オーバーロード 降臨、調停の翼HL(風味)   作:葛城

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タグ通り、ナザリック敵対ルートに入ります

苦手な方は注意やで


(裏話)節穴の奥より覗き見た

 

 

 本当の本当に心からの後悔と罪悪感を抱いた時、人は二本の足で立っていることすら出来ない事を、モモンガ……いや、『鈴木悟』は思い知った。

 

 

 ──頭を殴られて意識が飛ぶような、とてもではないが言葉では言い表せられない衝撃であった。

 

 

 アンデッド特有の感情抑制が働いていなかったら、『鈴木悟』はその場に腰を抜かしていただろう。それほどの感情が、『鈴木悟』の心をもみくちゃにしていた。

 

 

 ……涙を流したい。人のままだったら、その場に蹲って泣き叫んでいただろう。

 

 

 そんな資格すら、今の己には無いというのに。

 

 涙など、今の己には流せるわけもないのに。

 

 

 ……『鈴木悟』の心を取り戻したアンデッドは、己が今までしてきた事を思い出す。

 

 

 こちらに来て、まだ半年と経っていない。

 

 だが、それでも……『鈴木悟』は己の言葉が、己の命令が、己の手が、様々な命を奪い取って来たことを自覚する。

 

 

 生きる為ではない。助かる為でもない。

 

 

 ただ、縛り付けたネズミを興味半分で解体するように、飛んでいる羽虫を払う程度の感覚で、現状を理解する為だけに欠片の忌避感もなく使い潰した。

 

 ナザリックの者たちの為……それが何よりも大事だと言いながら、心からそう思いながら。

 

 

 ──と、同時に、本当に恐ろしいモノを前にした時、人は言葉も恐怖も忘れて、その場より動けなくなることを『鈴木悟』は思い知らされた。

 

 

 それは……ゾーイとの戦闘から逃れて、ナザリックへと帰還した直後の事だ。

 

 彼ら、彼女ら、その他(性別不明)の者たちが、次々に現れては己の前に膝を突く。

 

 そして……いや、モモンガの無事を喜び、手助け出来なかった己を責める光景を見せ付けられた。

 

 

 ──それは、『鈴木悟』にとって、非常に苦痛を伴う一時であった。

 

 

 モモンガだった時なら、単純に身に余る評価に気が重い、失望されないように振る舞わなければ……そんな程度の感覚だっただろう。

 

 けれども、『鈴木悟』の心に戻った今……その目に映るNPCたちの姿は、言葉を失うほどに白々しく恐ろしいモノにしか見えなかった。

 

 

 ……でも、それを表に出すことは出来ない。何故なら、今の己は……1人だから。

 

 

「うむ、皆のおかげで助かった。礼を言おう」

「そんな、私共は自らの役目を果たしたまで! むしろ、御身の前にて、盾となることすら出来ない己を恥じるばかりでございます」

「いや、良いのだ。その気持ちだけで、私は嬉しい。それで、納得するのだ」

「しかし……」

「良いのだ。これ以上この話を続けるのであれば、それは私に対する反感、引いては反逆なのだと思え」

「──はっ! アインズ様の、御心のままに!」

 

 

 続々と己の下に集って来るNPCたちに怯えながらも、『鈴木悟』が魔王ロールを辛うじて維持出来ていた理由が、二つある。

 

 

 一つは感情抑制。

 

 皮肉にも、これが二度目であった。己が種族アンデッドを選択して良かったと思ったのは。

 

 

 そして、もう一つは、『完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)』による、物理的な遮断があったからだ。

 

 

 モモンガだった時は見た目の良さは別として、大した防御力もない見かけ倒しと思っていたが、今は違う。

 

 NPCたちがその気になれば瞬時に破壊出来ると分かっていても、薄っぺらいコレのおかげで、ずいぶんと恐怖心を和らげてくれた。

 

 

 ……だが、それも。

 

 

「──アインズ様、お疲れのところ申し訳ないのですが」

 

 

 とにかく、一刻も早くNPCたちから離れ……誰も居ない自室へと戻り、心を落ち着かせたい。

 

 その為には、『転移門(ゲート)(ワープみたいなもの)』でショートカットをしつつ、徒歩で向かう必要がある。

 

 

(こんなことになるなら、ギルド内の転移門の制限を事前に解除しておけば良かった……!)

