オーバーロード 降臨、調停の翼HL(風味)   作:葛城

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それは小さな一歩だけれども

 

 

 

 ……城へと到着するまでの道中、外を眺めていた彼女は、ふと思った。

 

 

 

 断じて、静かになった車内が気まずくなったわけではない。

 

 とにかく、ふと、思ったのだ。

 

 

(本通りは綺麗に整備されているが、少し道を外れるだけでほとんど舗装されていないのか……都市開発という概念があまりないのか?)

 

 

 それは、『リ・エスティーゼ』の歪な開発状態だ。

 

 

 目立つところだけは綺麗に整備されているのに、本通りから外れた路地や、家屋は言う程綺麗ではない。

 

 例えるなら、表通りだけピカピカの新築マンションやら高級住宅やらが立ち並ぶのに、その後ろには昔ながらの住宅や商店が並んでいる……といった感じだろうか。

 

 

 それが良いか、悪いかは、まだ判断出来ない。だって、王都のことなど何も知らないから。

 

 しかし、前世(その前も)において、曲がりなりにも高等教育を受けた彼女にとっては、だ。

 

 

 分かってはいるが、どうしても目に付いてしまう。

 

 

 何と言えば良いのか、教科書に載っている『失敗した国家運営』の実物を見せられているような気分だ。

 

 加えて、全てが全てそうではないけれども、非効率なうえに不衛生が放置されているのも見受けられる。

 

 

 それもまた、悪い意味で目に留まる。

 

 

 まるで、映画のセット……立派なのは見た目だけだな……と、思うのは、仕方がないことであった。

 

 ……で、だ。

 

 

(……歴史は感じるが、城も外と同じだな。見た目だけで、中身はオンボロだ)

 

 

 そうして案内された……『ロ・レンテ城』を見た、彼女の正直な感想もまた、それであった。ぶっちゃけ、道中の光景と似たような内容であった。

 

 

 実際、パッと見た限りでは壮観で、長い歴史を感じさせる。

 

 

 円筒形の巨大な塔は遠目にも威圧感を感じさせ、城壁の内側には広大な庭が広がっている。花畑に限らず農地も形成されており、いざとなれば籠城が出来るようにもなっているのだろう。

 

 そこだけを見れば、なんと立派な……と、思うところだ。しかし、城内に入れば、だ。

 

 一見するばかりでは綺麗で掃除も行き届き、敷かれたカーペットを始めとして、等間隔に設置された花瓶などによって、華やかな印象を与える。

 

 けれども、よくよく見れば、丁寧に隠してはいるが壁などにヒビを確認出来る。カーペットも綺麗に洗われてピッチリ敷かれてはいるものの、端っこの辺りに、ほつれがある。

 

 城がそうなら、そこで働いている者たちもそうだ。

 

 

 いわゆる、メイドの服装。

 

 

 彼女の前世においても、メイドと一口に言っても、その中身はバラバラで……有り体にいえば、階級というモノが存在する。

 

 上流階級とのコネ作りの為に居る者もいれば、いずれ嫁ぐ為に家の仕事を学んでおく(命令する立場として、把握しておく必要がある)為に来ている者もいる。

 

 礼儀作法を学ぶ為に居る者もいれば、メイドとして働くことで国王に対して、そのメイドの実家がどの派閥に付いているかを暗に示す為に……という場合もある。

 

 なので、そういう意味でメイド服に多少の違いが生じるのは仕方がないのだが……それにしたって、限度というモノがある。

 

 

 何故なら……着ているメイド服の質が、人によって明らかに違うからだ。

 

 

 パッと見た限り、役職によって服装が違うようにも見えるが……よくよく見ると、そうでない事に気付く。

 

 いや、だって、同じ仕事しているし……というか、せっせとテキパキ効率よく働いているのはそういった者たちばかりだ。

 

 素人目に見ても、メイド服ではあるけど、そんな高そうな生地を使っているやつで働くの……というような人たちは、その事について欠片も気に留めておらず、マイペースに動いていた。

