オーバーロード 降臨、調停の翼HL(風味)   作:葛城

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(裏話)宝石箱の奥底

 

 

 

 

 

 

 ──その日、その時。

 

 

 『ナザリック地下大墳墓』に……ナザリックの全NPCを統括する役目を与えられている、アルベドと名付けられた彼女の怒声が響いていた。

 

 

「く、く、悔しいぃぃぃぃぃい!!!!!! どうして、どうしてユリなのぉぉぉ!!!????」

 

 

 場所は、ナザリックのとある場所に設けられた慰安施設の一つ。第九階層『ロイヤルスイート』の一角に設けられたBarが、その怒声の発信源であった。

 

 アルベドの、客観的な容姿を一言で語るのであれば……『誰もが振り返ってしまうような美女』であろうか。

 

 

 というのも、だ。

 

 

 頭部より伸びる角や腰から飛び出した翼など、人外の要素こそあるものの、それ以外は早々お目に掛かれるレベルではない。

 

 純白のドレスを見に纏い、全体的なフォルムは思わず二度目してしまうぐらいに女性的。

 

 背も高く、表を歩けばさぞ注目を集めてしまうだろう。

 

 長く伸びた黒髪も、遠目にも分かるぐらいに艶やかだ。

 

 微笑むだけで数多の人達を虜にしてしまう……そう思わせてしまうぐらいの、美しい女である。

 

 

 ……が、それは、普段の彼女を言い表した言葉であって。

 

 

「ぐ、ぐやじぃぃぃぃ……メイドなんかじゃなくて、わだじをぉぉぉ……わだじをぉぉぉ……」

 

 

 間違っても、空になった酒瓶の中で嫉妬の呻き声を上げ続ける、今の彼女を言い表すモノではなかった。

 

 

 実際……今のアルベドは、酷い有様である。

 

 

 本来であればクロスや置かれた小さな花瓶などによって美しく彩られたテーブルに、グッタリとだらしなく突っ伏している。

 

 顔は真っ赤で、全身から酒気を立ち昇らせている。

 

 その手に握られたボトルは横倒しになっていて、ポトポトと床に零れ落ちている。

 

 それを見て、Barのマスターを務めているクラヴゥ(食堂の副料理長兼任)は、床に広がるソレを物悲しそうに見つめるが……声は掛けない。

 

 それは、クラヴゥが茸生物(マイコニド)の、見た目が茸人間でもなければ、種族的に喋れないからでもない。

 

 

 理由は二つ。一つは、単純に絡まれたくないからだ。

 

 

 名目は全員平等(モモンガ含めた至高の御方たちの僕であるから)のナザリックではあるが、やはりというか、立場の上下はある程度存在している。

 

 副料理長を務めているとはいえ、相手は全NPCを統括する存在。さすがに、上から物を言えば後で何を言われるか分かったものではないからだ。

 

 

 そして、二つ目は……アルベドが荒れている原因が、『至高の御方(アインズ様)』に関係しているからだ。

 

 

 有り体に言えば、アルベドはナザリックにお留守番となって、代わりにメイドの『ユリ・アルファ』がお伴として同行する事になって、こうなった……らしい。

 

 らしい、というのも、素面(おそらくは)でBarに来た時から、ちょっと言動がおかしかった。いや、言動どころか、挙動が。

 

 

 ──一番きついのを頂戴。

 

 

 少しでも気分が安らぐようにと、口当たりが良くまろやかな味わいが特徴のカクテルでも作ろうかと思ったのに、そんな台詞から始まった時点で嫌な予感は覚えていたのだ。

 

 

 でも、止められなかった。

 

 

 下手に逆らうと、拳が飛んできそうなぐらいに目が据っていて、滅茶苦茶怖かったから。というか、勢いよく開かれた扉が無惨な姿になってしまっている。

 

 

 ……いや、まあ、アレだ。クラヴゥも、内心では『気持ちは分からなくもない』とは思ったのだ。

 

