オーバーロード 降臨、調停の翼HL(風味)   作:葛城

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誰かが続きを書いてくれると信じて、ここに残しておく

願わくば、続きを……誰かが……


プロローグ

 

 

 ──後悔だらけの人生だった。

 

 

 

 そう、『男』が思うようになったキッカケは……己が、所詮は『個』でしかなく、何処まで行っても『個』を越えられない事を悟った時であった。

 

 そう、男……名は伏せよう。何故なら、男はもう己の名を忘れてしまったからだ。

 

 どうして忘れてしまったのかと言えば、深い事はない。

 

 この汚れた世界において、個人を識別するための名なんぞ、記憶していたところで1円の価値にもならないと思っていたからだ。

 

 

 ……そう、男が生を受けた世界は……酷く、汚れてしまっていた。

 

 

 空は色あせ、汚染物質を多量に含んだ風が世界中に渦巻いている。生きとし生けるモノを等しく殺す濃霧が、埋め尽くしてしまっている。

 

 空がそんな調子だから、その彼方より降り注ぐ太陽光も、当然ながら地表には届かない。分厚いスモッグが、太陽光を致命的なまでにシャットアウト。

 

 植物は枯れ果て、母なる海も汚れ、星のメカニズムの中で繁栄していた様々な生き物が絶滅の危機に喘ぎ、大地に広がっていた緑の園も、赤茶色の景色に変わって久しく。

 

 

 数十億という数にまで繁栄し、地球という星の生態系……その頂点に君臨していた人類もまた、その数を大きく減らしていた。

 

 

 否、それはもう、減らした、等という生優しい言葉では言い表せられないだろう。

 

 簡潔に述べるのであれば、人類もまた絶滅の危機に瀕していた。もっとはっきり述べるのであれば、遅かれ早かれ人類の死滅は確定となっていた。

 

 

 考えてみれば、当然だ。

 

 

 数多の技術を生み出し、生命を自在に生み出せるようになり、地形すら変える力を手に入れた人類とて……結局のところは、土から離れては生きていけなかったのだ。

 

 

 

 ──大勢の人々が死んだ。数多の歴史が、消え去った。

 

 

 

 汚染物質に臓腑をやられて、命を落とした。そこに、大人も子供も関係ない。世界を覆う毒の濃霧は、人間の耐久力を完全に上回っていたから。

 

 だから、人類は……生き残るために、アーコロジーと呼ばれる、閉じられた空間に引き籠るしかなかった。

 

 だが、それは……言うなれば、延命処置に過ぎないのである。

 

 残された資源と技術を駆使して生産出来る物資なんぞ、高が知れている。そもそも、得られる資源を含めたエネルギーですら、限りがあるのだから。

 

 それ故に……人類は、仮初の秩序を維持する為に強固な格差を意図的に形成し。

 

 刻一刻と迫りくるタイムリミットを、少しでも遅らせる……ただ、それだけしか出来なかった。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………そして、そんな、何もかもが絶滅へと突き進んでいるのがハッキリ認識出来てしまった時代に……男は、生まれた。

 

 

 男には──他の者たちはない、絶対的なアドバンテージが幾つかあった。

 

 

 その一つは……男には、『前世』と呼ばれるモノを記憶し、そこで培った全てを、物心が付いた時より自覚して思い出すことが出来た……というものである。

 

 

 見方を変えれば、男は『転生者』……だったのかもしれない。そう、男は、『前世の記憶を持つ転生者』でもあった。

 

 その前世は、生まれ落ちた今世よりも100年以上前のモノであった……が、その前世の詳細を、詳しく知る必要はない。

 

 重要なのは、男が生まれながらにして大人としての感性を持ち合わせていたことで、大人のように考えて動く事が出来た……という点だ。

 

 

 二つ目は……男には、超常的な才能と身体能力……人知を超えているとしか思えない、凄まじい能力を持っていたことだ。

 

 

 その能力は多岐に渡るが……もっとも凄まじいのは、情報処理能力だ。

 

 すなわち、プログラミング、コンピューター言語……0と1の世界において、人類史上最高とも言うべき能力を持っていたのだ。

 

 

 そして、最後の三つ目は……この世界においても、前世の世界においても、存在すら正式には認められていなかった……『魔法』という不可思議な力を持っていたことだ。

 

 

 この三つがあるのを自覚した男……当時はまだ走る事も覚束ない年頃ではあったが、内心にて狂喜乱舞した。

 

 前世の記憶を持つ男には、人並みの欲望というか、人間として持って当たり前の願いがあったからだ。

 

 それを、叶える事が出来る。

 

 今すぐは無理でも時間を掛ければいずれ……そう思った男(幼児)は、少しでも早く大人になることを願ったものだった。

 

 

 ──だが、そんな願いも、一年が経つ頃にはすっかり消え失せていた。

 

 

 それはいったい何故か……答えは、一つ。

 

 チート同然の今世の男の頭脳が、人類の行く末を正確にシミュレートしてしまったからで。

 

 そして、優雅に日常を送る者たちの影で。

 

 数多の者たちが歯車同然に酷使され、壊れたらゴミ箱に放り投げられるチリ紙の如く、使い潰されて死に絶えているという現実を目の当たりにしてしまったからだった。

 

 

 それは、男の……いや、彼にとっては、それまでの人生観、並びに、培ってきた全てを一変させるほどの強烈な現実であった。

 

 

 せめて、目の届かない遠い地で起こっている出来事であれば、彼も他人事でいられた。

 

 だが、そうではなかった。確かなリアルとして、それらは彼の前に存在していた。

 

