星よきいてくれ   作:陸一じゅん

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7 血戦準備

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 寄り合い場の小屋にある大きなテーブルの下には、出航前にヒースが置いていった支援物資が、どっさりと置いてあった。

 サリヴァンくらいの体格ならば、スッポリ入りそうなトランクが全部で十五。サリヴァンは持ち手に結ばれたラベルを確かめ、そのひとつを慎重に開く。

 中には、油紙に包まれた四角い物体が、ぎっしりと詰まっていた。

 中身が白い板状のものであることを確認すると、サリヴァンはブハーッと大きなため息を吐く。

 

「こんなものを外国へ大量に持ち込むなんて、指名手配されても擁護できねぇぞ……」

「そのおかげで、いろいろ助かってるんでしょう? ヒヒヒッ! ヒースのやつ、けっこうやるじゃん」

 

 ジジは頭の後ろで腕を組み、上機嫌にトランクを足先でつつく。

「秘策ってこれかい? 君らしい作戦だと思うぜ? 」

「これの扱いを教わったときは、まさか本当に使うことになるとは思ってやしなかったよ。……おいやめろ。行儀が悪い」

「これのために、この小屋をピッカピカにしたんだもんねぇ? 」

「埃が立つと、加工するとき危ないんだよ。本当に。久ッ々に気合入れて、掃除に魔法使ったぜ……」

「日々の家事スキルが役に立った瞬間だったね」

「師匠のズボラに感謝はしたくねえな……」

 

 サリヴァンはまたため息を吐くと、手巾を取って口元に巻く。

「ほら、お前も出てけ」

「手伝いは不要? 」

「見張りだ見張り。誰も中に入れんなよ。ウッカリしてボン! なんて、御免だからな」

 

 

 後ろ手に扉を閉め、ジジはその場にあぐらをかいた。

 合流したばかりのケヴィン皇子が、かたわらの壁際で、すでに石のように座り込んでいる。

 視線を海に向けたまま、ケヴィンは口を開いた、

 

「……彼は? 」

「立ち入り禁止で作業中」

「邪魔してはいけないな……」

 それっきり、ぷっつりと黙りこむ。

 水面を舐めるよいに吹く冷たい潮風が、足から体を冷やしていった。

 フェルヴィン人は例外なく真っ白な肌をしているが、ケヴィンの横顔はそれより一つ抜けて青白いほどだった。無精髭の似合わない細面は、ひどく不健康で、神経過敏な男のように見える。

 

「……フェルヴィンの海は、」

 長い沈黙は、長い躊躇いだったようだ。

「……いつもなら、もっと激しく、白い波が立つんだ。こんなに静かな海は生まれてはじめて見る。この海を見て……本当に、神話のようなことが起きているんだと、ようやく私は納得したんだ」

「こんなになって、まだ実感無かったわけ? 」

「ああ。父親と弟があんなことになったのにな。我ながら頭が固い。……いやになるよ、不器用すぎて」

「…………」

「……(いにしえ)の魔人よ。貴方なら嘘はつかないだろうと思った。……ミケは生きているか」

「驚いたな。他の質問を予想してた」

「どうなんだ? 」

「魔人に生きているって表現はふさわしくないぜ、皇子サマ? 」

「お互いに、駆け引きは無しでいこう」

 ドン、とケヴィンが打ち付けるように地面に置いたのは、陶器の酒瓶だった。片手に重ねたグラスを持ち、流れるように注ぐと、ケヴィンは苦しそうに飲み干す。

「っ、いいか。僕は君たちに大事な家族の命を賭けるんだ」

「サリーは自分の命と未来を賭けてる。この世界にね。ミケも同じだ。自分の存在を、ご主人様が生きる世界に賭けた。その結果として『宇宙』になることを選んだ」

「……それが僕には分からない。ミケは何をした? 僕の弟は、どうして―――――」ケヴィンは鋭く、霧の向こうにある紅い光を指した。「―――――ああなったんだ? 」

 