 

 このナザリックにおいて、唯一残ってくださった至高の御方であるアインズ様のお伴に付く……その名誉に歓喜しない者など、存在しない。

 

 前回お伴した『ナーベラル・ガンマ(ナーベの事)』も、それはそれは嬉しそうに自慢していた……という話を耳にしたのは、記憶に新しい。

 

 だから、お伴に付けなかったアルベドが荒れてしまうのも、仕方がないなあ……と、クラヴゥは思ったわけだ。

 

 

 なので、言われるがままにお酒を出した。

 

 

 せっかくの美酒を、水を飲むかの如く胃袋へ流し込む姿には、正直なところ顔が引き吊ってしまうぐらいには腹が立ったが……まあ、たまには良いだろうと諦めていた。

 

 わざわざ、毒無効を無効化する(つまり、酔える状態になる)指輪までハメて来たのだ。酔いたい時が有っても良い……そんな気持ちでもあった。

 

 でも……直接そうなった姿を目にした事はないが、とある噂を耳にしていたクラヴゥには、一抹の不安があった。

 

 

 ──曰く、アルベド様は、アインズ様が関わると非常に面倒臭い感じになる、と。

 

 

 正直、今日この時に至るまで、噂に尾ひれが付いて誇張したのだろうと思っていたが……悲しい事に、噂は120%事実であった。

 

 

 

 ──だって、その結果が……眼前の、コレだ。

 

 

 

 テーブルに突っ伏しながらも、ゴクゴクと喉を鳴らしてラッパ飲みする、その周囲には、空になった酒瓶が山のように置かれている。

 

 ワイン・ウイスキー・冷酒・ビール……ある物全部手当り次第にラッパ飲みしたので、グラスの類はない。

 

 人間であればアルコール中毒で危険な状態になる量を摂取しているのに、酔っているだけで平気な辺り……やはり、人外なのだろう。

 

 

 とはいえ、人外であろうが性質の悪い酔っ払いが嫌がられるのは、共通なのかもしれない。

 

 

 なにせ、Barを利用しようとしていた者たちはみな、店内を覗いた瞬間に真顔になって、そっと店から離れて行った。

 

 元々、このBarを利用する者なんて常連ばかりで、ときおり一見さんが顔を覗かせるぐらいだ。

 

 つまり、常連が勇気を出さなければ、このBarは延々と酔っ払い(アルベド)の独壇場となるわけである。

 

 

 ……まあ、開店した直後に店にやって来て、それから常に飲みっぱなしのアルベドを前に、勇気を出せる者が居るかといえば……ねえ。

 

 

 故に、現在Barに居るのは、立場が立場なので(目を付けられるのが嫌なので)声を掛けることも出来ず、どうしたものかなと困った顔のマスターのクラヴゥと。

 

 

「…………」

 

 店を離れた常連より『伝言』にて情報を把握したまでは良かったが、想定した以上の酷い有様に、何時もより二割増しで目つきを鋭くしているセバスと。

 

 

「……程々ニ、シテオケ」

 

 同じく、1人では手に余る(というか、さっさと済ませたい)とセバスに判断されて、追加応援という形で参戦したコキュートスが、極寒のため息を吐いていた。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………で、だ。

 

 

 古今東西、酔っ払いに対する適切な対応なんてのは、無理やり酔いを醒まさせるか、水でもぶっかけて正気を戻すか、その二つぐらいしかない。

 

 しかし、酔ってはいても潰れてはいない今のアルベドにそんなことをすれば、どんな反応を示すか分かったモノではない。

 

 

