ケロイド   作:石花漱一

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二十三、タキオンの誕生日プレゼント④

 田上は、昨日はあまり感じれなかった店内のお洒落さに少し怯えつつも、ペアネックレスの区画へとすぐに行き、ガラスの箱の中に並べられたネックレスの数々をまじまじと覗き込んだ。そして、少し反省をした。昨日タキオンに「これはどう?」と言った観音像があまりにも観音像だったからだ。これを少しでも誕生日プレゼントに良いかもしれないと感じる人は、タキオンの言う通りよっぽどの仏教オタクだと思った。それか、自分のような間抜けなアホか。これが、あんまりにも酷いもんだから、田上は観音像を顔を近づけてみたり、遠ざけてみたり、ため息を吐いてみたり、意味の無い事をずっと繰り返して、ようやく――全く自分はなんてあほな奴なんだろうなぁ、と思うと、目を離してまた別のネックレスを見た。そこの店には、当然、何も飾りのつけられていないものだったり、輪に連なって飾りのついたようなネックレスもあったり、飾りの中に写真を入れられるような物もあったのだが、田上はやっぱりそういう地味でも派手でもなくて、普通のタキオンが喜びそうな物を彼女に買ってあげたかった。かと言って、自分もつけなくてはならないので、ハートマークの物や女性に人気のデフォルメが施されたキャラクターが付いた物などは田上も避けたかった。だから、――やっぱり、見ていて綺麗なものが良いよなぁ…、と思いながらタキオンの誕生日プレゼントを選んだ。

 並べられたものの中には、絵文字を模った物もあった。あまり需要もなさそうなのに結構たくさんの種類があったから、――なんだろう?、と疑問に思いながら田上はまた隣の物を見つめた。

 その隣の物は、薔薇を模った物があった。勿論、ペア用なので金の薔薇と銀の薔薇が綺麗に細工されて並べられていた。その値段を見てみると、田上はちょっと驚いてしまったので、それを買うのはまた後ほど考える事にした。

 そして、また次の物を見ると、今度は、昆虫を模った物が色々あった。始めに目に留まったのは、蝶の飾りの物だった。丁度、タキオンが新しく作った勝負服の髪飾りとして蝶を採用していたのを思い出した。――タキオンは蝶が好きかもな…、との考えが田上に思い浮かんだが、とりあえず、それを候補に加えてまた別の昆虫も見比べた。クワガタやカナブンやカブトムシなどもあったが、それらは、少し現実味のある細工だったので田上には嫌だった。こんなのを送られて喜ぶタキオンでも無いだろうと思った。それも、もしかしたら、田上から送られれば素直に喜ぶかもしれないが。しかし、田上自身が嫌なので、それらは普通に却下された。他にも、蝶にも色んな種類があったし、程良くデフォルメされたトンボもあったし、てんとう虫にも種類があった。田上は、トンボは結構良さそうだと思った。トンボと言うと、決して弱い虫ではないし、速いし、複眼だし、男の子の憧れの的だ。タキオンもあまり嫌いではないだろうと思う。デフォルメされたトンボは、ただ、四つの羽に棒が足されたようなデザインだったから、決して現実には寄らず、かと言って、デフォルメされ過ぎてトンボ本来のかっこよさも失われてはいなかった。

 それも念頭に入れて、田上は今度はてんとう虫の方を見た。田上もてんとう虫は嫌いじゃない。子供の頃などは、アブラムシを食べるてんとう虫を一生懸命観察していたり、虫かごの中にたくさんのてんとう虫の幼虫を捕獲していたりした。むしろ、昆虫の中ではより身近で、好きな部類に入る。そのてんとう虫だが、ペアネックレスと言うと、少し微妙だった。金色の輪に彩度の高い赤のてんとう虫はあまり合わなかった。けれども、その色を金色に合わせて一色に統一してみた所で、それはそれで、てんとう虫感が薄れた。それに、赤いてんとう虫の対になっていた方は、青いてんとう虫だった。これは、なんでもかんでも色を対にしてみれば良いという物でもないので、田上の好みではなかった。