 

 

「……ラナー王女」

「はい、なんでしょうか?」

 

 

 立ち止まって振り返るラナーに対して、彼女は……片手に持った骨壺を軽く摩った後……ポツリと、告げた。

 

 

「一つ、訂正する。貴女は、よく我慢していたな……と」

「──っ! 分かって、くれますか?」

 

 

 大きく目を見開くラナーに、彼女は……苦笑して頷いた。

 

 

 そりゃあ、まあ、アレだ。

 

 

 チート同然の能力を持って生まれた彼女(つまり、前世の彼)だからこそ分かるが……道中から今に至るまで、この国が如何に病んでいるかが透けて見えていた。

 

 まず、何と言っても同じ場所に居て、同じ相手に仕えているというのに、圧倒的な格差が目に見える形で放置されているのがマズイ。

 

 社会の秩序を保つ為に身分を形成するのは自然の流れだが、それを延々と見せ続けるのは悪手だ。間違っても、そこに良い感情は生まれない。

 

 

 実際、城内で働くメイドたち(一番、目に留まるので)の態度というか、動きを見ているとよく分かる。

 

 

 次から次へと忙しなく仕事をしている同僚が居るのに、マイペースなメイドたちは我関せずといった様子で、掃き掃除等をしている。

 

 しかも、そういうメイドたちは同じ仕事をしているように見せかけて、手足をほとんど汚さないような負担の軽い業務しかしていないのだ。

 

 同じ掃除でも、高所や細かいところの拭き掃除、シーツなどの洗濯やベッドメイキング、食材の運搬など、手足をよく使う体力仕事などは、質の悪いメイド服を着ている者ばかり。

 

 

 おそらく、前者が貴族の中でも地位の高い家の娘で、後者が地位の低い娘なのだろう。

 

 

 誰も、これが当然の事だと思って気に留めていないが……彼女の目から見れば、目を覆いたくなるような状況だ。

 

 こんな環境で生きてきた者たちが、果たして王家……というより、この国に対して誇りを持ち、剣となり盾となって戦うだろうか? 

 

 

 ──間違いなく、団結など生まれない。自らに利益をもたらす派閥に協力するばかりになる。

 

 

 こういう場合、明確なリーダーシップを発揮する王が居れば、ひとまず団結させる事は出来るが……ラナーの反応を見る限り、期待は薄いだろう。

 

 それに……話を戻すが、城に来るまでの道中……本通りだけ整備され、後は放置されているという状況もマズイ。

 

 アレでは、国民より徴収した税が、本通りに店や住居を構えられる富裕層にのみ集中していると、目に見える形で知らしめているようなものだ。

 

 

 インフラがどうとか、そんな問題以前だ。

 

 わざわざ、『不公平』を見せ付けているのだ。

 

 

 むしろ、今まで崩壊せずに済んだ方が不思議で……おそらく、それでも崩壊しないぐらいに土地が豊かなのだろうと、彼女は思った。

 

 

「何と言えば良いのか……これはもう、考えれば考えるほどに気が滅入ってくる状況だな……と」

「──ありがとう、ありがとうございます。そう言っていただけるだけでも、私は……!」

 

 

 感極まった様子で彼女の手を握るラナーの姿に……『蒼の薔薇』のみならず、仕事をしていたメイドたちも、何事かと視線を向けた。

 

 

 事情を知らなければ、だ。

 

 

 ラナー王女がいきなり見知らぬ誰かの手を握って、深々と頭を何度も下げている姿なんぞ、何事かと不思議に思われて当然である。

 

 しかし、だからこそ……ラナーがこれまで感じていた苦悩、誰にも相談できない状況を理解出来れば、ラナーのこの反応も仕方がない事でもあった。

 

 

 

 

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 

 …………で、だ。

 

 たかが挨拶一つとっても、王家として正式な形にしてしまうと、貴族派閥(要は、現体制の反王族派閥)より色々言われてしまう。

 

