──久しぶりに訪れたカルネ村は、以前と変わらず要塞のように外壁でぐるりと囲まれて……ん?
久しぶり……と思い掛けた彼女だが、そういえばまだ一ヶ月ぐらいしか経っていないことに、気付く。
(思い返せば、この世界に来てからまだ3ヵ月も経っていないのか……)
そう思うと、何だか不思議というか……感覚的に、もっと長い時間をこの世界で過ごしたような気がする。
おそらく……そう思ってしまうぐらいに、この世界の暮らしを楽しんでいたのだろう。
前世の世界においても、同様の経験はある。
だが、その時は、いずれ訪れる絶望から目を逸らしたいという仄暗い諦観から、心の何処かで冷めた目で見ていたのかもしれない。
それだけでも、この世界に来た『プレイヤー』たちの誰もが、遅かれ早かれアバターの性質に呑み込まれてしまうのが分かる気がする……と。
キリキリキリ、と。
なにやら縄が軋む音と共に、正門が閉まり始める。分厚い丸太を組み合わせたそれは、ズドンと音を立てて……外界との境を封鎖してしまった。
……?
不思議な事態に、彼女は首を傾げる。
モンスターでも出たのかと周囲を見回すも、それらしい気配も影も無い。あるいは、なにかトラブルでも起こったのか……気になった彼女は、駆け足で正門へと向かい……声を張り上げた。
「──どうした!? 何かあったのか!?」
……。
……。
…………王都のように音で溢れた場所ならともかく、カルネ村周囲は静かだ。
遠くへ響く己の声からして、聞こえているはずなのだが……ふむ、仕方がない。
──たん、と。
地面を蹴って、飛ぶ。レベル200の恩恵は、伊達ではない。高さにして5メートル近い外壁を飛び越え、すとん、と着地した彼女は……また、首を傾げた。
何故なら……入り口の傍には、大勢の村人が集まっていたからだ。
それも、10人や20人ではない。カルネ村に移住している元冒険者を含めれば、100名近い人たちが一か所に集まり……まっすぐ、彼女を見つめていたのだ。
しかも、その視線は御世辞にも友好的ではない。以前の時とは、別人かと思うぐらいに張り詰めている。
怨敵、外敵、おおよそ、そのような言葉が付けられそうなぐらいに鋭い眼差しの冒険者たちの中には、剣を抜いて構える者すらいた。
(……なんだ?)
首を傾げていると、その集まっている村人たちの合間を縫うようにして、緑色の肌をした亜人(武装済み)が飛び出してきた。
……ゴブリン?
そういえば、そんな者たちが居たなあ……と、思い返していると、そのゴブリンたちは彼女の前にて立ち止まると……深々と頭を下げた。
「──すいません、ここは通れません。正門を開けますので、お帰りください」
そうして、立ち入り禁止を命じられた。
……。
……。
…………?
一瞬、言われた言葉を理解出来なかった。
というのも、よほど閉鎖的な村や街、手配書が出回っている危険人物ならともかく、普通は立ち入りを禁止されるなんてことはない。
なにせ、立ち入りを禁止した時点で、その村や街では何かが起こっていると周囲に教えているようなものだ。
よほど切羽詰まった者ならともかく、一般的な商人であれば普通は避ける。少なくとも、何が起こっているのかが分かるまでは、極力近づこうとすらしないだろう。
それは、いくら田舎のカルネ村とはいえ、分かっているはずだ。特に、ときおり訪れる商人からしか生活必需品を得られないような田舎は、より強く身を持って理解しているはず。
「なにか、あったのか?」
なので、彼女は率直に尋ねた。
数日とて顔を合わせていない相手ではあるが、ここが長閑な村である事は知っている。
だから、困っている事があるならば助けてやりたい……彼女にとって、それは当たり前の事であった。
「すみません。お気持ちだけ受け取ります。どうか、今日のところは……」
「そうか。では、尋ねたい事が一つある。この骨壺を埋めるにあたって、日当たりの良い場所を知っているか?」
「すみません、お答えは出来ません。とにかく、お引き取りください」
けれども、眼前のゴブリンは全く受け取らなかった。それは、彼女の質問も同様であった。
とにかく、一秒でも早く村の外へ……そう言わんばかりに、急かされる。いや、それどころか、中には武器の持ち手を掴んでいる者もいる。
後方にて、鞘から剣を抜いている者たちもそうだが……眼前の彼らもまた、本気だ。
何が有ったのかは知らないが、拒否するのであれば本気で武器を抜くつもりでいる。
それは、脅しではない。
抜いた時点で、本気で殺しに来るつもりだ。強張った顔、うっすらと冷や汗を垂らしているゴブリンたちを前に、彼女は察した。
……ならば、仕方がない。
そう判断した彼女は、腕の骨壺を抱え直す。まあ、適当に森の中を歩けば、見つけられるだろう。
次いで、チラリと……後方にて固まっている人たちの、さらに奥へと視線を向けた彼女は。
「──居るのだろう、アインズ」
ハッキリと、告げた。
村の中に入った時点で、気付いた。姿は見えなくても、居る。確信にも似た直感によって、彼女はその存在を認識した。
途端──目に見えるぐらいに、空気が変わった。
眼前のゴブリンたちは鞘から剣を抜き、冒険者たちは一歩前に出る。村人たちの一部は、農具を手にして前に出て……それを見た彼女は、静かに首を横に振った。
「止めなさい」
「どうか、お帰りください!」
「勝てないのは、分かっているだろう? わざわざ命を捨てるのか?」
「それでも──お帰りください!」
……目が、本気だ。
ゴブリンだけではない。誰も彼もが、本気で……死ぬのを覚悟している目だ。殺されると分かっていても、立ち向かう決死の目だ。
これは……アイツがやらせている事なのだろうか?