 それで、一応ペア用のネックレスは大体見終わった。もう一度、まじまじと見てみる必要はあるが、そこで田上の頭にはある考えが浮かんだ。――単純にお揃いでも良いんじゃないか?その考えは、どうすべきか否か悩むものだった。田上としては、単純にタキオンとお揃いでも十分に嬉しいと思った。果たして、タキオンが嬉しがるかは分からないけど、…と思ったところで、やっぱり田上はペアネックレスを選んであげようと思った。やはり、二つ同じ物を買うよりかは、二人で一つのようにデザインされた物の方が意味もあってタキオンも喜ぶだろうと考えたからだ。そして、また、田上は並べられたネックレスを見つめながら考える事になった。他の客や店員さんが何か動いたり話したりしているのは感じるが、それが終わっても田上はずっとネックレスを見つめて考え込んでいた。この店が、客を放っておいてくれる店で田上は随分と助かった。これで、店員に話しかけられでもしたら買う気も失せて、早く店から出て行こうとするだろう。それをしなかったこの店は、もしかしたら、接客の態度が物凄くいいのかもしれない。そんなくだらない事を考えながらもネックレスを見つめていると、田上は不図、今まで目に留まっていなかったあるネックレスに興味を惹かれた。それは、てんとう虫型の飾りではあったが、背に描かれた模様は地球。そして、対になっているてんとう虫には月のような物が描かれていた。これは…?と思った。田上の心は、今まではもうほとんど蝶の飾りで決まりのような物だった。しかし、まだ決められずにいたのは、これを待っていのかもしれない…。そう思うような美しさのある地球と月のてんとう虫だった。だが、ここでやっぱり田上の後悔したくない心が働いた。幾ら綺麗とは言っても、ぽっと出のネックレスよりも蝶のネックレスの方が、田上には優先順位は高かった。けれども、てんとう虫も十分に捨て難いので、悩みに悩んだ後にてんとう虫を買うことに決めた。すると、やっぱり蝶の方がいいような気がしてきた。それから、また、うんうんと顔を近づけたり遠ざけたりしながら悩んだ挙句、やはり、地球と月のてんとう虫が良いだろう、という事で田上は決めた。そして、店員さんを呼んで、「これを買いたいのですが…」と頼んだ。幸い、輪っかの方は自分で選ぶこともできるようだったから、あまり高くならないように、でもお洒落さは損なわれないように、なるだけ安い物を選んだ。それで、金額は二つ合わせて、四万円とちょっとになった。――来年はもっと安いのを買うだろうな。花とか、と思いながら田上はその金額を支払った。

 

 店を出たのは、一時間半後だった。思った以上に時間を食ってしまっていて、田上は少し慌てた。携帯は、音もバイブも鳴らないようにしていたので、タキオンからまた一件のメッセージが来ていた。『ネックレスは買えた?』との内容だったので、『今買って帰るところです。包装は俺とお前で別にしたけど良かったよね?』と送った。すると、その後すぐに『いいよ』と返事が来たので、田上は首を傾げた。タキオンは、今は授業中だったはずだ。田上も正確な授業の時間割までは覚えていないが、自分がたまたま休み時間に送ったのだろうか?それが少し妙だったので、またタキオンにメッセージを送った。

『お前、授業中じゃないの?』

 すると、再び『うん』と返ってきた。田上は、帰りの電車の中で眉を寄せて、スマホを見つめた。それから、ぽちぽちとまた文字を打った。

『授業を真面目に受けろよバカ。机の下でスマホいじってるんじゃないだろうな?』

『ご名答』

『今すぐ前を向いて授業を受けろ』

『でも、圭一君がメッセージ送ってくるからしょうがないだろ?』

『無視しろよバカ』

『君の悪口で私の心が傷ついた』

『知らないよ。付き合いたての恋人じゃないんだから、わざわざ授業中にLANEをするな』

 ここで田上も自分から無視を始めたほうが良い事に気が付いて、それ以降のメッセージに反応しない事に決めた。しかし、この段階ではもう手遅れだったようだ。田上がスマホをいじっていると、画面にタキオンからメッセージが来たことを知らせる通知が、何個も何個も来た。その通知は、文面も見れるようになっているので、田上はタキオンが何と言っているのかが見てとれた。