「……とりあえず、そのまま飲ませておきましょう。放って置けば潰れると思いますので、その時に自室へ運びます」

「申し訳ありません、わざわざご足労いただいて……」

「いえ、御気になさらず。そもそも、悪いのは彼女ですから」

「そう言っていただけると……何か、カクテルでも作りましょうか?」

「職務中ですので、お気持ちだけ……いえ、頂きましょう。ノンアルコールで作れるモノでお願いします」

「かしこまりました。コキュートス様は、どうなさいますか?」

「ソウダナ、コノ後は鍛錬ノ予定ダ。ミルクヲ、頼ム」

「かしこまりました」

 

 

 なので、『酔い潰れるまで放置しよう』という消極的判断を下したセバスとコキュートスは、「アインズサマ……アインズサマ……」背後で呟き続けるアルベドの怨念を無視しながら、用意してもらったカクテルとミルクを……一口。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………お互いに、無口な方である。

 

 

 なので、自然と2人の間に流れたのは沈黙である。

 

 けれども、誰もそれを気にはしていなかった。クラヴゥはそういうのに慣れていたし、セバスもコキュートスも、沈黙を気にしない性格だったからだ。

 

 

「──セバス」

 

 

 しかし、この日、この時。

 

 

「次ニ、ゾーイト戦ウ時……勝テルト思ウカ?」

 

 

 珍しく、その沈黙を破ったのは……より無口な方の、コキュートスからだった。

 

 そして、それは……セバスも、ナザリックに戻ってからずっと考えている事であった。

 

 

「…………」

 

 

 セバスは、答えなかった。いや、答えなくとも、コキュートスには伝わっていると思ったからこそ、何も言わなかった。

 

 

「……次ハ、命ヲ賭シテ奴ヲ仕留メルツモリダ」

 

 

 実際、コキュートスには伝わっていた。それは、奇しくも……いや、当然ながら、セバスと同じ答えで──っと。

 

 

「──失礼。ここにアルベド様はいらっしゃいますでしょうか?」

 

 

 唐突に──Barに、2人に……いや、3人にとって聞き慣れぬ声が響いた。

 

 思わず振り返った2人は……意外な人物(?)の登場に、軽く目を見開いた。

 

 

 ──声の主は、一言で言えば……いや、一言では言い表せられない風貌をしていた。

 

 

 ピンク色の卵に、黒ペンで丸く塗り潰したかのような黒い穴が三つあるだけのシンプルな顔。毛は一本も生えてはおらず、どのように声が出ているのかは分からない。

 

 身体は、一般的な人間種の成人男性だ。しかし、服装が違う。

 

 知識の無い3人には分からなかったが、いわゆる、とある国の親衛隊が身に纏っていた軍服に近しいデザインをしていた。

 

 

 ……その者の名は、『パンドラズ・アクター』

 

 

 種族『二重の影(ドッペルゲンガー)』、ナザリック地下大墳墓の宝物殿を守護し、唯一の管理責任者の役割を与えられた存在。

 

 ナザリックを去った41人の至高の御方の中で、唯一ナザリックに残った『モモンガ(現アインズ)』が制作した、NPCである。

 

 

 ──そして、2人が驚いたのも、彼の事情を知っているならば無理もない。

 

 

 何故なら、パンドラズ・アクターは宝物殿の守護をモモンガより任命されている存在であり、そのように作られた存在だ。

 

 そして、このナザリックの宝物殿は、外部より物理的に隔離されており、特殊な方法でしか出入り出来ない。

 

 その彼(?)が、どうして宝物殿ではなく、この場に居るのか……それが分からず、2人は率直に理由を尋ねた。

 

 

「それでしたら、私はアルベド様に協力を依頼されまして……ああ、椅子から降りなくてけっこう、そのままで」

「了解致しました……で、アルベド様が、ですか?」

「左様でございます」

 

 

 訝しむセバスを前に、パンドラズ・アクターは仰々しく大げさに大きく腕を回して礼をした。

 

 