「……アインズ! 聞こえているだろう、アインズ! これで良いのか!? 本当に、これで良いのか!?」
首を傾げた彼女は、この村の何処かに……いや、おそらくは遠くよりこちらを覗いていると思われるアインズを呼ぶ。
どうしてかは、分からない。
だが、今の彼女は理解していた。
以前の『モモン』であれば、苦も無くやってのけた。
だが、今は違う。
今のアインズならば違うと、どうしてか彼女は……そのように理解していた。
だからこそ、アインズを呼ぶ。
この状況では、もはや万の言葉を重ねたところで、村人たちに彼女の言葉は届かない。
このままでは、無意味は殺し合いが始まってしまう。いや、殺し合いではない。一方的な殺戮だ。
それを止めるには、アインズしか居ない。だが、アインズに対しても、彼女の言葉は届かない。
(そうか……私を恐れているのだな)
理由は、考えるまでもない。
誰だって、自分を殺しかけたやつが尋ねてきたら、怯えて隠れるのは当たり前だから。
でも……村人たちは、そうではない。
強張った彼ら彼女らの顔を見れば、すぐに分かる。
彼ら彼女らは、命令されてそうしているわけではない。
心から、アインズを護ろうとしている。
その為に命を落とす事になっても本望だと、本気で考え、武器を手に取っている。
(……ふむ)
改めて、それを確認した彼女は……向けられる敵意を前に、しばし思考を巡らせる。
押し通るのは簡単だ。
眼前のゴブリンたちとて敵にはならないし、奥の方から、ひと際強く敵意を向けている異形の怪物たちとて、敵にはならない。
でも、そうではない。それでは、駄目なのだ。
それをしてしまえば、後悔するのは己よりもアインズではないか……そう思った彼女は。
……。
……。
…………しばし、前世の……ユグドラシルのことを思い出しながら、『アインズ・ウール・ゴウン』について考えた後。
「──アインズ! 1人の『クソ運営』として、ユグドラシルプレイヤーであるお前に話がある! 剣を納めて、少しばかり話し合おう!」
そう、村中に響き渡るぐらいに、大声を張り上げた。
……。
……。
…………それは、この世界の人達にとっては聞き慣れない言葉だったのだろう。
誰も彼もが警戒を解いてはいないが、彼女の発した言葉の意味を理解出来ず、互いに視線を向けては首を傾げていた。
まあ、それも致し方ない。
『ゆぐどらしる』
『ぷれいやー』
『くそうんえい』
どれも、カルネ村でも王都でも使われていない言葉だ。
『運営』ならば有るだろうが、『ユグドラシル』と『プレイヤー』は完全に未知の言葉だ。特に、ユグドラシルの方は未知だ。
そういうのが詳しい法国に居たクレマンティーヌが、一般にはほとんど知られていないと話していたのだ。
カルネ村の者たちが知らないのは、当然の事であった。
──だが……彼女と同じく、ユグドラシルのキャラを得て、この世界に来た『プレイヤー』であるならば……話は違った。
「──み、みんな、武器を納めてくれ!」
その言葉に、彼女を除いた誰もが振り返った。そして、驚きに目を見開いた。
何故なら、居たのだ。
人々の後ろより、奇妙な造形の仮面を被った、すっぱり頭までローブを被った人物が。
顔を隠し、見えている肌は分厚いガントレットや靴で分からない。
しかし、全体の輪郭や声色からして男で……周囲の反応から見ても、ソレがアインズであるのは明白であった。
「あ、アインズ様! 御下がりを──」
村人たちばかりではない。
アインズの傍に控えているメイドが3人と、大きな杖を構えた……エルフと思わしき亜人が、アインズを留めようとしている。
だが、アインズと呼ばれたその者は止まらない。
ドタドタと、打ち揚げられたトドのように、どこか鈍くさい動きで、駆け寄って来る。
その、あまりな行動に、護ろうとしていた村人たちも動揺し、思わず道を開く。
その事に、メイドたちは遠目にもハッキリ分かるぐらいに顔をしかめると。
──各々武器を構え、彼女へと向かってきた。
拳にガントレットをハメたメイドも、銃器を構えたメイドも、紋章の形した武器を構えた赤髪のメイドも、殺意を漲らせて彼女へ──。
