星よきいてくれ 作:陸一じゅん
序盤、ちょっと趣向が違います。サリヴァンが産まれる25年前の話です。
≪はい! 本日も始まりました。愛すべきみんなの拡声器! レディ・エコー・ステラこと! 魔術研究課程五年生ステラ=アイリスが、午後六時半より、本日も生放送でキッカリ三十分間お届けします! ≫
≪ご要望。ご質問。そして解決してほしいお悩み等ございましたら、自薦他薦問いません! 校舎内の【ライン】を使用しお便りください。リアルタイムで対応いたします! もちろん生徒のみならず、先生がたのお便りも、海原の大ウミヘビくらいに首を長~っくしておまちしておりまぁ~す! ≫
≪なんと! 本日はビックなゲストもいらっしゃいます! みなさんお馴染みのあの御方! いいえ! 今日は校長先生ではございませんよ! ≫
≪ステラが声なら、この人は顔! しかし残念これはラジオ! しかと聞け! 悲鳴を頂戴! あらゆる意味でのみんなの顔! 我らが皇太子――――エドォォオオオ=ロォォォオオオエーン!!!!≫
≪……こんにちは≫
≪……ええと、照れるな……こうするの? そう。ありがとうアイリス。魔術研究課程七年生、エドワルド=ロォエンです。今日はお招きいただきありがとう≫
≪キャッ超サワヤカ! 圧倒的プリンスオーラを、この182センチの矮躯の右半身に! 一身に浴びております! この182センチの右半身に! 若い男女がふたり、吐息も感じる密室でございます! ヤダァ……あたし明日刺されないかしら!? ≫
≪ハハハ! すごい声だね! ≫
≪ 回線爆発! 王子の腹筋崩壊!音質も崩壊! ちょっとノイズすごいんですけど!? え? 【ライン】の容量オーバー? みなさァ~ん! すこし、すこしばかり勢いを押さえて! 今日の放送と、あたしの明日が死んでしまいます! ≫
≪ヤダもう! この放送は、リスナーの皆さんのご助力と先生方の御厚意でできております!すでに放送事故のYOKAN! ヒシヒシと危機感を感じております! 皇太子のスケジュールはそうそう空きません! ≫
≪なるほど。それではお便りを一通読み上げましょう≫
≪王族にスルースキルを使わせてしまった!? 国始まって以来の珍事です! 始祖の魔女もビックリ! 回線爆発に二十五秒。静かになるのに三秒でした。さすが王子。はい、それでは気を取り直して。匿名の方からのお便りです≫
≪レディ・エコーはじめまして。入学以来、いつも欠かさず楽しく聞いています。≫
≪王子が読むの!? いいけど! ≫
≪わたしは、もともと牛や馬の世話をしながら、田舎でのんびりと暮らしていました。しかし父が亡くなったとき、とんでもない遺言が出てきたのです≫
≪わたしは両親のほんとうの娘ではなく、さる地位ある御方の血を受けているということでした。つまり、その御方から見れば妾腹の娘ということで、父の訃報によりわたしは本当の父親のもとへ引き取られることになりました≫
≪実父はとても親身で、血の繋がりも確かに感じる優しい方であったのは幸いでした。しかし父は地位のある方。父には、本妻との間に二人の子供がおり、わたしは混乱を避けるため、そしてわたし自身のために、この学園を卒業すると結婚することになっています。つまり政略結婚です≫
≪……ふむ。よくある話だね。次々と匿名ちゃんに向けた共感とエールのお声が届いております≫
≪彼はもともと田舎暮らしだった自分からしてみれば、雲の上の身分の方です。最初は戸惑いましたが、婚約者の方はとても優しく、彼を追う形で、わたしもこの学園に入学することができました。あまりに様々なことがありましたが、この方と添い遂げるのは世界一の幸せかもしれない……そう思うくらい優しい方なのです≫
≪フムフム? 大団円と見せかけて、ここからまた一波乱あるのかな? 実は超ド変態とか? ≫
≪……今から言うこれは、ぜいたくな悩みだと思います。悩みというのは、わたしの婚約者についてです。義理の両親となる方はすでにお亡くなりになっており、おじい様に田舎で育てられた彼は、温厚でとても親切です。そのうえ、とつぜん平民から令嬢となったわたしの身の上を案じ、いつも気を使ってくださいます。気を使いすぎています≫