 

 なので、ラナー王女が、個人的にお礼をしたい。

 

 父親として挨拶をするだけで、それ自体を名誉とする。

 

 非公式なので、貴方達の特権を害したりはしませんよ。

 

 

 という、非常に回りくどい言い訳を周囲にアピールする必要があるわけだ。

 

 もちろん、全ての貴族が、こんな事をするかと言えば、そんなわけもない。

 

 貴族とはいっても、平民に毛が生えた程度で身分だけ高い家柄なら、多少なり畏まったやり取りはするが、その程度だ。

 

 

 だが、今回は王族だ。

 

 

 しかも、正当な血筋を引く第三王女ともなれば、金銭なり物なりを相手に送って、はいお終い……というわけにはいかないらしい。

 

 平民からすれば馬鹿らしい話に見えるだろうが、こういう回りくどい事をしないと口を挟んでくるのが、この世界の上流社会であり、伝統なのであった。

 

 

 ……まあ、言い換えれば、だ。

 

 

 よほど希少なモノや金銭的に高価ではない限り、恩に対して褒美を与えた……という形さえ整えれば、誰もいちいち口を挟まずに終わらせるのが通例であった。

 

 

 

 

「──無礼者! 王を前にして膝を突かんとは!」

 

 

 

 

 ……が、しかし。

 

 その、通例で終わるはずだったのだが……いま、1人の男が台無しにしようとしていた。

 

 場所は、玉座がある謁見の間……ではなく、言うなれば客間。来る途中も大概ではあったが、その部屋も年期こそ感じるが、かなり豪華である。

 

 そして、その部屋には……部屋の隅で控える者たちと、大きなテーブルを挟んだ向こう側に……3人の男が並んで腰を下ろしていた。

 

 

 1人は、長い白ヒゲを蓄えた、王冠を被った老年。

 

 この国の王を見た覚えはなかったが、雰囲気からして、彼女はそいつがこの国の王……『ランポッサ三世』であることを察する。

 

 

 1人は、小太りで背が低く、冴えない雰囲気の男であった。

 

 これは、事前にラナーより言われていたからすぐに分かった。この国の第二王子である、『ザナック王子』だ。

 

 

 そして……最後の1人。

 

 イビルアイから言われていた通り、背が高く体格も良いが、それ以上は何も……第一王子の『バルブロ王子』である。

 

 

 ラナーの言う通り、既に王は来るのを準備して待っていた。

 

 温和な微笑みを浮かべ、先導してきたラナーへ頷き、彼女へと微笑み、その後ろに居る『蒼の薔薇』に対しても軽く頭を下げる。

 

 

(なるほど……悪い人ではない)

 

 

 この世界の礼儀作法が分からないので、とりあえず王に倣って頭を下げてから……改めて、ランポッサ三世を見つめる。

 

 

 ……前世で培った経験も相まって、彼女は一目である程度を見抜いていた。

 

 

 能力の有無は別として、ランポッサ三世は善人だ。

 

 王国が瓦解せずに今もなおその形を保っていられるのは、少なからず彼に人望があるのだと彼女は推測──その時であった。

 

 

 ……冒頭のセリフが、バルブロ王子より飛び出したのは。

 

 

 まあ、確かに……事実だけを見るのであれば、彼女の反応は不作法ではある。そう、そこだけは、確かである。

 

 

 ただし、だ。

 

 

 膝を突いて挨拶云々は、時と場合による。場に見合わない挨拶は、逆に失礼。

 

 そもそも、相手が平民であるならば、作法を学んでいないのは当たり前。

 

 呼びつけたのは王族側であり、相手は何の心構えも出来ていない。

 

 

 ……という、前提があることを忘れてはならない。少なくとも、1人を除いて王家の誰もがソレを理解していた。

 

 

「バルブロよ! 口を慎め! それを言えば、我が国の為に力を尽くした者に対する、それが王家の礼儀か!」

 