 

 

 そんな思いで挨拶を手短に済ませた『鈴木悟』は、とにかく少しでも早く自室へ戻りたい一心で、足早に地下へと続く階段が有る方へ──向かおうとした、その時であった。

 

 

 

「──現時点で使う予定の無い人間を2、3人ほど頂戴してもよろしいでしょうか? 以前より試したい実験がありますので」

 

 

 

 NPCたちの1人から、そんな言葉が飛び出したのは。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………え? 

 

 

 

(なに、俺は今、何を聞かれたんだ?)

 

 

 

 その瞬間、『鈴木悟』は何を問われたのか、本気で理解出来なかった。見やれば、その発言をしたNPCが、言葉通り申し訳なさそうにしていた。

 

 

 ……感情抑制が、かつてない勢いで幾度となく発動しているのを自覚する。

 

 

 あまりに振れ幅が早過ぎて、逆に頭の奥が冷えてくる感覚すら覚える。クラリと、貧血にも似た感覚すらあったかもしれない。

 

 と、同時に……この時、この瞬間……『鈴木悟』は改めて理解し、そして、思い知らされた。

 

 

 ──眼前のNPCたちは、やはり怪物なのだ、と。

 

 

 見やれば、そのNPCだけではない。

 

 他のNPCたちは、不作法にモモンガを引きとめたNPCに怒りの目を向けてはいるものの、内容そのものには興味がある……そんな顔をしている。

 

 そこに、人間たちに向ける憐憫は欠片も……いや、一部のNPCは複雑そうな顔をしているが、大半は……お零れが来たら良いなあ……という感じであった。

 

 

 ──人間を餌か素材か、それに近しい程度にしか思っていない。

 

 

 改めて認識された事実に、『鈴木悟』はビクリと鎧の中で震える。と、同時に、『鈴木悟』は改めて……正体が露見するのだけは避けなくてはならないと、強く……強く強く、己に言い聞かせる。

 

 

「……すまないが、どうするかは今後決める。その前に少し、考え事をしたいのでな……その話は後にしてもらえるか?」

「──い、いえ、申し訳ありません!」

 

 

 モモンガの反応を見て、何を勘違いしたのやら。

 

 醜悪でおぞましい顔を青ざめたNPCが、床に額を擦り付ける勢いで土下座をする。「良い、気になるのは当然の事だからな」にわかに殺気立つ気配を前に、『鈴木悟』は……アルベドを見やった。

 

 

「アルベド、ナザリックに運ばれた人間は何人居るのだ?」

「まだ集計を済ませておりませんので正確な数は分かりませんが、最低でも3000人を超えるかと」

 

 

 ──さ、3000人!? 

 

 

 反射的に、そう言葉を返し掛けた『鈴木悟』は、寸での所で止める。

 

 落ち着けと、上に下にと激突し続ける心に言い聞かせながら……そのまま、会話を続ける。

 

 

「思っていたよりも、多いな」

「お戯れを……10000人超になる予定を、あの痴れ者の邪魔が入ったとはいえ、私共の不手際と無能が故に半数にも達せず……恥じ入るばかりでございます」

「……っ、良い、良いのだアルベド……で、現在……その、生存していて未使用の人間は何人だ?」

「計画前より要望があった所へ優先的に回しましたので……おそらく、現時点で生きている人間は400人ぐらいかと思われます」

 

 

 ──最低でも2600人近くも、死んだのか。

 

 

 その事実に、『鈴木悟』は眩暈にも似た感覚を覚え──直後、NPCの名を呼んだ。

 

 

「セバス!」

「はっ! 此処に!」

 

 

 それだけで、セバスが前に出て来て膝を突いた。

 

 セバスを呼んだのは、他でもない。

 

 先ほど、人間の使い道に関する質問を成された際、人間を憐れんで顔をしかめた数少ないNPCであったからだ。

 

 また、最終的にはモモンガを最優先に考えるのであれば、己が命令さえすれば良いのでは……そんな、希望に縋るような考えからでもあった。

 

 

(セバスは確か、カルマ値が善性だったはずだ。だから、ちゃんと命令さえすれば丁重に扱ってくれるはず……!)

