オーバーロード 降臨、調停の翼HL(風味)   作:葛城

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交わりて、離れて

 

 

 

 ──あの時は、傍にクレマンティーヌが居た。でも、今は居ない。

 

 

 あの時と同じく、天気は快晴が続いている。心地良い風が吹いていて、ただ歩くだけでポカポカとした陽気を感じる。

 

 漂って香るのは、緑の香り。

 

 この世界の人達にとっては嗅ぎ慣れ過ぎて当たり前のソレが、彼女にとっては胸が震えるほどに嬉しく思える。

 

 はるか彼方まで広がる青空も、そうだ。

 

 日差しに照らされた景色はどれもこれもが美しく、まるで宝石箱を内側から眺めているかのような

 

 けれども……以前よりも嬉しくない。あれほど、美しいと思えた景色だというのに。

 

 その理由に、彼女はそっと……その手に抱えた骨壺を摩る。

 

 

 寂しさは、消えない。

 

 悲しみも、消えない。

 

 苦しみが、消えない。

 

 

 けれども、行かなければならないのだ。

 

 自分の為に、そして、クレマンティーヌの為に。

 

 

 ……行きの時はあっという間で、それほど思い出せるものは無いと思っていた。

 

 

 だが、こうして道を引き返してみると……こんなことまで覚えていたのかと、何処か不思議に感じるほどに些細な思い出が、次々に湧いてくる。

 

 

 クレマンティーヌは、稀代の犯罪者だ。

 

 

 人を殺し、幸せを奪い、幾つもの命を踏み躙って、生きてきた。その身が辿った過去は、確かに悲惨で、同情の余地を買うぐらいには酷い話である。

 

 だからこそ、その死はあっさり来た。今まで数多の命を私怨で奪ってきた彼女は、同じようにあっさり殺された。

 

 そうして、その遺骨を人々の営みの中へ埋葬出来ないのは、犯した罪の報いである。クレマンティーヌの被害者が現れたら、墓を荒らされて穢されてもなんら不思議ではない。

 

 

 けれども、その度に思うのだ。

 

 

 もし、クレマンティーヌが裕福な家に生まれ、愛情深い家族に囲まれていたら、どうなっていたか……と。

 

 

 いや、クレマンティーヌだけではない。

 

 

 おおよそ、悪人と呼ばれる者たちが、愛される家庭に生まれ、飢えを味わうことなく育っていたら……はたして、悪の道に至っただろうか、と。

 

 犯した罪に対して罰を負うのは、人の社会における必然だ。だが、同時に、思うのだ。

 

 

 ──それでは、始めから恵まれた者たちにとって、あまりに都合が良過ぎるのではないか、と。

 

 

 前世の『彼』だった時、彼女はハッキリ自覚出来るぐらいに己が恵まれた存在であると理解出来る頭があった。

 

 だが、結局のところ、それは幸運だったからだ。

 

 チートのような頭脳も、反則でしかない魔法も、類稀な頑強な身体も、望めば情報を手に入れられる環境も、彼女は……いや、前世の彼は、何一つ努力をして得たわけではない。

 

 始めから、得ていた物だ。そこに、前世の彼の意思は一つもない。初めから、何の苦労もせずに手にしていたのだ。

 

 他人は、それでも努力したのは事実だし、努力しなければならないと否定するか、否定はしないが認めようとはしなかっただろう。

 

 

 それは、確かだ。努力したのは、事実だ。

 

 

 でも、それは始めから土台を与えられていることへの否定にはならない。むしろ、その土台の存在を否定し、無い物として扱う……その醜悪さに、貧富の違いは無い。

 

 肉体的なハンデ、環境的なハンデ、精神的なハンデ。

 

 

 一通りの道具が用意されていて、何度でもチャンスが与えられるうえにトライ&エラーが許される人と。

 

 道具が用意されないばかりか、チャンスを得るまでに時間を有し、そのチャンスも一度だけという人が。

 

 

 はたして、同じなのだろうか。

 

 初めから強い身体で生まれた者が、その強さを存在しない物として扱い、弱い身体で生まれた者へ上から語るのは、これ以上ないぐらいに醜い事ではないか。

 

 

「──だから私は思うのだ、がらんどうの騎士。『ぷれいやー』を、あまり苛めてやるな……と」

「言っている意味が、よく分からないな」

 