「既にご存じの通り、デミウルゴス様がゾーイという敵に倒されてしまいました。それによって、現在ナザリックは外へ出ている者への指揮を執る者がおりません」

「……たしかに、内部はアルベド様が、外部はデミウルゴス様が最高責任者代理として動いておりましたな。と、なると、アルベド様は……?」

「はい。これも御存じの通り、アインズ様はデミウルゴス様をしばらくは蘇生なさらないおつもりです。とはいえ、さすがにアルベド様お1人で内と外を統括するのは手に余る」

「つまり、デミウルゴス様が復帰されるまでは、貴方が外の指揮を執る……と?」

 

 

 そこまで理解した辺りで、ふむ、とセバスは視線を鋭くした。

 

 

「しかし、いくらアルベド様とはいえ、アインズ様の許可なくして勝手に人員の配置を変えるのは越権行為。それも、宝物殿を守護する貴方となれば……」

「ああ、その点ならご安心を。元々、アルベド様はアインズ様より、ナザリックの運営にて必要であればある程度ソレが行えるよう権限が与えられておりますので」

「……しかし、それはあくまでも一般メイドぐらいの役職に限ったはず」

「はい。ですので、アルベド様はアインズ様より了解を貰い、私をデミウルゴス様の代理にしようと動いておりました」

「……その言い方ですと、もしかして」

「はい、了解を得たのか、得ていないのか、私の方へは連絡が来ておりません」

「…………っ!」

 

 

 セバスは、堪らず目つきを鋭くする。無言のままに、ギリギリと握り締めた拳が軋んだ。

 

 何故なら、アルベドのやっていることは職務怠慢……そう、至高の御方の指示を蔑ろにしたも同然の行為であるからだ。

 

 

「あ、怒らなくても大丈夫ですよ。アルベド様もそこまで血迷ってはおりません。許可を貰う貰わない以前の段階から、そっけない対応を取られた故にこうなった……というのは、いちいち確認するまでもないでしょう?」

「…………」

 

 

 そう言われて、セバスは……握り締めた拳を解いて、大きくため息を吐いた。まるでナニカを堪えるかのように、額に手を当てた。

 

 それを聞いて……コキュートスは首を傾げているばかりであったが、セバスは……ようやく、アルベドが情けない姿を晒している理由に気付いた……というか、察した。

 

 

 ──要は、配置転換の要請にこじつけて会いに行ったら、冷たい対応を取られた(この場合、女として相手にされなかった?)……ということだ。

 

 

 想像でしかないが、限りなく正解に近いだろう……と、セバスは思う。

 

 そのうえ、おそらく……誰よりも早く、今回のお伴をユリ・アルファに決めた事を知ったはずだ。

 

 なるほど、客観的に見れば、偉大な御方の気を引こうとしたら、目の前で別の女を連れて行く光景を見せ付けられたようなものだ。

 

 

 ──そりゃあ、酒の一本や二本、呑んで酔いたいと思っても不思議ではない。

 

 

 前々からアルベドの不作法かつ立場を弁えない求愛行動に思うところはあったし、そのうち怒られるだろうと思っていたが……どうやら、今回がその時だったのかもしれない。

 

 

「……だから、ここまで荒れているわけですね」

「Yes,exactly。まあ、実際にアルベド様お1人では手が足りません。一応、アルベド様から正式に協力依頼をされてしまった以上は、私も宙ぶらりんのまま……というわけにはいきません」

「なるほど、そういう経緯でしたか」

「『伝言』にて一言仰ってくだされば、私もここへ出向く必要はありませんでしたが……でもまあ、私もあまりアルベド様の事を悪くは言えません」

 

 

 そう言うと、パンドラズ・アクターは……心なしか、ピンクのツルリとした顔に、ほんのりと赤みが増した。

 

 

「王国より押収致しました物資に含まれているマジックアイテムが非常に……それはもう非常に気になって気になって仕方がありませんでしたので……」

「…………」

「ああ、そんな目で見つめないで。これも、アインズ様が私をそのようにお作りになったからでして」

「……なるほど、分かりました。パンドラズ・アクター様が持ち場を離れていた事は、見なかったことに致しましょう」

 