 

 だからこそ──ランポッサ三世は息子に激怒した。

 

 普段の彼なら、ここまで怒らなかっただろう。だが、皮肉にも今回に限り、時と場合が悪かった。

 

 

 まず、この場を設けようと提案したのは、実のところ、ラナーである。

 

 

 ラナーは、ランポッサ三世にとって、目に入れても痛くないぐらいに溺愛している、王妃の形見同然の娘である。

 

 普段から物静かで、ワガママ一つ言わずに国を想い、少し前に奴隷制を失くしたことで、この国の膿を一つ切り取ってくれた才女でもある。

 

 そんな愛娘(ラナー)が、初めてワガママらしいワガママを己……つまり、ランポッサ三世に言ってくれたのだ。

 

 

 内容は、少々貴族から横やりが入ってもおかしくはない内容ではある。

 

 

 だが、己が全面的に『娘のワガママを聞いてやりたいのだ』と周りにアピールすれば引き下がる程度だったので、半ば強引に開かれた……というわけである。

 

 

「うっ、くっ……!」

 

 

 そして、普段とは打って変わって激昂した父親の姿に、バルブロも驚く。

 

 悔しそうにジロリと彼女を睨み、その次にラナーを睨んだ後……鼻息荒く、席に腰を下ろした。

 

 

 ……そうして、ようやく始まる、簡単な自己紹介。

 

 

 その際、彼女が自身を『調停者ゾーイ』であると名乗った際、王族たちの反応はものの見事に別れた。

 

 

 ランポッサ三世は、子供のように目をまん丸に見開いたあと、「まさか、御伽噺の存在に出会えるとは!」嬉しそうに一度頷いた。

 

 第二王子のザナックは、同様に目を丸くしたが、興味深そうに彼女を見つめる。とはいえ、『蒼の薔薇』も居るからか、疑っているわけではないようだ。

 

 まあ、来たのが彼女1人だけであったならば反応も違っていただろうが、この場には『蒼の薔薇』が居る。

 

 ラナーのみならず、『蒼の薔薇』まで、彼女がゾーイであることを否定していないのだから……信じるには十分な理由なのだろう。

 

 

 ……で、だ。

 

 

 そして……問題の第一王子バルブロは……期待を裏切ることなく、非常に胡散臭そうな目を彼女に向けた。

 

 それはそれで、非常に失礼な態度であり、それこそ王家が見せてはならない態度でもあるが……実のところ、バルブロのその反応の方が、彼女にとっては想定通りであった。

 

 

 ……というより、彼女からすれば、だ。

 

 

 『調停者ゾーイ』という存在がこの世界で知られているのは分かっていたが、どのような扱いになっているのかは分かっていないので、当然といえば当然であった。

 

 

 

 ……さて、そんなこんなで自己紹介は終わる。

 

 本来はこの自己紹介にも色々と作法があるのだが、省略&無礼講。不満タラタラな様子で目つきを鋭くするバルブロを他所に、『蒼の薔薇』を含めて全員が席に腰を下ろした。

 

 

「──おい、それはなんだ?」

 

 

 そのまま簡単に食事を振る舞われ、談笑し、褒美を渡され……で、終わる流れを、またもやバルブロが止めた。

 

 バルブロが指差した先にあるのは、彼女の傍に置かれた……小さな壺。

 

 自己紹介の際にラナーが『アレは、ゾーイ様にとってとても大切な物である』と話したから、誰もそこに触れないようにしていたが……一つ首を傾げた彼女は、特に隠すわけでもないので真実を告げた。

 

 

「遺骨だ」

「遺骨ぅ!?」

「ああ、もともと静かな場所へ埋める為に、遠方へ向かう途中だった。その前にラナー王女より呼び止められたので、そのまま持って来たのだ」

 

 ──だから、特に危険な代物ではないから安心してくれ。

 

 

 そう、言葉を続けようとした──のだが。

 