≪オッ? 話が見えてきたぞぉ≫
≪わたしは婚約者ですが、儀礼のやむを得ないとき以外には、彼と手を握ったこともありません≫
≪ほらね! ≫
≪ちなみに、婚約したのは四年も前のことです≫
≪それはひどい! ≫
≪先日、彼がルームメイトの男子生徒と、誰もいない教室でワルツを踊っているところを目にしました≫
≪え、そっち!? ≫
≪……わたしは、少し戸惑い、怒っています。婚約者は学園では頑なにわたしと二人っきりになろうとしません。会話はしますが、いつもまわりに人がいます。話す内容も、共通の友人に関することが多く、わたしたちを見て誰が婚約者同士だと思うでしょうか。お付き合いしているとも思わないはずです。彼とのあいだに壁を感じ、あまりに悲しく思った次の瞬間に、強い怒りを感じました。夏休みになれば同じお屋敷で一つ屋根の下へ帰ります。その時、いっそのこと押し倒してやろうかとも思いましたが、≫
≪意外とタフネス! ≫
≪……でも、もともと育ちの違いがあるので『はしたない』と思われたくなくて、やめにしました≫
≪そっかぁ……乙女心が仕事したねえ≫
≪わたしは恋をしたことがありませんが、ひとを愛する気持ちはわかります。わたしは彼を愛しています。どうすればいいでしょうか? ≫
≪実に難しいねえ≫
≪浮気男よりは少ないが、よくある話でもあるね≫
≪そうですか? ≫
≪政略結婚で、相手への対応に悩む男は多いと思うよ。身分の釣り合いだけで結婚するわけだから、目の前に現れた未来の妻がイイ感じの人だったら……わかっていても照れちゃうんだよね≫
≪ほうほう? ……おっとぅ。その発言は、黄色い悲鳴が聞こえますね~≫
≪あのね、貴族といっても女の人を練習もなしにエスコートはできないものなのさ。ぼくは、そこらへん御令嬢方に理解がほしい。貴族の男がパーティーで女性をエスコートできるのは家でばあやを相手に死ぬほど練習するからなんだよ。結論から言おう。思春期の男にはね、ダンスのリードは刺激が強い! ≫
≪ぶっちゃけましたね王子! ≫
≪反復練習で慣れるしかないんだ! ばあやの冷たい硬い手の感触じゃあないからね! 女の子の手だ! それも腰に手を添えろという。経産婦の骨盤はしっかりしてるよ! 長年、家事と子守で鍛えているからね。それに慣れてしまった腕がだよ。
≪処女じゃないかもしれないじゃないですか! ≫
≪そこは問題じゃあないんだよ! はじめて肌が触れた女性は、過去がどうであろうとも処女だ! ≫
≪なんたるワード! それならばあやは!? ≫
≪馬鹿言うな! ばあやは赤ん坊の時に乳吸った仲だよ! ≫
≪乳母なら仕方ない! ≫
≪匿名ちゃんの婚約者さんは、かなり奥手というより、どうすればいいか分からないんじゃあないのかな? 匿名ちゃんが貴族の子だという仮定で話すけれど、それなら婚約者の身分は、辺境伯あたりと考えよう。山岳のほう、あのへんの田舎だと、身分差関係なく男も女も山道を馬で駆れるし、土濡れで畑仕事もするという。そういう生まれの婚約者さんで、おじいさまと二人暮らし。家臣やメイドがいるにしても、男所帯だ。田舎に女性は少ないし、若い男も娯楽も少ないから、女性に免疫は無いかもしれないね≫
≪なるほど。貴族にも様々ですものね≫
≪あと、これは匿名さんにではなく、学園内の貴族生まれたちに言いたいんだけど……いくら学園内に身分差が繁栄していないといっても、女性からのアプローチに浮かれきってはいけないよ。いや、浮かれてもいい。恋はいいことだ。神々も、一部を除いては自由恋愛党の情熱推進派だからね。恋愛は世界に許されている。しかし安易にベットに誘ってくる異性は、男も女も恐ろしい思惑が隠れている≫
≪ご令嬢たちは耳が石になるくらい言われることだけど、貴族なれば男こそ肝に銘じてほしいものだね。教養と身分と