 

 

 アンデッドの特性が己に現れているのと同じく、NPCたちにも、自身に与えられた設定が自我に影響を与えているのは、これまでの日々で分かっていた。

 

 さすがに全NPCのデータまでは覚えてはいないが、ナザリックにおいてカルマ値+を設定されているNPCは、数えられるぐらいに少ない。

 

 故に、不幸中の幸いというやつか、『鈴木悟』は……カルマ値が+になっているNPCは幾つか記憶していた。

 

 

「ひとまず、現時点で無事な人間は丁重に扱うようメイドたちに通達しろ。食事を与え、休ませろ。体調を崩せば、素材としても悪影響だからな……間違っても、殺すな」

「──はっ! 了解致しました」

「それと……管理者にはペストーニャを任命する。セバスは、その補佐を務め、必要ならば心身の治療も行え。優先するのは人間たちの管理であり、ナザリックの業務に支障が出る場合は他のメイドに作業を分担させろ」

「──はっ! 了解致しました」

 

 

 確かに、頷いたのを見て……我知らず、『鈴木悟』は鎧の中で溜息を零した。

 

 

 

 ──ペストーニャ・S・ワンコ。

 

 

 

 犬をそのまま人型にしたかのような風貌の、異形種。ナザリックのメイド長を務めている。

 

 おそらくナザリックにおいて一番心優しいNPCでは……と、『鈴木悟』は判断し、彼女(?)に管理を任せる事にした。

 

 

 というのも、ペストーニャは……ギルドメンバーの1人、『餡ころもっちもち』が制作し、『優しい』と性格設定が成されていた覚えがあるからだ。

 

 

 実際にこの世界に来てからはほとんど顔を合わせたことはないが、カルマ値が+へ高く、主に神官系の職業ビルドが成されていた……ような気がする。

 

 つまり、ナザリックでは希少な、生者に対して回復魔法が使えるNPCなうえに、人間に対しても嫌悪感を抱いていない可能性が極めて高いNPCでもある。

 

 

(それに、ペストーニャはたしか『ゲヘナ』にも反対していた……ならば、悪いようにはしないはずだ)

 

 

 ──あの時、反対意見に耳を傾けていれば。

 

 

 そんな後悔が脳裏を過ったが、過ぎた事だ。

 

 今更、百万回謝り倒したところで命は帰って来ない。

 

 とにかく、今ある命を最優先に護らなければ。

 

 

「それと、デミウルゴスの復活に関しては少し時期を考える。少々、気になる事が出来たのでな」

(……たぶん、ユグドラシルと同じなら、ゾーイの『レイストライク』で死亡した時点で、しばらく復活は出来ないだろうし……これを利用しよう)

 

 

 その一心で、『鈴木悟』は集まっているNPCたち全員に聞こえるように大声で命令を下すと、今度こそ……自室へと向かった。

 

 

「……故に、私はしばらく自室で考え事をする。けして部屋に誰も近付くな、いや、同じ階層に行くなと、メイドたちにも『伝言(メッセージ)』で伝えろ」

 

 

 その背中を、アルベドを筆頭に追いかけるNPCたちを、牽制することを忘れずに。

 

 

 

 

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………そうして、誰も居なくなった通路を通り、ゲートを駆使して自室へと戻って来た『鈴木悟』は、『完璧なる戦士』を解除した。

 

 

「──っ! はぁ! はぁ! はぁ!」

 

 

 途端──『鈴木悟』は足を縺れさせながら、ベッドへと飛び込んだ。気が緩んだせいで、堪えていた精神に限界が来たのだ。

 

 呼吸など必要ないのに息は荒く、視界がグルグルと回転する。

 

 感情抑制があまりに激しく頻発するせいだろう。

 

 尻をハンマーで叩かれているかのような、本来ならばあり得ない感情の揺れ幅に、『鈴木悟』は……シーツを掻き毟って、唸る。

 

 

「俺は……俺は……俺は、なんてことを……」

 

 

 今はもう存在しない心臓の鼓動を思い出すかのように、肋骨を摩る。指先が、スルリと隙間より中に入った感触を覚え──瞬間、『鈴木悟』は激昂した。

 

 

「──お前が、お前のせいだ!」

 

 

 がつん、と。

 

 剥き出しの拳で、骸骨と成った己の肋骨を叩く。鈍い痛みが指と肋骨の両方より伝わるが、構わず『鈴木悟』は己を殴りつける。

 

 

 何度も。

 

 何度も、何度も。

 

 何度も、何度も、何度も。

 

 何度も、何度も、何度も、何度も……殴り続ける。

 

 

 上に、下に、精神の矢印が跳ねまわる。落ち着いた傍から爆発する勢いで跳ねる感情に、抑制が全く追い付かない。

 