『付き合いたての恋人だろ?』という会話の続きから始まり、タキオンが田上から無視されている事を知ると、『あれ?私無視されているかい?』『本当に無視?』『悲しい』『授業は暇だよ。話そうよ』『おーい。見てるだろ?通知が出ているだろ?』『おーい』『おーい』『圭一くーん』『怒ってる?』『まさか、君に限って怒るはずもないよね?』『怒られたのかな?悲しいよ』『嘘だよ』『でも、これが君に本当にみられていなかったら。それこそ悲しい上に恥ずかしい。見てるよね?反応をくれよ』

 そこまで言われると田上も我慢できなくなった。こんなに遊び心のあるやつが自分の彼女になったのだと思うと、半分愉快でもあったし、半分引き気味でもあった。それでも、そんな彼女に構わないでいれる田上でもなかったので、こう返した。

『うるさいよ。いつまでスマホ見てるんだ。前見ろ前を』

『前なんて見なくたって、教科書を見れば大体の内容は分かるさ』

『先生が一生懸命話しているだろ?』

 そこで、会話が途切れた。恐らく、先生にスマホをいじっているのを見つかったのじゃないかと田上は予想できた。だから、自分もスマホをしまうともうすぐ電車から降りる事に備えた。

 

 トレセン学園に辿り着くと、タキオンにどうネックレスを渡そうか、と考えた。これは、タキオンの誕生日プレゼントを今日渡すのではない。田上の分のネックレスをタキオンに渡すのだ。勿論、タキオンから、君のつけている姿を見てみたいと言われたのだから、渡すほかにはないだろう。これは、二人の共通認識のはずだ。かと言って、二人の暮らしは、学校が始まってしまえばそれ程重なり合う事はなかったから、渡すときと言ったら、トレーニングの前くらいしかなかったはずだ。それは、少々恥ずかしい事になるかもしれなかった。マテリアルやリリックの前で渡すことになるかもしれなかったからだ。そういう事になれば、二人は興味津々で見つめてくるだろうし、茶化しもしてくるかもしれない。タキオンも人前での立ち振る舞いを全く気にしていないので、ネックレスを渡せば喜んでその場で田上に着けようとしてくるかもしれない。少なくとも、それを眺めたいのだから、「着けて」と言うはずだろう。その一部始終を眺められると、さすがに田上も居た堪れない気持ちになる。

 そんな事を考えながら、とりあえず、寮の方へと持ち帰った。しかし、そこから二十数分するとタキオンの方から連絡があった。

『休み時間になった。帰り着いた?』

『帰った』

『君のはどうするつもり?』

『いつでもいいけど、渡した方がいい?俺が着けとけばいい?』

『持って来て。すぐ。トレーナー室に』

 その言葉を受けて、田上は、一応両方のネックレスを持って部屋を出た。

 

 トレーナー室は、最近引っ越したばかりなので、一番初めはそこに向かって足を運んでいた。しかし、途中であっと気が付いて、その後は三階の新しいトレーナー室の方へ進路を変えた。

 部屋の前に辿り着くと、前に居たのはタキオンだけではなかった。タキオンの友達のアルトとハナミも一緒にくっ付いていた。話しているタキオンの表情から察するに、連れてきたくて連れてきたわけではないようだ。それでも田上も連れてこられると少々面倒なので、顔を少ししかめながら廊下をタキオンたちの方へ歩いた。そして、田上が廊下の向こうの方から来るのにタキオンが気が付くと、慌ててアルトとハナミに「教室に戻れよ」と睨んだ。睨まれた二人は、ニヤニヤしながら廊下の奥から来る田上とタキオンを見比べていたが、やがて、大人しくタキオンの言うことに従うと、田上がその場所に辿り着く前に帰ろうとした。けれど、帰る方向は、田上が来る方向だったので、すれ違いざまにアルトとハナミと田上の三人は、「こんにちは」「こんにちは」と挨拶を交わした。それから、タキオンの所に行くと、先程とは打って変わって、口元に笑みを浮かばせながら「どんな物を買ってきたんだい?」と聞いてきた。「綺麗なものだよ」と答えながら、田上は、タキオンと一緒にトレーナー室に入った。

