星よきいてくれ   作:陸一じゅん

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5 After Dark

 

 

 哂う。

 この世をあざ笑う。

 

 小瓶が割れ、『花』に注がれる。

 

 この世界を焼き尽くす、最初の種火とならん。

 

 ―――――アァ、なんて素晴らしい!

 

 

 ✡

 

 

 

 サリヴァンは、杖職人としての日々で、鍛冶神の炎で炙られて視力が落ちた。

 鍛冶神は、隻眼と弱視と不具の足で知られる神である。その加護を得るということは、その欠陥のどれかを貰い受けるということでもある。

 

(足でなくて良かった)

 心底そう思う。

 目の悪い魔術師は、『視えないものを視る眼』—————神秘を見る眼が発達しやすい。足よりも目の方が、リターンがあるだけマシだった。

 

 今は、ふつうに視えるものなど役に立たない。

 役に立つのは、『視えないものが視える眼』のほうだ。

 

 

 サリヴァンは飛鯨船から飛び出した。

 体温が上がっているので、素肌に張り付く『銀蛇』があたる部分だけが冷たい。

 後ろ首の突き出た背骨から二又に分かれ、肩甲骨を沿うように肩の裏を巻き、手首まで伸びている。いつでも一息で取り出せる位置だ。

 眼鏡を外しているので、視界はぼやけて、ゆっくりと流れていく。それでも、優れた魔術師には、目で見えるもの以上のものが、見えることがあった。

 

(……空気が淀んでいる。まさか話に聞く瘴気とかいうやつか? )

 

 赤黒いヴェールが、幾筋も『花』から不気味に伸びて、手招くように揺れている。

 飛鯨船には、入念に『隠遁』の術をかけてある。船体に直接描いているので、そうそう破られることはない。

 

『準備を怠ったものから死ぬのよ』

 師の言葉を噛み締めていた。

 現状、できる以上の準備はできていたと自負できる。作戦も、あれこれと予想外の事態があったわりに、なんとか形を保ってはいる。

 

 けれどそれが、次の瞬間には破綻するかもれない。

 

 目の前で『花』が八分咲きになろうとしていた。

 ……ほんの十五分前までは、六分咲きだったというのに!

 

『焦りは敵だ』

 

(――――ああそうだろうとも! 知ってるよ! )

 

 拳にした腕を後ろに引く。引き絞られた背筋が、骨の内側に音を立てて電流のように熱が奔った。握りしめた手の中に、魔力で編まれた粒が集まって長剣をつくる。

 

「―――――鍛冶神よ! 我が身に(ほむら)と大いなる鉄と、槌の加護を! 」

 馴染みの神ならば、この短い文言でも聞き届けてくれる。

 祈りの言葉を捧げながら、腰に下げた十一年分の魔力の塊に火をつける。

 真紅の炎の指が、むしり取るように髪束を呑み込み、灰が黒く曇天の空へと見えなくなった。

 

 サリヴァンを包み込むように広がる炎のかたちは、大きな両の手のひらのようにも、翼のようにも見える。

 

 六芒星に絡めとられた卵に向かって杖先を指し、呪文を叫ぶ。

「”願いは彼方(かなた)で燃え尽きた”—————」

 

 叫びながら、脳裏に『すべてをなんとかする方法』が閃いた。

「―――——ッ! ”やがてっ! この足が、止まること”! 」

 

 

(たのむ、これが最後だ! 『ジジ』———-ッ! )

『任せて』

 

 

 ぼやけた視界の中で、霧散した卵の霞が、そう囁いて遠ざかる。

 弱りつつある視力が、遠ざかっていくその身体に宿る魂に、黄金(きん)色の煌めきを見せている。

 自分の色は、鍛冶神の加護の赤だ。飛鯨船には、紺碧の光が三つ。

 そして霧に包まれた中に、澄んだ青天のような蒼い光が一つ――――。

 

 唐突に、その『蒼』が大きく弾けた。

 サリヴァンの目には、『蒼』に重なる『白金』が視えている。『蒼』を補うように身を寄せる『白金』は、ジジであってジジではなかった。

 語り部の加護が、欠けたアルヴィンの魂を補っていく。

 

 次の瞬間には、強く吹き付ける風と空気の熱が体に戻って来た。

 

 風が渦を巻いている。

 地上の冷たい風と、天空にわだかまる熱風とが、空の雲を掻き回している。

 渦の中心はあの『花』だ。雲を呑み込み、何かが始まろうとしている。

 

 ぞくぞくと肌が粟立った。

 

 花の直下で、蜃気楼を纏ってゆらめく王城は、焼けた鉄のように赤く照らされている。

 その周囲は、頬を流れる汗を一瞬にして白く変えるほどの熱気があった。

 塩で肌がざらつくだけに留まっているのは、加護があるからであろう。

 ―――――祈りを重ね、先へ。

 

 尖塔の間際まで近づき、サリヴァンは手をヒサシにして見上げる。『花』は徐々に、赤ではなく、さらなる熱を放つ、目に痛いほどの白へと染まっていく。

 周囲は明るく照らし出され、首都ミルグースを……『黄昏の国』と呼ばれるフェルヴィンを……白々とした昼間の景色へと照らし出す。

 曇天の空はすでになく、明るい群青の空に、とりどり粒ぞろいの星々が転がっていた。

 

 右に剣を掲げる。

 反らした首筋に清涼な風が当たり、目を向けなくても、そこに立つ者が誰か分かった。

 炎の鎧は白金に輝いている。

 

「……皇子。呪文を言うには、声がいる」

 

 青い炎が不思議そうに傾く。

 

「魔法使いが魔人を使うとき、呪文が必要なんだ。それの一番短い呪文は、魔人の『名前』だ。これは魔人自身への強制力はない。次に、もっと大きな仕事を任せるときには、ソイツ自身を構成している、長い方の『呪文』がいる。ソイツ自身の魂でもある『呪文』だ。

 今、おれには、あの『花』をどうにかしようっていう策がある。

 でもそれは、おれじゃなくて、あなたの言葉が必要なんだ。

 

 アルヴィン・アトラス。『ミケ』にもう一度会えると言ったら、おれに協力してくれるか? 」

 

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