 

「どうしてだ! どうして、人を殺したんだよ! なんで、殺さなくて済んだだろう! 俺が、お前のせいで、殺したんだぞ!」

 

 

 仮に、何時ものように廊下にメイドが控えていたら……さぞ、大騒ぎになっていただろう。

 

 それほどに『鈴木悟』の怒声は大きく、部屋の外にも響いていた。

 

 しかし、今は誰も居ないおかげで、『鈴木悟』は己を幾らでも殴りつける事が出来た。何の意味もない事だと、分かっていても。

 

 

「はあ、はあ、はあ、はあ…………」

 

 

 そうして、殴り続けていたおかげか……徐々に、抑制の方が上回り始める。

 

 おそらくそれは、何度も打ちつけたことで生じている、肋骨の痛みもある。

 

 摩っても特別強い痛みは感じないが、それでも脈打つように痛みのパルスは続いていた。

 

 人間もそうだが、生き物というのはそれほど長く怒りを持続させる事が出来ない。特に、破壊衝動という形で怒りを他所へ発散させている。

 

 モモンガの時だったならば、少し違ったのかもしれないが……少なくとも、人の心を取り戻してしまった今の『鈴木悟』にとって、怒りとはそう長く続けられるモノではなかった。

 

 

(……考えよう、まず、俺がしなければならないことを)

 

 

 どすん、と。

 

 改めてベッドに座りなおせば、ベッドのスプリングが沈む。

 

 心底蕩けるような柔らかさだが、今はそれが逆に辛く思えて……堪らず、執務机へと移動する。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………落ち込んでいる暇はない。

 

 罪悪感に、打ちひしがれている暇もない。

 

 皮肉にも、感情抑制のおかげで、思考をすぐに切り替える事が出来ている。

 

 そうでなければ、『鈴木悟』はこの部屋から一歩も外に出られない状態になっていただろう。

 

 そして、それは同時に、死への恐怖に対しても幾らか働いてくれている。

 

 今も薄らと恐怖……NPCに対する恐怖を感じてはいるが、抑制が働いているおかげで『なんか怖いなあ』という程度に治まってくれている。

 

 モモンガであった時に比べて、感情抑制が弱まっているように感じるが……これを活用しない手は無い。

 

 

 ──そうでもしないと、俺はこの先自分を許せないし、ギルドメンバーたちにも顔向けできない。

 

 

 そう、執務机の椅子に身体を預けながら、何度も何度も己に言い聞かせながら……一つ、息を吐く。

 

 

(──とにかく、NPCだ。特に、ナザリックを護る階層守護者たちを何とかしなくては俺自身が何も出来ない……)

 

 

 だが、NPCは強い。

 

 改めて思い出すその事実に、『鈴木悟』は憂鬱な気分になった。

 

 単純な魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)同士の対決ならともかく、近接戦闘に持ち込まれたら勝ち目がない。

 

 以前、とある理由からNPCのシャルティアが洗脳され、戦う事態になったが……あれは戦闘前に様々なバフを自分に掛けたうえに、課金アイテムを使用して最後は強引に押し切った。

 

 一つでも歯車が狂っていたら、敗北していただろう……相性の悪さをクリアするために、それほどまでしなければならなかった。

 

 言い換えれば、相性の悪さはそれほどに致命的で……恐ろしいことに、ナザリックにはそんなNPCが他にもいる。

 

 AIで動いていたユグドラシル時代ならともかく、今のNPCは自我……すなわち、自律的に行動している。

 

 とてもではないが、馬鹿正直に真正面から動いたら……己は成す術もなく殺されて終わりだろうと、『鈴木悟』は思った。

 

 

「……『ギルド武器』を破壊……いや、駄目だな。ゲームならともかく、ギルドだけ崩壊してNPCたちが本当の意味で野放しになったら……それこそ、取り返しがつかない」

 

 

 ──『ギルド武器』。それはユグドラシルにおいてギルドを設立する際に一つだけ所有する事が出来る、特殊な武器だ。

 

 

 その性能はギルドによって様々ではあるが、これを破壊することで、ギルド……この場合、『ナザリック地下大墳墓』を物理的に崩壊させる事が出来る。

 

 

(……ナザリック、か)

 

 

 そうして、ふと……『鈴木悟』は、ギルドメンバーが揃っていた、過去を思い出す。

 

 