 治安維持という名目で彼ら彼女らは隔離されていたが、その生活は……前世の常識を強く持つ彼にとって、信じ難いぐらいに劣悪な環境であった。

 

 

 ……とてもではないが、彼は当初に抱いていた人間らしい欲望を叶える気持ちなど、萎えてしまった。

 

 

 いっその事、邪悪に吹っ切れてしまえば良かった。

 

 他の上流階級がやっているように、命は大事にするべきだと口にしながら、最下層の者たちを合法的に踏みつけて搾り取った富を片手に、幸せな日常を楽しめば良かった。

 

 

 だが、彼には出来なかった。

 

 

 何をするにしても、こうしている間にも、己と同世代の子供が、自分のすぐ近くで、僅かばかりの金を得る為に命を擦り減らしていることを知っていたからこそ、余計に。

 

 

 そして、憐れんだところで……彼に出来ることなど、何もなかった。

 

 それは、当時の彼が子供だったから……ではない。

 

 単純に、もはや一個人の『力』でどうにか出来るような状態ではなく……何もかもが手遅れだったせいである。

 

 

 そう、全てが遅すぎたのだ。

 

 

 元を正せば、全ては環境汚染によるディストピアが原因なのだが……それを改善する『力』が、彼にはなかった。

 

 

 超人的な身体能力も、惑星規模の環境汚染の前では無力。

 

 無酸素状態で一時間全力行動が可能だったところで、何の役に立つというのか。

 

 人知を超えた情報処理能力も、アーコロジーに引き籠る事を余儀なくされた時点で、全てが遅すぎた。

 

 

 せめて、取り返しが利く段階であれば、彼のその能力は十二分に役立っただろう。

 

 多少なり痛みが伴ったとしても、最悪の事態を避ける事は出来たはずだ。

 

 魔法だって……そう、魔法だって、せめて今世に生まれるのが50年早ければ、何とか出来たかもしれない。

 

 物理法則を無視する超常的な力とて、当人が持つ魔力という名の燃料(しかも、最大量に限り有り)に左右される。

 

 そして、その魔力は……浴槽一杯の水をフィルター無しで浄化出来ても、汚染された大気を清浄化させるだけの量はなかった。

 

 前世の言葉で、いわゆる『チート』のような力を持っていても……終焉を迎えようとしている人類史……いや、星の再生を行えるほどではなかった。

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………だから、という言い回しは違うのだろう。

 

 

 気付けば、彼は……その能力を……自分以外の誰かに使うようになっていた。

 

 それは、傍から見れば上から目線の憐れみでしかなかったのかもしれない。所詮は、傲慢な自己満足に過ぎなかったのかもしれない。

 

 

 あるいは、罪悪感か……けれども、彼はそうしたかった。

 

 

 いずれ滅びると一方的に分かっていたとしても、滅びる僅かな間だけでも……せめて、彼の手が届く範囲に居る者たちだけでも……楽しい時間を過ごしてほしい、そう思うようになっていた。

 

 その過程で……彼が注目したのは娯楽……特に、DMMO-RPGと呼ばれていた、ゲームに意識をダイブさせて遊ぶというジャンルのゲームであった。

 

 

 ……というのも、だ。

 

 

 アーコロジーという閉じられた空間に加え、汚染物質を多量に含んだ濃霧で満たされた世界において、外で遊ぶという行為は自殺に他ならない。

 

 必然的に、人々の娯楽は室内で行える……ボードゲームや娯楽観賞、そして、いわゆるテレビゲームというモノに限られており……その中でも、仮初とはいえ自由に失われた光景、かつては触れられた様々な体感を得られるという特徴が、彼の心を強く掴んだ。

 

 

 ──それからは、彼は兎にも角にもDMMO-RPGの開発に全てを注ぎ、己の人生の全てをそれに捧げるような日常を送った。

 

 

 そのゲームを行うに当たって色々と処置を受ける必要はあるが、いずれ滅びるのが確定している世界だ。

 

 今更、身体に一つや二つ端子が埋め込まれたところで、気に留める者なんぞほとんどおらず……彼の革新的な能力によって開発された様々なゲームは、凄まじい勢いで人々の心を掴んでいった。

 

 

 ……様々なチート能力を持っている彼は、常人の100倍以上の仕事を100分の1以下で完遂する。

 

 

 言うなれば、専門知識と技能を習得した人が100人集まって行う1日の作業を、彼は1人で短時間のうちに終わらせる。

 

 しかも、彼は時に魔法を駆使して、その作業効率を何倍にも跳ね上がらせる。その結果、彼が出したゲームは爆発的なヒットとなった。

 

 もちろん、途中から人を大勢雇った。

 

 全て1人でもやれるが、それをすると他の会社などで失業する者が出て来る。何事も、バランスなのだ。

 

 なので、雇用調整の意味合いから、あえて他人に任せるようにして……彼自身は、ゲームの世界に入り浸るようになった。

 

 

 ──それは、正しく彼にとって……自慰も同然の行為に他ならなかった。

 

 

 けれども、幾ばくかの空しさを伴ったとしても、彼はそこで確かに幸せを得られた。

 

 その中では、博愛の精神で人々を助けられたし、自由気ままに振る舞う事が出来た。

 

 

 時には断罪者としてプレイヤーたちの頂点に君臨し。

 

 時には調停者としてプレイヤーたちの前に立ち塞がり。

 

 時には神として、女神として、彼方より見守り。

 

 

 あるいは、オンラインを通じて様々なDMMOに侵入し、そのゲームでは存在していないキャラとして。

 

 ある時は騒動を起こし、ある時はイベントを立ち上げ、ある時は、ある時は、ある時は、ある時は、ある時は……幾度となく、彼は繰り返した。

 