≪神々は自由恋愛党の情熱推進派だけれども、獣のごとき交接は唾棄している。人は人であるからこそ、理性にもとずいて、愛さねばならない。今回の匿名さんは、自分の身の上にじつに驚いたことだろうし、大きな悲しみを抱いたことだろう。その悲しみは、小さくなることはあっても消えることは無い。一夜のあやまちが、二人の人間を不幸にするかもしれない。もしかしたら奥さんを入れて、三人の美女が涙で枕を濡らしたのかも。正妻とのあいだに二人子供がいるというから、それも入れて五人だ≫
≪確かに。不倫文化のもと確かに宮廷は華やぎましたが……いまは時代が違いますからね。身分ある既婚男性は、貞操帯を義務付けてはいかが? どうでしょう王子≫
≪うーん。男は我慢すると燃える生き物だし、人間は試行錯誤で発明を行う。魔法使いならなおさらね。そこに新たな物語が生まれるものだ。つまり、ノーコメントで≫
≪話は脱線してしまいましたが、ここで匿名ちゃんへのお便りをご紹介したいと思います≫
≪
≪やはり押し倒しましょう! 貴族令嬢はけっこう押し倒します(笑)……
突然明かされる衝撃の告白に、ステラちゃんビックリです≫
≪RN.空飛ぶうさぎちゃんさんより。≫
≪草食系彼氏のためにアンタが肉食になるしかない。ガオーっといっちゃえ!
あ~ん! ケダモノ! ≫
≪RN.草るヒトさんより。≫
≪ところで流しちゃったけど、ワルツを踊ってたルームメイトって男だよね?
……さて、どっちがどっちなんでしょう? ≫
≪RN.悪魔でも貴族さんより。≫
≪一つ屋根の下にいるのに……まずは病院へ連れて行ってさしあげたら? 役立たずなら別れなさい
つまり、据え膳食わぬは男の恥! ≫
≪RN.ハートブレイクさんより。≫
≪この前ぼくは、まさにそれで失恋しました。
なんの報告? せいぜいがんばれ草食系! ≫
≪RN.水着がポロリが性癖さんより。
あんたの性癖は知りたくなかった! ≫
≪まずはデートからではないでしょうか? お互いを知るために、二人っきりで話せる空間に持ち込みましょう!
ウソだろまさかの正解答! ≫
≪RN.匿名さん≫
≪デートなら観劇とかはどう?
同じものを見て感想を言いあう。話題作りになりますし、いいかもしれません! ≫
≪ふたたびRN.ハートブレイクさんより。≫
≪なら勇気を出します! ステラちゃんぼくと付き合って!
きみが三秒以内にここに来るんならいいよ~≫
≪はい! それではまだまだコメントがモリモリ大盛況なんですが、尺が巻き入っちゃったので、お名前だけでも王子に読み上げていただきます! ≫
≪はい。RN.国鳥将軍さん、青い花さん、王子親衛隊さん、レモンさん、ぱーぱーさん、夢バクさん、それから匿名でお便りをくれた12名のリスナーさん。ありがとうございました≫
≪王子に名前呼んでもらったぞ民衆ども! ≫
≪はい。読んでやりました≫
≪オッ!? あ、最後に一通お便りをご紹介します! RN.魔術理論学のデボラ先生よりのお便りです! ほ、ホンモノかぁ~!?≫
≪人生には、いろいろなことがあります。まだ若いあなたたち。未来は焦らずとも、すぐそこに見えています。辛抱強く、そして勇気を出して。大人は頼られるのが好き。おばさんも、若い子とコイバナしたいです。いつでもウェルカム。待っています。≫
≪PS.明日の天気は快晴ですので、魔術研究課程五年生で、この前の試験でC判定以下の生徒は、夜明け前に黒森前に集合してくださいね♡≫
≪……ほ、ホンモノだぁ~~~~!!!! そして! ステラちゃんの実習が決定しました……目覚まし時計かけなきゃ……≫
≪そろそろお時間が迫っております! それでは王子、最後に恒例のアレをひとつ≫
≪もうそんな時間か。早いものだね。とても楽しかった。誘ってくれてありがとう。また来たいな≫
≪今回のお悩みは、すこし身をつまされるところがあったね。匿名さんの未来に幸あることを願っているよ。採用されたきみには、そうだな。いつもの記念品よりも役に立つものをあげたいんだけど、いいかな? ≫