 ……正直なところ、ナザリックが失われる……その事実に、思うところが無いと言えば、嘘にはなる。

 

 

 しかし、同時に、思うのだ。

 

 己が、あるいはギルドメンバーたちが愛したナザリックは、はたして今の惨状だろうか……と。

 

 

 『鈴木悟』にとって、己が愛したユグドラシルのナザリックは、皆で築き上げた夢の世界であり、皆の思い出の結晶だと思っている。

 

 ……最後は皆とお別れしてからユグドラシルを終えたかったし、苛立ちや空しさを覚えはしたけど……とにかく、皆の『好き』が詰められた宝石箱だったのだ。

 

 

(皆……そう、俺も含めて、ユグドラシルは夢でありゲームだ。俺の全てではあったけれども、あくまでも、ゲームだったんだ……!)

 

 

 断じて……そう、断じて、今のようなおぞましいナニカではない。

 

 NPCたちから、メンバーたちの面影は感じる。以前は、それに懐かしさを感じていた。

 

 だが、今のNPCたちは、ギルドメンバーが愛したNPCたちではない……そう、今なら思える。

 

 

 デミウルゴスが、そうだった。

 

 あのNPCを作ったのは、ギルドメンバーの『ウルベルト・アレイン・オードル』だが、彼は……デミウルゴスのような事はしない。

 

 

 むしろ、逆だろう……そう、『鈴木悟』は思う。

 

 『鈴木悟』が知るウルベルトは、不公平に憤慨し、弱者に発破を掛け、奮起させる為に自らを『悪』として欺瞞の正義に立ち塞がる……それが、彼にとっての悪だったはずだ。

 

 

 対して、デミウルゴスがやったのはどうだ。

 

 持って生まれた強者の立場から弱者を冷笑し、自らの為に玩具のように扱い、奮起する相手を挫いて愉悦に浸る……それこそ、ウルベルトが憎んだ悪そのものでは……いや、話が逸れた。

 

 

(一定を超えるとスーッと気が抜けていくから冷静にはなれるけど、やっぱり慣れないなあ……)

 

 

 ……そうだ、話は……ギルド武器だ。

 

 ゲームならば、これを破壊すれば自動的にNPCたちも消滅(つまり、死亡)し、諸々の問題がひとまず解決するが……懸念事項が一つある。

 

 

 それは、NPCが消滅しなかった場合だ。

 

 

 というのも、この世界に来て、ユグドラシルでは起こり得なかった事例、存在すらしていなかった変化が、これまで幾つか確認出来ている。

 

 NPCが自我を持って動くのもそうだが、もしも、ギルド武器を破壊したことで、NPCたちが自由に動き回るようになったら。

 

 それこそ、NPCたちからモモンガを崇拝する気持ちが消え、邪魔な存在として認識されてしまえば最後……想像するだけでも、恐ろしい。

 

 

(この世界で恐れられていた犯罪組織ですら、ユグドラシルでは雑魚の部類に入るプレアデス相手に手も足も出ないからな……)

 

 

 もちろん、『鈴木悟』とて、この世界の全てを知っているわけではない。

 

 NPCのシャルティアが洗脳された件もある。

 

 おそらく、最終的にはNPCたちは全員討伐されるだろうが……そこに至るまでに、どれほどの犠牲者が出るか……これも、想像するだけで恐ろしい。

 

 

(いっそのこと、ゾーイに事情を説明して……っ!)

 

 

 これも、想像するだけで恐ろしい。

 

 『ゾーイ』の事を思い返すだけで、背筋から恐怖がゾワゾワッと登ってくる感覚を覚え──スーッと、気が楽になった。

 

 

 ……許されたい。まだ、死にたくない。

 

 ……でも、許されない事をしてしまった。

 

 ……俺だって、したくてやったわけじゃない。

 

 ……でも、そんなのは所詮、勝手な言い訳だ。

 

 

 そんな、相反する感情が幾度となく『鈴木悟』の脳裏を過る。

 

 仮に、『ゾーイ』の中身がAIだったなら、次に出会えば死は確定する。NPCしかり、その設定に従って殺しに来るだろう。

 

 今回はシャルティアが……おぞましい方法で気を引いたからこそ助かったが……次は、一切の慈悲なく殺しに来るのは間違いない。

 

 けれども、もしも……『ゾーイ』の中身が、人間であったならば。

 

 

(俺がモモンガから鈴木悟に戻れたように、ゾーイも中身が人間なら……もしかしたら……いや、駄目だな)

 

 

 既に、遅すぎた。

 

 何故なら、デミウルゴスが『ゾーイ』の友人を殺し、シャルティアがその死すらも弄んだ。

 

 己が逆の立場だったなら、百回殺しても殺し足りないぐらいに怒り狂うだろう。

 

 簡単に想像出来るからこそ、『鈴木悟』はその考えを……ん、デミウルゴス? 