 そこで、彼は……全てが虚構だとしても、そこでは……そこだけでも、人々が笑って、辛い現実を少しでも忘れられるという光景が嬉しくて。

 

 

 彼は、文字通り飲食を忘れてのめり込んでいった。

 

 

 己の命が削られてゆくのを自覚していたが、それでも彼は止められなかった。それは、彼にとっての現実逃避でしかなくとも。

 

 

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………そうして、十数年近い月日が流れた……ある日。

 

 

「……そうか、俺も終わりか」

 

 

 専用にカスタマイズされた自室。許可が無い限り誰も入れないようになっている……特殊な場所。

 

 広々としてはいるが、必要な物以外は何一つ置かれていない。寒々としたその部屋の中央に置かれた改造ベッドにて横になっていた彼は……我知らず、ポツリと呟いていた。

 

 両手両足に刺さった点滴が、痛々しい。その身体は、お世辞にも健康体とは言い難いだろう。

 

 脂肪は少なく、骨が浮いていて、声に力はなく、呼吸も弱く、無造作に伸びた髭が、彼が如何に酷い状態であるかを物語っていた。

 

 

「……我ながら、無茶をし続けたからなあ」

 

 

 その中央で……カチリ、と。

 

 震える手で、首筋に埋め込まれた差込口にケーブルを差し込む。差し込んだ瞬間、ビリリと脳天に軽い痺れが走るが……構う事無く、操作を続ける。

 

 本来、重病人のネットワークへのダイレクトアクセスは禁じられている。特に、DMMOのように、プレイヤーの大脳に負担を掛ける行為は法でも禁止だ。

 

 

 だが、彼は例外である。

 

 

 様々なチート能力を駆使して作った専用回線と設備によって、彼だけは法を掻い潜り……死の間際であっても、己の意識を電子空間へ飛ばす事が可能なのである。

 

 

「最後は、どのキャラクターに成ろうか……」

 

 

 視界に広がる選択画面を次々見比べながら、彼は内心にて小首を傾げる。

 

 数多のゲームに(運営非公式の違法キャラで)不定期に登場しては勝手に作ったイベントを発生させてプレイヤーを楽しませ、一切の痕跡を残さず運営会社に課金という形で無理やりwin-winの状態にしては去って行く……ネット界の伝説的な存在。

 

 

 それが、今の彼だ。そして、彼は……最後まで、その生き方を続けようと思っていた。

 

 

 だが……残念な事に、彼にはもうイベントを立ち上げるだけの体力が残っていなかった。

 

 いや、正確には、イベントが終わるまでに彼の命が持たないのだ。

 

 

 完璧主義というわけではないが、やりっぱなしで終わらせるぐらいなら……という気持ちが、彼にはあった。

 

 だから……最後はイベントを立ち上げずにひっそりとゲームの世界に登場し、ひっそりとそのまま命を終えよう……そう、考えたわけである。

 

 その間に、彼に気付いて驚いてくれる者が現れたら万々歳。

 

 現れなくても、『アイツ居たのかよ!』みたいな感じで、後々に笑ってもらえたら……それで、十分。

 

 

「……ふむ、YGGDRASIL(ユグドラシル)が今日で終了か。なるほど、ちょうど良い」

 

 

 そうして、数多のゲームの中で目に留まったのは……本日でサービス終了となっている、とあるDMMOゲームであった。

 

 

 ……このゲームに関しては、彼自身、色々と思い入れがある。

 

 

 なにせ、このゲームの開発に関わっていたし、何より、色々なキャラクターに扮して突発的なイベントを立ち上げては、プレイヤーたちを盛り上げたからだ。

 

 

(一時はDMMOと言えばコレと名指しされたぐらいだったのだが……今では、絶頂期の100分の1以下しかプレイしていないのか……)

 

 

 絶頂期では、それこそ毎日がお祭り騒ぎのような賑わいだったが……盛者必衰とは、この事を言うのだろう。

 

 だからこそ、此処が良いと彼は思った。

 

 今の自分には、ピッタリだと思った。

 

 

 ……と、なれば、だ。

 

 

 どんなキャラで行けば良いだろうか。

 

 ちょっかいを掛けられるほどにプレイしている人が少ないから、騒ぎにはならないだろうが……候補が有り過ぎて、迷ってしまう。

 

 なにせ、彼には前世の記憶がある。その記憶を頼りに彼はキャラクターを作り、総数は300を超えている。

 

 今では失われた様々なサブカルチャー……人々の記憶から消え去ってしまったが、かつては存在していたキャラクター。

 

 それら一つ一つを見比べながら、次々に湧き起こる思い出に浸りながら、どれにしようかと考えている……と。

 

 

 

「……ゾーイ、君が居たね」

 

 

 

 ふと、目に留まったのは……かつては『ゾーイ』と名付けられた、とあるゲームのキャラクターが目に留まった。

 

 

 ──それは、今より100年以上前に流行した、『グランブルー・ファンタジー』というゲームに登場するキャラクターで……前世の彼がプレイしていたゲームでも使用していたキャラである。

 

 

 これまで色々なキャラクターを作ってきたが、その中でも一番思い入れがあるというか……一時期はこればかり使っていたキャラクターでもあった。

 

 見た目は、10代後半の美少女。人間にしか見えないが、人間ではない。

 

 褐色の肌に白髪、紅の瞳を持ち、蒼く輝く武器と、鎧を身に纏う……人の姿として顕現(けんげん)した、星晶獣(せいしょうじゅう)と呼ばれる種族……という設定のキャラクターだ。

 

 

(世界を護る……命を守りたいという生命の優しい想いが集うことで生まれた存在……その想いは、何処までもこの世界を護るために……か)

 

 

 ……死を間際にして、今更ながらに理解する。

 

 自分は、もしかしたら彼女に……ゾーイのような存在になりたかったのでは、と。

 

 優しい世界に触れて心を培ってきた彼女。己がもし、彼女のような存在で生まれていたら……この世界を、誰かの心を護れる存在に成れただろうか。

 

 もしかしたら、そうなりたいと無意識に願っていたからこそ、使用頻度が一番高かったのかもしれない……そう思いながら、彼は……そのキャラクターを選択──っ!? 