 トレーナー室の中はまだ多少の違和感はあるし、開かれていない箱も幾つかあった。しかし、若干の馴染みのような物が、無きにしも非ず…と言った感じだったのは、もしかしたら、建物自体が変わってはいないからかもしれない。それでも、いつものように簡単にソファーに座って話すわけでもないので、田上は、一瞬どこに座るか迷った後に、長机に備え付けられている椅子の一番左端に座り、続いてタキオンもその隣に座って体を寄せてきた。この体を寄せてきた理由は、単純に田上との距離感が無いのと、ネックレスへの興味が津々だったからだ。タキオンは田上に「どっちがどっちだい」と聞いた。田上の持ってきた包装が二つだったからだ。その包装は、片方が青で片方が黄色になっていた。田上が覚えやすいようにそのネックレスの主体となっている色を包装の色にしてくれ、と店員に頼んだのだ。店員は、気軽にそれをしてくれたので、田上は内心ほっとした。

 田上は、二つの包装を並べてタキオンに説明した。

「まず、こっちの青いのが、地球を模したてんとう虫のネックレス」

 ここでタキオンが「てんとう虫?」と困惑していたので、田上もタキオンにがっかりされたらどうしようという心が出てきた。しかし、今更引き下がるわけにもいかないので、タキオンの言葉を無視すると説明を続けた。

「それで、こっちが月を模したてんとう虫のネックレス」

「対になっているというわけだね?」

「そう。で、どっちがどっちというわけでもないんだけど、どっちがいい?」

 田上としては、自分は地球が良かったのだけれど、タキオンの意思を尊重したいがためにそう聞いた。ただ、それを見抜けないタキオンでもなかったので、田上に聞き返した。

「君はどっちが良いんだい?」

「俺は、…地球の方がいいかなって」

「それは君が地球のネックレスを着けたいという事?」

「そう」

「まぁ、デザインした人も多分女性の方に月を着けてもらいたかったんじゃないかな?…月のてんとう虫って、一体どんなデザインなんだい?」

「お前のは、月が金の縁で覆われていて、そして、金のてんとう虫の頭と手足がある」

「リアルに寄った感じの物かな?」

「まぁ、リアルさはあるけど、それ以上に月が綺麗だから。結構、タキオンも実物を見たらおおっ、って言うくらいの綺麗さはある」

 いつになく田上が熱弁すると、タキオンが少し微笑んでそれを見つめた。

「じゃあ、こっちが君のになるのかな?」

 タキオンが机に置いてあった青い包みの方を手に取って、少し眺めてからまたそれを机に置き直した。

「ああ、そういう事になる。地球の方も良かったよ。透き通るような青の中に、所々霞の白を置いてるのが、また幻想的な感じにしてる」

「その中に日本列島はないのかい?」

「それを置いたら野暮すぎるだろ。大陸みたいなのはない。月があって初めて、これが地球だという事が確認できる」

「ほう。そういう意味でも対になっているのかな?」

「それは知らない。…どうする?早速着けてる所見せたほうがいい?それとも、また、誕生日の時にする?」

「…いや、今着けよう。今日から私の誕生日まで、それより後も毎日着けて私の前に立てよ?」

「プロポーズ?」

 田上が思い浮かんだことを脳と口を直接繋げて言うと、タキオンが困ったように笑った。

「まぁ、そんなものだろう。…一つ懸念点があるとすれば、そのてんとう虫の足の細工が脆いか脆くないか、だね。脆いとすると、君と気軽に抱き合えなくなるという事だ」

「そんな万力込めて抱き合う必要もないでしょ…」と田上は言うと、タキオンとの間にある青の包装を見つめて暫く黙った。タキオンも同じように黙っていて、どうやら、二人は、どう包装の開封を始めようか迷っているようだった。しかし、いつまでもそうしているわけにもいかないので、田上が「…じゃあ、どうする?」と聞くと、タキオンが「…始めようかな…。包装開けるかい?」と聞き返した。それで、開けないという選択をするわけにもいかないので、田上は恐る恐る包みを手に取るとタキオンに「開けるよ?」ともう一度聞いた。タキオンも包みと田上を見つめながら「いいよ」と答えた。田上は、慎重に封を開けて、タキオンに、中にあった箱を見せた。その箱をまた開けると、中から美しい銀の細い鎖の連なりと、そこに繋がっている透けるような濃い青のてんとう虫が出てきた。そのてんとう虫は、背中は銀の縁で飾られていて、タキオンは少しの間黙ってそのてんとう虫を見つめていた。田上は、タキオンが何も言葉を発さないので、お気に召さなかったのかと心配になったが、その様子を感じ取ったタキオンが不意に目を上げると、そのネックレスを目の高さに上げて「綺麗だね」と田上に微笑みかけた。田上もそれに微笑を返したが、それに続いてタキオンが「着けてあげる」と言うと、その顔は少し強張った表情になった。