 

 

 ──薄気味悪いやつめ。

 

 

 

 ポツリと、小さくも確かに呟かれた、その言葉。

 

 無意識故に、なのだろう。

 

 それは、思いのほか大きかったようで、全員の耳に届いた。

 

 

「──っ!」

 

 

 瞬間、これまでで最大レベルの怒声で戒めようとしたランポッサ三世であったが──それよりも早く。

 

 

「駄目だなコレは、遅かれ早かれ国が滅びる」

 

 

 彼女の、ため息と共に吐き出された感想によって……ギシリ、と場の空気が止まった。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………誰もが言葉を……いや、1人だけ顔を真っ赤にしている男を除き、誰もがポカンと呆けている中……最初に、復帰を果たしたのは。

 

 

「……ゾーイ様、それはどういった意味合いでしょうか?」

 

 

 この中で、唯一彼女より警告を受けていた……ラナーであった。

 

 

「どういったも何も、矜持ばかりが高い凡人が上に立てば、遅かれ早かれこの国は崩れ落ちるだろうと言っただけだ」

 

 

 特に言葉を選ぶ必要を感じなかった彼女は、聞かれたので答えるといった感じで、その質問に答えた。

 

 これは、ゾーイとしての目線でもなければ、話でもない。

 

 チート能力が有ったとはいえ、曲がりなりにも前世にて幾つもの会社を経営し、何百億、何千億という金を動かしていた、『彼』の観察眼が出した結論である。

 

 

(ああ……言ってしまった。でも、あまりにも酷すぎる。口出しするつもりはなかったが……あまりにラナーが気の毒で……)

 

 ──ちょっと後悔が脳裏を過ったが、言ってしまったモノは仕方がない。

 

 

 そう、彼女は己を納得させた。

 

 

「ゾーイ殿。すまないが、王であると同時に、私も人の親だ。そう思った理由を聞かせてはくれないか?」

 

 

 これに対して、ラナーが言葉を返す前に、バルブロが──ではなく、ランポッサ三世が口を挟んだ。

 

 さすがに、妹のラナーではなく現国王のランポッサ三世が出れば、バルブロも強引には出られない。

 

 顔を憤怒に赤く染めながらも、ランポッサ三世にジロリと視線を向けられれば、それ以上は何も出来ず……ドスン、と鼻息荒く椅子に腰を下ろす。

 

 それは、王族にあるまじき下品な仕草であった。

 

 とはいえ、バルブロがランポッサ三世と彼女との対面を前にして、誰もその事に触れることはなく……口を開いたのは、ランポッサ三世が先だった。

 

 

「先に聞いておきたい。『凡人』と言うのは、私の事を差しているのか? それとも、私たち全員を差しているのか?」

「難しいところだ」

「難しい、とは?」

「どうしようもない凡人であるのは、そこのバルブロ王子だ。当人の認識に比べて、実際の能力があまりに見合っていない。上に立たせるべき器ではないだろう」

 

 

 それに比べて……チラリ、と。

 

 彼女の視線が、改めてランポッサ三世に向けられる。

 

 

「だが、貴方は違う。能力だけを見れば、凡人だ。だが、人徳という一点において、この場の誰よりも秀でた才能を持っているのは、ランポッサ三世……貴方だ」

 

 

 ……一つ、ランポッサ三世は息を吐いた。

 

 視線で続きを促されたのを察した彼女は、そのまま話を続けた。

 

 

「総合的に優秀なのは、そこのザナックだろう。沈黙を続け、愚者を装っているように見えるが、ある意味では一番バランスが取れた人物だと私は思う」

 

 

 ──びくん、と。

 

 

 彼女より高い評価を受けたザナックが、目に見えて狼狽する。「ザナックが?」ランポッサ三世も、驚いてザナックへと振り返った。

 

 