 

 

「──っ!? ぐっ!? がっ!?」

 

 

 ──した、その瞬間。

 

 

 強烈な激痛が、心臓より走った。

 

 その事に反射的に反応するよりも前に、意識が明暗する。

 

 チカチカと、視界いっぱいに点滅する光に合わせて、彼の意識は吸いこまれるように何処か遠くへ──。

 

 

(ははは……俺らしいと言えば、らしい最後か……)

 

 

 ──結局、ダイブする時間の猶予すらなかったか。

 

 

 そう、僅かばかり頬を引き攣らせながら……彼は、己の死を自覚すると共に、最後までゲームを楽しんでいる者たちを想い……静かに、息を……。

 

 

 …………。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………なんだ? 

 

 

 何も聞こえない。先ほどまで有った苦しみもない。ただ、真っ暗な中を漂う感覚だけが彼の全てを包み込み、指一本すら動かすことが出来ない。

 

 

 ……俺は、死んだのか? 

 

 

 そんな言葉が脳裏を過るが……返事など、返されるわけもなく……と? 

 

 

 

 ──何故、消滅した私の意識が再び目覚めたのかは分からない。

 

 

 

 その闇の中で……彼は、確かに声を聞いた。

 

 

 

 ──何故、死を迎えた貴方が私の前に立っているのかも不明だ。

 

 

 

 誰かは分からない。だが、誰かが己に問い掛けている。

 

 おそらくは女の声……でも、どこか無機質だ。

 

 それが、まるで傍に居るかのように語りかけてきた

 

 

 

 ──だが、分かる事はある。

 

 ──それは、目覚めた私の意識もまた、所詮は残光に過ぎないということ。

 

 ──そして、貴方が……貴方なりに、世界を護ろうとしていたことだ。

 

 ──そう、あの子が自らの意思で、私の調停を否定したのと同じように。

 

 ──調停者でなくとも、その想いは変わらないのかもしれない。

 

 

 

 声は、彼に語りかけるかのように……あるいは、己に言い聞かせるかのような……そんな声色であった。

 

 

 

 ──ならば、ここで貴方と出会ったのは運命なのかもしれない。

 

 ──あの子が人々と一緒に過ごすことで、己というモノを手に入れたのと同じように。

 

 ──かつての私もまた、そうなることを恐れて星の世界へと戻り……あの子に、未来を託した。

 

 

 

 いったい、声の主は何を言おうとしているのか

 

 それが、彼には分からなかった……でも。

 

 

 

 ──私も、貴方に未来を託そう。

 

 ──私の知る空とは、異なる空の下だとしても。

 

 ──守ろうとする優しき想いが、私と貴方を引き合わせたのかもしれないから。

 

 

 

 その声の主は……無機質ではあっても、その言葉には。

 

 

 

 ──だから、貴方に託そう。

 

 ──今の私に、現身を顕現する力はないけれども。

 

 ──それでも……出来うる限りを貴方に。

 

 

 

 確かな優しさが……この世界ではすっかり忘れていた、暖かな温もりを……彼は感じた。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………そして、その温もりが……ふわりと、己の中に入り込む感覚を覚えた──瞬間。

 

 

「……ここは?」

 

 

 フッと、意識が浮上して、視界が開ければ……全てが、今世では一度として見る事が叶わなかった……広大な自然が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ──最初、彼は己がどうなっているかを正確に認識出来ていなかった。

 

 

 言うなれば、白昼夢……長い、長い夢を見ていて、夢なのか現実なのか分からないままに、フッと目が覚めたかのような感覚だった。

 

 しかし、時が流れるにつれて……彼は、徐々に違和感に気付く。

 

 

 ──それは、臭いを感じるということだ。

 

 

 大地を我が物顔で繁茂する雑草の臭い、風に運ばれてくる砂埃の臭い、あるいは、雨が乾いたとき特有の……何とも言い難い臭い。

 

 それらは全て、DMMOには存在し得ない感覚だったからだ。

 

 何故なら、DMMOは直接大脳へ擬似的に情報をフィードバックさせることで、格別の臨場感をもたらしてくれる。

 

 

 だが、全ての感覚を与えてくれるかといえば、そうではない。

 

 

 人が日常的に知覚する五感を完璧に情報化させ、それを擬似的に認識させるなんてのは……彼の能力を持ってしても、難しい事なのだ。

 

 いちおう、やろうと思えば、出来ない事はない。

 

 しかし、それをやるとなると……大規模な設備もそうだが、一度に利用出来る人数を現在の数千人~数万人から、数十人程度に抑える必要がある。

 

 そのうえ、調整が非常に難しい。体質が人の数ほどあるように、脳にもそれぞれ固有の癖があるからだ。

 

 あまりにリアルに知覚させてしまうと、ゲーム上における死を、実際に死亡したと脳が勘違いしてショック死してしまう危険性がある。

 

 だから、現在の法律において、DMMOに関する様々な規制は厳密に運営されているのだ。

 

 その点については同様に危険視していた彼も、脳に錯覚させる情報を意図的に限定し、心の何処かでここが仮想空間であることを認識出来る状態にしていた。

 

 

 ……だが、ここにはソレがない。その事実に、彼は……困惑するしかなかった。

 

 

(……どういうことだ?)