 

 そう、ポツリと零した彼女の呟きに、全身を甲冑で覆い隠した長身の騎士は……男とも女ともつかない声色で、首を傾げた。

 

 彼女が……その、長身の騎士に会ったのは、『エ・ランテル』へと向かっている道中であった。

 

 騎士は、何をするでもなく街道の側に立っていた。

 

 辺りには目立った何かがあるわけでもなく、何かしらの事故に巻き込まれた様子にも見えない。

 

 

 ──こいつも、この景色に見惚れているのだろうか。

 

 

 だから、そんな事を思いながら、軽く会釈だけをしてその場を通り過ぎようとした……そんな時であった。

 

 

 『君と、話がしたかった。少しばかり時間を貰えるかい、ぷれいやー』

 

 

 背後から、そんな声を掛けられたのは。

 

 

 ……『ぷれいやー』

 

 

 その言葉に、二つの意味で聞き覚えがある。

 

 とはいえ、考えるまでもない。クレマンティーヌが以前話していた……己のような、別の世界から来た異邦人を差す言葉だろう。

 

 曰く、『ぷれいやー』という言葉自体は一部で知られているだけで、あまり世間では知られていない言葉らしい。

 

 ということは、だ。

 

 彼女を『ゾーイ』と呼ぶわけでもなく、『ユグドラシル』の名を出すわけでもなく、『ぷれいやー』と呼んだあたり。

 

 

「……クレマンティーヌの知り合いか?」

「知り合い、というわけではないよ。ただ、彼女の生まれ育った国を、よく知っているだけさ」

 

 

 彼女がそう思うのは当然であった。

 

 そうして、このまま『エ・ランテル』へ歩きながら話そう……という感じになり、互いに軽く自己紹介をした後で。

 

 

「単刀直入に聞きたい、『調停者ゾーイ』。君は、何の目的でこの世界に居るんだい?」

 

 

 言葉通り、いきなりそんな事を言われた。

 

 これには正直、彼女は首を傾げた。

 

 目的は何だと聞かれても、そんなのは最初から話している。己は、『調停者』だ。

 

 

 世界の均衡を崩す可能性が生まれた為に、この世界に顕現したのだ。

 

 

 そこへ至る経緯こそ普通ではなかったが、それでも、今の己は『調停者』なのだ。

 

 ゆえに……彼女は、直接質問には答えず、あえてダラダラと話し続け、逆に考えていたことを話したわけである。

 

 それは、人に尋ねる前に人の話をよく聞けという彼女なりの……まあ、少し物言いにイラッと来たことによる、意地悪な返し方でもあった。

 

 

「難しく考える必要などない、がらんどうの騎士。クレマンティーヌも、そうだった。貴女たちは、些か『ぷれいやー』を特別視し過ぎる」

「……ああ、それなら分かる。でも、そりゃあ、そうだろう」

 

 

 首を傾げていた騎士は、彼女よりそう言われてようやく理解したようで、直後に言い返した。

 

 

「それを言うなら、君たち『ぷれいやー』こそ、自分の力に無自覚過ぎる。君たちの行いが、その『均衡』とやらを崩しているとは思わないのかい?」

「だから、滅ぼされた。滅ぶべくして、滅んだ」

 

 

 ……少しばかり、騎士は無言となった。

 

 

「はっきり言うね」

「事実だ。しかし、それとコレとは話が別だ。『ぷれいやー』というのは、結局のところ、ある日突然力を得てしまった人間みたいなものだ」

「……それにしては、強過ぎないかい?」

「強いだけだ。言っただろう、『ぷれいやー』をあまり苛めてやるな、と。彼らはみな、望んでそうなったわけではない。ただ、いきなりそうなってしまっただけなんだ」

「だから、許せと?」

「許す必要などない。罰を与えるのであれば、与えれば良い。けれども、彼ら自身にその罪はない。ただ、彼らはその『力』に呑み込まれてしまっただけだ」

 

 

 ──そう、かつての英雄たちが、その身を滅ぼしたように。

 

 

 その言葉を言い終えて、すぐ。

 

 騎士は、足を止めた。

 

 少し遅れて、彼女も足を止める。

 

 振り返れば、騎士は……何かを思い返すかのように、地面を見つめた後……不意に、面を上げた。

 

 

「『調停者ゾーイ』、君は、どこまで知っているんだ?」

 