≪えっ、ど、どうしましょ。それは予想外。予算もありますんで……ウーン……≫
≪じゃあいいや。ぼくが個人的に贈ることにしよう。ぼくのポケットマネーで、水着がポロリが性癖さんと匿名の方からのアドバイスにもあった観劇のペアチケットを。大丈夫、ぼくのお小遣いは皆さんご存知の通り税金から出ているわけだけど、健気な彼女への餞別ということで、優しいみんなは許してくれるはず。そうだろう? ≫
≪王子さまったら太っ腹! 腹筋は割れてるけど! では、名残惜しいですがお別れの時間となってしまいました! エド王子、ほんとうにまた呼んでいいんですね? ≫
≪もうすぐぼくは卒業だけど、気にしなくていいよ≫
≪そんりゃあも~う色々忙しいんでは!? ≫
≪なら、卒業したあとでもいいよ。だってOBだからね≫
≪夕方キッカリ三十分ラジオ! 校長以来のビックタイトルがスポンサー入りだーッ! ≫
≪……スポンサーになるとは、言ってないよ? ≫
≪それでは王子! ありがとうございました! ステラちゃんが無事に明日の朝日を浴びれますよーに☆≫
≪おやすみなさい。良い夢を見れますように。あと、アイリスが朝寝坊しませんように≫
≪ではでは、また明日お会いしましょう! さよ~なら~≫
≪………スポンサーには……ならないからね? ≫
ブォフォッ!
シオンの目の前で、赤い飛沫が飛び散った。
飛び上がったシオンは、それでもしっかりと、椅子の上で体ごと斜めに傾いて、スープの波を回避していた。
向かいに座る少女の強張った顏が、ニンジンと赤カブのスープを滴らせたまま固まっている。
目の前に差し出されたナプキンで、無意識に顔を拭きはしたが、見開かれた緑がかった茶色の瞳は大きく動揺に揺れていた。
いつもの彼女なら、スープを溢しただけで「ああっ! ごめんなさい! 汚れなかった? 大丈夫? 」なんて、大慌てで後始末に取り掛かる。
そんな彼女が、自分のお下げ髪を命綱のように握りしめてブルブル震えているのだから、これは尋常なことではなかった。
「……どうしたの? 」
「あうあうあうあう……」
「だいじょうぶ? 」
シオンは
はっとした彼女は、子犬のように「きゃっ」と跳ね上がると、唇を抑えてがくがく頷く。へたくそな作り笑いが、手のあいだから漏れている。
「あの……うん、だ、だいじょうぶ。うん……」
「そうは見えないよ!? 」
「あ……うん、ちょっと具合が悪いかも……シャ、シャツが汚れちゃったし、寮に戻ろうかな」
そう言った彼女の逆の方の肩に、手が置かれる。
「そうした方がいい」
「……アイリさん」
シオンは、背中から覆いかぶさるようにして肩ごしに腕を伸ばしている背の高い上級生を振り返り、何度か瞬きをした。
「ミイ、私が送っていこう」
彼女……ミリアム・クロワは控えめに頷いて、席を立つ。
上目遣いに、シオンはアイリ……アイリーンを見た。
「じゃあアイリさん。またあとで」
アイリーンは、赤茶の瞳を細くしてニタリと笑う。
「ああ」
☆
領地ミネルヴァは、『魔法使いの国』の中心部に近い内陸に位置し、領土の五分の一が湖という水の
群青の屋根、白い漆喰と、赤レンガの壁。
五芒星のかたちに配置された五つの塔、その中心に鐘楼と大時計を有する『大塔』を有する。
名を、『ラブリュス魔術学院』。
国内最大の名門校であり、在籍生徒数は5千人にも上る、大学校である。
年のころは、下は幼年学校の5歳から。上は上限なく、学びたければ何歳でも。
在学期間は、一年だけの基礎魔術クラスの生徒から、幼年学校から大学校までの最長20年。
『知恵』を象徴する紫に、黄金の稲妻と交差する白い
その旗がいたるところにひるがえる城下町、ウルラ湖沿岸は、生徒たちの下宿や、学院関係者たちの店や住居がひしめきあい、広大な学園都市を形成している。
城内にも、学生寮が併設されており、城下に別邸がない小貴族を始めとした裕福な子息から、下宿することができない貧困層の奨学生まで、身分差なく同居していた。