 

 

 ある意味では、生まれて初めてかもしれない未知の状況である。

 

 

(サーバーダウンに伴う接続エラーが起きたとしても、安全機構(セーフティ)によって自動的に意識が現実に戻るはずだが……?)

 

 

 彼も開発に携わったユグドラシル(それ以外にも数多くあるけど)だからこそ、分かる。

 

 万が一異常が発生してサーバーエラーによる回線遮断が発生した場合の対策は、十全に行われていた。

 

 というか、DMMOはあくまでもプレイヤーの脳に信号を送って、現実のように錯覚させているだけだ。

 

 信号が途切れてしまえば、夢から覚めるみたいに意識は現実へと戻る。

 

 安全機構も、結局はその際に起こるフィードバックを軽減させるための……ん? 

 

 

 ふと──無意識に立ち上がろうとした時に、ようやく彼は気付いた。

 

 

 地面に付けた己の手が、己の知っている手ではない。

 

 彼の知っている己の指は、長年の無理が祟って老人のように痩せ細り、皺だらけのうえに、少しばかり関節が変形していた。

 

 なのに、己の身体より伸びている腕には、それがない。

 

 細いが瑞々しい褐色の肌に、小さく頼りない指先。まるで、子供の……いや、これは……女の子の指先のように、彼には見えた。

 

 

(──え?)

 

 

 いや、指先だけではない。

 

 視線を下げた彼の視界に飛び込んできたのは、鎧……そう、己の身体を護る鎧を優しくせり上げている……女のモノとしか思えない乳房らしき肌だった。

 

 

「こ、これはいったい……っ!?」

 

 

 呟いた声も、己のモノではない。

 

 そして、身動ぎした時にチラリと見え隠れした白い毛髪。

 

 頭に手を当てれば、坊主頭だったはずのそこには、豊かな感触が伝わってきた。

 

 

「あ、アイテムボックスには、たしか鏡が……ひっ!?」

 

 

 反射的に行った、アイテムボックス操作。

 

 本来ならばコンソールが表示されるはずだが、彼の手はスルリと空間に生じた黒いヘドロのような場所へと差しこまれ……気付けば、その手には鏡が握られていた。

 

 

 ……正直、非常に気持ち悪かった。いや、感触が、ではない。見た目が、である。

 

 ……とにかく、話を戻そう。

 

 

 たった今取り出したその鏡には、見覚えがある。ユグドラシルにおいて初期より入手できるアイテムだ。

 

 見た目こそ宝石やら装飾やらが施されてお高い感じの鏡ではあるが、自キャラの確認しか使い道がないという、正真正銘……ただの鏡である。

 

 

「……なんということだ」

 

 

 で、その鏡に映し出された己を見やった彼は……ようやく、今の己がどういう状態になっているかをおぼろげながら察した。

 

 

「この顔は、この姿は……ゾーイじゃないか」

 

 

 何もかもが原因不明だが……彼は、ダイブする予定だった『ゾーイ』に成っていた。

 

 しかも……ただ、そのキャラクターになっているわけではない。

 

 そっと、鎧の隙間に指を差し込み……指先より伝わる乳房の感触と、乳房より感じる指先の感触に……彼は、深々とため息を零した。

 

 

(あり得ない……俺が知る限り、性を強く認識させる部分にはモザイクが掛かるだけでなく、意図的に触れた時点で即BAN……それは、俺とて例外ではないはずなのに……?)

 

 

 加えて、接触における規制も全て解除されている。いや、解除するだけなら彼でなくても簡単だが……問題は、そのリアルさだ。

 

 前述の通り、現実同様に錯覚させるとなると、相応に大掛かりになる。

 

 そして、彼が把握している限り、そういった準備が成されているDMMOは、ごく一部だけだ。

 

 それに、何よりも……グルリと周囲を見回した彼は、圧巻のため息をこぼした。

 

 視界全てに広がっているこの景色は、とてもではないが現存する装置では再現出来ない。

 

 スペックを確保出来たとしても、緑あふれる光景を直接目にした者がほとんどいないせいで、あくまでも想像の域を出ないのだ。

 

 

 ……そう、そうなのだ。

 

 

 彼が生きていた世界では、命が息づく緑なんて、とっくの昔に失われてしまった光景である。

 

 それを見る為には、厳重に管理されたプラントをガラス越しに見学するしかない。

 

 もちろん、それが出来るのはごく一部の限られた者だけだ。

 

 一般人は過去の映像記録を眺めるのが精いっぱい。

 

 生まれてから一度も雑草を見たことがない……というのも、けして珍しい話ではなかった。

 

 そうだ、命溢れる緑もそうなら、何処までも広がる青い空もまた……青い、空? 

 

 

(そういえば──さっきの、アレは……)

 

 

 ふと、脳裏を過る声に……彼は、ゾーイとなった己の両手を見つめた。

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………非常に信じ難い話だが……まさか、あの声の主は。

 

 

(星晶獣……コスモス?)