 

 そう、まっすぐに問い掛けられた彼女は……同様に、騎士を……いや、その奥に居る者を見つめた。

 

 

「そう、多くはない」

「はぐらかさないでほしいな。けっこう、本気で聞いているんだよ」

「はぐらかしていないよ。ただ、今の私が分かっているのは、それほど多くはないというだけの話だ」

 

 

 その言葉と共に、彼女は……その手に抱える、小さく収まってしまった友人を、優しく摩った。

 

 

「私が、私のままに居られる時間はそう、長くはない。同時に、彼女もまた、そう長くはこの世界には顕現出来ない」

「……? えっと?」

「元々が、人の器で抑えられるモノではないから……今の私は、蒼天の彼方へと旅立つまでの、たまゆらに漂う存在なのかもしれない」

「それって、どういう意味かな? 『ぷれいやー』たちの間に伝わる隠語かい?」

「いや、違うよ。これは、私の言葉だ」

 

 

 そう告げると、彼女は……騎士に背を向けて歩き出す。問答はこれで終わりだと、言わんばかりに。

 

 その背中を、騎士は小走りに追いかける。勝手に終わらせるなと、言わんばかりに。

 

 

「──私を、私として、あるいは人として繋ぎとめていた楔は失われた。いずれ私は彼女に呑み込まれ、私の魂は蒼天の彼方へと旅立つだろう」

 

 

 けれども、その足はすぐに止まった。理由は、二つある。

 

 

「だから、焦らなくていい。すぐに、決着は付く。私は、私の役目を果たすまでだ」

「役目って、それは──っ!?」

「だから、覚えていてくれ。あまり、『ぷれいやー』を苛めてやるな」

 

 

 一つは、彼女よりに放たれた不可思議な気配に、足を止められてしまったから。

 

 恐れとは違う。かといって、畏怖とも違う。

 

 騎士は、騎士自身が、己という存在を自覚したその時より初めてとなる、言葉では説明出来ないナニカを前にして……それ以上、近づくことが出来なかった。

 

 

「何故なら、彼もまた……ただ、友人たちと過ごした夢幻の一時を懐かしみ、終わりを静かに受け入れようとしていた一人にしか過ぎないのだから」

 

 

 そして、もう一つは。

 

 

「これでも、私とて糞運営の1人だからな。最後まで楽しんでくれたプレイヤーの為にも、最後ぐらいは一肌脱いでやらねば……なのだから」

 

 

 その言葉と共に、振り返った彼女の顔が。

 

 

 涙を滲ませているような。

 

 頬を緩め、微笑んでいるような。

 

 あるいは、憐れみを堪えているかのような。

 

 

 そんな……千の言葉でも言い表せられない、何とも物悲しい顔をした彼女が浮かべていた表情に、言葉を失くしたからで。

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………結局、がらんどうと呼ばれた、その騎士は。

 

 

「──調停者ゾーイ、か」

 

 

 すっかり遠ざかり、見えなくなったその背中を思い浮かべながら……ポツリと、その名を呟く事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 そうして、彼女は歩き続ける。

 

 行きの時は、景色を楽しみつつ、クレマンティーヌの体力や体調をかえりみながらだった。

 

 しかし、今は違う。今の彼女に、かえりみる必要のある相手はいない。ただ、己を突き動かすナニカに従うがまま、進むだけ。

 

 幸いなことに、『蒼の薔薇』より受け取った紹介状のおかげで、馬鹿者からちょっかいを掛けられることはなかった。

 

 まあ、(したた)めた紹介状の封蝋(ふうろう)の刻印を見ただけで、役人たちが一様にどよめいた辺り、劇薬並みの効果があったのだろう。

 

 

(……そういえば、ラナー王女も手紙に何かしていたような……まあいいか、通れるなら)

 

 

 そうして、関所を通り抜け。途中、野盗紛いなやつが現れたが、軽く脅かしてやればパッと逃げ出してしまい、それ以降は現れず。

 

 気付けば、あっという間に『エ・ランテル』の町中へと戻って来た彼女は……ふと、足を止めた。

 

 

 

 

 ──いる。

 

 

 

 

 反射的に、蒼天の剣を出現させかけた彼女は、直後に手を止める。理由は、単純に感じ取った気配より……敵意を感じなかったからだ。

 