 タキオンが、「さあ、立って」と言いながら自分も立ち上がると、田上も大人しく言う事を聞いて椅子から立ち上がった。そして、タキオンに向き合ったのだが、田上にはネックレスを着ける作法なんて知らないので、この後にどうすればいいのか分からずに、タキオンの事を見つめた。タキオンは、ネックレスの留め金を外すのに少し手間取っていたようだったが、外し切るとタキオンよりちょっと背の高い田上を見つめて言った。

「君、少し背が高いな。ちょっとまた椅子に座ってくれよ。…いや、やっぱりいい。やっぱり立ってくれ。そのまま着けよう」

 田上は、座ったり立ったりを繰り返した挙句、また、タキオンの前に立ち上がって、タキオンがどうするのかを見守った。田上の見立ててでは、どうやら、タキオンは真正面から着けるようだった。「動かないでくれよ」と言うと、田上の首にしがみ付くように抱き着いて、田上の首の裏で手をごそごそとし始めた。金属のひやりとした感覚が首に伝わったり、タキオンの鼻息を首筋に感じたりして、少々こそばゆかったが、田上は、タキオンが自分にネックレスを付け終わるのをじっと待った。そして、タキオンが「できた!」とやっと言うと、そこで、授業の開始を付けるベルが鳴った。タキオンは、慌てる様子もなく、時計を見つと、その後に田上のネックレスを丹念に見て、こう聞いた。

「次の休み時間もここに居るのかい?」

「うーんと、…居るかな。午後のトレーニングについての整理もあるし」

「なら、また次の休み時間にここに来るよ。似合ってるよ。良いネックレスを買ったね」

 そう言うと、タキオンはトレーナー室のドアを開けて立ち去って行った。田上は、その立ち去って行ったドアを見つめて暫く突っ立っていたが、やがて、我に返ると、自分の首元にあるネックレスの冷たさを感じ、そして、それを奇妙な物のように見つめながら、自分のデスクへと座った。銀色に縁どられたてんとう虫は、窓から入る陽の光に照らされて不思議に青く輝いていた。

 

 次の休み時間になると、早速タキオンは来たが、一人だけではなかった。アルトとハナミを連れていた。田上には、これは滅法芳しくなかった。だが、タキオンだって芳しそうではなかった。トレーナー室に入るや否や、タキオンは田上に言った。

「この方々が、君のネックレスを見たいってさ」

 田上は、勿論それだけでは何が起こっているのかは分からないので、困惑した表情でタキオンを見つめ返した。すると、タキオンはもう一度田上に説明し直した。

「この二人が、何してたの?ってしつこく聞いてくるから言うしかなかったんだよ」

 それで、田上が二人の方を見つめると、その後にタキオンがもう一つ言った。

「ネックレスを外して見せてやってくれないか?この人たちも直ぐ帰るって言うから」

 そして、田上は自分のネックレスを外してやろうとしたのだが、これが中々外れなかった。だから、タキオンに助けを求めて、後ろの留め金を外してもらおうとしたのだが、これも中々恥ずかしかった。タキオンも少し苦戦していたし、田上は二人のウマ娘と正面から向かい合わなければならなかったので、二人が自分たちの事をじっと見つめているのが直に分かったからだ。もう少し目線をそらしてくれれば、田上もやりやすいのだけれど、二人はじっと見つめてくるばかりだったので、田上はタキオンが早く外し終わる事を願った。

 そして、タキオンが田上の首からネックレスを外すと、田上はそのまま椅子に、ネックレスは他の二人がいる机の方に持っていった。田上は、元からこの三人の会話に混ざる気はなかったのだけれど、三人の会話から逸れたアルトだかハナミだか田上には分からない方が、田上に話しかけてきた。

「タキオンちゃん可愛いですか?」

 二人だけで会話をしていたタキオンだったが、その言葉を耳聡く聞きつけて、田上とハナミを睨むように見つめた。田上もまさかここで嘘を吐くわけにもいかないので、「ああ、可愛いです」と答えた。すると、また調子に乗ってその子が言った。