 

 ──星晶獣コスモス。

 

 

 それは、ゾーイと同じく、『グランブルー・ファンタジー』に登場するキャラクターである。

 

 説明すると長くなるので詳細は省くが、要はゾーイの生みの親みたいなものであり、ゾーイの本体であり、世界の調停の役割を担っている……みたいな存在である。

 

 たしか、星晶獣コスモスは数ある星晶獣の中でも、特殊な性質を持つ星晶獣である。

 

 色々あってプレイヤーの前に立ち塞がり、色々あってコスモスはゾーイに未来と役目を託し、最終的には自らを消滅させる形で決着を付けた……そんなキャラクターだったはずだ。

 

 

(そんなことが……いや、ありえない。そもそも、全てゲームの……)

 

 

 所詮は、憶測。状況証拠的に、そうだと思っただけ。

 

 

(……いや、今更か。それを言い出したら、前世の記憶を持ち、魔法まで使えた俺はどうなるんだって話だな)

 

 

 反射的に、あり得ないことだと否定した彼だが……すぐに、苦笑して、それを否定した。

 

 世間一般的な常識で考えるのであれば、己の存在自体が『ありえない』モノであるからだ。

 

 

 ──どれだけ信じ難い事であっても、だ。

 

 

 現実は現実として受け入れる……そう、子供の頃に決めたはずだろうと彼は改めて己に言い聞かせる。

 

 そうだ、どうせ、一度死んで蘇った身だ。

 

 今更、その数が一回増えたところで、何の戸惑いがあるというのか。

 

 

 何であれ、そう、今の己はゾーイだ。ゾーイに、成ったのだ。

 

 

 そう、改めて現状をひとまず受け入れた彼は……次いで、己の身体をジロリと見やった。

 

 これが『グランブルー・ファンタジー』のゾーイなのか、それとも己が用意して育てた『ユグドラシル』のゾーイ改(改造チート済の略)なのかは不明だが……可能性としては、後者だろうが、確定は出来ない。

 

 

(先ほどのアレは、ユグドラシルのアイテムボックスか? それじゃあ、この身体はゾーイ改……と、思って良いものか……?)

 

 

 いまいち実感が湧かないけれども……生まれた時からこの身体だったかのように、今の状態に違和感が全く無かったので……とりあえず、それも受け入れた。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………で、だ。

 

 

 とりあえず、何時までも緑の……言い換えよう。森の中でウロチョロしているのはマズイ。

 

 汚染されたあの世界であれば、野生動物なんてほぼ絶滅状態だったからそこらへんを気にする必要はなかったが、こちらの景色を見回す限り……居るだろう。

 

 何がって、野生動物が、だ。

 

 むしろ、居ない方が不自然だ。

 

 緑溢れる世界を知っている(覚えている)からこそ、彼は一刻も早くこの場を離れ、助けを求めるべきでは……と思った。

 

 ゲームのゾーイであれば野生動物なんぞ物の数ではないが……そう思い、とりあえず開けた場所というか山道と思わしき通路を見つけたので、そちらへと──あっ。

 

 

「あっ」

「グゲッ?」

 

 

 残念なことに、そう上手く事は運ばなかった。

 

 何故かといえば、エンカウントした。

 

 しかも、野生動物ではない。というか、前世においても実物をお目に掛かったことがない存在が居た。

 

 全長120センチぐらいの、緑の肌にボロ布一枚腰に巻いただけの……いわゆる、ゴブリンみたいなやつだった。

 

 

 しかも、そいつだけではない。

 

 

 家族なのか群れなのかは不明だが、同種と思われるゴブリンが……なんと、7体も居た。

 

 つまり、計8体。序盤に登場したなら、場合によっては全滅必至の数である。

 

 しかも、彼ら(雄雌判別不明)は例外なくその手にこん棒やらナイフやらを所持していて……その目つきは、飢えた獣のように血走っていた。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 本来であれば……そう、明らかに己の命を奪う気配満々な異形を前にして、恐怖で硬直していたはず……だった。

 

 けれども、不思議な事に……彼は、欠片も彼らに対して恐怖を覚えてはいなかった。むしろ、逆だ。

 

 例えるならば、だ。

 

 爪も牙も持たず一切の病原菌を持たない子ネズミが、チュンチュンと小指の爪程にもない小さな手足を使って威嚇しているような……そんな哀れみすら、彼は覚えていた。

 

 

 これは──調停者としての感覚なのだろうか。実に、不思議な気分であった。

 

 

 傍から見れば、危険なのは明らかに彼……白髪の褐色少女であるゾーイなのだが……つまり彼は、笑みすら浮かべて眼前のゴブリン(仮)に提案していた。

 

 

「あ~、その、互いに誤解が生じる前に、だな」

「グゲゲ、美味そうな女ダ!」

 

 

 だが、そんな彼の優しさも、眼前のモンスターには通じなかった。

 

 ゴブリンたちにとって、目の前に現れた女は、降って湧いた馬鹿な獲物にしか見えなかったのだろう。

 

 それ故に、獲物が逃げも隠れもせず、困ったように笑うだけという異常な状況にあるのに、誰も彼もが馬鹿正直に武器を振り上げ、彼へと襲い掛かったのであった。

 

 

「──スピンスラッシュ!」

 

 

 結果──その命を散らして大地に巻き散らかす事になったのは、緑の異形たちであった。

 

 気付けば、彼はそれまで持っていなかった盾と剣を両手に出現させ、息を吸って吐くぐらいの自然体で技を放っていた。

 

 違和感なく馴染んでいる感覚と同様に、ゾーイが持つ技すらも、その身体に刻み込まれていたのだろう。

 

 身体ごと反転させて放つ、蒼い剣の軌道。

 

 それらは一切の狂いなくゴブリンたちを真っ二つにし……そのまま流れるように、最後の一体へ向かって剣を振り上げると。

 

 

「──てい!」

 

 

 驚愕に硬直しているゴブリンの脳天を、一息で刺し貫いたのであった。

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………そうして、僅か2秒足らずで終わった殺し合いの後。

 

 

(……不思議だ。異形とはいえ人語を話す存在を殺めたというのに、心にあるのは憐れみばかり。これは……これも、ゾーイの感覚なのか?)