 いや、というより、監視に留めている……といった感じだろうか。

 

 敵意というよりも、警戒心。

 

 それを強く感じた彼女は、周囲を見回す。しかし、それらしい人物(あるいは、モンスター?)は見当たらない。

 

 だが、感じる。

 

 監視している気配こそ脆弱だが、その奥にて繋がる主は……強い。少なくとも、『蒼の薔薇』でも相当に手こずる相手だろうと彼女は思った。

 

 

 ……さて、どうしたものか。

 

 

 気配の相手を追跡するべきか、否か。

 

 内なるナニカより伝わる感覚からして、どちらでも良いというのが現状の正直な判断だ。

 

 しかし、薄気味悪いというか、落ち着かないのも事実。

 

 追いかけて理由を尋ねてやりたいが、この感じだと……たぶん、捕まえるまでに相当に手こずるような気がする。

 

 何時ぞやの、『八肢刀の暗殺蟲』のように、透明になっているだけで的(まと)が大きければ狙いやすい。

 

 しかし、たとえば相手が……ゴキブリのように小さかったら、いくら何でもそんな相手を見付けろというのは大変だ。

 

 しかも、ここは町中だ。相手がゴキブリサイズだとしたら、隠れられる場所はいくらでもある。

 

 彼女とて、他人の家の中に隠れられてしまえば、それ以上の手出しは出来ない。そうせざるを得ないほどに強大であるならば、ともかく。

 

 

(……まあ、しばらく様子見に留めておくか)

 

 

 結局、現状ではそれが限界だろうと判断した彼女は、止めていた足を動かして、『エ・ランテル』を抜けようと──したのだが。

 

 

「あ、ゾーイさん! 戻って来たんですか!?」

 

 

 その前に、声を掛けられた。

 

 見やれば、そこには懐かしき顔ぶれである『漆黒の剣』の面々が居た。まあ、懐かしいとは言っても、3ヵ月も経っていないのだけれども。

 

 

 とはいえ、運が良いのか悪いのか。

 

 

 再会こそ出来たものの、『漆黒の剣』たちは任務を受けてこれからしばらく遠出するとのことで、入れ違いである。

 

 まあ、そういう彼女も、『エ・ランテル』に用があるわけでもなく、このまま『カルネ村』へと直行する予定だったので、どちらにしろ入れ違いになるのは確実だったのだけれども。

 

 

「──あ、あのゾーイさん」

 

 

 それじゃあ、また機会があれば……そんな感じで別れそうになっていた時に、また、声を掛けられた。

 

 というより、その場を去ろうとした彼女を呼び止めようとしたのが、正しい。

 

 振り返れば、『漆黒の剣』の面々が……首を傾げながらもどうしたのかと尋ねれば、彼らは互いに顔を見合わせた後で……尋ねてきた。

 

 

 

 

 ──モモンさんは、本当に悪魔の手先だったのか、ということを。

 

 

 

 

 それを尋ねられた時……彼女は、軽く目を見開いた。

 

 王都で起こった例の事件から、それほど時が経ったわけではない。そして、『伝言(メッセージ)』こそあるが、この世界には電話といった道具もない。

 

 その『伝言』ですら、距離が遠くなればなるほどに不明瞭になってしまうという弱点があると、前に聞いた覚えがある。

 

 なのに、これだけ早く情報が伝達するとは……いや、むしろ、そういったモノが無いからこそ、逆に速くなる部分があるのか……まあ、どちらでもいい。

 

 

「悪魔の手先なのは、本当だ」

 

 

 彼女が言えることは、『漆黒の剣』たちの事を考えて、真実を告げる事と。

 

 

「だが、何か理由があったと私は思っている。だから、許すなとは言わない。しかし、それだけではなかったと……覚えていてくれ」

 

 

 『漆黒の剣』たちの事を想って、一言付け加えておく事を忘れずに……軽く頭を下げる彼らの視線を受けながら、彼女は『エ・ランテル』を出て……『カルネ村』へと向かった。

 

 

 

 

 

 




人への同族意識を失い、虫けら同然と思っていたプレイヤーが人の心を取り戻し

人への同族意識を得て、彼ら彼女らの為に立ったプレイヤーは人より遠ざかりて



運命とは、いつの世も、どの世界でも、残酷なまでにひねくれ者なのかもしれない

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