「ミケのせいだと思っているの」

「ミケが渡した銅板で、ああなったんだろう」

「否定はしない。

 語り部の本体に使われている銅板は、神々の手が入ったもので、人間の手には余る素材だった。アルヴィン殿下の心が弱かったからとも思わない。生きながら焼かれて再生するを繰り返すんだから、理性を失くさないほうがおかしい。

 でもね、皇子様。そもそも、()()()()()()()()()()()()()()()はずなんだ」

「わからない……もっと理論的に言ってくれないか」

「火種がなければ薪は燃えない。それはその固い脳ミソでも分かるでしょ? ミケは、「こんなはずじゃなかった」って言った。ミケの予想では、混沌の泥によって、アルヴィン殿下は失くした頭蓋骨を取り戻すだけだったんだ。……でも、火種はあったんだよ」

「どこに? 誰が火をつけた」

「事故だ。予定調和の事故だったんだ。火種を持っていたのは、アルヴィン殿下自身だよ」

 こんどはジジが、グラスを喉に流し込む。濡れた唇を舌で舐め、空の紅い光を睨むように笑みを作った。

 

「命の源たる混沌の泥は、彼の感情に反応し、形なきものを『炎』という形で具現化させた。形なきもの……それは怒りさ。彼は怒ったんだ。いろ~んなものにね。

 ボクには分かるよ皇子様ァ。這い上がったやつの最初の原動力は必ず怒り(それ)だ。ボクには、よぅく分かる。

 アルヴィン殿下の怒りが、選ばれた『(使命)』に火をつけた。やりきれないのは分かるけど、ミケに責任の所在を求めるのは少し違うかな。

 正直いって、ミケはよくやったさ。

 ね、アンタは、胴と足に二分割されながら、骨から肉を剥がせるかい? アイツがやったのは、そういうことさ。細切れになりながら、主のために屈辱と苦痛に耐えたんだぜ。ヒヒヒ……」

 言いながら、ジジは堪えきれないとばかりに唇を曲げていく。

 魔人の不気味な忍び笑いに、ケヴィンは凍り付いてのけぞった。

 

「『星』の暗示は『導くもの』。……アルヴィン殿下が帰ってきたら、人類(ボクら)を導くのは彼の怒りになるんだ」

「き、君たちはまだ、アルヴィンが助かると思っているのか? 」

「おや。皇子様は奇跡を信じないタチかい? フフフ。さぁて、どうだろ。どうなんだろうねぇ。この世界の未来はどうなることやらねぇ…………」

 

 

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 室温が低すぎてナイフが通らなかったので、サリヴァンは仕方なく、部屋の隅の隅で持ち込んだ簡易コンロに火を起つけ、ついでに水を入れた鍋をかけた。

 蒸気が眼鏡を曇らせる。湧いた湯に刃をかざして温め、水滴を拭いながら回想する。

 師と語らいながら、学んだ日々を。

 

 

「なぜこんなことを教えるか、ですって? 」

 幼いサリヴァンは、控えめに頷いた。

 師は、真面目な顔をしてゆっくりとサリヴァンの机の前を横断する。

 机の上には、白い粘土のようなものと、針金などを含んだいくつかのガラクタが転がっていた。

 師が歩くたびに、質素な黒のたっぷりとしたスカートの(ひだ)が揺れる。

 コツ、コツ、コツ……。師の踵についたヒールが床を叩く音も、いつもなら生徒を眠りに誘ったが、この師にいたっては力強い声がそれを許さない。

 

「……いいことサリヴァン! ()()()()が教えるのは生き残る術です。貴方がどんな人生を歩むにしろ、少なくとも『生き残る』ことには支障がないだけの知識を与えるのが、影の王に命じられたわたくしの職務なのです。預言の有無も関係ありません。わたくしの生徒になったからには、わたくしの持つ知識、技術、経験。すべてを吸い取った立派な魔法使いになっていただきます」