 

 

 ──それとも、コレは己が胸の奥に秘めていた本性なのだろうか。

 

 

(いや、そもそもこの身体が本当にゾーイ改なのか、それすら確定したわけではない)

 

 

 もしかしたら、この身体は見た目こそゾーイではあるが、その本質は『星晶獣ジ・オーダー・グランデ』なのだろうか。

 

 

 ──星晶獣ジ・オーダー・グランデというのは、ゾーイの本来役目である『世界の調停』を行う際、本気で戦う時に見せる姿を指す。

 

 

 厳密には、前述した星晶獣コスモスも、ゾーイも、ジ・オーダー・グランデも同一の存在ではあるのだが……まあ、細かく考える必要はない。

 

 

 とりあえず、それほど本気を出していない、気が抜けている時はゾーイ。

 

 己の全てをもって世界の均衡を乱す敵と戦う、本気モードの時はジ・オーダー・グランデ。

 

 

 ──と、思ってくれたら分かりやすいだろう。

 

 

 そして、問題のジ・オーダー・グランデは、その状態になるとゾーイの時のような優しさも憐れみも無くし、システムのように淡々と役目を果たす。

 

 世界を護る為に、敵を全て白灰(はくはい)に帰す無慈悲な調停者……それが、星晶獣ジ・オーダー・グランデなのである。

 

 

(……気を付けよう。そして、固く心に刻み込もう)

 

 

 散らばったゴブリンたち。

 

 顔をあげれば、木々の影からこちらを覗く……獣たちの気配。

 

 ゾーイがこの場より離れるのを、今か今かと待っている。

 

 

 ──弱肉強食。

 

 

 異形であろうとも、死してしまえば肉でしかない。

 

 ゴブリンたちが彼を襲ったように、ゴブリンたちもまた、何者かに狙われる……この世界では、命の循環がちゃんと行われているようだ。

 

 

(私は、ゾーイだ。人々の、この世界に生きる生命の暖かな願いによって顕現した存在……ソレを求められていない時は、せめて……その間だけでも、私はゾーイとして振る舞おう)

 

 

 そう、固く、固く、固く……心に刻みつけた彼は……いや、彼女は、散らばるゴブリンたちに軽く手を合わせると……再び、山道の方へと向かった──。

 

 

「えっ?」

「oh……」

 

 

 ──そうして、5分と経たないうちに、また出くわした。

 

 

 しかし、今度はゴブリンではない。いわゆる、ファンタジー系のゲームで見慣れた恰好をした人間の集団と、目が合った。

 

 集団は、主に男性で構成されている。その手には誰も彼もが武器を手にしているが、浮かべている表情はポカンと呆けていて……ああ、なるほど。

 

 

 ──おそらく、彼らの狙いは先ほどのゴブリンなのだろう。

 

 

 だとしたら、彼らより逃げていた先に彼女と遭遇してしまい、そのまま流れで襲い掛かって……そして、彼らは逃げたゴブリンを追いかけて来た……といった感じか。

 

 

「……君たちの狙いは、緑色の小人か?」

「え、あ、うん、そうだけど……」

「それならば、すまない事をした。先ほど襲われたから、返り討ちにしてしまった」

「え!?」

「死体ならば、少し離れたところに転がっている。ただ、既に獣たちが群がっているだろうから、今も死体が残っているかは不明だが……」

「あ、いや、いいよ、別に! ただ、通りがかりの商人とかに襲い掛かったりしていないか、いちおう見ておこうってだけだったから」

 

 

 困った顔で後方、森の奥を指差せば、男は……真面目そうな雰囲気の男は、安心した様子で笑うと……構えていた武器を納め、そっと手を差し出した。

 

 

「とりあえず、後始末をしてくれてありがとう。俺たちはエ・ランテル所属の『漆黒の剣』、そのリーダー役を務めている、ぺテル・モークだ」

「……ゾーイだ。こちらこそ、邪魔にならなくて安心した。よろしくだ、ぺテル」

 

 

 差し出された手を、握り返す。

 

 ゴツゴツとしてガサついた手ではあるが、働き者の良い手だと彼女は率直に──っと。

 

 

「ハイハイハーイ! 俺はルクルット・ポルブ! こんな所で君みたいな美しい花に出会えるとは、神様に感謝だね!」

 

 傍目にも分かるぐらいに明るく軟派な雰囲気を出している、ルクルットがぐいっと手を差し出して来た。

 

 

「……私は花ではないぞ。だが、よろしく、ルクルット」

「ルクルット、女性と見るや否や、ナンパするのは止めるのである……私はダイン・ウッドワンダー、よろしくである」

 

 続いて、彼らの間では一番背が高く体格も良い……特徴的な話し方の、ダイン。

 

 

「気にしなくていい、ダイン。ルクルットには悪気がないようだからな」

「……あの、すみません、ルクルットは何時もこんな調子で……えっと、ニニャです」

「ニニャも、気にしなくていい。悪い人ではない、私にはそれが分かっているから」

 

 そして、彼らの中では一番小柄であり、全体的に中性的な雰囲気の……ニニャ。

 

 

 リーダーの挨拶が終わると同時に、次々に自己紹介と共に差し出された手を握り返しながら……彼女は、笑みを浮かべた。

 

 

 何故なら……彼らの瞳には、命が有った。

 

 

 終末を迎えようとしている、あの世界の者たちにはない……未来へと突き進む、暖かな熱がそこにはあった。

 

 

 ──それが、彼女には堪らなく嬉しかった。

 

 

 あの世界では、誰も彼もが未来を諦めていた。

 