「もうすぐタキオンちゃんの誕生日ですけど、その時に何か買う予定はあるんですか?」

 これには田上も返答に困った。だから、思わずタキオンの方に助けを求めるために視線を向けると、そこで、初めてその子が後ろを振り向いてタキオンの方を見た。もう、そこの二人の会話は終わっていて、もう一人の子も、田上と別の子の会話に興味を注いでいた。その子を一つ跨いで、田上と話している子がタキオンに言った。

「誕生日プレゼントの話題ってあんまりしない方がいい?」

 タキオンはしかめっ面をして、「しない方がいいね」と不愛想に答えた。すると、もう一人タキオンと話していた方の子が言った。

「タキオンの事ってどれくらい好きだったりします?」

「え…、言わないと駄目?」

「言わなくてもいいよ、そんな事」とタキオンが少し怒りながら口を挟んだ。そして、その質問をしてきたこの両肩を掴むと「さぁ、もうネックレスは見ただろ?」と言って、彼女たちを追い立て始めた。けれども、田上に始めに話しかけてきた方の子は、もう一つ田上に言った。

「タキオンちゃんの事大切にしてやってくださいね。田上トレーナーとのLANE見つめながらニコニコしてたし、あの休み時間が終わってからもずっとニコニコしてたんですよ。可愛い奴ですよ?あの子は」

「おい!」とタキオンは怒ったが、その声によってようやく連れてきた二人は大人しく部屋から出て行った。タキオンは、一旦部屋から出て行ってその二人がちゃんと帰るかどうか見てから、また戻ってきたが、戻ってきた途端に恥ずかしそうに顔を赤らめた。

「別に、そんなにニコニコしてたつもりはなかったんだけどね…」

 どうやら、さっきの子が言った事をタキオンは気にしていたようだった。けれども、田上は少しニヤニヤしながら言った。

「でも、ニコニコしてたのか?」

 その言葉にタキオンは照れるというよりも、むしろ、面白がって田上の方を見つめた。

「んん?勿論、ニコニコはしてたけど、…そんなに興味があるのかな?」

 そう言われると、田上は少し目を泳がせてから「別に」と答えた。

 そこで、話は一旦終わったが、その後すぐにタキオンが言った。

「トレーナー君立って。もう一度着けてあげよう」

「いいよ。遠慮しとく。自分でできるよ」

 田上が少し嫌がると、タキオンは「なら、やってみたまえよ」とネックレスを手渡してきたから、田上はそれを持って首にかけると、手を後ろの方に回して留め金をごそごそとし始めた。しかし、そこはやっぱり不器用な田上だった。幾らやってもしっかりと留め金を着けることができずに四苦八苦した後、「ほら、私がやるから」というタキオンの言葉に従って、彼女のなすが儘にされた。この時、田上は椅子に座ったままだったので、先程よりもタキオンの体が田上の顔に覆いかぶさるような位置にあった。その為少し彼女らしい匂いが田上の鼻をくすぐったので、思わず息を止めた。タキオンは、そんな事には構わずに田上の首の後ろまで自分の顔を持って行き、ネックレスの留め金がどうなっているのか丹念に調べながら、田上の首にまたネックレスを掛けてあげた。そして、その作業が終わり、タキオンが再び田上の前に立ってそのネックレスを見つめてみると、「うん、いい出来だ」と言って頷いた。それから、タキオンは田上の膝の上に座ろうとしてきたので、田上は慌てて止めた。

「なんで座ろうとしてくるんだ」とぎょっとして聞いた田上だったが、タキオンは、まさかそんな顔をされるとは思わなかったので、こちらも少しショックを受けたような顔をして言った。

