星よきいてくれ 作:陸一じゅん
哂う。
この世をあざ笑う。
小瓶が割れ、『花』に注がれる。
この世界を焼き尽くす、最初の種火とならん。
―――――アァ、なんて素晴らしい!
✡
サリヴァンは、杖職人としての日々で、鍛冶神の炎で炙られて視力が落ちた。
鍛冶神は、隻眼と弱視と不具の足で知られる神である。その加護を得るということは、その欠陥のどれかを貰い受けるということでもある。
(足でなくて良かった)
心底そう思う。
目の悪い魔術師は、『視えないものを視る眼』—————神秘を見る眼が発達しやすい。足よりも目の方が、リターンがあるだけマシだった。
今は、ふつうに視えるものなど役に立たない。
役に立つのは、『視えないものが視える眼』のほうだ。
サリヴァンは飛鯨船から飛び出した。
体温が上がっているので、素肌に張り付く『銀蛇』があたる部分だけが冷たい。
後ろ首の突き出た背骨から二又に分かれ、肩甲骨を沿うように肩の裏を巻き、手首まで伸びている。いつでも一息で取り出せる位置だ。
眼鏡を外しているので、視界はぼやけて、ゆっくりと流れていく。それでも、優れた魔術師には、目で見えるもの以上のものが、見えることがあった。
(……空気が淀んでいる。まさか話に聞く瘴気とかいうやつか? )
赤黒いヴェールが、幾筋も『花』から不気味に伸びて、手招くように揺れている。
飛鯨船には、入念に『隠遁』の術をかけてある。船体に直接描いているので、そうそう破られることはない。
『準備を怠ったものから死ぬのよ』
師の言葉を噛み締めていた。
現状、できる以上の準備はできていたと自負できる。作戦も、あれこれと予想外の事態があったわりに、なんとか形を保ってはいる。
けれどそれが、次の瞬間には破綻するかもれない。
目の前で『花』が八分咲きになろうとしていた。
……ほんの十五分前までは、六分咲きだったというのに!
『焦りは敵だ』
(――――ああそうだろうとも! 知ってるよ! )
拳にした腕を後ろに引く。引き絞られた背筋が、骨の内側に音を立てて電流のように熱が奔った。握りしめた手の中に、魔力で編まれた粒が集まって長剣をつくる。
「―――――鍛冶神よ! 我が身に
馴染みの神ならば、この短い文言でも聞き届けてくれる。
祈りの言葉を捧げながら、腰に下げた十一年分の魔力の塊に火をつける。
真紅の炎の指が、むしり取るように髪束を呑み込み、灰が黒く曇天の空へと見えなくなった。
サリヴァンを包み込むように広がる炎のかたちは、大きな両の手のひらのようにも、翼のようにも見える。
六芒星に絡めとられた卵に向かって杖先を指し、呪文を叫ぶ。
「”願いは
叫びながら、脳裏に『すべてをなんとかする方法』が閃いた。
「―――——ッ! ”やがてっ! この足が、止まること”! 」
(たのむ、これが最後だ! 『ジジ』———-ッ! )
『任せて』
ぼやけた視界の中で、霧散した卵の霞が、そう囁いて遠ざかる。
弱りつつある視力が、遠ざかっていくその身体に宿る魂に、
自分の色は、鍛冶神の加護の赤だ。飛鯨船には、紺碧の光が三つ。
そして霧に包まれた中に、澄んだ青天のような蒼い光が一つ――――。
唐突に、その『蒼』が大きく弾けた。
サリヴァンの目には、『蒼』に重なる『白金』が視えている。『蒼』を補うように身を寄せる『白金』は、ジジであってジジではなかった。
語り部の加護が、欠けたアルヴィンの魂を補っていく。
次の瞬間には、強く吹き付ける風と空気の熱が体に戻って来た。
風が渦を巻いている。
地上の冷たい風と、天空にわだかまる熱風とが、空の雲を掻き回している。
渦の中心はあの『花』だ。雲を呑み込み、何かが始まろうとしている。
ぞくぞくと肌が粟立った。
花の直下で、蜃気楼を纏ってゆらめく王城は、焼けた鉄のように赤く照らされている。
その周囲は、頬を流れる汗を一瞬にして白く変えるほどの熱気があった。
塩で肌がざらつくだけに留まっているのは、加護があるからであろう。
―――――祈りを重ね、先へ。
尖塔の間際まで近づき、サリヴァンは手をヒサシにして見上げる。『花』は徐々に、赤ではなく、さらなる熱を放つ、目に痛いほどの白へと染まっていく。
周囲は明るく照らし出され、首都ミルグースを……『黄昏の国』と呼ばれるフェルヴィンを……白々とした昼間の景色へと照らし出す。
曇天の空はすでになく、明るい群青の空に、とりどり粒ぞろいの星々が転がっていた。
右に剣を掲げる。
反らした首筋に清涼な風が当たり、目を向けなくても、そこに立つ者が誰か分かった。
炎の鎧は白金に輝いている。
「……皇子。呪文を言うには、声がいる」
青い炎が不思議そうに傾く。
「魔法使いが魔人を使うとき、呪文が必要なんだ。それの一番短い呪文は、魔人の『名前』だ。これは魔人自身への強制力はない。次に、もっと大きな仕事を任せるときには、ソイツ自身を構成している、長い方の『呪文』がいる。ソイツ自身の魂でもある『呪文』だ。
今、おれには、あの『花』をどうにかしようっていう策がある。
でもそれは、おれじゃなくて、あなたの言葉が必要なんだ。
アルヴィン・アトラス。『ミケ』にもう一度会えると言ったら、おれに協力してくれるか? 」