタキオンの顔を見つめていたが、タキオンは、嬉しそうにしながら目を瞑って田上にキスをしてきていた。あんまり碌な事は考えていなさそうだったので、田上も考える事を止めて、やっぱりタキオンのなすがままに任せた。