シオン、アイリーン、ミイは、寮生仲間である。
シオンの同室者が一学年下のミイと友人だった関係で、シオンと仲のいい上級生のアイリーンがくっつき、学内でよくつるんでいた。
長い黒髪に、涼やかな切れ長の目元をしたアイリーン・クロックフォードは、学内でも指折りの『変人』として知られている。
あだ名は『ラブリュスの女帝』。
学内でも指折りの才女でありながら、指折りの問題児としても名をはせる、ラブリュスに君臨するカリスマガキ大将は、二つ年下のシオンの、身元引受人の娘という間柄でもある。
王都アリスで、『銀蛇』という老舗工房を構える老杖職人、ニル翁は、アイリーンの養父で、行き場の無い孤児だったシオンを、この学院へと入学させてくれた大恩人であった。
✡
その日は午後休となっていた。
城の南東にある寮に帰ると、派手な紫色をした短髪が、階段を上った先の入口の前に立っているのが見えた。
「……ステラ先輩? 」
「やあ! 待ってたよ。『ラブリュスのプリンセス』」
「そのプリンセスってのはやめてくださいよ」
独特のハスキーな太い声で、ステラはフフフと笑った。182㎝の長身から伸びる長い足を伸ばし、ほんの一歩でシオンの前にまで距離を詰める。ちなみに15歳のシオンは、155㎝である。
「……最近、きみの親友はどう? 」
「取材ですか? 」
声をひそめるステラに、シオンはぴしゃりと言った。
ステラは苦笑いして、シルバーの指輪がいくつもついた両手をひらひらさせる。唇の右端と、両耳たぶに七つずつついた金属のピアスは物々しかったが、笑った顔には憎めない愛嬌があった。
ステラは、自他ともに認める学園一の人気者である。
古風な校風のため、とても目立つ外見をしているが、教師にもファンが多い人気DJだ。午後の毎日三十分の生放送ラジオを実現するまでの武勇伝は、いまだ生徒の間で語り継がれている。
放送は始まってから一日も休んだことが無く、偏りがひどいものの、成績も良い。
ラジオそのままの人柄をした彼女は、ラジオの存続に命をかけている。
そのため、ときおりこうして特定の生徒に『探り』を入れることがあった。
「……いやね、今日のラジオのお便りが、どうもきみの親友のことのようだったから」
「親友ってどっちのです」
「その様子じゃ、ラジオは聴いてなかったんだね。あ、責めてるわけじゃないよ? 食事時は静かにしたかったり、おしゃべりしたいこともあるだろ? ……そんな目で見るなよ。話を聞きたいのは、ミリアム・クロワのほうだよ」
シオンは「あっ」と思ったが、顔に出すのは控えた。
「どうやら彼女のお便りと見せかけて、彼女を騙ったものからの投書だったようなんだ。食堂で派手にスープをぶちまけたって聴いたけど、そのあとどうだったのか、知りたくてね。こっちの落ち度だ。傷つけたかもしれない」
そう言うステラは、いつになく沈んでいた。
「ステラは、真剣にラジオに取り組んでいる。誰かを傷つけるような放送は絶対にしてはいけないんだ」
シオンは、今度こそ顔に出した。
「……食堂まで一緒でした。ミイは、アイリさんと、先に寮に帰ってるって……」
「中は確認したよ。ミリアムは寮に帰ってない」
「そんなぁ」
そのとき、寮の扉が開いた。
茶色の髪に、厚ぼったい眼鏡をかけた少年が顔を出す。片手に携えているのは、いつものように変身魔術の専門書がずっしり入ったカバンだろう。
「あれ? シオン、女帝様といっしょだったんじゃ? 」
「フランク」
シオンは、もう一人の親友の登場に、ほっと息をついた。
シオンより頭一つ半も背の高いフランクは、ステラの姿を見止め、穏やかに会釈する。
「やあ、こんばんは。レディ・エコー」
「やあこんばんは。フランク・ライト卿。ミリアムを探してるんだけど知らない? 」
「ミイに何か? 」
フランクは眼鏡の奥の目を丸くする。
「彼女なら、一度着替えに帰ってきましたけど……すぐ出かけていきましたよ」
シオンはすかさず尋ねた。「アイリさんは一緒じゃなかった? 」
