星よきいてくれ   作:陸一じゅん

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5 Braver

 また、あの星空だ。

 

 サリヴァンは裸足に感じるぬるい水の感触に、あたりを見渡した。

 そこにあの屋敷のポーチは無い。

 あるのは、足元の水と星の海だけである。

 空の隙間を埋めるほど無数に散らばった星々は極彩色。

 くるぶしまでしか無い浅い水が、水平線まで果てしなく続いている。

 

 おれは、ふと、かたわらに慣れた気配を感じて、その名前を呼んだ。

 

「……ジジ? 」

 

「なぁに? サリー」

 

 星のネオンをさえぎって、黒いコートがひるがえる。サリヴァンの肩に手を置いて浮かんでいる相棒の魔人は、大きく瞬きをして、夜空を見上げた。

「……ここって、どこさ? 」

「わからん」

「ふうん……なんか、変な場所」

 ジジは居心地が悪そうに、肩をもぞもぞと動かした。

「空気が澄んでるね……悪いところって感じはしないかも。むしろ……ちょっと懐かしい――――――」

 遠くを見つめるジジの瞳が、ハッと見開かれた。

 

「……ねえ、今ボク、懐かしいって言った? 」

「言った」

「懐かしい……? このボクが? そんなの、覚えてる限り初めてのことだ……やっぱりボクは、この国で製造されたのかも……」

 ジジは口元を拳で押さえ、瞳を揺らした。

 サリーは動揺するジジの二の腕を軽く叩く。

「……何か思い出したのか? 」

「うう~……いいや。何か、こう……感覚に触れるものはあるんだけどなぁ! 」

 ジジは大きく首を振る。いつになく悔しそうに顰められた顔で、夜空を睨み上げる視線もどこか弱弱しい。

 

「……ここを出よう。まごまごしてたって、どうせボクの記憶は戻らないと思う」

「そうだな。……お前がいて助かったよ」

「そうでしょう? ボクほどピンチに心強い魔人はいないさ」

 ジジはいつものように、皮肉気に唇の端を持ち上げて笑う。

 

「って言ってもどこに―――――」

「迷う必要は無いかもしれないよ」

「ほら」と、ジジが星空を指した。

 導かれるまま目を向けたその先にあるものに、おれは間抜けに口を開ける。ジジは馬鹿にしたように片方の目をすがめた。

 

「あれは――――――どうなってんだ? 」

「ここは幻想世界(ファンタジー)ってことさ。行こう」

 

 おれの腕を取って、ジジは虚空へ踏み出す。

 正真正銘何もない、おれの(すね)の高さの空中を踏む。

 ジジの足はしっかりと何もない空中を踏みしめ、階段を上るようにしてずんずん前へ進んでいった。

「ちょ、ちょっと待てよ。おれはお前みたいには―――――」

「ここでは関係ない。黄金船に乗る時は平気だったじゃない。大丈夫だから早くして」

「馬鹿みたいなパントマイムになるんじゃねーだろうな……」

 

 恐る恐るジジの足があったところを踏む。

「さっさと行く! 時間がもったいない! 」

 叱咤され、なかばヤケクソになって駆け上がった。

 

 ここは天地の境の見えない星の海。

 いや、もしかしたらここには、天地という概念すら無かったのか。

 おれたちが地と思っていた湖面を踏みしめていたように、『(女?)』もまた、そこにいたというだけだった。

 子供がベットでシーツにもぐるみたいに大きなローブを巻きつけて、星空にうずくまる小さな人影。

 

「……まさか、こんなに早く会えるとは思っていなかったよ」

 

 もうおれたちには、その人物の予想がついている。ジジの唇は笑っていた。

 一心不乱に前を行くジジの背中から、剥き出しの好奇心が立ち昇るように漂っている。

 

 いつしか天が地に反転し、おれたちはその人影の前に立っていた。

 相棒の肩は強張り、緊張している。瞳がぎらぎらと燃えるように輝きを増し、もうその顔が見たくてうずうずしているのがわかる。

 ジジの第一声は、緊張に掠れていた。

 

「……はじめまして。ボクはジジ。この魔法使いの魔人さ。――――――キミが『宇宙』のえらばれしもの? 」

 肩が揺れる。うつむいた顔に垂れた髪の間からゆっくりと、金色の瞳が顕れる。

 頼りなげに薄く開いた唇は、涙の余韻に震えていた。

 

「それとも、『ミケ』って呼んだほうがいい? 」

「はい……わたしはミケ……。アルヴィン様の語り部の、ミケ……――――――」

 消え入るような声が言う。

 その魔人は、今にも消えてしまいそうなほど儚い姿をしていた。対するジジのほうは、獲物を前にした猫のように、相対する相手の顔を穴が開くほど見つめている。

 相違点は目につく。

 

 それでもこの二人は、体格も、声も、顔も……すっかり同じ姿をしていた。

 

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