星よきいてくれ   作:陸一じゅん

56 / 81
6 語り部ダッチェス

 

 ヒューゴ・アトラスの語り部トゥルーズは、自身が語り部として『おかしい』ことを、自覚していた。

 稼働年数が千年を超え、仕え、見送った主は、たったの四人。

 トゥルーズは好みが激しすぎる語り部といわれた。しかも、好みが激しいわりに名を遺す偉人がこれといっていないのも、トゥルーズの名前の影を薄くした。

 

(そんなにおれの好みっておかしいかなぁ)

 

 語り部は、様々な基準で、主人を選定する。

 たとえばダイアナは、英雄ジーンやヴェロニカ皇女のような、英傑の素質ある主を好むし、ダッチェスは、穏健な家庭人を好んだ。

 語り部は、生まれる前の子供の魂から、ある程度の素質を嗅ぎ取ることができる。『こういうふうに育つだろう』という確信をもって、主を選び取る。

 その選定の『好み』は、そのまま語り部個人が『どういった物語を記したいか』という『好み』に重なった。

 だからダイアナは、旅行記や冒険スペクタクルを書くのを得意とし、ダッチェスは、ただ単純に一人の人間の日常を描ききることを、生き甲斐としている節があった。

 

 しかしトゥルーズの『好み』は、そういったものではない。

 トゥルーズは単純に、才能のある主が好きだ。

 溢れんばかりの才覚を生まれ持ち、その才能をもって、宮廷でどう生きるのかを見てみたい。

 有能でなくともよい。有能であることと、才能があるということは違うから。

 

 かつてから今までで、トゥルーズの主の席には、五人の才能ある王族が座った。

 語り部をしのぐ文才を持つ皇女、齢十六にして(ひぐま)将軍と呼ばれた皇子、鍛冶に人生を見出した公爵家の次男、無能王と呼ばれた音楽を愛した愚王。

 そして今代は、アトラス王家に産まれた新鋭の芸術家、ヒューゴ・アトラス。

 

 トゥルーズは、自分の作風にはこだわらない。

 主によっては、記すのは文字でなくても構わないとすら思っているし、実際にそうした。

 『王に捧げる鎮魂歌』は、ようやくトゥルーズが『語り部』として名を刻んだ最高傑作だ。

 

 トゥルーズは、主にはこだわるが、主の人生にはこだわらない。

 最初の皇女は豊かな感受性によって現実に耐え兼ね、三十四歳で自ら命を絶った。

 羆将軍と呼ばれた皇子は、鍛錬中の怪我がもとで二十になる前に夭折した。

 公爵家の次男は、百四十歳まで生きたが、やがて目と心を病んだ。

 無能王と呼ばれた皇帝は、言わずもがな。

 

 命は儚い。

 とくに、トゥルーズが好む人物は(もろ)く散る。

 それは仕方のないことだ。トゥルーズはそう思っている。

 結末がどうであるにしろ、彼らは自らの才能を愛していた。愛し抜いて、向き合い、苦しみ、選択した。

 選択の果てにある結末を、どうであれトゥルーズは尊いと思う。

 そんなトゥルーズの記すものを、面と向かって褒めたのは、ダッチェスただ一人だった。

 

「あたし、好きよ。あんたの書くもの。あら? 意外って顔ね? あたしがホームドラマしか好まないような語り部だと思っていたの? いいじゃない。あんたの話。いくつか挙げられるけど、簡単にお涙ちょうだいの美談にしないところ、好きよ。トゥルーズ、あんたの書くものは、主人に対してとても真摯だわ」

 

「まあ、読者は選ぶでしょうけれどね」ダッチェスをそう締めくくり、トゥルーズを見下ろして言った。

 レイバーンの前の主のもと、ダッチェスは女ざかりの姿を保ち、当時の彼女は、月の女神のように美しかった。

 

 語り部が消えたあと、(のこ)るものは、(しる)した物語と思い出だけだ。

 語り部たちは、自らの消滅を『死』とはいわない。ただ『消える』のだと、『魔法が解ける』のだと口にする。

 けれど、トゥルーズはこっそりと、こう思っている。

 

 『意志』あるものこそが命なのだと。

 だから、語り部だって、『二度とお話ができなくなる』のなら、遺されたものにとってそれは『死』と同じなのだと。

 

 

 語り部が九人目の物語を書ききって消えるとき、他の語り部はそれをいち早く知る。

 ダイアナも、マリアも、ベルリオズも、最も長く生きた『きょうだい』の最期の時でも、主から目を逸らさなかった。

 しかし―――――トゥルーズは『おかしな』語り部であるので―――――少しだけ主から目を離して、空を見ることを、自分に許した。

 フェルヴィンのいつもの空。

 

 降りしきる雨で煙る向こう。インクを刷いたような黒雲に不吉な赤い陽光の中、きらきらと金色の光の帯が上っていくのが見えた気がした。

 

 

 ✡

 

 

「……本当に、いいのか? 」

 

 ダッチェスの最後の言葉は、実にさっぱりとしたものだった。

 

「ばかね! 語り部が主に看取られるなんて、そんなの生涯の恥じゃない。やーよ! あたしは今のうちに消えとくわ。あとは任せたわよ」

 

 そう言って、ダッチェスはひらひらと、手袋をはめた手を振った。

 その瞳が最後にレイバーンがいる門の外の空を見たのを、サリヴァンとジジはしっかりと心に留める。

 

 

 光の粒になって消えた彼女のあとには、古ぼけた銅板が一枚、僅かな明かりの中で、残り火のように輝いていた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。