「え、だって、ここはトレーナー室だろ?別に、私たちも彼女を膝の上に乗せて恥ずかしがるような間柄じゃないだろ?」

「いや、…恥ずかしいよ。それに、俺の膝に座ったって何にもならないぞ」

「…まぁ、それもそうだ。でも、もっと君と居たい」

 そう言ったところで、また授業の始まりを告げるチャイムが鳴った。今度は、タキオンも少し鬱陶しそうに時計の針を見つめた。それから、田上の方に向き直るとまた言った。

「もう授業をサボろうかな」

「行けよ。サボるのは良くないぞ」

「そう言って、君は、私が研究をしていた頃はあんまり何も言わなかっただろ?たまに、トレーナー室に入り浸る事もあった。でも、君は何も言わなかっただろ?」

「そりゃ、あの時はどうせ言っても聞かなかっただろ?」

「いや、聞いていたかもしれないよ?」

「それは知らないけど、今は聞いてくれないのか?…研究もしていないんだし、行ったらどうだ?」

「研究は始めようと思ってるよ」

 そう言いながら、タキオンは長机の方から椅子を引っ張ってきて、田上の前まで持ってくると、その椅子に座った。それを、田上は少し眉を寄せて眺めていたが、タキオンとの会話は続けた。

「何を研究しようかな、と思っている所さ。君の事をもっと知りたいから、何か時間を戻す、そうでなくても、あの時を呼び起こす薬を作れないものかな~と思っているんだよ。…ああ、それに、君はあの約束は覚えているだろ?」

「あの約束?」

「大阪杯に勝てばお弁当を作ってあげる約束だよ」

「…あれは、確か、勝たなくても作ってあげるって約束じゃなかったか?」

「あれ?そうだったかな?……まぁ、どっちにしろ、作って、と言うより、君と一緒に作りたい。私に料理を教えてくれよ」

「料理?別に、教える程大それた事はしてないよ?レシピ見て、勝手に作ればいいだけだし」

「じゃあ、君と一緒に作りたい。どうせ、花嫁修業もしないといけないんだ。君と同棲を始めるまでに何回か料理を作っておきたい」

 この同棲、という言葉に田上は少し動揺したが、あまり表には出さないでタキオンの言葉に答えた。

「同棲って言っても、お前、もしそこまで行けたらどうするつもりなんだ?働く?」

「働く?…いや、子供を作れば…忙しいのかな?」

 タキオンは少し恥じらいを持ってその言葉を言ったが、これには田上は気にしなかった。

「同棲してすぐに子供を作るのか?タイミングはあるだろ?」

「ああ、それもあるね…。…どうしようか?」

 それは、田上にも少し酷な質問で、本人としても明言はなるべくしたくはなく、曖昧に答えた。

「まぁ、同棲までまだまだあるし、その途中で何が起こるか分からないし、……お前は、今は授業に出ないといけないんじゃないのか?」

「いいよいいよ。授業なんていつでも出れるさ。今はもっと君と一緒に話したいんだ」

「お前、俺は、口説けば落ちる男じゃないぞ。さっさと授業に出ろ」

「でも、君は出す術を持たないんじゃないのかな?」

「出なさい。帰ってきたら、何でも話すから」

「ええーー、それじゃあ授業中がつまらないじゃないか。ある程度サボっても大丈夫なんだよ?もっと話そうじゃないか」

「社会性を営みなさい。これから、人の親として暮らす未来があるのならば、社会性は必要だ。ある程度の規範に沿えるような人間になりなさい」

 田上に言い包められたような気がして少し不満だったが、その言う事に一理はあるので、タキオンは渋々ながらも頷いて、それでも田上と一緒に居たかったので、クラスの前までついてきてくれるように頼みこんだ。これは、田上にも少し困った。学校の授業はもう始まってしまっているので、廊下は全く人気のない状態だ。そんな中を歩けば、それぞれの教室の中から注目を集めることはな間違いないだろう。さすがにそんな中でタキオンも田上も手を繋ぐ予定はないので、間違っても恋人同士だとは思われないだろうけど、それでも、注目を浴びるのは田上の好みじゃなかった。けれど、タキオンの要望を押し通せない程の意地でもなかったので、田上は仕方なくタキオンの横を連れ添って行った。たまに、タキオンがその癖からか田上の手を繋ぎたそうに触ってくることがあったが、田上はそれを無視したし、タキオンもその後すぐに慌てて手を引っ込めていた。タキオンの授業を受けるクラスの手前まで来ると、二人は小声で「ばいばい、圭一君」「いってらっしゃい、タキオン」と囁き合ってから、小さく手を振るとそれぞれ別れた。その際に、教室の廊下側の席にいた子の一人の中に、先程の休み時間にトレーナー室に来た、タキオンの友達の内の一人が居て、その子と目が合った。その目は、面白くて可笑しい物を見たかのように、ニコニコと笑っていた。

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