 

 ひとまず、諸々の経緯を納得したセバス(コキュートスは、ちびちびミルクを飲んでいる)は、チラリと……いつの間にか寝息を立てているアルベドへと視線を向けた。

 

 

「……そろそろ、起こしますか?」

「いえいえ、それには及びません」

 

 

 セバスの提案を、パンドラズ・アクターは手を振って拒否した。

 

 

「結局のところ、アルベド様は私をダシにしてアインズ様とお話しようとなさいますし、余計な事をして睨まれるのも……ですし、状況が分かったので、私は再び宝物殿へ戻ろうと思います」

「そうですか……分かりました。アルベド様が起きましたら、私の方からも経緯を説明しておきますので」

「おお、それはありがたい。では、私はこれにて──」

 

 

 クルッ、ターン、と。

 

 足を高く振り上げ、くるりと半回転。実に、滑らかな動きだ。それを見て、セバスは深々と頭を下げる。

 

 そうして、パンドラズ・アクターは、バレリーナのように大げさに、これまた高く足を振り上げながらBarを出て──。

 

 

「──あ、そうそう」

 

 

 行く前に、ピタリと足を止めた。

 

 合わせて、セバスが顔を上げる。

 

 コキュートスも、チラリと視線を向けた。

 

 

「そういえば、アインズ様のお伴に選ばれたのはユリ・アルファと小耳に挟みましたが、他に候補はおられたのですか?」

 

 

 その質問に、セバスはそれならば、と答えた。

 

 

「シズ・デルタでございます」

「おや、そうだったのですか? 私はてっきり、ナーベラル・ガンマとユリ・アルファの両名から選ばれたと思っておりましたが……」

「『毎回同じ者をお供にすると、視点が固定化される。新たな視点から物事を見る為にも、人員を入れ替えた方が良い』……とのことです」

「なるほど! さすがアインズ様でございます!」

「なにか、気になる事でも?」

「いえ、そういえばと、ちょっとばかり気になっただけですので……では、また」

 

 

 そう言うと、今度こそパンドラズ・アクターはBarを出て行った。

 

 その後ろ姿を、セバスは再び深々と頭を下げて見送る。

 

 同様に、コキュートスも軽く頭を下げて見送り……そうして、2人はまた……しばしの休憩と言わんばかりに、カクテルとミルクを楽しむのであった。

 

 

 

 

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………。

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………そこは、宝物殿。

 

 

 ユグドラシル時代において、ギルドの戦力や順位を左右するような、非常に希少性の高い様々なマジックアイテムが納められている場所。

 

 その重要性ゆえに、物理的に隔離されたその場所には、とあるアイテムを使用しなければ、場所すら確認する事が難しい。

 

 そして、その宝物殿に入る事を正式に許可されているのは、だ。

 

 ナザリックの主である『モモンガ』と、宝物殿を守護し管理している……パンドラズ・アクターのみとなっている。

 

 それ以外の者は、たとえ守護者であっても許可なく入る事は許されず、その入り口はもちろんのこと、内部も強固に守られている。

 

 

「……なるほど、なるほど」

 

 

 そんな、ナザリックで最も静かで最も孤独な空間へと戻ったパンドラズ・アクターは……設置されている椅子へ静かに腰を下ろすと……一つ、息を吐いた。

 

 

「……やはり、変ですね」

 

 

 静まり返った宝物殿に、パンドラズ・アクターの呟きが溶けては消える。

 

 

「以前のアインズ様であれば、敵から認知されてしまった状態で外出などしない。その場合は、隠密系の(しもべ)を使って情報収集を行い、幾つもの対策を講じてからだ」

 

「なのに、今回はすぐに出た。しかも、デミウルゴス様が殺されてナザリックの運営に支障が起ころうとしているのに、あえて蘇生させずに、そのまま放置」

 

 

「……思い返せば、王都よりナザリックに戻って来た、あの時点からおかしかった」

 

