星よきいてくれ 作:陸一じゅん
また、あの星空だ。
サリヴァンは裸足に感じるぬるい水の感触に、あたりを見渡した。
そこにあの屋敷のポーチは無い。
あるのは、足元の水と星の海だけである。
空の隙間を埋めるほど無数に散らばった星々は極彩色。
くるぶしまでしか無い浅い水が、水平線まで果てしなく続いている。
おれは、ふと、かたわらに慣れた気配を感じて、その名前を呼んだ。
「……ジジ? 」
「なぁに? サリー」
星のネオンをさえぎって、黒いコートがひるがえる。サリヴァンの肩に手を置いて浮かんでいる相棒の魔人は、大きく瞬きをして、夜空を見上げた。
「……ここって、どこさ? 」
「わからん」
「ふうん……なんか、変な場所」
ジジは居心地が悪そうに、肩をもぞもぞと動かした。
「空気が澄んでるね……悪いところって感じはしないかも。むしろ……ちょっと懐かしい――――――」
遠くを見つめるジジの瞳が、ハッと見開かれた。
「……ねえ、今ボク、懐かしいって言った? 」
「言った」
「懐かしい……? このボクが? そんなの、覚えてる限り初めてのことだ……やっぱりボクは、この国で製造されたのかも……」
ジジは口元を拳で押さえ、瞳を揺らした。
サリーは動揺するジジの二の腕を軽く叩く。
「……何か思い出したのか? 」
「うう~……いいや。何か、こう……感覚に触れるものはあるんだけどなぁ! 」
ジジは大きく首を振る。いつになく悔しそうに顰められた顔で、夜空を睨み上げる視線もどこか弱弱しい。
「……ここを出よう。まごまごしてたって、どうせボクの記憶は戻らないと思う」
「そうだな。……お前がいて助かったよ」
「そうでしょう? ボクほどピンチに心強い魔人はいないさ」
ジジはいつものように、皮肉気に唇の端を持ち上げて笑う。
「って言ってもどこに―――――」
「迷う必要は無いかもしれないよ」
「ほら」と、ジジが星空を指した。
導かれるまま目を向けたその先にあるものに、おれは間抜けに口を開ける。ジジは馬鹿にしたように片方の目をすがめた。
「あれは――――――どうなってんだ? 」
「ここは
おれの腕を取って、ジジは虚空へ踏み出す。
正真正銘何もない、おれの
ジジの足はしっかりと何もない空中を踏みしめ、階段を上るようにしてずんずん前へ進んでいった。
「ちょ、ちょっと待てよ。おれはお前みたいには―――――」
「ここでは関係ない。黄金船に乗る時は平気だったじゃない。大丈夫だから早くして」
「馬鹿みたいなパントマイムになるんじゃねーだろうな……」
恐る恐るジジの足があったところを踏む。
「さっさと行く! 時間がもったいない! 」
叱咤され、なかばヤケクソになって駆け上がった。
ここは天地の境の見えない星の海。
いや、もしかしたらここには、天地という概念すら無かったのか。
おれたちが地と思っていた湖面を踏みしめていたように、『
子供がベットでシーツにもぐるみたいに大きなローブを巻きつけて、星空にうずくまる小さな人影。
「……まさか、こんなに早く会えるとは思っていなかったよ」
もうおれたちには、その人物の予想がついている。ジジの唇は笑っていた。
一心不乱に前を行くジジの背中から、剥き出しの好奇心が立ち昇るように漂っている。
いつしか天が地に反転し、おれたちはその人影の前に立っていた。
相棒の肩は強張り、緊張している。瞳がぎらぎらと燃えるように輝きを増し、もうその顔が見たくてうずうずしているのがわかる。
ジジの第一声は、緊張に掠れていた。
「……はじめまして。ボクはジジ。この魔法使いの魔人さ。――――――キミが『宇宙』のえらばれしもの? 」
肩が揺れる。うつむいた顔に垂れた髪の間からゆっくりと、金色の瞳が顕れる。
頼りなげに薄く開いた唇は、涙の余韻に震えていた。
「それとも、『ミケ』って呼んだほうがいい? 」
「はい……わたしはミケ……。アルヴィン様の語り部の、ミケ……――――――」
消え入るような声が言う。
その魔人は、今にも消えてしまいそうなほど儚い姿をしていた。対するジジのほうは、獲物を前にした猫のように、相対する相手の顔を穴が開くほど見つめている。
相違点は目につく。
それでもこの二人は、体格も、声も、顔も……すっかり同じ姿をしていた。