「いや……でも……その……」

「『こんなのは普通の魔法使いがすることじゃない』?『こんな危険なものを子供に持たせるものじゃない』? 『子供は大人が守るべき』? どこかの誰かはそう言うかしら? いいえ、サリヴァン。無知な臆病者には言わせておきなさい。子供はいずれ大人になる。生き残る術を教え込むのは大人の役目。それが真っ当な常識ってものよ。ただし貴方の運命は、『真っ当』とは程遠いってだけのこと。剣を取るべき時に取れないまま、後悔して死ぬよりはマシ。使える道具の使い方を教えるだけ」

 

 サリヴァンの胸を、女の指が突いた。

「いいこと。『コネリウス二世殿下』。生き残るためには、魔法にこだわっていてはダメ。貴方は確かに魔法使いよ。でも、杖以外の武器を取っちゃいけないというルールは無い。大人になってからでは遅いの。貴方の場合は特にね。子供のうちに身につけたものは、そうそう忘れるものじゃない。ミスが減りますもの。

 わたくしの掲げる目標は、貴方をコネリウス一世よりもタフな男にすること。『ただの魔法使い』なんてつまらないものじゃない。貴方を『魔法()使える()()』にする。

 そして何よりね、サリヴァン。これはあまり大きな声では言えたことでは無いけれど……」

 

 白い顔が近づいてくる。頬に垂れた黒髪から、花と石鹸と汗の匂いが漂った。びっしりと上向きの睫毛に縁どられた目蓋が、弓なりに歪む。濃紺の瞳の奥で、怪しげな青い光が輝く。

 

 

「……『爆弾』ってね―――――ああ。これは人間を吹っ飛ばさない限りはだけど。

 

―――――――とっても便利で、痛快で……綺麗なものなのよ? 」

 

 

 ✡

 

 

 テーブルに紙が広げられた。三人の語り部が、総出でペンを走らせると、あっというまに余白という余白が無くなっていく。

 直線と曲線で構成された図は、定規を使わずとも正確無比だ。

 

「まさか、壁の厚みの計測に語り部の観察眼を使うことになるなんて」

 紙を覗き込みながらグウィンが言い、ヒューゴが感嘆に呻いた。

「……すっげえ。うちの城って、こうなってんのか」

 ケヴィンが図にざっと目を通し、ペンで印をつけながらため息をこぼす。

「兄さん見てくれ。かなり知らない部屋がある。これじゃあ人間では一晩で把握するのは無理だ。その点、語り部なら、隠し部屋や地下の構造も知っているからな。……いやしかし、よくぞ語り部を使うことに気が付いたものだ」

「山から城へ入ることができる道は、これで全部か? 」

「そのあたり、情報源がトゥルーズなのが不安なんだよな……」

「ヒューゴ様ぁ!? 」

「仕方ないね。今からボクが下見してくるよ」

「ひどい! 」

「悪ノリに乗っかるな。……トゥルーズ、大丈夫だから。信頼してる。……本当だって。主人を信じろよ」

 

 

 ✡

 

 

 夜が来る。霧の密度はさらに増し、自分の手元すら白く煙っている。

 屋根に上り、毛布を差し出しながら、サリヴァンは白い息を吐きだした。

「ジジ、変わりは? 」

「気温が零下まで下がった。開花の速度はある程度計算できてる。このままなら、満開まで十分間に合う。語り部は? 」

「一晩かけて爆弾の設置に」

「それならキミは休めばいいのに。決行は明日の昼? 」

「いいや、朝だ。夜明け前に儀式は終わらせて、それから動く」

 

 ヒューッと、ジジは口笛を吹いた。

「なんだい。張り切るじゃないか」

 

 サリヴァンは鼻から何度目かのため息を吐いた。

「馬鹿言うな。ここで張り切れなくて、いつ張り切るんだ? 」

 

 


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