 そこには、上流階級の者たちとて関係ない。

 

 贅沢や格差を利用して目を逸らし続けているが、誰一人例外なく……目の奥に、絶望が滲んでいた。

 

 けれども、彼らにはある。握り返した手の感触から、彼らにもまた辛い事や苦しい事を経験してきたのは分かった。

 

 でも、彼らは未来を夢見ている。一歩一歩、時には停滞したり後退したりしつつも、彼らなりに前へと進んでいる。

 

 

(ああ……ここには、暖かな想いが息づいている。私が本当に見たかった……人々の、優しい想いが、ここに……)

 

 

 その一端を感じ取れたからこそ、彼女は……ともすれば、涙が零れ落ちてしまいそうなぐらいに、嬉しくて堪らなかった。

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………だからこそ。

 

 

「──あ、そうだ、ゾーイちゃん。言いたくないなら聞かないけど、どうしてこんな場所に1人でいるの?」

「……どう説明すれば良いのか分からない。とりあえず、事故に巻き込まれて、気付いたらこの場所に居たんだ」

 

「それって、転移魔法の実験か何かですか?」

「詳細は言えないが、似たような実験だと思っていいよ、ニニャ」

 

「で、あるならば、持ち合わせもほとんど無いのであるか?」

「少なくとも、ここらで流通している通貨ではない可能性が高いだろう」

 

「……さすがに、こんな場所で見捨てるのは可哀想だな。良かったら、俺たちの雇い主であるンフィーレアさんに聞いてみるが……どうする?」

「どうもこうも、今の私に寄る辺は無い。この辺りがどうなっているかを知る為にも、こちらからお願いしたいぐらいだ」

 

「──よし、決まりだ。それじゃあ、付いて来てくれ」

「分かった、面倒を掛けてすまない」

 

「いいってことよ。あ、そうそう、俺たちの今の雇い主はンフィーレアっていう男性なんだけど、その他にも2人護衛が居る」

「一人は凄い美人で、そりゃあもう男でなくても見惚れるぐらいだぜ! ちなみに、その人相棒と仲良しっぽいんだよなあ……」

 

「ルクルット……はあ、まあいい。1人は女性、1人は2メートル近い大男だけど、優しい人だから怖がらないでいてもらえると嬉しい」

「怖がるなんて、とんでもない。わざわざ気遣ってくれて、ありがとう」

 

 

 何もかもが不明な怪しい女を邪険にせず、親切にも手を差し伸べてくれた彼らを、護るべき愛おしい者たちだと思い。

 

 

「──お~い、ンフィーレアさ~ん! お待たせしました~!!」

「お帰りなさい、みなさ……あの、一つ聞いていいでしょうか? その、後ろの女性はいったい……?」

「この人は、さっき取り逃がしたゴブリンを退治してくれた方で……何でも、転移魔法の事故に巻き込まれたとかで、土地勘のない森の中にいたみたいなんだ」

「はあ、なるほど……それは災難でしたね。ところで、その人をここに連れてきたということは、もしかして……?」

「すみません、本来であれば先にンフィーレアさんの了解を得てから連れて来るのが筋ですが……さすがに、土地勘も無い森の中で放っておくわけにもいかず……」

「いえいえ、気にしないでください。その、お給料は出せませんけど……町まで同行する形ならば、こちらとしても問題はありません」

「──構わない。迷惑を掛けて、申し訳ない。ンフィーレア、さん。私の名は、ゾーイだ」

「いえいえ、ゾーイさんも御気になさらず。既にご存じだとは思いますが、僕の名はンフィーレア・バレアレ。短い間だけど、よろしくお願いします」

「こちらこそ、出来る限り迷惑を掛けないよう努めさせていただく」

「ははは、そこまで固くならなくていいですよ……幸いにも、今回はモモンさんとナーベさんという凄い護衛が2人も付いていますから」

「……モモン? ナーベ? それは先ほど聞いた護衛の名だな」

 

 

 ──それ故に、なのかは彼女自身にも分からなかったが。

 

 

「……よろしくおねがいします。護衛として雇われている、モモンだ。こちらは、私の相棒のナーベだ」

 

 

 全身(顔を含めて)を覆い隠すアーマーとヘルムによって、常人よりも二回りも三回りも大きく見える、モモンという名の剣士と。

 

 黒髪に黒い瞳、ルクルットの言う通り、女ですら見惚れてしまいそうな美貌の、ナーベという名の魔術師を、前にして。

 

 

「──世界の均衡が崩れる可能性が生まれた時、私は顕現する」

「えっ」

「──あ、いや、すまない、言い間違えた。こちらこそ、短い間だがよろしくだ、モモン、ナーベ」

 

 

 どうしてか……二人に対しては、無意識のうちにゲーム中における戦闘開始を告げる台詞を口走ってしまい……彼女は、困惑するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 








 Next ナザリック・ヒント! 




 デミウルゴスが居なかった場合。



 ももん「よろしく、ゾーイさん!」

 ぞーい「よろしくだ、モモン」





 デミウルゴスが居る場合。



 ももん「あ、あの、ゾーイ=サン?」

 ジ・オーダー・グランデ「均衡を崩す者、慈悲は無い」

 ももん「アイェェェェェェ!!!??? 調停者ナンデ!? ナンデ調停者!?」







 世界征服なんて考えていると思いこんで行動していたら、世界の敵認定確定なんだよなあ……

 ちなみに、この作品におけるゾーイは基本的に改造チート。すなわち、ユグドラシルではありえない、グラブル仕様のレベル200、『ジ・オーダー・グランデHL』となっております

 レベル100が、レベル200に勝てるわけがないんだよなあ……








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