「待て! 止めろ! 何もするな!」
──攻撃を放つ前に、アインズが止めた。
それは、メイドだけではない。アインズのすぐ後ろより、魔法を発動させようとしていたエルフの亜人もまた、手を止めて……アインズを見やった。
……アインズより止められてしまえば、誰も動けない。
苦々しく顔を歪めたメイドたちも、無表情のままに殺意を向けているエルフも、状況が分からず困惑している村人たちも……眼前を通り過ぎてゆくアインズを止められなかった。
「はあ、はあ、はあ……」
そうして、彼女の前に立ったアインズは……そこで、彼女にだけ見えるように仮面を外そうとした。それを見て、彼女は逆に止めた。
──するり、と。
立ち尽くすアインズへと、逆に近づく。
途端、再び駆け寄ろうとしたメイドたちを、アインズは後ろ手に留めながら……彼女の唇が、ローブを掻き分け、耳元へ近づくと。
『……プレイヤー名「モモンガ」』
ポツリと、アインズにだけ聞こえるように囁いた。
瞬間、ビクッとアインズの身体が震えた。それを見たメイドたちが飛び出さなかったのは、直前に二度も止められたからである。
一度だけであったならば、反射的に飛び出していただろう。
しかし、二度だ。これを破れば、三度も主の命令に背いたことになる。
命令とあれば己の死をも喜び捧げるほどの忠誠心を持つ彼女たちにとって、それに背くのは身を切るよりも苦痛を伴う。
忠誠心の高さがゆえに、主に危険が及ぼうとしているとはいえ、三度も命令を背くわけにはいかなかった。
しかし、それは……奇しくも、アインズにとっては……『鈴木悟』にとっては大正解の対応であった。
『所属ギルド「アインズ・ウール・ゴウン」。最大人数41人。構成、男性38名、女性3名。ギルドへ移行する前のクラン名「ナインズ・オウン・ゴール」』
何故なら、その時に……彼女より掛けられた言葉は。
『……アカウント登録名「鈴木悟」。それが、今のお前で間違いないな?』
ある意味、アインズにとって……いや、今の『鈴木悟』にとって、心の何処かで求めていた事であったからで。
『……運営、なのか?』
『運営兼開発者の一人だ』
『……俺を、殺しに来たのか?』
『以前のお前なら、そうした。だが、今のお前は違う』
『え?』
『今のお前は、モモンガでもアインズでもない。最後までユグドラシルをプレイしてくれていた、鈴木悟……なのだろう?』
『──っ!?』
ゆえに、その瞬間。
「おお、おおお……おおお……っ!」
言葉では、とでもではないが言い表せられない様々な感情。思考の全てを押し流す濁流となったそれが。
「お、俺は……俺は……」
無自覚の内に張り詰めていた、『鈴木悟』の緊張と恐怖の糸を断ち切り、呑みこみ、彼方へと押しやってしまった結果。
ガクリと身体の力が抜けてその場に膝を突いたアインズは……いや、『鈴木悟』は、彼女の手を掴む。
魔法系詠唱者のアンデッドとはいえ、レベル100。
その握力は、この世界の人間であれば瞬時に圧死するほどで……彼女でなかったならば、確実に腕を粉々に砕かれていただろう。
「……話したい事がある」
そんな、膝を突いたオーバーロードの肩に……そっと、手を置いた彼女は。
「とても、重要な事だ。いいね、必ず、私たち2人だけで……話し合う必要があることだから」
囁くように、震える『鈴木悟』へと伝えたのであった。
──この日、この時、この瞬間。
また、運命の歯車が切り替わったことに……『鈴木悟』は気付けず、気付いていたのは……彼女だけであった。
ゾーイが近づいて来ることにいち早く気づいたルプスレギナさん、村人たちを肉の盾として囮にして、最悪の場合は逃走しようと考えており、あえて村人たちに対して『実は、アインズ様の命をひそかに狙っている』という嘘の情報を広めるファインプレー
しかし、当のアインズ様が表に出たことで失敗、慣れないことはするものじゃないね
なお、ユリとシズは素直に、アインズ様の為に戦う村人たちの姿に感動している
マーレは……ほら、マーレだから