 

「アインズ様は、アインズ様だ。アインズ様に作られた私だからこそ、分かる。アインズ様は変わっていない。でも、何処か違う。はっきりと、決定的なナニカが以前とは異なっている」

 

 

「分からない、分からない、分からない、分からない」

 

 

「でも、確かに違う。アインズ様の……いえ、モモンガ様の手で作られた私だからこそ、分かる。あの時点、いや、その前から、モモンガ様は変わっていた?」

 

「ならば、何が……いえ、そうじゃない。既に、ヒントは出ている。おそらく、私がソレに気付いていないだけ。気付いているけれども、気付いていないだけ」

 

 

 ゆるり、と。

 

 椅子より立ち上がったパンドラズ・アクターは、グルグルとその場を回る。

 

 

「──そうだ、だからこそ、私はそれが知りたくて、無礼だと分かっていても、モモンガ様へ質問をした」

 

「宝物殿に居なければならない私が、どうしてもモモンガ様の無事を知りたくて、マジックアイテム見たさに出ていたのを見咎められてしまうのが嫌だったから」

 

「あえて、誰にもバレないようにと外装を全て偽装し、他の僕のフリをした。モモンガ様すら忘れているかもしれない、過去に一度だけコピーした者に、化けた」

 

「そうして──あえて、質問した。そう、私は、それを知りたくて質問をして──その反応を見て、確信したのだ」

 

「やはり、モモンガ様はあの時点で以前とは違う──そうだ、その時──モモンガ様は……怯えていた!」

 

 

 ピタリ、と。

 

 グルグルと回っていたその足が、止まった。

 

 響いていた足音も止まり、宝物殿には耳鳴りを覚えるほどの強烈な静けさが戻って来た。

 

 

「怯えていた……そうだ、モモンガ様は、怯えていたんだ」

 

「いったい誰に? 何に対して? (しもべ)たちに護られたナザリックで、誰に怯える?」

 

「……もしかして」

 

「もしかして、(しもべ)に? 私たち僕に対して、怯えていた? モモンガ様を御守りする私たちに対して、怯えていた?」

 

 

 そこまで、自問自答した辺りで……パンドラズ・アクターは、大きく息を吐いた。

 

 

「それならば……そうだ、それならば、説明が付く」

 

「ユリ・アルファも、シズ・デルタも、確か……このナザリックにおいては数少ない、他所者に対しても善性の御方だ」

 

「対して、ナーベラル・ガンマは悪性だ。ましてや、アルベド様に至っては極悪……デミウルゴス様も、同様に。つまり、モモンガ様は、無意識レベルで悪性の僕を排除した?」

 

 

「その目的は?」

 

「何を恐れて?」

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………分からない。パンドラズ・アクターには、分からなかった。

 

 

「……とにかく、モモンガ様は、僕たちを恐れている。ならば、私がやることは決まっている」

 

 

 だが、分からなくても……パンドラズ・アクターだからこそ、分かる事はある。

 

 

「モモンガ様を安心させる為にも、これまで以上にアイテムの管理を厳重にして、僕たちにアイテムが渡らないようにして」

 

 

 それは……己が、あの御方の手で直接作られた僕であり、それがアインズ様であろうと、モモンガ様であろうと、それ以外であろうとも、関係ないのだ。

 

 

「必要とあれば……そうだ、各守護者に渡ったワールドアイテムの状況も確認……可能であれば、回収しておいた方が良いかもしれないな」

 

 

 たとえ、この身がどうなろうとも……それで、あの御方のお役に立てるのであれば。

 

 

「と、なれば……どのような方法で守護者たちより回収するか、ですね……」

 

 

 それが、己にとっての幸福であり、存在理由なのだと……パンドラズ・アクターは、心より思ったのであった。

 

 

 

 

 

 




ある意味、現時点で一番『鈴木悟』の存在に感づいているNPCです

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