「先ほどから、冷静に私たちを観察している。本当に愚者であるならば、あのような目は出来ない」

「……なるほど、では……ラナーは?」

「比べる事すら失礼に思えるほどに優秀だ。確実に、何百年と歴史に名が残るほどに。優秀過ぎて、周りがソレに気付けないぐらいだ」

 

 

 ──直後、彼女を除く、その場に居る全員(バルブロは、今にも失神しそうだが)の視線が、ラナーへと集まった。

 

 

 その、ラナーは……素知らぬ顔で、静かに彼女を見つめていた。

 

 どこまでも自然体なその姿に、本当に……と、誰もが思わず信じてしまうような説得力が、そこにはあった。

 

 

「……それは、(まこと)か?」

「少なくとも、私が見た限りでは。ただ、あまりに優秀過ぎて周りがラナーに付いていけない。だから、ラナーがやろうとしている事が理解出来ない」

「しかし、ラナーは奴隷制を禁止する等、様々な政策を提案した。未だ立案段階ではあるが、理解出来ていないわけでは……」

「それは、ラナーが貴方達に理解出来るよう細かく砕いて目の前に並べたおかげだ」

「なんと……!」

「その気になれば50年先、100年先、200年先に必ず訪れる災禍を見据えて動くことが出来る。けれども、周りから見れば何時役に立つか分からない物に金を注ごうとしているようにしか見えない。それを当人も理解しているからこそ、あえて周りが理解出来る範囲で言葉にしている……それが、ラナーには出来る。ただ、それだけだ」

 

 

 そう言うと、彼女は席を立つ。

 

 これには、唯一平静を保っているラナーも軽く目を瞬かせた。

 

 

 ──何処へ、と。

 

 

 その場に居る全員から、そんな視線を向けられる。1人だけ、別の理由で睨んでくる者が居たが……構わず、彼女は告げた。

 

 

「国王様、出来ることなら、ちゃんと自分の子供と話し合うべきだ。大事に想うあまり、一番大事な部分を間違えるかもしれない」

「……うむ」

「私は、間違えた。後悔しているが、どうにもならない。でも、まだ貴方は最悪の一歩手前に居る……どうか、道を誤らないでほしい」

「……金言と思って、受け止めよう」

 

 

 その言葉と共に深々と頭を下げるランポッサ三世を他所に、彼女は……次いで、ラナーを見やる。

 

 

「過ぎた真似をした。いずれ、何かしらの形で、貴女の顔に塗ってしまった泥を拭いに来る」

「いえ、お気になさらず。本来は、私が勇気を出さねばならない事……泥を被らせてしまい、申し訳ありません」

「こちらこそ、気にするな」

 

 

 頭を下げようとするラナーを押し留め……振り返れば、苦笑している『蒼の薔薇』と目が合った。

 

 

「やはり、私にはこういう場所は似合わない。気持ちだけ受け取っておこう……クレマンティーヌを、静かな場所で眠らせてやりたい」

「……分かったわ。それでは……ランポッサ王、ラナー王女。ゾーイ様を案内する役目を拝命させていただいてもよろしいでしょうか?」

 

 

 尋ねられたランポッサ三世は、チラリと視線をラナーへ向ける。

 

 それだけで、意図を察したラナーは軽く目を見開いて……緩やかに微笑み、次いで、静かに表情を引き締めた後。

 

 

 

「──よしなに」

 

 

 

 そう、ラキュースへと命令を下した。

 

 

 その姿は、年若くか弱い見た目ではあるが、とても堂に入っていて……『蒼の薔薇』ですら、思わず背筋を伸ばす程のナニカが有って。

 

 ランポッサ三世もそうだが、ザナックもまた……軽く目を見開き、驚いて、ワインの入ったグラスを倒したのであった。

 

 

 

 




一方、その頃

クライム → 鍛錬中、さすがにラナーの我儘に一兵士は入れられないね

モモンガ(鈴木悟) → とある牧場視察、精神的なジェットコースター状態に陥り、アンデッドなのに寝込む貧弱状態

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