 

 

(そういえば……『ゲヘナ』の前に、デミウルゴスが『アベリオン丘陵』で(シープ)がどうとか話していたな)

 

 

 あの時は、ナザリックの食糧事情や巻物の素材不足を解決する為に、羊を養殖させる話だと思っていたが……ん? 

 

 

(……待てよ、ちょっと変だぞ)

 

 

 巻物の素材に羊を使うのは分かる。

 

 ユグドラシルでも、高位の巻物ならともかく、低位の巻物は羊皮紙が使われているという設定だからだ。

 

 

 ……しかし、羊の種類でそこまで効果が変わるモノなのだろうか? 

 

 

 ユグドラシルで言うなら、同じ鉄でもAという場所で採れたモノよりBという場所で採れた方がはるかに質が良い……という話だ。

 

 採掘量に違いがあるとか大きさが違うならともかく、羊は羊だ。

 

 はたして、そこまでの違いがどのようにして生じるのか、『鈴木悟』は首を傾げ。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………まさか!? 

 

 

 少しの間を置いた後、バッと椅子を蹴飛ばす勢いで『鈴木悟』は立ち上がった。

 

 

(まさか、羊というのは比喩か!? もしかして、実際は羊ではない……のか!?)

 

 

 それは、感情抑制が再び激しく頻発するぐらいの衝撃であり、信じたくないし想像したくもない予想であった。

 

 だが、否定は出来ない。何故なら、あのデミウルゴスが考え、自ら指揮を取っていたモノだ。

 

 『ゲヘナ』という恐ろしい計画を意気揚々と語り、10000人超の素材が手に入ると自信あり気に語り、人間など素材程度にしか考えていない……あの、デミウルゴスが、だ。

 

 

(──早急に確認しなくてはならない)

 

 

 その為にも、装備を……いや、それ以前に、誰を連れて行けば良い? 

 

 冒険者モモンとして外へ出た時ですら、NPCたちからあれ程に反対され、お伴を付けろと再三に渡って注意されたのだ。

 

 しかも、今回は直前にてゾーイの手で死にかけた。

 

 間違いなく、単独行動をすると言えば、NPCは躍起になって止めようとするだろう。

 

 ……と、なれば、だ。

 

 

(セバスは……いや、駄目だ。今はまだ、ペストーニャの補佐を外すわけにはいかない。他に、カルマ値が高く、そこまで人間に対して嫌悪感を抱いていないNPCは……)

 

 

 モモンとして動いていた時と同じく、お伴を1人付けるべきなのだろうが……とりあえず、ナーベは駄目だろう。

 

 正確な数値は思い出せないが、上位に入るぐらいにはカルマ値が低かった覚えがある。

 

 見た目が人間の外見を持っているから、冒険者モモンの時は同行させたが……今となっては、真っ先に候補から外すべきNPCだ。

 

 

(……『ユリ・アルファ』か、『シズ・デルタ』だな)

 

 

 ──ユリ・アルファは、種族デュラハンでアンデッドだ。

 

 アンデッドではあるがカルマ値が高めで、基本的に善性。ペストーニャとも仲が良いので、そちらかも情報を得られやすい……はず。

 

 

 ──シズ・デルタは、異形種の自動人形(オートマトン)だ。

 

 シズ・デルタはたしか中立寄りの善性。無口で感情を表に出さないが、人間に対して特に敵意を持っているわけではなかった……はず。

 

 

 とりあえず、化粧やら服装で……パッと見た感じ、異形種だとバレないように変装が可能な外見ではある。

 

 

(……よし、この二人のうち、片方を同行させて向かうとしよう……デミウルゴスが作った牧場へ……!)

 

 

 しばし思考を巡らせた『鈴木悟』は、ようやく結論を出すと……休憩もそこそこに、『伝言』にて2人を呼び出す事にした。

 

 

 

 

 

 




ステンバーイ……ステンバーイ……

ステンバーイ……ステンバーイ……

ステンバーイ……ステンバーイ……

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