「帰って来たのは一緒だったかも。でも、一緒に出ていったかは分からないな。今日は午後休で寮に人が少なかったから、目撃者にも期待できないと思うよ」
おっとりとした外見からは予想できないほど、フランクは淀みなく、ステラが必要としているだろう情報を口にした。
「ミイがどうかしたの? 」
「フランク、今日のラジオ、きみは聴いてた? 」
「ああ、聴いてたよ。あれだろ? 貴族の女の子が婚約者についてってやつ」
「そう、それが―――――」
「あー! 」ステラがとつぜん大きな声で遮った。
その指は、黄昏に染まりつつある窓の外を指差している。
「おい女帝! 」
ステラは叫ぶやいなや、窓を開いてそこから身を投げた。
シオンが窓の外を見ると、上級生用の黒いカラスのようなマントが翼のように広がり、滑空しながら、中庭へと降りていくところだった。
ステラの、スミレのような紫色の頭が、落下の衝撃も見せずに芝の上に着地し、弾丸のように奔り出す。
その先には、薄墨に染まりつつある中庭に埋没するように、黒髪を靡かせた人物が静かに歩いていた。
ステラのタックルでごろごろ地面を転がったアイリーンは、腕を振り上げて「この声でか女め! 何をする! 」とわめいている。
シオンは深く息を吐き、窓枠から乗り出していた上半身を引いた。
「……さすが、上級生だな。……あれ? フランク? 」
消えた親友の姿に、シオンは首をかしげた。
✡
空き教室で、ミリアム・クロワは、身を固くしていた。
目の前に立っているのは、この国の王子さまである。
しかし、もし彼が一国の王子でなくても、ミリアムはカチコチになっていたに違いなかった。
なぜならエドワルドは最上級生の25歳で、誰もが憧れる美男子だったからだ。
「これを、きみに」
エドワルドが差し出したのは、桃色のリボンがかかった白い小箱であった。
木目が美しい小箱は、オルゴールと言うには平べったい。
「……実はこれを、きみにずっと渡したくて。受け取ってくれないかな……? 」
少し申し訳なさそうに、エドワルドはプレゼントを差し出した。
ミリアムは王子と目を合わせないようにうつむいたまま、そっと、プレゼントを手にした。
「ありがとう」
王子が微笑み、棒立ちになるミリアムを軽く抱きしめてその旋毛に口づける。
そのまま呆然とするミリアムを置いて、風のように空き教室を出ていった。
はっと我に返ったミリアムが、手の中の箱を見る。高鳴る心臓を慰めるように胸元に手をあて、深呼吸を繰り返し……。
「……ミイ? 」
一番聞きたくなかった声に呼ばれ、ミリアムの心臓は再び大きく高鳴った。
入口から、ゆっくりと窓際まで歩いてくる少年は、ミリアムより頭二つ分も背が高い。
厚ぼったい眼鏡の奥で、明るい緑色をした垂れ目が、ミリアムをまっすぐ見ていた。
「……ふ、フランク」
「どうしたの? みんな探してたよ」
「な、なんでもないんです。ただ、少し体調が悪くって、休んでて……」
ミイにはフランクの顔が見られない。胸の内で、(ああ……)と深く落胆の溜息を吐く。耳まで赤くなっているに違いないのだから。
フランクは、「ふーん」と、頭を掻いたようだった。
「もう夜になるし……寮に帰った方がいいよ」
「は、はい。分かってます」
「……一緒に帰ろうか」
そう言った彼の顔を、そっと下から覗き見る。
フランクはもう入口の方へ歩き出していて、眼鏡のつるが引っかかった耳だけがちらりと見えた。
(……ああ。どうして私ったら、もっと……)
ミリアムは歯噛みする。フランクの二歩後ろを歩きながら、握りしめた小箱の中身を、どうしようと考えた。
これを渡せば、あのラジオがミリアムのことだと言っているようなものだ。
(どうしよう……)
フランク・ライトは、振り向く気配が無い。
ミリアム・クロワは、命綱のように、自分の赤いお下げ髪を握りしめた。
―――――さて。
「この二人がどうなったかは、後の物語が証明している」
アイリーン・クロックフォードはそう呟くと、寮のベットに寝そべりながら、杖を振って明かりを消したのだった。